日々徒然に

今日はどんな一日で明日はどんな日にしよう?
 今日があることを感謝。
  あしたを考える一日をつくりたいね……

師走も、もうすぐ忙しさだけがあるますが…

2016年11月27日 | Weblog

 こんにちは。
 今週は雪も降り寒さがいよいよ本物になってきました。雪が少しでも降ると、混乱するのが都会の風物詩のようになってきて、雪の降った当日の通勤電車は満員状態でした。こんなときは、急がず、焦らず、ゆっくりと、と思って動きます。なぜなら、あわててけがをしたらばかばかしいです。とはいえ、実際は「雪のために遅れています。申し訳ありません」という無意味なアナウンスのなかを、電車のドアのところで押し合いへしあいやっと乗る始末です。
 あいかわらず日本の通勤電車は、荷物を運んでいるような日々です。
 
 さて、今月も終わりですね。
 世の中はまあ、急ぎ足ですすんでいます。「年金制度改革法」が「環太平洋経済連携協定法(TPP)法案」に続いて「強行採決」でもめていました。25日、衆院厚生労働委員会で審議継続を野党が求める中「強行採決は行わない』と約束したなかで「私が述べたことを全く理解頂いていないようであれば、こんな議論は何時間やても同じですよ」との首相発言のなかで強行採決されました。なにを言っても無駄な様子があるような情景でした。現政権は解決策は「強行採決」しかしらないようです。
 
 このままでは、何でもちょっと審議して、既成事実をつくって進んで行ってしあうような見切り発車状態の国会が続くそうです。強行採決する反対側には、野党、労働組合の弱体さがあることも忘れてはなりません。
 いったい、今後がどうなっていくのでしょうか。
 まさに「一強多弱」が「問答無用」状態でことが進んでいくありさまは「ファシズム」そのもののように見えてしまいます。



 今月の「読書」は欧州を舞台にしたものになりました。
 今月、「駆け付け警護」の任務をうけて自衛隊の一部が南スーダンに派遣されました。昨年、成立した「安全保障関連法」(これも強行採決)のなかの任務です。野党がいうように、これで一歩戦争への危険性が増えたということでしょうか。なぜ、こうも戦争の火種をつくりに行ってしまうのか? という気がします。そんななか、これまでの戦争のなかでどんなことがおきていたのか小説を通して読んでみたいう気になりました。
 たとえば、第二次世界大戦のドイツ。その時代を経験したひとが一つ一つ丁寧に日常の生活の中から戦争に遭遇した経験を書いたものが今回紹介する、グードルン・パウゼヴァンクの本です。
 とくに、ドイツではヒトラー政権による残虐極まりない戦争が繰り広げられた国です。終わってしまえば歴史の一ページに過ぎませんが、最も戦争の本質をもっているように思えます。

 本を読んでいくと、ドイツではユダヤ人を迫害した差別が目をひきます。日本でも同じようなこと太平洋戦争のなかで朝鮮、中国などへ差別・迫害などがありました。これが、似ているようなところもあります。
 
 政治家がすべてその戦争に加担したとは思いませんが、すくなくともその方向性を指示したことは重い責任であると思います。今回、日本でも南スーダンに派遣される自衛官が銃撃戦に巻き込まれ、戦争への加担して命を落としたらいったいどうするのだろうかと思います。稲田朋美防衛相が「すべてにことについての責任は、私にある」といいました。それを聞いたところでことは進んでいく危険があるということは事実です。


【内容】
 ナチス・ドイツのポーランド侵攻によって始まった第二次大戦。その終盤、間に合わせの訓練を受けただけで ロシア戦線に送り込まれた17歳のヨハンは、左手を失って故郷の山あいの村へ戻り、郵便配達人として働いている。
 ある時は戦地の夫や息子、兄弟と彼らの帰りを待ちわびる家族をつなぎ、ある時は〈黒い手紙〉によって彼らの死を知らせるヨハン。臨月のおなかをかかえて夫を待つ妻、意気揚々と出征していった十代の息子を案じる母、総統が最終勝利をもたらしてくれると熱狂的に信じる娘。戦争に、ヒトラーに批判的な者もいる。ヨハンとおなじく傷病兵として帰郷した若者、ポーランドやウクライナからの強制労働者。そして、ヒトラー・ユーゲントのリーダーからSS隊員になった孫の戦死を受け入れられず、訪れてくるヨハンを孫オットーだと思い込むようになる老女……。
 若いヨハンの誠実さ、温かさは人びとの心を開かせる。みながヨハンに不安、悲しみをあずけ、それをヨハンは受け止める。恋人イルメラとのつかの間の幸福、ドイツ降伏に続くささやかな平和。その後にヨハンを待っていたものは……。
 自分の生きてきた時代が犯した過ちを正面からみつめ、戦後生まれの世代、21世紀に生まれた若い世代に向けて書きつづけてきたパウゼヴァングの最新作。(本紹介の抜粋)

■p17 生還するヨハンは相応の代償を払った。レニングラード近郊で手を失ったのだ。目の前が真っ黒になる直前、木にひっかかっている自分の手が見えた。白樺の枝が受け止めてくれたのだ。

■p27 戦争は、どれほどの愛を阻んだことだろう。しかし、そのような時代に大きくなっていくもの…それは不安だった。黒い手紙はいつ来るかわからなかった。それは家族を極度の恐怖に陥れた。戦争は慣れ親しんだものを破壊し、安全を食い破り希望を押し潰し、身体を痛めつけ、魂を歪める。ものごとの記憶を刻むという意志さえ奪い取ってしまう。

■p67 森林官舎のキーゼュッターさんとは逆に、アマンダおばさんは自分の息子を理解している。しかし、この不条理を、事実として受け入れようとはしない。
■p83 「誰だって、もう戦争はしたくない。だけど戦争は私たちが起こすんじゃない。上にいる誰かさんよ。死骸に群がるハゲタカみたいに、爪を立てて権力をつかみ取ろうとする~」

■p173 「手や命を捧げることを期待する国家にいったいどんな愛国心を持てばいいんだろうね」。

■p174 人間もこんなふうに生きられたらと思った。気の向くまま、好きなように動きまわる。戦争へなんか行かなくてもいい。したいことをする。休暇に行く。旅をして世界を見て回る。女の子と恋をする時間を持つ。




