ブログ 「ごまめの歯軋り」

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文芸散歩 柳田国男 「海上の道」 角川ソフィア文庫

2018年05月10日 | 書評
日本民族と稲作文化を南西諸島との共通点から考察する 第3回

2) 海神宮考 (その1)

第1章の末尾に書いたが、第2章以降は「海の道」と関係がありそうな事項の各論である。したがって本土に微かに残った事蹟の痕跡が、西南諸島の消えそうな習俗に関係するかもしれないという仮説である。心もとないが、理論の実証というような科学の話ではないので、「かも知れない」程度のあやふやな推測をつなげてゆこうとする涙ぐましい柳田氏の感性である。とても日本人起源論にはつながらないが、あるところでは納得ができるような話の構成である。あくまで文学というスタンスで聴けば別に角を立てることもない。民間説話には島嶼型といって、島と島には共通した特殊な型がある。沖縄を中心とした南西の群島と、日本列島の島々には民間説話の類似と差異に注意しなければならない。特に僅かばかりの差異が、社会相の理解に非常に重要なものになることがある。日本では浦島太郎伝説があり、昔話としては「竜宮入り」という倶通性がある。人が往来したという海底の仙境は「竜宮」と呼ばれる。竜宮というにしては竜はいない、乙姫様という美しい女がいる。ではどうして竜宮という名を与えたか、それは読経師の口を通じてもたらされた。ではそれ以前にはどう呼んでいたのだろうか。「トコヨノクニ」または「蓬莱山」、「海竜宮」という漢字が「丹波の国風土記」に見えるのが最古の文献である。鹿児島トカラ群島の宝島の南の島々では、いわゆる竜宮のことを一般に「ニルヤ」と呼び、喜界島では「ネインヤ」(根屋)、沖永良部島では「ニラ」の島、奄美大島では「ネリヤ」という。徳之島や沖縄本島ではこのような言葉は採録されていない。ただ袋中上人の「琉球神統記」(神の歌)には32年ぶりに竜宮から帰った女房の話や、7年後に帰ってきた棚橋船頭の妻福婆の話がある。人は儀来婆と呼ぶが、「おもろ草紙」のニライカナイが訛ったもので、そっれは日本人にとって竜宮であることは明らかであった。久米島では「ジルヤカナヤ」、伊平野島には「ナルクミテルクミ」があり同系統の言葉であろうか。「おもろ草紙」にはニライカナイとニルヤカナヤの二つの言葉が混在していて、北にはニルヤ、南ではニラヤが普及していた。不思議な国ニルヤの起源を海の向こうと考えたのだろうか。また猿を欺いて海底に誘い込んで生き胆をとる亀の使者、クラゲの使者と言った笑い話化も新作の受けを狙った証拠である。沖縄には本来猿はいなかった。動物を助けてそのお礼に好いところに案内され財宝を貰って帰るという「動物報恩型」に昔話は世界的に多い。極東の海の彼方の好いところの「ニルヤ」話が結び付いたのが「浦島太郎」伝説であった。日本書紀の海神宮の物語もある。よその島ではあまり例を見ないものに、日本の南方諸島において広く分布している「花売龍神」と呼ばれる型の話がある。この話とニルヤの起源が結び付いているのではないかと柳田氏は考えた。正月の門松や普通の薪の場合もあるが、木や枝を町に売りに行く(大原女の様な行商)貧乏な男があった。ところがある日はたくさん売れ残り、これを竜神様にさしあげますといって海に投げ込んだところ、海から使者が出て来てお礼がしたいので連れて行かれたところが海の底の竜宮(ニルヤ)であったという。大変な歓待を受け土産にもらった財宝でその男は長者になったという話しである。いろいろなヴァリエーションを持った話が分布している。柴を海に投げ込んで(持って帰るのが面倒で)法外な報酬を得るというのはちと話がうますぎる。九州の島にある「二人椋助」、「上の爺下の爺」は富兄貧弟のパターンで、弟が売れ残った薪を海に投げ捨てたら、たちまち竜宮に迎えられたいそうな宝物を得る。それを羨む兄が同じことをするが失敗するという話しである。古事記神代紀の「海彦・山彦」の話も同じ系統の話である。喜界島の昔話に二人の漁師の話で、失った釣り針を求めて海底の竜宮へ行き、ネイヤの神よりご馳走を賜るという話しがある。人が海底の異郷に入ってゆくいきさつはいろいろあるが、かならず非凡な幸福を得るというハッピーエンドに終わることがこの話の本質である。授かる宝物・動物・幸いをもたらすハナタレ小僧の話は九州一帯に多い。みんな福の神を授かるのである。それを妬んだいじわるな爺さん婆さん、金持ちはすべて失敗する。神様は人の性格までお見通しだったのだ。日本本土では生まれた子の運を決めに行く神たちの話が多い。一人の神が、もう一人の神を誘って運定めに行こうとするのだが、片方の神に障りがあってゆけないのでその結果だけを帰りしなに片方の神に報告するという筋書きであるが、この場合の神は大概道祖神か箒の神か地蔵か観音さんである。この話の原産地はどうも沖縄の島々にあったらしい。宮古島では「寄木親」と呼んだ。沖永良部島では「ニラの神」だと言い、喜界島の昔話では竜宮の神様と語られる。薩摩の甑島では山の神とホダの神(伐採された木)である。

(つづく)
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