Altered Notes

Something New.

「少子化」ではなく「少母化」である

2022-11-08 14:56:54 | 社会・政治
人口減少の波は押し並べて先進諸国を襲っており、それは抗いがたいほど強力な勢いがある。政府のいわゆる「少子化対策」はピント外れで頓珍漢なものばかりであり、少子化対策担当大臣の「デジタルを活用してマッチングアプリ(*1)でオンラインの繋がりを応援」などという的はずれな政策は、もはやコントのネタくらいにしか思えないほど悲惨極まりないものがある。内閣府では、あの「子供部屋おじさん」という悪意に満ちた差別用語を捏造して世に放った天野馨南子氏がメンバーとなっている「少子化社会対策大綱の推進に関する検討会」もあるが、当然のように何の成果も上げていない。こんな検討会は真に税金の無駄遣いと言えよう。

そんな中、少子化対策や未婚化・晩婚化・独身者などの分析・研究では恐らく日本で最も優秀であろう荒川和久氏は、「少子化問題」の最大のキモは少子化…つまり「生まれる子供が少なくなった」事ではなく、そもそも「子供を産む母親の数が減少している」ところにある事を指摘している。

ヨーロッパなどでも少子化問題は深刻である。フランスなどでも対策を考案しているが、出生率が一時的に上がったように見えて実は移民の出生数だけが上がってフランス人の出生数は伸びていないなど、根本的な解決には程遠い実態がある。そのフランスも現在は出生率が下がり続けているのが実情だ。

日本では戦後の1947年から1949年に第一次ベビーブームが到来して人口が爆発的に増えた。団塊の世代とも呼ばれたその子供たちが適齢期を迎えた1971年から1974年頃に第二次ベビーブームが到来した。団塊世代ジュニアとも呼ばれたこの子供たちが適齢期を迎えた1990年代末に第三次ベビーブームが到来…しなかったのである。第二次ベビーブームを最後に日本は二度とベビーブームは到来することはなかったのだ。

なぜか。

ひとつは、日本政府に依る「少子化推進政策」があったからである。誤記ではない。日本政府は1970年代半ばから日本の人口増加を懸念して(今とは真逆の)少子化を推進していたのである。実際にベビーブームに依る人口増や世界的な人口増加への懸念から1974年7月に「第1回日本人口会議」が厚生省や外務省の後援によって開催されて「子どもは二人まで」という宣言を出しているのだ。国家レベルで「少子化を目指した」事実は意外に知られていないが、当時の社会を経験した人々にとっては既知の事実である。(*2)

もうひとつは、上述の件だけでなくジェンダーの捉え方等々、社会的に価値観が急速に変化してきた事もあって婚姻率が目立って下がってきたからである。

荒川氏は言う。「少子化は1990年代に確定した」と。

どういうことか。

前述の婚姻率が低下してきた事と同時に出産対象年齢の女性の絶対人口が減少したからである。来ると予想されていた第三次ベビーブームが来なかった事で、母親の減少…すなわち

「少母化」

という現象が確定化したからに他ならないのだ。

実は既婚女性は概ね2人の子供を産んでおり、3人以上産んでいる比率も徐々に高まる傾向にあるようだ。

では、なぜ少子化が止まらないのか?

「そもそも子供を産む母親が減少しているから」

というのが答えなのである。


これは日本だけではない。フランスでもINSEE(フランス国立統計経済研究所)の説明では、フランスに於ける近年の出生率低下の主たる要因は「出産育児適齢期たるフランス人女性の減少」とされているのだ。



詳細な解説は下記の荒川和久氏の記事を参照いただきたい。

『フランスでも北欧でも減り続ける出生の要因「少母化」現象が世界を席巻する』



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(*1)
マッチングアプリ…これを使うと誰でも良い相手と出会えるかのような錯覚をしそうだが、マッチングアプリで相手に出会って幸せになれるのは、アプリがなくても異性を獲得できる2~3割の恋愛強者のみである。特に男性。残りの7割の恋愛弱者にとっては永遠にマッチングせず、自分がモテない事を再自覚させられる宿命が待っている。恋愛弱者はいつかマッチングする夢を追いつつ永遠に課金を続けるのだ。そのお金は恋愛強者が美味しい思いをする為の原資となる。こんな馬鹿馬鹿しいシステムを採用する予定の日本政府。ボンクラが過ぎる、というものである。何より税金の無駄遣いであることは言うまでもない。

(*2)
当時のマスコミ、例えば読売新聞は「子どもは二人まで。年130万人増は危険」や「危機感足りぬ日本。現状維持には一夫婦0.7人」という見出しを掲げて少子化推進を煽りまくったのである。他のメディアも同様で日本中が「少子化推進」の流れになっていたのだ。






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