少数民族への苛烈な弾圧に邁進して恥じない中国に対して、先日のG7(主要7カ国首脳会議)では欧米各国に比べて日本の対中姿勢に弱さがあることが浮き彫りになった。6月15日には対中非難決議の採択が見送られた。どうして日本はここまで対中非難決議に及び腰なのであろうか?
その具体的な理由をジャーナリストの有本香氏が6月17日の虎ノ門ニュースで明らかにした。ウイグル出身であるアフメット・レテプ氏(日本国籍)も同席したその回の内容を中心に紹介させていただく。
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先日のG7において菅総理は中国の人権状況に深刻な懸念を寄せている旨を表明している。そもそもだが、各国のトップは基本的に慎重であるべきで、議会の方が対中非難決議を強力に推進するパワーにならなければいけない筈なんだが、日本は逆になっているのだ。
今年(2021年)に入ってから各国のウイグル問題に対する動きは活発である。アメリカ・カナダ・オランダ・イギリス・ニュージーランド・リトアニア・イタリア・チェコ・ベルギーなどが既に制裁の発表や人権侵害の動議を可決している。1月19日にアメリカ政府が「ジェノサイド」及び「人道に対する罪」に認定して以来、各国議会が認定しているのだ。政府がジェノサイド認定する事はハードルが高い。なので、議会の方が数多の証拠をもって自国の世論に訴えるように認定しているのである。なお、国会決議に進むにあたって「事実認定ができない」という事を言う政党がある。公明党である。公明党は「証拠がない」というのだがそれは嘘で、証拠なら既に数多明らかになっているのだ。
昨年の9月、日本には日本ウイグル議連という自民党議員を中心とした議員連盟があったのだが、実は何年もの間活動していなかったのだ。それにはウイグル人側の内部事情も含めて様々な事情があって活動が止まっていた。
そんな中、昨年5月にアメリカの議会がウイグル人権法というのを通して、すぐにトランプ大統領が署名して発効している。アメリカはウイグル人への人権侵害に関わった中国当局者を制裁するというところまで踏み込んでいる。ウイグル人達は「日本はやはりなにもしてくれないのか」と落胆して、ウイグル議連に活動再開を依頼しに行ったのである。昨年9月のことだが、その時に有本香氏も同行していた。
その機会にウイグル議連の古屋圭司会長が2つのことを強調している。
1つ目はこれだ。
ウイグル人からのお願いはとにかく「活動再開して下さい」、ということであった。有本香氏は日本国民として「国会の議場の中で堂々と非難決議をしてくれ」「中国のこういうことを許さない」ということを意思表明をしてほしい、と訴えたのである。すると、古屋氏は「そんな事言うけど、国会での非難決議って簡単ではない」と発言している。有本氏やウイグル人達も当然簡単ではない事は理解した上でお願いしているのだ。
2つ目は、「事実であることの証明ができないと難しい」旨を古屋氏は述べた事である。この時に有本香氏は嫌な予感を持つに至った。議連側に「よしやるぞ」という意気込みが感じられなかったことだ。非難決議というのはある種の精神論なので、こういう時には「やるぞ」というリーダーの意気込みが必須である。それが全く感じられなかったのである。最後までそういう印象であり、腰が引けていたのだ。「非難決議は難しい」という国会内部の事情と、「事実認定ができない」という話が最後まで残り続けたのである。
そして11月にウイグル議連としては活動再開する。
その後、ウイグル議連には「議連を超党派にしてほしい」というお願いをしている。自民党だけの議連だと非難決議まで持っていくのは困難だ。…と言うのは、国会に提出するにあたっては、全ての会派が了承することが前提になるからである。それ故に議連には多くの会派から参加してもらう超党派という形にした方が望ましい、ということだ。だが、これも最初は「よしわかった」という感じではなかったのである。
それでどうするかを検討していたところ、年が明けてから「超党派にする」ということになったのだ。
この背景には自民党の下村政調会長が会長を務めるチベット議連が「超党派にする」ということになったので、ウイグル議連も同調することになったようだ。これが2021年2月である。
それでようやく「非難決議に向かって頑張ろう」という雰囲気になってきたのだった。
2021年3月、声明文の文案を作成するこの段階で、他にいくつかの議連が立ち上がることになった。例えば人権外交を考える議連、などである。この時に各議連は証拠や証言集めの為に該当する民族の方々を呼んだ。在日ウイグル人の方々もそれぞれの議連から呼ばれてヒアリングをされることになったのだ。
