ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

文芸散歩 柳田国男 「毎日の言葉」角川ソフィア文庫

2018年05月02日 | 書評
方言の比較から日常の語り言葉の語源を説く、柳田民俗学の知の所産 第9回

3) あいさつの言葉

本章は昭和19年3-5月の「民間伝承」に掲載された記事です。挨拶という文字は禅僧が中国から輸入した漢語です。挨は押す、拶は押し返すという字で、単に受け答えという意味です。では日本語に「挨拶」に相当する古語がなかったのかと考えると、人が顔を合わせて全く物を言わぬことはあり得ないので、在ったものが消えようとしていると考えるべきです。声をかけるという意味で「モノイイ」(物言い)といいますが、阿波祖谷山には「モノイ」があいさつに相当します。長門の相島では新婿さんのお礼まわりを「モノイイ」といいます。古風な人は玄関先で物申す宣言をします。「モノモウ」といって相手は「ドウレ」と言い交わします。熊野の須賀利では「モロモロ」といい、新潟頚城郡では「モノモノ」といいます。尾張日間賀島では正月の子どもの門口まわりでは「モノモス」という。日本では挨拶の言葉は社会生活の第一歩ですが、次のようなものでなければならない。
①同じ共同生活の仲間であること、
②相手の勤勉をたたえ、ねぎらう、
③相手の幸福を願う、
④天候模様の良しあしを含みます。
挨拶の言葉は時間によって変わります。
*早朝では、「オハヨウ」が定番です。これは相手の勤勉を感嘆する言葉です。加賀金沢では「オヒナリアソバイタカ」、「オヒンナリ」(目を覚ましたかの上品な言葉)、九州の下五島では「オモンナンシタ」(もうおきられたか)、荘内では「タダイマ」、仙台では「タデェマ」という。挨拶の「今日は」は空疎なのでさまざまな朝の挨拶があります。沖縄では「チウヤウガナビラ」(今日は拝み侍るよ)、種子島では「ケフハメッカリモウサン」、佐渡島では「オツカンナサイマショ」、播磨では「ゴショウダシ」、佐渡では「ゴセイヲオダシナサイマシ」、近江では「オセンドサン」、大和五条では「キビシゴザイマス」、上野多野では「オカマケナンショ」、肥後宇土郡では「オッケナハリマッシユ」、大分では「オヤンサンスロ」などは皆勤勉を礼讃する言葉です。
*昼頃になっての挨拶には、丹後加佐郡では「ノマンシタカ」(お茶したか)、越中砺波では「オチャオアガリ」、関西では「ヨウオアガリ」(仕事を切り上げる事)、関東の下総香取では「オアガリナサイ」、茨城稲敷では「オワガリナサイ」、陸中閉伊では「アガリアンスタカ」というのは、外に出て働く人を休ませ、骨折をねぎらう言葉です。
*晩方になると、もう「オアガリ」とはいわず「オシマイナ」というのが全国的に普通の辞令になります。備後福山では「オシマイナ」、大阪では「オシマヤス」、静岡では「オシマイデゴゼェンスカ」、千葉県香取では「オシマイナサイ」、伊豆韮山では「オシマイナサイマシ」、富山では「オバンデゴザリマス」、静岡では「オバンニナリヤンシタ」、仙台では「オバンニナリシテゴザリマス」、山形県南部では「オバンニナッタナシ」という。心やすい中では食事がすんだか、主人は入鹿を尋ねるのが普通です。肥後球磨郡では「オンナハンモウスカ」、日向椎葉では「オルカヲ」、筑前博多では「ウチナ」、周防岩国では「アンタンデゴザイマスカ」、福井県では「オイデナハイ」、加賀金沢では「コンノシトイライシャルケ」、越中富山では「オイデナハンスケ」、能登では「イラシンスケ」、福島県磐城では「イタゲアリ」、岩手県では「オデヤンシタカ」という。
*東北地方ではもっと略式の挨拶が多い。秋田では「ハアイ」、山形村山地方では「ハイットウ」、陸前気仙沼では「ハイット」、下総東葛飾では「ネ」、近江伊香では「バ」、紀州日高では「ヨイト」、伊予北宇和では「ハイー」という。
*子供の挨拶はみな「ゴメン」、「ゴメンナ」といっていました。長門下関では「オイロン」、壱岐では「ゴヨウシャオシツケラレマッセー」、淡路由良では「ゴシャメンナサイマセ」、近江では「オユルシナ」、加賀では「ゴリサイ」、信州南部では「オヨセテクダサイ」、陸中下閉伊では「ゴメンネァセアンセ」という。
*別れの挨拶はとても重要視されていました。一時的な別れであって、長い別れでないことを確かめるものでした。子供が「イマニイ」、「マタアシタ」というのはその形を踏襲しているからです。日向生目村では「マタクルガノ」、豊前宇佐では「マタナ」、安芸倉橋島では「マタキマショ」、岩見那奈賀では「ヘエマタキマショ」、静岡では「マタヨ」、福島県耶麻郡では「マタガリヤス」、宮城県南部では「オミョウニチ」、山形県米沢では「オアスウ」といいます。送る方では、「イカサイセ」、「イランシテ」、「アエシャレ」という行けという命令形を用います。気を付けて、安全に行けという意味で佐渡では「ヨウユカンシ」、陸中遠野では「カセェデケヤ」、木曽では「タメライ」といいます。帰る客は夜になれば「オヤスミナサイ」とおいうのが標準です。薩摩狐島では「ダーツヤイモセ」、肥前上五島では「ダツヨ」、「ダッチョ、ダッチョナ」、壱岐では「オイザト」、対馬では「ザットヤー」といいます。これは「イザトウ」すなわち何かあればすぐ目を覚ませという意味であった。こうして双方から祝福の言葉を掛け合って、「ソレジャ」、「サヨウナラ・サラバ」と言って別れます。

(つづく)
コメント