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読書日和

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「ハケンアニメ!」辻村深月

2015-03-28 19:50:20 | 小説
今回ご紹介するのは「ハケンアニメ!」(著:辻村深月)です。

-----内容-----
伝説の天才アニメ監督・王子千晴が、9年ぶりに挑む『運命戦線リデルライト』。
プロデューサー・有科香屋子が渾身の願いを込めて口説いた作品だ。
同じクールには、期待の新人監督・斎藤瞳と敏腕プロデューサー・行城理が組む『サウンドバック 奏の石』が。
人気アニメーター、聖地巡礼に期待をかける公務員……。
誰かの意思が、各人の思惑が、次から次へと謎を呼び、新たな事件を起こす!
アニメ界の“ハケン”を制するのはどっちだ?

-----感想-----
最初にこのタイトルを見た時、「派遣社員によるアニメ」かと思いました。
しかし違いました。
「覇権を取る」という意味の「ハケン」です。
物語は以下の四章で構成されています。

第一章 王子と猛獣使い
第二章 女王様と風見鶏
第三章 軍隊アリと公務員
最終章 この世はサーカス

第一章の語り手は有科香屋子。
36歳で、「スタジオえっじ」というアニメ制作会社に勤めています。
香屋子の役目は「プロデューサー」。
監督と一緒に作品タイトル全体の流れを見る一方で、監督とプロデューサーは芸能人とそのマネージャーか、ある意味それよりもずっと濃い関係をペアになって結ぶとのことです。
監督が現場に来なければ始まらないことも多く、だから香屋子も、王子のことは仕事のみならず私生活だって管理してきた。
何時に現場に入れて、何時に上がり、どれくらい寝てもらって、翌日は起床時間に家にお迎えに出向く。
―今、洗濯してるからあと一時間待って、と言われて、洗濯機の音を聞きながら、部屋の前で一緒に待ったことだってある。

とあり、本当にマネージャーみたいだなと思いました。
想像以上に監督に付きっきりの仕事のようです。

監督の名前は王子千晴。
33歳で、24歳の時に『光のヨスガ』という作品で広く名が知れ渡りました。
「この一作で、日本の地上波アニメの歴史を十年進めた、と言われている」とあり、物凄い伝説的作品だったことが分かります。
その王子千晴が九年ぶりに挑む新作が『運命戦線リデルライト』。
いつか王子と一緒に仕事をしたいと思っていた香屋子が口説いて口説いて、ついに一緒に仕事ができることになりました。

しかしその王子が失踪。
制作途中のアニメを放り出していなくなってしまいました。
冒頭からしばらくは王子が失踪したことについての話がメインでした。
香屋子の絶望的な心境が描かれています。
この時1月で、春からの放映まであと三ヶ月を切っていました。
スタジオえっじの江藤社長から「監督を代える」と言われ、「必ず戻ってくる」と必死に食い下がる香屋子。
もともと王子千晴は脚本家を何度も代えたりあれこれわがままを言ったりと、かなり現場を混乱させる監督でした。
今回は江藤社長をはじめ失踪を知るほとんどの人が「逃げ出した」と思いましたが、香屋子は必ず戻ってくると自分に言い聞かせながら懸命に王子を待っていました。
この姿はほんとに監督と一心同体のプロのプロデューサーなんだなと思いました。
周りからどれだけ「やっぱり噂どおりの人だった」「トラブルメーカーだ」と言われようとも、プロデューサーだけは最後まで信じて待とうとしていました。

王子が9年前に『光のヨスガ』を撮った時に在籍していた「トウケイ動画」のプロデューサー、行城理(ゆきしろおさむ)も王子の失踪を知っていて、香屋子に嫌みを言ってきました。
行城は有名なヒットメーカーでもあり、嫌みな奴ですが腕は確かなようです。

ひとつのアニメを作るには物凄くたくさんの人が関わっています。
監督ひとつ取っても王子のように全体の流れを見るメインの監督のほか、音響監督という演技や声量を監督する人などもいます。
プロデューサーも、香屋子は監督とともに作品全体の流れを見ますが、その下には一話ごとに作品のプロデューサー的な役割を担う「制作進行」という人もいるようです。
スタッフの中では原画を描く「アニメーター」が一番イメージが湧きやすく、この話では迫水(さこみず)というフリーのアニメーターが登場。
「有科さん、春クールのハケンを争うんですよね。『サバク』と」
「ハケン?」
「覇権。王者覇者の覇に、権利の権。―頂点取るって意味です」


『サバク』はトウケイ動画の行城プロデューサーが携わる作品で、『運命戦線リデルライト』と同じクールで激突します。
また、迫水は香屋子なら行城プロデューサーに勝てると言っていました。

子ども層をターゲットにしたアニメは、間に必ず12月を挟む。クリスマス商戦におもちゃを売るためだ。
これを見て、なかなかあこぎな商売だなと思いました
「DVDやフィギュアの売り上げだって、最終回の出来で左右されるご時世だよ。そういう二次利用がなきゃ、採算はまず取れない」ともあり、アニメの放送単体では採算が取れないようです。
テレビでの放送ではスポンサー収入に頼ることになりますが、それだけでは厳しいということです。

