ブログ 「ごまめの歯軋り」

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文芸散歩 柳田国男著 「毎日の言葉」 角川ソフィア文庫

2018年05月04日 | 書評
方言の比較から日常の語り言葉の語源を説く、柳田民俗学の知の所産 第11回

5) 女の名

この章は昭和19年6月「民間伝承」に掲載された文章です。太閤秀吉は北政所に宛てた手紙の中で「ゴサン」と呼んでいる。「ゴサン」は東京では「オクサン」に相当する濃尾地方の方言です。「ゴサン」は実質上「ゴッサン」、「ゴッサマ」と発音されたそうです。300年前のこの時期に敬称「サン」が使われています。「サン」は「様」のことです。東京では大家の主婦は「オカミサン」、「奥さん」は武家、医者、寺に限られていました。「オカミサン」が長屋まで普及するにつれ、その語感は低下してゆきました。主婦を「ゴッサン」、「ゴッサマ」という言い方は美濃、尾張、紀州にあり、島根石見、下関、徳山、岩国では中流以上の妻女を「オゴウサン」と呼ぶ。濃尾の「ゴッサン」と防長の「オゴウサン」はまず同じ言葉であろう。山口市ではお嬢さんを「ゴウサマ」、馬関や徳山では娘を「ゴウサン」と呼ぶ。女性を尊敬して「ゴ」と呼び、「御」の字を当てている。九州では婦人を「ゴウサン」と呼ぶことはなく、若い未婚の女子だけを「ゴサン」と呼ぶ。九州各地の「オゴ」はすべて娘のことである。東北仙台では武家の娘を「オゴサマ」、山形では奥様を「ゴンゴ」という。京都では「オゴ」は娘の軽い敬称であった。「ゴ」という尊称がなかったら、「ゴゼン」、「ゴゼ」という言葉は出なかった。上方では良家の若い婦人を「ゴリョウニン」(御寮人)という。「ゴリョウニン」は各地で言い方を少し変えて既婚者の敬称となっている。豊後日田では「ゴリエン」、博多では「ゴリョンサン」、備後福山では「オゴレンハン」、飛騨では「ゴレン」、米沢では「オゴリッサマ」と呼ぶ。各地で娘のことを同じ語で呼ぶ習わしもある。

(つづく)