東京・台東借地借家人組合1

土地・建物を借りている賃借人の居住と営業の権利を守るために、自主的に組織された借地借家人のための組合です。

【判例】 賃料の確認裁判 甲府地方裁判所(平成18年9月12日判決)

2012年03月06日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

判例

事件番号・・・・・・平成11(ワ)516等

事件名・・・・・・・・賃料等本訴請求事件、賃料減額確認反訴請求事件

裁判所・・・・・・・・甲府地方裁判所 民事部

裁判年月日・・・・平成18年9月12日


主     文

1 原告(反訴被告)と被告(反訴原告)との間の別紙物件目録記載の建物についての賃貸借契約における賃料は,平成12年3月17日以降1か月当たり2650万円であることを確認する。

2 原告(反訴被告)の請求及び被告(反訴原告)のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は,これを5分し,その1を被告(反訴原告)の負担とし,その余を原告(反訴被告)の負担とする。

 

事実及び理由

第1 請求

1 本訴について

 (1) 被告(反訴原告。以下「被告」という。)は,原告(反訴被告。以下「原告」という。)に対し,金9013万7520円及びこれに対する平成12年2月17日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

 (2) 原告と被告の間の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)についての賃貸借契約(以下「本件契約」という。)における賃料が,平成11年11月17日以降1か月当たり金3857万9690円であることを確認する。


2 反訴について

  原告と被告との間の本件契約における賃料が,平成12年3月17日以降1か月当たり金2003万0558円であることを確認する。

第2 事案の概要

1 事案の要旨

 (1) 本訴事件は,本件契約の賃貸人である原告が,本件契約の賃料は,本件契約開始の日から3年を経過した時点で,改定前の賃料を7.5%増とする旨の特約があると主張して,被告に対し,同特約を理由に賃料増額の意思表示をなし,その増額後の賃料額の確認及びこれを前提とする未払賃料の支払を求めた事案である。

 (2) 反訴事件は,本件契約の賃借人である被告が,本件契約の賃料は,近隣土地・建物賃料の下落,諸物価指数の変動等の諸要因を勘案すると不相当に高額となったと主張して,原告に対し,賃料減額の意思表示をなし,その減額後の賃料額の確認を求めた事案である。

2 前提となる事実 (証拠等を掲記した事実以外は,当事者間に争いがない。)

 (1) 当事者

 原告は,不動産の賃貸業等を目的とする株式会社であり,被告は,ショッピングセンターの企画運営等を目的とする株式会社である。

 (2) 原告は,平成5年10月25日,貸店舗として本件建物を建築し,以後,本件建物を所有している。

 (3) 本件ショッピングセンターが開店するまでの経緯

  ア 原告と被告は,昭和63年4月30日,本件建物が所在する土地上に原告が建物を建築してこれを被告に賃貸し,被告がそこでショッピングセンターを運営するとの内容の覚書をとり交わした(甲2。以下「本件覚書」という。)。

  イ 本件覚書には,次のとおりの条項が存在する。

 (ア) 賃料について

  (4条1項)
  賃料の算定は,次の算式による。

  月額賃料=坪当たり建築価格×19%×延べ床面積÷12ヶ月

 (イ) 賃料の改定について

  (5条1項,以下「本件賃料自動増額条項」という。)
  賃料は,賃貸借開始の日より3カ年を経過した時点で,その改定を行なう。改定後の月額賃料は,改定前の月額賃料に7.5%相当額を加えた額とする。

  (5条2項)
  以後も3カ年を経過するごとに改定するものとし,前項の率を基本として経済情勢を勘案のうえ,甲乙協議して決定する。

  ウ 原告と被告は,平成元年2月18日,本件覚書をふまえ,基本協定書を取り交わした(乙1。以下「本件基本協定書」という。)。

  エ 基本協定書には,次のとおりの条項が存在する。

 (ア) 賃料について

  (10条1項)
  賃料の算定はつぎの算式による。

  月額賃料=坪当たり建築価格×19%×乙の賃借する延床面積÷12

(イ) 賃料の改定について

  (12条)
  賃料は賃貸借開始の日より満3カ年毎に改定するものとし,改定後の月額賃料は,長期プライムレートの加重平均変動値・公租公課・近隣の賃料比較及び経済情勢を勘案のうえ甲乙協議し決定する。但し,上記情勢等に異常な変動を生じたときはこの限りではない。

