パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

クリード 炎の宿敵★★★★

2019年01月15日 | アクション映画ーカ行

シルヴェスター・スタローン主演の大ヒット・ボクシング映画「ロッキー」シリーズでロッキーの最大のライバルにして大親友となったボクサー、アポロ・クリードの忘れ形見アドニス・クリードを主人公にした「クリード チャンプを継ぐ男」の続編。「ロッキー4/炎の友情」でのアポロとイワン・ドラゴの死闘を下敷きに、チャンピオンとなり全てを手に入れたアドニスと、どん底から這い上がってきたドラゴの息子ヴィクターによる因縁の対決をエモーショナルに描き出す。主演は引き続きマイケル・B・ジョーダンとシルヴェスター・スタローン、共演にテッサ・トンプソン、ウッド・ハリス、ドルフ・ラングレン。監督は長編デビューとなる前作「The Land」が高い評価を受けた新鋭スティーヴン・ケイプル・Jr。

あらすじ:ロッキーの指導の下、ついに世界チャンピオンのベルトを勝ち取ったアドニス。恋人ビアンカとの結婚も決まり、まさに幸せの絶頂。そんなアドニスに、過酷な環境から勝ち上がってきた男ヴィクターが挑戦状を叩きつけてきた。彼の父は、アドニスの父アポロの命を奪った、あのイワン・ドラゴだった。父の復讐に燃えるアドニスだったが、ロッキーは対戦に否定的で、相手の挑発は無視しろと忠告する。それでも自らの衝動を抑えきれないアドニスは、ついにこの挑戦を受けて立つのだったが…。

<感想>「クリード チャンプを継ぐ男」前作を観た後に必ず続編があると思たのが的中でした。東西冷戦末期の1985年、ソ連最強のボクサーとして君臨しながら、ロッキーとの世紀の一戦に敗れし者、ドラゴのその後を傷だらけの男、ドルフ・ラングレンがついに帰って来た。自らのすべてを叩き込んだ恐るべき息子とともに。かつてドラゴに父親アポロを殺され、ロッキーの魂を継ぐアドニスは、それを迎え撃てるのか?・・・父と息子、それぞれの因縁をかけた熱い戦いのゴングが待ちきれません。

本作を観る前に、押さえておきたいのが「ロッキー4/炎の友情」。前シリーズの4作目に当たる本作では、アポロの死とそれにまつわるロッキーの苦悩。彼とドラゴの因縁の対決など、新作に直結するエピソードがたっぷりと盛り込まれている。

ちなみに、シルヴェスター・スタローンと本作後に結婚したブリジット・ニールセンが、劇中ではドラゴの妻役だったのだが、その後ドラゴと別れラストのロシア戦での対決では、リングの外で観戦しているという設定で、再出演を果たしているのもお見逃しなく。

歳月は流れて物語は息子たちの世代に闘いの場を移す。シルヴェスター・スタローンの渋いたたずまいで登場して来た途端に、やはりジーンときてしまう。脚本にも参加しているだけあってか、新たなヒーロー、クリード(マイケル・B・ジョーダン)の脇にまわっても要所をしめて、見せ場はたっぷりあるのだ。

因縁の対決に気がはやるアドニス、ロッキーはヴィクターとの対決には懐疑的であった。セコンドを断るロッキーの心の中には、アポロの死の影がかすめたのではないか。それでも因縁の対決のために、絶対に勝てると思っているクリード、しかし試合は無残な結果に終わってしまう。ヴィクターの反則により負けてはいないが、リングの床に叩きのめされてしまい、鋤骨2本と内臓も負傷してしまう。

しかし、ロッキーはTVで試合を観ていたが、悔しい想いが経ちきれずにいて、クリードがもう一度戦いたいと願い、今度こそ自分がセコンドに立つことを約束する。その代わり、砂漠での地獄の特訓が待っていた。

クリードが地獄の特訓を受けて屈強な肉体になっていくのが対象的であり、みごとな肉体改造と心的にも強くなっているのが分かる。宿敵、イワンの側も凶悪に描かれているので、ドラゴのドルフ・ラングレンがすべてをかっさらう圧倒的な存在感を見せつけているのが印象的でした。