王子が言っていた以下の言葉も印象的でした。
「一つのタイトルが始まれば、その人の時間を俺は三年近くもらうんだよ。俺がやりたいものを形にするっていうそれだけのために、その人の人生を預かるんだ。そのことを考えない日はないよ。監督は、基本、誰かに何かをお願いしないと進めない仕事なんだから。俺だけじゃ何もできないんだ」
この言葉、常にわがままなことを言っている王子がこんなことを考えていたのかと驚くと同時に、一つのアニメを作るには三年もかかるのかとも思いました。
一クールの放送は三ヶ月ですが、そこに行くための時間は想像以上に長いようです。

コアなアニメファンは、その愛ゆえに、付け焼き刃のファンを嫌う。アニメが好き、オタクであることを売りにするのは、程度が半端なら諸刃の剣だ。
これはサッカーや野球のファンでも同じことが言えるなと思います。
コアなファンは最近サッカーや野球を見始めたような付け焼き刃のファンに自分の好きなチームや選手を評論されるのが嫌なようで、実際に嫌がって「昔からのことを知らないくせに」的なことを言っている人を見たことがあります(笑)
私的にはファンが増えるのは裾野が広がるわけだから良いことなのにと思います。

王子が「ハケン」という言葉に不快感を露わにした場面も印象的でした。

「ご存じなかったですか。今、アニメファンの間でよく使われる言葉なんですよ。もともとは、あるパッケージ会社の社員の方の言葉だったと聞いています。『今期の覇権はうちで決まりですね』と発言したことがきっかけになったとか。そのクールで作られたたくさんのアニメの中で、一番成功したものに贈られる言葉です」
「ええと、ハケンって、つまりは覇者の権利ってこと?」
「バカにされてんのかと思った。フリーランスが多い業界だから、派遣社員で作ってるって。やな言葉だね、それ」
「え?」
「嫌な言葉ですね」
「誰が決めんの?それ。成功って、それ結局、どのアニメが一番儲けたかってことなわけでしょ。パッケージ会社の人間から出た言葉なら、間違いなくそうだよね。そんなこと意味ある?アニメってさ、勝たなきゃいけないの?頂点取った一つ以外は負けなの?」

私も最初に小説のタイトルを見た時に派遣社員によるアニメだと思ったくらいなので、たしかにそちらと混同されやすい言葉のような気がします。
それと「アニメってさ、勝たなきゃいけないの?頂点取った一つ以外は負けなの?」は胸に刺さる言葉でした。
また、アニメはワンクール五十本近く作られるとあり、そんなに作られるとは知らなかったので驚きました。

そして「ハケンアニメ」という言葉に不快感を示す王子を見て、香屋子が心の中で思ったことも印象的でした。

覇権アニメは、単純な利益を指す言葉ではもうない。
意味の最初のスタートはそこだったかもしれないけど、今やもう、”覇権”アニメは制作サイドが高みから放った言葉の枠を越えて、アニメファン全体のものだ。
このクールで、どのアニメが一番人の心を打つか。記憶と、時代に名前を残せるか。
そういう言葉に、今は変わっている。そこでは、売り上げは二の次だ。


私の場合は、アニメに詳しい人が「ハケンアニメ」という言葉を聞けば香屋子が考えるような意味、詳しくない人が聞けば王子が指摘するような意味に聞こえるのではという印象を持ちました。
同じ言葉でもその分野に詳しい人が聞くか詳しくない人が聞くかで受けるニュアンスは変わってくると思います。

「『リデルライト』の中にある、”生きろ”という命令形の言葉は、泥臭いけど、本気です。現実を生き延びるには、結局、自分の心を強く保つしかないんだよ」
王子のこの言葉は良い言葉だと思いましたし、そのとおりだと思います。
作品に行き詰ると何も言わずに失踪してしまうような人ですが、かなり見せ場もある人だなと思いました。


第二章の語り手は斎藤瞳。
トウケイ動画に在籍する26歳で、王子と同じく監督をしています。
『サウンドバック 奏の石』、略して『サバク』という作品で王子達と同じクールで激突します。
そしてプロデューサーは香屋子が嫌う行城です。
瞳が大学二年生の時に見て影響を受けた野々崎努監督の『ミスター・ストーン・バタフライ』劇場版という作品は”バタフライ”と呼ばれるロボットを操縦し、宇宙からの侵略者から地球を守る少年たちの闘いを描くアニメーション作品とあり、何となく『エヴァンゲリオン』をモデルにしているような気がしました。

この話でもアニメの制作について色々触れられていました。
「絵コンテ」というものについて説明があり、「絵コンテは、キャラクターや背景の動き、セリフや音楽の流れが書き込まれた、いわばアニメの設計図だ。それを作るのが監督の大きな仕事の一つでもある」とありました。

瞳は行城のことで疲れていて、『サバク』の初回放映の喜ばしいはずの日にも沈んだ気持ちになっていました。
さらに美末(みまつ)杏樹、群野葵の二人の女性声優との関係も上手くいかず、瞳はアニメ制作の現場で悩みの多い状態になっていました。
ちなみにこの話にも王子や香屋子が登場する場面があり、王子は群野葵と仲が良いということで瞳に助言をしに来てくれていました。
問題の多い人ですが結構良いところもあると思います。

