閉塞経済 金子勝 ちくま新書
世界金融恐慌のあおりで日本経済は閉塞し、多くの派遣社員が首切りの憂き目に遭い、年の瀬を過ごす算段もないまま路頭にさまよっている。この国のセイフティーネットはほころびていることを我々は目の当たりにしている。金子氏は言う、この国には最低限の生活水準を規定した「貧困ライン」という定義が存在していないと。
アメリカのサブプライムローンの破綻に端を発した金融恐慌は瞬く間に世界に波及した。倫理なき資本主義は拝金主義を助長し、経済格差を生み、貧困問題を生起させている。小泉構造改革は規制緩和とグローバリズムを標榜し、アメリカ式の成果主義にもとづく自己責任という言葉を普及させた。構造改革は、市場という「神の手」に任せれば全てうまくいくということで、リーダーたちから戦略的思考を奪い、人々を思考停止に陥らせてしまい、その結果、経済成長力をどんどん落としてしまったと金子氏は言う。とりわけ小泉首相の下で、経済担当の責任者であった竹中平蔵氏への批判は相当に厳しいものがある。同じ慶応の教授だけによけいに腹が立つのだろう。金子氏は一貫して反権力のスタンスを貫いている人物で、政府の経済政策には厳しい視線を投げかけている。氏は、今やるべきことは、セーフティーネットの張替えを急いで社会崩壊を防ぎつつ、環境エネルギー革命あるいは教育投資に基づく知識経済の強化を中心にした産業戦略を強めることだと強調する。
今の経済状況を打破する起死回生の政策は教科書には書いておらず、高い見識による創造的なものを模索する以外にない。今までのアメリカの後を追うだけのやり方ではもはや日本のアイデンティティーは消滅する。人権や正義の問題に、実は主流の経済学は論理的に答えられないのが現実だと氏は言う。そうであるなら、よけいに全体を見渡すことのできる、倫理的な為政者が要請されるのだ。今の国政担当者にそういう人物はいるのか。甚だ心細いと言わざるを得ない。
経済不況による治安の悪化は現実のものとなりつつある。タクシー運転手が強盗殺人に遭う事件が二件連続して起こっている。かつてこの国が誇っていた治安の良さ、倫理観の高さは音を立てて崩れつつある。これは権力を握った者が腐敗している現実と無関係ではない。こうなると改めて教育の問題が問われてくるのは間違いない。金子氏が教育投資を重視される所以である。ということで、今年最後のレビューになりました。皆様どうかよいお年を。