パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

ランボー ラスト・ブラッド★★★

2020年08月14日 | アクション映画ーラ行

         

シルベスター・スタローンの「ロッキー」に並ぶ代表作で、1982年に1作目が製作された人気アクション「ランボー」のシリーズ第5弾。監督はメル・ギブソン主演作「キック・オーバー」を手がけたエイドリアン・グランバーグ。

       

あらすじ:グリーンベレーの戦闘エリートとして活躍していたジョン・ランボーは、いまだベトナム戦争の悪夢にさいなまれていた。ランボーは祖国アメリカへと戻り、故郷のアリゾナの牧場で古い友人のマリア、その孫娘ガブリエラとともに平穏な日々を送っていた。しかし、ガブリエラがメキシコの人身売買カルテルに拉致されたことで、ランボーの穏やかだった日常が急転する。娘のように愛していたガブリエラ救出のため、ランボーはグリーンベレーで会得したさまざまなスキルを総動員し、戦闘準備をスタートさせる。

<感想>だいぶ前に鑑賞したのだが、歳を老いても一生懸命に映画を撮る、シルヴェスター・スタローン好きですね。ロッキーは断トツにひいき目で最高でした。「ランボー」の最後だというので鑑賞したのだが、相変らず年を云っても一人で敵の本陣に乗り込み、一人で戦う孤高の男を演じている。ちょっと甘い目で鑑賞しましたが、中々でした。

可愛がっていたお手伝いの孫娘が、治安の危ないメキシコへ父親探しに行き、誘拐されたと聞き、一人で乗り込んでゆくのだ。メキシコにいる女友達から父親の住所を聞き行くのだが、すでに父親は女とその間にできた子供と住んでおり、娘が訪ねてきても迷惑そうな顔をして、金になる自分の娘をカルテルの親分に売り渡すのだ。

ジョンは、始めは無防備で話だけでもと行くのだが、カルテルの手下に、コテンパンに殴るけるの重傷を負い、現地の女性に助けられるジョン。しかし、どうしても女の子を助けたい一心で、売春宿へと一人で奪還しにいく。薬物でヘロヘロの娘を助け出して家へ帰るのだが、手下たちが追いかけて来る。

次は自分の家の周りに爆弾やら、落とし穴やら、地雷とかを仕込んで自分一人でも勝算があるようにと戦う姿には、昔の「ランボー」のような元気な姿を披露させてくれました。中でもサバイバルナイフや、弓矢などの腕もまだ健在でした。

しかし、今どきの若い女の子はいくら大人が危ないからと注意をしても、実際に痛い目に遭わないと言うことを効かない。だから、娘も薬漬けにされて売春婦として働かされて、自分の身体がボロボロになって初めて大人の言っていることが分かるのだ。まぁ、娘が死んでいなかったことで、大目にみよう。

ラストの怒涛のアクション劇は最高に燃えました。

2020年劇場公開、鑑賞作品・・・53  アクション・アドベンチャーランキング

 


Red★★★

2020年03月29日 | アクション映画ーラ行

                                 

直木賞作家の島本理生による、センセーショナルな内容が話題を呼んだ小説「Red」を、夏帆と妻夫木聡の共演、「幼な子われらに生まれ」「繕い裁つ人」の三島有紀子監督のメガホンで映画化。主人公の塔子を夏帆、塔子がかつて愛した男・鞍田を妻夫木が演じるほか、塔子に好意を抱く職場の同僚・小鷹淳役で柄本佑、塔子の夫・村主真役で間宮祥太朗が共演する。

あらすじ:誰もがうらやむ夫とかわいい娘を持ち、恵まれた日々を送っているはずの村主塔子だったが、どこか行き場のない思いも抱えていた。そんなある日、塔子は10年ぶりにかつて愛した男・鞍田秋彦と再会。塔子の気持ちを少しずつほどいていく鞍田だったが、彼にはある秘密があった。

<感想>原作は、2017年に行定勲監督が映画化した「ナラタージュ」や、第159回直木賞を獲得した「ファーストラブ」などで知られる島本氏の小説。直木賞作家の島本理生が紡いだ、社会的には許されざる__しかし、当人たちにとっては宿命的な恋を選択していく女と男の物語である。

物語は、豪雪の新潟から鞍田と東京へと帰る、車中の塔子の視点による回想形式がとられているが、冒頭からは、あたかも二人だけの逃避行、〈死〉の気配を濃厚に漂わせる沈鬱なトーンが支配する。

劇中では、大雪の中で立ち寄った食堂で2人が蕎麦を食べる印象的な場面がある。「食べることは生きること」という言葉の通り、数々の食事シーンが挿入されていることは、命を燃やすように愛し合うことで自らの「生」を見つめ直す塔子の思いを伝えているかのようだ。

表向きはラブストーリーながら、生き方と幸せのカタチを問いかける意欲作に挑んだ三島有紀子監督。妻夫木は迷うことなく、妥協を許すことのないストイシズムだった。奇しくも「悪人」の撮影から10年。なんとも不思議な縁である。夏帆が演じる塔子と鞍田が停めた車から降りて、雪の中を食堂へと歩いていくシーンでは、何度も何度も撮り直したそうです。

鞍田は迷うことなく塔子を愛せたというか、塔子と鞍田は、社会的に不徳とされている関係をずっと続けているんですけど、観ていて不思議とあんまりそういう感じがしないんですね。背徳感がないというか、それって何でなのだろうと考えていたが、2人は”宿命の恋”なんだったんですよ。

「ああなるほど」と思う感じがした。だからそうするしかなかった。この2人はそうあるべきだったのだと。いろんなものに縛られているけど、宿命を探っている感じというのが、観る者に納得させる。登場人物のだれだれが悪いわけじゃないけれど、そう思わせるのは監督の手腕だなと。

間宮君の演じた塔子の夫真も、女々しい感じがしたのだが、塔子が鞍田に走るのって、この旦那のせいじゃないかと思ったもの。間宮君の純粋さと真っすぐさがそれを浄化していて、何というか真の言い分も分かるというか、彼も悪くないんだと思えてくる。

鞍田にしてもおなじで、塔子の何が好きで、なんでそこまでして愛するのか__だとか。そういう理由みたいなものはいらないなと思える説得力が最初からあったのだから。

それってなんでなんだろうと考えていたのだが、それは”宿命の恋”「僕はとにかく塔子を愛すだけだった。塔子が全てだったので」と確信に満ちた口調で語る。とにかくこの人と一緒にいたい。ずっと最後まで。

物語が現在と過去が交錯する構成となっているため、妻夫木は、最初は前半と後半で印象を変えるために演じ分けを考えていたそうだが、役づくりを進めるにつれて、アプローチも変化していった。

一貫して塔子を愛す、ということに尽きるんだろうなと。自分の生きる意味を見つけた鞍田の強さは、何にも代えがたいですよね。『もう塔子しかいらない』と気付いてしまったから。

映画の冒頭では、塔子が抱える日々の様々な抑圧や生きづらさが描かれる。経済的には恵まれているが、家族で暮らす瀟洒な一軒家は檻のようで、塔子は自分の意志や考えを押し殺し、空っぽな人形のように日々を過ごしている。そんな塔子は、本当の自分を気付かせ、そして受け入れてくれる鞍田の存在によって、心も身体も解放し、どんどん美しく、そして自由になっていく――。

塔子にとっては、我慢して家を守ってきたことが、実は(本当の自分自身からの)『逃げ』だった。世間から見たら、鞍田と一緒にいることが『逃げ』なのかもしれないけど……。本当の『生』につながることとは、自分に正直になることだと思います。それは幸せの価値観の違いなのかもしれない。自分の心のままに生きた鞍田や、そんな鞍田と出会った塔子は、不幸に見えるかもしれないけど、他の人よりも人生の経験値を得て幸せな人生を送っているような気がするんです。『生きるとは何か』を考えさせる、生命力あふれた映画になったと思います。

2020年劇場公開、鑑賞作品・・・29    アクション・アドベンチャーランキング
 
 
 
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リチャード・ジュエル★★★・5

2020年02月13日 | アクション映画ーラ行

「アメリカン・スナイパー」の巨匠クリント・イーストウッドが、1996年のアトランタ爆破テロ事件の真実を描いたサスペンスドラマ。主人公リチャード・ジュエルを「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」のポール・ウォルター・ハウザー、母ボビを「ミザリー」のキャシー・ベイツ、弁護士ブライアントを「スリー・ビルボード」のサム・ロックウェルがそれぞれ演じる。

あらすじ:96年、五輪開催中のアトランタで、警備員のリチャード・ジュエルが、公園で不審なバッグを発見する。その中身は、無数の釘が仕込まれたパイプ爆弾だった。多くの人々の命を救い一時は英雄視されるジュエルだったが、その裏でFBIはジュエルを第一容疑者として捜査を開始。それを現地の新聞社とテレビ局が実名報道したことで、ジュエルを取り巻く状況は一転。FBIは徹底的な捜査を行い、メディアによる連日の加熱報道で、ジュエルの人格は全国民の前で貶められていく。そんな状況に異を唱えるべく、ジュエルと旧知の弁護士ブライアントが立ち上がる。ジュエルの母ボビも息子の無実を訴え続けるが……。

<感想>1996年に起きた米アトランタ爆破事件の実話である。主人公の警備員のリチャード・ジュエルは、英雄的行動により人々の命を救ったにもかかわらず、容疑者にされてしまった“世界一不幸な男”と、彼を救うために立ちあがった“世界一無謀な弁護士”による実話を描き出す。

