豆の育種のマメな話

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彼岸花(曼殊沙華)咲く

2020-11-04 11:01:10 | 伊豆だより<里山を歩く>

平成2年9月末、新型コロナの発生が少し落着いたのを見計らって伊豆の下田を訪れた。下田街道を車で走っていると、松尾(河内地区)の辺りで稲生沢川堤防一面に咲く彼岸花が目に入って懐かしかった。彼岸花の群生は近年めっきり少なくなったと感じていたが、久々に満開の景色である。その晩泊ったホテルの開花情報に「どこそこの彼岸花が見ごろです。白い彼岸花も・・・」とあった。彼岸花も観光客の鑑賞対象になったのだろうか。時代が変わったものだと思った。

かつて伊豆の里には道端や水田の畔などに彼岸花が群生していたけれど、観賞植物との意識はなかった。彼岸花の名は「秋の彼岸頃に鮮やかな紅色の花を開花すること」に由来すると言われるが、あの世(彼岸)に咲く花、鱗茎(球根)に毒があることから食べたら「彼岸(死)」だ、と連想させることから名付けられたとの説もある。全国には「葬式花」「墓花」「死人花」「地獄花」「幽霊花」「火事花」「蛇花」「狐花」「灯籠花」「天蓋花」などの異名があると言うが、不吉な名前が多い。花の形が燃え盛る炎のように見えることから、「家に持って帰ると火事になる」という迷信もある。その理由は、有毒植物であることから、子供が彼岸花に触るのを戒めるためだと考えられている。

子供の頃、誰から不吉な由来を聞いたか覚えていないが、悪霊を振り払い征伐するように竹の棒で彼岸花をなぎ倒して遊んだ記憶が蘇る。そんな時、祖母は何時も「きれいに咲いているのに」と止めるのだった。

一方、彼岸花の別称「曼殊沙華(まんじゅしゃげ)」は梵語manjusakaの音から転じたもので、「天界に咲く花」という意味だと聞いた。釈迦が法華経を説いた際に、天から降った花(四華)のひとつが曼珠沙華なのだそうな。墓地や寺院などの周辺に植栽されたのも納得できる。また、鱗茎(球根)に毒があるので土に穴を掘る小動物(モグラ、ネズミ等)を避けるために、水田の畔などに植えることを推奨した歴史があると言う。墓地の周辺に栽植したのも忌避植物の意味があったのかもしれない。

彼岸花はアレロパシー効果を有し他の植物の成長を阻害する性質がある。水田の畔に植えたのは、他の雑草が生えないようにとの理由もあったようだ。

◇学名・形態・植生

ヒガンバナ(彼岸花、別名:曼珠沙華、学名 : Lycoris radiata、英語名:Red spider lily)はヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草である。学名からリコリス・ラジアータとも呼ばれる。

開花は秋の彼岸ころ、葉よりも先に花茎(高さ30~60cm)を伸ばし、先端に真っ赤な6弁の花を放射状(輪状)に数個つけて咲く。花径5~15 cm。小花は長さ40mm 、幅約5 mmと細長く、大きく反り返る。雄蕊は6本、雌蕊が1本あり、ともに花外に長く突き出る。

蕾は5月中頃に鱗茎の中に作られ、鱗茎の栄養分を使って花茎を伸ばし、地上から顔を出してから1週間ほどで花を咲かせる。種子はできず、開花後に花茎が枯れると葉が伸び出す。葉は線形、濃緑色、光沢があり、中脈と葉の裏側が白っぽい。晩秋に鱗茎1個から長さ30~ 50 cm の細い葉をロゼット状に数枚出して、緑を保ったまま冬を越し、初夏に枯れてしまう。

わが国に野生化している彼岸花は三倍体(3n = 33)だと言う。中国原産で大陸から有史以前に渡来したものと考えられているが、中国で突然に生まれた三倍体彼岸花が日本に持ち込まれたのではないかと推察される。種子を着けず、球根の株分けで繁殖するため遺伝的な変異はなく、同じ地域では一斉に開花し、花の大きさや色、草丈がほぼ同じように揃う。なお、変種のコヒガンバナ(Lycoris radiata var. pumila)は二倍体(2n = 22)で稔性があるため、他の種との交配により多様な園芸品種が作出されている。

◇有毒植物で救荒食

鱗茎に毒性アルカロイドを約0.1%含んでいる。成分はリコリン50%(ヒガンバナ属の学名「リコリス」に由来)、ガランタミン、セキサニン、ホモリコリンなどで、経口摂取するとよだれや吐き気、腹痛を伴う下痢を起こし、ひどい場合には中枢神経の麻痺を起こす。

一方、鱗茎はデンプンに富む。有毒成分であるリコリンは水溶性で、すり潰して長時間水に晒すと食べることができる。彼岸花が全国で見られるのは、飢饉の際の備え(救飢植物)として各地に植えられ広まったのではないかと考えられている。太平洋戦争が終戦を迎える頃だったろうか、伊豆の里でのことだが、一人の物乞い男が彼岸花の球根(鱗茎)を採掘し続けるのを遠くから眺めていたことを思い出す。

また、鱗茎は石蒜という名の生薬にもなっている。球根をすりおろして湿布すると利尿や去痰作用があるとの民間療法もあったが危険を伴う。水仙と同じように誤って食べた食中毒事故も報告されている。今回初めて知った事だが、毒成分の一つであるガランタミンがアセチルコリンエステラーゼ阻害薬のひとつとして、軽~中度のアルツハイマー病や様々な記憶障害の治療に用いられていると言う。彼岸花がより身近な存在になったような気がする。

◇秋の季語

秋(仲秋)の季語。夏目漱石「曼殊沙華 あっけらかんと 道の端」、中村汀女「父若く 我いとけなく 曼殊沙華」、種田山頭火「曼殊沙華咲いて ここが私の寝るところ」「歩きつづける 彼岸花咲きつづける」など多くの俳人が題材としている。また、曼殊沙華と聞けば歌謡曲「赤い花なら曼殊沙華、オランダ屋敷に雨が振る・・・(作詞梅木三郎、作曲佐々木俊一)」を口遊む方も多いだろう。花言葉は「情熱」「独立」「あきらめ」「悲しい思い出」と言われるが、俳人たちの心は彼岸に通じる感性で満ち溢れている。

東北から九州にかけて名所と言われる彼岸花の群生地は多い。例えば、埼玉県日高市巾着田、神奈川県伊勢原市日向薬師、愛知県半田市矢勝川堤防、岐阜県海津市津屋川土手、岡山県岡山市児島湖花回廊、広島県三次市馬洗川沿い、長崎県大村市鉢巻山展望台、埼玉県秩父郡横瀬町寺坂棚田等々。その他枚挙にいとまがない。

身近な曼殊沙華が咲く名所を訪ね、天界に遊ぶのも面白いではないか。

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