山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

投票率と議員報酬

2011-04-24 22:44:50 | 日記
某ブログによると、
私の住んでる区の今日の区議会議員選挙の投票率は40%を下回ったそうだ。
やはり関心がないようだ。

そして、議員の年間報酬は、1000万円を超えるそうだ。
すごい給料なんだね。

それで、どうしようもない議員(まともな仕事をしていない)が数多く当選しているのだそうだ。
へえ~、そうなのか。

今まで、政治に関心を持ったことがなかったので、驚いた。

これからは、もう少し議会だよりなどに目を通して、
誰がちゃんとした議員なのかそうでないのかに目を光らせようと思う。
それにしても、給料の高さには驚きである。

あまりにも、高すぎる。

区議選

2011-04-24 09:30:07 | 日記
今日は、区議選の投票日なのだそうだ。それがわかったのが3日くらい前だった。そういえば4月の20何日が投票日だとは思っていたのだが、あまりにも早い。
しかも、街中に候補者の掲示板が設置されたのは知っていたが、選挙カーや選挙演説は見たことも聞いたこともなかった。だから、まるで実感がわかない。
いったいどんな候補者がいるのだろうか?掲示板を見ただけでは顔と名前くらいしかわからないし、人数も多すぎる。
それでは、今までは誰に入れていたのか考えたら、前回の選挙は引っ越し前の事だったので、そっちの地域の近所の人が推薦する人に入れていた事を思い出した。候補者本人のブログなどを見ると、特にぱっとしたものではなかったが、推薦人の話では、福祉や医療、教育など様々な有意義な活動をしているという具体的な説明があった。
でも、今回は地域も違うのでその人に入れるのはやめた。

選挙らしい雰囲気を多少なりとも感じたのは、昨日が初めてだった。まず、地元で選挙カーに1台だけ遭遇し、候補者の名前が聴こえて来た。それから電車に乗って放送大学の多摩学習センターに行くと、そこは小平市であるが、選挙事務所が設置されているものがあった。それから、別の場所で男性の候補者がお付きの人数人と街中をチンタラ歩いているのを見た。休日の朝とあって、通りには市民がほとんどいないので、手を振るなどの意識がまるでない。それにしても、もう少しはつらつと歩けないものか、あんな姿を見たら絶対に投票はしないぞ。候補者は視線を感じたのか急に身を正したが、ま、私は市民じゃないから関係ないけどね。

さて、今日は投票に行かなくてはならない。自分の選挙区で誰にいれようかと、今朝になってネットで区議会議員候補者などと文字を入れて検索したが、都知事選などとは違って思うような情報が取れなかった。一部の候補者の個人のHPを見ることができたので、数人のものを適当に開いてみた。

昨日、たった1台遭遇した選挙カーの候補者のHPも読んだ。地震の後、東京都では調布の味の素スタジアムに福島県の被災地の人たちが避難してきているが、そこに150個のおにぎりを差し入れた記事があった。このときはまだ東京都から食事の提供がなかったそうだ。食べ物は手作りのものは受け付けてもらえないので、地元のコンビニを7軒回っておにぎりを買い集めたという。私が毎日昼ご飯を買っているコンビニだった可能性もかなり高いことがわかった。そういうわけでおにぎりがなかったのか、と思ったが、その人が買い集めた日は休日だったので関係ないことがわかった。でも、そういうこともあるのだなと納得した。味の素スタジアムは、私が車を運転するようになってからよく走る場所にあるため、身近に感じる施設でもある。

区議会議員は区民のために働くのが基本ではあるが、実質、人間の活動地域に境界線はない。日本全国の人間(この人の場合、福島は出身地らしい)に思いやりを持ち、行動できることも当然の基本である。