クライマックスの決戦はモスクワであり、ヴィクターにとってはアウェーで有利だ。観客の応援もみなヴィクターについている。それでも、雪辱戦として勝ちに行かなければならないのがクリードなのだ。リングに立つのはアポロとドラゴ双方の息子たち、セコンドを務めるのはロッキーとドラゴ。

こんな戦いを見られる日が来るとは、誰が予想しただろうか? 己のすべてをこぶしに込め、殴り合う次世代のボクサーとリングの脇で火花を散らす師匠たち――この興奮度満点のビッグマッチ。しかし、クリードにとっては、絶対に負けられない対決。

本作の大きなテーマとなっているのが、親と子の関係であります。アポロとアドニス、ドラゴとヴィクターの世代を超えた因縁の対決は、まさにその象徴で、父の存在に背中を押されるように、リングに上がる若きボクサーの奮闘の展開に迫力があり、手に汗を握りしめること請け合いです。

アドニスも本作では父親となり、その責任を実感することに。またロッキーと息子の葛藤や、ロッキーとアドニスの疑似親子的な関係もドラマの見どころと言っていいでしょう。ラストでロッキーが、息子の家を訪問するところで終わります。

2019年劇場鑑賞作品・・・7  アクション・アドベンチャーランキング

 

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パッドマン/5億人の女性を救った男★★★★

2019年01月15日 | アクション映画ーハ行

清潔で安価な生理用ナプキンが手に入らず苦しんでいたインドの女性たちを救うため、自ら低コストの商用パッド(ナプキン)の開発に奔走した実在のインド人男性の苦難の道のりを映画化した感動の伝記ドラマ。主演は「チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ」のアクシャイ・クマール、共演にソーナム・カプール、ラーディカー・アープテー。監督はR・バールキ。

あらすじ:インドの小さな村で新婚生活を送るラクシュミは、妻が高価な生理用ナプキンを買えずに苦労していることを知り、自ら清潔で安価なナプキン作りに乗り出す。しかし、男性が生理について語ること自体がはばかられるインドで、ナプキンの研究に勤しむラクシュミは、村人から奇異な目で見られ、ついには村を追い出されてしまう。それでも情熱を失わず、ナプキン作りに邁進するラクシュミだったが…。

<感想>インドで“生理用品”の開発と普及に人生をささげた男性を描く、驚きの実話です。「生理用品」と聞くと気後れしてしまう方もいるだろうが、この心温まる女性に対しての物語をご覧ください。 

ラクシュミは北インドの貧村で暮らす、気のいい愛妻家。彼はある日、妻ガヤトリが生理のときに汚いボロ布で手当てしているのを知り、心を痛める。不衛生は万病の元。市販の生理用ナプキンを「高価すぎる」と妻に拒否されたラクシュミは、安価なナプキンを自作しようと思いつく。この当時、インド女性のナプキン使用率はたったの12%。生理中の女性は室外の檻に隔離されて過ごすというのが、つい最近、2001年の話だなんて!

ここからが闘いだ。敵は無理解と古い因習、価値観。生理=穢れと定める人々の意識は手強く、愚直なラクシュミは妻を守りたい一心で暴走する。試作品を自らの股にあてがい動物の血が漏れないか実験した挙げ句、白いズボンを真っ赤に染めて聖なる川に飛び込むのだから、ヘンタイ視されてもしかたないか。つらいのは、誰あろう妻が研究を非難し、恥だと泣いて実家へ帰ってしまうこと。それでもラクシュミは諦めない!