 きないくさい、戦争の足音に気づいてしまう

 日々の生活に「戦争」という言葉はついぞ見当たらないのが現状だろう。とくに、日本にあっては「戦争」という言葉は他国のことだという意識がたかいのではないかと思う。

 それというのも「憲法」が今までどうにか武力をもって世界に行こうと一部の権力者たちの暴走をくいとめてきたからだろう。それには、それを守ろうとする者がちゃんといたからにほかならない。そして、それに賛成した人々の姿が、どうにか日々戦争という足跡をつくらせないようにしてからだろうと思える。
 なによりも日本は戦争によって300万人以上という数字ある。実際にはそれ以上の人が確実に亡くなったという時代を経験してきた。広島、長崎では原爆の経験もあり、いやというほど戦争の傷ましさを経験してきた国でもある。

 最近、この現実を忘れたかのように「武器」を使おうとしている動きが重みをましてきたように思える。今回の南スーダンへの派遣もどうなっていくのかわからない。「駈け付け警護」といいかにも人道的な命令でやることは、戦争そのもの現実ではないかのように説明がある。それでもやっていることは、武力での警護である。
 そんななかで、それをくいとめる方法はといえば、結局武力という形になっていくのではないだろうか。それは、戦争そのもの形はなかったのかという反省を考えさせられる。

 『片手の郵便配達人』の最後にヨハンが認知症のアバンダおばさんに自分の息子に間違えれてしまう。それが原因でヨハンも危うくなっていく…。やっと、戦争が終わったというのに、終わっても人々の生活にはいまだに戦争の悲惨な経験がまさに「戦争」という事実をつくっているように思える。
 以前、詳細は忘れたが、どこかで「女は戦争が終わってから戦争だ」ということを聞いた記憶がある。戦争の影響は、兵士だけでなく、弱者により苦しい生活を強いていく状況だろうと思えてくる。


【内容】
 「ナチス・ドイツ」の言葉からまず連想されるのは「ホロコースト」だろう。ユダヤ人を詰め込んだ移送列車や強制収容所……しかし、それは本書のどこにもはっきりとした姿をあらわさない。ここに描かれているのは、ドイツのどこにでもある町や村、そこに暮らす〈普通の〉人びとが全体主義の狂気にのみこまれていった、あるひとつの「時代」である。
両親や祖父母、おじおば、教師に隣人といった身近な人びとの言葉、行動、社会のありよう……当時の子どもたちが見たさまざまは、やわらかな心に楔のように打ち込まれ、戦後も消えることはなかった。彼らは、思い出したくない「あの時代」のことを言葉にしないまま、大人になった。やがて歳をとり、孫の世代の子どもたちが、ある日こんなふうに彼らに尋ねる。

〈ナチス時代、この村でなにがあったか話してくれる?〉
《「……なぜそんなことを聞くんだい?」
「学校でそのころのことを習ってるの」
「まったく教師ときたら! なにもあの時代でなくてもいいだろうに!」
「どうして? 私たちは自分の村の昔について知る権利があるわ」
「……ホルナウはこんな田舎だ。だから、ここの人はなにも知らなかったし、なにも見なかった。戦争になったことだけは気づいてたけどね」
「ここでもみんなハーケンクロイツの旗を掲げてたんでしょ? そんなホルナウの写真を見たことがあるもの。ユダヤ人迫害についてはみんなどう言ってたの?」》
〈あの時なにをしていたの? なぜなにもいわなかったの? 罪悪感はなかったの?〉
戦後60年という長い時間をへて、やっと重い口を開いて語られた20人の「あの日」。痛みは消えていない。その痛みをおして語る勇気を蓄えるには、それだけの時間が必要だったのかもしれない。その傷みは、作者パウゼヴァングも分かち持っている。

 刷り込み教育をうけ、ナチス思想に傾倒した少女時代。敗戦と引き揚げ体験。本書に登場する、ヒトラー死亡のニュースを聞いて泣いた少女、数か月におよぶ引き揚げの途上で「人間素材的価値」によって分けられた支配者と被支配者からなる世界像をすこしずつ修正していった少女は、かつての作者自身の姿だ。そして戦後は「騙された」ことにたいする怒りから、しだいに「騙された」側の罪も問うようになる。長い時間をかけて――
この時代の証言者はまもなくいなくなる。だからこそ、ナチス時代の〈日常〉を、そして、その日常のすみずみまで浸透していた狂気からは大人も子どもも逃れるすべをもたなかったことを、いま伝えておかなければならない。その作者の思いが、どの物語にも満ち満ちている。
 物語とはただのつくり話ではない。フィクションだからこそ伝えられる真実がある。内容の重さを伝えるのに十分な簡潔さ・強さを備えると同時に、もっとも読ませる力を備えた短篇というかたちをとって描かれた20の物語=文学的ドキュメンタリー。
(本紹介より抜粋)




 戦争という事実をどう記憶に残していくのか。

 戦後71年。日本の戦争はどう記憶に残っていくのだろうかと思う。歴史の教科書では、時代の先頭をいく人たちが歴史の名を残していくだろう。しかし、その時代の指導者の生活は、戦争の日々の傷ましさを経験していくということより、勝利のみを信じてすすむだけなのだろう。勝利を導くために、市井のひとはどんな生活や思いを経験ていたか…ということは「戦争はいいものじゃない」という現実があったのだろうと思う。

 『そこに僕らは居合わせた』は、戦争がつくっていく日常の様子を描いていく。そこには、武器を持った兵士のすがたより、食糧や、鍋、皿、カップなどを利用して日々食べて会話をかわして生きていく姿である。戦争の足音が少しずつ聞こえてきた時代には、日々の暮らしが変化していく。その様子を描いている。その変化に暮らしずらさを感じていくが、戦争へ拘束されていくことに気がついていくが、後戻りできなくなっていく姿が日々を被うようになっていく。

