北一輝
前頁 北一輝 (警聴取2) 『 仕舞った 』 の 続き
聴取書 ( 第三回 )
住居 東京市中野区桃園町四十番地
無職 北一輝 事 北輝次郎
当五十四歳
右者昭和十一年三月十九日本職ニ對シ任意左ノ陳述ヲ為シタリ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二 ・二六事件
一、今回ノ事件前後ノ事デ記憶ヲ呼ビ起コシマシタ事ハ、二月二十六日カ七日ト思ヒマスガ、
西田カラ聞キマシタノハ、行動隊ノ合言葉ハ 『 尊皇討奸 』 デアルト云フ事、
三銭切手ヲ貼ツテ味方ノ印トシテ居ルト云フ事デス。
三銭切手ノ譯ハ高杉晋作ノ詩ニ 「 眞乎浮世価三銭 」 トアルカラダサウデシタ。
一、社會ニ對スル認識及國内改造ニ關スル方針
一言ニシテ申シマスレバ、現在ノ日本ハ其ノ内容ハ經濟的封建制度トモ申スベキモノデアリマス。
三井、三菱、住友等ヲ往年ノ御三家ニ例ヘルナラバ、
日本ハ其ノ經濟活動ニ於テ、黄金大名等ノ三百諸侯ニ依ツテ支配サレテ居ルトモ見ラレマス。
随ツテ政府ノ局ニ當ル者ガ、政党ニセヨ、官僚ニセヨ、又ハ軍閥ニセヨ、
夫等ノ表面トハ別ニ、内容ハ經濟的大名等、即チ財閥ノ支持ニ依テ存立スルノデアリマスカラ、
總テ悉ク金權政治ニナッテ居ルノデアリマス。
金權政治ハ、如何ナル國ノ歴史モ示ス通リニ政界ノ上層部ハ勿論、
細末ノ部分ニ亘リテモ、悉ク腐敗堕落ヲ曝露スル事ハ改メテ申ス迄モアリマセン。
最近暗殺其他、部隊的ノ不穏ナ行動ガ發生シマシタガ、
其時ハ即チ金權政治依ル支配階級ガ、其ノ腐敗堕落ノ一端ヲ曝露シ始メテ、
幾多ノ大官、巨頭等ニ關スル犯罪事件ガ續出シテ、
殆ンド兩者併行シテ表ハレテ居ル事ヲ御覧下サレバ御判リニナリマス。
一方日本ノ對外的立場ヲ見マス時
又 欧州ニ於ケル世界大二大戰ノ氣運ガ醸成サレテ居ルノヲ見マス時、
日本ハ遠カラザル内ニ對外戰爭ヲ免カレザルモノト覺悟シナケレバナリマセン。
此時戰爭中又ハ戰爭末期ニ於テ、
前例、ロシヤ帝國、獨逸帝國ノ如ク國内ノ内部崩壊ヲ來ス様ナコトガアリマシテハ、
三千年ノ光榮アル獨立モ一空ニ歸スル事トナリマス。
此点ハ四、五年来漸ク世ノ先覺者ノ方々ガ認識シテ深ク憂慮シテ居ル処デアリマス。
其処デ私ハ、最近深ク考ヘマスルニハ、
日本ノ對外戰爭ヲ決行スル以前ニ於テ
先ズ合理的ニ國内ノ改造ヲ仕遂ゲテ置キ度イト云フ事デアリマス。
國内ノ改造方針トシテハ、金權政治ヲ一掃スル事、
即チ御三家初メ三百諸侯ノ所有シテ居ル冨ヲ國家ニ所有ヲ移シテ、國家ノ經營トナシ、
其ノ利益ヲ國家ニ歸属セシムル事ヲ第一ト致シマス。
右ハ極メテ簡單ナ事デ、之等諸侯財閥ノ富ハ地上何人モ見得ル処ニ存在シテ居リマスノデ、
單ニ夫レ等ノ所有ヲ國家ノ所有ニ名義変更ヲナスダケデ濟ミマス。
又 其從業員即チ重役カラ勞働者ニ至ル迄、
直チニ國家ノ役人トシテ任命スル事ニ依リテ極メテ簡單ニ片付キマス。
私ハ人性自然ノ自由ヲ要求スル根本點ニ立脚シテ、
私有財産制度ノ欠ク可カラザル必要ヲ主張トテ居リマス。
即チ 共産主義トハ全然思想ノ根本ヲ異ニシテ、
私有財産ニ限度ヲ設ケ、
限度内ノ私有財産ハ國家ノ保護助長スル処ノモノトシテ法律ノ保護ヲ受クベキモノト考ヘテ居リマス。
私ハ約二十年前、資産限度ハ壱百萬圓位デ良カラウト考ヘマシタガ、
