日々徒然に

今日はどんな一日で明日はどんな日にしよう?
 今日があることを感謝。
  あしたを考える一日をつくりたいね……

早かった2年間でした。

2017年04月30日 | Weblog

 こんにちは。
 新緑の季節。寒くもなく、暑くもなく新緑に囲まれてゆっくり歩くのにはちょうどいい季節になってきました。
 さらに連休でいろいろな予定があって楽しい季節といってようのでしょうか。連日渋滞もなんのその…で故郷へ向かうニュースが始まったようです。
 私の今年の連休は故郷や旅行へいくでもなく送る休みとなるのでしょうか。ただ、この連休中に「憲法集会」に行ってみようと考えていることくらいです。あとは、普段できなかったことを…、というところでしょうか。

 それにしても、今週は毎朝「朝から北朝鮮」という週でもあったように見えました。一方、韓国軍と米軍は軍事演習をやっていました。それに呼応するかのニュースもなにかきな臭い様子でもありました。
 連休でこれか楽しい一週間がだいなしのニュースでもありました。ニュースをみていると、あたかも戦争がはじまりそうな雰囲気にもみえました。それも近隣の国のことです、気になったニュースでした。

 それにしても、どうして重箱の隅をつつくような北朝鮮への圧力を繰り返すのでしょうか。ニュースが流れれば流れるほど「平和」が遠くなっていくように思えます。平和を望むならなぜ、話しあうテーブルを用意しようと努力しないのでしょうかねえ。日本にいる朝鮮の人々にも大変迷惑なことでしょう。
 






 今月は、月末には引っ越しというなかでの読書でした。仕事と荷造り、スケジュール調整などがあった。5月の連休ということもあっていつもより多くの仕事を片づけなくてはならなかった。月末になるにつれ、周りの人たちも日々少しづつ片づける様子でてんやわんやの日々でもありました。
 最悪であったのは、弊社の引っ越しスケジュールが二転三転して、それに振り回された一か月もあった。(これが弊社の現実ですか)。

 そんな中の読書。手に取っていたのは夏目漱石の『坊ちゃん』であった。短くて、話がストレートで愉快な物語。最後は、なんとも人間味あふれる小説でもあった。人の世は、人の数だけ性格があり、憎しみが喜びが歴史のなかでいきいきと描かれているところが好きな理由でもある。
 いつもへこんでいるような時、読む僕の常備薬のような本でもある。だから何度も読んでいる。そして、読んだ分だけ感想が思いがけなくでてくる本でもある。



■p72 清と山嵐とは固(もと)より比べ物にならないが、たとい氷水だろうが、甘茶だろうが、他人から恵みを受けて、だまっているのは向うを一と角の人間と見てて、その人間対する厚意の所作だ。割前を出せばそれだけの事で済むところを、心のうちで難有(ありがた)いと恩に着るのは銭金で買える返礼じゃない。無位無官でも一人前の独立した人間だ。独立した人間が頭を下げるのは百万両より尊いと御礼と思わなければならない



 世の中静かな人ばかり増えてきたように思う。
 そして、一日中スマホをながめているという意識不明のような人が周りに多くなってきたように思う。ぼくにとっては、今がいちばん住みにくい世の中のように思えている。
 『坊ちゃん』はそんななかで輝いている人間像でもある。
(つづく…)



 今月最後の金曜日(28日)、ようやく荷造りしたものがトラックに無事搬送されていった。これでここでの仕事は終了した。帰り際に、お世話になったお客さん挨拶をして別れた。

 思えば2年前、病気で辞めてしまった人のピンチヒッターとして就任したのだった。見渡せば、全員が仕事を通じての初対面状態であった。やることは、これまでと同じ仕事とは知っていても一人職場となって心細かった。1か月も過ぎる頃、少しずつ仕事のながれや、お客の様子も分かってきたので、就任当時の不安は少しずつ解消されたようだ。それでも、仕事が混雑してしまうと若いころとは違ってスピードは劣る。

