北一輝 ( 憲聴取3 ) 『 彼等ノ行フコトハ正義デアル 』

北一輝 
・・・前頁 北一輝 (憲聴取2) 『 譬ヘ逆賊ノ汚名を被セラルモ、 此ハ正義ノ行ヒナリ 』  の 続き

第三回聴取書
住所  東京市中野區桃園町四十番地
無職  北一輝事  北輝次郎
當五十四年
右ハ、昭和十一年三月六日、東京憲兵隊本部ニ於テ、本職ニ對シ任意左ノ陳述ヲ爲シタリ

其方ハ、第二回取調ニ於テ西田、村中、磯部、栗原等ハ何レモ自分ト志ヲ同フスル同志ナリト云ヒ、
又特ニ栗原中尉ニハ事件中、首相官邸ノ中尉ト電話デ話ヲシタト言ツタガ、
今回ノ事件ニ對スル其同志ノ行動に附テ、承知シ居ル事ヲ述ベヨ
私ハ二月廿六日ノ正午前後ニ、薩摩雄次ヨリ總理大臣官邸ヲ軍隊ガ包囲シテ居ルソウデアルガ、
大臣ノ生死不明デ大變なことが始ツテ居リ、
尚西園寺公及大蔵大臣モ殺サレタト云フコトダガ、貴方ニハ御變リハアリマセンカト、電話デ尋ネテ來マシタ。
又、中野警察署ノ特高主任 ( 氏名不明ナルモ時々情報ヲ頼ミニ來ル人 ) ガ、
私方ヲ訪ネテ來マシテ私ガ會ツテ情報ヲ聽キマシタ。
尚今夜岩田富美夫ガ來テ、市内ノ狀況及朝日新聞社ニ 「 革命軍起ル 」 ト書キマシタガ、
栗原中尉等ハ自ラ義軍ダト言フテ居ルト言フコトデシタ。

其方ノ手記第四冊 ( 證第一號 ) 中、二月二十六日夜半ノトコロニ
「 革命軍、正義軍トノ文字竝ビ現ハレ、革命軍ノ上ニ二本棒ヲ引キ消シ正義軍ト示サル 」
ト書イテアル理由如何
岩田ハ、其夜十二時頃迄私方ニ居テ歸リマシタガ、夜半寝処ヘ入リマシタ後、
蹶起軍ノコトガ色々ト頭ニ浮ンデ寝ツカレマセンデシタガ、
私ハ村中、磯部、栗原等ノ同志ニ全幅ノ信頼ヲシテ居リマスシ、
彼等ノ行フコトハ正義デアルト信ジテオリマシタノト、
又我國ニハ革命ノアル筈ハアリマセンカラ、特ニ革命軍ヲ消シテ正義軍トシタノデアリマス。

前回ノ申立ニ、其方ノ關係アル右翼團體デ、國體擁護聯盟ノ幹部三名アルハ誰々カ、
又其方ニ本件ヲ知ラセタノハ誰カ
入江種矩、増田一税、薩摩雄次ノ三名デアリマスガ、私方ヘ來タノハ入江、増田ノ二名丈デアリマス。

首相官邸ニアル栗原中尉ト、其方トハ電話ニテ如何ナル話ヲ爲シタカ
其時栗原ガ柳川臺灣司令官ヲ内閣ノ首班ニシタイト考ヘテ居ルト云ヒマシタノデ、
私ハソレデハ臺灣カラ來ルニハ相當ノ日時ヲ要スルカラ、
ソレヨリモ軍事參議官ニ依頼シテ解決ヲ計ル様ニシテハ如何、
ソレニハ眞崎大將ニ依頼スルノガ良カロウ、
尚海軍ノ方ヘハ當方カラ手ヲ廻シテ、海軍ノ力ヲ借リテ解決スル様ニ、薩摩ヲシテ斡旋サセルカラ、
一時モ早ク解決スル様ニ努メタガ良イト話シテヤリマシタ。
ソシテ手記第四冊二月二十七日朝ノ処ニ書イテアル
「 人ナシ。勇將眞崎アリ。國家正義軍ノ爲メ號令シ、正義軍速ニ一任セヨ 」
ト同ジ事ヲ栗原ニ電話デ傳ヘマシタガ、
ソレハ栗原等ノ蹶起ノ目的ヲ達成シ事件ヲ早ク解決スルニハ
眞崎大將ニ一任スルコトガ一番良イト思ツタカラ
其様ニ敎ヘタノデアリマス。
私ハ眞崎大將ノ人物ハヨク承知シマセンガ、
常ニ村中、磯部、栗原等カラ眞崎大將ノコトヲ聞イテ居リマシタノデ、
眞崎大將が一番適任者ダト思ツタノデアリマシタノデアリマス。

