イギリスを代表するドラマーの一人にビル・ブルーフォードが居る。
ご存じの方も多いと思うが、イエスやキング・クリムゾンといったメジャーなプログレッシブ・ロックバンドに在籍していた、という経歴が最も有名だろう。
筆者がこのビル・ブルーフォードを知ったのはイエスが「こわれもの(Fragile)」という4作目のアルバムを発表した時であった。1971年頃である。その演奏を聴いたところ、通常のロックドラマーの演奏とはニュアンスの異なるサウンドが鳴っている事に気づいた。
この「通常のロックドラマーとの違い」について、ビル・ブルーフォード自身は
「私のルーツはジャズだ」
と述べている。(*1)
つまり、一般的なロック・ドラマーは一定の強さでビートを叩き続ける事が求められるのだが、ビルの場合は音楽の場面に応じて強くも弱くもどうにでも自由に変化させられるフレキシビリティがあるのだ。そこが、典型的なロックドラマーとは異なる部分(*2)であり、
「そこがプログレッシブなのだ、と思いたいね」
とビル自身が語っている。
ビル・ブルーフォードは非常に上手いドラマーである。技巧的にも音楽センス的にも素晴らしい。彼のドラミングの魅力は端的に言うと「非常に安定したリズム」「抜けの良いドラムサウンド」「場面に応じた変幻自在な演奏」と言えよう。「抜けの良いサウンド」で最も特徴的なのは、スネアドラム(*3)のサウンドが抜けの良い高い音程で鳴る事であった。スネアドラムを叩くと同時にスネアドラムの縁の部分を叩くリムショットと呼ばれる手法を使うことが多く、彼がスネアドラムを叩くと「スコン」とか「カン」といった甲高いサウンドが鳴り、その音がまたビルならではの個性的な音であるところが素晴らしいと思ったのである。リムショットはどのようなドラマーでも普通に使う機会があるが、ビル・ブルーフォードのそれは本当に彼独特のサウンドが鳴るのだ。
普通に8ビートのリズムを演奏しても、いわゆるロック畑のドラマーが演奏するそれとは異なって、定形ビートを刻みながらも音楽の場面に応じてフレキシブルに最適な味を演出するようなドラミングが聴けることがわかるだろう。
ビル・ブルーフォードのイエス時代の演奏を紹介する。
『Round About』
アルバム「こわれもの」内の有名な曲だが、これを聴いて「ジョジョの奇妙な冒険」というテレビアニメを思い出された方もいるかもしれない。
上記の「Round About」はイエスの中でも特に有名な曲だが、アニメ作品の「ジョジョ~」では 1st Season のエンディングテーマとして使われていたものである。(*4)
イエスの結成初期から参加していたビル・ブルーフォードは「こわれもの」の後、「危機」の発表後にイエスを退団している。イエスはその直後に初の日本公演を控えていたのだが、当時ジョン・レノンとのセッションなどで名前を知られていたアラン・ホワイトが加入している。筆者もアラン・ホワイトが演奏するイエスのライブを渋谷公会堂で聴いている。1973年のことである。
余談だが、アラン・ホワイトのスタイルはビルと比較すると正統派ロックドラマーと言える。非常に上手く素晴らしいドラマーであることは言うまでもない。
イエスを退団した後のビル・ブルーフォードは、もう一つのプログレッシヴ・ロックバンドの雄であるキング・クリムゾンに加入する。
キング・クリムゾン時代の演奏例として下記の曲を紹介する。
『King Crimson - Larks' Tongues In Aspic, Part Two』
『Lark's Tongues In Aspic Pt II』
キング・クリムゾンの中にジャズ的な要素と、さらなる進歩的な要素を感じて加入したビル・ブルーフォードだが、バンドが解散した事でジェネシスのツアーメンバーになったり、U.K.の結成に参加するもアルバム1枚で退団したりしている。そしてこれ以後、イエスとキング・クリムゾンに再び加入したり脱退したりを繰り返すことになる。
1991年に行われたイエスの再結成公演の模様が下記のライブである。ビルの後に加入したアラン・ホワイトとのツインドラムである。
『Round About / Yes - Live』
1986年には自身のソロ・プロジェクトである アースワークス というジャズグループを結成した。
1988年3月にドイツ・フランクフルトでのジャズ・フェスティバルでの演奏を紹介する。
『Bill Bruford's Earthworks Live in Frankfurt 1988』
編成はカルテット。ジャズであり、ビルがそれまでに体験してきた音楽のエッセンスも感じさせるモダンな演奏である。楽器もエレクトリック・ドラムが多く使われるようになっている。
もう一つはアコースティックなカルテットでの4ビートジャズの演奏である。1999年にブルガリアの首都ソフィアで行われたコンサートのライブ映像である。
『Bill Bruford's Earthworks - Never The Same Way Once』