また、この話では「神原画」と呼ばれる物凄く上手い原画を描く並澤和奈というアニメーターが登場。
新潟県選永(えなが)市にある原画スタジオ『ファインガーデン』に在籍していて、第三章で主役になる人です。

瞳たち大人の社会ではマイノリティーの楽しみであるアニメは、小学生の世界ではドメジャー級のメインカルチャーなのだ。
それは、少人数の丁寧なファンを救うメディアではなく、クラスの目立つ中心人物のための楽しみに他ならない。
アニメを録画し、原作コミックを買ってもらえる者こそが我がもの顔で語れるものなのだ。


これはよく分かります。
自分がそのメインカルチャーに興味がなかったりした場合などは話題についていけなくなったりもします。


第三章の語り手は並澤和奈、26歳。
語り出しの「どうして、アニメ業界に入ったんですか。という質問をされる時がある」は毎回同じで、そこから物語が始まっていきます。

つまるところ、人海戦術のアニメ業界において、和奈は自分を軍隊アリだと思っている。

この話は新潟県選永(えなが)市という架空の市を舞台にしています。
市役所の職員、宗森周平との話がメインです。
また、第一章に登場したフィギュア製作会社「ブルト」の逢里哲哉と鞠野カエデも登場。
鞠野カエデはブルトのナンバーワン造形師です。

なんで、世の中の人はこんなにスタンプラリーが好きなんだろう。どこかの自治体が聖地巡礼やイベントごとを考える時、まず真っ先に持ち出すのがスタンプラリーだ。アイデアとしてはもう二番煎じ三番煎じもいいところ。はっきり言ってイケてない。
和奈は最初、選永市職員の宗森たちの考えたスタンプラリーという案について、このように否定的に思っていました。
たしかにマンネリ感のあるアイデアだとは思います。
それでもラリーを通してそれぞれの場所の優れた景色を見たりすることもできる良さもあるのではと私は思います。

「もとからある景観を壊してまでアニメの何かを置こうって考えるのは本末転倒ですよ」
宗森が鍾乳洞の中にスタンプ台とキャラクターの立て看板を置こうとしたことに対する和奈のこの言葉は印象的でした。
アニメのイベントで街を盛り上げようとするあまり、元からある良さが失われてしまっては元も子もないなと思います。

ちなみにこの話に出てくる「河永祭り」は興味深かったです。
朝の9時から一時間ごとにいろんな団体が作った舟を流すお祭りで、毎年十万人のお客さんが見込めるお祭りとのことです。
舟を流す前には舟謡(ふねうたい)という人が独特の節回しでその舟の成り立ちやそこにかけた思いなどを読み上げます。
私はこれを見て埼玉県秩父市吉田の「龍勢祭り」が思い浮かび、もしかしたらこのお祭りをモデルにしているかも知れないと思いました。
それぞれの流派が作ったロケットを打ち上げる際に独特の節回しで口上を述べるなど、似ている点があります。
そして「河永祭り」に『サバク』の舟を出そうというのは面白いアイデアだと思いました。
このアイデアから、第三章は怒涛のクライマックスへと向かっていきます。
宗森の高校の先輩の正体や商工会の副理事長の正体が次々と明らかになり、第一章、第二章で登場した人物も次々登場。
最後にこんな怒涛の盛り上がりがあるとはと驚きました

この作品は今年の本屋大賞にノミネートされています。
直木賞受賞作家の本屋大賞受賞となれば2006年7月の直木賞受賞→2012年本屋大賞受賞の三浦しをんさん以来です。
読んでみてかなり面白かったですし、本屋大賞を取ってほしい作品です


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2 コメント

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Unknown (ビオラ)
2015-03-29 00:03:42
DVDやフィギュアの売り上げだって・・・のところでふと思ったのですが、今時は何でもメインの単体だけで、採算をとるのは難しいんでしょうね。

某有名百貨店なんかでは、ファッションフロアのエスカレーター近くに、ベジタブルジュースがカウンターで有料で飲めるコーナーができていたり、通路の目立つ場所に、オープン感覚のカフェが設置されていたり、インテリアや食器売り場に、ワインが有料で飲めるカウンターがあったりと、メインのお買い物にプラスで休憩を一工夫して、お買い物の新しい楽しみ方を提案し、売り上げに効果をもたらしていそうです。

どの世界も厳しい世の中なので、先見の目や分析力、発想力等により、成功に導く企画をして行く事が大切ですね。
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ビオラさんへ (はまかぜ)
2015-03-29 14:57:08
百貨店も厳しい状態が続いていますからね。
試行錯誤していかないと生き残るのは難しいのだと思います。
通路の目立つ位置にオープンなカフェスペースを置いたりは面白いアイデアだと思います。
別の階や違う建物のカフェに行くような大きな移動はしたくないものの一休みしたい人に重宝されそうです。
百貨店もまた登り調子になる時が来ると良いなと思います。
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