日々徒然に

今日はどんな一日で明日はどんな日にしよう?
 今日があることを感謝。
  あしたを考える一日をつくりたいね……

いよいよ12月です!

2007年11月25日 | Weblog
 冬到来となりました。師走もまじかに迫ってきています。寒さもいちだんと厳しくなってできるだけ温かい所に居座っていたい気持ちになります。この時期、寒さだけでなく、私の職場はも忙しさが到来する時期でもあります。昼も夜もなくなるほど忙しくなります。12月、私は寝る、食べる、排泄する、寝る…も繰り返しの毎日を送っていると思います。それでも、2週間この繰り返しがいよいよやって来ると思うとウンザリするほどいやな師走となっています。
 さて、ほかの所ではいかがでしょうか。
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 12月は「年末調整」の時期でもあります。今年1年間払い続けた生命、地震、共済保険や住宅ローン控除、医療控除などについて提出する月でもあります。サラリーマンは厚生年金、所属する健康保健組合への掛け金など天引きされています。そのほか住民税、固定資産税と多くの税金が私の給料袋から天引きされている現実を12月は身をもって痛感する月でもあります。
 そして思います…。
 生活費のなかに占めている税金の多さは減ることがなく年々増えるばかりだと…。
 そして年末、消費税5%から10%にあげる報道がされていました。消費税が3%から5%にあがるとき少し生活が厳しくてもこれで老後は楽になるのか…と思っていたのはいったいなんだったのでしょうか。
 今年、年金記録漏れが5000万件(およそ人工の半分)が発覚しました。さらには、防衛省の戦闘機購入のための企業との癒着。そこでまじめに使われいるとは思えないほど税金の額が報道されていました。
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 自分の払っている税金のつかいみちを追ってみるとこの国の政治がどんな政治をしているのかわかるのかもしれません。
 きょうは少しカゼ気味のようです。
 それでは今日はこのへんで…
 *読んでくださった方、ありがとうございました。

冬到来…

2007年11月18日 | Weblog
私の嫌いな寒い冬がやってきました。今年の冬はどう乗り切ろうかと思案中……
冬がきました……
 寒さが冬の到来をつげています。仕事帰りの夜空を見ていたら星も輝きを増していました。今週、新聞に掲載された月探査衛星『かぐや』から地球を撮影したハイビジョン映像が思い出されました。真っ暗な宇宙に浮かぶ青い地球が一つの星として漂っている景色は美しいものですね。地球という星に住んでいるのを改めて感じました。そして、宇宙の広い世界からみたら地球でさえなんと小さな星ではないかと思えました。
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 さて、今週はこの地球ではあいも変わらず問題をかかえ浮遊しているところです。
 未だにアメリカという大国を中心にこの衛星が回っているという勘違いをしている日本政府は「日本の国益を考え…、世界との協調云々…」と首相が「アメリカ詣で」にいったのは最近です。その間、国会では与野党が「新テロ対策法」をめぐって攻防を続けているところです。そしていつの間にか『テロ』という言葉が国のあちらこちら、国民への規制を強要しているようになってきました。
 さらにこの『テロ』に対する日本ができることは海外での「給油活動」だそうで…、それを継続か中止か議論が続けられているところです。ひにくにも新聞はガソリンや食料品などの値上げが報じていました。そんななかも審議は継続されているところです。その中心でもある自衛隊幹部の企業との癒着が問題にされ、守屋前次官が証人喚問でますます庶民とは掛け離れた世界が報じられていました。挙げ句の果てに防衛庁長官まで巻き込んでということに「何が給油活動だ?」と思えてしまいました。
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 もうすぐ師走。
 また、忙しい毎日が始まります。ぐっと我慢の2週間ほどがくるのでしょう。そして、「年末調整」という書類を提出する月でもあります。税金の納めすぎの還付金を返却してもらうために、保険、住宅ローンの書類を書いて提出して微々たる還付金を求めて提出するとき、これまでの防衛庁問題から報じられる金額の大きさにはあきれてしまいます。さらにそれが1機何十億という飛行機を買う、日本への駐留米軍へ「思いやり予算」という名目で何百億という予算が出ている事実を思うとなんともやるせない…と思えてしまいます。
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 冬がきても素直に喜べない現実。ボーナスさえも危ぶまれているなかでこれまでの一連の事件を思うと、官は民の税金をあまりにも粗末につかっているのではないかと思います。一方でそれを給料の一部分から引かれることを何の疑問もないまま過ごしてきてしまった方にも責任があると思います。
 12月に入るとなんとも嬉しいことばかりじゃないですね…。
 ここいらで「年末ジャンボ宝くじ」でも買って夢でも持とうかと思ってしまう。
 今度の休日にはおそい紅葉を見にいこうと思います。
 それではまた……
 *読んでくださった方、ありがとうございました。

