英語を習い始めた中学生の頃に,ミスター(Mr./mister)は男性に,ミス(Miss/mistress)は未婚女性に,ミセス(Mrs./mistress)は既婚女性に対し敬称として使用すると教えられた 。例えば,スミスさん(Mr. Smith)のようにとあった。また,「ミス」は未知の若い女性,ウエイトレス,店員に呼びかけるときに名前をつけないで使い,英国では古くから既婚未婚を問わず女性教師にも使用している。
これに対応するスペイン語が,セニョール(Sr./Señor),セニョリータ(Srta./Señorita),セニョーラ(Sra./Señora)であることは,多くの方がご存知だと思う。
しかし,女性に相対するとき,セニョリータと呼ぶか,セニョーラにするかは,かなり悩ましい。夫婦同伴の場合や自己紹介された場合,或いはドクトーラ(Doctora)とかインへニエラ(Ingeniera)と公式敬称で呼べる場合は問題がないが・・・。
以下は,南米での体験である。
◆アンデス上空で女学生を叱責するCA
チリのサンチアゴからアルゼンチンのブエノス・アイレスへ向かう飛行機で,修学旅行と思われる女生徒の一団と乗り合わせた。騒がしいほど賑やかに,少女達は盛り上がっている。アテンダントがマイクを使い,席に着くようにと声をかける。
それでも静まらない女生徒に向かって,「Señoríta! Siéntese por favor. お嬢・・・さん,お座り下さい」。セニョリータの「リ」に強いアクセントを置いて呼びかけると,さすがにシーンとなった。なるほど,母親が子供を叱るとき,このように叫ぶのかと思った。英国でも,特に生意気(不作法)な少女や女学生に対して,強く「ミス」と呼びかけるそうだが,共通している。
◆パラグアイの編み物教室での一コマ
パラグアイでのこと,数名の日本人セニョーラ達(いずれも50~60代)が,老先生(Profesora)から民芸品(アオ・ポイ,ニャドウテイ)の編み物製作を習っていた。先生の指示に対して,生徒達は図面とにらめっこで作業を始める。
一人のセニョーラが,いつものように音を上げる。
「先生,これ,どうするの,出来ないわ」
「こちらから,この編み目を拾って・・・」と老先生は説明を繰り返す。
「出来ない,先生やってみて」
「まあ,まあ,セニョリータ! どれどれ・・・」
セニョーラがセニョリータと呼ばれても,「若くみられたものだ」と喜んでばかりはいられない。むしろ,何と子供なの・・・という意味あいで,呆れている感じが透けて見える。裏のニュアンスだ。日本語でも似たような言い方をしますね。
◆女性教師はセニョリータ
アルゼンチンで暮らし始めたとき,そこは田舎町であったため日本語学校などもちろん無く,子供たちは現地の公立学校へ通うことになった。お世話になったのがベテランの女性教師で,セニョリータ・モッシイと紹介された。えつ,セニョリータなの,セニョーラでないの? が,無知なる初印象であったが,セニョリータと呼ぶのですね。修道女が教育に携わった歴史に由来するのかも知れないと,そのとき思った。
これも,家族同士の交流の場面ではセニョーラとなる。
◆ミズ(Ms./Ms)
英語では,既婚と未婚を区別しないミスとミセスの混成語ミズ(Ms./Ms)が使われる場面が多くなった。男女差別を解消しようとの中で生まれ,1973年以降国連でも正式に採用されたという。が,味気ない感じがしないでもない。
スペイン語でミズに対応する言葉があるか否か,残念ながら浅学にして知らない。だが,セニョリータと呼ばれたいセニョーラがいても,セニョリータとは決して呼ばれたくない女性がいても,良いではないか・・・。日本語には,もっともっと複雑な言い方がある。