之ハ日本ノ國冨如何ニ依ル事デアリマシテ、
二百萬圓ヲ可トシ、三百萬圓ヲ可トスルト云フ様ナ實際上ノ議論ハ共ニ成立ツ事ト存ジマス。
只根本原理トシテ皇室ニ雁行スルガ如キ冨ヲ有シ、
其冨ヲ以テ國家ノ政治ヲ壇ニ支配スルガ如キハ、
國家生存ノ目的カラシテモ許ス可カラザルモノデアリ、
同時ニ共産國ノ如ク國民ニ一錢ノ私有ヲモ許サヌト云フ如キハ、
國民ノ自由ガ國家ニ依ツテ保護サルベキモノナリト云フ、自由ノ根本原理ヲ無視シタモノトシテ、
私ノ主張トハ根本ヨリ相違スルモノデアリマス。
故ニ私ノ抱懐スル改造意見トシテハ日本現在ニ存スル、
一、二百萬圓以上ノ私有財産ヲ （ 随ツテ其ノ生産機關ヲ ） 國家ノ所有ニ移ス事ダケデアリマシテ、
中産者以下ニハ一點ノ動揺モ与ヘナイノヲ眼目トシテ居リマス。
若シ此點ダケガ實現出來タトスレバ、
現在ノ日本ノ要スル歳出ニ對シテハ 直チニ是等ノ収益ダケヲ以テ充分以上ニ足リテ余リアルト信ジマス。
即チ 今ノ租税ノ如キハ其ノ徴収ノ必要ヲ認メナクナリマス。
此事ハ根本精神ニ於イテ國民ノ自由ト平等ガ （ 即チ當然國民ノ生活ノ安定ガ ）
國家ノ力ニ依ツテ保護助長セラルベキモノナリト云フ事ヲ表ハシテ居ルノデアリマス。
從ツテ維新革命ノ時ニ已ムヲ得ザル方便トシテ存在セシメテ居ル今ノ華族制度ハ
封建時代ノ屍骸トシテ全廢スル事ノ如キハ言フ迄モアリマセン。
日本ノ國體ハ一天子ヲ中心トシテ萬民一律ニ平等差別デアルベキモノデス。
夫レデハ如何シテ此ノ改造ヲ實現スベキカノ手段ヲ申アゲマス。
此ノ改造意見ハ日本ニ於イテノミ行ハレ得ルモノデアリマス。
即チ
聖天子ガ改造ヲ御斷行遊バスベキ大御心ノ御決定ヲ致シマスレバ
即時出來ル事デアリマス。
之ニ反シテ
大御心ガ改造ヲ必要ナシト御認メニナレバ、
百年ノ年月ヲ持ツタモ理想ヲ實現スルコトガ出來マセン。
此點ハ革命ヲ以テ社會革命ヲナシテ來タ諸外國トハ全然相違スルノデ、
此點ハ私ノ最モ重大視シテ居ル処デアリマス。
私ハ皇室財産ノ事ヲ考ヘマシタ。
皇室財産ノ歴史ハ歸スル処 徳川氏時代ノ思想的遺物ニ加ヘテ
欧州王室等ノ中世的遺物ヲ直譯輸入シタモノデアリマス。
日本皇室ハ言フ迄モナク
國民ノ大神デアリ、國民ハ大神ノ氏子デアリマス。
大神ノ神徳ニ依リテ國民ガ其ノ生活ヲ享樂出來ルモノデアル以上、
當然皇室ノ御經費ハ國民ノ租税ノ奉納ヲ以テスベキモノデアリマシテ、
皇室ガ別ニ私有財産ヲ持タレテ別途ニ収入ヲ計ラルゝ事ハ
國體ノ原理上甚ダ矛盾スル処ト信ジテ居リマス。
一方、共産党ノ或者ノ如きハ皇室ニ不敬ヲ考ヘル時、
日本ノ皇室ハ日本最大ノ 「 ブルジョア 」 ナリト云フ如キ誤レル認識ヲ持ツ者ヲ見ルニ就キマシテモ、
皇室財産ト云フ國體ノ原理ニ矛盾スルモノハ是正スル必要アリト思ヒマス。
私ハ 皇室費トシテ數千萬又ハ一億圓ヲ
毎年國民ノ租税ヨリ、又ハ國庫ノ収入ヨリ奉納シテ 御費用ニ充テ、
皇室財産ハ國家ニ下附スベキモノト考ヘテ居リマス。
此ノ皇室財産ノ國家下附ト云フ事ガ私ノ改造意見實行ノ基點ヲ爲スモノデアリマス。
聖天子ガ其御財産ヲ國家ニ下附スル模範ヲ示シテ、
國民悉ク陛下ノ大御心ニ從フベシト仰セラルゝ時、
如何ナル財閥モ一疑ナク 大御心ニ從フベキハ、火ヲ賭ルヨリ瞭カナリト信ジマス。
即チ 諸外國ニ於ケル如キ流血ノ革命惨事ナクシテ、