メガホンをとったのは、「アメリカン・スナイパー」「ハドソン川の奇跡」「15時17分、パリ行き」「運び屋」など、実話映画で世に問いかけ続けてきたクリント・イーストウッド監督。御年89歳だが、恐るべき時代感覚と言わざるを得ない。

印象的だったのは、「あなたにも起こり得る事件?」という設問の回答だった。実際に、誰にでも起こり得る誤認逮捕されることが、さまざまな人々が自分事化して強く没入できる作品である、と思いますね。

主演は「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」「ブラック・クランズマン」で独特の存在感を放ったポール・ウォルター・ハウザー。心優しい一方、尊敬を集めたいという下心が透けるリチャードの内面や言動を、絶妙なコントロールで表現しきっている。

当初、リチャード役はジョナ・ヒルが演じる予定だった(ちなみにワトソン役はレオナルド・ディカプリオ)が、諸々の事情で彼らはプロデューサーに専念し、代わりにウォルター・ハウザーが主演に抜擢。実母ボビをはじめ関係者が驚くほどの激似ぶりと好演を見せ、物語に“実直な真実”を付与した。

サム・ロックウェルが、言葉の端々にアツさがにじむ弁護士ワトソン役に。「スリー・ビルボード」「ジョジョ・ラビット」と合わせ、“サム・ロックウェル三部作”とも呼べる出色の芝居を見せている。

さらに「バカどもを打ち負かそう」など、セリフがとにかく良い。なぜワトソンがリチャードを信じるのか、なぜリチャードがワトソンを頼るのか、その理由に感涙もののドラマが隠れているので注視してもらいたい。

それに、見せ場がとにかく感動的な母親のボビ役のキャシー・ベイツ ですね。

物語に愛をもたらしたのは、「ミザリー」「タイタニック」「アバウト・シュミット」などのキャシー・ベイツ。それでもあの“演説”を目にした時、涙が止まらなかった。第77回ゴールデングローブ賞では、助演女優賞にノミネートされていた。残念ながら、「マリッジ・ストーリー」のローラ・ダーンが助演女優賞を獲得した。彼女キャシー・ベイツは、「ミザリー」でオスカーを受賞しており、演技の力量があるので、その内必ずオスカー受賞者になるでしょう。

物語でのFBIによる無根拠かつ強引な捜査はもちろんだが、リチャードを窮地に追い込むのは、むしろメディアによる報道である。“無実”にもかかわらず“犯人である”かのように報道され、“虚偽が世間で広く共有”され“事実”と化していく。

前日まで「英雄だ」と称揚していたテレビコメンテーターが、今日はあっさり「怪しいと思っていた」と手のひら返しする。その光景にリチャードたちは、絶望感にくずおれそうになってしまう。マスメディアとSNSによって、センセーショナルな出来事が虚偽だろうが事実だろうが関係なく、爆発的な速度で拡散されてしまう現代社会の負の側面と重なっていくのが目にみえて辛いです。

本作の良さは、物語展開の巧みさ、現代へ突き刺さるテーマ、キャストの熱演、スタッフの熱量による賜物だと思いますね。

 

2020年劇場公開、鑑賞作品・・・12  アクション・アドベンチャーランキング

 

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ラストレター★★★・5

2020年01月26日 | アクション映画ーラ行

「Love Letter」「スワロウテイル」の岩井俊二監督が、自身の出身地・宮城を舞台に、手紙の行き違いから始まった2つの世代の男女の恋愛模様と、それぞれの心の再生と成長を描いたラブストーリー。主人公・裕里を松たか子、未咲の娘・鮎美と高校生時代の未咲を広瀬すず、鏡史郎を福山雅治、高校生時代の鏡史郎を神木隆之介がそれぞれ演じる。

あらすじ:姉・未咲の葬儀に参列した裕里は、未咲の娘・鮎美から、未咲宛ての同窓会の案内状と未咲が鮎美に遺した手紙の存在を告げられる。未咲の死を知らせるため同窓会へ行く裕里だったが、学校の人気者だった姉と勘違いされてしまう。そこで初恋の相手・鏡史郎と再会した彼女は、未咲のふりをしたまま彼と文通することに。やがて、その手紙が鮎美のもとへ届いてしまったことで、鮎美は鏡史郎と未咲、そして裕里の学生時代の淡い初恋の思い出をたどりはじめる。

<感想>この作品は、想いをしたためてから相手に言葉が届くまでタイムラグがある“手紙”をモチーフに物語を紡いだ作品といえる。私自身は、日常的に手紙を書くということはありませんね。むしろスマホでメールを活用しているわけです。でも、昔、学生時代に坂のぼると、やはり手紙か、ハガキで文通というか、相手と通じ合うことをしていたわけで、懐かしいかぎりです。

携帯電話やネットの発達で、男女間の機微、ひいては出逢いや再会を物語としては、描きづらくなった時代に、発想の転換を示した作品ともいえるのではないかと思います。

この作品の中では、勘違いから始まった文通が、初恋の記憶を甦らせる、そんな妹・裕里の物語が、初恋の相手の、姉の未咲の文通の男、鏡史郎との再会を描いている。現在は結婚をして2児の母親になっている裕里にとって、胸がときめく青春時代の、初恋の相手と再会できるというチャンスだったわけで。

この手紙は、自分が初めて恋をした男性、神木隆之介が演じた鏡史郎が、姉の未咲に恋をしてしまうのですね。姉の未咲宛てに書いた恋文を、妹の裕里が自分勝手に、姉には渡さないで自分で読み、返事を書いていたわけで、本当だったらとても意地の悪い妹でもあり、姉がその手紙を受け取っていれば、もしかして返事も書かずに終わっていたかもしれませんね。

姉の未咲は、大学卒業後、夫の阿藤(豊川悦司)と結婚をして娘を生み、夫の暴力やDVで悩み、夫婦仲も悪くなり、離婚をしてから自殺未遂を何度も続けて、最後には自殺をしてしまったというのが本当のことで、しかし、世間体のこともあり、両親は病気で亡くなったことにしていた。

葬儀の後に、姉の高校時代の同窓会のハガキが届き、それを見て、何を想ったのか、妹の裕里が姉の代わりに出席をしたのだった。それに、同級生たちは、姉にそっくりの妹を姉の未咲だと勘違いをして、そのまま、裕里も姉に成りすまして近況を報告するのでした。

その席で、裕里の初恋の人、鏡史郎(福山雅治)も来ており声をかけて来るのだ。初恋の相手であり、姉の代理での文通の相手でもある彼に会い、心がときめく裕里だったが、やはり、鏡史郎は自分の手紙が裕里が書いたものだと見抜いていたようだった。姉が亡くなったことを知らせると、驚く鏡史郎。

そして、姉が誰と結婚をしたのか、結婚の時の住所は何処なのかとか、ねほりはほり聞いて来るわけで、その後は、姉の住んでいたアパートへ行くと言うのだ。

その昔の姉が住んでいたアパートを、訪ねて行く鏡史郎がそこで出会ったのは、夫の阿藤(豊川悦司)であり、同棲をしている女・中山美穂が、夫は酒場で飲んでいると言う。その酒場を訪ねると、未咲の人生を滅茶苦茶にしたと思われる阿藤(豊川悦司)という男に会う。だらしなくて、酒飲みで、妻の未咲を殴ったりしたのだろう、それでも娘と3人で生計を立てて夫婦生活をしていたと思うと、やりきれなさが込み上げてきたと思う。

だが、阿藤は鏡史郎のことを知っており、小説家だということ、その1番目に書いた小説が「未咲」というタイトルで、初恋の未咲をモデルにした小説であり、幾つかの賞も取ったようだ。その小説のことをボロクソに言われ、怒る鏡史郎だが、それでも酔っ払い相手の阿藤を殴る気にはならなかったようだ。

彼にしてみれば、初恋の女,未咲と再会して、また小説が書ければいいと想っていたようだった。その後、結婚もしていないで、未咲のことを未だに追い続けているような鏡史郎。20数年もの間、彼女のことを想い、小説が書けないでいるのだ。

鏡史郎が最後に書いた手紙が、実家宛てに届き、その手紙をかってに開けて読み、その返事を母親に代わって書く娘の鮎美がいた。何てことだ、またもや本人の未咲は天国へ召され、代わりに書いたのがその娘だったとは。

それに、同窓会で再会した妹の裕里もまた、鏡史郎に手紙の催促をして、書くようにと懇願するのだ。彼からの手紙を待ち続ける裕里、その手紙のことで、スマホのメールには、鏡史郎からの確認のメールが。それを見た夫が、怒り心頭で、スマホを風呂場の裕里が入っていたお湯の中へと投げ入れるとは。

裕里の夫は、漫画家の庵野秀明さんで、おっとりとしてそんな短気な性格にはみえないのだ。まぁ、怒っているにはそうだが、妻が浮気をしているとか?・・・まさかそんな在り得ないことで、よくよく考えてみれば何事もない状態なのだ。

姉の未咲を演じた広瀬すずが、自分の娘の鮎美との二役を演じており、広瀬すずの演技の幅が広がったことと、妹の裕里の松たか子の巧いしたたかな演技に、鏡史郎の高校生の神木隆之介と、大人の福山雅治のお二人さんもそれぞれに輝いてましたね。

