豆の育種のマメな話

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パンダと呼ばれた黒大豆「トカチクロ」

2011-02-20 12:55:39 | 北海道の豆<豆の育種のマメな話>

お節料理に黒豆が欠かせない。一年をマメ(壮健)に暮らせるようにと願いを込めて,ふっくらと,色よく,甘く煮た黒豆を,正月を祝う食卓に添えるのが昔からの習いである。この黒豆は黒大豆のことであるが,昆布やごまめ等と配して栄養のバランスの妙を感じさせる一品で,古人の知恵を感じさせる。黒大豆には粒大や粒形など大きな変異が見られるが,煮豆には極大粒で味の良いものが好まれ,西の「丹波黒」,北の「光黒」が双璧である。

 

光黒大豆は,その名の示すとおり種子に光沢を有する黒大豆で,北海道の十勝及び檜山地方が主産地である。代表的な品種は「中生光黒」と「晩生光黒」で,いずれも1933年に在来種から北海道の優良品種に決定し,その後長く栽培が続けられている。ところが,これら光黒は生産が極めて不安定であるため,早熟な品種の開発が強く期待されていた。

 

◆育成に17

北海道における黒大豆の品種改良は開拓時代から連綿と続けられているが,成功例は極めて少ない。十勝農業試験場でも,1934年の「大粒光黒」を用いた交配以来この時点までに23組合せを実施しているが,地方番号を付したのは「トカチクロ」となる「十育184号」など3系統のみである。交雑後代に,多様な種皮色の変異が発現すること,葉緑素欠乏や子実品質の欠点が出やすいことなどが,育種のハザードになっているものと思われる。

 

◆種皮色は百貨店

黒大豆と黄大豆を交配すると,雑種第2代の種皮色は黒,濃緑,淡緑,濃茶,淡茶,くすみ,黄など雑多に変異して驚かされる。目的とする大粒の光黒の出現頻度は極めて低く,はたと選抜に悩むことになる。さらに,ヘテロな個体も含まれることから,大層面倒な育種になりそうだと誰もが実感する。

 

それでは,「トカチクロ」の選抜はどの様になされたのか振り返ってみよう。「十育122号」と「中生光黒」を交配し,初期世代では早熟で光沢のある黒色種皮で大粒個体を主に集団選抜した。すなわち,雑種第2代では,早熟で種皮の色が濃緑と黒の個体を選びまとめて脱穀。雑種第3代では,早熟で大粒の黒大豆個体を圃場選抜した後,篩を用いて粒大による選抜を行い,さらに光沢のある子実を選んだ。雑種第4代では,同様にして42個体を選抜し,雑種第5代で初めて系統栽植している。

 

その後の系統選抜では,草型や収量性などの選抜を加味して固定化を図ったが,葉色が黄色の葉緑素欠個体が分離したり,種皮色が黒に見えても浸漬により退色する系統があったりと困難を極めている。雑種第10代になっても濃緑豆が分離したり,11代になって種子の背面に赤褐色の点が現れたりと,黒豆育種は本当に根気の要る話であった。黒大豆の育種では,このように初期世代は集団選抜を続け,固定が進んでから系統評価をするのがポイントかと思う。

 

◆農業試験会議で留年する

熟期が早く,低温年でも収量が安定し,加工適性にも合格点を得た「十育184号」は,新品種として期待が高まったが,農業試験会議の場で予想しなかった結末になった。この系統は,年次や地域により裂皮粒が発生しやすいのではないかというのである。片親の「キタムスメ」には臍の側に点裂皮が出やすいことが知られているが,その特性をどうやら引き継いだものらしい。黄大豆では問題視されないほどの裂皮であるが,黒大豆の場合その白い点が一際目立つのである。白黒は逆ではあるがパンダの顔の様に見える。

 

煮豆に加工するとこの痕跡は消えてしまい問題にならないが,流通上は不利な条件になる。大豆の裂皮にはこの点形のほか線形や不定形に発現する場合もあって,後者の場合は煮豆加工時に種皮が剥がれてしまうことがある。そのため,線形や不定形裂皮は「腹切れ」などと呼ばれていた。縁起ものの黒豆が,切腹でもあるまいと,1985年の成績会議において新品種への登録は見送られてしまう。

 

◆ドーナツ型の適応地域

パンダ豆の発生要因を探れ。そして,対応を考えよ。翌年の試験会議までの宿題である。育種家たちは慣れぬ試験に取りかかったが,答えは単純「中身を詰めすぎて皮が破れた」であった。大豆の生育において,種皮が形成される時期と子実養分が蓄積されるステージがずれているため,生育後半に好天が続くと大粒化して裂皮が発生しやすい。例えば,干魃や低温で着莢障害がおき,入れ物が制限されたところへ,順調に登熟が進み大粒化した時などである。

 

地域性を検討してみると,十勝中央部の沖積土壌では生育後半まで窒素が供給されるので大粒化し易く,裂皮が発生しやすい。その結果,「トカチクロ」の適応地域は十勝中央部を除くドーナツ型になってしまった。難産の末誕生した「トカチクロ」は,交配育種による初めての黒大豆として,1990年以降北海道における光黒大豆銘柄の一翼を担っている。なお,その後1998年には,中央農業試験場が新品種「いわいくろ」を発表している。

 

◆黒の裏に隠れた赤紫

枝豆の時期を過ぎた頃,黒豆の莢を剥いて子実を取り出してみると,鮮やかな赤色に驚かれるだろう。しかし,金時豆のように見えるその赤い豆は,掌の上で数秒と経ないうちに黒く変化する。その変化は,空気中の酸素に反応して変色するもので,神秘な色の移ろいである。また,黒豆を酢に漬けると赤紫の色素が溶けだすのをご存知だろうか。葡萄酒ローゼと見間違うほどで,黒豆ジュースとしても市販されている。

 

参照:土屋武彦2000「豆の育種のマメな話」北海道協同組合通信社240p.

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