明快な答えがあった。
過日のトランプ大統領の声名である。
人間の性には「男と女しかない」と。
まったくもってその通りかと。
言われてみれば最も過ぎて声も出ません。
考えて見れば、
雌雄を持って命を繋ぐものは、
すべてがそうである。
言葉では「中性」と言うこともできるが、
現実にはないのです。
それらは言葉の技である。
それを知ろう。
・・・・・
私はXは永久凍結されてるからそれは見ないが、
そこでの投稿を伝えているのを見ることはある。
そのひとつで最近気になったものが、
それはLGBTQ~の彼彼女の投稿である。
正確?かどうかは横に置きその意は、
私は朝起きたときに今日は男であるか女であるかを決める、
と言い私は男でもなく女でもなくその外にいるとか。
ここに典型的な嘘がある。
その言辞は男と女と謂う言葉抜きには成り立たない。
性を意識すればそこに在るのは男と女だけなのです。
現実に生きるときは男か女のどっちかだし、
その存在は男と女の外にいる?
そも脳内は男と女で満ちているのだ。
てかその言葉を抜きにして彼彼女の念は定まらない。
言葉は現実ではない、脳内の幻想(念)である。
しても念に捉われると謂うのが人間であり、
それが言葉と生きる人間と謂うものである。
ここで言えるのは、
彼彼女は両性を持っているということであって、
中性でもなくその外でもない。
またさらに言えば、
幻想の脳内や念とかを除けば、
現実には體は男と女しかない、
超希には両性具有もあるかと。
そも中性はありませんそれにその外も。
この当り前が実のところ分かりにくい。
このままでは言葉が人類に止めを刺す。
でも大丈夫だろう、
そこまで人間はバカではないかと、
トランプさんもいるし私もいます、
エヘン!
・・・・・
それにしても又思うのである。
體には男と女しかないのだが、
その體が持つ気には微妙な揺れがある。
当方はそう思うのだが、
これは事実でもあろう。
思うに、
地球生命の始まりに性はなく無性生殖であった。
それは命の戦略としてはリスクがあり、
進化の過程にて有性生殖となってきた。
性とは生命の永遠性を担保するもので、
これは趣味趣向の問題ではないのです。
このこと覚えておこう。
それはさておき、
当初は細胞が単に分裂して増えるもの、
ときにすべての細胞が母であるのです。
母という言葉はここでは適切ではないかも知れないが、
それでも母と言うしかなく母と言っておきます。
父はどう考えても後発なのだ。
それは人の體にも現れている。
用もないのになぜ乳首がある。
それに有性生殖の生き物には、
すべてが雌のものが存在する。
それがときに一部が雄となり生殖する。
どう考えても母が先であると。
それに何と言っても根本の細胞分裂は、
すべて母の胎の内で為される。
ところで聖書はなぜか逆になっている。
てかそれは知らず追及もしません。
まあ意味ある方便としておく。
てかここで言いたいのは、
人間の體が持つ微妙な性の揺れのこと。
女はどこまでも女であり、
男は男であるが女を経てなっていると、
生命進化的にはであるが。
現実もその様でもあると。
女の心を持った男性はいても、
その逆はほとんどいないかと。
その逆は実に體には表われず、
それはほとんど言葉の技かと、
それは念の作用であると。
私はそう思っている。
・・・・・
しかし昨今はその姓に於いて、
不見識かつ不埒が満ちている。
戦前にもあったが戦後は特にその様で。
男女共同参画に始まり男女同権はもとよりだが、
てかこんな当り前をスローガンにし鼓舞してお金を使う、
バカバカしい限りですよ。
そこへもってきてさらに、
父母の家を壊そうとしている。
それは戦後すぐの民法の改正、
その後押しの為の個人の強調、
その後押しの為の自由の誤用、
さらに更に、
ついにLGBTQ~を前面に持ち出してきた。
婚姻とは男女を父母にする社会の智慧、
これを壊そうとする魂胆としか思えず、
為にLGBTQ~の彼彼女らが利用されているのです。
さらにそこへもってきて選択的夫婦別姓である。
選択的と言うのは欺瞞であり、要するに夫婦別姓である。
これは父母の家を壊すことに。
シナ朝鮮を見れば分かるでしょう。
父母の家は一つです、それが父の姓にせよ母の姓にせよ。
それが厭なら新しい姓にすればいいだけのこと。
言っとくけど、それはひとつ、
当然でしょう。
会社合併の例を持ち出すまでもなくね。
ここで和歌を一つ、
海恋し潮の遠鳴り数えては乙女となりし父母の家。
(与謝野晶子)
私はこの歌が大好きなんです。
悠久の命を歌っているようで。
彼女の想いは知らない、
でもそこにそれを想うのです。
特にそこにある「乙女」が象徴的で感じ入る。
乙女はまさに命の基、それが母になって命を繋ぐ。
それを想うのです。
・・・・・
日本には天皇陛下がおられる。
天皇陛下には姓がありません。
皇后陛下にも当然ありません。
その御子にも当然ありません。
皇室の方々にもありませんが、
男子には宮号というものがあります。
これは称号であって姓ではありません。
ということですが、
その天皇陛下は日本の象徴である。
これは定められてるが、
むろん古より続くもの。
そこに姓はないのです。
ゆえにかたよりがなく、
まさに「しん」となる。
円環の社会の芯である。
それを想うのです、
まことにまことに、
過日のトランプ大統領の声名である。
人間の性には「男と女しかない」と。
まったくもってその通りかと。
言われてみれば最も過ぎて声も出ません。
考えて見れば、
雌雄を持って命を繋ぐものは、
すべてがそうである。
言葉では「中性」と言うこともできるが、
現実にはないのです。
それらは言葉の技である。
それを知ろう。
・・・・・
私はXは永久凍結されてるからそれは見ないが、
そこでの投稿を伝えているのを見ることはある。
そのひとつで最近気になったものが、
それはLGBTQ~の彼彼女の投稿である。
正確?かどうかは横に置きその意は、
私は朝起きたときに今日は男であるか女であるかを決める、
と言い私は男でもなく女でもなくその外にいるとか。
ここに典型的な嘘がある。
その言辞は男と女と謂う言葉抜きには成り立たない。
性を意識すればそこに在るのは男と女だけなのです。
現実に生きるときは男か女のどっちかだし、
その存在は男と女の外にいる?
