読書日和

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「春、戻る」瀬尾まいこ

2018-02-26 23:53:58 | 小説


今回ご紹介するのは「春、戻る」(著:瀬尾まいこ)です。

-----内容-----
正体不明、明らかに年下。
なのに「お兄ちゃん」!?
結婚を控えた私の前に現れた謎の青年。
その正体と目的は?
すべての謎が解けた時、本当の幸せが待っている。
人生で一番大切なことを教えてくれる、ウェディング・ストーリー。

-----感想-----
3月のある日、36歳の望月さくらは料理教室の帰りに受付のお姉さんに「お兄様がお待ちですよ」と声をかけられます。
しかしさくらに兄はいないため戸惑います。
教室を出ると「うわ、さくら。久しぶりじゃん」と言って20歳くらいの男が声をかけてきます。
全く誰だか知らないので「どういうことなのか分からない」と不審がるさくらに男は「本当に懐かしい」「また会えたなんて嬉しいよ」と一人で喜びます。

話してみると兄と名乗っている人は24歳でさくらより12歳も年下です。
自身のことを全く覚えていなくてがっかりする男の顔を見て、さくらは記憶の中に引っ掛かるものを感じます。
このかすかに寂しさを帯びた顔。ものすごく遠いところで、ひっかかるものがある気もする。どこかで会った人なのだろうか。しかし、記憶をひもといて過去にさかのぼろうとすると、あるところでどしりと重い扉が閉まってしまう。この開かない扉の向こうに彼がいるのだろうか。
さくらがその扉に手を掛けそうになった時、軽く頭を振って記憶を振り払おうとしていたのが印象的でした。
過去にどんなことがあったのか気になりました。
男に名前を聞くと教えてはくれず、代わりにさくらのことを語っていました。

さくらは6月に山田哲生という人と結婚を控えていて、男はさくらが結婚のことを何も言ってくれなかったことに文句を言います。
さらに結婚式に来ると言いさくらを驚かせます。
「あなたのこと全く覚えがなくて、すごく困ってるんです」と言うと男は「大丈夫。そのうち、あ、お兄ちゃん!って呼ぶ日がやってくるから」と自信満々に言います。
さくらが困惑しても構わず話し続けていて、話の通じない人だなと思いました。

実家に行って母親に「生き別れのお兄ちゃんとか血がつながらないお兄ちゃんとかが私にいたりしない?」と聞くと怪訝な顔をされます。
突然現れた男のことを話すと「年下のお兄さんなんているわけないでしょう?何かの勧誘で声かけられたんじゃないの?」と言っていて、これが自然な反応だと思いました。
いきなり目の前に12歳も年下の兄を名乗る男が現れてもなかなか信じる気にはならないです。

さくらは12年間小さな卸売会社の事務員として働いていました。
仕事を辞めた今は和菓子屋をしている山田の店を毎週日曜日と木曜日に手伝っています。
日曜日、山田の家に行くためにアパートを出ると男が待っていて驚きます。
住所まで知っていることにさくらが驚くと男は「そんなの当然だろ。世の中のたいていの兄妹はお互いの住まいくらい知ってるよ」と言っていました。
男は結婚相手のチェックをすると言いますがさくらは迷惑がります。

山田は38歳で、お店は春日庵(かすがあん)という名前で両親と家族経営しています。
男はお客のふりをして山田の母と仲良く話しながら、作業場で大福を作る山田の様子を見ていました。

さくらの妹のすみれは33歳で、結婚してさやかという5歳の子供がいます。
4月の初め、さやかの幼稚園の入園祝いで実家に集まり、妹と話していて子供の話題になった時、さくらが少しだけ過去のことを胸中で語ります。
十三年前、一年だけ小学校の教師として働いたのですがまるで上手く行かなかったとありました。
閉ざされている記憶の扉はこのことだと思いました。

さくらが結婚式はしないと言うと男は驚きます。
結婚式は挙げず、婚姻届を出してお互いの親戚どうしの顔合わせの食事会をして終わりと言っていました。
「お互いにもういい歳だし、あんまり大げさなのもどうかと思って」と言っていて、私はお互いに納得しているならそれでも良いのではと思いました。

さくらは母親の通う太極拳教室の先生に紹介されて山田と知り合いました。
「山田さんといても、どきどきもしなければわくわくもしなかった。でも、嫌ではなかった。取り立てて惹かれるところがない代わりに、苦手なところもない人だった。山田さんも同じようなことを私に感じているはずだ。」とあり、これはとても冷めているなと思いました。
惰性で結婚しようとしているのが分かり、果たしてこのまま結婚して大丈夫なのか心配になりました。
男もこの話を聞いて「さくら、幸せになれるのかな?」と言っていました。

