日々徒然に

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  あしたを考える一日をつくりたいね……

暑さもなくなり、山歩き再開

2018年09月23日 | Weblog

こんにちは。
 だいぶ涼しくなってきました。この時期はひと雨ごとに寒くなっていくように思います。「暑さ寒さも彼岸まで」と言われますが、まさに本当です。近くの墓所ではこの連休中は、多くの墓参りの人たちをみることができます。普段はひっそりと静かな場所なのですが、この日ばかりは小さな駅が通勤ラッシュのようになる日でもあります。忘れかけた日々を、誰もが花をいけながら考える日でもあるのでしょうか。静かな墓地が、今日だけは、多くの人たちでそれどころではないような混雑ぶりです。


 さて今週は2回目の3連休でした。これといって予定がありませんでしたが一日久ぶりに「山歩き」に行ってきました。場所はいつも同じところでした。雨上がりということもあってかたくさんの花や動物(さる)に遭遇した一日でした。



 直径10㎝もあるキノコ。なにか宇宙からの侵入者のような光景でした。歩いている人もみな、足を止めて見入っていました。それにしても大きいキノコです。模様がとてもかわいいので撮ってみました。さすがに雨あがりは、キノコをよくみかけます。キノコご飯がうまいですよね。子どもの頃、よく母に連れられて、雨上がりの近所の林にキノコ採りにいきました。さすがに、食糧難時代を生きた人はちがいます。食べられるキノコはよく知っています。



 疲れてへこたれていたら、アザミの前にハチが飛んできました。こんなとげだからけの花から蜜をどうやって味わうのでしょうかね?



 秋といえば「萩」ですね。花札ではあまり強いカードではありませんが。秋が身近に感じさせる花です。涼しいわけです。



 秋を代表する花です。山口百恵さんの「秋桜」を思い出しました。いつまでも「子どもでいたい」という詩が印象的でした。やわらかく、季節をいちはやく感じて、凛としてかぜに吹かれるコスモスはいいですねえ。ぼくには、子どもで居たい思う人はいまはいなくなりましたよ。それでも、山では、まさにガキですが…ね。自然のふところで遊ばれている子どもですが。


【山歩き・いまではぼくの唯一のリクレェーション?】
 ぼくが初めて山歩きをした20代のとき、山はもっと静かな、おごそかなもののように思えました。まさに「六根清浄」って感じがありました。先輩の山好きな人にさそわれ奥多摩、丹沢、谷川岳など週末には出かけてました。どれも、出かける前には他の一切のものを断ってこの一日にむかう準備をしていたように思います。だから、最低でも一週間くらい前から予定をたて、持ち物を割り振り、交通のアクセスを探し…などということをやりました。

 いちばん印象に残っているのは3人で三峰から雲取までの縦走でした。ちょうどお盆のときです。当時は三峰のロープエイもあって登山口までいけました(今はどうなのだろうか)。そこから雲取まで行って山小屋に一泊でした。お客さんも数えるほどで、山小屋の主人も少ないせいかドラム缶風呂を準備してくれました。そうとう疲れていたので、すぐ寝てしまったようでした。翌朝、奥多摩にぬける登山道が一直線で見事でした。膝元くらいの熊笹のなかを歩いた記憶もあります。

 高尾山は都内ということもあって、40年前から一人で行っていました。
 40年前には、人もまばらで休日であっても売店はシーズン中以外はしまっていました。山道で出会う人も1時間に一人くらいでしたよ。今のように山道が明るくなく、木々がうっそうとしていて暗かったように思います。ですから、今では想像もつかないくらい静かな山歩きが楽しめました。ときおり、もよおす小用もどこでも気がねなくできました。静かさがとても懐かしい時間です。

 あれから40年後、一緒に登った人たちは、一人は入院患者、一人は北海道にかえっての大地震にあっていました。みんなそれぞれの苦闘の人生を送っているのでしょうか。そんな悪戯をしてきたわかでもないのに…。

 今では高尾山口(京王線)から降りると登山姿の人たちのひと盛りです。まるで原宿の駅前のような人波です。カラフルな登山服をきた老若男女です。ぼくは、数年前からこの様子を避けて、高尾山(中央線)の方から山歩きをするようになりました。ここでも、やっぱり人の多さは昔の比ではありません。バスは臨時バスもでるようになり、まだいい方です。
 今週の山歩きもそんな状況でしたよ。

 時は流れ「山ガール」という言葉とともに誰にも愛される山が、こんな近くにあることは幸せなことだと思います。まさに『命の山・高尾山』(酒井喜久子著)でいわれている「子どもから老人まで愛されている山」なんだということを覚えます。そして、そこに住んでいる人たちのことも少しは考えさせれます。
 いっときのブームではないものをこれからつくりあげることが、若い人たちができることだと思いますよ…。なんでもできることから、歩く足元から感じた高尾山を後世に残したいものです。
 きっと、また子どもをつれてくることがあることでしょう。そんなとき、車ばかりの山はいやでしょうし、それに伴う騒音ばかりの山もいやでしょう。

 今でも当時買った山靴を手入れをしながらはいています。(その靴を買ったお店はもうありませんが…)。最近思うことは、世の中かわっていくばかりです。それが誰のためなのか…。ブームも大切だと思います。山を歩いていると子どもづれはかわいく、若い人が元気に歩いているのを見ると、こちらも元気になります。ぼくは、これからもあわてず、元気な人たちの後姿を追いかけて歩く山歩を続けていけたらと思います。それには、まずは軟弱でも健康で…などと思います(今回の山歩きで見かけたご夫婦。ヒザが下山できたのか。一生懸命ご主人が励ましては、歩いていました)。

 ときどき山歩きで前を行く人を見上げてみると、以前同じような後姿の登山者ではないのかなーと思うときがあります。それだけリピートする人が多い山だというこですかね(下写真)。
 ※とりこし苦労であればそれでいいのですが、秋から冬にかけての、ぼくが大事にしていることは、「山での行動はおそくとも午後4時までには還る電車の駅にいるようにしたいと考えています。無理であれば引き返すか、エスケープできる予定表をつくっておくことが大事ですよ。



 連休最後の日。何度も入退院を繰り返している知人に会いに行って来ます。食事を一緒にする予定です。
 今週、好きな女優がなくなったニュースがありました。とても残念ですね。菅井きんさんとか樹木希林さん。どちらもいい女優でした。黒澤明監督の『天国と地獄』をみていたら菅井きんさんがチョイ役ででていました。樹木希林さんは『あん』という映画でハンセン病役で黙々と仕事するなかで「生きる」ということを強く感じさてくれました。あんは甘い…。あますぎてはいけない。あきない甘さをつくる…など。いい演技でしたね。いい俳優さんが多いですね。もう『ジュリー」というあの名セリフが聞けませんね。

 「形あるものはいつか消える・壊れる」ということは知っていても少しずつ身近になってくると、いったい人は何をしてきたのかと思います。まさに「諸行無常」でしょうか。
 まあ、形あるだはたくさんの苦しみがあるのでしょうかね。それでも生きていくことでいろいろ勉強して生きていくのでしょうか。
 たくさんの楽しみがあったはずなのですが…、しれが「無」になってしまのは当人だけで、誰かが思い出してくれるのでしょうかね。

 では今週はこの辺で。
 来週は、月刊も終わったのでのんびりいけそうです(のんびりいく)。他は忙しくとも、ぼくは関わりなくいきたいですワ。なんせ、最低賃金の身分ですから。
 いい休みでしたか…。
 読んでくれた人、ありがとうございました。