読書日和

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「思いわずらうことなく愉しく生きよ」江國香織

2015-08-09 17:09:11 | 小説
今回ご紹介するのは「思いわずらうことなく愉しく生きよ」(著:江國香織)です。

-----内容-----
犬山家の三姉妹、長女の麻子は結婚七年目。
DVをめぐり複雑な夫婦関係にある。
次女・治子(はるこ)は、仕事にも恋にも意志を貫く外資系企業のキャリア。
余計な幻想を抱かない三女の育子は、友情と肉体が他者との接点。
三人三様問題を抱えているものの、ともに育った家での時間と記憶は、彼女たちをのびやかにする。
切実な現実の底に湧きでるすこやかさの巣!
感動の長編小説。

-----感想-----
江國香織さんの作品は初めて読みます。
私にとっては綿矢りささんが「蹴りたい背中」で第130回芥川賞を受賞した時に「号泣する準備はできていた」で直木賞を受賞した人として印象に残っている人です。

物語の主人公は犬山家の三姉妹、麻子、治子、育子。
麻子は36歳、治子は34歳、育子は29歳です。
長女の麻子は結婚していて専業主婦であり、次女の治子は外資系企業の大手町の職場で働くキャリアウーマンで熊木圭介という人と同棲しています。
熊木はほとんど収入がないのでヒモとして治子が養っている状態です。
三女の育子は自動車教習所の事務をしながら阿佐谷(あさがや)で一人暮らしをしています。

犬山家には家訓があります。
人はみないずれ死ぬのだから、そして、それがいつなのかはわからないのだから、思いわずらうことなく愉しく生きよ
姉妹はそれをそれぞれのやり方で宗(むね)としていたとありました。

序盤で育子の友達の里美から電話がかかってきて、内容に驚きました。
そして育子の凄く冷静ながらも感覚が異質な受け答えが印象的でした。

麻子の初登場は驚きました。
明らかにまともな状態ではないように思えました。
三姉妹それぞれの視点で物語は進んでいきます。

「人生は考え抜くものじゃなく、生きるものなのよ」
これは治子の言葉です。
人生について考え抜いたような重い内容の日記を書いている育子についてこのように言っていました。

麻子の旦那は多田邦一(くにかず)と言います。
麻子は明らかに心のバランスを崩していて、その原因は邦一にありました。
邦一は麻子に家庭内で暴力をふるっています。
DV(ドメスティック・バイオレンス)、家庭内暴力と呼ばれるものです。

邦一の暴力は結婚後二年経って始まったとありました。
しかし不思議なことに麻子はこの男と別れようとしません。
なぜ麻子はこんな家庭内暴力男と一緒に居たがるのか理解不能で、ほとんど病的だと思いました。
育子が麻子の家に来ている時に邦一が会社から帰ってくる場面があり、どうなるのかかなり気になりました。

読んでいくと、三姉妹それぞれ特徴があることがよく分かります。
麻子に引けを取らず治子も育子も妙な部分があります。
治子は考えるよりも欲望の赴くままに突っ走るタイプで、育子は常に考えるタイプですがその考えが凄く冷めています。
男性との関わり方は麻子が異様、治子が破天荒、育子が冷めすぎという印象でした。

ついに麻子は肋骨が折れてしまいます。
しかし夫を非難するのではなく、自分の体の不甲斐なさを非難するところに異様さを感じました。
治子や育子が離婚するべきだと言っても聞く耳を持ちません。
そして麻子の態度を見ていると、異様な人は自分の異様さを全く分かっていないのだなと思いました。

女性三人の視点による物語と思いきや、たまに熊木圭介や多田邦一の視点になったりもしました。
特に多田邦一の視点での物語はこの男が何を考えているのか興味深かったです。

物語が進んでいくと、育子は隣の「岸」という家の主婦と知り合うようになります。
育子は岸ちゃんと呼んでいました。
そして岸ちゃんに息子の正彰を紹介され、二人は付き合うことになります。
この正彰との関わりが、それまでの人生を深く悟ってしまったかのような冷めた境地に少し変化をもたらしました。

一方、治子は欲望の赴くままに突っ走る性格が災いし熊木とギクシャクすることになります。
ただそこからの展開は治子らしくて驚くことになりました。

麻子は近所のスーパーでよく見かける、自分と同じく家庭内暴力を受けている相原雪枝という女性と関わっていくことになります。
相原雪枝の受けている暴力は麻子をさらに上回るもので、いずれ殺されてもおかしくない状況でした。
ただし相原雪枝も麻子と同じく「彼は子供っぽいだけだ、心根はやさしい」と夫を庇っていて、麻子は相原雪枝の言っていることが自分と同じなことに衝撃を受けます。
しかし麻子は雪枝は離婚すべきと考えているのに、自分は邦一と離婚せずちゃんとした関係を築けると考えているのが異様に見えました。
なぜ自分達夫婦も離婚すべきと考えられないのか不思議でなりませんでした。

ちなみにこの作品では「ペッツ」という駄菓子が登場します。
育子が持っているもので、これはちょっと食べてみたいなと思いました。

どこまでも邦一を心配する麻子はやはり異様だと思いました。
「じゃあこの人の暴力はどうするの?また首を絞められるわよ。蹴られたり、椅子で殴られたりしたいの?」
「治子ちゃんは大げさなのよ」
これでは治子が邦一に激怒するだけではなく麻子のほうにもイラつくのも無理はないなと思います。
愛というより病気に見えました。

終盤での麻子の変化は予想外でした。
これにより、意外な形で物語は進んでいきます。

三姉妹それぞれの物語の中では麻子の物語が非常に緊迫していました。
ただその麻子も最後には犬山家の家訓である「思いわずらうことなく愉しく生きよ」を思い出したように見えました。
三姉妹それぞれ問題を抱えながらも前には進んでいて、たしかに日々生きていく中で色々問題が出てくる以上、思いわずらわずに愉しく生きたほうが良いだろうなと思います。


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