今回ご紹介するのは「今日から仲居になります」(著:中居真麻)です。
-----内容-----
楽な仕事なんてない。
でも、「好き」と言える仕事がしたい!
京都市内の会社で事務員として働く坂瀬川虹子は、単純でやりがいのない仕事、加えてセクハラに倦む日々を送っていた。
しかし、上司の送別会で訪れた老舗旅館のサービスに心打たれ、虹子はそこで働くことを決意する。
キックボクシング世界チャンピオンで浮気者の夫を持つ妻、口うるさくて気難しい料理評論家、「おこもり」に長期逗留するわがままな脚本家など、一筋縄ではいかないお客様たちに接するなかで、虹子が見つけた「働くことの意味」とは。
-----感想-----
坂瀬川虹子(さかせがわにじこ)は京都の四条烏丸にある飛行機部品のパーツの生産管理をしている会社で働いています。
物語は2月2日で22歳の誕生日を迎えた虹子の一人称で語られます。
虹子は雑用係で、唯一任せられているのは昼になると社員のために味噌汁を作ることです。
3月28日に館林部長の定年退職による送別会が行われることになり、「参加」「不参加」を選べるメールが送られてきますが、一番下に〈※基本的には全員参加でお願いします〉と書いてありました。
これは体裁だけは「強制してはおらず、参加不参加を選べます」としながらも実際には参加を強制する凄く嫌らしい書き方だと思います。
虹子は高校を卒業して、自分が何をしたいのかが分からないままに今の会社に就職し、今の職場に「何かが違う」と感じることが多くなりました。
「今の職場にただ居ることは魂が腐る行為をし続けているようなものだと最近強く思う」とありました。
虹子はエツコ・ヤエヤマという芸能人が好きで、エツコから「エツイート」を受信しています。
エツイートは「エツコのツイート」の略で、たわむれに思いついたことをメルマガ形式で呟くものです。
”魂の喜ばないことは、勇気をもってやめなさい”というエツイートが届いて虹子は仕事を辞めるべきかという思いを強くします。
館林部長の送別会で「かぐら屋」という老舗の高級料理旅館に行きます。
大広間の宴会で、虹子は「若い人が酒を注いで回ったほうが美味いし雰囲気も盛り上がるから、まずは館林部長のところに行って美味い酒を注いでこい」と言われ、さらにオヤジ達からセクハラも言われます。
宴会でオヤジ達は「誰それに酒をつげ」「俺の酒が飲めんのか」と言ったり、セクハラを言うことがよくあります。
ただ近年の傾向として若い世代はオヤジ達の好き放題を許さなくなってきているのは認識したほうが良いと思います。
全員に酒を注いでいくように言われ虹子が困っていると、天使のような優しい雰囲気の仲居が「あとは致しますので、どうぞお席にお戻りください」と助けてくれます。
そして幹事から女性社員を代表して館林部長に一言言うように言われた虹子は、この仕事を辞めると言います。
送別会の翌日虹子は「かぐら屋」に行き、ここで働かせてくれと頼みます。
虹子は人に喜びを与えられる仕事がしたいと思っていて、かぐら屋の仕事ならそれができるかも知れないと思いました。
女将さんが虹子を採用してくれます。
虹子を助けてくれた仲居は綾風一代(いちよ)という人で、綾風が虹子の面倒を見てくれることになります。
虹子は綾風におもてなしの作法を教えてもらいます。
綾風がどの部屋からも庭が眺められる作りになっていることについて庭屋一如(ていおくいちにょ)という言葉を使っていて、初めて聞く言葉なので興味深かったです。
庭と建物は一体だという平安時代からの精神のこととありました。
かぐら屋では楠橋和史(くすばしかずし)という虹子より1歳上の男がまかないを作っています。
洗い場の中尾というおばちゃんは楠橋にオッカアと呼ばれています。
虹子は楠橋を「ゴンタ野郎や」と評していて、がさつという意味のようでこれも初めて聞く言葉でした。
他にも舞妓さんが結う髪型の「割れしのぶ」など、聞いたことのない言葉が出てくるのが面白いです。
双子の葉山姉妹が77歳の喜寿のお祝いで来ます。
葉山姉妹はかなり横柄で、「あのね、私たちね、今日わざわざ誕生日のお祝いにお金払いに来たのよ」と言っていました。
こういった「私達は客だ」という尊大な態度はいかがなものかと思います。
葉山姉妹は何でも一人一つずつ、お互い同じ物でないと文句を言い、鏡台が一台しかないのは何でだと文句を言っていてクレーマーだと思いました。
虹子は中尾や綾風からジーコっちと呼ばれるようになります。
綾風は広島の生まれで32歳とあり、「いるけんね」「じゃけん」などの言葉がまさに広島だと思いました。
乙子(おとこ)というベテランの仲居が登場し、年齢は綾風より上で女将より下なくらいです。