 そんな時は、開き直ってやるしかなかった。お客に迷惑をかけているだろうか、恥ずかしい…、などとこちらが心配しているほどではなかった。要は正確にさらには、お客がイメージする以上にできていれば苦情はなかった。(本心、苦情を言われたところで私の責任ではないと腹をくくって「苦情は本社に」と思っていた)。

 ただ、ここでの生活でいちばん困ったことは原稿がたまってしまっても、通常は私が全部やらなければ進まないとう現実があるため休日出勤が多かった。通勤は勤務地が千代田区内であったので苦労はしなかったように思う。休日出勤では誰もいないオフィスの静かなことが印象に残っている。(トランジスタラジオがよく聴こえた)。
 
  ここでは仕事はいろいろ苦労した話が多かった。それでも、それを和らげるようなお客さんの対応には感謝している。「仕事は一人では完結しない」ということを強く考えさせた時間であったように思う。
 なぜか、本社にいる時よりも、ここでの飲み会によく誘われた。人数合わせという理由もあったが、それでもさそってくれる人たちにありがたかった。そして、他の人よりもいつも安くしてくれた(これは大事)。

 みなさんせれぞれ個性があった。なによりもここでの上司がいちばん謙虚で他人を思いやる人だったことに印象的だった。弊社の上司は…と考えさせられた。おかげ2年間いやな時よりも、総じて思えば自分の積極的に仕事に工夫をしてやりたいと行動していたことを思うとよかったのだろうと思う。
 
 ぼくはいつも考えることがある。
 「何の因果でぼくがここにいるのだろうか」ということだ。
 ここでは、どんな因果できたのか…。いまでは単なるピンチヒッターという役よりスタメンとしての僕をつくってくれた人たちに感謝である。実際、人は誰かのピンチヒッターである。しかし、いつまでもピンチヒッターでは、その人のいちばんいいところは伸ばすことはできない。
 それを伸ばしてくれるのは、周りの人たちの対応だろう。そして、スタメンでも安心だと自覚させてくれるのもこの人たちだのだろう。
 自信をもたせて、成長させてくれるのもその人たちでもある。そんな因果でここにいることが最後になって気づかされたように思えた。

 さて5月1日より、本社に戻ります。どんなふうに変わっているのでしょうか。ここでも、ぼくはピンチヒッターではじまるのでしょう。
 正気なところ、ここではスタメンにならなくてもきっといいのだろうと思う。なぜな、もうちょっとスタメンの人が頑張ってやることがあるように見えるからだ。戻った職場でぼくがスタメンであってはいけないだろう。なぜなら、ぼくが引退がちかいピンチヒッターだからだ。いまだの、引っ越しのときの筋肉痛が続いている老体だからだ。(※スタメン=スターティングメンバーのこと)。

 いずれにせよ、自然体でいきたいと思います。体の痛みをがまんしてやるほど若くはないとうことを誰よりも自覚していきたいと思います。
 プライドなど考えないで仕事をやっていこうと思います。プライドで心にうそをついてやるような仕事には限界があります。いずれ、体をきわす引き金になりかねます。
 と、いうように思います。加齢で無理は禁物です。



 5月はすぐそこです。
 連休も始まります。どんな予定があるのでしょうか。天気も気になるところでしょうが、まずは予定を立てたいものです。
 ぼくもやることが二つあります。一つは、3日の憲法集会に参加することです。今年は憲法施行70年にあたるそうです。民法や刑法などと比べるとあまり身近にないように思えます。とはいえ、国の骨格となる憲法です。ぼくたちが守るというより政治家が守るべき法律だと思います。
 それが、どう守られているのか、さらにはどう守られていないのか聞いてみたいと思います。最近では、自民党が「自主憲法」なるものをつくっています。それはいったいどういうものなのか。(自衛隊を「軍隊」としている)と聞きます。



 では、読者の皆様。
 楽しい連休をつくってください。
 読んでくれた人、ありがとうございました。


異動まで1週間。慰労会に参加してきました。

2017年04月23日 | Weblog

 こんにちは。
 桜もすっかり散り、街路樹にはハナミズキが満開になってきました。今年は花見にいけましたか。ぼくの方は、だめでした。日々、引っ越しにむけて落ち着きません。いっぽうで「めんどうくさい」と思いつつ送っていました。
 日々変化していく温かさ。散歩道でもみかける花をみるたび、気持ちを楽にさせていくように思えます。季節のなかで、寒さや暑ささらには自然災害などで、自然のきびしさもありますが、ちゃんとケアーしてくれるめんもあるようです。これは、とてもありがたいことです。
 そんな中、近づきつつある連休ですがどんな予定があるのでしょうか。