また、ビルは音楽上の様々な試みを実践しており、下記の映像はキーボードとのデュオ演奏である。2004年にオランダで行われたライブの模様だ。
『Bruford - Borstlap: Arabian Quest (Bruford - Borstlap: In Concert In Holland, 2004)』
また、ビッグバンド系ジャズドラマーのレジェンドであるバディ・リッチのトリビュート企画に参加して演奏している。下記の映像はビルがビッグバンドのドラマーとして演奏しているものである。
『Bill Bruford - Willowcrest (A Tribute To Buddy Rich)』
ドラムという打楽器を気品高く洗練されたサウンドで演奏できるビルのドラミングは非常に音楽的で、要所要所を押さえたセンスが冴えている上に、彼ならではのグルーヴ感が素晴らしい。各所のフィルイン(*5)や後半に出てくる管楽器との合奏部分などはとても気持ち良い流れになっており、ビッグバンドのサウンドを上質の音楽にまとめ上げる原動力となっている。曲はバディ・リッチ楽団の「Willowcrest」で、Gマイナー(ト短調)のブルース形式である。
日本人ミュージシャンとも共演している。1987年にはジャズギタリスト・渡辺香津美の『スパイス・オブ・ライフ』と続編の『スパイス・オブ・ライフ2』のレコーディング及びツアーに、ジェフ・バーリンと共に参加した。
この時の日本でのライブ演奏を紹介する。
『Kazumi Watanabe / Bill Bruford / Jeff Berlin - City - Live in Japan 1987』
『Kazumi Watanabe feat. Jeff Berlin & Bill Bruford: Lim-Poo. (The 'Spice Of Life' Japan Tour, 1987)』
ビルの楽器編成は演奏する音楽によって変化する。オーソドックスな編成もあれば、キング・クリムゾンや自身のバンドではもっと現代音楽的な表現の為にメロタム(*6)や電子ドラムを活用するなど、彼が必要と考える楽器編成を変幻自在に組んで演奏する。しかもそれらを打楽器のインパクトと共に品のあるサウンドとして送り出せる能力はやはり天賦の才と呼ぶに相応しいものであろう。
ジャズを基調にプログレッシヴ・ロックなど様々な音楽をクリエイトしてきたビル・ブルーフォードだが、2009年にライブ活動からは引退している。レコーディング等の仕事は継続しているようである。
------------------------------
(*1)
イエスがデビューした時代(1969年頃)はロック音楽が本格的に飛躍し始める頃であり、多くのロックドラマーにとって真にお手本になるロックドラマーはほとんどいなかった。むしろ、当時のドラマーの多くが憧れていたのはジャズドラマーである。EL&Pのカール・パーマーも若い頃のアイドルはバディ・リッチだったそうである。確かにカール・パーマーのドラミングにはバディ・リッチの影響が垣間見られるのである。
(*2)
例えば、ジョン・ボーナムのような演奏スタイルは典型的なロック向きの奏法である。レッド・ツェッペリンの音楽にはこれが合っているのであり、ジョン・ボーナムのドラムだからあの音楽が成立するのである。
(*3)
通常はドラマーの正面の一番前に設置される太鼓であり、シンバルと共にベーシックなリズム・ビートを刻む為の打楽器である。右利きのドラマーなら、右手でシンバルのレガートを打ちながら左手でスネアドラムを叩いてリズムの形を提示する。例えば、4拍子のロックなら2拍目と4拍目にスネアドラムが叩かれるスタイルがよくあるオーソドックスな形である。
(*4)
『ジョジョの奇妙な冒険 第一部 ファントムブラッド』に「ブラフォード」という登場キャラクターが居る。もちろんビル・ブルーフォードからとられた名前なのだが、かなり初期の頃から日本ではビル・ブルーフォードのファミリーネームが音楽マスコミを通じて間違った発音で広められた経緯があって、「ブルーフォード」ではなく「ブラッフォード」「ブラフォード」と呼ばれていた時期が長かった。それ故、「ジョジョの~」に於いても「ブラフォード」名が採用されたようである。
(*5)
フィルイン;曲中の繋ぎ目の1~2小節で即興的に入れる手数である。変化と刺激を与える事が目的であり、演奏上のスパイス的な意味合いから日本では”オカズ”とも呼称される。フィルインで何を演奏するかは概ね演奏者の即興でありセンスに任される事がほとんどである。
(*6)
メロディックタム:音程を持っているタムタムである。音程を聴かせる事から通常複数個のメロタムを並べて演奏される。フルセットでは8個である。普通のタムタムと比較すると、胴体が長く下(裏)側は打面が無く抜けている構造になっている。メロタムと呼ばれるように、太鼓としては音域が高めの音であり、橋から順に叩くと音階が鳴るようなセットである。
☆