在日ウイグル人は「議員が話を聞きたい」ということであれば喜んで行ってお話したいのだが、彼らにも仕事等の都合がある。なので、できれば1回の会合で多くの議員にら移籍してもらって聞いてほしかったのである。例えばウイグル議連の集まりにもっと多くの議員が来席して1回でウイグル人の話が広く伝われば良かったのだが…と考えていたのだが、実際にはあっちの議連、こっちの議連、といった具合に各方面から何度も呼ばれて、その都度、同じ話をしていたのだった。(*1) 最終的に「これが非難決議に結びつけば良い」と考えたからこそである。
最終的に出来上がった対中非難決議には中国の国名が無く、逆に突然ミャンマーという国名が登場した唐突さに”木に竹を接いだような違和感”を持たれた方は少なくないと思う。これには訳がある。
3月に文案を作成する段階ではもちろんミャンマーは入っていない。3月の終わりになって突如として入ってきたのだが、どこで入ったかと言えば、
立憲民主党の中川正春氏である。
経緯はこうだ。
立憲民主党の中川正春氏という元文科相が立憲民主党の人たちを中心とした人権外交議連のようなものに加わった。最初は「ウイグル議連にもお誘いできたらいいね」と言う程度だったが、そうではなくて彼ら独自で別のものを立ち上げられたのである。
中川正春氏はミャンマー問題を長年やってきた人物である。それで話し合いの中で中川氏が「中国の人権侵害だけじゃなくて、ミャンマーも入れてほしい」、という主張をされたのである。結果としてミャンマーという国名が突如そこに加えられたのだ。
さらに、文案を作る時に「公明党への配慮だ」という理由で、中国という加害国の国名が消されてしまったのだ。その文案が出てきたのが3月の終わりか4月冒頭くらいである。
この段階で、議連だけでやっていたものを一応自民党やそれぞれの会派の偉い人たちにも諮っているのだ。この時点で文面に多少注文が付けられている。その結果として例の弱々しい文面になってしまったのである。なお、この段階ではまだ最終文案ではない。
次は、いつ国会決議をするのか、である。
菅総理が4月7日に日米首脳会談の為に訪米する予定であった。本来なら「その前に国会決議をやるべきだ」ということで作業は進められていた。
ここで登場するのが公明党である。
公明党は高木陽介国対委員長を通じて「総理の訪米前はどうしてもやめてほしい」と伝えてきた。いろいろ探ってみるとそれは高木陽介氏の意志というよりは公明党の山口那津男代表の意志らしい、ということであった。仕方ないので、「訪米が終わったらまたやろう」、というニュアンスで解釈して待つことにしたのだが、そこで総理の訪米が1週間延期になってしまった。そこから仕切り直そうかという話になると、今度はゴールデンウィークになってしまうのである。
そんな中で、総理の訪米が終わったくらいの4月20日か21日に南モンゴル議連が立ち上がるのだが、その時にこの対中非難決議の文案に触れている。
ウイグル議連の古屋圭司会長は「まとめるの大変なんだよ」と怒っていたのだが、この会合が始まる前に古屋氏は「ミャンマーが入っているが、これでなきゃまとまらないんだよ」と述べていた。有本香氏としては「議員側ではそうかもしれないが、私(有本氏)側では徹底的に批判しますよ」、と述べている。国民目線で見た時に”おかしい”と思うから、だから批判する。当然であろう。すると古屋氏は「なんでよ」という態度であった。古屋氏は有本氏に対して「もう少し判ってよ」という印象だったのだが、有本香氏は「私がそれを判る必要はない」と言ったのである。当たり前だ。国民感覚から遥かにずれた議員側の甘えをわざわざ認めてあげる必要はないだろう。
それでも…ウイグル人もモンゴル人も「それでも非難決議をしてほしい」ということであった。だから最後までやってほしいと願って待っていたのである。
ところが、である。
「最終文案ではない」筈の文章があたかも最終文案のように一人歩きを始めてしまったのだ。この文案が5月の連休明けにいったん与党(自民党と公明党)の幹事長と国対委員長(二幹二国と略称される)で俎上に上がることになる。そこで何か物言いがつくかと思いきや、すっと何事もなかったかのように通されてしまった。二幹二国を通ったということは「このまま行けるのか?」と期待を持つに至った。
そうすると問題は野党である。
そうこうしている内に日にちが過ぎてしまい、「野党の了承は取ったのか?」という話になってくる。
で、長尾敬衆院議員たち、特に長尾氏は過去に民主党に居た人でもあるから人間関係も駆使して頑張った。
野党の、特に立憲民主党の泉政調会長らにも長尾氏が直接説明して理解してもらって了承を得たのである。途中で、もちろん立憲民主党にもいろいろな反対の声があったのだが、上層部が了承してOKということになった。
これで、野党のOKは取った、という段階まできた。
与党も一度OKだったからこのまま行けるのか、と思っていたら、「もう一度与党の責任者の会議にかける」と言われて、もう一度そこで検討する、ということになってきたのだ。
時間はずるずると過ぎて、最後に6月14日(月)である。
今、巷間言われているのは、