 この本は、些細な日々の生活に「疑問」を投かけることを説いているように思える。



【内容】
 ヨーロッパ各国に連日大勢押し寄せる「難民」.一人ひとりの素顔,その苦悩や希望とは? 受け入れ側の論理や戸惑いは? ドイツを目指すアフガン人一家の逃避行に,一人の記者が寄り添い,世界的課題の実態と,背後に横たわる重い歴史に迫る.複雑で「遠い」問題が,すっとストレートに伝わってくる,第一級の同時進行レポート。(岩波書店紹介)より

■p7 日本からみれば「遠い世界の出来事」かもしれない難民・移民問題を現場から解き明かす手法が何とかないものかと知恵を絞ってひらめいたのは、欧州へと向かう一組の家族と行動を共にする同時進行ルポに挑戦することだった。

■p17 ~「難民」と「移民」という言葉について触れたい。難民や移民は、自分たちの国から出て、外国に移動する人たちという点では共通している。大きな違いは、移動するきっかけが「政治的な迫害」にあるかどうかだ。
 難民を定義する基本となっているのが、一九五一年に締結された「難民の地位に関する条約」(難民条約)。「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に、迫害を受ける恐れがある」ことを条件としている。
 ~一方で、本当は外国で働くために出てきた「移民」と、見極めることは難しくなっている。

■p81 欧州各国では最近、押し寄せるイスラム教徒への警戒感を反映し、右派政党の躍進が目立つ。ただでさえ「反イスラム感情」が高まっているのに、テロ事件でさらに状況が悪化する可能性は極めて高い。

■p90 ポピュリスト(大衆迎合主義者)~自由党。「今、我が国はイスラム化の危機にある。移民を追い返すためのフェンスを国境に作るべきだ。経済的な豊かさを求めてやってくる移民より、まずは貧しいオーストリア人に手を差し伸べるときだ」
~「極右」というと「支持に広がりが限られている熱狂的な愛国者グループ」という先入観があったが、集会にはごくありふれた市民もかなり参加し、シュトラッヘ党首に喝采を送っていた。

■p118~119 同行取材の最終日ということで、ドイツで難民申請したアリさん一家の道のりをここで振り返っておきたい。アリさんは二〇一〇年、旧支配勢力タリバンと政府軍との戦いが続くアフガンからイランへ逃れた。そこでタヘリーさんと結婚し、フェレシェテちゃんが生まれた。トルコへ密出国した一家は、ゴムボートでギリシャ・レスポス島へ密航。その後、ギリシャ本土へと渡り、バルカン半島を陸路で北上した。イランを出てから、ドイツ南部メスシュテッテンにたどり着くまでに、約一か月半かかった。「安全なドイツに着いてほっとしています。一家で穏やかに暮らせるチャンスを与えてほしい」
 安堵の表情を浮かべるアリさんは、欧州への旅に踏み切った理由をこう話している。
 「イランから一家三人で、アフガンに戻ることを何度も考えた。でも、アフガンは危なくてとてもできなかった。だから欧州を目指したのです」

■p210 欧州で逆バネのように台頭する「移民排斥論」や極右政党の躍進を支持する人たちについても、単純に「極右非道」と切り捨てることができない。
 人道主義や「ヒト、モノ、カネの移動の自由」を掲げて、一つの平和なヨーロッパを目指す欧州連合(EU)の統合理念は崇高なものだ。EUが、難民。移民問題だけで崩れ去ることもないだろう。加盟28か国、5億人以上の域内人口を超えて、「数の力」を前面に押し出すことこそが、国際社会でのしのぎを削るアメリカや中国、日本、ロシアと対抗する最高のカードだからだ。





 「難民」はどうしてうまれてしまうのだろうか?

※「難民」と「亡命」ということばを思い出す。どうちがうのか。
 2011年東北大震災のとき、よくきいた言葉が「帰宅難民」だった。ここでも「難民」ということばがひっきりなしにマスコミから流れていた。これは本当に「難民」なの? という疑問はあった。この「難民追跡」を読む限りでは「難民」に該当するほどでもない。つまり「難民」ではなく「被災者」ではないのかと思えた。とりあえず、交通がストップして交通網が断たれ、帰る手段がみつからない。それでも、時間はかかるが道さえ間違えなかければ、どうにか歩いて帰る家はある。いっぽう「難民」は帰るべき家さえもない。そして決定的に違うのは「難民」は政治的な武力衝突によって人為的につくられたたものだということだろう。だから、道をたどって帰っても命の保障さえないところに生活する安全もないということになる。同じ点は「難民」も「帰宅難民」も生きて安全で働き、生活することを求めていることだろう。

 今後、「難民」はどこへむかうのだろうか。
 武力で解決していく限り、減るどころか増える時代になっていくように見える。それは、結局、武力でしようとする方向であるからだ。まさに泥沼である。
 それは、他国があまりにも干渉しすぎてきた国のあり方が考える機会なのかもしれない。自国の利益を考えた政治はいいが、他国に干渉しすぎた政治は難民をつくり出し原因になっているように思う。
 『世界から戦争がなくならない本当の理由』(池上彰・祥伝社)には、イスラムの武力衝突のそもそもの原因は大国の軍事介入にあるということを思い出した。

※還暦にもなり、あと何年読書を続けられるかなあ…、と考えることがあります。
給料は下がる一方で、本は高くなるばかりです(物価も上がっているのだろう)。そんななかで、古本屋にでかけてめぼしい本があったりするとそれはうれいいのですが、それにしても本が高い。趣味だと思えば、適当にしているところです。最近の作家のものはあまり興味がありません。むしろ、歴史の中を今でも読み継がれている作家の作品が多くなってきました。長い歴史の中を耐えていまにあるのは、おそらく残っている「意味」があるからでしょう。その「意味」を自分なりに考えてみるのも楽しいことかもしれないからです。今でも、散歩の途中の図書館通いを続けていこうと思います。