「愛する妻を救いたいために。」その想いは、やがて全女性たちの救済に繋がっていく。「なぜ、生理用品を研究しようと思ったのか?」「なぜ映画化しようと思ったのか?」……中身を知るまでは、「女性に対しての認知度、男尊女卑の国、遅れている国」なのか?、と思ってしまっていた。だがそれは、大いなる誤りでしたね。 これは、夫から妻へ、そしてあらゆる女性に向けた“愛と勇気のメッセージ”なのでした。

日本でも、意外に遅く、戦後10年経ってからやっと生理用品が発売されたようです。それに、女性の生理という大切な身体のことを、男性は古い因習や、こだわりと価値観。生理=穢れという、子孫を残すために女性の身体には、大人の女性になると必ず来るものだと言うことを。しかし、今でもあまり男性は、女性の生理のことを良く知ろうとはしない。つまり、生理になっている女性を汚れた身体みたいに扱うからだ。

インドの町工場に務めるラクシュミ(アクシャイ・クマール)は、妻が生理中にぼろ布を使っていると知り、衝撃を受ける。というのも、当時のナプキンの値段は外食の2倍以上の超高級品! そこで彼は、ナプキンの構造を独自に研究! 教育を受けていない“逆境”を、努力と明るさで乗り切っていく。

なぜラクシュミは、あらゆる情熱を生理用品に傾けられたのか? それは、ひとえに妻への愛。どんな苦境に陥ってもくじけず、妻の健康と笑顔のために研究を続けたラクシュミの努力は、妻への愛の結晶といえる!

ですが、ラクシュミを待っていたのは、いわれのない偏見や容赦ない差別。というのも、インドの村々では生理は口に出してはならない“禁忌”で、生理中の妻は隔離されるのが常識だったから。ましてや男性が生理用品を研究するなど、言語道断だったのだ! 研究に没頭する彼だったが、村を追われる事態になってしまう。それに、家族たちも偏見の目で見るようになり、よそに女がいるのではないかと疑うのだ。

しかしここからが、本作の真骨頂。資金も支援者も、学歴もないラクシュミは、どうやって状況を打破していくのか。妹たちや医科大に通う女子学生、はては成人したばかりの近所の女子にまで協力を仰ぐなど、仕事もおろそかにナプキン作りに没頭。

それが、インドではダメならアフリカではどうか、世界へ売って、インドの女性に知ってもらおうと考えたこと。だから、何年物歳月がかかり、その間、奥さんは実家へ帰り、離婚話まで持ち上がっていた。

さらに思わぬ奇跡の出会いが、実に爽快な“大逆転”を導き出すのですね。有名な歌手の女子大生パリーにたのみ、生理のパッドの試作品を使ってもらうのだ。始めは、男性が何故こんなに女性のために苦労しているのかが理解できなかったにちがいありません。でも、彼の優しさと熱心さが、男が女性の物を、なんて嫌らしい気持ちからではないことを。

つまり金儲けじゃなくて、愛する妻のために、つまりインドの女性のために、生理パットを作ろうと始めたことだった。生理用品の名前にパリ―と名付けるのも良かったですよね。それに、生理用品の制作や販売も女性にしてもらい、その売上を賃金として彼女たちに支払うこと。インドでは、女性は結婚して外へ働いて金を稼ぐなどということは絶対に禁じられていたからです。

中盤、物語の転機となる工科大学のアイデア・コンテストで優勝して大金をもらう。その金もパットを制作する機械に継ぎこんで全部使い果たしてしまう。

クライマックスはラクシュミが、ニューヨーク国連で英語のスピーチをするところだ。独学で英語を覚えてのカタコト英語でのスピーチでも、観衆の心を掴んで離さないからだ。

でも、パリ―が次第にラクシュミを好きになっていくのが分かります。こんなにも夢中になって女性のために働く男に惹かれるのも無理はありませんね。しかし、彼は妻一筋の男でした。そのことを知るとパリ―も諦めるが付くのですね。

ラクシュミが、村八分の様に追い出されたインドの村へ、名誉の帰村を遂げた際の村人の大歓迎ぶりには驚きでした。母親も姉妹も喜んで兄を迎えて歓迎する下りも、お涙頂戴にならずよかった。とにもかくにも、ラクシュミの念願の想いが叶って、妻にも喜んでもらい仕事でも成功したことで、なによりも報われたことは喜ばしいですね。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・6  アクション・アドベンチャーランキング