自民党も野党もみんな了承したのに「公明党が止めた」と言われているのだが、実は「これは事実ではない」。
たしかに公明党は山口代表を含めてOKは出していない。それは事実なのだが、公明党だけがブレーキになった訳ではない。やはり
自民党なのである。有本氏は今回これを一番に訴求したい、ということである。
6月14日(月)に自民党の中で動きがあった。関係議連のトップ、古屋ウイグル議連会長、それから下村政調会長、高市早苗議員、南モンゴル議連の代表、そして事務局的に動いていた長尾敬議員らが、二階幹事長と森山国対委員長のところに説得に回ったのである。
最後の最後、国会に出せないかということで、必死に説得に当たった結果、実は
そこで二階幹事長がサインしかけるところまではいったのである。下村氏の説明を聞いてサインをするところまでいったのだ。しかし、いざ署名する直前に止めたのは林幹雄幹事長代理なのである。(*2)
林氏は二階幹事長を補佐する幹事長代理というポストである。自民党の場合、幹事長の周囲には様々な役職の人が居る。本当は幹事長代行という役職の方がポジションとしては上なのだが、こと二階幹事長に関しては林幹雄氏が絶対的に上なのである。最側近ということだ。
それまでも、対中非難決議に関して「林氏の壁を超えられるか」と何度も言っていた人も居たのである。林氏は正に自民党の
「影の幹事長」と言えよう。それくらい二階幹事長とべったり一緒にいる人物なのである。
二階氏は毎年のように中国を訪問しているが、その時は必ず林氏が同行している。二階幹事長には外交のイメージは無いのだが、実は外交を凄くやっているというアピールをする。そのほとんどが「対中外交」である。
中国にも「うい奴」と認められているのだろうか、二階氏の中国との関係を引き継ぐのは林氏だと言われている。中国の一帯一路会議に安倍親書を携えて二階氏が出席しているが、この時も同行している。その他、日中関係の動きにすべて絡んでいる人物と言える…それが林幹雄氏なのである。
今回の対中非難決議に際して、その林幹雄氏は
「こういうの興味無いんだよね」
と言い放った。
有本氏がその場に居た当事者だったら殴っていたかもしれない…それほど強烈な憤りを感じる場面だった、ということである。
中国の間断ない軍拡、尖閣への毎日のような領海侵入、日本の軍事施設のそばの山々を買っている事実・・・これらは間違いなく日本にとって脅威である。有本氏はこれを既に10年以上言っているのだ。こうした脅威以上に危険なのは、日本の与党の中心に居る人物が前述の脅威に対してまったく何の痛痒感も持たない事が明らかにおかしいのであって、こんな人物が日本の政治をリードする立場に居座っている事の方がはるかに日本の危機と言えるのではないだろうか。
上述のように、二階幹事長と林幹雄氏は毎年のように中国に行っている。前の安倍政権の時に転機が訪れているのだが、それは2017年に二階氏たちが中国に行った時…ここから変わったのだ。
安倍政権というのは対中国では強い態度で臨んできたのだが、2017年5月にに二階幹事長が北京で開催された「現代版シルクロード構想一帯一路の国際協力会議」に出席する。この時に官邸から今井総理秘書官が同行したのだが、この時に安倍総理の親書を今井氏が勝手に書き換えて中国側に都合の良い内容にして渡した、という事案があった。
そのあたりから安倍外交が親中的に傾いていくのである。その転機になった時に実は二階氏が動いているのだ。
「要するに公明党だろう」、と人は言うのだが、山口那津男代表と二階幹事長だと親中の度合いがどれほど違うかを端的に表す事実がある。二階氏が訪中すると習近平主席は喜んで会談に応じる。そして二階氏をまるで日本のトップであるかのように遇する。賓客扱いである。一方、山口那津男氏は同時期に訪中しても習近平主席とは短時間の面会で終わっている。中国から見れば格が違うということであろう。
「中国とのつながり」ということで言えば、二階氏は永田町でもずば抜けて一番と言える。その二階氏を常にサポートして、二階外交的なものを受け継ぐのではないかとさえ言われているのが林幹雄氏なのである。
なので、
「公明党が何もかも止めた」というのは事実とは違うのである。
林氏は自民党の中で非常に大きな力を持っており、前出のように「影の幹事長」と呼べるほどである。
このような人物が中心で蠢いているのだから、対中非難決議を通すというのは相当な工夫が必要だったと思われるところだ。そういう意味において、長尾議員は非常に頑張っていただいたのだが、長尾氏のポジションだとまだ難しいところもあるのが偽らざる実態である。真正面からまともに頑張ってしまった…ということだろうか。
なにしろ、一方で途中から湧いて出てきたミャンマーの非難決議はさっと通ってしまったのである。このミャンマーの非難決議は一体いつ了承を取ったのだろうか。実際に目撃した人の証言に依ると、本会議場に入ってからその場で了承のサインをもらっていた、ということだ。決議案は法律案ではないので、そのぐらいでも通せる、ということのようだ。