 さて、今週はどんなことがあったのでしょうか。
 目立ったところで、自民党の中川俊直衆院議員(広島4区)が不倫報道を受けて離党を提出したというニュースがありました。あいかわらず、こりずに前回の育メン議員、宮崎謙介衆院議員に続きのできごとでした。宮崎議員は辞職しましたが、今回の方はまだ居座っているようです。

 被災地へいって「長靴業界はもうかった」と言った務台俊介(長野2区)もありました。最近は首相自身も、首相夫人が公人でなく私人発言もありました。さらには、今村雅弘復興相の福島の自主避難の記者会見での発言。
 まあ、いいたいことを底なしにいっているように思える。
 いま審議がはじまった「共謀罪」についてもどんな発言がでてくのか。
 それを許す野党の腰砕け。
 「緊張感をもって」やっている与党はちっとも緊張していないし、「徹底抗戦」を挑むの野党は、都議選が近づくひび、離党届が出始めた民進党。両方とも政治は国民のためではたてまえで、やっぱり私的生活を充実・自己満足を追求しているようです。税金は与野党のドタバタに使われてりうように見えますねえ。

 いったい、どうなってるのですか…。
 今の政治に何が足らないのかとおもったとき、それはなんなのでしょうか。
 政治は「地方の時代」は以前からいわれていたのですが、ほとんど中央集中で政治が行われていて、地方では破廉恥な行動や議員の富山県議会代表される政治活動の横領など…まともじゃないような社会になっているように見えます。「人の噂も七十五日」状態になっている国民にも責任があるからでしょうか。もっと、足元の政治をしっかりやってほしいものです。

 「忘れれた人々」も日本にも増大しつつあります。そんな時期も時間の問題になっているかのような政治ではないかと思えた一週間でした。





 4月も終わりです。はやいものですね…。
 ここにきて1年と11ヵ月が過ぎていきました。
 当初は「島流し」感覚の日々でしたが、「住めばなんとやらで」一人職場もいよいよ1週間を残すのみとなりました。思えば、ここではなぜでしょうかね、本社にいた以上に「○○会」という名前で飲み会があったように思えます。
 ほとんど、幹事さんが参加人数が人数が少ないと、私への参加を呼びかけてくれた結果でした。悪く言えば、人数合わせという出席でした。それでも、最後は気をつかっていただいているようにも思えます。

 本社にいた時は全然行く気持ちになれなかった飲み会は、どうしてかここにきてからは行くようになっていることに気がつきました。
 どこかが違うのでしょうね。



 来週は、今の職場での仕事が最後の週になります。雑誌は終わっているのであとは新聞を2回出して終了です。
 考えてみれば、この職場はきっとぼくにとっていい職場だったのかもしれません。一人職場で大変な時もありましたが、今思うと、それなりにお客が気をつかってくれたのは、本社以上であったと思います。
 おいおい思い出していきたいと思います。

 連休をまえに、ちょっとウキウキしているのでしょうか。もうちょっとやれば連休にと。
 ということで今週はこのへんで失礼します。5月の予定を立てよう。
 読んでくれた人、ありがとうございました。


桜も散りはじめました。

2017年04月16日 | Weblog

 こんにちは。
 もう桜もちりはじめていますね。これから、桜前線は北上していくのでしょう。以前、5月に北海道に行ったとき、桜が満開でした。それだけ寒さも残っているということでしょう。
 今年の花見はできませんでした。それでも、通勤路でみかけることもあり少しは満喫できたのでしょうか。
 ずーと桜をみていたら、短歌が浮びましたよ…。(全写真:昭和記念公園にて)

