東京・台東借地借家人組合1

土地・建物を借りている賃借人の居住と営業の権利を守るために、自主的に組織された借地借家人のための組合です。

【判例】 京都地裁平成21年7月23日判決 3 (裁判所の判断) 

2009年08月04日 | 更新料(借家)判例

第3 当裁判所の判断
 1 本件敷引特約及び本件更新料特約は,法10条に該当するものとして無効といえるか(争点(1))
 (1)前提事実及び弁論の全趣旨によれば,原告は法2条1項の「消費者」に,被告は同条2項の「事業者」にそれぞれ該当し,本件賃貸借契約に法が適用される。

 (2)本件敷引特約及び本件更新料特約が民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項といえるかについて検討する。

 ア  本件敷引特約について
  賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とする契約であり(民法601条),賃借人が賃料以外の金員の支払を負担することは賃貸借契約の基本的内容に含まれない。そして,居住用建物の賃貸借の場合の保証金は,敷金と同様,賃料その他の賃借人の債務を担保する目的をもって賃貸借契約締結時に賃借人から賃貸人に交付される金員であり,賃貸借契約終了の際に賃借人の債務不履行がないときは賃貸人はその金額を返還するが,債務不履行があるときはその金額中より当然弁済に充当されることを約束して授受する金員を指すことが多く,本件賃貸借契約書(甲1)第2条にも,その趣旨が規定されている。

 しかしながら,本件敷引特約については,全く返還を許さない趣旨のものなのか,原状回復にその程度の費用を要することがあることを考慮して,基本的には返還しないが,そのような費用を要しなかったことが具体的に明らかになった場合には,本件敷引特約を適用しないこととするかについて,明瞭な約定がされていたものとは評価し難い。

 さらに,将来返還される余地のない金員として,本件敷引金のような金員を授受することが慣習化していることを認めるに足りる証拠はない。

 こうしたことを考慮すると,本件敷引特約は,その法律上の性質ないし意味合いを明確にしないまま,民法その他公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の義務を加重したものといえる。

 イ  本件更新料特約について
前記アのとおり,賃借人が賃料以外の金員の支払を負担することは賃貸借契約の基本的内容に含まれないところ,本件更新料特約では,賃借人が賃貸人に対し,契約更新時に賃料の2か月分相当額の更新料を支払うこととされている(前提事実(1)カ)。そして,本件更新料が,賃料の補充としての性質を有しているといえるかは後記のとおり疑問であるし,仮にその性質を有していたとしても,その支払時期が早い点(民法614条参照)で賃借人の義務を加重する特約であるといえる。

 さらに,更新料を授受することが慣習化していることを認めるに足りる証拠はない。

 そうすると,本件更新料特約は,民法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の義務を加重したものといえる。

 本件敷引特約及び本件更新料特約が民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するといえるかについて検討する。

 ア  民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するか否かは,消費者と事業者との間に情報の質及び量並びに交渉力の格差があること(法1条)にかんがみ,当事者の属性や契約条項の内容,そして,契約条項が具体的かつ明確に説明され,消費者がその条項を理解できるものであったか等種々の事情を総合考慮して判断すべきである。

 前提事実及び弁論の全趣旨によれば,原告は,居住用として本件物件の賃借人となった者であるのに対し,被告は,貸家業を営み,多くの借家人と賃貸借契約を締結してきたのであって,建物賃貸借に関する情報(礼金,保証金,更新料等を授受するのが通常かどうか,同種の他の物件と比較して本件賃貸借契約の諸条件が有利であるか否か)を継続的に得ることができる立場にあり,このような情報に接してきた期間にも差があるものと推認できるのであって,両者の間に情報収集力の格差があることは否定できない。

 イ  本件敷引特約について
 (ア)  本件敷引特約は,保証金35万円からそのうち30万円を無条件に差し引くものであるが,賃借人(原告)としては本件物件を借りようとする以上,支払わざるを得ないものであり,特に本件賃貸借契約のように4月から入居しようとする場合,賃借希望者が多数存在することから競争原理が強くはたらく結果,原告としては本件敷引特約について交渉する余地はほとんどなかったものと考えられる。そして,本件敷引金は,保証金の約85パーセントに相当し,月額賃料の約5か月分にも相当するものであり,保証金,賃料に比して高額かつ高率であり,消費者である原告にとって大きな負担となる。