  オ 本件基本協定書15条によれば,建物建築工事請負契約の締結時に原告と被告の間で建物賃貸借の予約契約を締結することとされていた。

   しかしながら,原告と被告は,賃料算定の基礎となる「坪あたりの建築価格」の額を幾らにするか,建築代金にかかる消費税をどちらが負担するか,ショッピングセンターの管理運営をどちらがするかなどをめぐって意見が対立したため,予約契約を締結しなかった。

   そのため,本件建物が完成し,本件ショッピングセンターの開店に向けての準備が具体化しても,原告と被告の間の協議は難航し,合意に達しなかった。

  カ その後,被告は,建物賃貸借契約が締結されないまま,平成5年11月17日までに,原告より,本件建物のうち,1階につき2,917.49平方メートル,2階につき3,631.85平方メートル,3階につき2,931.91平方メートル,4階につき0平方メートル(それぞれ共用部分を除いた被告専有面積)の引渡しを受け,本件建物にショッピングセンター「Aショッピングモール」(以下「本件ショッピングセンター」という)を開店させた。

 (4) 本件ショッピングセンター開店後の本件契約の締結

   平成5年12月になり,賃料算定の基礎となる「坪当たりの建築価格」について原告と被告との間でようやく合意が成立し,同月29日,以下の内容で本件契約が成立した(甲3)。

   期 間(4条) 平成5年11月17日から20年間

   賃 料(5条) 初年度月額賃料 3338万4264円

   消費税相当額は,被告が負担するものとする。

  賃料の改定(8条) 賃貸借開始日から満3カ年経過毎に賃料の改訂を行うものとし,改訂後の月額賃料は,長期プライムレートの加重平均変動値,公租公課,近隣の賃料状況及び経済情勢等を勘案の上,原告,被告及び訴外Bにおいて協議し,決定する。ただし,上記情勢等に異常な変動が生じた場合はこの限りではない。

 (5) 原告の被告に対する賃料増額の意思表示

  ア 原告は,被告に対し,平成8年10月9日ころ到達の書面により,前記本件覚書5条1項に基づき,本件賃貸借開始の日から3年を経過する日である同年11月17日以降の本件建物の賃料を,従前の賃料の7.5%を加算した3588万8084円(消費税別途)とする旨の賃料を増額する意思表示をした(甲4)。

  イ 原告は,被告に対し,平成11年10月13日ころ到達の書面により,本件覚書5条1項に基づき,前記平成8年11月17日から3年を経過する日である平成11年11月17日以降の賃料を,上記アにおいて増額した賃料の7.5%を加算した3857万9690円とする旨の賃料を増額する意思表示をした(甲5)。

 (6) 被告の原告に対する賃料減額の意思表示

  被告は,原告に対し,平成12年3月14日ころ到達の書面により,本件賃貸借契約書8条に基づき,平成12年3月17日以降の賃料を,現行の賃料である3338万4264円から40%控除した1か月2003万0558円とする旨の賃料を減額する意思表示をした。

3 争点

 (1) 本件契約には賃料自動増額特約があるか(本件覚書5条の効力)。

 (原告の主張)
  ア 本件基本協定書12条の規定は,本件覚書5条の規定を当然の前提として定められたものである。すなわち,本件覚書5条は,1項において,賃貸借開始の日から3年経過時に自動的に7.5%賃料を増額することを定めるとともに,2項において,さらに3年を経過する毎に,原告・被告間で協議の上,賃料を改定すべきことを定めたものである。そして,本件覚書においては,この協議の際の判断基準が「前項の率を基本として経済情勢を勘案のうえ」と抽象的にしか規定されていなかったことから,これをより具体的に規定したのが本件基本協定書12条なのである。このように本件基本協定書12条と本件覚書5条は両立するものであり,また,本件覚書の効力を失わせるためには,契約書等において明文にてその旨を規定するのが実務慣行であるところ,本件契約書にはそのような記載がない。したがって,本件基本協定書の締結により,本件覚書5条の本件賃料自動増額条項の効力が撤回される理由はない。

  イ 本件建物の建設は,他のショッピングセンターが当地区に進出することを恐れた被告代表者(当時。以下,被告,原告とも代表者につき当時。)が,原告代表者に対し,本件敷地の購入とショッピングセンターの建設を余りにも切に懇願するので,原告代表者がその懇願に抗しきれなくなり,原告において,本件敷地を新たに購入したものである。

