判例紹介
◎事件名・・・・ 建物明渡等請求事件
◎裁判所・・・・ 広島地方裁判所 福山支部
◎裁判年月日・・・・ 平成20年02月21日
◎裁判概要・・・・ 本件建物及び本件駐車場を所有して管理する原告(広島県福山市)が,賃貸借契約は賃料不払いを理由に解除されたとして,本件建物及び駐車場の賃借人の連帯保証人である被告に対し,平成9年1月分以降(約10年分)の未払賃料及び賃料相当損害金として約300万円の支払いを求めた事案。判決は福山市の請求を権利の濫用として認めなかった。
平成20年2月21日判決言渡・同日原本領収 裁判所書記官
平成19年(ワ)第69号 建物明渡等請求事件
口頭弁論終結日 平成19年12月20日
判 決
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求の趣旨
1 被告は,原告に対し,293万1248円を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,別紙目録記載の建物(以下,「本件建物」という。)及び駐車場(以下,本件駐車場」という。)を所有して管理する原告が,賃貸借契約は賃料不払いを理由に解除されたとして,本件建物及び駐車場の賃借人の連帯保証人である被告に対し,平成9年1月分以降(約10年分)の未払賃料及び賃料相当損害金として約300万円の支払いを求めた事案である。
2 争いのない事実及び証拠によって認められる事実(証拠によって認定した事実については,末尾に証拠を掲載した。)
(1) 原告は,昭和57年10月26日,訴外Aに対し,本件建物を次の約定で賃貸した。
ア 使用目的 居住用
イ 賃 料 1か月2万2000円
ウ 賃借人が賃料を3月以上滞納したときは,原告は本件建物の明渡しを請求できる。
エ 本契約は,公営住宅法,同法施行令,福山市営住宅等条例及び条例施行規則による。
(2) 被告は,昭和57年10月26日,訴外Aが原告に対して負担する本件賃貸借契約上の債務を保証人として連帯して履行することを約した。
(3) 上記賃料は,平成5年11月1日から2万6600円,平成10年4月1日から3万6000円,平成11年4月1日から3万5500円,平成12年4月1日から2万5300円 平成13年4月1日から3万3800円,平成14年4月1日から3万3300円,平成15年4月1日から3万2800円,平成16年4月1日から3万2400円,平成16年5月1日から3万5200円(駐車場使用料を含む。),平成17年4月1日から3万5100円(駐車場使用料を含む。),平成17年12月1日から1万9900円(駐車場使用料を含む。)に改定された(甲3,4 )。
(4) 原告は,平成16年5月1日,訴外Aに対し,本件駐車場を使用料1ヶ月2800円,期間は訴外Aが本件建物の賃借資格を有するまでの約定で使用許可した(甲4,6)。
(5) 訴外Aは,平成9年1月分から賃料の支払を滞納するようになったため,原告は,訴外Aに対し,平成18年10月25日到達の内容証明郵便で,未払賃料合計275万6000円を同書到達後5日以内に支払うよう,もし支払わなかったときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたが,訴外Aはこれを支払わなかったため,本件賃貸借契約は平成18年10月31日に終了した(甲2の1及び2,3)。
(6) 原告は,被告に対し,平成9年1月以降,訴外Aの賃料債務不履行の事実を伝えたり連帯保証債務履行の請求をすることを一切行わずに放置していたが,平成18年10月11日に至って初めて,訴外Aの未払賃料合計275万6000円を10日以内に連帯保証人として支払うよう催告し,更に,同年同月24日,翌日到達の内容証明郵便で,訴外Aの未払賃料合計275万6000円を同書到達後5日以内に連帯保証人として支払うよう催告した(甲9の1及び2,13,乙1,2)。
(7) 訴外Aは,平成19年7月25日,強制執行により本件建物を明け渡した(弁論の全趣旨)。
3 争点及び当事者の主張
(争点)本件未払賃料等を連帯保証人である被告に請求することの当否。
(被告の主張)
(1) 原告は,平成9年1月分から賃料の不払いがあったとして,本件請求をしているが,福山市営住宅等条例41条(2)記載によれば,家賃を3ヶ月以上滞納したときは「当該入居者に対し,当該市営住宅等の明渡しを請求することができる」と規定している。