現在其方ノ思想体系ハ、日本改造法案大綱 ( 證第二號 ) ヲ書イタ當時ト大差ナキヤ
根本ニ於テハ相違アリマセンガ、逐次淨化シヨウト思ツテ居リマス。

西田トハ時々国家改造ニ關スル意見ノ交換、又ハ思想的議論ヲする様デアルガ、
村中、磯部、栗原等ノ如キハ、青年將校トモ意見ノ交換又ハ改造等ヲ中心トシテ會談したことがあるか
村中、磯部、栗原トハ、一、二度宛會ツタコトガアリマスカラ、
或ハ其際多少話シタコトガアルカモ知レマセンガ、特ニ會合等シタコトハアリマセン。

前回保留シテ置イタ今度ノ村中、磯部等ノ行動ハ兵馬ノ大權ヲ干犯スルモノトハ思ハヌカ
其答ハ手記第四冊二月廿一日淺ノトコロニ書いてある
「 大義名分自ヅト明カナルハ疑ヒナシ、他末節ニ過ギズ 」
ト答ヘルヨリ外ハアリマセン。
大義名分サヘ立ツタ行動デアレバ、何時カハ正義軍トシテ認メラレル時ガアリマスノデ、
大權干犯ノ如キモ自ヅト解決サレルト思ヒマス。

富ノ集中、即チ財閥ヲ否定スルガ如キコトガ、改造法案ノ骨子トナツテ居ル様ニ認メラルルガ如何
ソウデス。財閥ノ資金ハ或程度國家ニ歸納セシメントスルモノデアリマスカラ、
財閥ヲ否定シテ居ルノデアリマス。

財閥ヲ否定シテ居乍ラ、三井ヨリ生活費ヲ受ケテオルノハ如何
生活費ノ全部ヲ受ケテ居ルト云フ譯デハアリマセンガ、
改造法案ニ於テ、財閥ヲ否定シテ居ルト云フテモ彼ト是レトハ別問題デ、
恰モ明治維新當時ノ桂小五郎、西郷吉之助ガ藩侯ノ禄ヲ貰ツテ居タノト其ノ本質ニ於テハ
大差ガナイト思ヒマス。

前回ノ申立ニ依レバ、三井ヨリ東北地方ノ冷害救濟ノ爲メ三千万圓提供案ニ對シ、
三百万圓ニ減ズル如クシタノデ、良キ忠言者トシテ好意ヲ寄セラレ、
年二万圓ヲ受領シアルト言ツタノデハナイカ。
ソレハ誤解ダト思ヒマス。
私ガ三千万圓位出シテハト話シタガ、左様ナ大金ノ出途ガナイトテ三百万圓出シタノデアリマスカラ、
訂正シテ置イテ下サイ。

三井ヨリ金ヲ受領シタノハ何時頃カラカ、又其額ハ幾程
三井カラハ昭和七年頃カラ貰ツテ居リマスガ、
最近デハ、昨十年ノ盆ニ一万圓ト十月ニ歳暮ノ前借リトシテ、三井池田成彬カラ五千圓貰ヒ、
更ニ年末ニ一万五千圓 計二万圓貰ヒマシタガ、初メノ五千圓ハ家賃前拂ヒ其他ニ支拂ヒ、
仝月中ニ殆ド消費シテ終ヒマシタ ( 現在ノ家賃ハ一年二千四百圓ヲ全部前拂濟ミデス )
次ニ受領シタ一万五千圓ノ内カラ、西田ニニ千圓カ二千五百圓ヲ、薩摩ニニ千圓与ヘ、
質受ケニ約七百圓、自動車ヲ賈ツテ一千五百圓程費消シマシタ。
其他ハ生活費ニ當テ現在デハ殆ド殘金ハアリマセン。

此電話番號簿及住所名簿 ( 證第三號、第四號 ) 中、誰々ノ処ヘ出入シテ居ルカ
( 此時、人名及電話番號ヲ抜萃セルモノヲ示ス )
三井ノ外ニ、久原房之助ヨリ千圓カニ千圓、中野正剛カラ金ヲ借リテ返サナイコトガアリマス。
永井柳太郎ヨリモ尠シヅツ出マシタガ、
其他小笠原長生、平沼騏一郎、山本悌二郎ノ処ヘ偶ニハ徃訪シタコトモアリマスガ、
之等ニハ金ノコトヲ話シタコトガアリマセン。