 

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嘘はフィクサーのはじまり★★★

2019年01月12日 | アクション映画ーア行

リチャード・ギアが小さな嘘を重ねてユダヤ人ネットワークに食い込み、いつしか大物フィクサーへと成り上がっていく狡猾な男の悲哀をシニカルに演じたイスラエル・アメリカ合作コメディ・ドラマ。共演はリオル・アシュケナージ、ハンク・アザリア、スティーヴ・ブシェミ、シャルロット・ゲンズブール。監督は「フットノート」のヨセフ・シダー。

あらすじ:ニューヨークでユダヤ人上流社会へ食い込もうと必死に人脈づくりに奔走する初老の男ノーマン・オッペンハイマー。フィクサーを自称し、小さな嘘を重ねて相手の懐に飛び込むチャンスを虎視眈々と狙い続けていた。そんなある日ノーマンは、イスラエルの大物政治家エシェルに狙いを定め、偶然を装って一流ブランドの革靴をプレゼントすることに成功する。3年後、ノーマンはイスラエル首相に大出世したエシェルとパーティで再会、盛大に歓迎されるとともに、パーティ参加者に華々しく紹介される。これをきっかけに大物たちからの仲介依頼が次々と舞い込むノーマンだったが…。

<感想>昨年鑑賞したもので、リチャード・ギア様大好きでつい鑑賞してしまった。内容はと、ハンチング帽子にベージュのコート、そしてくたびれたショルダーバック。そんな初老の冴えない男がニューヨークの街を歩く。この男があのリチャード・ギア様とは、すれちがっても、間違っても誰も気づかないのではないかと思った。職業不詳のこの男、実は自称大ものフィクサー。

フィクサーと聞けば、政界や財界を裏側で牛耳る黒幕をイメージするが、画面に登場したギア様を観た瞬間、あれれ?冴えない親爺ではないか。

スマホ片手に儲け話を切り出し、何とも信用のおけない御仁なのだが、要はユダヤ人の上流社会に食い込もうと大物に近づき自分を売り込もうと、汲々とするのだから始末が悪い。ある時ニューヨークを訪れていたイスラエルのカリスマ政治家にわたりをつけ、数年後に首相の座を射止めた彼に再接近して、小さな嘘を積み重ね騒動を巻き起こすブラックコメディなのだった。

リチャード・ギアの演じる詐欺師まがいのフィクサーが良かった。こういうキャラクターは、たいてい口八丁手八丁で、世渡りが上手なんだけど、彼は決して器用なタイプじゃなく、観ていて危なっかしいのだが、そんな人間がわざわざそういうやり方で、何がしの人物になろうとしていること。またその目的や理由これといった必然性がみられないところに、得体の知れない業の深さとやるせなさを感じた。

ですが、コメディに寄り過ぎず一生懸命なのに、あの甘いマスクが売りだったギア様が人生に疲れた初老の男役にピタリとハマっていた。しかも正体不明で曖昧としたフィクサー役とは驚きでした。70歳近くにもなれば役も限られてくるし、役作りをしなくても素で初老の男を演じられるのだから。どこか虚しさを漂わせているギア様の真骨頂が見ものでした。

一向にうだつの上がらないノーマンだったが、3年前に高価な靴を贈ったカリスマ政治家がイスラエルの首相に就任したことにより、追い風が吹いて来る。

支援者パーティに出席すると、恩を覚えていた首相に「ニューヨークのユダヤ人名誉大使」と人々の目の前で紹介され、羨望を集めるのだが、彼が何者で実績がどうであるかでは無く,要人にハグされ感謝される場面を披露したことにより、あらゆる業界から依頼が殺到するようになる。

ですが、所詮、其の方と此の方の利潤を回し続けるだけの綱渡り商売だった。綻びは、やはり現れるが、ちょっとした裏切りにも引っ掛かる人の良さが憎めないのだ。ホラばっかり吹いている妄想男の人生を描いたものであり、自らの命で落とし前をつけた、フィクサー以下の詐欺師の話でもあります。これって、死ぬ必要があったのだろうか、雲隠れでもした方が良かったのでは。