そも脳内は男と女で満ちているのだ。
てかその言葉を抜きにして彼彼女の念は定まらない。
言葉は現実ではない、脳内の幻想(念)である。
しても念に捉われると謂うのが人間であり、
それが言葉と生きる人間と謂うものである。
ここで言えるのは、
彼彼女は両性を持っているということであって、
中性でもなくその外でもない。
またさらに言えば、
幻想の脳内や念とかを除けば、
現実には體は男と女しかない、
超希には両性具有もあるかと。
そも中性はありませんそれにその外も。
この当り前が実のところ分かりにくい。
このままでは言葉が人類に止めを刺す。
でも大丈夫だろう、
そこまで人間はバカではないかと、
トランプさんもいるし私もいます、
エヘン!
・・・・・
それにしても又思うのである。
體には男と女しかないのだが、
その體が持つ気には微妙な揺れがある。
当方はそう思うのだが、
これは事実でもあろう。
思うに、
地球生命の始まりに性はなく無性生殖であった。
それは命の戦略としてはリスクがあり、
進化の過程にて有性生殖となってきた。
性とは生命の永遠性を担保するもので、
これは趣味趣向の問題ではないのです。
このこと覚えておこう。
それはさておき、
当初は細胞が単に分裂して増えるもの、
ときにすべての細胞が母であるのです。
母という言葉はここでは適切ではないかも知れないが、
それでも母と言うしかなく母と言っておきます。
父はどう考えても後発なのだ。
それは人の體にも現れている。
用もないのになぜ乳首がある。
それに有性生殖の生き物には、
すべてが雌のものが存在する。
それがときに一部が雄となり生殖する。
どう考えても母が先であると。
それに何と言っても根本の細胞分裂は、
すべて母の胎の内で為される。
ところで聖書はなぜか逆になっている。
てかそれは知らず追及もしません。
まあ意味ある方便としておく。
てかここで言いたいのは、
人間の體が持つ微妙な性の揺れのこと。
女はどこまでも女であり、
男は男であるが女を経てなっていると、
生命進化的にはであるが。
現実もその様でもあると。
女の心を持った男性はいても、
その逆はほとんどいないかと。
その逆は実に體には表われず、
それはほとんど言葉の技かと、
それは念の作用であると。
私はそう思っている。
・・・・・
しかし昨今はその姓に於いて、
不見識かつ不埒が満ちている。
戦前にもあったが戦後は特にその様で。
男女共同参画に始まり男女同権はもとよりだが、
てかこんな当り前をスローガンにし鼓舞してお金を使う、
バカバカしい限りですよ。
そこへもってきてさらに、
父母の家を壊そうとしている。
それは戦後すぐの民法の改正、
その後押しの為の個人の強調、
その後押しの為の自由の誤用、
さらに更に、
ついにLGBTQ~を前面に持ち出してきた。
婚姻とは男女を父母にする社会の智慧、
これを壊そうとする魂胆としか思えず、
為にLGBTQ~の彼彼女らが利用されているのです。
さらにそこへもってきて選択的夫婦別姓である。
選択的と言うのは欺瞞であり、要するに夫婦別姓である。
これは父母の家を壊すことに。
シナ朝鮮を見れば分かるでしょう。
父母の家は一つです、それが父の姓にせよ母の姓にせよ。
それが厭なら新しい姓にすればいいだけのこと。
言っとくけど、それはひとつ、
当然でしょう。
会社合併の例を持ち出すまでもなくね。
ここで和歌を一つ、
海恋し潮の遠鳴り数えては乙女となりし父母の家。
(与謝野晶子)
私はこの歌が大好きなんです。
悠久の命を歌っているようで。
彼女の想いは知らない、
でもそこにそれを想うのです。
特にそこにある「乙女」が象徴的で感じ入る。
乙女はまさに命の基、それが母になって命を繋ぐ。
それを想うのです。
・・・・・
日本には天皇陛下がおられる。
天皇陛下には姓がありません。
皇后陛下にも当然ありません。
その御子にも当然ありません。
皇室の方々にもありませんが、
男子には宮号というものがあります。
これは称号であって姓ではありません。
ということですが、
その天皇陛下は日本の象徴である。
これは定められてるが、
むろん古より続くもの。
そこに姓はないのです。
ゆえにかたよりがなく、
まさに「しん」となる。
円環の社会の芯である。
それを想うのです、
まことにまことに、