其方ガ、日本改造法案ヲ書イタ目的ト當時ノ心境ハ如何
ソレヲ書イタ當時ハ、ロシヤ革命アリ、自由主義、共産主義ノ勃興時代デアリマシタノデ、
其等左翼的革命ニ對抗シテ右翼的國家主義的國家改造ヲヤルコトガ必要デアルト考ヘ、
最初ハ當時ノ要路ノ人ニ對スル意見書トシテ書イタノデアリマスガ、
老人頭ノ人ヲ啓蒙スルコトハ困難デアリマシタノデ、是非次ノ時代ノ青年達ヲ啓蒙シナケレバ、
國家主義的革命ヲ達成スルコトハ不可能デアルト云フ事ヲ考ヘマシタノデ、
次代靑年ノ思想ヲ啓蒙スル爲メノ啓蒙的指導書トシテ書イタノデアリマスガ、
實行論ヲカカゲタノデハアリマセン。

次ニ來ル時代ノ靑年ニ對スル思想啓蒙ノタメナリト云フガ、
靑年将校等ニ對シテモ同様ノ意味デ啓蒙ヲ目的トシテ接シタノカ
靑年将校ハ、殆ド西田ニ伴ハレテ來ルノデアリマシテ、
村中、磯部、栗原等ノ將校ガ訪ネテ來タコトガアリマスガ、
特ニ指導ヲ受ケントシテ來タノデハナク、来遊シタニ過ギマセン。
私ハ他人ト討論シタリ、思想ノ爭ヒナドシタクナイノデアリマス。

相澤中佐が來訪シタコトガアルカ
相澤中佐モ西田ノ紹介ニヨリ、三、四回來タコトガアリマスガ、
餘リ論調ガ鮮カデナク、佛敎家ト話ヲシテ居ルカノ感ガアリマシタガ、
至誠ノ人デ只何トナク私ハ心ヲ惹キ附ケラレマシタノデ、
現在ニ於テモ、何トカシテ尠シデモ處分ヲ輕クセラルル様ニト女房ト共ニ神ニ祈ツテ居ル次第デアリマス。
私ハ相澤中佐ノ公判ニ就テハ、絶ヘズ心配ヲシテ居リマスガ、別ニ減刑運動等ハイタシマセン。
西田ノ話ニヨレバ、龜川哲也氏ノ世話デ鵜澤總明ガ辯護人トナリ、
又相澤中佐ノ同期生ノ推薦ニヨツテ満井中佐ガ特別辯護人トナツタト云フ事ヲ聞キマシタ。
私ハ相澤中佐ノ公判經過ニ就テハ、絶ヘズ西田カラ聞イテ非常ニ心ヲ痛メテ居リマス。

其方ノ著述シタ 「 日本改造法案大綱 」 ハ
靑年将校ノ改造意識ニ非常ナ大キナ影響ヲ与ヘテ居ルバカリデハナク、
今度蹶起シタ村中、磯部、栗原等ハ概ネ改造法案ニヨル改造内容ニ相似タ主張ヲナシテ居リ、
又 「 日本改造法案大綱 」 ノ中形 ( ポケツト型 ) ( 證第五號 ) ノモノヲ所持シテ居ツタコトカラ観テモ、
其方ノ改造思想ガ今度ノ事件ノ主要ナ指導理論ヲ構成シテ居リ、
又其方ガ蹶起部隊ノ中心人物デアル栗原ト、電話ヲ以テ、蹶起ノ目的ヲ達シテ速カニ解決スル如ク指示シタル點等ヨリ観ルモ、
此ノ度ノ事件ニ對シ其方ハ大ナル關係ガアル様ニ認メラレルガ、如何
若シ私ガ著述シタ日本改造法案ヲ彼等ガ所持シ、
又私ノ思想ニ影響ヲ受ケタモノトセバ 誠ニ申譯モナイコトト深ク其責ヲ感ジテ居リマスノデ、
如何ヨウナ處分ヲ受ケテモ差支ヘナイト覺悟シテ居リマス。
其日本改造法案小册 ( 證第五號 ) ハ、西田ガ印刷シタモノデアリマス。

右錄取シ讀ミ聞ケタル処、事實相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月六日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官  憲兵少佐 ( 名欠 )
筆記者  陸軍憲兵曹長  鈴木磯治郎

・・・次頁 北一輝 ( 憲聴取4 ) 『 實ハ西田税ガ、二月二十七日ヨリ同月二十八日迄私方ニ居リマシタ 』 に  続く
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