「運命は踊る」のリオル・アシュケナージや、個性派俳優のスティーヴ・ブシェミ、そしてシャルロット・ゲンズブールなど、味のあるキャストが脇を固めているのも見どころですね。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・5  アクション・アドベンチャーランキング

 

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おとなの恋は、まわり道★★・5

2019年01月10日 | アクション映画ーア行

キアヌ・リーヴスとウィノナ・ライダーの4度目の共演で贈るラブ・ストーリー。同じ結婚式の招待客として出会った独身中年男女を主人公に、思いがけずずっと一緒に過ごすハメになった2人が、互いに毒舌を飛ばし合う会話劇の行方をユーモラスに描く。監督は「5時から7時の恋人カンケイ」のヴィクター・レヴィン。

あらすじ:リゾート・ウエディングに招待されたフランクとリンジーは、同じ飛行機を待っていた空港で、初対面にもかかわらず、いきなり口論してしまう。そして、いざ搭乗してみると、なんと席が隣同士だった。気まずい雰囲気の2人だったが、どちらも結婚式への出席が渋々なことが分かってくる。その後もなぜかずっと顔を合わせることになってしまい、毒舌家の2人は延々と互いの意見を戦わせ続けるのだったが…。

<感想>久しぶりにキアヌとウィノナによる熟練の悪ふざけを堪能した。原題の「Destination Wedding(行き先はウェディング)」なのですが、邦題は「おとなの恋は、まわり道」と、この作品のひねくれ者の二人がとても可愛らしく?、この2人の恋路の旅路をチャーミングに描いている。キアヌとウィノナという主演二人の組み合わせも、二人の会話だけで進行するという実験的な作劇も実現しなかったにちがいない。

大勢が集まる結婚式というシチュエーションで、主役の二人だけにしかセリフがないのだ。アイディアは意欲的だと思うが、この種のドラマの決めては会話の面白さと俳優の実力だが、邦題が示すとおりの結末が見えていて、キアヌにもウィノナにも、荷が勝ちすぎていたようで、展開はつじつま合わせの回り道になっていた。残念ながらアイディア倒れだろう。

共に紆余曲折ありつつ、五十代と四十代になった今も、独身の二人。共演経験も豊富であり、同時代の映画シーンを共有した戦友だからこそ為せる、酸いも甘いも知り尽くした先にある大人の応酬が贅沢だ。

中年になったウィノナの二重あごも厭わない顔芸剥き出しで、文句を言いまくる彼女も、昔と違ってか弱わくない凄みがある。

方やキアヌの筋肉ムキムキ中年髭ズラ男が、しばらくヒット作に恵まれなかったキアヌの、リベンジアクション「ジョン・ウィック」シリーズ(14)で復活を遂げたのだ。そのキアヌが男らしく彼女を庇って、いつもの癖の大声でピューマを威嚇する姿には感心した。当たり前のことをしただけなのだが、こういうラブロマンス映画の中でもアクションを発揮するのは似合っているから。しかし、ロマンチックの欠片もないラブシーンにはガッカリした。

リゾート婚に呼ばれた2人が、飛行機の席も、ホテルの部屋も、結婚式の席も全部隣同士だし、ディナー、マッサージなどでも一緒になり、そして上映時間の中、二人が永遠に喋りまくっているのだ。セックスをやってる最中にもずっと喋ってる。

空港や小さな飛行機の客席、カリフォルニアの田舎にあるワイナリーや、披露宴の宴席など、舞台は移り変わるが、ふたりのシニックで毒舌なコントのやり取りが見どころですね。

二人がいい関係をになりセックスをした後も、ムードぶち壊しのセリフで「スーパーの試食のサラミ」に例えるフランク。つまりは、素晴らしい味わいであっても、決して購入して持ち帰るものではない、と言ってしまうのですからね。

不器用だけどこんな会話が出来る、ウィットに富んだ主人公を、キアヌとウィノナが演じる事でコメディ色豊かで可笑しくもあり、色々とこじらせてしまった大人の男女の恋を描いた映画になっているのです。