 (イ)  被告は本件敷引金の法的性質について,①自然損耗料,②リフォーム費用,③空室損料,④賃貸借契約成立の謝礼,⑤当初賃貸借期間の前払賃料,⑥中途解約権の対価といった要素があり,これらの要素が渾然一体として含まれる本件敷引金には合理性がある旨主張するので,各要素について検討する。

 a ①自然損耗料及び②リフォーム費用について
  賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。そのため,建物の賃貸借においては,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗にかかる投下資本の減価の回収は,通常,賃貸人が減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われているところ(最高裁平成16年(受)第1573号同17年12月16日判決・判例タイムズ1200号127頁),本件全証拠をもってしても,京都市内においてこれと異なる慣習等が存在するとは認められない。そうすると,通常損耗の回復費用は賃料を適正な額とすることによって回収するのが通常というべきであって,敷引金という形で賃借人に負担を転嫁することには合理的理由があるとはいえない。

 また,リフォーム費用も,通常損耗部分の補修のために支出される側面が多く,本件全証拠をもってしても,本件物件について通常損耗がなかったが,良質な居住環境を提供するためにリフォームを行うこととしているなど,そうしたことへの対価として返還を要しない礼金を授受することが適当とみられるような状況が存在したとまでは認め難い。そうすると,本件においては,リフォーム費用を敷引金という形で賃借人に負担を転嫁することには合理的理由があるとはいえない。

 b ③空室損料について
  賃貸人による投下資本(賃貸物件)の回収は,原則として賃料の支払を受けることにより行われているのであるから,空室期間(すなわち,賃借人が使用収益しない期間)の賃料が得られないことによるリスクは賃貸人が負うべきである。そのため,建物の賃貸借契約では,賃貸人のリスクを避けるため,賃借人からの解約も一定期間の経過をもって終了することとされている(民法617条,本件賃貸借契約書第10条1項参照)。
 そうすると,賃借人が賃貸事業者である被告に対して,使用しない期間の空室損料を支払わなければならない合理的理由があるとはいえない。

 c ④賃貸借契約成立の謝礼について
賃貸借契約が成立することにより賃貸人も利益を受けるのであり,賃借人のみに賃貸借契約成立の謝礼を一方的に負担させる合理的理由があるとはいえない。

 d ⑤当初賃貸借期間の前払賃料について
  本件賃貸借契約において,本件敷引特約が設定されていることにより賃料が低額にされているかは本件全証拠によっても明らかではない。

 また,前記aのとおり,賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであるから,実際に賃借人が使用する期間にかかわりなく,本件敷引金に賃料前払の要素があるとする合理的理由は見出せない。

 さらに,更新後の賃貸借期間については更新料という名目で同様の趣旨の金員支払を求め,本件賃貸借契約を締結する当初には解約引きとして,この意味合いを有する金員支払を求めることは,賃貸人に都合の良い説明であるといわざるを得ず,本件敷引特約が具体的かつ明確に説明され,消費者がその条項を理解できるものであったかという観点からすると,消費者(原告)が上記5の要素があるものと理解することはできなかったと考えざるを得ない。

 e ⑥中途解約権の対価について
  本件賃貸借契約書第10条2項により,賃貸人にも中途解約権は留保されており,その対価を賃借人に一方的に負担させる合理的理由があるとはいえない。

 (ウ)  以上のとおり,被告が主張する本件敷引金の性質に合理的理由は認められず,その趣旨は不明瞭であるといえる。

 (エ)  前記(ア)ないし(ウ)で指摘した点を考慮すると,本件敷引金を賃借人に負担させるには,その旨が具体的かつ明確に説明され,賃借人がその内容を認識した上で合意されることが必要であり,そうでない以上,民法1条2項に規定する基本原則(信義則)に反して賃借人の利益を一方的に害するものというべきである。

