あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

『 やられたら直ぐ 血みどろな姿で陛下の許へ參る 』

2021年10月06日 10時01分08秒 | 天皇陛下萬歳 (處刑)

やられてますよ
私はやられたら直ぐ
血みどろな姿で陛下の許へ參りますよ

僕も一緒に行く

死の銃聲をきく
この場合、
獄舎にありて同士十五名の處刑を體感した、
首謀者、村中孝次、磯部淺一
らの感慨はどんなものであっただろう。

七月十九日
今日は香田兄等十五士の初七日なり。
七月十二日を想起するに涙新なるものあり。
余と磯部氏とは前夕
同志と一緒なりし獄舎より最南端にある一新獄舎に移さる。
十二日朝、
十五士の獄舎より國家を齊唱するを聽く。
次いで萬歳を聯呼するを耳にす。
午前七時より ニ、三時間
輕機關銃、小銃の空砲に交りて拳銃の實包音を聞く。
即ち死刑の執行なること手にとる如く感ぜらる。
磯部氏遠くより余を呼んで、『 やられてますよ 』 と呼ぶ。
余 東北方に面して座し 黙然合掌、
噫、感無量、
鉄腸も寸斷せらるるの思おもいあり。
各獄舎より、
『 萬歳 』 『 萬歳 』 と呼ぶ聲しきりに聽こゆ。
入所中の多くの同志が刑場に臨まんとする同志を送る悲痛なる萬歳なり。
磯部氏また呼ぶ。
『 私はやられたら直ぐ 血みどろな姿で陛下の許へ參りますよ 』
と、余も
『 僕も一緒に行く 』
と叫ぶ。
嗚呼、今や一人の忠諫死諫の士なし、
余は死して維新の招來成就に精進邁進せん 」
  村中孝次  
これは村中の 『 続丹心録 』 にかきのこしている痛恨の文章である。
・・・リンク→ あを雲の涯 (三) 村中孝次

  磯部浅一 
磯部もまたその 『 獄中日記 』 八月十二日の頁に、
・・・リンク→ 獄中日記 (三) 八月十二日 「 先月十二日は日本の悲劇であつた 」 
今日は十五同志
の命日、
先月十二日は日本歴史の悲劇であった。
同志は起床するや一同 君ケ代 を唄え、
又 澁川の讀經に和し 瞑目の祈りを捧げた様子で、
余と村中とは離れたる監房からわずかにその聲をきくのであった。
朝食を了りてしばらくすると、
萬歳々々の聲がしきりに起こる。
悲痛なる最後の聲だ。
うらみの聲だ、血と共にしぼり出す聲だ。
笑い聲もきこえる。
その聲たるや誠にいん惨である。
惡鬼がゲラゲラと笑う聲にも比較出來ぬ聲だ、
澄み切った非常なる怒りとうらみと憤激とから來る涙のはての笑聲だ。
カラカラした、ちっともウルホヒのない澄みきった笑聲だ。
うれしくてたまらぬ時の涙より、もっともっとひどい形容の出來ぬ悲しみの笑いだ。----
午前八時半頃から
パンパンパンパンと急速な銃声をきく。
その度に胸を打たれる様な苦痛をおぼえた。
余りに氣が立ってジットしておられぬので、
詩を吟じてみようと思ってやってみたが、
聲がうまく出ないのでやめて部屋をグルグルまわって何かしらブツブツ言ってみた。
御經をとなえる程の心のヨユウも怒らぬのであった。
午前中に大體終了した様子だ---- 」 
共に、同志の處刑を眼のあたりにして 狂わんばかりの心中の描冩である。
君ケ代 を歌い
天皇陛下の萬歳を叫んで死地に赴かしめたものへの痛憤であり、
それはまた天皇への忠諫死諫の人もなく、みすみす同志を殺したものへの悲憤であった。
磯部は
やられたら直ぐ血みどろな姿で陛下の許に參る
といい、
村中も
ともに行く
と 叫んだ。
この血みどろの姿で陛下の御前に立とうとする、
彼らの心のうちは これをどのように理解すべきであろうか。
同志の心は一つなのか、
この日處刑された十五人もまた、
死んで陛下の御前に集まることを話し合って處刑された。
この朝 香田兄の發唱にて
君ケ代 を齊唱し 且 天皇陛下萬歳、大日本皇國萬歳、
を 三唱したる後、
香田兄が
撃たれたら直ぐ 陛下の御側に集まろう。
爾後の行動はそれから決めよう 。
というや、
一同意氣愈々昂然として不死の覺悟を定め、
從容しょうよう迫らず 些かも亂れたることなく、
歩武堂々刑場に臨み刑に就きたりと

・・( 村中 『 続丹心録 』 )

いま、撃たれるものも、のちに撃たれようとするものも、
ともに血みどろの姿を天皇の御前に現わすことを誓って、
期せずして符節を合する言葉を吐いている。
まさに死んでも同志であった彼らであるが、
この一語こそ
死を前にした
蹶起靑年將校たちの切々たる心情であった。

天皇の御前にまかり出た彼らは
そこで何を訴え何をお願いしようとしたものであろうか。
香田は、
「 父ハ死シテモ國家ニ賊臣アル間ハ成佛セズ、
 君國ノタメ霊魂トシテ活動シテ之ヲ取リ除クベシ 」

と 遺書しているところを見ると
彼は陛下の御前に伺いて、
今一度の斬奸をお願いするというのであろうか。
また村中は、
これら多くの同志に臨むに極刑をもってせんとしつつあり。
暗黑政治、暗黑裁判も言語に絶するものあり。
不肖斷じてこれを黙過する能わず、
即ち 刑死後直ちに至尊に咫尺しせきし奉りて
聖徳を汚すなからんことを嘆願し奉らんとするものなり。
香田氏以下十五士の英霊よ、
暫く大内山の辺りに在りて、我等両者の到るを待て
・・( 村中 『 続丹心録 』 ) 

と 書きのこしているが、
彼は、同志の極刑の不当を直訴しようとするものか。
何れにしても、その悲憤のかたまり、
その捌け口を天皇に求めようとの意気ごみがうかがわれる。

大谷敬二郎著 ニ・ニ六事件 から