農業試験場に入ってからの二十数年間は専ら大豆新品種開発の仕事をしていた。いわゆる「育種屋」と呼ばれる仕事柄,研究職と言っても終日圃場に出て大豆の栽培管理をしながら,多くの育種材料を観察,調査,選抜淘汰するのが日課であった。また,冬には収穫した大豆の脱穀作業や子実の分析評価を行い,1月の試験成績会議や3月の設計会議に向けた資料作りに追われる日々であった。
振り返ってみると,幸運なことに21品種の育成者として名を連ねている。
この中には,交配から選抜評価を一貫して担当した「ヒメユタカ」「キタコマチ」「キタホマレ」「トヨムスメ」「トヨコマチ」「カリユタカ」「大袖の舞」のような品種,グループとして一部分の選抜に関わった品種,アルゼンチンとパラグアイで行った技術協力の一環として育成された品種が含まれ,関与の度合いはそれぞれ異なる。だが,どの品種もその姿(特性)や選抜途中のエピソードが目に浮かんで来るほど懐かしいものばかりだ。
もちろん,新品種は育種家グループや関係者の総合力によって誕生するもので,個人の成果品ではないが,育成の苦労を偲ぶ権利は個々人に残されていよう。
01 大豆「キタムスメ」(1968):耐冷性,褐目中粒
02 大豆「ヒメユタカ」(1976):白目大粒,良質
03 大豆「キタコマチ」(1978):早生,白目中粒
04 大豆「キタホマレ」(1980):耐冷性,多収,褐目大粒
05 大豆「スズヒメ」(1980):極小粒納豆用,線虫抵抗性極強
06 大豆「Carcaraña INTA」(1980):良質多収,アルゼンチン初の国産登録品種
07 大豆「トカチクロ」(1984):中生,光黒大豆
08 大豆「トヨムスメ」(1985):白目大粒,良質多収,線虫抵抗性強
09 大豆「トヨコマチ」(1988):中生の早,白目中粒,線虫抵抗性強
10 大豆「カリユタカ」(1991):難裂莢性,コンバイン収穫向き,白目中粒
11 大豆「大袖の舞」(1992):白目大粒あお豆,線虫抵抗性
12 小豆「アケノワセ」(1992):早生,初の落葉病・茎疫病抵抗性
13 大豆「トヨホマレ」(1994):耐冷性,白目中粒
14 大豆「ハヤヒカリ」(1998):耐冷性,コンバイン収穫向き,褐目中粒
15 大豆「ユキホマレ」(2001):早生,耐冷性,線虫抵抗性,コンバイン収穫向き,白目中粒
16 大豆「CRIA-2 Don Rufo」(2002):早生,カンクロ病抵抗性,多収,パラグアイ登録品種
17 大豆「CRIA-3 Pua-e」(2002):早生,カンクロ病抵抗性,多収,パラグアイ登録品種
18 大豆「ユキシズカ」(2003):極小粒納豆用,線虫抵抗性強,難裂莢性
19 大豆「CRIA-4 Guaraní」(2005):早生,カンクロ病抵抗性,密植適応性大,パラグアイ登録品種
20 大豆「CRIA-5 Marangatú」(2005):早生,カンクロ病抵抗性,多収,早播適応性大,パラグアイ登録品種
21 大豆「CRIA-6 Yjhovy」(2008):中生の早,同国初のシスト線虫(レース3)抵抗性,パラグアイ登録品種
ところで,品種の評価は生産現場でどれだけ活躍したかで決まる。活躍の尺度は,一般には普及面積で測られるが,新規性である場合もある。
上記育成品種について直近40年間の普及面積を別添の表に示した(添付:「育成品種と普及面積)ので,ご覧いただきたい。
北海道全体の大豆作付面積は,この間6,700~26,000haの範囲で推移しているが,「キタムスメ」「キタコマチ」「トヨムスメ」「トヨコマチ」「ユキホマレ」は基幹品種となり,いずれも5,000haを超えて作付けされた。中でも,「キタムスメ」「トヨムスメ」「トヨコマチ」は息長く栽培されている。さらに最近は,「ユキホマレ」「ユキシズカ」の人気が高まっている。
大豆は,大粒白目,中粒白目,中粒褐目,納豆小粒,黒大豆,あお大豆に分類され流通し,それぞれの特性にあった製品加工がなされる(中小業者が多数存在する)。また,大豆は気温や日長など気象条件に敏感であるため栽培適地が限定され,品種は他の畑作物より多数必要になる。したがって,品種ごとの普及シエアが北海道全体の50%を超えることは滅多にない。そう考えると,基幹品種になった上記の品種たちは良く頑張ったと言えるのではあるまいか。
ここで,北海道大豆の代表選手,時代を背負った品種を整理しておこう。
「十勝長葉」時代(1949-1954)→「北見白」時代(1960-1970)→「トヨスズ」時代(1970-1981)→「キタムスメ」「キタコマチ」時代(1980-1987)→「トヨムスメ」「トヨコマチ」時代(1988-2005)→「ユキホマレ」時代(2006-現在)と言えようか。
一方,先駆けとなったことに意味を持つ品種もある。
例えば,「カリユタカ」はわが国最初のコンバイン収穫向き品種,「大袖の舞」は初めての線虫抵抗性あお豆,「Carcaraña INTA」はアルゼンチン初の国産登録品種・・・等々である。これらも育種上の意義は大きい。
なお,海外では品種ごとのデータがないので普及面積を示さなかった。技術協力が終了した後も育種事業は自主推進され,多くの新品種が誕生したとの情報がある。喜ばしいことだ。
しかし,海外の国々では最近とみに遺伝子組換え品種が拡大して,当時の品種は消えつつあるという・・・。