乙子はツンケンした物言いをし虹子は戸惑います。
女将の京都言葉はとても印象的です。
「虹子さん、両手を使ったほうがよろしおすえ」「なんでも両手ですること。片手では、おいしいお茶が淹れられませんえ」など、語尾が「え」になります。
虹子は女将に、料理を出す時に膝が鳴ること、髪の毛がボサボサなこと、口紅を塗っていないことなどを次々指摘されたじたじになります。
イトという住み込みで働く80歳を越えたおばあさんが虹子に口紅をくれます。
イトは昔はばりばりの仲居の頭だった人で、女将もイトには頭が上がらないようです。
虹子達仲居はなるべく色んな部屋を見てもらえるように工夫を凝らします。
宿泊の部屋の他に料理を食べる部屋やお茶を飲む部屋にも案内していて、高級旅館のおもてなしは凄いと思いました。
突然、現在不倫騒動中のキックボクシングチャンピオンのオトンナルダナー・プウと家族の五名の宿泊が入り、虹子が給仕をすることになります。
プウの妻のカンヤラットは高級旅館に来て「チュッパチャップスが食べたい」と無茶を言ったり、料理にも無理難題を言います。
そんなカンヤラットを見て虹子はおにぎりを出せば食べるのではと閃きます。
おにぎりを出すことに乙子が「かぐら屋にはかぐら屋のやり方がある。新人のあんたが、なに勝手にやり方塗り替えてんのや」「あんたみたいにノリでこなすような仕事とちゃうんやこの世界」と文句を言ってきます。
虹子は「そんなこと、一回だって、思って仕事したことなんかない」と反発します。
おにぎりを持っていくとカンヤラットが食べてくれます。
一緒に出した梅昆布茶にも喜び、「あなたは、このシゴト、向いている」と言ってくれます。
梅雨が明けます。
乙子は虹子のすることなすこと気に入らないようで何かにつけて文句を言ってきます。
どこにでも苦手なひとというのは居るものだ。けれど大事なことは、その苦手意識に振り回されないことだ。
虹子は自身にそう言い聞かせていて、これは良い考えだと思います。
8月下旬になります。
料理の値段によって作務衣でのおもてなしになったり着物でのおもてなしになったりするとあり、やはり値段が高いとおもてなしも着物になりパワーアップするようです。
陸上自衛官がホフクゼンシンするならば、虹子たち仲居は畳の上をひたすら「ヒザゼンシン」して料理をお運びするとありました。
そのほうが所作が丁寧だからだと思いますがやるのはかなり大変だと思います。
虹子は乙子が持っていくはずだった炊き合わせを自身が対応しているお客さんのところに持って行ってしまう大失敗をします。
乙子がまた虹子をいびり、見かねた楠橋がかばってくれます。
虹子もついに着物を着るようになります。
中尾が最近綾風がやつれてきたように見えると言い、虹子も「いつも笑顔の裏に、最近の綾風さんは、いったいなにを隠しているのだろう」と思います。
8月26日、美食家の白鳥研一が芸妓さんと舞妓さんを連れてやって来ます。
白鳥研一は数々のグルメ雑誌や旅雑誌やカフェムックに食べた料理のコラムを掲載している鎌倉在住の美食家で、テレビでもたびたび姿を現すビップ客です。
夜の帳場の馬場末(ばばまつ)さんが白鳥のことを教えてくれます。
前に別の旅館に食べに行き、「料理を分かっていない者が料理を運ぶな」と仲居に説教していました。
その時の雑誌の掲載は料理のことは一切書かれておらず仲居の悪口がひたすら綴られていて、仲居はそれが原因で辞めました。
私はこういうのを老害クレーマーだと思います。
虹子が大失敗をして白鳥が激怒し、まだ何も料理が出ていないのに帰ってしまいます。
打ちひしがれる虹子に女将が「何があっても絶対に慌てたらいかん。できるはずの判断もできんくなってしまうんよ」と諭します。
白鳥がブログでかぐら屋のことを営業妨害なくらいに罵詈雑言を書いているのを知り、虹子は謝ろうとして着物のまま鎌倉に行きます。
由比ガ浜で情報を得て極楽寺のカムイというカフェに行くと、店長のミサキが白鳥の娘だと分かります。
ミサキは白鳥から親子の縁を切ると言われ不仲になっていましたが、虹子の説得によって白鳥に自身の思いを伝えます。
ミサキが去った後、白鳥が虹子を連れて江ノ島にある古い食堂に行き、しらす丼を食べさせてくれます。
白鳥と話していて虹子は仕事とは「サバく」ものではなく、いかに熱を持って「向き合うか」だと仲居の仕事を始めた頃に思ったことを思い出します。
虹子の誠意で白鳥が罵詈雑言のブログを削除してくれます。
虹子が乙子に「わたし、もうちょっと頑張ってみたいんです」と率直な思いを伝えると、「ええ仕事をしたときのその気持ち、よう覚えとき」と言います。