地方出身の東京都民で、年齢も近いし、やっている行動も納得できるので、この人に入れようかなと思っている。

電気を使っても原発反対

2011-04-24 02:50:10 | 日記
自分が電気を使いながら原発反対はできない、と言う人がいる。
原発反対というなら、電気を使うな、などと言う人もいる。
ブログ発信も電気を使っているからダメなのだそうだ。

そうでしょうか?
それでは、誰も原発廃止を訴えることはできなくなってしまいます。
日本全国、電気を使わないで生きているひとなんていないのですから。

これから、縮小していきましょうとか、
別の発電方法を開発していきましょう、と
提言することはできるでしょう。

原発を無くしたら電気がすべてなくなるというわけではないでしょう。
今でさえ、100%原子力で発電しているわけではないのですよ。


面接授業

2011-04-24 02:05:38 | 放送大学

今日は、先週に引き続き、後半の面接授業を受けに行った。
それが、疲れたのなんの、帰宅して夕飯を食べたら、もう眠くてしかたなくなり、それから正体もなく眠りこけて、目を覚ましたら、夜中の12時半だった。
しかも、目を覚ましたときは、朝かと思うほど、自分がいつ寝たのかも忘れていた。

朝から夕方までの授業は厳しい。
受けるほうは座っているだけでもこんなに疲れるのだから、講師の先生のほうはさぞかしお疲れだろうと思う。

授業は大気についてのものであり、身の回りの空気に関する広範囲にわたる内容だった。
天体である地球の大気の成り立ちから始まり、オゾン層破壊の問題、日本の大気汚染などの公害の経緯、最後は身近な街中の空気や、室内の空気状況に至るまで、もりだくさんな内容だった。そのため、かなり駆け足だったが、振り返ってみると空気に関する一通りのことを教えていただいたようだ。
今は、原発事故の放射性物質拡散の問題なども深刻だ。今後は、この授業で教わった知識をきっかけにして、もっといろいろ環境について考えて行きたいと思う。

2月頃聞いた日経新聞の人の話によると、現代を考えるキーワードの1つが「環境」なのだそうだ。そのときは、まだ地震も来ていなかったし原発事故もなく、二酸化炭素排出による地球温暖化問題が重要だった。そのためエネルギーは化石燃料から電気(原子力発電を意味する)へと言う方向性であったが、この原発事故によって少し方向性が変わりそうだ。人類はこれからどう進めばいいのだろうか。

某ブログによると、江戸時代に戻る(質素な生活)のが、滅びから救われる道かもしれないと考える人もいるようだ。

今日、駅の近辺では地下道と地上を結ぶエスカレーターが節電のため止まっていた。数年前、エスカレーター設置の署名というのが自宅に回覧板で回ってきたことがあり、それによってできたエスカレータである。私はそのときわざと署名をしなかった。それで、隣のおじさんに文句を言われた。署名というのは悪い内容ではないものだから回ってきたら名前を書くのが常識だ、ということだった。しかし、私は一日中動いているエスカレーターはエネルギーの無駄だと思った。確かに、身体の不自由な人にとってはあり難いものかもしれないが、エスカレーターは車いすの人が使えるものではないし、だいたい上りだけのものであり、膝の痛い人などは、むしろ下りるほうがきついのだそうだ。署名をしなかったのは変人で頑固だったが、今日は「ほらみろ」と正直思った。今現在は、そこにはエレベーターも設置されているので、必要な人はそれを使えばよく、歩ける人は自分で階段を歩く。エスカレーターは止まっていても支障はない。最近は節電のため止まっているエスカレーターが多い。

今や「人間が生きるための大気を守ること」と「エネルギーの問題」は、直結している。
安全な空気を失ってまでエスカレーターを使う人はいない。
どっちを選択するかは、知れたことである。

話が面接授業からそれちゃったけど、空気をたいせつにしよう。
ちなみに、空気はなぜ見えないのか?
空気を構成する主な成分の窒素と酸素は、可視光線を吸収しないからだそうです。
空気が見えたら、変な成分が混じっているということですね。