 本件建物がこのような経緯で建設されたことから,本件建物の当初賃料は,坪当たりの建築価格に19%を乗じ,さらに賃借面積を乗じたものを年間賃料として算出され(甲2・乙1),また,賃貸借開始から20年間が経過するより前に被告の都合で賃貸借契約を解約する場合には,約定賃貸借期間満了までに被告が支払うべき賃料等を支払うか,原告が承認する新賃借人(ただし,同業種,同等以上の者)を選定しなければならない。このように被告と原告との間では,3年分の初期賃料及び17年分の自動増額後賃料をもって,原告が本件ショッピングセンターの建設についてなした初期投資の回収を保証することが予定されていたのであるから,本件契約には,賃料自動増額特約があったというべきである。

 (被告の主張)
  ア 賃料改定に関する本件賃料自動増額条項は,本件基本協定書作成の時点において,原告と被告間の合意事項から撤回されたものである。

 そもそも,本件賃料自動増額条項は,本件覚書締結前の昭和63年3月4日に被告がCショッピングモールにおけるD保険相互会社との間で締結した建物賃貸借予約契約書(乙3)において,同様の規定を挿入したことから,被告の提案により,本件覚書においても挿入することとした。しかしながら,上記Cショッピングモールの賃貸借予約契約書は,賃貸借開始を約1年後に予定しており,予約契約締結時から4年後の賃料の改定を規定していたのに対し,本件賃貸借は,開店まで5年前後を要することを予想しており,それからさらに賃料改定は8年後となってしまうところ,8年後の経済状況を完全に予想することは不可能であるので,本件賃料自動増額条項は,余りにも非合理的であると原告・被告間で意見が一致し,合意の上で削除されたものである。

  イ 本件契約に至る経緯に関し,被告代表者が原告代表者に対して懇願したとの原告の主張事実は否認する。すなわち,被告は,昭和62年ころ,本件土地付近に全国的な中堅業者であるE屋がショッピングセンターを出店するとの情報を得たことから,本件土地を所有するF食品工業株式会社から本件土地を購入又は賃借する方式でのショッピングセンター出店の検討を始めた。そして,その検討を行っている途中で,原告が本件土地を入手して建物を建築し,被告に賃貸するという話が出てきた。当時,被告と原告は,原告がG駅南に所有する土地に被告がショッピングセンターを出店する計画が進んでおり,非常に緊密な間柄にあった。そこで,被告はショッピングセンター経営を業とし,原告は不動産賃貸業を業としていたので,被告としては,それぞれその得意分野を分担することにしようと,本件土地を購入することを断念し,原告が建築する建物を賃借することとした。

  また,被告と原告との間において,3年分の初期賃料及び17年分の自動増額後賃料をもって,原告が本件ショッピングセンターの建設についてなした初期投資の回収を保証することが予定されていたとの原告の主張事実も否認する。

  なお,賃料は,通常,長期プライムレートの加重平均変動値,公租公課,近隣の賃料状況及び経済情勢等を勘案の上,改定されるのが原則であり,それ以外の特別の合意があれば契約書にその旨が明記されるべきであるところ,本件契約では,そのような合意も契約書の記載もない。

 (2) 本件契約の平成11年11月17日時点及び平成12年3月17日時点における適正継続賃料額

 (原告の主張)
  ア 本件建物の建設は,他のショッピングセンターが当地区に進出することを恐れた被告代表者が,原告代表者に対し,本件敷地の購入とショッピングセンターの建設を余りにも切に懇願するので,原告代表者がその懇願に抗しきれなくなり,原告において,被告の求めに応じて,本件敷地を新たに購入したものである。本件建物がこのような経緯で建設されたことから,本件建物の当初賃料は,坪当たりの建築価格を基礎に算出されている(乙1)。とともに,賃貸借開始から20年間は,被告の都合で賃貸借契約を解約する場合には,約定賃貸借期間満了までに被告が支払うべき賃料等を支払うか,原告が承認する新賃借人(ただし,同業種,同等以上の者)を選定するかしなければならないものとしている(甲3)。このように被告と原告との間では,3年分の初期賃料及び17年分の自動増額後賃料をもって,原告が本件ショッピングセンターの建設についてなした初期投資の回収を保証することが予定されていた。

 したがって,本件契約においては,いかなる情勢の変化があろうとも,少なくとも自動増額後の賃料を下回る額に賃料を減額することは許されない。

  イ 本件契約のような賃借人からの働きかけに応じて建築された建物の賃貸借契約における賃料については,賃料減額請求を認めるとしても,その減額幅は,このような特段の事情がないと仮定して算定された鑑定評価等にとらわれることなく,賃貸人の収支計算を害しない範囲にとどめるべきである。