 (オ)  前提事実及び弁論の全趣旨によれば,原告は仲介業者を介し,契約内容の説明を受けていたこと,本件賃貸借契約書(甲1)に「解約引き30万円」の記載があったことが認められ,原告は本件敷引特約の存在自体は認識していたといえる。しかしながら,原告が被告から被告主張のような本件敷引特約の趣旨,すわなち,本件敷引金30万円がどのようにして決められたのか,自然損耗料,リフォーム費用,空室損料,賃貸借契約成立の謝礼,当初賃貸借期間の前払賃料,あるいは,中途解約権の対価の要素を有するのかということについて,具体的かつ明確な説明を受けていたとは本件全証拠によっても認められない。

 (カ)  よって,本件敷引特約は,法10条に該当し,無効である。

 ウ  本件更新料特約について
 (ア) 本件更新料特約は,賃料2か月分として11万6000円を支払うものであるが,賃借人として本件物件を(たとえ1か月でも)継続して借りようとする以上,その全額を支払わなければならないものであり,原告としては本件更新料特約について交渉する余地がほとんどない。また,賃借人としては,遠隔地に居住する必要がある場合等の外は,引き続いて当該物件を借りるのが一般的であるところ,証拠(甲21)によれば当該物件を選ぶ際に更新料の存在及びその額を知り得ないこともあり,更新料まで考慮して契約を締結することは困難である。そして,本件更新料特約による更新料は,契約期間2年に対し月額賃料の2か月分を支払うものであること,正当事由(借地借家法28条)の有無に関係なく支払わなければならないこと,法定更新なら全く金員を支払う必要がないことからすると,原告にとって大きな負担となる。

 (イ)  被告は本件更新料の法的性質について,①更新拒絶権放棄の対価,②賃借権強化の対価,③賃料の補充,④中途解約権の対価といった要素があり,合理性がある旨主張するため,各要素について検討する。

 a ①更新拒絶権放棄の対価について
  建物の賃貸借において,賃貸人に明渡しの正当事由(借地借家法28条)がない限り,賃借人は何らの対価的な出捐をする必要がなく,継続して賃借物件を使用することができるところ,居住用建物の賃貸借において,賃貸人が当該物件の使用を必要とする事情は通常想定できず(本件においても,弁論の全趣旨から,一般に行われている居住用建物の賃貸借と同様,専ら他人に賃貸する目的で建築された居住用建物の賃貸借であることが認められる),正当事由が認められる可能性はほとんどないことから,更新拒絶権放棄の対価という要素に合理的理由があるとはいえない。

 b ②賃借権強化の対価について
  居住用建物の賃貸借の場合,前記aのとおり,正当事由が認められる可能性はほとんどないため,期間の定めのない賃貸借と定めのある賃貸借とで賃借権の保護の度合いは実質的に異ならず,賃借権強化の対価という要素に合理的理由があるとはいえない。

 c ③賃料の補充について
  本件更新料特約では,更新後の実際の使用期間(前提事実のとおり,本件では更新後2か月経過時点で明け渡している)の長短にかかわらず,賃料の2か月分を支払わなければならないのであり,使用収益に対する対価である賃料の一部として評価することはできない(上記のように更新後,短期間で賃貸物件を明け渡した場合でも,残期間に対応する更新料が返還されることはうかがえない。)。

 さらに,賃料増減額請求訴訟において,その対象に更新料も含まれることを前提としていることはほとんどないこと及び同請求訴訟の審理において賃料の適正額を判断する際,通常,更新料の額まで考慮されることは稀であることからも,更新料が賃料の補充の性質を有しているとはいえず,本件更新料に賃料の補充という要素があるという点に合理的理由があるとはいえない。

 d ④中途解約権の対価について
本件賃貸借契約書第10条2項により,賃貸人にも中途解約権が留保されており,その対価を賃借人に一方的に負担させる合理的理由があるとはいえない。

