ら族の歳時記

「道が分かれていても人は幸せになる道を選ぶ能力がある。」
能力を信じ、心の安らぎの場を求めて、一歩一歩。

イージーリスニングの思い出

2006-11-06 21:24:04 | Weblog
指揮者ポール・モーリア氏死去(スポーツニッポン) - goo ニュース

ポール・モーリアを知っているなんて
年齢がモロばれだね。

私が中学生のころ、
女子の冬の体育の授業は創作ダンスだった。
(男子はサッカーだった)
創作ダンスの曲は歌詞のない曲に限定されていた。
当時は、カラオケもないし、映画等のサントラ盤も
あまりポピュラーでなく、
すがるところはイージーリスニングだった。

当時は、ラジオを聴きながら勉強した時代。
FMで真夜中に放送される「ジェット・ストリーム」
という番組はイージーリスニングの宝庫だった。

いろいろなオーケストラ(楽団ともいう)があって、
私はポールモーリアが好きだった。
まわりは、
「ピアノの貴公子」リチャード・クレーダーマンが
好きだった。
確かに容姿も名前も素敵だった。
(しかし、これは芸名だった。
そして、今の彼のお姿は。。。はげ。。。あわれ
あのストレートの長髪はどこに消えたんだろう?)

母も、イージーリスニングなら
聞きながら勉強していればなにもいわなかった。


そのうちにいろいろなオーケストラが
でてきて、ポール・モーリアから浮気し、
またまたそのうちにALFEE大好きになり、
ポールの存在は薄れていった。


なのに、妹が
「ポール・モーリアが好きでしょ。
コンサートのチケットがある。
コンサートに行こう」とさそってくれたことがある。

これが最後の1998年のコンサートだった。
燃えたころから10年以上は経っていた。
席が隅のほうだったためか音響もあまりよくなく、
またコンサートの時間丸々演奏してくれるわけでなく、
1時間近くパントマイムの人が時間を使っていたので
ちょっとつまらなかった。


去年、「ポールより年上のレイモン・ルフェーブルは
どうしているんだろう」とふと思い検索した。
かなり前に亡くなっていることを知り、
あわててCDを買った。

実際はポール派でなく、レイモン派だったような
気がした。
「夜間飛行」「ラブ・ワールド」「シバの女王」が
どうしてもすきなのだ。
ポールのアレンジと勘違いしていたのもある。


「疲れて時は昔好きだった曲を聴くと
安心するよ」といわれたことがある。
確かにそんな気がする。

ポール・モーリアでどうしても譲れない曲がある。
これが入っているアルバムを探して購入しようと思う。

昔を懐かしむつもりはないけれど、
いいものはいいから。




コメント (7)
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