ブログ 「ごまめの歯軋り」

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文芸散歩 泉鏡花著 「歌行灯」、「高野聖」、「眉かくしの霊」、「夜叉ケ池」、「天守物語」 岩波文庫

2018年05月28日 | 書評
浪漫詩人泉鏡花の世界に遊ぶ: 傑作小説二篇 と 傑作戯曲二篇  第5回

4) 『夜叉ヶ池』(1913年、演芸倶楽部)戯曲

  夜叉ヶ池の龍神伝説を題材としている。ゲアハルト・ハウプトマンの『沈鐘』が元ネタといわれている。激しい日照りが続いていた大正二年のある夏の日、岐阜県と福井県の県境にある三国岳の麓の琴弾谷のある村に一人の男がやって来た。諸国を旅する山沢学円という学者兼・僧侶である。偶然出会った百合という美しい女性に山沢は語った。一昨年のこと、萩原晃という自分の友人の学者が各地に伝わる不思議な物語の収集に出たまま行方知れずになり、その足跡を辿って諸国を旅しているのだと。そこへ百合の夫という男が現れる。その男こそ萩原であった。久々の再会を喜ぶ山沢に、萩原は自分がこの地に住み着いたいきさつを語る。一昨年、この地を訪れた萩原は、村で鐘守を務める老人と出会った。彼によると、昔、よく暴れ回り大水を起こしていた龍神を行力によって、三国岳の山中にある夜叉ヶ池に封じ込め大水を終息させた時、人間との誓いを龍神に思い出させるために、村では昼夜に三度鐘を鳴らさなければならない決まりになっているという。この決まりを現在も一人厳格に守っていたその老人が死んだため、その意志を継ぐべく百合と結婚して村に留まり、鐘を撞いていたのだった。夜叉ヶ池の龍神・白雪は、剣ヶ峰の恋人のところに行きたくて仕方がないのだが、彼女が動くと大洪水となってしまうためなかなか行く事が出来ず、眷属たちが止めるのと萩原と百合が鐘を撞くのを疎ましく思っていた。その頃、村では代議士・穴隈鉱蔵や神官・鹿見宅膳が年頃の若い娘を雨乞いのため夜叉ヶ池の龍神への生贄にしようという、恐ろしい提案を行なっていた。そして生贄に選ばれたのは、なんと百合だった。夜叉ヶ池を見に行った萩原と山沢の留守中に、村人たちが百合を強引に連れ出してしまう。騒ぎに気付いて駆け付けた萩原と村人たちとの押し問答のさなか、百合は悲嘆のあまり自害してしまう。これに怒った萩原は撞木の縄を切り鐘を撞けないようにして、百合の後を追った。かくして、鐘を撞く誓いがついに破られ、白雪は剣ヶ峰の恋人のもとへ飛び立たんと、天翔けていった。その時、夜叉ヶ池の水があふれ出し、大洪水となって村を押し流してしまったのであった。
大正期の鏡花戯曲の双璧をなすのは「夜叉ヶ池」と「天守物語」です。おしなべて妖怪の出て来る鏡花の戯曲には、そのモティーフと構成において似ているところが多い。第1に妖怪は必ず水に縁がある。その水は人間に対して洪水のような害もあるが、選ばれた人間に対して、彼らが人間性を捨て妖怪とともに新たな生を生きる契機となる。天守物語においてはこの舞台に水は表れてこないが、天守夫人富姫が元舌を噛んで自害した受難した人妻で、その恨みによって何年も洪水が続いたという。俗世間と選ばれた人間の対立を契機として展開し、最後には人間が妖怪の庇護によって救われるか、あるいは霊界に蘇生するというパターンが多いので、水は人間社会と妖怪世界を画するための必須のエレメントであった。戯曲「夜叉ヶ池」は、鏡花が共約したハウプトマンの「沈鐘」の影響がみられる。夜叉ヶ池の主は龍神の白雪姫であり、鯉、蟹、鯰といった魑魅魍魎の眷属を従えている。白雪姫も妖怪である。鐘を一日に3回つけば人の社会を守るといった人間との約束を固く守る律儀な妖怪である。その約束が何百年も続いているのである。人間の娘である百合の子守歌を聴いて心打たれるという優しさを持つ女の妖怪である。しかしこの約束は隙あらば村中を洪水の中に沈めてやるという破壊的な意思を持つ妖怪との一触即発の危機をはらんでいた。妖怪の破壊から村を守っているのは人間の中の美しい人間の心情であった。白雪姫と百合は相似形的な存在関係で、龍神になる前の白雪姫が人間であった頃百合と同じように旱の人身御供にされ夜叉ヶ池に身を沈められた経歴があった。人間社会と妖怪世界との間の緊張した対立関係には、人間と妖怪のどちらが倫理的かというパラドックスを抱えているのである。

(つづく)