 師走が近づいていると、何となく気ぜわしくなってくる。
 これが、特徴なのかもしれない。誰に追われる…、おそらく私は仕事に追われる一カ月になるように思う。
 今の職場にきて2年目の師走。少しは、慣れたものの、今度は仕事相手の人たちが一人抜け、二人抜けと様変わりしている。その代わりにまた対応しなければならなくなると、ストレスもちがうところで生まれてくるのだろう。
 今年は「再雇用」となって一年目。
 確実に賃金が減ったことは痛い。つまりは、私の小遣いも減るということなのだ。「希望がゆきわたる国へ」という公明党のポスターのようにはいかないなあと思う(当の本人はウソでもなんでも「希望がある」と思って言っているのだからいいかもしれないだろうが暮らしはいいとは思わないのに)。しかし、この政党も地に落ちたというか、権力の番人になって「オカシク」なっているのか変わってしまったなあと思う。そもそも、宗教と政治というのがおかしい。オカシイと言えば、韓国の朴槿恵大統領の支持率が4%で、100万人単位のデモが起きている。これも、宗教家と関係しているという。

 アメリカではTPP反対のトランプ氏が次期大統領に決まった。日本は強行したTPPはいったいどうなっていくのだろうか。安倍首相もアメリカを先行できるほどの政治家とは思えないしねえ。
 来年は、いろいろなことを「どう受け止めるか」がとわれるだろうなあ。そして、どう動くか。

 世の中がなかなか読めない時代になってきたように思う。
 例えば、アメリカ大統領選挙のトランプ氏の勝利。直前までクリントンの優勢がニュースになっていたが蓋をあへたらトランプ氏が大差で勝利してしまった。イギリスではEU(欧州連合)離脱で反対派の勝利がいわれていたにもかかわらず離脱賛成派が勝ってしまった。どちらににも共通するのは「他国より自国の利」という理由だろう。正直なところ、自分のところが疲弊しているのになぜ他国を優遇うするのかということだろうと思う。

 つまりは、時のリード役がことごとく不信感をもたれているということではないか。となると、誰がリード役になればいいのかである。イギリスもアメリカも二択からの一方が選ばれた結果となった。さらに、注意すべきことは、極右の進出がいわれている。この注目する選択の影にその部分を抱きかかえるように極右が増えていく状況もつくられていることは見逃すことのできない事実だろうと思う。
 日本では与党の強行採決が行われる背景にやっぱり同じような極右的な動きがあるとめるような気がする。それが、最近よくいく「日本会議」だろう。ドサクサに紛れてその指導がいきわたったときがいちばん恐ろしい結果を生みさしはしないかと心配に思えるのだが…。


 ことしのブログはいかがでしたか。いろいろと好き勝手なことばかり更新してきました。誤字脱字も読み返しみて多かったなあ、と思います。




 なんとも日々追われてい一年が過ぎていくように思えた。
読んでくれた人、ありがとうございました。


*おまけ*


『自分の感受性くらい』【茨木のり子】


ばさばさに乾いてゆく心を
ひとのせいにするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを

友人のせいにするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにするな

なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮しのせいにするな

そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにするな

わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ



今月の仕事のピークが過ぎて…‥

2016年11月20日 | Weblog

 こんにちは…。
 11月も終わりになってきました。寒さも増すばかりですね。とうとう、暖房が入る季節になってしまいました。
 街路地の紅葉も終わりになって、散歩道も枯葉を踏む音を聞きながらするようになりました。
 今週、残業帰りの遅い中央線の駅中のお店のウインドーでクリスマスのデコレーション作りをしていました。12月は忘年会よりも、クリスマスというのが世間では旬なのでしょうかね。

 見るものは楽しそうなものばかりですが、現実には残業あり、再雇用での年末一時金なしのといいことばかりではありません。本当に、齢を重ねれば重ねるほどいいことがなくなくなっていくように思えます。

 休日になると近くの多摩川によく散歩にでかける。土手をぶらっと歩いていると釣りをしている人をよく見かける。それだけ川がきれいになったということなのだろうか。
 新聞にも「多摩川のアユかえる」という見出しをみたことがある。そのアユをねらって釣りを楽しんでいるのだろう。そして、ときどきアユらしいものを釣り上げた人も見かけたことも多くなっている。長い竿をもった釣り人の姿が川面に生えて、いかにものんびりした光景が好きだ。
 最近は護岸工事によって、土手がコンクリートで整備されていて味気ない風景であるが川に入り竿を立てている姿はとても美しく感じる。

 夏明漱石の『坊ちゃん』という作品にも教師仲間が海釣りにいったくだりがある。ここでは魚を釣る人たちの会話が面白い。魚釣りという行為より、人間がどううまく釣りという遊びを利用してつながているのかが面白い。けっきょく坊ちゃんはそんなめんどうくさい人間関係のことを嫌って、舟にねころんで空を見ているばかりだったが…。




あいさつ不要の社会はあるの?
■神戸新聞の読者の声を集めた欄に、住民同士のあいさつをしないようにマンションの住民総会で決まった。総会では小学生を持つ親から「知らない人にあいさつされたら逃げるように教えているので、マンション内ではあいさつをしないように決めてください」との提案があった。年配者の人からは「あいさつをしてもあいさつが返ってこないので気分が悪かった。お互いにやめましょう」と意見が一致した。大半は「変な世の中になった」「挨拶は人として基本だ」との声も多い。「おかしな人が増えているから、仕方ないかもしれませんね」と理解を示す意見もある。


 とうとうここまできたか…。
 とはいうものの、これでは人と人のつながりが希薄になっていくばかりになっていくようい思えました。知らないもの同士はどこでどうつながっていくことが難しくなってきたのだろうかと思えました。
 散歩をしていて、町で見知らぬ者同士がまずすることは「あいさつ」でしょう。「今日は温かいですね」「いい天気ですね」とか季節のあいさつが浮びます。そうしながら、人は人の選んでいくのでしょう。
 もっと身近な関係であれば、同じ建物にすむ住民同士であれば「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」でしょう。知らない人だからこそあいさつだと考えますが。それさえもなくなったら、人とのつながりのきっかけが希薄になるばかり、といえるのではないのでしょうか。それとも、人とのつながりは「利害」だけとか「身内」だけとかになってしまうような気がします。こうなっていくと考えすぎかと思いますが、気にくわない者は排除ということになっていくような気がします。強いては、自分の考えと違うものは排除のような論理につながってしまう。今の政府のような「一強多弱」の政治そのものではないかと思えてしまいます。