*さくら舞う いく世にわたり 花びらに うたれし風に きょう散りゆく

 さて今週は疲れました。会社の移転引っ越しの準備や月刊誌締切、引っ越し後の新システムの説明等など…。還暦になってまでこんなことを必死でやっている体力が続かないというのが現実ではないかと思います。そう思うと政治家という人たちはすごいものだなと思えてきます。やっぱり、どこが違うって政治家はやればやるほど、よきにつけ悪きにつけ、野心と名誉がからみ合ってうまくいけばその名前を歴史に残せるということなのでしょうか。私には、そんな気分はもうとうない市井の人間です。

 「共謀罪」という言葉が日々の新聞に登場してきました。なんだろうと新聞を深読みすれば結局ところ、犯罪を防止する法律のようです。野党はこれを「治安維持法」とも呼んでいます。治安維持法といえば、史上まれにみる悪法ということが歴史のなかで残っています。日本ペンクラブ会長の浅田次郎さんは反対の意向を発表しました。
 ということは「表現の自由」が拘束されるおそれがある法律だということは、私にもわかります。

 一方、この法律を推進・成立させる与党は「東京五輪の安全」をつくるためいという理由をいっていました。最近、世界中でテロが横行しているのをみるにつけ、この法律の必要性を訴えています。

 ところがこの法律、けっきょく権力者側に都合がいいように解釈され実行される恐れがあるということもゆがめません。解釈がまちまちで決定的なものがまだ決まっていないように読めます。

 それより気になるのは、民進党の離籍問題です。こんな大事なときにありうることではないはずなのに…。驚いています。
 「森友学園」問題での、首相夫人の証人喚問がいつのまにかうすくなってきていました。お金と政治というものは、その政治家をみる場合の尺度になります。そう考えると、森友問題は今の国会のメインだと思います。政治家の姿勢を質す大事な問題だと思います。





(境を設けてへだてること。また、その境とするもの:辞典より)
■自分が自分にリセットをすること。失敗を繰り返すことから学ぶ人がとる形でもある。相撲をみていると、両力士が立ち合いの呼吸があわず「仕切りなおし」を繰り返す…を浮かべる。
 最近は、相撲だけでなく、仕事のときなど何度も仕切りなおしてから始めていることが多いことがある。一人職場だと、誰も助けてくれることがないので、失敗したときはバタバタとあせりまくる。気がつけば、同じことを何度もやっていて、あげくに失敗の深みにはまっていく。それが、ストレスになる。
 今の職場に異動する前は「できるのだろうか」と心配していたがなんとかなるものんだと思う。それは、「仕切りなおし」が知らずしらずの行為のなかでイメージしていたのだろうか。それが、学んだ点だろう。
 これからも何度、仕切りなおしをするのだろう。仕切なおしは想像できるキーポイントのように思えます。
………………………………………………………………………………………………○
 「わたしの単語帳」を今回からはじめました。毎日、人にきいたことや新聞などで気になった言葉を自分の生活と密着させたところから記録していこうと考えています。だれにでも、「気になる言葉」があります。「こんなことは言うべきじゃなかった」と思ってもあとのまつりです。すでに、相手がどう思うと自分の思いを出してしまっているのです。相手にとってその言葉本当によかったのかなあ…、と思う日々でもあります。




 最近読んだ本に神谷美恵子の『生きがいについて』。
 3分の2ほど読み終えて、では私の「生きがい」ってなんだっけ?と考えてしまった。本の著者は、ハンセンシ病患者との関係から、つくずく「生きがいについて」考えたのだと思う。なぜなら、昔はハンセンシ病は管理・差別されてきた伝染病だった。社会から隔離され、人権も無視され、患者になったあ場合、生きてくのも意味がないほど意識された過酷な病気だといわれてきた。
 患者も社会もそれが本当なのか考えられない時代でもあった。考えても、その話は偏見と差別の時代でもあった。だから相当きびし生活を余儀なくされた。

(ちなみに、松本清張原作の『砂の器』のなかでも、この病気が発端になって事件が起きた小説だ。映画ではそれがよくわかるように、描かれている。
 加藤剛演じる指揮者に旅のついでにあいに来た緒方拳演じる退職した元巡査が蒲田駅で殺害されてから始まった物語。殺人の動機は、指揮者が過去の自分が世間に知られる恐ろしさから逃れるための殺害事件だったように思う。その過去とは、幼少期にハンセンシ病に罹った父親との旅(世間から逃れる旅)の思い出だった。その事実を葬るための殺人だった。ここでも社会の無理解がうかがえる)。