したがって,本件建物賃貸借契約の連帯保証人の保証の本旨は3ヶ月を限度として保証しているものであって,3ヶ月分の請求ならともかく,入居者の賃料不払いを無制限に保証しているものではない。
(2) 本件請求は,地方自治体の公的義務に違背し,権利の濫用として無効である。
(3) 原告は,被告に対しては平成5年12月20日まで合計8回にわたって催告したと主張する。
したがって,被告の連帯保証債務は,原告の主張する上記最終請求日から満5年をもって時効により消滅しているものであるところ,被告は,本訴において時効の利益を援用する。
(原告の主張)
(1) 被告の保証は3ヶ月分を限度としたものではない。
原告が,被告に対し,途中から催告を差し控えていたことは事実であるが,公営住宅であることからできるだけ法的手続を留保していたとしても,訴外Aに対しては延滞賃料の支払いを厳しく催告し続けており,また,被告は訴外Aの義理の叔父であって意思の疎通も十分されていることなどを考えた場合には,仮に原告の被告に対する本件請求が地方自治体の管理業務として問題があるとしても,保証責任の期間が制限されるものではない。
(2)ア 原告は,市営住宅の明渡請求訴訟の提起等,家賃滞納整理については福山市営住宅使用料(家賃)滞納整理要綱に基づいて事務処理している。
(ア) 1ヶ月以上の滞納者に対しては,まず督促状を送付する。
(イ) 3ヶ月以上の滞納者に対しては,「さきに督促状を送付しましたが,いまだ未納ですので表記の指定納入期限までに完納してください。もし,期限までに完納できない事情がある場合は,住宅課へご相談ください。なお,住宅・駐車場使用料の未納については連帯保証人に対しても連絡済です。」の文書を送付する。
(ウ) 5ヶ月以上の滞納者に対しては,「あなたの滞納については再三督促しているにもかかわらず表記の指定納入期限までに完納してください。なお,連帯保証人に対しても催告書を送付しております。(予告)期限までに納入されない場合は裁判所に住宅明け渡しの訴えを行うことになります。」の文書を送付する。
(エ) 6ヶ月以上の滞納者で家賃を支払う意思のないものに対しては,法的措置を行う旨記載した文書を送付し,警告するとともに臨戸訪問等により本人と接触し,納付指導を行う。
(オ) 市営住宅明け渡し等請求訴訟の訴え提起前日までの間に,滞納家賃の全額又は,3分の2以上の額を納付し,かつ当該納付すべき残額について分割納付誓約書を申し出た場合は,提訴しないことができるものとする。ただし,分割納付誓約の内容は,滞納が1年以内に整理できるものとする。
イ 原告は,家賃滞納者に対しては,これまで上記要綱に基づいて事務処理していたが,市営住宅が住宅に困窮する低所得者に対し低廉な家賃で賃貸し,市民生活の安定と社会福祉増進を目的としていることから,実務的には明け渡し等請求訴訟の訴えは,滞納額とこれについて賃借人が原告の付指導に基づいて納付誓約書を差し入れるなど誠実に対応されているかどうかによって慎重に処理していた。
ウ 連帯保証人である被告らに対して原告が催告を控えるようになったのは,訴外Aが,平成5年10月に納付誓約書を提出し,誓約書どおり分納を履行していたにもかかわらず,原告担当者が,平成5年12月20日,過って被告に催告状を出したため,訴外Aが,平成6年1月,原告担当課に来て強く抗議したため,原告は,被告ら保証人にお詫びの電話をするとともに,その後は訴外Aに賃料滞納があっても被告ら保証人に対する催告を控えるようになったものである。
(3) 主たる債務者について時効中断の事由が生じたときは,保証債務の付随性に基づき,保証人にもその効力が及ぶところ,訴外Aは,原告に対し,
① 平成11年8月25日,未払賃料債務53万7700円を承認し,
② 平成12年8月14日,未払賃料債務59万4100円を承認し,
③ 平成14年8月14日,未払賃料債務132万6300円を承認し,
④ 平成17年9月5日,未払賃料債務253万6100円を承認し,
それぞれ分割して完納する旨を誓約しているので,消滅時効は上記各承認により中断している。
消滅時効完成後の承認が時効利益の放棄となり,主たる債務者がなした時効の利益の放棄は保証人に対して効力を生じないと解されるとしても,上記各承認は,時効完成後の承認ではないから,保証人である被告に効力が生じるものであり,被告の消滅時効の主張は理由がない。