岩井俊二監督の故郷である白石市に仙台市と、地元である私にとってはとても嬉しいことであり、舞台となる風景や、地名など、美しい杜の都がスクリーンに映し出されており、本当に喜んでおります。

残念ながら「Love Letter」を鑑賞してないので、これからでもDVDで鑑賞したいとおもってます。

 

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ラスト・クリスマス★★★

2020年01月11日 | アクション映画ーラ行

1984年の発売以降、クリスマスの定番ソングとして全世界で愛されている「ワム!」の「ラスト・クリスマス」をモチーフに、「世界一キライなあなたに」や「ゲーム・オブ・スローンズ」のエミリア・クラークと「クレイジー・リッチ!」のヘンリー・ゴールディング主演で描いたロマンチックコメディ。脚本は「いつか晴れた日」でアカデミー脚色賞を受賞し、女優として本作にも出演するエマ・トンプソン。監督は「シンプル・フェイバー」のポール・フェイグ。

あらすじ:ロンドンのクリスマスショップで働くケイト。華やかな店内で妖精エルフのコスチュームに身をまとうケイトは仕事に身が入らず、乱れがちな生活を送っていた。そんなある日、ケイトの前に不思議な青年トム現れる。トムはケイトが抱えるさまざまな問題を見抜き、彼女に答えを導き出してくれた。そんなトムにケイトは心をときめかせるが、2人の距離は一向に縮まることはなかった。やがてケイトはトムの真実を知ることとなるが……。

<感想>「ラブ・アクチュアリー」などで知られるオスカー女優エマ・トンプソンが原案・脚本・出演と3役を果たした渾身の一作は、笑って泣けてキュンとする、このシーズンにピッタリの感動作に仕上がっている。

主人公のケイトには、エミリア・クラークが演じているが、だらしない私生活や他人に気を遣えない行動で周りの人に迷惑をかけ続ける。これが主人公なのねと、以前は痩せていて本当に美人だと思っていた。でもね、目がぱっちりして美人さんなのかもしれないけど、今作ではまったくかわいくないよねと、いう印象を持ちましたね。

そんな彼女の前に現れる青年がトムだ。「クレイジーリッチ」、「シンプルフェイバー」と立て続けに出たヘンリー・ゴールディングを観ました。基本的に爽やかな青年役がよく似合うのでトムの配役としてはぴったりだと思うが、アジア系の俳優が恋愛ものの主役として堂々と名前を連ねられるようになったのは時代だなと感じた。

オーディションに行けば、伴奏なしでアカペラで歌わされるし、宿無しの、孤立無援のヒロインのアカペラ感が凄くて、これは一体何なのか?・・・と思ていたら、結末への伏線だったとはね。

冒頭での、旧ユーゴラスビアの教会で、高らかに歌っていた少女が、ラストでは、イギリス・ロンドンのシェルターで歌う。何処にいても、センターでスポットライトを浴びるべき宿命の、明るいヒロイン・ケイトをエミリア・クラークがチャーミングに演じている(バスの中でのシーンも素敵)。

ケイトの母親を演じたオスカー女優エマ・トンプソンや、ケイトが勤めるクリスマスショップのオーナー役に、ミッシェル・ヨーが扮していて、奇跡的なキャスティングも楽しい。

子供のころから、心臓が弱くて体育の授業もさぼりっぱなしで、友達から嫌味を言われたりしてきたケイト。でも、根は明るい娘だったので、いつの日か女優になりたいと希望を持っていたのだ。

ケイトがクリスマスの夜に、持病の心臓が弱って来て入院をしている時、誰か心臓移植をしてくれる人がいれば助かるはずの命。ちょうど、そこへ交通事故で運ばれて来た男の子の命が亡くなる寸前に、ケイトに心臓移植のチャンスがやって来る。ですが、せっかくもらった命なのに、ケイトはぞんざいに扱っているようだ。だから、その心臓の持ち主が、心配をして天国から舞い降りてきたという訳なのね。初めは、ケイトは自分にもモテキが訪れたとばかりに、目の前に現れた素敵な彼にぞっこんでした。でも、彼は何故か不思議な男だった。

もう、これだけでも分かるはずなのに、ケイトは最後の方で、彼が現れなくなってから気付くのですもの。鈍いよね、でも彼のメッセージが届いたはず。

そして全編、Wham!の"Last Christmas"が流れるのだが、失恋の曲なんですよね。懐かしすぎるジョージ・マイケルの曲に彩られた、ご機嫌なラブコメに仕上がっているのだ。主人公の自己中女、ケイトが謎の男性と出会い、己をかえりみて変化してゆく、という定番の展開でもあり、演じているのはエミリア・クラークであり、カリスマ性のある役柄の印象が強いので、性悪なビッチでの登場は新鮮に映ると思いますね。

人物たちの多彩な出演もクールで胸が熱くなる。音楽は「ビッチ・パーフェクト」をちらっと引用していて、ディケンズ以来の正しいクリスマス・ストーリーになっていた。どちらかと言うと、80年代テイストでありながらも、現代的なラブコメ、という印象になっていました。観終わるとすぐに見直したくなりますよ。

 

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楽園★★★

2019年10月30日 | アクション映画ーラ行

「64-ロクヨン-」「友罪」の瀬々敬久監督が吉田修一の短編集『犯罪小説集』を映画化したサスペンス・ドラマ。閉塞した田舎町を舞台に、12年の時を経て同じY字路で起こった2つの事件によって人生を大きく狂わされた3人の男女の過酷な運命を描く。主演は綾野剛、杉咲花、佐藤浩市。共演に柄本明、村上虹郎、片岡礼子、黒沢あすか。

あらすじ:田園が広がるとある地方都市。ある日、地域の顔役である藤木五郎の孫娘・愛華がY字路でこつ然と姿を消す事件が起きる。必死の捜索もむなしく、愛華が発見されることはなかった。それから12年後、愛華の親友でY字路で別れる直前まで一緒だった湯川紡は、いまだに罪悪感を拭えずにいた。彼女はひょんなことから地元の青年・中村豪士と知り合い、心を通わせていく。ところがある夜、再びY字路で少女の失踪事件が発生し、住民たちは12年前にも怪しまれた豪士への疑いを強めていく。そんな中、都会から地元へ戻ってきた田中善次郎は、万屋として村人の力になる一方、よかれと思って村おこしの実現に奔走するのだったが…。

<感想>ひとすじの光を君にみた――真実なんて何の役にも立たないと思える時代に、真実を照らしてくれる声ってあるんだなと思いました。12年前と同様の少女の失踪事件に翻弄されていく人々を描くミステリー。

実際に起きた犯罪をヒントにして書かれた短編集「犯罪小説集」の中の、二編を組み合わせた映画であります。原作は読んでいませんが、監督と脚本は瀬々敬久、という時点で、八割がた間違いないだろうと予想していたが、鑑賞したら十割を軽く越えていたのに驚く。

「地方」「高齢化」「過疎」「移民」「貧困」そして「村八分」「犯罪」「被害者」「加害者」などと、人間の残酷さと弱さ、愚かさが浮き彫りになってゆく。そんな世の中だからこそ自分の「楽園」を求めて生きろ、という作品のメッセージを背負う杉咲花の繊細さと野性味を兼ね備えた存在感は、焼け野原に一輪だけ咲くシロツメクサのようだった。

彼女に想いを寄せる青年のアプローチが、ほぼストーカーの発想であるなど、そこかしこに人間の恐ろしさが垣間見えるサスペンスになっていた。ですが、細密で生々しく、かつきっちりと「映画」として描かれて行く様は、本当に圧巻でした。

この映画を観て感嘆したのは、顔、顔、役者の表情でしたね。驚きや、怒りや悲しみや絶望、混乱や狂気など、つまり感情が振り切れた瞬間の表情がすごいのだった。どの人も、という瞬間、人間は本当にそういう顔をするものなのかどうかは、知らない。意外とぼ~っと無表情になったりするのかもしれない。

「リアル」と「リアリティ」は違うので、本当にどの役者も、「表情で何かを訴える、伝える」ことの最上級だろう。

どういう演出をしたらば、ああいう表情の顔を引き出せるのだろうか。ベテランの柄本明に佐藤浩市はもちろんとして、綾野剛、杉咲花も一歩もひけをとっていない。個人的には、佐藤浩市に感情移入しすぎてしまい、後半部分はヤバイ雰囲気でした。

まず、1人目は綾野剛演じる中村豪士。大人しくて、暗い性格で、喧嘩を仕掛けられても弱くてやられてしまうのだ。それに、喧嘩相手に対しても文句の一つも言わない、おとなしい性格で見た目が、頭が弱い感じの男。母親がフィリッピン人みたいな、父親はいないし、母と息子の二人でバックや、古着とか何でも屋をしている。

そんな性格だから、村の人たちからは豪士が怪しいと疑われる。そのことを気にして根に持ったのかどうかは知らないが、町のソバ屋で自分の身体に灯油をかぶり、火をつけて店まで焼いてしまうという、おどろおそろしい最後を見せつける。

もう一人目は、都会から地元へ戻ってきた佐藤浩市演じる田中善次郎。養蜂業を営み、何でも屋をしていて、村おこしに一役かっているのだが、それが裏目に出てしまい、村八分のような感じになってしまう。妻と娘を家の火事で亡くしてしまい、独り身で一軒家に住んでいる。