ずっと虹子を敵視していた乙子が初めてまともなことを言いました。
さらに虹子の仕事が良い仕事だったと認めてもいて、乙子の態度が変わったのが分かりました。
女将が虹子に「ひととしてええものを持ってるひとと、私は一緒に仕事したいと思ってるんです」と言い、いずれ社員になるためにシフトを増やして本腰を入れてやってほしいと言ってくれます。
そのことを綾風に言うと「かぐら屋をよろしくお願いね」と言い、その言い方に虹子は違和感を持ちます。
秋になりかぐら屋は人員を三人増やし、調理場に18歳の翔乃助、下足番に京都大学一回生の金尾捨雄(かねおすてお)、仲居として20歳のフリーターの水島明菜が入ってきます。
明菜は凄く優秀で、虹子が覚えるのに四日かかった料理の通し方も初日で覚え、着るのに二ヶ月かかった着物も一週間で着こなします。
11月に入り、美しい京都の秋になり大忙しの毎日になります。
綾風が明菜に気負う虹子に「ええセンパイでおろうとせんでええんよ」と言います。
さらに「どうします?って訊かれてわからへんときは、わからへん、ってことをちゃんと言わんといけん。わかったつもりになって間違ったままいくほうが、よっぽど怖いけん。だって、取り返しつかんじゃろ?」と言い、大事なことだと思いました。
一泊三万五千円のかぐら屋に14連泊もする桜小路(さくらこうじ)というお客さんが来ます。
到着時にお茶とかぐら屋特製の水飴を出すと、「ねーちゃん、大の男に飴なんか出して、あんたはほんまにそれでええとまじで思ってんのか?」と言います。
文句を言う割りに水飴は完食します。
さらに「申し訳ありません」と謝ると「なんでもかんでも謝りよって。九官鳥みたいに」と言い、喋るなと言われたので黙っていると返事をしろと言い、うざすぎる客だと思いました。
虹子が女将に「言ってる意味がひっちゃかめっちゃかで、わけがわからんのです」と言うと、女将は「宇宙人がきましたな」と言い、「ええですか、虹子さん、どんな要望でもこたえるんですよ。それがわたしらの仕事ですよ」と言います。
どうしようもないクレーマー客でもおもてなししないといけないので接客業は大変だと思います。
ある日虹子が自転車で帰ろうとした時、楠橋が声をかけてきます。
二人はかなり仲良くなっていて、虹子は楠橋が好きになっています。
虹子が数が合わなくてまかないを食べられなかったのを言うと、楠橋がスーパーフレッシュマートに連れていって様々な食材を買ってくれます。
フレッシュマートから帰ろうとした時、楠橋の調理場の先輩の竹井の車に綾風が乗るのを見かけ、二人が付き合っているのを知ります。
女将が桜小路に悩む虹子にお客さまを愛おしく思って下さいと言います。
虹子が好きと愛おしいの違いは何かと聞くと、好きは感情で愛おしむ気持ちは感謝だと言います。
桜小路が「北風モン野郎」という演劇作家や映画監督をしている人だと分かります。
怒鳴り散らす桜小路に虹子は「あなたはいま、ただスランプに陥って、自暴自棄になって、当たりやすいひとに当たり散らしているだけじゃないですか」と指摘します。
虹子は白鳥が江ノ島の食堂で言っていた「もてなしっていうのはね、けっしてこなすことじゃない。ひとの心に入っていくことなんだ」の言葉を思い出します。
宿泊最終日、桜小路が最後にかぐら屋の料理を食べたいと言います。
2月、かぐら山の神社で行われる節分祭に虹子、楠橋、翔乃助、明菜、金尾で行き、虹子は楠橋の予想外のことを知り愕然とします。
4月、虹子がかぐら屋に来て一年が過ぎます。
お泊まりの手子丸(てしまる)夫婦が離婚しそうで騒動になります。
乙子が虹子相手にいたずらっぽく舌をぺろっと出したり意見を求めてきたりするようになり、以前より話しやすくなったのが分かりました。
明菜が手子丸夫婦が食事中に喧嘩をしだして離婚届を書き始めたのを知らせてきます。
虹子は離婚を回避して穏便に解決するため、手子丸夫婦のことを調べます。
楠橋が虹子に良いことを言います。
「たぶん、人生って、何歳からでもスタートしようと思えばできるんやろなって思えた。自分の選んだ道、後悔してると言えばしてるけど、でもこれが俺の人生やしな」
何かを始める時に遅すぎるということはないと思います。
新たな人生を始めたくなった時は思いきって始めてみるのも良いと思います。
京都にある老舗の高級料理旅館が舞台で、京都言葉を話す人が何人も登場して雰囲気が新鮮でした。
おもてなしには真心と丁寧さを感じ、その舞台裏では仲居さん達が奮闘しているのが分かりました。
かぐら屋のような高級料理旅館、いつか行ってみたいです
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