  ウ そうすると,本件建物の平成11年11月17日時点の適正賃料は,月額3857万9690円とするのが相当である。そして,平成8年11月17日から平成11年11月16日までの被告の未払賃料は,月額250万3820円,その合計は9013万7520円である。

 (被告の主張)
 本件契約が締結された平成5年以降,いわゆるバブル経済の崩壊により,土地価格は継続的に下落傾向にあり,また,国内及び山梨県内の景気も低迷状態が続いている。このような状況を受けて,本件建物の近隣土地・建物の賃料は,一般的に下落傾向にある。更に,本件建物の近隣には,大型ショッピングセンター「H」が平成12年2月にオープンした。以上のような状況などを総合考慮すると,本件建物の平成12年3月17日時点における適正賃料は,大幅に下落し,月額2003万0558円とするのが相当である。

 

第3 争点に対する判断

1 賃料自動増額特約の有無(本件覚書5条の効力)について

 (1) 本件契約における賃料自動増額特約の存在については,これを認めるに足りる的確な証拠はない。

  前記認定事実によれば,確かに,本件覚書(甲2)を取り交わした時点では,原告・被告間において,本件建物に関する賃貸借契約につき賃料自動増額特約を付することが予定されていたと認めることができる。しかしながら,平成元年2月に締結した本件基本協定書(乙1)12条では,本件覚書で定められていた「改定後の月額賃料は,改定前の月額賃料に7.5%相当額を加えた額とする。」との文言が削除され,「改定後の月額賃料は,長期プライムレートの加重平均変動値・公租公課・近隣の賃料比較及び経済情勢を勘案のうえ甲乙協議し決定する。」との文言に変わっており,本件契約の契約書(甲3)も上記文言をそのまま採用していることからすれば,原告と被告の間では,本件契約を締結するまでの交渉の過程において,賃料自動増額特約を付する方針は撤回されたとみるのが自然である。

 (2) この点に関し,原告は,上記基本協定書12条は,本件覚書5条2項が,2回目以降の賃料改定の際の判断基準として「前項の率を基本として経済情勢を勘案のうえ甲乙協議して決定する。」という抽象的な表現になっていたことから,これをより明確かつ具体的な判断基準とするために規定したものであって,本件賃料自動増額条項を前提としたものであるから,本件賃料自動増額条項の効力は本件契約においても有効である旨主張し,当時の原告の代表者であるIの陳述書(甲6)にもこの主張事実に沿う旨の記載があり,また,原告の取締役である証人Jも上記被告の主張事実に沿う証言をする(同人の陳述書(甲8)を含む。)。しかしながら,原告の主張によるならば,むしろ,本件基本協定書においても本件賃料自動増額条項の文言を明記した上で,「第2回目以降の改定賃料は,長期プライムレートの加重平均変動値・公租公課・近隣の賃料状況及び経済情勢等を勘案のうえ,・・・決定する。」と文言上明らかにすべきであるところ,本件基本協定書12条及び本件契約の契約書8条の文言は「賃貸借開始日から満3か年経過毎に賃料の改定を行うものとし」となっており,原告の主張は,文言解釈として不自然であるといわなければならない。しかも,前記認定事実によれば,原告は,不動産の賃貸業等を目的とする会社であるから,経験上後々の紛争を回避するためには契約条項を明確かつ具体的に記載すべきことは十分認識し得たことをも合わせ考慮すると,上述したように本件基本協定書において何故本件賃料自動増額条項を明記しなかったのか理解し難いところである。さらに,証拠(乙8の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,被告は本件基本協定書を作成するに当たり,原告に対し,本件賃料自動増額条項を削除するよう要請していた事実が認められる。したがって,これらの事実に照らせば,この点に関するIの陳述書(甲6)の記載及び証人Jの証言等は,にわかに信用することができない。

 (3) したがって,本件契約において賃料自動増額特約があったことにつき,他にこれを認めるに足りる証拠がない本件では,同事実を推認することはできず,原告の上記主張は採用できない。

2 本件契約の平成11年11月17日時点(以下「平成11年基準時」という。)及び平成12年3月17日時点(以下「平成12年基準時」という。)における適正継続賃料額について