山の桜の苗木とかを取って来ては、自宅の庭に植えて、何時の日か村に桜の木の名所にでもするかのように頑張っていた。それなのに、村の人たちは田中善次郎と、夫に死なれた未亡人の片岡さんと露天風呂に入るシーンがあり、お互いに好意をよせていい感じの中になるのだが、しかし些細なことから村中の非難を受け、村八分状態にされてしまった善次郎は狂気に陥り、恐るべき事件を引き起こす。

 大雨の夜に、崖崩れが起きて、善次郎の家の庭木と土が掘り起こされ、そこから人間の骸骨がたくさん出てきたのだ。そう、犯人は大人しい人間だと思っていた田中善次郎だったのですね。

人はなぜ罪を犯すのか、そしてなぜ自分だけが生き残ってしまったのか。それぞれの人生が交錯するとき、物語は衝撃のラストへと導かれていく。

2019年劇場鑑賞作品・・・161  アクション・アドベンチャーランキング

 

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ロケットマン★★★・5

2019年08月26日 | アクション映画ーラ行

数々のヒット曲を世に送り出してきた伝説的ロック・ミュージシャン、エルトン・ジョンの波瀾万丈の音楽人生を、エルトン・ジョン自ら製作総指揮を務め、主演に「キングスマン」のタロン・エガートンを迎えて映画化した音楽伝記ドラマ。スーパースターの栄光と挫折、そして奇跡の復活を、ミュージカル仕立ての演出を織り交ぜつつ赤裸々かつ感動的に綴る。共演はジェイミー・ベル、リチャード・マッデン、ブライス・ダラス・ハワード。監督は「イーグル・ジャンプ」「サンシャイン/歌声が響く街」のデクスター・フレッチャー。

あらすじ:ロンドン郊外で不仲な両親のもとに生まれ、愛のない家庭に育った少年時代のエルトン・ジョン。冴えない日々を送る中、音楽的な才能を見出されて国立音楽院に入学する。やがてロックに傾倒していったエルトンは、レコード会社の公募に応募し、そこで同じ応募者のバーニー・トーピンと運命的に出会い、以来2人は作曲家・作詞家コンビとして幾多の名曲を生み出してく。こうして稀代のメロディ・メイカーとして一気にスターダムへと駆け上がっていくエルトンだったが…。

<感想>そのメロディは、世界中を魔法にかける。“僕の歌は君の歌”や“ダニエル”など、洋楽史に輝く数々の名曲と、あのカラフルでお茶目なメガネでお馴染みのエルトン・ジョン。本作では、そんな彼の代表曲を「もうお腹いっぱい」というほどにたっぷりと詰め込んだ、自伝ストーリー風味のミュージカル・ドラマ映画でした。

子供のころからピアノの天才だったエルトンは、シャイな作詞家バーニー・トービンとの運命の出会いをきっかけに、世界的なロックスターとして成功を収めていくのだけれど、・・・?

5度のグラミー賞受賞をはじめ、数々の成功を収めてきたミュージシャン、エルトン・ジョン。演じているのが、「キングスマン」のタロン・エガートン。一般的にエルトンはすぐに癇癪を起す、かなり荒っぽい人間だと思われていたが、タロンが演じるエルトンは、その印象を払拭して、エルトンが気難しくなっている場面でさえ、彼の中にある弱さを表現しているし、歌声も素晴らしく吹き替えなしで全編を歌い、踊って演じきっていたのが素晴らしい。

英国出身で、1970年代にブレイクしたゲイのロック・ミュージシャンの映画というと、昨年大ヒットした「ボヘミアン・ラプソディ」と比較したくなる人も多いだろう。でも、あちらが基本的に「ドラマ仕立て」で、物語を展開させていたのに対して、本作ではもっと「ミュージカル濃度が高め」の構成になっている点がポイントであります。

エルトンがリハビリ施設から英国での幼少期の回想に飛ぶオープニング・ナンバーでは、彼は群舞に馴染めず、現実と非現実が混じり合うシーン。

そして、トービンの離婚体験が歌詞に現れたと言われているバラード。劇中ではエルトン少年と不仲の両親、祖母が代わる代わる歌うのだ。

それに代表作のロック・チューン。パブで演奏していたエルトン少年が曲中で青年になり、舞台を遊園地に変えて華やかな群舞に発展してゆく。

エルトンとトービンの初期作で、レコード会社を通じて出逢い、たちまち意気投合した2人が、夜通し語り合う場面で、しっとりと流れる曲。「人生の壁」

ブレイク前のシングル曲、ノリノリにピアノとボーカルが、同居生活を始めた若きエルトンとトービンの生き生きとした姿が重なる。

「ユア・ソング/僕の歌は君の歌」キャリア最初の本格的なヒット曲。トービンの書いた詞を見つめているエルトンが、実家のピアノで美しい旋律を奏でて、歌い始めるシーン。

「クロコダイル・ロック」初の全米№1となったパワフルな楽曲。米国での初公演シーンで歌われ、スター誕生の興奮を煽る。エルトンも観客もふわりと宙に浮くのだ。

「パイロットにつれていって」恋人&マネージャートなるジョン・リード(リチャード・マッデン)とのラブシーンで流れる。

「ロケット・マン」1972年発表のヒット曲。成功の絶頂で深い孤独を味わうエルトンの、自殺未遂とわずか数日後に出演したスタジアム公演の場面をつなぐ。

(アイム・ゴナ)「ラヴ・ミー・アゲイン」ラストはエルトン&トービンの書き下ろし曲。ソウル調の新曲でタロンとエルトン本人がデュエットしている。

歌&ダンスのアレンジも大胆に攻めまくっていて、スパイダーマン顔負けの超絶アクションが飛び出すかと思えば、エルトンの深層意識、それとも悪夢?の中まで潜りこむファンタジー風のシーンまで登場しちゃうのだから。

トレードマークの眼鏡と同じく、全篇がカラフルでお茶目なミュージカル映画になっていた。原曲を知らなくても充分に楽しめるので、エルトン初心者の方でも楽しめること請け合いです。

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ライオン・キング★★★★

2019年08月13日 | アクション映画ーラ行

ディズニーが1994年に手がけた名作アニメ「ライオン・キング」を「アイアンマン」「ジャングル・ブック」のジョン・ファヴロー監督が、最新の映像技術を駆使して実写化したエンタテインメント大作。雄大なアフリカの大自然を舞台に、偉大な王ムファサの息子として生まれながら、謀略によって国を追われた子ライオン、シンバが、仲間たちの友情と愛に支えられて成長し、自ら運命を切り拓いていく姿を、実写もアニメーションも超えた驚異の“超実写版”映像で描き出す。声の出演はドナルド・グローヴァー、セス・ローゲン、キウェテル・イジョフォー、ビヨンセ、ジェームズ・アール・ジョーンズ。

あらすじ:命あふれるサバンナの王国プライドランド。威厳に満ちたライオンにして、動物たちの尊敬を集める偉大な王ムファサに息子シンバが誕生する。シンバはいつか父のような勇敢な王になりたいと夢みながら元気に成長していく。しかしある日、王の座を狙う叔父スカーの謀略によって父を失い、自らも王国から追放されてしまう。やがて行き倒れていたところを陽気なイボイノシシのプンバァとミーアキャットのティモンに助けられ、彼らと一緒に緑豊かなジャングルで自由気ままな生活を送っていくシンバだったが…。

<感想>全人類の心ふるわすキング・オブ・エンターテイメント。「忘れるな、シンバ――自分が何者なのか」ディズニーが1994年に手がけた名作アニメ「ライオン・キング」。ヒット作のリメイクだけど、劇団四季のミュージカルで知っている世代も多いのでは?・・・1994年のこの映画には、エルトン・ジョンが、作詞家のティム・ライスと組んで楽曲を提供していて、中でもアカデミー賞の「サークル・オブ・ライフ」「ハクナ・マタタ」「愛を感じて」の3曲が歌曲賞にノミネートされ「愛を感じて」が受賞。背景音楽を担当したハンス・ジマーも作曲賞を受賞したという凄い映画だったのですね。

子供ライオンのシンバは、怖いもの知らずで父親が行ってはいけないという北の暗い場所(像の墓場)に興味を持ち、遊びには水飲み場までと言われていたのに、一人でドンドンと遠くまで歩いて行き、ヌーの大群に出逢ってしまう。

そこで自分は怖くなり、小枝に捕まって震えていると、知らせで父親が助けに来てくれたのだが、ヌーの大群にもまれてかなり怪我をしていたし、シンバを安全な場所へ避難させたあと、自分がやっとの思いで崖をよじ登ると、そこには意地悪な弟のライオン、スカ―がいて兄王のムファサを突き落としてしまい、死に至らしめるのだった。

その時、まだ子供だったシンバは、叔父の企みなど知らなかったし、「お前のせいで父王は死んだ。だから遠く何処かへ行ってしまえ」と叱られて、一人で砂漠を歩く。疲れ果てて倒れ込み寝てしまう。ハゲタカに襲われそうになるも、そこへ現れたのが陽気なイボイノシシのプンバァと、ミーアキャットのティモンに助けられ、彼らと一緒に緑豊かなジャングルで自由気ままな生活を送っていくシンバ。しかし、食事は虫とかアリなんですね、サバンナでは、猛獣は狩りをして弱肉強食なのに、そのまま大きくなって故郷へ帰って、叔父のスカーとの激しい戦いに勝利するのも理解できない。

アニメ版ではキャラクターがかなり擬人化されていたが、今回はあくまでも動物そのものでありながら、豊かな感情表現がされているのが良かった。子供のころのシンバは、子猫ちゃんみたいで可愛かったよ。