『風の果て』藤沢周平を読んで

2007年11月11日 | Weblog
 朝寝坊した一日が暮れていくのは早い。まして、雨が降った午後4時頃はすでに暗くなろうとしている。休みの日、天気くらいは晴れてくれ…と思うのだが残念である。最近は月日が過ぎていくのが早い気がする。
 早いといえば、今週は政治家たちの日々変わる身の軽さを感じた一週間だった。
 前首相の安倍総理がドタキャンしたことを批判した民主党の小沢党首が同じように連立問題で党首辞表を出したと思いきや一転して撤回。この変わり身の速さ。この時代、おのれの身の置き場所を意識し行動しているのは、常に「権力」わが手中に握ろうと毎日送っている政治家の姿なのかもしれない。
 それにしても、参院選挙の結果、民主党議員が増えたのにもかかわらず今回の行動は自分勝手というしかない。政治かも人の子…と思った一週間だった。
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 さて今週は読書感想を書いてみました。
読んだ本は『風の果て』(上・下)藤沢周平著(文春文庫)です。最近、NHKがこの小説をドラマにして放送していて、再び読んでみたいと思いたち、手にとってみました。この本を読むのは二度目です。今回読んで、再び藤沢周平という作家が時代小説というなかで、今につながるテーマを語っているのか感じた小説家だと思いました。
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 物語は、ある地方(おそらく山形)の藩に生きる5人の若者たちをめぐる話。この5人が論語でいうのところの、「三十して立つ、四〇にして惑わす、五〇にして天命を知る」という流れの中で武家社会をいきていく物語です。
 又左衛門の回想の中、今まで自分を支えてくれたことを深く認識する物語でもあります。
 元執政の杉山鹿之助(その後の忠兵衛)をのぞけば、家督が継げない隼太、庄六、一蔵、市之丞の5人の若者がそれぞれの出会いと別れのなかで、自分の人生を切り開いていきます。そして、忠兵衛をのぞけば、冷や飯食いの家督を相続できない養子婿入りする身分でもあり、貧しい武士でもあります。自分達の夢もあり、そして目標もある。破れ、成功するものが時代の流れのなかででてくる。その中で、少しでも自分の藩の借財を減らす方法を考えていた隼太(後に又左衛門)の前に現れた桑山氏との出会い。その縁があって又左衛門は少しでも藩の財政をよくしようと枯れた土地さらには開墾地としての太蔵が原を農民達と開拓していく。その実績が認められ藩の執政という家老職に就いていく。すでに50歳を超えている。そこまで来る長い道のりで友とのかかわりがる。いつの間にか執政に参加するまでになったライバルも出てくる。それが昔の友でる忠兵衛であった。
 友に励まされ、藩の命令のため友を殺め、あるいは友をおとしいれる暗躍…。次々とおくる政変に友の陰があるのか心配しながら進められていきます。
 時代の荒波の中で5人の若者が生きている。その5人の物語である。
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 人は生きている限り、自分の生き方を模索して悲喜こもごも生活を営む。そして、その時、一緒にいた人のことを時々思い出す。わたしも、そんな年齢になっていることをつくづく感じた1冊であったように思う。
 これまで、友の中には又左衛門のように重責についた者いれば、庄六のように貧しくても家族を守りくらしている者もいる。さらには一蔵のように女で失敗してしまった友の記憶もある。そして市之丞のように人知れず自分の生き方が他から認められなくて苦しみ、最後は自分の一番親しいものに命を委ねた者もいた。それはある意味燃え尽きていってしまった生だったもしれない。
 作品に登場する人たちがいかに、身近に感じられるかと思うと、私が年をとったことを思い知らされた物語であった。
 そして私はこの作品のなかに登場するとすればきっと庄六のような生活を送っていたのかもしれない。重責によって富を得て、権勢欲をわがものにするということをもっと望めば、誰しも又左衛門のようになるかもしれないだろう。しかし、彼が自分ひとりでここまで「出世」できたことを感じさせない、藤沢周平ならではの作品だと思う。その出会いと別れ、それが「運命」であったとしても、その「運命」を変えていくのは誰でもない自分のだということを考えさせられた1冊であったように思う。
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 最後に執政にまでのぼりつめた又左衛門を語った一節が印象的だったので紹介しておきたい。
 「物欲に淡白だということを正明しても。正義を正明するわけではない。ふり返ってみればおれもひそかに権勢におごりもしたし、忠兵衛に対しては阿漕な手を使ったのだと思ったとき、それまでずっと頭の隅にひっかかている言葉が不意に又左衛門の意識のおもてにうかび上がってきたのである……」
 *読んでくださった方、ありがとうございました。