自分を捨てきれないが故に残念扱いされがちな、妙齢男女の恋愛の生態考察としては良かったかもです。仕組まれたカップリングと知りつつも、目前の恋愛に溺れるしかない中年男女の姿は悲しくもおかしかったのだった。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・4  アクション・アドベンチャーランキング

 

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こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話★★★★

2019年01月07日 | アクション映画ーカ行

重度の筋ジストロフィーのために人の助けなしでは生きられないにも関わらず、自ら大勢のボランティアを集めて長年にわたって自立生活を続けた札幌在住の鹿野靖明さんと、彼のもとに集ったボランティアたちとの交流を綴った渡辺一史の傑作ノンフィクションを「探偵はBARにいる」「恋は雨上がりのように」の大泉洋主演で実写映画化したヒューマン・コメディ。共演は高畑充希、三浦春馬。監督は「陽気なギャングが地球を回す」「ブタがいた教室」の前田哲。

あらすじ:北海道札幌市。34歳の鹿野靖明は幼い頃から難病の筋ジストロフィーを患い、今では体で動かせるのは首と手だけ。24時間体制の介助が必要な体にもかかわらず医師の反対を押し切り、病院ではなく市内のケア付き住宅で、大勢のボラ(ボランティア)に囲まれながらの自立生活を送っていた。ボラたちはワガママ放題の鹿野に振り回されることもしばしばだったが、誰もが彼の人間的な魅力の虜になっていた。医大生の田中もそんなボラの一人。そんな中、田中の恋人・美咲がたまたま鹿野宅を訪れたところ、いきなりボラとして手伝いをさせられるハメに。しかし、鹿野のわがまま過ぎる振る舞いに、たちまち衝突してしまう美咲だったが…。

<感想>タイトルの意味「こんな夜更けにバナナかよ」って言うのに引っ掛かりました。主人公の鹿野靖明さんがたくさんのボランティア(総勢500人にもおよぶ)を集めては、さまざまなわがままを言ってたって、それだけでグッと惹かれたかと言うか、恐らくこれからこの映画を見る方の、最初の引っ掛かりと同じだったんじゃないかと思います。

このシーンは、医学生・田中(三浦春馬)の恋人である美咲を高畑充希が演じていて、初めて行った鹿野のボラで帰ろうとする夜中に、急にバナナが食べたいと言う鹿野。誰が買いに行くのかという時に、私が行くと美咲が申し出て外へ出かけてのはいいが、コンビニに売っているバナナは1本150円で高い。だから八百屋さんを探すのだが、どこも遅いので閉まっていて、結局コンビニでカウハメになってしまう。それでも走って急いで買って来たのに、有難うの言葉もなく、息をはあぁはぁと切らせて走って帰って来た美咲に対して、「うわぁ、興奮するよ」とのたまう鹿野。美咲は怒りを爆発しそうになるも、身体障がい者のわがままかと、怒ることを辞める。その夜は、結局朝まで鹿野の付き添いをすることになるのだが。

大泉洋さんは大好きな俳優さんで、以前の作品も全部鑑賞しております。コメディ調の口調で、セリフがアドリブじゃないかと思うくらいに、どんどんと出て来るんですよね。普通の人でも病気になると、介護をしてもらうのに余りことばを掛けにくく、遠慮がちになってしまうのだが、鹿野さんは平気で背中をかいてとか、寝返りも自分で出来ないので、床ずれ防止に30分おきぐらいに体制を変えて上げるのだ。

幼少期に筋ジストロフィーという難病を患い、34歳になる頃には動くのは首と手だけという状態の進行性重度身体障がいを持っていた。24間365日、人の手を借りなければ生きてはいけない不自由な身体にもかかわらず、鹿野さんは病院や施設を飛び出し、実家にも帰らず、市内のケア付き住宅で一人暮らしを始めてしまう。

