南米大豆の飛躍的な増加は目を見張るものがある。南米3国(ブラジル,アルゼンチン,パラグアイ)の大豆生産量は2002年にUSAを追い越し,2007年には1億700万トン,全世界の大豆生産量に占めるシェアは51%に達した。もはや,USA大豆の豊凶だけで市場が左右されるほど単純ではなくなった。
この南米大豆生産の飛翔に影響及ぼした要因を「日本」をキーワードに拾ってみよう。
1. 大豆栽培の基礎を築いた日系移住者
ブラジルで大豆が最初に導入されたのは1882年Bahia州の農学校とされる。その後,Sao Paulo州やRio Grande do Sul州の農科大学等で試作が行われたが,実際の栽培までには至っていない。1908年に日本人コーヒー農園労働者が移住第1船でサントス港へ入港したのを初めとし,1940年まで約19万人の日本人がブラジルへ移住し,Sao Paulo州やParaná州北部へ定着すると,彼らは持参した大豆を栽培し,味噌,醤油,豆腐など大豆食品を作り始めた。当時大豆は,日系移住者の庭先に植えられた一作物に過ぎなかったが,この栽培がブラジル大豆の基礎になったと言える。
パラグアイでは,1921年Pedro N. Ciancinoがヨーロッパ留学の帰国時に持ち帰り,栄養学的見地から栽培を試みたのが大豆導入の最初とされるが,栽培は定着しなかった。その後1936年に日本からの移住が開始され,日系人は開墾した焼畑に持参した種子を播き,味噌,醤油,豆腐,納豆など食品用として大豆栽培を始めた。1946年の第1回農業センサスによれば163トンの生産量があり,1962年には3,500トンへと増加した。当時大豆栽培は日系人のみであったが,1970年代にはトラクタやコンバインなど機械化が進み,大豆価格の高騰も生産増加に拍車をかけ,日系入植地以外へ栽培は拡大した。
2. 低緯度地帯へ,技術者たちの挑戦
ブラジルの大豆生産は当初南部3州が中心であったが,1970年代に開始されたセラード開発により,不毛の地とされてきたブラジル中央高原のサバンナ地帯は大豆の主産地となり,大豆生産量は飛躍的に増大した。セラード地帯の開発には日伯セラード農業開発協力事業及び1973年に設立されたブラジル農業研究公社(EMBRAPA)の役割が大きいが,低緯度地帯に適応する品種開発の基礎を築いた技術者たちの貢献を忘れることは出来ない。
ブラジルにおける大豆育種は,1936年頃Campinas農業研究所(IAC)などで開始され,当初は導入品種から選抜試験が進められ,Santa Rosaなどいくつかの品種が選出された。1958年IACが冬季に実施した飼料用品種試験で日長感受性の低い品種が見つかり,同国北部(低緯度地帯)における大豆栽培の道が開かれた。その後,低緯度地帯への適応性を求めて育種が進められた結果Cristarinaが開発され,この品種は今日ブラジル中央部に普及する多くの品種の基礎となっている。これら技術開発の中心にいたのは宮坂四郎博士ら日系技術者であった。
3. USAの大豆禁輸から始まった技術協力
1973年のUSA大豆禁輸は大豆価格の高騰を引き起こし,南米大豆は生産拡大期へと突入する。そのような中,1974年には田中角栄総理のブラジルを訪問,翌年にはラプラタ河流域経済開発調査団の派遣などがあり,南米各国の要請を受けたわが国は技術協力を開始した(1974年は移住事業団を改組しJICAとなった年でもある)。それらは,①日伯セラード農業開発協力(1979-2001 ),②南部パラグアイ農林業開発研究(1979-2002),③アルゼンチン大豆育種技術協力(1977-1984)等であった。また,その他にもJIRCASの南米大豆研究プログラム,JICA農業試験場(CETAPAR等)協力も行われた。これらプロジェクトは長期にわたり継続され,南米大豆の躍進を技術面から支えた。
プロジェクトの成果は既に公表されているので,ここではパラグアイ地域農業研究センターのエントランスホールに掲げられた記念プレートを紹介する。2002年9月に設置されたものには,「日本政府とパラグアイ共和国政府の23年の友情と技術協力の証として,・・・日本とパラグアイの関係者が共に力を合わせて献身したことにより,パラグアイ農業発展に寄与し,パラグアイ国民にとって価値ある成果が結実した」の文字が刻まれている。また,2008年3月設置の記念プレートには「日本政府とパラグアイ共和国間の29年間の技術協力に関わった技術者たちの献身と努力に敬意を表する(以下,JICA専門家及びCRIA技術者氏名一覧)」と刻まれた。
また,アルゼンチンの大豆専門書「El cultivo de la soja en Argentina(アルゼンチンにおける大豆の栽培)」には,同国大豆育種の始まりに日本の技術協力があったと記されている。
参照:土屋武彦2009「南米ダイズ生産の発展に寄与した日本」農林水産技術同友会報47,12-15
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