 (1) 本件鑑定の検討

 鑑定人Kの結果(以下「本件鑑定」という。)によれば,鑑定人は,本件契約の平成11年11月17日時点の適正継続支払賃料を月額2670万円,平成12年3月17日時点の適正継続支払賃料を月額2650万円と評価していることが認められる。そこで,まず本件鑑定の内容の合理性について検討する。

  ア 一般的信用性について

  鑑定人は,裁判所が選任した両当事者に利害関係を持たない不動産鑑定士であり,現地を実査した上,近隣地域の状況,対象不動産の状況を把握し,通常継続賃料の鑑定に採用される賃料差額配分法,利回り法,スライド法,賃貸事例比較法のすべてを評価の基礎として考慮しており,本件鑑定は,評価の手法等について特に不合理な点は認められない。

  イ 賃料差額配分法による算定について

  まず,積算法により,正常実質賃料相当額(対象不動産の経済的価値に即応した実質賃料)を月額2076万1000円と算出し,次に,賃貸事例比較法により,正常実質賃料相当額を月額2125万2000円と算出した上で,積算賃料における利回りの把握にやや難点があること,賃貸事例比較法は,市場性を反映しており実証的であることを考慮して,両試算賃料の重視割合を積算法による試算賃料を4とするのに対し,賃貸事例比較法による試算賃料を6として最終的な正常実質賃料を月額2110万円と算出している。他方,実際実質賃料相当額の算定については,実際支払賃料3338万4264円に保証金運用益66万7685円を加算した3405万2000円と算出し,上記正常実質賃料相当額と上記実際実質賃料相当額との差額マイナス1295万2000円を,本件物件の特色,賃貸市場の実情等を勘案の上,折半法を採用して,当事者それぞれに2分の1配分し,差額配分法による適正な実質賃料を平成11年基準時は月額2700万円,平成12年基準時は月額2690万円と算定した。

  ウ 利回り法による算定について

  本件契約時点(平成5年11月17日)における純賃料利回り(実際支払賃料に保証金運用益を加算した実際実質賃料から必要経費を控除して得られた純賃料の対象不動産の基礎価格に対する比率)を7.2%と算出し,これに基礎価格の変動幅ほど賃料変動がないことを考慮して,基礎価格下落率の半分を補正率として除した結果,平成11年基準時における継続賃料利回りを9.2%,平成12年基準時におけるそれを9.4%とした。そして,それぞれの基準時における対象不動産の基礎価格に上記継続賃料利回りを乗じたもの(純賃料)に必要経費を加算して得られた利回り法による実質賃料から前記保証金運用益を控除した結果,利回り法による適正な実質賃料を平成11年基準時は月額2510万円,平成12年基準時は月額2480万円と算定した。

  エ スライド法による算定について

 本件契約時点から本件鑑定の平成12年基準時までの消費者物価指数,企業向けサービス価格指数(不動産賃貸),名目GDP,オフィース・共同住宅賃料指数,山梨県商業統計調査(年額商品販売額・売場面積当たり年間販売額)のそれぞれの変動率をその重視割合に従い採用し,変動指数として平成12年基準時では89.9%を算出した。また,平成11年基準時における変動指数は,上記平成12年基準時の変動指数を期間配分し,90.4%と算出した。そして,本件契約時点の賃料に上記変動指数を乗じた結果,スライド法による適正な実質賃料を平成11年基準時は月額3020万円,平成12年基準時は月額3000万円と算定した。

  オ 賃貸事例比較法による算定について

  賃貸事例比較法においては,本件建物の近隣地域及び同一需給圏内の類似地域に存する類似の賃貸事例を収集した上で,比準賃料を1,450円(平方メートル当たり)と算定し,これに契約面積を乗じたものから保証金運用益を控除して,賃貸事例比較法による適正な実質賃料を平成11年基準時及び平成12年基準時月額2510万円と算定した。

  カ 適正継続支払賃料の算定

  その上で,スライド法による賃料が他の算定方式による賃料に比して高く試算されたのは本件賃貸借契約時の賃料が周辺相場と比べて高めであったことによると推測できるとし,本件賃貸借契約時の賃料は,賃貸人・賃借人間の合意であるから本来重視すべきものであるが,上記契約時からそれぞれの基準時までに他の大型店舗が開業し周辺商業動向が契約時点とは異なることを考慮すると,その試算賃料の重視割合は,差額配分法及び利回り法をそれぞれ30%とするのに対し,スライド法は20%とすべきであるとした。また,賃貸事例比較法の重視割合も,賃貸事例の契約経緯や賃料改定の経緯も個々の事情があり,要因比較にもやや困難が伴うことを考慮して,20%とした。その結果,本件鑑定における適正な実質賃料として,平成11年基準時は月額2670万円,平成12年基準時は月額2650万円と算定した。