「ハダカの城」を観てきました…の感想

2007年11月04日 | Weblog
 11月に入りました。近所の神社ではかわいい「あんみつ姫」や「お殿様」スタイルのはれぎをきた七五三参りの親子連れに出会います。それぞれの親達は自分の子どもにだんな期待を寄せているのでしょうか。
 最近のニュースでは親が子を殺す、あるいは子どもが親を殺してしまうなんとも理不尽で暗いニュースがあります。いったい日本という国はどこへむかっているのでしょうか。そうはいっても自分の子がまさか、こんな事件を起こすなどと考えながら七五三参りに来ている親はどこにもいません…。いつの日か「可愛い子には旅をさせよ」と思う時もくるのでしょう。今は、そんなことは「どこ吹く風…」と思ったほうがいいのでしょうか。
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 さて、久しぶりに私の好きなドキュメンタリー映画がポレポレ東中野で上映されているということで行ってきました。
 題名は『ハダカの城』(柴田誠監督)です。
 最近の続々起こっている「食への不安」をあおる製造表示の偽装。「不二家」「北海道ミートボール」「白い恋人」「赤福餅」など次から次へと企業が偽装表示が問題になっています。この偽装はいまにはじまったことではないでしょう。それが証拠に『ハダカの城』ではこの問題がおきる数年前に起きています。その始まりが「雪印食肉偽装事件」なのです。
 事件は天下の雪印が兵庫の西宮冷蔵という会社にあずけていたオーストラリア産の食肉を偽って「日本産」にして国からの補助金を騙しとろうとした詐欺事件でした。ときはBSE(狂牛病)問題でゆれていた時です。政府はBSE問題で危険とした日本食肉のみ消却し、その食肉に補助金を出していました。うまくいけば、消却され証拠は残らず完全犯罪の成立でした。しかし、補助金(2億円の税金)を騙したろうとした雪印が西宮冷蔵(水田洋一社長)の訴えによって告発されたという事件です。
 映画は告発ということより、告発してその後、西宮冷蔵は他企業からの取引停止、冷蔵庫の生命線の電気までとめらながら廃業まで追い込まれていきます。20人いた社員もそれぞれ辞めていきます。
 水谷社長の告発によって西宮冷蔵は危機に陥り、されでも再建にむけてカンパ活動などを繰り返し、マスコミにもとりあげられ全国的に支援がひろがりはじめ、また操業を再スタートしたというドキュメント映画です。
 一方、この告発によって偽装事件を起こした雪印側も逮捕者をだし、その仕事に従事していた人たちも失業することになります。それまでスノーブランドに恩恵を受けていた人たちがこの告発を機にすべての職を奪われていき、西宮冷蔵はこれらの全てを敵にまわすことになりました。
 毎日、大阪の梅田の歩道橋で再建と事件の真相の理解を訴えつづける水田さん親子の月日を追いかけてのドキュメントでもあります。
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 印象に残っているのは、歩道橋で水田さんの前をいったり来たりしていた買い物帰りのおばあさんが、とうとう、立ち止まりカンパをして握手をして別れたシーンがありました。私にはなのおばさんが、観ている私たち自身のような気がしました。
 食の安全は大切です。そのための第一歩として消費者に嘘はつかない食品であってほしい。表示があるいはその会社の経営がお客の方をみていれば「売り切れ」であってもいいのではないかと思います。消費者が多くの選択肢をもっていることが大切です。それが、消費者の権利であるし自分に一番あうものを見つけることができるということです。
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 当日、幸運にも、映画が終わり15分ほど柴田誠監督の挨拶がありました。そこで「この映画は雪印偽装事件を扱っていますが、雪印を追いかけて告発を糾弾するもではありません。最近、起きている製造日偽装表示はルールを守っていないという言い方があります。では、ルールを守っていれば食の安全はできるのでしょうか。そう思うと内部告発の入口でしかありあません」というあいさつがありました。
 また、「正義は我にあり」(西宮冷蔵・水谷洋一の闘い)ロシナンテ社編集部のなかで「世の中のこと、社会のこと、政治のこと。怒ること、諦めないこと。守ること、許すこと、そして知ること。生きるあために行動を、真剣に実行し、語る、実行者である水谷洋一は力強かった…」と述べています。
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 1人の人間の「正義」の私憤としての告発が多くの人をまきこみ公憤として社会の不正があばかれていく…。そんな社会にいる!!という確認ができたドキュメント映画であった思います。それは「異常」なのではないかと思います。
 そして1人ひとりに問い掛けてくる「生きざま」重いものがあるなあーと思いました。
 *読んでくださった方、ありがとうございました。