監督は「ジャングル・ブック」でも同様の手法を使ったジョン・ファヴロー。俳優としては「アイアンマン」シリーズのハッピー・ホーガン役でお馴染みだけど、監督としても一流なんですね。今回はVR(バーチャルリアリティ)の技術を取り入れて、仮想現実の世界観をスタッフが共有することによって、カメラアングルや照明の具合を決めていったそうですよ。

それに何といっても「超ハイクオリティのCGにより、実写もアニメーションも超える“全く新しい映像世界”を創出した」ということ。実写以上に美しくリアルな映像により、まるで自分がサバンナの大地に立っているかのような感動を覚えます。

それに広い空を埋めつくす鳥たち、はるかな山脈を望みながら行進するゾウやキリンの群れ、体を高く伸ばし周囲を見渡すミーアキャット。動物たちの動きや太陽の光、草木の揺れなど、スクリーンに映るものすべてが途方もなくリアルだ。

岩の突端にたたずむライオンの王ムファサに、ザズーがうやうやしく頭を垂れる。ラフィキに抱き上げられた赤ちゃんシンバはパチクリとまばたきし、モッフモフの毛を風にたなびかせる。目撃している映像の“現実感”が、にわかには信じられないクオリティ。特に父ムファサとシンバの親子愛が印象的。

本作では、“人類が体験したことのない映像”を目撃することができるんです。なんだかよく解らないけれど、すごくて自然の描写はネイチャード・ドキュメンタリーを観ているようだったし、音楽も良かった。これはIMAXで鑑賞すると、興奮度が高まりますからね。

最近では、「アラジン」があったから、てっきり実写版だと思っていたら、キャラクターだけでなく背景もCGで作られているという。その映像美は、言われなければ気が付かないほどリアルですから。是非劇場でご覧ください。

吹き替え版で鑑賞したので、シンバ役の賀来賢人、ナラ役の門山葉子が、名曲「愛を感じて」を披露しているのも素敵でした。

 

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レプリカズ★★★

2019年05月24日 | アクション映画ーラ行

キアヌ・リーヴスが愛する家族のために禁断の再生技術に手を染めてしまう天才科学者を演じるSFサスペンス。共演にアリス・イヴ、トーマス・ミドルディッチ、ジョン・オーティス。監督は「デイ・アフター・トゥモロー」の脚本家ジェフリー・ナックマノフ。

あらすじ:死んだ人間の意識をコンピュータに移す実験が成功へと近づいている神経科学者のウィリアム・フォスター。ある日、突然の自動車事故で最愛の妻と3人の子どもたちを失ってしまう。悲しみのあまり科学者の倫理をかなぐり捨て、家族の身体をクローン化し、意識を移し替える禁断の研究を強行してしまうのだったが…。

<感想>キアヌの暴走が、止まらない――。愛する家族を守るため、科学者の戦いが今、始まる!その発明は、[大罪]か[奇跡]か?・・・クローン人間なのか、それとも現代版の「フランケンシュタイン」なのか。

神経科学者ウィリアム・フォスター(リーブス)は、激しい雷雨により見通しが悪いなか、家族を乗せた車を運転中のウィリアムはアクセルを全開。案の定事故に遭い、家族全員を死なせてしまう。科学の発展と倫理観のせめぎ合いを大きなテーマとしているはずなのだが、科学者キアヌは妻子のクローン製造を即決するわけ。

物語的にも未来科学の展開にも、クローン妻子になんらかの悪しき変調が起きてもいいものだが、それがないのが変です。とにかく全てがイージーなのだ。しかし、クローン製造のむずかしさよりも死んだ妻子に代わって、キアヌが欠席・欠勤の連絡、メールの返信、SNSのコメント対応する方が難儀に描くあたりは笑うしかなかった。

一人“ぼっち”で頭を抱える、哀愁漂うキアヌの姿をとらえている。本作は、神経科学者ウィリアム・フォスター(キアヌ・リーブス)が、事故で亡くなった家族をよみがえらせようとし、倫理に反した暴走を加速させていくさまを描く。「デイ・アフター・トゥモロー」で脚本を担当したジェフリー・ナックマノフが監督を務め、リーブス自身も「トランスフォーマー」シリーズのロレンツォ・ディ・ボナベンチュラらとともに、製作に名を連ねている。

リーブスといえば、米ニューヨークのソーホーにあるベンチでひとりランチを食べる姿や、46歳の誕生日にひとりでカップケーキとコーヒーでお祝いをしている姿を撮られたことで有名。ネット上では「サッド・キアヌ」と呼ばれ、“ぼっち”な姿が公開される度にファンからいじられ、愛されてきた。

本作でも、家族を失い悲しみのどん底に陥り、さまざまな表情を見せるサッド・キアヌが登場する。公開された場面写真は、ポットが3つしかないので、機材不足のため家族全員をよみがえらせることが不可能だと判明し、頭を抱える“がっかりキアヌ”など全4枚。1番幼い娘を冷凍庫の中にでも保管したのかな。キアヌのぼっちメシをする姿や、膝を抱えて考え込む場面も披露され、リーブスの見せるリアルな表情にも注目だ。

愛する家族を失ったことをきっかけに、“暴走”に手を染めてしまう科学者を描いた今作。ビジュアルは、静かな狂気をはらんだリーブスの表情を活写し、「その発明は、[大罪]か[奇跡]か」というコピーが大胆に配置されている。

そして、研究所から車でポッドを屋敷に運び入れ、悲しみに暮れるフォスターは、自らの研究をもとに、クローン化した家族の体に意識を移し替え、完璧なレプリカとして再生させるというタブーを犯す。怪しげなポットのなかには人影が浮かび、息苦しそうにあえぐ女性の姿も。謎が謎を呼び、物語のスリルに期待が高まる。

あらゆるモラルとルールを無視し、家族を無事復活させたウィリアムだが、政府組織が研究対象として家族を奪おうと一家を襲撃……。迎え撃つウィリアムの“作戦”は、「そんなのアリなの?」っていう内容なんですね。 

これまたB級な作品ですが、装いは最先端科学なんですよ。とはいえ、それが説得力増大に繋がっているかはまた別問題である。前半部分の面白さは、家族がいない理由をどう取り繕うのかとか、電源をどう確保するかにある。ところが後半では、物語的に重要と思われる部分が、何故かはしょられていて突然の方向転換に戸惑ってしまう。

さらには、スリルが最高に盛り上がるはずの部分では、演出の生ぬるさにびっくり仰天する。シリアスにやってもそうでなくても、もっと面白くできたはずの映画なのに、惜しいですね。

基本的にはフランケンシュタインの物語だが、神経科学が発達している現代なので、科学者キアヌが倫理の壁を越える暴走をしても、とりわけ異常な人間像には見えない。

研究所の上司であるジョン・オーティスが金儲けの目的で、医療開発企業をやっている設定にし、キアヌは家族愛のためにクローン人間を造る学者にしているからです。主人公がロボットやクローン人間に感情移入する娯楽作品なので、最後が過去を忘れたクローン人間でも、成立すると思いますね。忘れられたわけではなく、末っ子の娘が最後にクローン人間として蘇って来るシーンは良かった。

キアヌファンとしては、過去の出演作と似ているような物語に懐疑心ありです。ですが、「ジョン・ウィック」第3弾、10月に日本公開決定ので、今から楽しみです。

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ROMA/ローマ★★★・5

2019年03月30日 | アクション映画ーラ行

「トゥモロー・ワールド」、「ゼロ・グラビティ」のアルフォンソ・キュアロン監督が、政治的混乱に揺れる1970年代メキシコを舞台に、とある中産階級の家庭に訪れる激動の1年を、若い家政婦の視点から描いたNetflixオリジナルのヒューマンドラマ。キュアロン監督が脚本・撮影も手がけ、自身の幼少期の体験を交えながら、心揺さぶる家族の愛の物語を美しいモノクロ映像で紡ぎ出した。

あらすじ:70年代初頭のメキシコシティ。医者の夫アントニオと妻ソフィア、彼らの4人の子どもたちと祖母が暮らす中産階級の家で家政婦として働く若い女性クレオは、子どもたちの世話や家事に追われる日々を送っていた。そんな中、クレオは同僚の恋人の従兄弟である青年フェルミンと恋に落ちる。一方、アントニオは長期の海外出張へ行くことになり……。2018年・第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で、最高賞にあたる金獅子賞を受賞。第91回アカデミー賞でも作品賞を含む同年度最多タイの10部門でノミネートされ、外国語映画賞、監督賞、撮影賞を受賞した。Netflixで18年12月14日から配信。日本では19年3月9日からイオンシネマで劇場公開される。

<感想>この映画のタイトル「ROMA」。一見するとイタリアのローマのように思えまして、イタリアが大好きな私としては、イタリアの「ローマ」と何か関係があるのかなぁと、変な期待をしてしまいました。ローマに旅に出る話だろうか?とか古代ローマにかかわる作品なのかとか。結果的にはなんてことなく、アルフォンソ監督が育ったメキシコシティの近郊の地名だったわけです。

ある中流家庭の生活を、若い家政婦クレオの視点から描き出していた。モノクロながらも緻密であり、美しい画面と音響の効果は圧倒的で、これではたくさんの賞を頂くのも納得の作品でした。

メキシコの70年代が日本の経済状態と殆ど隔たりがないのは、驚くほどであり、冒頭の家族で映画館へ映画を観に行く作品「宇宙からの脱出」であり、懐かしい細部に行き届いたところなどがいたるところにありました。

