錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『宮本武蔵』(その五)

2007-03-30 19:24:34 | 宮本武蔵
 沢庵和尚がタケゾウを縛って村へ連れて行き、寺の境内で衆議にはかりタケゾウを千年杉の幹に吊り下げるまでのシーンは、まるで法廷ドラマのようだった。タケゾウが犯人で、沢庵和尚が裁判官、お通さんが犯人に同情的な弁護人か陪審員とでも言ったらよいか。この三者に加え、お杉ばあさんが死刑判決を望む検察官、青木丹左衛門が警察署長、村人達が傍聴人みたいにも思えた。
 タケゾウが千年杉に吊り下げることに決まったあとの画面展開が速かった。急にスピード感が増し、伊福部昭の音楽もそれをあおるかのように威勢が良くなった。彼の音楽は、『反逆児』も『ちいさこべ』もなんだかいつも似たような悲壮なメロディーで、悲劇的なストーリーには良いが、『宮本武蔵』のような作品にはマッチしなかったと思う。第二部「般若坂の決斗」からは音楽が小杉太一郎(男優小杉勇の息子で、伊福部昭の音楽上の弟子)に変わるが、彼の音楽の方が勇ましくて良かったと私は感じている。
 千年杉に吊り下げられてからの錦之助のタケゾウがすさまじかった。わめいたり、毒づいたり、弁明したり、錦之助、迫真の演技である。なにしろ錦之助は高所恐怖症なのに、太い綱でぐるぐる巻きにされた上にあんな高い所にぶら下げられたのだから、たまったものではない。高さ15メートルくらいあったであろうか。その上、大雨まで降ってきてびしょ濡れである。裏話によると、オープンセットに、寺の一部を建設し、あの杉の木はコンクリートの柱を立てて、樹皮や枝を接合して作ったとのことだ。雨はホースか何かで水をばら撒いたのであろう。それにしても、ひどい拷問である。「役者はつらいよ」だ。きっと錦之助は、沢庵和尚や村人ではなく、内田吐夢監督や映画のスタッフを罵っていたのであろう。後年錦之助は本当に恐かったと述懐している。
 タケゾウと沢庵和尚のやり取りが、実に面白かった。錦之助と三国連太郎という世紀の二大役者の見せ場である。この二人は、映画では『宮本武蔵』のほかに『風と女と旅鴉』と『真剣勝負』で共演しているが、両者とも役に成りきってしまう徹底ぶりなので、最高のコラボレーションを繰り広げる。杉の幹にぶら下げられたタケゾウは、高い所から沢庵和尚を見下ろしているのだが、縛られているので手も足も出ない。いや、足だけは出してバタつかせながら、罵倒したり、言い訳を言ったりするのだが、沢庵和尚はタケゾウの方を見上げながら、あざ笑う。軽くいなしたり、諭したり、反駁したり、憎憎しいほどなのだ。「オレは天に恥じることはない!」というタケゾウの言葉に、沢庵和尚が痛罵を浴びせる。「おまえのしたことは、すべてが誤りだらけではないか。おまえの性根が問題だ!」
 タケゾウは沢庵和尚に口では勝てない。傍で聞いていたお通さんが、「ひどすぎます。無慈悲です」と泣きながらタケゾウを憐れむのも当然である。お通さんは優しい人だ。雨が降っているのに、杉の木に抱きついて、タケゾウのことを思いやる。そしてとうとう寝込んでしまう。「タケゾウさん」とうわごとまで言うようになる。お通さんはもうタケゾウが好きになっている……。(つづく)




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2 コメント

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第一部観ました (どうしん)
2007-04-29 23:31:43
武蔵は囚われている姉を助けに山牢へ行く場面は、禿山を遠くから撮って武蔵が点のように見え隠れしながらだんだんと下ってくるあの景色は、私の目は武蔵を探すように見ていたが、このDVDを見終えてから、「吐夢がゆく」だったかを読み返した中に、この箇所のことが書いてあった。そしてなるほどと納得したのです。あの場面には音楽は入らなかったですね。最初は、ホルンの曲が流れたそうですが、そうすると音楽と景色に気がとられて、武蔵が何処にいるのかも判らなくなって駄目だと助監督が言われたのを、監督はその意見を採用されたのだそうです。本当に納得ですね!点のように見える武蔵にあんなに駆け下りて大丈夫かななんて思いで見ていた私と同じように、息つめて点を追っていた観客が何人もいたわけですね。
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「吐夢がゆく」 (背寒)
2007-05-01 00:10:01
私もこの本は熟読しています。これと鈴木尚之の「内田吐夢伝」はこの映画を鑑賞する際の必読書でしょうね。山牢に姉を捜しに行くシーンは時間的には短い部分ですが、「蓬莱峡」という所でロケして撮ったとのことでした。あんな壮大な岩山があったんですね。「宮本武蔵第一部」の助監督はチーフが山下耕作でしたが、「吐夢がゆく」の中で、彼があのシーンは音楽を入れない方が良いと提言して、吐夢がそれを採用したことが書いてありました。セカンド助監督の富田義治が書いている苦労話も面白かった。「宮本武蔵」は、シーンの一つ一つをスタッフ全員が精魂込めて作っているのが、ありありと分かります。何から何まで本当にスゴイ映画ですよね。
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