患者たちと付き添うなかから勉強し、人に必要なものは「生きがい」ということを強調した本でもある。
 そんななかで「人間はいきるのには、生きがい」が必要だという。では、さの生きがいはどんなものか追求した本である。
 途中で「じゃ、私はどんな生きがいがあるのか」という疑問に読むことを停めてしまった。そんな本である。
 いったい「生きがいってなんだ」ともう一度初めから読んでみようと思う。
 わすれゆくものを感じとった本でもあった。とはいえ、本当のところはちっともわからない本でもあった。再読をしている…。「生きがいってなんだ」。



 桜も散って若菜がでてくる季節になってきました。多摩川では鯉が浅瀬に波紋をいっぱいつくる様子がありました。まさに恋の季節でしょうか。
 子どものころ、この時期はたいへん楽しい季節でもありました。魚釣りがすきだったので、休日のは友達と利根川の近くのとある沼に行っていました。いつもはてれない大きな鮒がいっぱい釣れる時期でもありました。
 それは、産卵(のっこみ)のため用心深い大きな魚も浅瀬に近寄ってきました。さらに産卵の体力をつかうためでしょう。エサをつけ投げ込むとすぐにかかってきます。信じられないほど大きな鮒に感動したものです。いっぱい釣れたときは食べたこともありました。
 だからこの時期は、子ども心にワクワクした季節でした。明日がこんなに待ち遠しいとした日がなつかしい気がします。そんなワクワク感、いまはあないですねえ。

 だから「生きがい」かなと思えます。
 いまはワクワク感をつくる季節。そのワクワク感っていうのは持ちたいものです。日々の生活に追われてそれどころではない…というのもわかります。
 それでも、若いころ、あんなに貧しかった日々を送っていたにもかかわらず翌日へ思いが楽しかったように思います。明日はもっと楽しくしようという気持ちが、なんであれワクワク感へのヒントになるのでしょうか。

 読者のみなさまにとってのワクワク感がなんですか。いまもありますか。
 さて、今週はこのへんで失礼します。
 読んでくれた人、ありがとうございました。


 

桜咲く季節です

2017年04月09日 | Weblog

 こんにちは。
 ようやく桜が咲き始めました。
 駅のホームからもみえる桜が季節の温かみを感じさせてきれています。寒さも少しずつ和らいでこれまでの服装で歩いていると暑くなってきました。
 最近、通勤路でみかける店の軒先にツバメの巣作りが見えました。新しい芽吹きがあちらこちらの土のしたから見え始めています。

 さて、今週はどんな日だったでしょうか。
 政府が「教育勅語」について「憲法や教育基本法に反しない形で教材として用いることまで否定しない」という答申を閣議決定したというニュースがありました。さらに、道徳の教材として使用も容認するとの発言もありました。

 驚きました…。
 とんでもないことです。「教育勅語」というのはそもそも戦争をする思想をつくり出した過去の歴史があったものではなかったのでしょうか。さらには、日本が過去の戦争へ積極的に国民を参加せるべくおこなった教育だということではなかったのではないのでしょうか。それが「軍国主義教育」という言葉ができたのではなかったのでしょうか。
 これは、道徳で使うということは、思想教育にもなりかねません。むしろ、歴史で「教育勅語」の本質を勉強してほしいものです。

 米国のトランプ大統領がシリアへのミサイル攻撃しました。
 理由は、アサド政権が化学兵器を使った…ということでした。その支持をいち早くした安倍首相でした「化学兵器の拡散と使用は絶対に許さない」と。
 なんとも軽率な発言だろうと思える。けっきょく、武力には武力という形は変わらず、殺戮を繰り返す。人間はもっと人の命のことを考えればこうはならないのではないのではないかと。これじゃ、報復のようなものではないのでしょうか。以前、イラク戦争の理由を「大量破壊兵器云々」という理由でした。ちっとも学習していない米国の、いや大国の傲慢さをみる思いがします。この繰り返しを、人類は何度したら考え直すのでしょうか。