 ことは小さな出来事ですが、その影響は「排外主義」「ヘイトスピーチ」に変容して過程をみているように思えた記事でした。考えすぎでしょうか。今の人たちに「連帯」という言葉は死語になっているのでしょうか。
 だけど、好きであれ嫌いであれ、弱者は連帯していかないと解決の糸口はできませんが。

福島第一原発事故で福島県から横浜市に自主的避難した中学1年生の男子生徒(13)がいじめにを受けて不登校になった…。男子生徒の代理人弁護士にらによると2014年7月、当時小5の男子生徒が同級生から金銭を要求されたと保護者が県警に相談。同級生らは遊行費や飲食代など5万~10万円を負担することが複数回あったと県警の調査で判明した。

 なんとも弱者の足元を見て、とことんいじめる時代背景はまさに「弱肉強食」という思いがした。
 それを、勉強すべき学校でおきていることには心の置き所が迷走してしまう。どこに助けを求めればいいのか。すべてを解決しようなどということはできない中、人は、困っていればできる範囲で援助していくのが人の住む社会とうことではないのでしょうかね。このニュースには悲しくなってしまう。

 なんともやるせない出来事だろうか…。以前にも多摩川でいじめに遭って亡くなった少年のことを思いだしてしまった。ということは、悲惨な事件の教訓がいいかされていないということだろう。いったい、学びあうということはどういくことなのだろうかと思う。
 とはいっても、全部がそうではないと思うしかないように気もする。それにしても、いちばん事件の専門性をもった学校や警察のいいかげんさには、この時代の余裕のなさを突きつけられているように思えた。
 法律でどんなに整理されていても、それが本当に生きていない社会があるように思う。


南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣さている陸上自衛隊に18日、「駈け付け警護」の任務が発令された。政府と国連の現地常識はかけ離れており、隊員の危険度は高まるばかり。防衛相(稲田朋美)は「新たな任務についての命令を出したのは私自身。すべての責任は、私にある」と話した。




 連休はうれしいが、とはいえ仕事は止まってくれない。
 今の職場になってから、週のまんなかに祝日などがあると「一抹の不安」はいつも持つようになった。新聞はその日時に出すという宿命を持っていて、世の中がひっくり返るほどの災害以外は出すようにでいている。ましては、祝日などは論外で絶対に出す宿命をになっている。だから新聞なのだとう思う。
 そこの職場が大変なのは、締め切り時間でなく、仕事をやる態勢のうほうだ。経営者が方針を出せば、その方針によって職場ができあがっていく。そんな形で私のいる職場もいまあるのだと思う。

 もし、締切日に新聞が滞ってしまうときはどうするのだろうか。(少なくともそこで仕事をする人の責任ではない)と私は常々考えている。例えば、機械が壊れたら仕事が停まる、停まるどころか次の職場も停まる、ということになる。「もう古いので替えてほしい」と申し出ているにも関わらず替えなくて壊れたら、経営者の怠慢だろうと思うようになっている。(これは私の仕事の大原則)。

 おおよそ、問題を持って解決すべき人は、その組織でいちばんお金をもらている人間である。その人間が、その報酬に関わらず、責任者をまっとうできるように問われなければ、その組織は健全さを失っていく。健全さが失われいく過程の中で、問題の本質を見極め解決する努力せず、自分の保身に駆けずるまわっていくようになる。保身を絶対的にするために、今度は派閥(仲間)をつくる。それが多数派になってしまうと、間違えも間違いでなくなるほど強行採決になっていく。

 そうなると問題の解決は二の次になってしまい新聞が滞るだろうなあ…と思う。
 休日出勤の昼間、仕事の合間にそんなことを考えていた。《そういえば、夜の残業の時は、仕事に追われて考える余裕などないだろうなあ。お客も余裕がなくなって、担当が誰であってもいい早く終わらせることを考えているのでそうなるのだろう》。

 もっと休日出勤が増えるだろう。なぜなら、新聞は通常号と新年号の二種類つくるようになるからだ。
 新年の朝方、読者の目には、パズルありクイズありと楽しいカラー版の紙面だ。しかし、それを作ってる職場はてんや、わんやだろうと思う。経験からしてつくずく体が反応していく。
 とはいえ、これはキツイなあと正直思う。



 はや2016年も終わりかけている。一年間を振り返って、はやいと思えるのか、遅いと思えるのか振り返ってみる日が必要など思う。
今年から「再雇用」となり、賃金はさがり、一時金もなくなった。年金の通知も時々郵送されてくるようになった。

 ここ何日か前から、なにやら年金法案が騒がれている。なにがどうなることやら、少子高齢化によって年金を納める人の人が減るのだという。日々、せっせと給料袋からなにがしかのお金が自動的に差し引かれ、気がつけばこのお金が私よりも高齢者の人たちの年金になっていたのだろう。そして、私が得る年金は、当然私より年下の人たちが延々と差し引かれた中から出るということだが事実。
 その年金を受ける人、払う人のバランスがとてつもなく悪くなるということは理解できても、「自分の賃金から引かれた分だけ本当にもらえるのか」という疑問は残っている。
 しかし、以前に年金を使って投資をしていることがニュースになっていた。人のお金をそんなことに使うのか。まさに、社会が暗黙の了解でもって大ばくちをしているようなものだろう。他人の税金(お金)という感覚であるのではないのだろうか。

 それが事実であるかのように、富山県で、県・市議会議員が「政治活動費」というお金が私的に使われていたことがニュースになった。犯罪だろう。わからなかったらおそらく延々とつかわれていたのだろうか。私的に公費をつかっていた議員辞職にともなって選挙をやった投票率が30%に満たないというのも問題だろうと思う。こんな議員は辞職するのは当たり前だとしても、選挙でつかったお金もまた公費なのだから大変だ。
 …などなど。年末になって考えてしまう。来年はそこのところも考えないといけないのかと思う。