ご存じの方も多いと思うが、イエスやキング・クリムゾンといったメジャーなプログレッシブ・ロックバンドに在籍していた、という経歴が最も有名だろう。
筆者がこのビル・ブルーフォードを知ったのはイエスが「こわれもの(Fragile)」という4作目のアルバムを発表した時であった。1971年頃である。その演奏を聴いたところ、通常のロックドラマーの演奏とはニュアンスの異なるサウンドが鳴っている事に気づいた。
この「通常のロックドラマーとの違い」について、ビル・ブルーフォード自身は
「私のルーツはジャズだ」
と述べている。(*1)
つまり、一般的なロック・ドラマーは一定の強さでビートを叩き続ける事が求められるのだが、ビルの場合は音楽の場面に応じて強くも弱くもどうにでも自由に変化させられるフレキシビリティがあるのだ。そこが、典型的なロックドラマーとは異なる部分(*2)であり、
「そこがプログレッシブなのだ、と思いたいね」
とビル自身が語っている。
ビル・ブルーフォードは非常に上手いドラマーである。技巧的にも音楽センス的にも素晴らしい。彼のドラミングの魅力は端的に言うと「非常に安定したリズム」「抜けの良いドラムサウンド」「場面に応じた変幻自在な演奏」と言えよう。「抜けの良いサウンド」で最も特徴的なのは、スネアドラム(*3)のサウンドが抜けの良い高い音程で鳴る事であった。スネアドラムを叩くと同時にスネアドラムの縁の部分を叩くリムショットと呼ばれる手法を使うことが多く、彼がスネアドラムを叩くと「スコン」とか「カン」といった甲高いサウンドが鳴り、その音がまたビルならではの個性的な音であるところが素晴らしいと思ったのである。リムショットはどのようなドラマーでも普通に使う機会があるが、ビル・ブルーフォードのそれは本当に彼独特のサウンドが鳴るのだ。
普通に8ビートのリズムを演奏しても、いわゆるロック畑のドラマーが演奏するそれとは異なって、定形ビートを刻みながらも音楽の場面に応じてフレキシブルに最適な味を演出するようなドラミングが聴けることがわかるだろう。
ビル・ブルーフォードのイエス時代の演奏を紹介する。
『Round About』
アルバム「こわれもの」内の有名な曲だが、これを聴いて「ジョジョの奇妙な冒険」というテレビアニメを思い出された方もいるかもしれない。
上記の「Round About」はイエスの中でも特に有名な曲だが、アニメ作品の「ジョジョ~」では 1st Season のエンディングテーマとして使われていたものである。(*4)
イエスの結成初期から参加していたビル・ブルーフォードは「こわれもの」の後、「危機」の発表後にイエスを退団している。イエスはその直後に初の日本公演を控えていたのだが、当時ジョン・レノンとのセッションなどで名前を知られていたアラン・ホワイトが加入している。筆者もアラン・ホワイトが演奏するイエスのライブを渋谷公会堂で聴いている。1973年のことである。
余談だが、アラン・ホワイトのスタイルはビルと比較すると正統派ロックドラマーと言える。非常に上手く素晴らしいドラマーであることは言うまでもない。
イエスを退団した後のビル・ブルーフォードは、もう一つのプログレッシヴ・ロックバンドの雄であるキング・クリムゾンに加入する。
キング・クリムゾン時代の演奏例として下記の曲を紹介する。
『King Crimson - Larks' Tongues In Aspic, Part Two』
『Lark's Tongues In Aspic Pt II』
キング・クリムゾンの中にジャズ的な要素と、さらなる進歩的な要素を感じて加入したビル・ブルーフォードだが、バンドが解散した事でジェネシスのツアーメンバーになったり、U.K.の結成に参加するもアルバム1枚で退団したりしている。そしてこれ以後、イエスとキング・クリムゾンに再び加入したり脱退したりを繰り返すことになる。
1991年に行われたイエスの再結成公演の模様が下記のライブである。ビルの後に加入したアラン・ホワイトとのツインドラムである。
『Round About / Yes - Live』
1986年には自身のソロ・プロジェクトである アースワークス というジャズグループを結成した。
1988年3月にドイツ・フランクフルトでのジャズ・フェスティバルでの演奏を紹介する。
『Bill Bruford's Earthworks Live in Frankfurt 1988』
編成はカルテット。ジャズであり、ビルがそれまでに体験してきた音楽のエッセンスも感じさせるモダンな演奏である。楽器もエレクトリック・ドラムが多く使われるようになっている。
もう一つはアコースティックなカルテットでの4ビートジャズの演奏である。1999年にブルガリアの首都ソフィアで行われたコンサートのライブ映像である。
『Bill Bruford's Earthworks - Never The Same Way Once』
また、ビルは音楽上の様々な試みを実践しており、下記の映像はキーボードとのデュオ演奏である。2004年にオランダで行われたライブの模様だ。