この映画は大地を見つめているシーンから始まります。そこでは水が建物の廊下に、掃除をしているのであろうバケツから放たれた水が何度も、何度も水が増していき、建物の廊下がすべて水浸しになり、排水溝へと流れて行く。

そして、この始まりのシーンと対になるように、映画の最期には、主人公のクレオが人生の中で苦しいことや、幸せなこととか、いろいろとあったが、彼女が屋上へ登り青い空を見て終わるのだから。この描写によって、人生の儚さや無情さを描き、人間にはコントロールできる要素と、できない要素があるということを示しているようでした。

もちろん、それは人によっては個人差があると思うが、けれど、他の誰かとの間に愛情が存在するということは、孤独を分かち合う人と巡り会うこともあると言う事ですね。雇い主である奥様が、使用人に対して家族のように悩みを聞いてくれたり、今後のこととかを一緒になって考えてくれるのだ。

70年代の日本で暮らす私たちとも、どこか似ているところもある。燃費の悪い大型車、街頭で売られるポルノ雑誌に見入る少年たち、食後に家族と一緒に使用人もTVを鑑賞するところ、海辺に行き、波が荒いのに幼い子供たちが泳ぐのだ。だから、観ているこちらもヒヤヒヤしながら、クレオが仕方なく子供たちを助けにいくところとか。子供たちと共に、波にさらわれて溺れかけた記憶などなど。

もっとも、ストーリーは必ずしもハッピーなものではない。家政婦のクレオは、ボーイフレンドと恋仲になり妊娠させられた挙句に、捨てられる。

彼女の雇い主であるソフィアの夫アントニオは、医師であり若い愛人を作って、クリスマス休暇、もうすぐ大晦日だというのに家を出てゆく。奥さんも別れ際に夫に抱き着く。夫ときちんと話し合いをしたらいいのに、と思うも、この家族はそれもなく離婚という結果になってしまうのだ。

ですが、この家族の家には、婦人の母親、お婆ちゃんもいて、クレオの出産を喜び、一緒に住んで面倒を見て上げると言う優しい家族。おばあちゃんと一緒に、ベビーベッドを買いに家具やへ行き、そこで反政府デモに遭遇する。その中には、クレオのお腹の子供の父親がいて、身重のクレオに向かって銃を発射する。驚いて、その場で破水をしてしまったクレオ、病院で緊急措置を受けるも、残念ながら死産をしてしまった。宗教上、中絶が出来ないのだから、お腹の子供は生まれて来るよりも、これで良かったのかもしれない。

70年代の物語とはいえ、あまりに身勝手な男性たちに振り回される女性たちの悲劇が、物語の軸となっていた。

途中で驚いたのが、クレオの恋人が、裸で棒術を披露するシーン、ボカシもなく全裸の股間が丸見えで驚く。笑っていいのか、謎はつきない。それに、新年の祝いで子供たちを連れて友人宅へと行く。そのパーティで男たちは、拳銃を打ちまくるのだ。池の畔で銃撃戦ではなく、試し打ちなのか、子供たちも参加をしているし、正月の遊びではない。花火を打ち上げる方が、もっといいのに。

この友人宅に行っている時に、山火事が起きるのだ。人々はあわてて消火活動をするのだが、どこか緊迫感がなかった。

だが、もっと驚いたのが、クレオが恋人の武術練習場へ行った時に観た、韓国人の師匠の姿が、タイツにタンクトップ姿は、まるで女装のエアロビックス姿のようにも見えた。これは、きっと子供の記憶に違いない。

劇中で描かれる「血の木曜日」事件とは、1971年6月10日に起きた事件であり、反体制デモを軍隊が制圧し、300人もの死者を出したそうです。当時は、メキシコ・オリンピック(1968年)、メキシコ・ワールドカップ(1970年)、そして反政府運動と、独裁政権下で経済成長を遂げるメキシコは、大きな変革期を迎えていた。しかしながら本作では、事件は背景の一つでしかないのだ。この点に限らず、本作の描写は、端正でありながらもどこかアンバランスであります。床を洗う水がさざ波のように広がる冒頭の部分と、車幅ギリギリの車庫に車が出入りする描写。デモと同じくらいの比重で描かれる、兄弟喧嘩、その他いろいろであり、おそらく本作では、子供の視点や子供の記憶に焦点を当てているのではないだろうか。

2019年劇場鑑賞作品・・・50  アクション・アドベンチャーランキング

 

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LBJ ケネディの意志を継いだ男★★★・5

2018年11月25日 | アクション映画ーラ行

 ウディ・ハレルソンがケネディ暗殺直後に、急遽大統領に就任したリンドン・B・ジョンソンを演じる伝記ドラマ。南部出身でありながら、ケネディの意志を継いで差別撤廃に尽力したジョンソン大統領の葛藤と知られざる政治手腕を描き出す。共演にマイケル・スタール=デヴィッド、ジェフリー・ドノヴァン、ジェニファー・ジェイソン・リー。監督は「スタンド・バイ・ミー」「恋人たちの予感」のロブ・ライナー。

あらすじ:議会で民主党のリーダー的存在だったリンドン・B・ジョンソンは、1960年の大統領予備選で若きエリート政治家ジョン・F・ケネディに敗北を喫するも、ケディの要請で副大統領候補として大統領選を戦い、彼の勝利によってそのまま副大統領に就任した。しかし、カリスマ性溢れるケネディの輝きの前に、いつしか国政の蚊帳の外に置かれていくジョンソン。ところが1963年11月22日、ケネディが暗殺され、ジョンソンはそのわずか98分後には、第36代アメリカ大統領に就任することに。国中が悲嘆に暮れ、自身もケネディと比較され、多大なプレッシャーがのしかかる中、ジョンソンはある決意を固める。それは南部人である自らの信条よりもケネディの意志を尊重し、公民権法の成立を目指すというものだったが…。

<感想>過去(JFK)には戻れない、けれど未来は変えられる。ケネディ暗殺後、アメリカ大統領に就任したリンドン・B・ジョンソンの苦悩と挫折、闘いの日々を描いた真実の物語。この題名を見て「リンドン・ベイン・ジョンソン」とはっきり発音できる人が何人いることか、かくいう私もミドルネームのベインズには自信がなく、「リンドン・B・ジョンソン」と記憶していた。

名前はともかくとして、その業績となる「JFK=ケネディ大統領の後継者であり、1963年11月、彼が暗殺された後に98分で大統領に就任した副大統領」とか、「ケネディの遺志を継いで公民権法を成立させた南部出身の民主党員」と記憶しているぐらいであります。

むしろ、無礼で、下品で、貧乏で、南部育ちのジョンソン。上流社会のケネディとは正反対の男だった。ですが、そんな彼が、人種差別撤廃など、ケネディが夢に見た理想を実現してゆく。そして、ベトナム戦争を推し進めた大統領としては、すこぶる評判は良くなかったのだが。その大統領をなぜにロブ・ライナー監督は映画にしたのか。しかもウディ・ハレルソンという超個性派の俳優を抜擢してまで。

答えは観てのお楽しみといいたいところだが、これだけ評判の悪い大統領を弾効の声さえ聞こえて来る現大統領と比較するかのように、今取り上げる意図はどこにあるのか?。という難しい問題はさておき、1本の映画として観ると、一人の大統領の苦悩と不安の生涯をかなりリアルに描いていて見応えが十分なのである。

北東部出身のエリート議員であるケネディとは、対照的な南部出身の成り上がりのリンドン・B・ジョンソン。その彼が副大統領の指名を受けたばかりに開けた大統領への道。

だが、その過程ではケネディの弟である司法長官のロバートらとの、確執が待ち受けており、という政治の裏舞台をきっちりとふまえた上で、ハレルソンがそのリンドン・B・ジョンソンをどう演じたのだろうか。

結論から言えば、さすがのハレルソン、相手を口汚くののしる前半から人が代わったように「忍」の姿勢を貫く後半へと変貌を見せていてお見事と言いたい。どちらかと言えば、癖のある演技で注目されたこれまでの彼を、封印できたのは、ジョンソンのそっくりさんとも言えるメークのせいもあるのだろうが、謎の部分がより一層強調されたようで、人物像に奥行きが出ていた。それにしても、ジョンソンとは何者だったのか。未だに釈然としないものが残るのだ。

第36代アメリカ大統領リンドン・B・ジョンソンは、このテキサスの粗暴さを武器にして、公民権法と投票権法を成立させ、50年代以降、アメリカ国内で活発化していた公民権運動に決着をつけた人物なのである。

もちろん、公民権法の基礎は先代のジョン・F・ケネディによるものですが、いわば「型」から入って理想を打ち立てたJFKに対し、LBJは「型破り」な粗暴さで、反発勢力の妨害にも怯まずそれを押し通したのであります。反発勢力の人物としては、南部出身の下院議員を演じているリチャード・ジェンキンスが演じているのも良かった。

一方では、LBJの泣き所は人脈の欠落であった。JFK暗殺後、彼の人脈、いわゆる「ベスト&ブライティスト」うぃまるごと受け継ぎ、彼らが固執したベトナム政策では泥沼に落ち込んでいく。大統領執務室の机の影にかがみこみ、片手で顔を覆うという苦悩するJBLの写真が残されている。結果的にベトナム戦争が、LBJの命取りとなった。