読んでくれた人、ありがとうございました。

山はきっと紅葉がみごろでしょう!…かな。

2016年11月13日 | Weblog

 こんにちは…。
 とうとう寒くなってしまいましたね。朝は寒い中、起きるのがちょっとつらい日々がきました。齢を重ねるたびに寒さは、天敵のような気がします。
 寒い朝を起きる工夫が必要になってきました。
 とはいうもの、工夫よりさっさと起きて動いた方がいいのでしょうかね。

 さて、今週はどんな週だったでしょうか。
 米国では、「満塁逆転ホームラン」というようなトランプ氏が大統領になっていました。世の中どうかしてしまったのか…、という状況でした。でも、英国のEU離脱の国民帳票もそうだったように世界は、まさに他国のことを考える余裕すらなくなってしまったのでしょうか。それも、大国がそんな状況だから、小国は多大な影響を受けることは必至でしょうか。
 今後はそんなひずみが、多くの国に波及していくように思えます。とくに、日本やイスラム圏などはどうなっていくのでしょうか。




 米国大統領選で共和党の不動産王ドナルド・トランプ氏(70)が民主党のヒラリー・クリントン氏に予想を覆して勝利。勝利宣言で国際社会に「われわれは常に米国の利益を第一とする」と「自国第一主義」を表明した(11日/東京)

 なんとなく、カジノのギャンブルのような大統領選でしたね。「メキシコ国境に柵をつくる」とか「イスラム国に強制排除」「女性差別発言」とかいろいろと物議をだした政策が選挙戦にいわれていた。これは、誰がみてもクリントン氏だろうと予想をしていただろう。クリントン氏は「メール問題」が出されていた。問題はどちたかというと「メール問題」だろう。それも、公務中のことだから実際に問題になるとしたら後者だろうと思えた。
 なぜなら、それが大統領選で問題にならなかれば、おそらく問題になるまで続けたいたろうと思うからだ。国をあずかる政治家が公務中に私的なことで「機密」を漏えいは大変なことになるわけだろう。それがいままさに現実になっているのが、韓国の朴槿恵大統領だろう。知人や側近に漏えいされた情報が一人歩きして、ある者の利益を生み出したりする恐れがある。そして。国民や企業が利益誘導のため脅迫されるということだろう。
 
 とはいえ、トランプ次期大統領は政治経験がないとう。それは、それほど問題はならないのだろうと思う。なぜななら、副大統領や報道官などはその道のプロをもってくればいいわかだから。すでに、ブレーンの顔ぶれは発表されている。そのなかで、自分の身内もいれていることにはちょっと疑問を持ってしまう。
 「われわれは常に米国の利益を第一とする」がいつの間にか、「自分の企業が第一」となるのではないかと思えてしまうのは考えすぎだろうか。政治家になり、権力がいかようにも利用できる立場になって国民の利益は優先させるのは当然だとしても、経営者の手腕もふるうわけだろう。

 昔、日本にも田中角栄首相のとき、地元利益を最優先させるの経済政策を実行していった。さらに、「列島改造」を打ち出していった。最終的には、「ロッキード事件」で賄賂をもらい失脚してしまった。
 今年、田中角栄の本が多く出版されて、「ロッキード事件」だけでなく、政治家としての功績や人間味あふれる内容が再評価されているようだ。それは、それで結局、政治家という立場を利用して国民のためじゃなくて私利私欲にはしってしまったことで逮捕される。
 …と考えると、今後が注目していく大統領だろうなあ。今、韓国では大揺れであるようだ。米国大統領が人間の本能丸出しになるのも時間の問題といわれないようにしてほしいなあ。
 あとは、今まで選挙戦で言ってきたことのなかで、TPPは不承認でいてほしいなあ。
 この選挙戦でいちばんまともだったのは民主党のバーニー・サンダース氏だったように思えた。おしい。


 横浜市港南区で集団登校中の小学生の列に軽トラックが突っ込み、1年生の男児が死亡した事故で、横浜地検は11日、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)の疑いで逮捕された無職合田政市容疑者(87)について、鑑定留置を始めた(11日/朝日)

 また起きたか…という気がします。
 最近、高齢者の運転する交通事故が多く報道されるようになっている。運転者は「自分は大丈夫」と思っているのだろうが、やはり高速で走る自動車では瞬時の判断が命取りとなる。そうみれば、高齢者にとってはものすごい負担になってるだろう思う。

 私の近所の豆腐屋さんのおばさん(70~80歳)がいる。朝早くから豆腐をつくり、自分のところでうるものや近所のスーパーなどに卸している。軽トラックとはいえ、時々みかける。ニュースをきくうちに「大丈夫」という思いが最近強い。仕事が好きなのか、老後が経済的にきびしいからつくっているのかそれはわからないがもうそろそろ引退の年齢だとみえる。それを許さない状況もあるのだろうか。これは、正直なところ他人事のようには思えない。なぜなら、私も今後、年金で生活できなければ働かなければならないのではないかと思う。
 聞くところによると、年金は年々安くなっているときけばなおさらだ。自分の人生設計が甘かったのか、それとも社会保障という政治が悪いのか、現実的になってくるように思えた。

 では、高齢者がなぜ自動車を運転するのかと言えば「生活の足」として利用しているともいう。たまたま、体調が悪くなってしまって暴走させてしまったとうこともある。(以前、観光バスの運転手が暴走させた多くの死者を出したという事件もあったがこれは、経営する会社が無理なノルマをさせていたということが判明した)。
 これまで、身近なローカル線が赤字だという理由でたくさん廃止されてきた。国鉄が民営化になってからは、人も列車も減らされた。そのかわりの輸送手段としてバスが利用されるようになったが、本数が少なくなった。それも乗客がいなくなれば、減らされるどころか廃止になっていく。それでは、高齢者が用事が出来なくなってしまう。だから、自動車を使うのではないのだろうか。ローカル線の廃止やバスの廃止が事故に拍車をかけたと思えないだろうか。多くの公共交通が廃止され、仕方なく自動車運転を再開した背景を語らないことが政治家の怠慢でもあるように思えるのだが…。