山田と親戚を集めた食事会の場所を話し合っている時、さくらが男が押し掛けてきて人数が一人増えるかも知れないことを言うと、男が山田の店に何度も来ていたことが明らかになります。
店に来るたびにさくらの働きぶりや愛想を絶賛し、大事にすべきだと言っていたと聞きさくらは恥ずかしくなります。

ある日男がさくらのアパートに現れた時、お腹を減らしている男のために夕飯を食べさせてあげます。
それまでは素っ気なく接していましたが初めて気を許していました。

男はさくらに料理を教えてあげると言い、後日食材を持って現れます。
鰯の煮付けを作ろうとして、「お茶で鰯を煮ると臭みも取れて骨が柔らかくなる」と言っていてこれは知りませんでした。
男はかなり料理の腕が高くて驚きました。
また男はさくらのことは何でも知っていてたくさん話しますが自身のことはあまり語らないです。

5月の連休の真ん中、男の身勝手な提案でさくらと山田、そして男の三人で遊園地に出掛けます。
ここからさくらが男のことを語る時に「おにいさん」と言うようになり、これまでよりも男のことを兄のような存在と考えるようになったのが分かりました。
今まで遊園地に行ったことがなかった兄は張り切ってガイドブックを見ながら二人を案内していました。
山田は兄のことを「お兄さんはサービス精神旺盛ですね」と言い、よく分からない人物の兄を自然に「さくらのお兄さんのような人」と認識していました。

遊園地から帰った後再び兄の料理教室が開催されます。
一度も遊園地に行ったことがないように、ところどころ何も知らないことについて兄は「一時鎖国してたからな」と言います。
部屋にこもって勉強ばかりしていたとも言っていて、どんな日々だったのか気になりました。
兄はさくらが妹になった時わくわくしたと言います。
さくらは兄の言葉を聞き自身が途中から兄の妹になったことに思い至り何かを思い出しそうになりますが、また頭の奥の扉を閉ざしてしまいます。

ある日さくらは惰性で結婚しようとしていることに漠然とした不安を覚えます。
こんな緩い決意で舟を出して大丈夫なのだろうか。これは漕ぎ出してもいい舟なのだろうか。海に出てから自分では漕げないと気づくことにはならないだろうか。もう途中で櫂(かい)を放すようなことを、するわけにはいかない。
「もう途中で櫂を放すようなことを、するわけにはいかない。」が印象的で、これは一年だけ働いた小学校の教師の仕事のことだと思いました。
兄が現れたことで閉ざしていた記憶が呼び起こされようとしていました。

兄がついに自身のことを語ります。
兄の父親は凄く立派な人で地域でも有名な人格者として知られていて、周りも兄のことを「あの人の息子だから同じように素晴らしいに違いない」と見ていたとのことです。
父親の理想の子供でいたいと思い苦悩したとありました。
小学校からほとんど不登校で高校は通信制とあり、今の陽気な雰囲気とは全く違っていて驚きました。
大学進学で家を離れてから今の雰囲気になったとありました。
そして兄は自身の内側を話したのだからさくらも応えてほしいと言います。
しかしさくらは拒んでしまいます。
ただこれはさくらの気持ちがよく分かりました。
扉を閉めている記憶をわざわざ呼び起こしたくはないです。

そしてさくらは気持ちを落ち着けようとします。
昔よくやったように、私は目を閉じて深く息を吸った。そうやって気持ちを落ち着かせていくうちに、重ねた月日が開きかけた扉の上にのせられていく。大丈夫。あの日々は扉の向こうにしかない。
心が苦しい時は知らないうちに呼吸が浅くなりやすいので、深く息を吸う深呼吸は心を落ち着けるのに有効です。
私はこれを見て、さくらにとって扉の向こうにある記憶は自身の人格を破壊してしまうような恐ろしい記憶のような気がしました。
そんなものを無理に思い出さなくても良いと思いましたが、物語の後半で記憶が呼び起こされるのは明らかでした。
ただ小説の帯には「人生で一番大切なことを教えてくれる、ウェディング・ストーリー」とあり、辛い展開にはならなそうなのが救いでした。

しかしさくらが拒んだことで兄と気まずくなり、兄はしばらく来なくなります。
春日庵の手伝いが終わった後さくらは山田に兄と気まずくなっていることを話します。
すると山田は自身の家が昔養子を取ろうとしたことを話してくれます。
弟は美容師になると言って美容学校に行き、山田も最初は違う道に行こうとしていたため、春日庵を継ぐ人間がいなくて養子を取ろうとしていました。
私は春日庵の山田さんしか知らない。けれど、山田さんだってすんなりと和菓子屋になったわけじゃないのだ。誰だって、今日までをただそのまま歩いてきたわけじゃない。いろんなものに折り合いをつけて、何かを手放したり何かに苦悩したりしながら、生きていく方法を見出だしてきたのだ。
山田が家のことを話したことでさくらは再び扉の向こうの記憶のことが頭をよぎります。
また山田は兄のことを「さくらさんを大事にしている人は、僕にとっても大事な人」と言っていて、山田がさくらを好いてくれているのが分かるとともに、よく分からない存在の兄をそんな風に言ってくれるところに包容力の大きさを感じました。