もっとも、黒人たちは、ジョンソンこそが白人側から差し伸べられた最大の救いの手であることに、いち早く気づいていたのだった。公民権法が成立するまでは、黒人にとって愛すべき大統領と言えば、フランクリン・D・ルーズベルトだった。かつては奴隷制を支持するなど極めて差別的だった民主党を、1930年代に改造し、今日の革新政党に生まれ変わらせ、自分たち黒人をかばってくれたからだ。

しかし、公民権法成立以後は、黒人たちの家にそれまで飾られていたフランクリン・D・ルーズベルトの写真に代わって、リンドン・B・ジョンソンの顔写真が掲げられたという。

2018年劇場鑑賞作品・・・229  アクション・アドベンチャーランキング

 

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リグレッション★★★

2018年11月15日 | アクション映画ーラ行

 「アザーズ」「海を飛ぶ夢」のアレハンドロ・アメナーバル監督がイーサン・ホークとエマ・ワトソンを主演に迎えて贈るサイコ・サスペンス・ドラマ。ミネソタ州の小さな町を舞台に、1つの少女暴行事件を捜査する刑事が、やがて町に秘められた大きな闇に飲み込まれていくさまを描く。共演はデヴィッド・シューリス。

あらすじ:1990年、ミネソタ州。ブルース・ケナー刑事は、17歳の娘アンジェラを暴行した疑いで父親のジョン・グレイを取り調べる。するとジョンはあっさりと容疑を認めるが、実際のところ彼の記憶は曖昧で、どうにも不可解な事件だった。そこで著名な心理学者ケネスの協力を仰ぎ、記憶を遡る退行療法によって事件当時の状況を探ろうと試みるケナーだったが…。

<感想>実話に着想を得たミステリー・サスペンス。謎に包まれた少女虐待事件の驚くべき真相とは?・・・。アメリカでの悪魔崇拝者による儀式が次々と告発されていく中で、そのためか多くの人々がパニックと疑念の渦に巻き込まれる事態となった。

そうした事例を基に、アレハンドロ・アメナーバル監督が、米社会の闇に踏み込んだ本作に出演するのは、「パージ」のイーサン・ホーク、「美女と野獣」のエマ・ワトソンの二大スターを主軸にして、他には「戦火の馬」のデーヴィッド・セーリスらが共演している。

90年代のミネソタで起きた実話に基づくととあり、イーサン・ホークが演じる刑事が、父親の少女虐待事件と真剣に取り組む姿が、のちのサスペンスへと向かって行くわけ。

彼の前に地方の都市特有の、奇怪だがリアルでもある事件が次々と起こる。古い教会や悪魔崇拝者による儀式、荒廃とした家族関係、そこへ知ったかぶりの心理学者まで登場して、刑事は現実と幻想の迷路に落ち込んでしまう。

郷愁を誘う風景に、突如異変が訪れるので、観客も終始迷路の中に引っ張り込まれてしまう。本当に、初めはアンジェラの父親が性虐待をするのを信じてしまって、ジャンル映画とは別の恐怖を味わうことになる。

まず、ヒロインのアンジェラを演じたエマ・ワトソンが、心理学者の催眠療法によって作られる虚偽の記憶、それに基づいて固められる事件のストーリー。そこに捜査陣が縛られて進む冤罪への道。恐怖や不安から広がるタイプの集団ヒステリー。両者の発生するシステムを、フードを被って顔を白塗りにしたアンジェラの祖母たち。

廃墟の納屋で、いかにもな連中が、いかにもな悪魔崇拝儀式をするみたいな映像を映すので。それは、赤ん坊を儀式の生贄にし、参列者がその赤ん坊を食べてしまうという恐ろしさに、げんなりとしてしまった。後で聞かされる、赤ん坊の本当の話と、アンジェラの恋愛話には、なんと無知な女なんだろうと思ってしまった。

ですので、オカルト・スリラーとしての、設定をしっかりと保ちながら描く巧みさに、ハッとさせられるであります。

ですが、主人公刑事のイーサン・ホークが、精神的に追い詰められる“弱さ”の背景が描かれていないのだが、彼はアンジェラの美しさに惚れてしまい、彼女が嘘を言っていることを、全部信じてしまう。男としてはいいが、刑事としてはどうかと思う。

ラストが、衝撃的なアンジェラの告白でドッキリして、驚くのも必然ですから。

2018年劇場鑑賞作品・・・223  アクション・アドベンチャーランキング

 

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ルイスと不思議の時計★★★★

2018年10月12日 | アクション映画ーラ行

ジョン・ベレアーズのベストセラー“ルイスと魔法使い協会”シリーズの第1作『ルイスと不思議の時計』をイーライ・ロス監督で映画化したファミリー・ファンタジー・アドベンチャー。不慮の事故で両親を亡くした少年ルイスが、二流魔法使いの伯父ジョナサンと、その隣人で魔女のツィマーマン夫人と繰り広げる不思議な大冒険を描く。主演はオーウェン・ヴァカーロ、共演にジャック・ブラックとケイト・ブランシェット。

あらすじ:1955年、ミシガン州のニューゼベディ。両親を事故で亡くした10歳の少年ルイスは、会ったことのない伯父のジョナサンに引き取られ、いたる所に時計が置かれた古い屋敷へとやって来る。そこはいかにも怪しげな雰囲気だったが、なんとジョナサンは魔法使いだった。ただし腕は二流。一方、隣人のツィマーマン夫人も魔法使いだったが、こちらは対照的に超一流。2人は互いに悪態をつきながらも、ルイスを温かく迎えてくれた。そんなジョナサンは屋敷の中で夜な夜な何かを捜し続けていた。それは、世界を滅ぼす力を秘めた魔法の時計だった。ルイスは世界の危機を救うため、ジョナサン、ツィマーマン夫人と力を合わせて時計の謎に挑むのだったが…。

<感想>本国では1973年に出版され、ハリーポッターの原点ともいわれるジョン・ベレアーズの児童小説「ルイスと魔法使い協会」シリーズの1作目「壁の中の時計」を、スティーヴン・スピルバーグのアンフリン・エンターテイメント制作で映画化した冒険ファンタジー。原作者の死後も別作家の執筆によって計12作が出版された長寿作品であり、映画も続編の可能性がありますよね。

両親を車の事故で亡くした10歳の少年ルイスには、オーウェン・ヴァカーロが。伯父さんに引き取られるも、言葉が大好きで、辞書を愛用。スポーツは苦手、転校先ではちょっと浮いた存在でもある。

お調子者のポンコツ魔法使いジョナサンには、ジャック・ブラック。ルイス少年の母親の兄で、その素顔は魔法使いだが、腕はポンコツ。屋敷のどこかに隠された魔法の時計を探している。かなりのお調子者であります。

本作では完全に“憎めない人懐っこいオッサン”そのままであり、名優ジャック・ブラックにしかできないキャラクターを全開にしていましたね。

 

リビングにある、魔法で動き出すたくさんの人形相手に「気持ち悪い」と言っていた彼ですが、まさか「顔だけそのままサイズのジョナサン・ベイビー(身体が赤ちゃん)」という一番の醜態を現すとは、それが一番の見せ場ですかね。可愛いけど、正直いって2018年に見た映画で、一番キモかったかもしれませんね。

そして、魔法使いのエリート魔女であるツィマーマンに、ケイト・ブランシェットが扮していて、ジョナサンの隣の家に住んでいる。パリ生まれのエリート魔女で、戦争中に夫と娘を失くして以来、魔法は封印していたが、とにかく口が悪くていつも伯父さんを喧嘩をしている。

それに、ジョナサンの親友でもある魔法使いだったが、黒魔術に傾倒し、怪しげな実験に没頭して、屋敷の中に謎の時計を隠して亡くなってしまった。彼が死の世界から甦る、恐るべき魔法使い役で、「ツイン・ピークス」のカイル・マクラクランが怪演を見せている。

監督はイーライ・ロスと言えば、若者たちがジャングルで食人族にいただきますされる『グリーン・インフェルノ』、キアヌ・リーヴスが美女に肉体的にも精神的にもズタズタにされる『ノック・ノック』などホラーやサスペンスを手掛けてきた。今回、子供向けのファミリー映画を撮るなんてジョークなの、なんて思いますが、それが全編綺麗なファンタジー色で決めており、面白くて最後まで飽きません。

始めは転校生なので虐められるも、二人から呪文を教わったルイスは、學校で簡単な魔法を使うようになる。だが、彼が禁断の書を開いてしまったことで、闇の魔法使いアイザック(マクラクラン)が復活してしまう。

そのシーンが面白い。ルイスと友達の2人で墓へ行き、闇の魔法使いの墓の前で呪文を唱えていると、墓の蓋があき中から闇の魔法使いが甦ったのであります。伯父さんもエリート魔女であるツィマーマンも、これには驚きどうしようか戸惑ってしまう。

伯父さんの家にその闇の魔法使いがやって来て、大暴れするものだから、屋敷の中に隠してある時計を動かせば、世界は“逆戻り”してしまうのだ。ルイスと二人の魔法使いは、世界を救うために時計をめぐる大冒険を繰り広げるのであります。

エリート魔女であるツィマーマンの紫いろの傘を用いて光線を放出、手から火の玉を発するなど、彼らが操る不思議な魔法に注目でありますからね。

それに、ジョナサンの屋敷に死者が復活してくるし、庭のハロウィンのかぼちゃがお化けになって襲って来るし、リビングにある人形たちが襲い掛かるとか、不気味でちょっと悪趣味な描写は、子供には怖いかもしれません。