対中非難決議だって法律案ではないので同じものである。だが、相手が中国となった途端に「部会の了承をもう一度取ってこい」と言われて振り出しに戻るような事を何度もさせられるのである。だからこれは間違いなく「自民党の問題」なのである。
それならば、と言っても自民党以外の選択肢はないのが実情だ。野党はあの体たらくなので論外。自民党が体質改善しない限り「中国に対してまともに正論一つ言えない日本」であり続けるのは間違いないだろう。
尖閣に中国の船が押し寄せてきてることも、或いは中国が軍拡を進めていることも日本にとって大変な脅威であるが、今回の自民党による対中非難決議採択見送りは有本香氏にとって極めて強烈な憤りを感じているようだ。「世界を見渡しても、人間としてこんなに許せない事はそんなに無いと思う」と述べている。当然であろう。
しかもアフメット・レテプ氏はウイグル出身だが今は日本国民である。そういう人たちがここまで人権侵害に遭っているのに、それについて一言も言えないというのは喫驚すべきことだし、人として
「興味がない」の一言で済ましてしまうような人たちが政治の中心に居るということの方が我々国民にとってははるかに脅威なのである。
そういうことで残念ながら対中非難決議は為されなかった。だが、次の国会で再度頑張ってもらうというのは有りであろう。
ミャンマー問題は既に個別に通っているので、次回は文面から「ミャンマー」は外していただいて構わないだろう。もう一度仕切り直してやっていただければ、と願うものである。
有本香氏はなぜこれを今回明らかにしたのか、その理由は、このような内容の事案をこちらが配慮して隠していても意味がないからである。また、今回の採択見送りが公明党だけの責任ではない事実、むしろ自民党内に真の原因があることが広く認識されないと、次回再び同じ失敗をする可能性があるからである。そして、マスメディアはこうした真実を絶対に報道しないから…これも理由の一つだ。次回は必ず成し遂げていただきたい、というその一点である。
私達の日本は1919年にパリ講和会議の中で世界史上初めて「人種差別撤廃条項を入れるべき」と主張した国である。その子孫である我々が、ウイグル人がこれだけ不当に差別されて苦しんでいるのに、それに対して一言も言えないというのは本当に先人に対して申し訳ないことなのである。
また、対中非難決議ができない日本は国際社会から「中国に依る史上最大級のジェノサイド(民族虐待・虐殺)に加担する国」として見られてしまう事になる。ある意味で世界の笑い者である。そうなることが耐え難いから、だから真実を報ずるのだ、という趣旨の文章を有本香氏は19日にツイートしている。
最後にウイグル出身のアフメット・レテプ氏から次のようなコメントがあった。
公明党は対中非難決議に反対はしていないが、賛成もしてくれない。「持ち帰ってゆっくり議論しましょう」ということで時間切れに持ち込まれてしまった。それに対して自民党の実力者も強く希求することをせずに放置したということがあった。これは(言いたくはないが)結果として「ウイグル人の命なんてどうでもいい」、という態度を我々ウイグル出身者に突きつけた、ということなので、ここはぜひ人間として与野党超えてあらゆる利害関係も超えて、改めて考えを改めてほしいと思う。
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なお、有本香氏が上記内容を語った翌日(6月18日)に自民党幹事長室から文面が届いたとのこと。有本氏は「人権侵害への非難にはやたら時間がかかるのに私への対応は随分迅速だと思う(笑)」と述べている。差出元の「幹事長室」というのも結局誰なのか?的な曖昧さがあり、敢えて匿名的な脅しに来ているのだろうか?という推測もできなくはない。21日以降に有本氏は受け取ったボールを投げ返す予定であり、その内容も後日お伝えしたい。
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(*1)
そうした各議連の中には「やってます」というアリバイを作るためだけのポーズに過ぎないものもある。
(*2)
林 幹雄(はやし もとお )氏。自由民主党所属の衆議院議員、自民党幹事長代理兼自民党選対委員長代理。父は環境庁長官や衆議院議員を務めた林大幹氏。
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<2021年12月3日:追記>
習近平国家主席をはじめとする中国の指導者たちが同国の少数民族ウイグル族の弾圧に関与していることを示す文書の存在が明らかになった。
「ウイグル弾圧、習主席らの関与示す「新疆文書」が流出(イギリスBBC報道)」
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