極メテ平和ニ滑ラカニ改造ノ根本ヲ建設スルコトガ出來ルト信ジマス。
私ハ十八年前 （ 大正八年 ） 「 日本改造法案 」 ヲ 執筆シマシタ。
其時ハ五ケ年間ノ世界大戰ガ平和ニナリマシテ日本ノ上下モ戰爭景気デ、
唯 ロシア風ノ革命論等ヲ騒ギ廻リ 又 ウィルソンガ世界ノ人気男デアッタガ爲ニ、
其ノ所謂以テ非ナル自由主義等ヲ傳唱シ、
殆ンド帝國ノ存在ヲ忘レテ居ル様ナ狀態デアリマシタ。
從ツテ何人モ稱ヘザル世界第二大戰ノ來ル事ヲ私ガ其ノ書物ノ中ニ力説シテモ、
亦私ガ日本ガ大戰ニ直面シタル時
獨逸帝國及ビロシヤ帝國ノ如ク 國内ノ内部崩壊ヲ來ス憂ナキヤ如何等ヲ力説シテモ、
多ク世ノ注意ヲ引キマセンデシタ。
然ルニ、四、五年前カラ漸ク世界ハ 第二次大戰ヲ捲キ起コスノデハナイカト云フ形勢ガ
何人ノ眼ニモハッキリト映ツテ參リマシタシ、
一方國内ハ支配階級ノ腐敗堕落ト農民ノ疲弊困窮、中産者以下ノ生活苦勞等ガ
又 現實ノ問題トシテ何時内部崩壊ノ國難ヲ起スカモ知レナイト云フ事ガ
又、識者ノ間ニ認識セラレ憂慮セラレ參リマシタ。
私ハ私ノ貧シキ著述ガ
此四、五年來社會ノ注意ヲ引ク問題ノ時ニ其一部分ノ材料トセラルルノヲ見テ、
是ハ時勢ノ進歩ナリト考ヘ、
又 國内が大轉換期に迫リツツアル事を感ズルノデアリマス。
從ッテ國防ノ任ニ直接當ッテ居ル青年將校、又ハ上層ノ或ル少數者ガ、外戰ト内部崩壊トノ観點カラ、
私ノ改造意見ヲ重要ナ參考トスルノダトモ考ヘラルゝノデアリマス。
又私ハ 當然其ノ實現ノタメニ輔弼ノ重責ニ當ル者ガ大體ニ於テ此ノ意見、
又ハ此ノ意見ニ近キモノヲ理想トシテ所有シテ居ル人物ヲ希望シ、
其人物ヘノ大命降下ヲ以テ國家改造ノ第一歩トシタイト考ヘテ居タノデアリマス。
勿論世ノ中ノ大キナ動キデアリマスカラ、他ノ當面ノ重大ナ問題 例ヘバ 統帥權問題ノ如キ、
又ハ大官巨頭等ノ疑獄事件ノ如キ派生シテ、或ハ血生臭イ事件等ガ捲キ起コッタリシテ、
實現ノ工程ハナカナカ人間ノ智見ヲ以テハ豫メ豫測スル事ハ出來マセン。
從ッテ豫測スベカラザル事カラ吾々ガ犠牲ニナッタリ、獨立者側ガ犠牲ニナッタリ、
總テ運命ノ致ス処ト考ヘルヨリ外何等具體的ニ私トシテハ計畫ヲ持ッテハ居リマセン。
只私ハ 日本ハ結局改造法案ノ根本原則ヲ實現スルニ到ルモノデアル事ヲ確信シテ
如何ナル失望落胆ノ時モ、此確信以テ今日迄生キ來テ居リマシタ。
即チ 私ト同意見ノ人々ガ追追増加シテ參リマシテ一ツノ大キナ力トナリ、
之ヲ阻碍スル勢力ヲ排除シテ進ム事ヲ將來ニ期待シテ居リマシタ。
兩勢力ガ相對立シマシテ改造ノ道程ヲ塞イデ如何トモ致シ難イ時ハ、
改造的新勢力ガ障碍的勢力ヲ打破シテ、
目的ヲ遂行スル事ハ又、當然私ノ希望シ期待スル処デアリマス。
但シ 今日迄私自身ハ無力ニシテ未ダ斯ノ場面ニ直面シナカッタノデアリマス。
私ノ社會認識及國内改造方針等ハ以上ノ通リデアリマス。
尚 今回ノ事件ニ關スル私ノ前後ノ気持ハ後デ詳シク申述ベ度イト思ヒマス。
右録取シ本人ニ讀ミ聞ケタルニ相違無之旨申立テ署名拇印セシム
昭和十一年三月十九日
於警視庁
陳述人 北輝次郎
司法警察官特別高等警察部特別高等課勤務
警部補 関口照里
次頁 北一輝 (警聴取4) 『 柳川では遠い 』 に続く
現代史資料5 国家主義運動2 から