 とうとう、4月にはいり職場の異動準備が始まりました。
 平日は、荷造りがなかなかできないので休みの日を利用していってきました。さすがに休日で職場にはだれもいなく、気にすることもなくはかどりました。仕事の材料はそれほどなく、片づけると前任者の書類や写真が出てきます。労働組合の資料や賃金の明細…、写真などなど。いったいどうしたものかと思いつつの荷造りになりました。

 思えば、ぼくにとって前任者とは新しい技術で今の職場を起ち上げた同僚でした。もう25年前くらいでしょうか。アナログからデジタルへの変化をめざした時代でした。立ちあげた時は、連日の残業でした。デジタルへの技術をまなぶために、当初は職場の半分以上が社外の人でした。何回もミスを繰り返し、始末書も何枚書いたか…。それでも一年くらい頑張ってどうにか安定させることができるようになったように思えます。

 30年ほど前の職場は、新聞の紙面も見出し、本分、表、写真などはそれぞれ分業で、最終的に材料をそろえて手張りの紙面づくりでした。ですから職場も人が多くそれぞれの専門分野の人たちがいました。サークルもいっぱいありました。これがずーと続くのかな…と考えていましたが。時代はデジタルへの向かっていたのでした。ちょうどこの時代のことをかいた小説に『メディアの興亡』(杉山隆男著)に詳しくかいてあります。まさに時代はデジタル化への進んでいた時代に仕事は変わっていく時代だったようでした。

 コンピュータという機械が身近になりパソコンと呼ばれるようになった時代でもありました。パソコンはウインドウズの時代になり、進歩が著しく発展しました。同業他社もアナログからデジタル化へ、さらに安くできるようになってきたものに対応をしてきた時代でもあったようい思えます。
 そして、今。
 誰もがパソコンを持つ時代になり、デジタル化は当たり前のように使っています。便利さは承知しているのですが、そのおかげで毎年、日々バージョンアップのたびに苦労したことを思い出します。毎年、バージョンアップするソフトに追いかけられているのが今のでしょうね。
 あれから30年ちかく…。
 ほとんどが1台のパソコンで紙面がつくれるようになった反面、一人にかかる負担は、はるかに重くなってきたように思えます。ぼくが来る前の前任者もその影響は少なからずあったのだと思います。実際、職場を辞めざるを得ない状況になっていたのでしょうから。
 デジタルへの対応はリスクを伴うものがあるとすれば、一人へ負担がアナログの時代よりも精神的にも肉体的にもはるかに大きくなってきたことはゆがめません。便利にはなったものの、反面そのリスクに気を付けないといけなくなってきたようです。

 そして、この職場とも一か月後、異動する予定です。
 ここにきて2年弱。ただお客に迷惑をかけずにと思い仕事を続けてきただけでした。最近は、ぼくの荷物も、一つひとつに思い入れがあるような品物が少しずつ増えてきたようです。これも、きれいさっぱりと片づける時期も近づいてきています。
 残り少し、まだまだ思うこともあるでしょう。






 4月にはいり、ぼくとしても何かいい企画をと思い悩んだ結果、「日々の言葉」をもうちょっと考えた見たくて「わたしの単語帳」というコーナーをつくってみました。一週間の流れの中で、とくに印象的にのこった「単語」を自分なりに解釈していくコーナーです。辞書には、原則的な説明がありますが、実際のところの解釈は人それぞれだと思います。(できれば、自分の都合いいように…という人が多いと思いますが)時間、場所によっても解釈が少しずつ違うと思います。
 ここでは、その時の自分の解釈で、これからのことを考えるうえで進めていこうという企画です。いろいろな人が、時と場所によって解釈をしています。それは、できるだけ自分の立つ位置を正当化しようして悩んだ結果の解釈だと思うのです。そうだとすると、解釈も一つではないではないと思います。
日々の生活のなかで印象に残った言葉を考えていきます。人それぞれ、違う思のなかで生きていることをつよく感じれればといいのでが…。