   結論

  以上の鑑定評価の手法,採用された基礎数値,評価結果について得に不合理な点は認められない。

 なお,被告は,前述した各試算賃料の重視割合の算定において,スライド法による賃料が他の算定方式による賃料に比して高く試算されたのは本件契約当初における賃料が周辺相場と比べて高めであったことによると推測できるとする本件鑑定に対し,そうであるならば,差額配分法及び利回り法においても,同様に考慮すべきである旨主張する。

 上記契約時の賃料は,差額配分法では,実際実質賃料の算定の際に考慮されるところ,確かに,上記契約時の賃料が高めであるとすればその分,正常実質賃料との差額に反映されることは否定できない。しかしながら,賃貸人に配分されるのはその差額からさらに半分に減額されたものである。また,利回り法においても,上記契約時の賃料が高めであるとしても,それは,利回りに若干反映されるにすぎない。したがって,上記契約時の賃料が高めであることは,スライド法においては算定結果に直接反映されるのに対し,差額配分法及び利回り法においては算出された賃料額に反映する割合がかなり低減されたものになる。加えて,適正な賃料算定のためには,重視割合に程度の差はあるにせよ,本件契約時の当事者が賃料額決定の要素とした事情もまた考慮すべきであることは否定できない。以上のことにかんがみると,本件鑑定が上記契約時の賃料が高めであることを差額配分法及び利回り法において考慮していないことだけをとらえて,被告主張のように本件鑑定の合理性を否定することはできないといわざるを得ない。よって,被告の上記主張を採用することはできない。

 また,被告は,本件鑑定が賃貸事例比較法による賃料を余り重視しておらず,適正でない旨主張する。しかしながら,両当事者に利害関係がなく,かつ,契約内容等に類似性がある賃貸事例は少ない上に,その要因比較に多少の困難があることは否定できないのであるから,賃貸事例比較法による賃料を被告の主張するほど重視していないとしても,必ずしも不合理なものとはいえない。したがって,この点に関する被告の主張も採用することができない。

 他方,原告は,最高裁平成14年(受)第1954号平成17年3月10日第一小法廷判決を引用し,本件契約は,原告が被告からの要望に応じ,被告が営業するショッピングセンターに適した建物を建築し,これを被告に対して長期にわたって賃貸するという形態の賃貸借契約であるから,賃料減額請求後の相当賃料額の算定に当たっては,上記最高裁判決に沿った判断が行われるべきであるのに,本件鑑定は,賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を考慮していない旨主張する。しかしながら,上記判決は,本件で問題となった賃料自動増額特約の存在が認められた事案のものであり,本件と同一に論じられるものではない。むしろ,本件鑑定は,前記のとおり,賃料差額配分法,利回り法及びスライド法において,本件契約当初における賃料が高めであるという本件契約の個別性を考慮しているのであるから,上記原告の主張は採用できない。

 (2) 原告鑑定の検討

 原告提出の不動産鑑定評価書(甲7。以下「原告鑑定」という。)は,差額配分法,スライド法,利回り法,賃貸事例比較法のすべてを評価の基礎として考慮しており,評価の手法等について特に不合理な点は認められない。

 しかしながら,①差額配分法,利回り法においては,建物価格の査定に当たり,本件鑑定が当初の本件建物の建築費をもとに変動率を考慮して求めているのに対し,原告鑑定では,当初の本件建物の建築費を全く考慮せず,単純に山梨県の鉄筋コンクリート造の標準建築費から本件建物の個別要因修正を行っているため,本件建物の再調達原価が本件鑑定より約8億円(この点,原告鑑定によれば,平成12年3月当時の本件建物の再調達原価は1平方メートル当たり14.0万円であるから,これに本件建物の延べ床面積を乗じた結果,平成12年3月当時の本件建物の再調達原価は,30億7276万2000円となる。他方,本件鑑定によれば,平成12年3月当時の本件建物の再調達原価は22億7668万9000円である。)も不当に高額なものになっている。また,②必要諸経費の加算においても,本件鑑定が支払賃料の2%を計上したものに原告・被告間における本件契約の共益費等請求が問題となった別件和解(東京高裁平成15年・第3881号)で定められた維持管理費を控除して求められているのに対し,原告鑑定は,単純に人件費の3倍の収入が必要としてこれを計上しており,その根拠も不明であることに加え,上記和解による維持管理費の部分が二重に計上されてしまう点でも合理性がない。