『Bruford - Borstlap: Arabian Quest (Bruford - Borstlap: In Concert In Holland, 2004)』
また、ビッグバンド系ジャズドラマーのレジェンドであるバディ・リッチのトリビュート企画に参加して演奏している。下記の映像はビルがビッグバンドのドラマーとして演奏しているものである。
『Bill Bruford - Willowcrest (A Tribute To Buddy Rich)』
ドラムという打楽器を気品高く洗練されたサウンドで演奏できるビルのドラミングは非常に音楽的で、要所要所を押さえたセンスが冴えている上に、彼ならではのグルーヴ感が素晴らしい。各所のフィルイン(*5)や後半に出てくる管楽器との合奏部分などはとても気持ち良い流れになっており、ビッグバンドのサウンドを上質の音楽にまとめ上げる原動力となっている。曲はバディ・リッチ楽団の「Willowcrest」で、Gマイナー(ト短調)のブルース形式である。
日本人ミュージシャンとも共演している。1987年にはジャズギタリスト・渡辺香津美の『スパイス・オブ・ライフ』と続編の『スパイス・オブ・ライフ2』のレコーディング及びツアーに、ジェフ・バーリンと共に参加した。
この時の日本でのライブ演奏を紹介する。
『Kazumi Watanabe / Bill Bruford / Jeff Berlin - City - Live in Japan 1987』
『Kazumi Watanabe feat. Jeff Berlin & Bill Bruford: Lim-Poo. (The 'Spice Of Life' Japan Tour, 1987)』
ビルの楽器編成は演奏する音楽によって変化する。オーソドックスな編成もあれば、キング・クリムゾンや自身のバンドではもっと現代音楽的な表現の為にメロタム(*6)や電子ドラムを活用するなど、彼が必要と考える楽器編成を変幻自在に組んで演奏する。しかもそれらを打楽器のインパクトと共に品のあるサウンドとして送り出せる能力はやはり天賦の才と呼ぶに相応しいものであろう。
ジャズを基調にプログレッシヴ・ロックなど様々な音楽をクリエイトしてきたビル・ブルーフォードだが、2009年にライブ活動からは引退している。レコーディング等の仕事は継続しているようである。
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(*1)
イエスがデビューした時代(1969年頃)はロック音楽が本格的に飛躍し始める頃であり、多くのロックドラマーにとって真にお手本になるロックドラマーはほとんどいなかった。むしろ、当時のドラマーの多くが憧れていたのはジャズドラマーである。EL&Pのカール・パーマーも若い頃のアイドルはバディ・リッチだったそうである。確かにカール・パーマーのドラミングにはバディ・リッチの影響が垣間見られるのである。
(*2)
例えば、ジョン・ボーナムのような演奏スタイルは典型的なロック向きの奏法である。レッド・ツェッペリンの音楽にはこれが合っているのであり、ジョン・ボーナムのドラムだからあの音楽が成立するのである。
(*3)
通常はドラマーの正面の一番前に設置される太鼓であり、シンバルと共にベーシックなリズム・ビートを刻む為の打楽器である。右利きのドラマーなら、右手でシンバルのレガートを打ちながら左手でスネアドラムを叩いてリズムの形を提示する。例えば、4拍子のロックなら2拍目と4拍目にスネアドラムが叩かれるスタイルがよくあるオーソドックスな形である。
(*4)
『ジョジョの奇妙な冒険 第一部 ファントムブラッド』に「ブラフォード」という登場キャラクターが居る。もちろんビル・ブルーフォードからとられた名前なのだが、かなり初期の頃から日本ではビル・ブルーフォードのファミリーネームが音楽マスコミを通じて間違った発音で広められた経緯があって、「ブルーフォード」ではなく「ブラッフォード」「ブラフォード」と呼ばれていた時期が長かった。それ故、「ジョジョの~」に於いても「ブラフォード」名が採用されたようである。
(*5)
フィルイン;曲中の繋ぎ目の1~2小節で即興的に入れる手数である。変化と刺激を与える事が目的であり、演奏上のスパイス的な意味合いから日本では”オカズ”とも呼称される。フィルインで何を演奏するかは概ね演奏者の即興でありセンスに任される事がほとんどである。
(*6)
メロディックタム:音程を持っているタムタムである。音程を聴かせる事から通常複数個のメロタムを並べて演奏される。フルセットでは8個である。普通のタムタムと比較すると、胴体が長く下(裏)側は打面が無く抜けている構造になっている。メロタムと呼ばれるように、太鼓としては音域が高めの音であり、橋から順に叩くと音階が鳴るようなセットである。
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