 せっかくの休日は雨で満開の桜をのんびり見る気も失せてしまった日曜日でした。前日は引っ越しの荷造りと、今年はのんびり花見ではない週末でした。
 読者のみな様はいかがだったでしょうか。
 散歩をしいたら桜の花びらも風に舞い始めたようです。来週いっぱいで散ってしまうのでしょうね。でも、まだ桜の美しさをあちら、こちらで見る機会もあった週だったのでまだいいかもしれません。できれば、友だちをさそって花見でも…という気がなかなかなれなかったことが、今年は心残りです。
 来年はできればいいと思います。



 では今週はこのへんで失礼します。
 あーあ、来週は月刊誌の追いこみです。
 読んでくれた人、ありがとうございました。

※ちなみに写真は赤坂の弁天橋の堀です。小雨が降る中釣りをしている人もいるんですね。それも、都会のど真ん中です。何がつれるのでしょうか。騒音の真っただ中での釣りては、ぼくの行動範囲には想像もつかいないことです。驚いてしまいました。それで、撮った一枚です。世の中いいろいろな人がいるものです。いったい、何が釣れるのか…ちょっと心配にもなってきます。

いよいよ4月が始まりました。

2017年04月02日 | Weblog

 こんにちは。
 とうとう4月が始まりました。季節はすっかり桜のシーズンをむかえているのですが、まだ寒い日もあります。「花冷え」とでもいうのでしょうか、花見にをしていても寒さで、尻のしたがさむくて退散もはやくなりがちですか…ね。
 散歩をしていると、ビルの玄関には「入社式」という看板をよくみかけました。リクルート姿もまだある人たちが、不安と期待が緊張感がつたわってくるようでした。いったいどんな仕事人になっていくのでしょうか。きっと仕事より人間関係に悩む始まりになるかもしれません。そして、人それぞれとの距離を自分なりにつくっていくことでしょう。期待されすぎたり、期待に応えられずにしずんだり…と、いうことへの距離もつくっていくのでしょうか。
 さて、桜も少しずつですがみごろをむかえています。近所のお寺の門の前のさくらが見事でした(上・写真)。今年はどんな場所で、どんな気持ちで桜を見ているのでしょうか。





 今週は別れの多い一週間でした。
 出向先の職場のことです。
 一人は、単身赴任の人でした。かれこれ10年あまり都内にアパートを借りて仕事をしていました。定年になり、ちょうど区切りのいいところで故郷の家族のもとへ帰っていきました。先月最終日「新幹線の時間がせまっていまるので、ここで失礼します。お世話になりました。もう交通費も高いので、東京にくることもないと思いますが、故郷にきたときは是非立ち寄ってください。歓迎します」という挨拶が耳にまだのこっています。

 単身赴任では、不便があったと思います。食事などもあまりよくなかった気がします。ときどき、朝、リフレッシュルーム(休憩室)で一人サンドイッチを食べていたのを見ることがありました。それでも、職場でいつも元気に仕事をして姿が浮びます。
 とは言っても最終日、楽しそうでウキウキしている様子がこちらにも伝わってきました。故郷へ帰れる、ということはこれほど人を明るくさせるものかと感心しました。自分の育ったところへ帰ることはどんなに幸せなことかと思います。これが、人生さいごのご褒美かもしれません。

 そしてもう一人。
 今の職場に勤めて十数年。契約社員でした。賃金も安く、そんななかお互い愚痴を言えるほどに話してきた人です。「やっぱり、この賃金ではキツイわ!。考えてみたらほかにあることに自信がついたように思える」と。
 新しい所へのいく気持ちが強くなってきました。
 都内で生活するということは、足の先からあたまのてっぺんまでお金がかかるところです。その、安定をつくるため日々働いているということは知っていても、ガマンばかりの生活ではやりきれなくなってしまうのでしょう。
 「もっと早く辞める予定でいました。できれば、去年だと考えていましたが、先に辞めてしまった人の分もやらないと…、と思い今月まできましたが、新年度になり辞める決意が固まった」と。
 やっぱり、同じ仕事をしていても「契約社員」ということで安くなります。政府がいう「同一労働同一賃金」なんてどこ吹く風で、自分の身の周りの経営陣はそんな気持ちもないのでしょうね。