 さらに,③差額配分法における正常実質賃料相当額の算出に当たっては,まず,積算法による積算賃料の算定において,本件鑑定が期待利回りを6.7%とするのに対し,原告鑑定は,12%と算定している。しかし,原告鑑定は,期待利回りを12%とする根拠として比準賃料を4000円から5800円と試算し,この賃料水準からは総合期待利回りが15%超となることを挙げているところ,そもそもこの比準賃料は,支払賃料に保証金運用益だけでなく共益費をも加算したものであり,また,必要諸経費は全く控除されていないのであるから,期待利回りが高くなるのは当然であり,本件賃貸借の契約時から平成11年及び12年の間における社会情勢の変動,物価指数の変動等をも合わせ考慮しても,12%は高率に過ぎ,本件鑑定及び被告鑑定で採用されている利回りと2倍の開きがあることに合理性が認められず,到底採用できるものではない。なお,この点に関して,原告は,平成14年6月のL投資法人のリートの目論見書による賃貸事務所ビルの利回りを引用し,原告鑑定の上記利回りの合理性を縷々主張するが,これらは,本件で問題となっている平成11年及び平成12年から2年後の平成14年のものであることに加え,本件建物のようなショッピングセンターの利回りがこのような事務所ビルの利回りよりも当然高くなるとする根拠が何も示されていないこと等を考慮すると,原告の上記主張は採用できない。④差額配分法の比準賃料の算定においても,本件鑑定は,支払賃料に保証金運用益を加算したものを実際実質賃料としているのに対し,原告鑑定は,前述したように支払賃料及び保証金運用益に共益費をも加算して実質賃料としているため,賃料と共益費を合計すると,必要経費部分が二重に計上されてしまうこととなり合理的でない。⑤利回り法においては,本件鑑定及び被告鑑定が,基準時の本件土地・建物の基礎価格に利回りを乗じたものに必要経費を加算した上,これに保証金(敷金)運用益を控除しているのに対し,原告鑑定は,本来控除されるべき保証金運用益を全く控除しておらず,これもまた原告鑑定賃料額が高額に過ぎる要因の一つとなっている。⑥スライド法においては,採用変動率として92%を採用しているが,これは,原告の関連会社であり,かつ,原告から本件物件を賃借している訴外新日本建物のテナントに対する転貸賃料収入の変動を採用したことが主たる原因であり,上記テナントである転借人自体及びその数も変動していることをも考慮すると,上記変動率を採用することは,本件契約の継続賃料の算定に当たっては合理性を欠くと言わざるを得ない。7賃貸事例比較法においては,賃貸データの一つとして本件建物について訴外新日本建物が原告から賃借している部分における原告に対する支払賃料を採用しているものと推認されるところ,前述したとおり訴外Bが原告の関連会社であり,賃貸データとしての公平性に疑問の余地があること,しかも,上記賃貸データを他の賃貸データと比して50%もの重きを置いて算定されている点で合理性を欠くと言わざるを得ない。

 したがって,以上の点を総合考慮すると,原告鑑定は,その合理性において,本件鑑定に劣るものといわざるを得ない。

(3) 被告鑑定の検討

 被告提出の不動産鑑定評価書(乙5。以下「被告鑑定」という。)は,差額配分法,利回り法,スライド法,賃貸事例比較法のすべてを評価の基礎として考慮しており,評価の手法等について特に不合理な点は認められない。

