豆の育種のマメな話

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パンパ平原を札幌生まれのガウチョが駈ける,「宇野悟郎氏」

2012-02-16 14:12:54 | ラテンアメリカ旅は道連れ<南米旅日記>

アルゼンチンのひと-2

手元に緑のカバーが付いた小冊子がある宇野悟郎著「アルゼンチン移民私史,パンパ平原をガウチョが行く」(イースト・ウエスト・パブリケーションズ,1980)である。伊藤清蔵博士の紹介記事をまとめながら,思い出してこの冊子を読み返した。

 

著者,宇野悟郎氏は伊藤清蔵博士のアルゼンチン「富士牧場」で牧童生活をおくり,後に「トレボール牧場」で博士の共同経営者を務めた北海道人である。札幌生まれの宇野悟郎氏は,アルゼンチンのパンパ平原を駆け回ったただ一人の日本人ガウチョであった。彼は,何故アルゼンチンに渡ったのか? 伊藤博士の牧場で働くことになった経緯は? 実際のガウチョ生活は? 彼の歩みを辿ってみたくなるではないか,サムライ・ガウチョの人生を。

 

宇野悟郎氏は,1905年(明治38)札幌市豊平生まれ,徳島中学を卒業(祖先は徳島出身),1年間の志願兵を経て1927年(昭和2),長姉ふみ子の夫である阿部忠一氏(北海道帝国大学農学士)の尽力で伊藤清蔵博士に対する佐藤昌介総長の紹介状を胸に,マニラ丸でアルゼンチンへ渡航。伊藤清蔵博士の「富士牧場」でガウチョ生活4年,その後1933-1941年(昭和8-16)は「トレボール牧場」共同経営,第二次世界大戦の終盤から戦後にかけて1943-1962年(昭和18-29)ブエノス・アイレスで鞣皮工場経営,その後帰国して「カンテイーナ」経営など活躍。

 

宇野悟郎著「アルゼンチン移民私史,パンパ平原をガウチョが行く」には,パンパの自然,ガウチョの生活,孤独と郷愁に耐えた実体験が語られている。また,隅々から伊藤清蔵博士に対する敬慕の気持ちが次第に募って行く様が伝わってくる。アルゼンチンで,実際にガウチョとなった体験を語れるのは,彼をおいてないだろうと思わせる話しが続く。

 

さて,アルゼンチンへの最初の移住者は1886年(明治19)の牧野金蔵とされる。伊藤清蔵博士も1910年(明治43)であるから早い方である。コーヒー園の夢を抱いてブラジルへ移住した移民第一陣が契約上のトラブルで集団脱走し,169人がアルゼンチンへ再移住する騒ぎがあったが,これも初期の時代。アルゼンチンへの移住は,いわゆる「呼び寄せ」移住が主体であった。

 

アルゼンチンは,既にヨーロッパからの移住者が肥沃な土地を占有しており,新たに入ることになった日系移住者等は,ブラジルに隣接するアルゼンチン北限の地ミシオネス州で農業に従事する者,ブエノス・アイレス近郊(Escobar)で花きや野菜栽培を行う者,都会での洗濯業等々,夢は大きかったが苦労も多かったと考えられる。そのような中,先駆者たちの尽力によって邦人の基盤は徐々に築かれて行く。

 

私がアルゼンチンに暮らしたのは30年以上も昔になるが(1978-1980年),既にエスコバール市は日系人によるカーネーション栽培など名をあげ「花の都」と呼ばれていたし,日系人の勤勉さと正直さは彼の国の誰もが尊敬の念をもって認めるところであった。参画したプロジェクトは「大豆の育種研究」,アルゼンチンに対する最初の技術協力であったため,大使館やJICA事務所,在アルゼンチン日本人会の皆さんに多くのご支援を賜った。

 

当時の在アルゼンチン日本人会会長は宇野文平氏(北大医学部卒)で,ブエノス・アイレスに出たときなどお世話になった。帰国後にもお会いする機会が一度だけあったが,何と彼は,宇野悟郎氏の甥だという(後で知った)。ご兄弟の中で遠くアルゼンチンまで出かけたのは悟郎氏一人だけだが,甥の文平氏は医学者としてアルゼンチンに渡り,結婚してブエノス・アイレスに移住し活躍されていた。さらに,北海道人はご存知の方が多いと思うが,悟郎氏の兄秀次郎氏は北海道議会議員から衆議院議員,眞平氏は長らく北海道議会議員。宇野一族の中には,新しいことにチャレンジしようとする逞しいパイオニア精神が脈打っていたのだろう。

 

冊子には,若き日の宇野悟郎氏の写真が掲載されている。貴公子然としていて,とてもガウチョとは思えない。船旅の中で映画俳優に間違えられたとのエピソードがあるが,然もありなん。

 

Boys, Be ambitious! パンパ平原に,彼の声がこだまする。そして,どこからともなく聞こえてくる「・・・雁はるばる沈みてゆけば,羊群声なく牧舎に帰り・・・」と。

 

 

 

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