 少子高齢化社会となれば、高齢者の交通手段をうばっていく。ますます増える中、ある意味事故は政治の貧困がつくり出してはいなのだろうかとつくずく思うニュースだった。




 ニコンは、半導体製造装置事業などの不振を理由に、来年3月末までに希望退職を防臭し、国内グループの全従業員の約10%に当たる計1000人を削減すると正式発表した。希望退職に加えて配置転換も実施し、半導体装置事業でも約1000人、デジタルカメラなど手掛ける映像事業で約350人、本社部門で約200人それぞれ減らす。(11日/東京)

 最近電通の女性社員が過労自殺をした事件があった。
 労働者は1日・8時間労働、週40時間が労働基準法で定められている労働時間だ。それ以降の仕事は労基法36条で合意すれば残業時間として働くことができる、となっている。ということは、女性が過労自殺した職場でも「合意」があったのだろう。では、労働組合の見解はどうだったのだろうか。それをまとめる組織はどうだったのだろうか…と思う。企業も犯罪的な長時間労働をさせてきた責任は重大だが、それに歯止めをかけるべき労働組合は何をしていたのだろうかと当然に考えてしまう。

 これがニュースになるくらいだから、この事件がピークならふもとにはもっとたくさんの問題があるのだろう。まして「ブラック企業」ということで騒がれている昨今だ。
 前月だろうか、運輸会社の労働者が再雇用後でも同じ仕事であらなら「同一労働・同一賃金」を出せといった裁判で地裁は労働者の訴えを認めた判決だったのを高裁あでは「破棄」した判決出された。
 どうも、裁判所もより権力に近づくと労働者には不利になっていく傾向は今も昔も同じなのは残念だ。

 今も資本家の本質は200年前と同じだということだろ。
 『イギリスにおける労働者階級の状態』(F・エンゲルス著)からも読みとれる。その本質を隠そうとあの手この手でやる技術は違うがやっていることは同じだと思えた。ただ違うのは日本でいえば、200年前の労働者はちゃんと団結して解決しようとしていること…。今は組合費をとっているわには資本に言うことがないのだろうか。




 いよいよ11月も後半にむかいはじめました。
 巷では冬のボーナスの声を風の便りにききます。(私の方は再雇用という身分なのでまったく関係ないのですが)。
 日々の仕事をしていてこの日だけは、いただける人にとってはうれしい時期で、今年最良の日ではないかと思います。「殿」おこぼれを…、と再雇用の人たちは思っているのですが、しょせん蚊帳のそとです。それでも月日は、師走へとむかっていきます。
 そして、11月は、忘年会の予約がはじまるころでしょうか。

 先日、連絡の電話がありました。とはいえ、ふたつ返事で「OK]とはならないのが「一人職場」の悲しいところ。さらには、人の迷惑かえりみずで日程がまさに不愉快な日なのです。日曜の夕方からでした。
 おいおい、私はそんなに暇な人じゃないという気持ちで電話に応えていました。ゆっくり忘年会をする時間ではないような気がしましたので「キャンセル」にする予定です。
 たかが忘年会、されど忘年会…。
 できれば、ゆっくりしたいものです。翌日休みであれば…と思うのですが。無理でしょうかねえ。
 
 今月もいよいよ月末です。またしても月刊誌の締め切りが近づいてきました。また、バタバタとする一週間が始まります。それを乗り切るために、一カ月が始まり終わるような日々です。
 でも最近、悪いことばかりではないことにも気がつきました。原稿を読んでいるとさすがになれた人たちです。とてもわかりやすい文章には勉強になります。また、その著者たちの紹介する本などを読んみるきっかけもつくっているように思います。悪いと事は時間にルーズですねえ。

 日々寒さが厳しくなってきます。
 駅のホームで列車を待つ時には寒さが身にしみます。
 これがサラリーマンの宿命としりつつもう何年も働けるわかではないのなだあ…と思います。そして、身近な人たちの「訃報」などがあると、同じ年齢、あと何年元気でいるのかなあ…と思います。幸いにも、今はまだ仕事がでkるので、日々はほとんど忘れていることなのでしょう。
 それでも、時間は確実にすぎていくことは現実です。一日、一日大事に宗教家のように思いをためて感謝していければと思いますが…ね。

 では、今週はこのへんで失礼します。
 できれば数すくない気の合ったどうしで細々と忘年会ができればいいですね。
 読んでくれた人、ありがとうございました。


11月に入り…寒さも厳しくなってきました

2016年11月06日 | Weblog

こんにちは…。
 とうとう11月に入ってしまいました。そして、日を追うごとに寒さが増してきました。
 散歩に出ていくて、突然北風が吹いてきたときはなおさら寒さが身にしみる季節がやってきました。
 今年もあとわずか…、などという声も少しずつ音量がおおきくなっていくように思えます。
 最近、毛布で頑張っていたのですがとうとうかけぶとんが登場してきました。「よる年波にはかてず」といいところでしょうか。本当の寒いのはいやですねえ…。

 さて、今週はあい変らずの与党の「強行採決」が報じられていました。「数」で強行とは、やることが昨年の「集団安保法」のときとなにも変わらないことがつくづくわかりました。さすがに、昨年の暴力的な「パンチ」は出てはいませんでしたが…。




 日本国憲法が11月3日(文化の日)で公布70年を迎える。短くはない年月にもかかわらず、それが「押し付け」だったと問題視する動きが再び出ている。まもなく始まる衆院憲法審査会でも「制定経緯」はテーマのひとつだ。(11月3日/朝日)

 「文化の日」とはどうでもいい人たちの文化勲章の日だと思っていたが、メインは「憲法公布」の日だったとは、今までの考えをあらためないとと思います。こんな大事な日をどうして、今まで「文化人」の日だと思っていたのでしょうか。それだけ、憲法が空気のようでうまく機能していたのだろうと思います。ことさら、最近「憲法」ということが耳にすることが多くなってきたということは、それに関係する事柄が多くなってきたということなのでしょう。例えば昨年「立憲主義」という言葉が多く聞きました。憲法が中心になっている言葉でしょう。
 