 しかしながら,①差額配分法及び利回り法においては,本件鑑定は,保証金(敷金)の運用利回りを2%としているのに対し,被告鑑定のそれは,5%としており,平成12年の公定歩合,プライムレート,定期預金平均金利等を考慮すると高率に過ぎること,②差額配分法においては,本件建物の基礎価格の算定における現価率を55%とし,本件鑑定及び原告鑑定が64%としていることに比して,低きに過ぎる感が否めない。また,その根拠として,被告鑑定は,定率法による現価率を59%と算出し,維持管理の状態等を勘案してさらに4%も控除しているが,被告鑑定における資料にはこれを裏付ける資料はなく,他方,本件鑑定は,「本件建物は,外観上比較的良好に維持管理がなされている」と評価していること,本件鑑定添付写真等を見ても維持管理の状態に上記4%も控除するほどの問題点が見受けられないこと等も合わせ考慮すると,被告鑑定の根拠の合理性に若干疑問の余地があると言わざるを得ない。また,③差額配分法における正常実質賃料を賃貸事例比較法を併用せずに,積算法のみを用いて算出しているため,市場性が反映されたものになっていない。さらに,④利回り法においては,被告鑑定は,実績利回りを本件賃貸借契約時の実績利回りである7.5%を採用しており,本件鑑定及び原告鑑定がこれを9%台としているのに比して,低きに過ぎる上,本件賃貸借契約時である平成5年から本件鑑定基準時である平成11年及び12年までの約7年もの間における地価の下落により利回りも少なからず高くなる傾向があることを反映しておらず,採用できない。なお,この点に関し,被告は,本件鑑定が上記利回りを算定するに当たって,基礎価格下落率46%の半分を補正率としているところ,何故半分としたのかの合理的な説明がない旨主張する。確かに,本件鑑定には,この点を説明する明確な記述がないが,賃料については,基礎価格の変動幅ほどの変動はないものの,地価が下落すれば多少は影響を受けることは否定できないのであるから,基礎価格下落率をそのまま補正率とすることは適正でないのであって,補正率を算出するに当たり,基礎価格下落率の半分を採用することが不合理であるとまでは言えず,被告の上記主張は採用できない。

 したがって,以上の諸点を総合考慮すれば,被告鑑定も,その合理性において,本件鑑定に劣るものといわざるを得ない。

(4) 総合的検討

 以上の検討の結果によれば,本件鑑定は,その鑑定手法,採用した基礎数値,評価の過程,評価額等に格別不合理な点は見当たらず,これに対し,原告鑑定及び被告鑑定には,前記(2)及び(3)に指摘したような問題点が含まれていることを総合的に考慮すると,いずれも採用することができず,本件鑑定の結果を相当なものとして是認するべきである。

 そうすると,本件契約の適正賃料は,平成11年11月17日時点では月額2670万円,平成12年3月17日時点では月額2650万円と認めるのが相当である。

(5) なお,原告は,最高裁平成12年(受)第573号平成15年10月21日第三小法廷判決・民集57巻9号1213頁,最高裁平成14年(受)第689号平成15年6月12日第一小法廷判決・民集57巻6号595頁,及びこれらの差戻審における和解,並びに,最高裁平成14年(受)第852号平成15年10月23日第一小法廷判決・裁判集民事211号253頁,及びその差戻審である東京高裁平成15年(ネ)第5399号平成16年12月22日判決を引用し,賃借人からの働きかけに応じて建築された建物の賃貸借契約における賃料については,賃料減額請求を認めるとしても,その減額幅は,このような特段の事情がないと仮定して算定された鑑定評価等にとらわれることなく,賃貸人の収支計算を害しない範囲にとどめるべきである旨主張する。

 しかしながら,これらの判決は,いわゆるサブリースの事案であって,不動産業者である原賃借人自身の占有使用が予定されていないものである上,いずれも賃料保証特約又は賃料自動増額特約がある事案であるから,本件と同一に論じられるものではない。しかも,和解は,両当事者の互譲によるものであるから,本件の参考になり得ないと言わざるを得ない。また,上記東京高裁平成16年12月22日判決は,賃料保証特約を前提とする収支予測の下に賃貸人が多額の銀行融資を受け,賃貸借契約の対象となる建物を建築した事情を考慮し,相当賃料額を算定しているが,本件では,前述したとおり,このような賃料保証の合意はなく,しかも,本件覚書及び本件基本協定書における賃料算定方法である「坪当たり建築価格×19%×被告の賃借する延べ床面積÷12」の19%の根拠も明らかとなっていない等,本件契約当初における賃料額等と原告の本件建物建築のための銀行借入金等の返済額との関係を認めるに足りる証拠はない。したがって,この点においても本件は,上記判決と事案を異にするのであって,上記原告の主張は,採用できない。

3 結論

 以上によれば,原告の被告に対する請求(本訴請求)は,理由がないからいずれもこれを棄却し,被告の原告に対する請求(反訴請求)は,本件契約の賃料が平成12年3月17日以降1か月当たり2650万円であることの確認を求める限度で理由があるからその限度で認容し,その余は理由がないからこれを棄却すべきである。よって,主文のとおり判決する。

    甲府地方裁判所民事部

       裁判長裁判官     新  堀     亮  一

            裁判官     岩  井     一  真

            裁判官     村  上     典  子

 

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