錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『唄しぐれ いろは若衆』(補足2)

2013-05-18 21:56:22 | おしどり若衆・いろは若衆・ふり袖月夜
 『唄しぐれ いろは若衆』の監督は小沢茂弘だった。『笛吹童子』でファースト助監督を務めていたので、錦之助も顔なじみだった。
 小沢は、東横映画創立期からの長い下積み時代を経て、『笛吹童子』がヒットし、31歳でやっと監督に昇格した。その監督デビュー作『追撃三十騎』(原作:山手樹一郎 出演:大友柳太朗、高千穂ひづる)は評判が良く、たちまち期待される東映の新進監督となった。続く第二作が『唄しぐれ いろは若衆』だった。小沢は、再び本編を任され、気合いが入った。
 映画監督にもいろいろなタイプがあるが、小沢は監督になるや威張るようになり、口も悪く、出演者の演技がまずいと怒鳴った。俳優の評判はあまり良くなかった。
 千原しのぶの話では、小沢監督がこの映画の撮影中にあまりにも怒鳴り散らすので、どこか別の場所で監督に会った時に、
「先生にワウワウ言われたら、わたし、わかんなくなる。やる気もなくなるの。黙って静かに見ていてくれたほうがやりやすいのよ」と不満を述べたという。それからは撮影中に小沢は千原に対し怒らなくなったそうだ。
 錦之助も小沢にはいろいろ言われたようだ。千原やほかの共演者ほどではないにしても、嫌味を言われて、腹に据えかねたこともあったのだろう。小沢が以後東映のプログラムピクチャーを立て続けに撮っていったにもかかわらず、錦之助は、小沢の監督作品に出演したのはこの一本だけで、二度と再び彼の作品には出演しなかった。詳しい事情は分からないが、錦之助サイドが小沢の監督作品を敬遠し続けたことが理由だったのかもしれない。後年、雪代敬子が東映に移籍して、小沢監督の『血汐笛』に出演した時、小沢にいじめられ気落ちしていたところを錦之助に慰められたそうだが、その時、錦之助は「ぼくもやられたんだよ」と言っていたということである。
 東千代之介は、小沢の監督作品に何本も出演していて、プライベートで酒もよく飲んだというから小沢と親しく付き合っていた。後年には鶴田浩二も小沢と組んで現代やくざ映画に多数出演し、東映のスターとしてカムバックするが、鶴田も小沢を信頼していたようだ。大正生まれで同世代の俳優とはウマが合ったのだろう。千恵蔵も右太衛門も、大友も橋蔵も、小沢作品には複数本出演しているから、錦之助だけが例外だった。
 監督の人柄にはあまり良い印象を持たなかった錦之助だったが、映画の出来は満足のいくもので、撮影時から錦之助はこの映画が気に入っていた。普通、ラッシュを見ると「あそこはああやれば良かった、もう一度撮り直してもらいたい」と後悔したり悲観したりしていた錦之助が、この映画のラッシュを見た時には、悲観しなかった。むしろ、悪くないなと思ったという。
 「ラッシュを見てから、自信といっちゃあれだけど、どうやらやれそうな気がした」と、のちに錦之助は千原しのぶとの対談で語っているが、この作品で錦之助は映画の演技をする上でこれだと感じる何かをつかんだようだ。それは、抑えた感情表現によって悲しみや怒りをたたえる演技、心の通った表情や身振りの表現の発見だったのではなかろうか。セリフの練習は、脚本を何回も繰り返し読んで、人の三倍くらいやったと錦之助は語っているが、映画で通用する、自然でしかもニュアンスに富んだ生きたセリフの習得法も分かってきたにちがいない。映画界入りして無我夢中に演じてきた錦之助が、自分の演技への反省と研究がいかに大切であるかを知り、さらに努力を続ける大きなきっかけになったのが、この映画であった。


「平凡スタアグラフ 中村錦之助集」(昭和29年11月発行)
「忙しくて忙しくて……」錦之助&千原しのぶ 青春対談

 『唄しぐれ いろは若衆』は8月1日から東映系の映画館で公開された。
 娯楽版の中篇は東映東京作品『懐しのメロディ あゝそれなのに』(原作サトーハチロー 監督津田不二夫 出演:明智三郎、星美智子)であった。この作品は、決して大勢の客を呼べるものではなかった。錦之助主演の作品一本での勝負だった。この頃はまだ、千恵蔵または右太衛門主演の本編と錦・千代の娯楽版を組み合わせたほうが圧倒的に観客動員数も多かった。東映営業部の社員も映画館の館主たちも、実は、錦之助主演の『唄しぐれ いろは若衆』には客の入りをそれほど期待していなかった。
 それが、予想以上に客が入ったので驚いた。とくに女性ファンが多く詰めかけた。従来、東映作品の上映館では、男性の数が断然多く、男性が観客の四分の三(75パーセント)を占めていた。女性観客の多い松竹の映画館とは逆であった。しかし、『笛吹童子』以降は、子どもの比率が増え、さらに錦・千代人気で、若い女性の比率が増えたが、それでも男性60パーセント、女性40パーセントだった。『唄しぐれ いろは若衆』で、錦之助は若い女性ファンを飛躍的に増やした。「キネマ旬報」によると浅草常盤座での封切初日の比率は、男50.8パーセント、女49.2パーセントだった。男女比率が半々になったのである。
 すでに書いたが、この人気が、錦之助の後援会「錦」の発会式(8月22日)に押し寄せた若い女性ファンの数や後援会に続々と入会する女性会員の数につながっていくわけである。発会式ではゲストを除き、男性がゼロだったというから、恐ろしいほどの女性人気だった。もちろん、錦之助ファンは男性も多く、とくに少年ファンは、錦之助にヒーローのような憧れを抱き、チャンバラの真似事をしたり、錦・千代の絵が入ったメンコ遊びをやっていたのであるが、二十代前半からティーンエージャーの女性たちのように錦之助の追っかけをしなかっただけである。「錦ちゃん、錦ちゃん」と言って大騒ぎをする女性ファンを横目で見て、錦之助をちゃん付けで呼ぶとはけしからんと思いながら、ヒーロー錦之助に夢を抱き、スクリーンでの更なる活躍を待ち望んでいた。



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