6月になります。
兄が姿を見せなくなって三週間経ち、山田に相談すると兄を探しに行こうと言います。
山田はさくらと共に知らない場所に向かってくれ、名前も知らない兄を一緒に探してくれていて、さくらは心が動きます。

ついに兄が現れます。
久しぶりに現れた兄にさくらが料理を作ってあげることにします。
水饅頭を作ろうとしますが、作り方をよく知らず「饅頭だから葛粉を水で溶かして練って、餡を包んで丸めたら良いはず」と言っていました。
ところが水で溶かした葛粉はいくら混ぜても全く固まらず、餡の上にどろりとした葛粉をかけたものが出来上がり、兄が「これはあんかけ小豆丼だ」と言っていたのが面白かったです。
なぜ葛粉が固まらなかったのかネットで調べてみたら、饅頭の型に溶かした葛粉と餡を入れ、しばらく冷凍庫に入れないと固まらないようです。

兄は律義なところもあり、さくらが不味すぎて食べるのを諦めたあんかけ小豆丼を一人で全部食べてくれます。
食べている時に兄の父親もさくらのことを知りたがっていることが明らかになります。
兄は父親に頼まれて、大学進学でこちらに来てから六年間もさくらのことを見ていました。
小学校の教師時代のことで父親はさくらを心配しているのだと思いました。
またさくらは岡山の小学校で働いていたことが明らかになります。
外から来た人。岡山の小学校で働いていた私は、そこでよくそう言われた。田畑と山と川に囲まれ、親切で面倒見のいい人たちばかりの場所だった。外から来た私を、みんな温かく迎えてくれた。それなのに、私はたった一年でその地を逃げるように去ってしまった。ここへ戻ると同時に固くしまいこんだそこでの日々の中に、きっとおにいさんはいるのだ。私のことを気にかけてくれるお父さんと一緒に。答えはもう目の前に近づいている。

梅雨入りし、山田の家への引っ越しまで一週間になります。
すみれと兄がいらないものを片付ける手伝いに来て、すみれは独身最後の一週間は結婚を後戻りしたくなったと言います。
これはブログ友達の弟さんが結婚直前に「やっぱり無理」と言って混乱したのを聞いたことがあるので、そういうこともあるのだろうと思いました。
これからの結婚生活について兄が「ま、予想どおりに行かなくたって、さくらが幸せに思えるんならそれでいいじゃん」と言うと、さくらはずっと前に同じ言葉を聞いたことがあるのを思い出します。
ずっと前、私は「思い描いたとおりに生きなくたって、自分が幸せだと感じられることが一番だ」と教えられた。そして、その言葉に救われた。
「思い描いたとおりに生きなくたって」は、教師の道に挫折してしまったことだと思いました。

兄との料理が最終回になり、兄は特製のきんぴらを作ります。
ごぼうの他に人参、こんにゃく、蓮根も入った具沢山のきんぴらで、さくらはそのきんぴらを食べたことがあるのを思い出します。
そしてついに「小森いぶき」という兄の名前を思い出します。

私は子どものころから、小学校の教師になりたかった。何より子どもが好きだったし、学校も好きだった。みんなで何かを吸収して成長していく場所。そんなところで働けるのはすばらしいことだ。そう思っていた。
熱い思いを持った新任教師のさくらは二年生の担任をすることになりますが、呼び起こされた記憶は辛いものでした。

いぶきには教師を辞める前に一度だけ会っていました。
なぜいぶきがさくらの兄なのかも分かりました。
思い出してみるとその記憶は無駄にさくらを苦しめたりはしなかったとあったのがとても良かったです。
何年か振りに光を当てられた日々は、とても静かによみがえった。取り出せば進めなくなる。そう思っていた時間は、ただゆっくりと広がるだけで、無駄に私を苦しめたりはしなかった。
さくらは記憶を自身が歩んだ道として受け止めてあげることができました。

いぶきの身勝手に見えて一生懸命な姿は山田の考えも変えていました。
二人納得して行かないことにしていた新婚旅行に行こうと言います。
惰性で結婚しようとしていたのが、結婚にも明るい光が当たるようになったのが分かりました


思い出したくもない記憶を思い出すのはとても辛いことです。
私は記憶を自身が歩んだ道として受け止めてあげることはできますが、「無駄に私を苦しめたりはしなかった」とまではならず、思い出すと苦しくなるので極力思い出さないようにしています。
さくらは最後に扉を開けましたが、開けたくない場合は無理に開けずにおくのも記憶との付き合い方だと思います。


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