それでも伯父さんのジャック・ブラックが頼りないけど根は誠実で憎めないキャラを演じていて、それで中和されている部分もある。

ケイト・ブランシェットは、「オーシャンズ8」に続くカッコいい役で、本当に頼もしい魔法使いって感じで良かったです。ルイスが転校生で学校で虐められ問題も描かれていたりして、、じつは奥が深い作品になっていました。

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REVENGE リベンジ★★★

2018年09月01日 | アクション映画ーラ行

本作が長編デビューとなるフランスの新鋭女性監督コラリー・ファルジャが、「ザ・リング/リバース」のマチルダ・ルッツ扮するヒロインが繰り広げる男たちへの壮絶な復讐劇を描いたバイオレンス・アクション。

あらすじ:美しい女性ジェニファーは不倫相手のリチャードに誘われ、砂漠地帯にある彼の別荘にやって来る。2人だけのはずが、そこにリチャードの狩猟仲間スタンとディミトリも現われる。やがて男たちはジェニファーをレイプした挙句、口封じのために崖から突き落とす。瀕死の重傷を負いながらも執念で復活したジェニファーは、男たちへの怒りの復讐を開始する。

<感想>ヒロインのリベンジを血みどろの残虐描写と、スタイリッシュな画面構成で描いている作品って、「アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ」や「サベージ・キラー 」など、数多くありますが、これも飛んでもなくあり得ないくらいに強い女性が、男に復讐をしていくお話である。それも砂漠地帯で、騙されたといえばそうだが、女も悪いのだ。普通だったら、DVDスルーのはずなのにね。劇場で公開されるのって珍しいので鑑賞した。

金持ち男の誘いに乗って、ヘリで行く砂漠地帯の辺ぴ場所に豪邸がある。そこへ連れて行かれて、優雅に過ごすはずが、その男の友達2人と待ち合わせをしてたらしく、早くに到着してあっと言う間に、その2人の男の一人の餌食になってしまう。

もちろん、連れてきた男に怒りをぶっつける女だが、どうみても不利な状態の女。そして、別荘の持ち主の男に邪魔な女として崖から突き落とされてしまう。女は崖下で、枯れ木に串刺し状態で刺さって瀕死の状態。

普通だったら、これでこの女は終わりと思うが、それともそこへ誰かが助けに来てくれて応急手当をしてくれるかでないと助からないはず。ところが、男たちも崖下を見て、まだ生きているみたいなのでトドメを刺すために崖下へと急行する。

その間に、女が目覚めてその串刺し状態から自分の力で抜け出すのである。これはちょっと無理のある行動で、彼女がいくら柔軟体操選手でも、反り返った身体に木を刺さっている状態から、地面にある枝木に火を付けて燃やし、刺さった木から脱出することなんて神業としか言えない。持っていた麻薬を舐めて、体を麻痺させて痛みをこらえる女。そして、唸り声しかセリフがない女になってしまう。そりゃそうだろうにと(苦笑)

まぁ、それをここで言っても、作品の核となる復讐の女なのだから、どんなに理屈が合わなくても生きて男たちに復讐をするという設定になっている。

かなり出血もあるのに、そこから逃げおうせた女は、男たちの追ってから逃れて、まず傷口の手当をするのだが、まだ麻薬の効き目があってか、レイプした男を殺して、その男の持ち物の中から飲み物や猟銃をゲットする。

その時、まだ女の腹には木が付き刺さったままで痛々しい。まずは飲み物を飲んで、その空き缶をナイフで切り開き、それを火であぶって消毒をして腹の傷跡に張り付けるという、かなりエグイ衝撃の治療法でした。火傷の後に、空き缶に付いていたコンドルのマークが皮膚にきっくりと後が残って痛々しい限り。

そこからが、男2人に対しての復讐劇であり、男たちも素晴らしい猟銃を持っていて、どうみても女一人では敵いっこないのに、それでもあんなに重傷を負った女が、裸足で逃げて素晴らしい活躍をするとは思えないのだが。

確かに砂漠に建つ豪邸にはプールがあり、白い豪邸にピンク色の窓枠、それに青いプールの水の色と、かなり景観が最高なのだ。ですが、そこにはヘリで行くのだが、持ち主はヘリの操縦はできない。だから、ヘリサービスへ迎えに来るのを待つしかないのだ。車はあるが、その砂漠地帯から、街までの距離は女には全然解ってない。自分が助かっても、ヘリを呼ばなければ自分はここから助からないと思うのだが、それが面白いラストで、女と持ち主の男リチャードとの対決が豪邸で始まるのだ。

こんなことは、絶対に在り得ないことなのに、女もよくぞ生きていてくれたとばかりに復讐の鬼となって、男に歯向かうのだが、広い豪邸の中を猟銃をぶっ放しながら走り回る2人。女もかなり銃の扱いが巧いときてるし、リチャードの腹を撃ってしまう。

大量の出血が床に広がり、走る2人にはヌルヌルと滑りまくるのだ。それでも、どちらかが死なない限り決着はつかない。リチャードがヘリの迎えを電話で頼むのを機に、女が逆転ホームランの銃撃で倒してしまうのがスカット爽やかであった。そこへヘリの迎えの音が響いて、プールサイドで空を見上げる女の顔が眩しそうに映るのもいい。

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ルイ14世の死★★・5

2018年08月23日 | アクション映画ーラ行

名優ジャン=ピエール・レオが最晩年のルイ14世を演じる歴史ドラマ。“太陽王”と呼ばれたルイ14世が、死の床でただ最期の時を待つ陰鬱な数週間を、サン=シモン公の『回想録』や廷臣ダンジョーが記した『覚え書,別名ルイ14世宮廷日誌』を基に、詳細かつ淡々と再現していく異色作。監督は舞台の演出やインスタレーションなどのアート分野でも活躍するスペインの異才アルベルト・セラ。

あらすじ:1715年8月、77歳を目前にしたルイ14世は、壊疽による左脚の痛み抱え、体調はみるみる悪化し、ほぼ寝たきりの状態となっていた。侍医のファゴンには的確な診断も、有効な治療を施すこともできずにいた。やがてパリ大学の4人の医者が診察に訪れるのだったが…。

<感想>フランス王ルイ14世と言えば、「太陽王」といわれ豪華絢爛の絶頂を極めた王様。薄暗いローソクの灯かり、豪華なベッドに横たわり、左足の壊疽からじわじわと死に至る最期の日々を記録した作品である。

画面が暗いし、この時代では、医学が進歩していなく、ただひたすらに王の死を待っているだけなのか。腐っていく左足首から、だんだんと上へ、心臓まで壊疽が進み死に至るってどれだけ惨い死に方なのか、モルヒネのような痛み止めに、この当時だったらアヘンとか何かなかったのだろうか。

観ていて、医者たちが頭を抱えているが、壊疽なら切断するしかないであろうに、それを何を待っているのか、医者たちは陛下に「壊疽ではありませぬ」などと嘘を言って治療を遅らせているのだ。たしかに太陽王のイメージを見事に裏切っている。

羽の付いた大きな帽子をとって笑顔で客に挨拶して、ビスケットを齧ってみせては、医者たちを安心させ、昏睡状態でも家臣に偽医者の処分を打診されれば直ぐに指示を出すなど。

どう見ても、真っ黒になっている足をみて腐っているとしか見えないのに。軟膏のようなのを指で塗りたくっているが、それでは痛みも肝心の壊疽も良くならない。切るしかないのに。

だから、陛下がベッドの上で、頭がボケていないので、側近がいろんな仕事の内容をいい、それについて意見を言うほど元気なのだ。車いすに座り、庭を散歩したり、王宮を車いすで進む姿には、医者たちのズサンな見立てと治療が歯がゆくてならない。

死の間際に至るまで重々しく王を演じねばならぬ様子は、滑稽ですらあります。王を演じている圧倒的なジャン=ピエール・レオの存在感と映像美が、「朕は国家なり」の言葉が物語る絶対王政末期の危ういさを、白日の下に晒しているようでした。

金色のトウシューズで華麗にリュリのバレエを舞ったのは、確か「王は踊る」(00)の映画だったと思う。演じたのは、20代のブノワ・マジメルだが、いま死の床に臥せる陛下を演じているのは、なんと名優ジャン=ピエール・レオ。

ベッドの周りには臣下や貴婦人集団と、怪しげな特効薬を振舞うヤブ医者軍団たち。今際のきわにあってなお王権示威のサービスを強いられるのは、王の方ではないかと。誰もが気づかぬふりをして、茶番劇を共有して、新鋭セラ監督が、半径3メートルのスケールでねちっこく持続させているのも何だか不自然。

 

誰一人として王を人間として扱わぬ、その皮肉さの辛さが舌を刺す。王の孤独、結局は、その生涯を通して誰からも愛されなかった、その寂しさが見え隠れしてゾッとする。だから、次第には退屈も覚えて来る。

ただし、ラストに王が亡くなった後、そのベッドの上でお腹を切り開き解剖するシーンも、大腸、小腸、脾臓と取り出して、心臓まで壊疽が進んだことを見届けるのだ。そして、医者たちや家臣たち取り巻き連中の、責任逃れの言葉が発せられる。「やっぱり壊疽だったのだ」と頷く医者たちの言葉に、バカバカしくもあり、痛烈な皮肉を込めた作品であった。

 

018年劇場鑑賞作品・・・164 アクション・アドベンチャーランキング

 

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