 ぼくの場合は同じで、正社員とは明らかにちがう待遇。一時金もない。よくよく考えてみれば、それならば、仕事も極端に半分しかやらないと、思うこともある。人の弱みにつけこんで、足元をみるやいなや契約書にも進歩がない…。いずれ他の正社員もくるであろう再雇用という制度になんら疑問がないように見える。これが「普通」と…。
 誰しも、自分のことではないと考えないのが「普通」なのかもしれませんね。きっと、ぼくもそうなのかもしれません。
 とはいえ、いずれは誰もが考えることだと思う。誰ねでも加齢は避けて通れないことですから。
 新聞を読んでいたら定年後に思うという「発言」(東京新聞・4月1日付)に「沈黙より発言退職後も実行」という記事を読んでいたら、「最大の悲劇は、悪人の圧政や残酷さではなく、善人の沈黙である」という記事がありました。65歳を迎えた人の発言です。
 郵便局に勤めて47年間働くなかで、郵政民営化の荒波でのなかで労働争議などで職場を追われたり、当局と権利はく奪や差別政策との闘いと強行され、それでも働き続けてこられたのも微弱ながら「発言」をしながら働いてこられたとうことです。
 働くということは、黙して生きることではないのでしょう。「ぼくはここにいるよ」という発言なのでしょう。そんな気がします。

 最後は、前回も述べていた若い人のこと…。
 3月末に最後だということで、職場に「ご心配かけてすませんでした。在職中はお世話になりました。これからもがんばります」といって電話がかかってきました。ぼくに言わせれば、やっと試用期間がおわってこれからというときに…、と思いつつ「自分の重い通りにならないのが世の中だよ。どこかで妥協していくことも、自分のやりたいことを始める一歩だぞー」と言ってしました。世の中、「夢をかなえる。あきらめない」などと言ってしますが、夢をかなえたひとはほんのひとにぎりです。それも、かなりの人たちに支援や助言があってのことです。それもできていないこの若者に「夢をかなえろ」なんて言えるわけがありません。なんでもできそうだった若い時代。実は、何もできなかったのかなあ…と最近思うことがある。できなかったのではなくて、やらなかったのではないかと自問する。それでもどうにかここまで来たのは、やったとかやらなかったとかという年齢ではなくて、目の前のことに必死で暮らしてきたのではないのかなあとも思う。それは、誰も見ているわけでもなく、一人日々のなかで選択し決断してきたということだ。その結果が今だと思う。
 とにかく「体だけはこわすな」と最後にはいっていました。

 等など。
 3月末になんとも、さようならの多い月でした。いずれはぼくもそう仲間です。そんなときは何と言うのでしょうか。いまは、現在の自分の言えることを言って考え、行動していくしかないようです。



『異動』
吹けば飛ぶような紙切れ一枚に
今年の運勢がふりかかる
窓があったっけ…
机はどちらむきだった
目の前の人は誰だろうか

いらぬ心配が増えていく
生きていることに変わりはないはずなのに
なにかが心配をほこんでくるのだ

定年をむかえた
一日
紙切れ一枚が
会社を語っている



とうとう4月に入ってしまいました。新年度の企画も考えていません。新しいことはゆっくりしたとき考えていきたいと思います。これまでの企画を反省しつつ考えます。
 さて、今月は、ぼくのここでの出向(ひとりボッチ職場)も終わりです。およそ2年間の職場でした。「住めば都」といいますが、ここも悪いことばかりではありませんでしたよ。とくに、人の仕事には協力はするが、口を出さない、干渉しないというところが気にいっていました。これは、利害関係がないからでしょうかね。
 今月末には機材もろとも引っ越しということになりました。本来なら今月はじまえからというのが通常の異動なのですが、月刊誌がはじまってしまっているのでそれが終わるまでは、ということになりました。



 とりあえず、今日はこのへんで失礼します。
 これから桜が咲きはじめます。楽しいお花見ができるといいですね。
 読んでくれた人、ありがとうございました。