 今年、参議院選挙で与党(自民党・公明党)当選しました。その結果、「憲法改正の発議の3分の2」議席を獲得したということです。以前から自民党は「自主憲法」制定を目指していたわけですから、選挙でより現実的になってきたということでしょう。
 とはいえ、70年間、現憲法で生活してきて何かの不便は感じませんでした。不便を感じたのは権力をにぎる政治家たちなのでしょう。それがいちばん目立つのは「憲法9条=戦争放棄」ということはよく聞きます。
 「紛争解決のための武力は持たない」という条文は、昨年の強行採決をした「集団的自衛権」容認の「集団安保法」に参加したい与党にとっては目障りという条文であったのでしょう。いちはやく、採決に持ち込みまさに「強行採決」によって成立させた経緯は記憶に新しいところです。

 では、なぜこう急ぐのか。
 考えてみれば、現憲法が国民に支持されてきた一方で、政府与党(権力側)のとってはいいものではないのでしょう。だから、変えたいという発想がでてきたのでしょう。変えるための理由はどうするかとなって「押し付け」ということを言い始めたように思えます。大部分の国民にとっては「押し付けとは思えません。
 憲法の成立経緯を考える大切さを痛感します。歴史が大事ということもいえるのでしょう。
 ちなみに「文化の日」を「明治の日」と呼ぶ日がくるのでしょうか。なんとも、時代がが逆行していくことはかんべんしてほしいものです。
※参考「読むための日本国憲法」東京新聞政治部編(文春文庫)を読んでみるのもがいいと思います。

 隣国の韓国で、朴槿恵(パククネ)大統領が演説草稿などの機密を民間人などに漏らした問題で、ソウル中央地検は2日、出頭した青瓦台(韓国大統領府)の安鍾範前政策調整主席秘書官の聴取を始めた(11月3日/東京)

 他国の政治はそれほど知らない。それでも隣国の韓国で大統領が機密文書を民間人に文書を見せていた。結局、大統領の違法の行為を見た民間人はそれを利用して利益を得ていたことは疑いないだろう。利益供与はまぬがれないだろうと思う。ときの権力者の弱みにつけこんで徹底的に利用されていたようだ。事実、文書などを見せてもらっていた人を通して企業に多額の金額を要求していたという。

 どこの権力者も自分の弱みが世間にばらまかれてはもうやめるしかない。それも、絶対、権力があり、法を守るべき側の人間だけに疑いなく辞任だろうと思う。それにしても、その後の韓国国民の徹底した疑惑解明の抗議行動はすごい。だから政治家もえりを正しているんだろう。日本の政治家もこんな国民であればおそらく、安易な発言もしないだろうと思う。歴史が違うのだろうか。それも、抑圧された歴史や自分らで歴史をつくってきたという自負もあるのだろうか。とくに若者が怒っている。

 朴槿恵の父親は、演説中に銃で撃たれて死亡した。光州事件があった。
 そんなこともあって民衆のことを一番しっていると思っていたが、どこでどう間違ってしまったのか。今後の調査がまたれる。議員が政治を私物化してはならない、ということが大事だろう。日本では富山の議員が政策活動費を私物化して辞任した。ことの大小はあれ同じだろうと思う。


 定年後に佐雇用されたトラック運転手の男性3人が、定年前と同じ業務なのに賃金を下げられたのはいほうだとして定年前と同じ賃金を支払うよう勤務先の運送会社に求めた控訴審判が2日、東京高裁であった。杉原則彦裁判長は、「定年後に賃金が引き下げられることは社会的に受け入れられており、一定の合理性がある」と判断。運転手側の訴えを認めた一審・東京地裁判決を取り消し、請求を棄却した。(11月3日/朝日)

 この裁判は東京地裁のときから注目してきた裁判だった。なぜなら、わたしも、再雇用の身分であり仕事は何ら再雇用の前とは変わらない…、というより前より労働密度がある仕事についているからだ。
 基本給はもちろんのこと残業代単価も減少した。これで、同じように仕事をしてくださいとはなんとも間尺にあわないことかと普段から感じていた。いいところと言えば、通勤距離が短くなったということぐらいだろう。なんでこうも最後の最後まで痛めつけらなくてはならないのだろうか、と思う。
 まして、「利益は少ない」といっているにもかかわらず新入社員ととっているということはなんとも不合理ではないかとも思う。

 労働組合はいったいどう考えているのだろうか。なにか改善はないのだろうか。
※この裁判は最高裁までいくのだろうか。ちょっと注目していきたいと思います。




 今年は駆け足で過ぎていったように思うことがる。いろいろと月末には忙しく…という理由が一番多かった。今月も同じように月末が近づくとそんな理由で時が過ぎていくのだろうか。
 ここ一年、本社の同じ職場にいた人たちの電話での声は聴くが素顔をみたことがない。こんな感じでいいのだろうかと思う。これで年賀状で「昨年は大変お世話に云々…」はないだろうと思えた。いったい、こんな仕組みはどう変えようとしてくのだろうか。いやいや、本社は何も考えていないのではないかと思うこともある。
 いずれにせよ、私もここはもう限界のような体力だろう。再雇用の時、一年で終わりで来年は違うところにという希望を出しておいた。いったいどうなるのだろうか。

 年末に時間を見つけて「この一年再雇用で考えたこと」でも提出しようか。

 人は話もしなくても何人かの人の温もりが必要だろう。
 今の職場は人はいるが、正確には同じ土俵の人たちではない。普通に話せても、最終的にはお客である。その垣根をとりはらうことも大事だと思うが、体力がいるのだ。人を納得させるにはエネルギーがいる。
 とにかく今年を乗り越えるしかないようだ。「月末は忙しいので…」という理由をもちつつ…。

 やはり寒いのはつらいですね。
 昼間はそれほどでもないが朝夕は、寒さもきつくなっていくようです。もうすぐ年末か。
 毎年、年末はボーナスという時期にはあたりまえにボーナスという言葉があったが、今年から再雇用者はない。季節も寒くなったが、懐も寒くなり、二重の寒さで今年はきついです。
 これでモチベーションをあげるとはなんとも残酷ではないのかね。
 そういうことだと、仕事もちょっと力がぬけるように思えます。まあ、一つずつ片づけながら進めていこうと思います。
 読者のみなさん、くれぐれもカゼなどひかないように。通勤途中のマスクは必需品になっています。
 今週はこのへんで。
 読んでくれた人、ありがとうございました。