 (ウ)  以上のとおり,被告が主張する本件更新料の性質に合理的理由は認められず,その趣旨は不明瞭であるといえる。

 (エ)  前記(ア)ないし(ウ)で指摘した点を考慮すると,本件更新料を賃借人に負担させる場合は,その旨が具体的かつ明確に説明され,賃借人がその内容を認識した上で合意されることが必要であり,そうでない以上,民法1条2項に規定する基本原則(信義則)に反して賃借人の利益を一方的に害するものというべきである。

 (オ)  前提事実及び弁論の全趣旨によれば,原告は仲介業者を介して契約内容の説明を受けていたこと,本件賃貸借契約書(甲1)に「更新料賃料の2か月分」の記載があったことが認められ,原告は本件更新料特約の存在自体は認識していたといえる。しかしながら,原告が被告から被告主張のような本件更新料特約の趣旨,すわなち,本件更新料が更新拒絶権放棄の対価,賃借権強化の対価,賃料の補充,あるいは,中途解約権の対価の要素を有するということについて,具体的かつ明確な説明を受けていたとは本件全証拠によっても認められない。

 (カ)  よって,本件更新料特約は,法10条に該当し,無効である。

 2  本件賃貸借契約を清算する和解が成立したといえるか(争点(2))

 被告は,本件和解により,原告は被告に対し,本件敷引特約適用後の預かり保証金残額5万円の返還請求権を有するのみであり,本件敷引金(30万円)及び本件更新料(11万6000円)の返還請求権を有しない旨主張する。

 しかしながら,賃貸借契約解除・金銭明細書(甲2)には,「尚,保証金等のお預けしています金銭より私の支払うべき費用(下記諸費用・別紙見積書・請求書)を全て清算することに了承いたします。また,清算後不足金が有る場合は,下記お約束の期日までに遅滞なくお支払いいたします。」と記載されていることが認められるが,それ以上に原告が不当利得返還請求権を有する場合にどのように処理するのかについては特段の記載がされていないし,本件全証拠をもってしても,その点に関する何らかの合意がされていたとは認められない。そうすると,被告が利得分を保持すべき法律上の原因が存在するとはいえない。

 また,民法705条の趣旨に照らせば,本件敷引特約及び本件更新料特約が法10条により無効である以上,賃借人(原告)が上記無効により本件敷引金及び本件更新料の返還を求めることができることを知りながら,あえて契約を締結するとか,こうした請求権を放棄する旨の明確な意思表示がされていない限り,不当利得返還請求権を有するものと解するのが相当である。

 本件において,被告が本件和解の証拠として掲げる賃貸借契約解除・金銭明細書(甲2)を含む本件全証拠によっても,原告が上記に述べる返還請求権を放棄する意思を明確に表示していたとは認められない。

 よって,被告は本件賃貸借契約を清算する和解が成立したとして不当利得返還義務を免れることはできない(争点(2)についての被告の主張は理由がない。)。

 3 原告の本件請求が信義則に反するといえるか(争点(3))

 被告は,上記第2の3(3)アのとおりの事情を述べて,本件請求をすることは信義則に反し許されない旨主張する。

 しかしながら,本件全証拠によっても,本件賃貸借契約に定める賃料が低額に設定されているかは明らかでないこと,駐車場に関する被告主張の事実が認められるとしても,本件賃貸借契約とは直接関連しない事情であることや,前記1で検討した本件敷引特約及び本件更新料特約の不合理性を考慮すると,原告が本件請求を行うことが信義則に反するとは評価できず,被告の上記主張は失当である。

 4 被告による有効な弁済の提供があったか(争点(4))
弁論の全趣旨によれば,被告は,Aに対し,平成21年9月1日,本件賃貸借契約に基づき本来返還すべき5万円を含めた20万円を返金する旨申し出たこと,Aはその受領を拒否したことが認められる。

 しかしながら,前記1で検討したとおり,原告は被告に対し,46万6000円の返還請求権を有しているところ,被告の弁済の提供は,その半額以下の20万円であるから,有効な弁済の提供とはならない。

 したがって争点(4)についての被告の主張は理由がない。

 5 結論
  以上によれば,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。

 

京都地方裁判所第6民事部

    裁判長裁判官 辻 本  利 雄  

    裁判官  和 久   田 斉

    裁判官  戸 取   謙 治

 


 

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