自ら募集した大勢の介護ボランティア(通称ボラ)に囲まれた、彼の自立生活に好奇心を抱き、3年にわたる丹念な取材を通して、鹿野さんとボラたちとの交流を描いた、渡辺一史、渾身のノンフィクションが原作である。

普通の障害者ならば遠慮してしまいそうなことでもずけずけと要求するワガママぶりで周囲を振り回しながらも、自由と夢のために必死に生きる主人公と、その傍若無人な態度に反発しながらも少しずつ障害者の自立の意味を学び成長していく新米ボランティアの交流をユーモラスなタッチで描いている。

鹿野さんという人がいて、こんなことがあったということは、ちゃんと伝えている。と同時に映画として、面白いものにしなければいけない。その折り合いが難しかったと思います。台本の段階では、原作者との間で試行錯誤もあったらしい。でも、あのノンフィクションを短くまとめて、映画化するわけではなかったから、しかもこの映画は渡辺さんの書いた本が原作だけど、それはあくまでも渡辺さんが切り取った鹿野さんなわけで、観る人によって鹿野さん像が随分と違っていると思います。

人工呼吸器をつけた鹿野さんは、言葉を失ってしまう。それを見て、美咲がたくさんの人たちから話を聞いてきて、酸素を入れる分量を少しずつ変えて、声が出て来る練習をするのに、大変な苦労があったと思います。美咲が恋人の田中が結婚をしてくれるのか、ぐずぐずとして煮え切らない態度に「はっきりしてよと」言ってしまう。そして、田中が家族に美咲を会わせることに決まった時、美咲が田中に嘘をついていたことがバレてしまう。つまり教育大学に行っていて、學校の先生になることだと。実は大学は落ちてしまい、レストランで働いていたのだ。そのことを白状する美咲に腹を立てる田中。結局は、二人はそのことで別れてしまうのだが、鹿野が美咲のことが大好きになり、薄々は気が付いていた田中との関係がダメになったと聞くと、今度は美咲に対して、鹿野が積極的にアプローチをかけてくるのだった。

美咲への手紙も、田中に代筆をしてもらいラブレターを持っていってもらうシーン。鹿野が美咲のおっぱいを触りたいと願うも、叶うことってあり得ないのですが、それが人工呼吸器をつけないと死んでしまうというシーンで、「僕は生きたい、生きたい」と声を出していじらしいくらい懇願する鹿野。手術が成功して、目をさます鹿野の手を自分のおっぱいに持っていく美咲の愛の素晴らしさといったら、涙が出てしようがなかった。

身体障がい者でも性欲があり、エロ本を見たり、ピンクのDVDを見たりするのだが、そのことに気づく美咲が、夜勤の時に鹿野と危なくエッチな関係になりそうになる。しかし、すぐに交代の人が来て結局は何もしないで別れる。

それに、鹿野が美咲に指輪を買って来てプロポーズをする場面もある。でも美咲は、まだ田中を愛しておりプロポーズを断ってしまう。

鹿野さんの演技にまったく違和感を感じられなく、障害者に成り切っていた大泉洋さん、さすがに勉強をしたらしく病人らしく体重も落として、めがねをかけた鹿野さんに添うように演技をしていましたね。

美咲とのデートのシーンでは、大勢のボラと一緒で、楽しそうにしてましたが、美咲を二人キリになるところがなく、あったのは、お腹を壊してトイレに急ぐ鹿野さんの車いすを押してる美咲。そして、トイレに間に合わなくてお漏らしをしてしまうところでは、笑い話のように明るく撮影していました。

つまり全てをさらけ出して生きる鹿野さんは、人間の本質を体現した人。あんな我儘男が愛されたのは、彼のキャラクターももちろんあるだろうけど、彼の生命力に、生きることへの貪欲さを感じられずにいられません。

「生きることに必死で、普通の人と同じように自分も生きたい」ということに、正直に生きた人なんだろうなって、我儘いっぱい言っただろうけれど、でもその我儘というのは、あくまで健常者から見た我儘なんですよね。「こんな夜更けにバナナかよ」って、動けない病人なんだから食べるなよって、いう倫理なんですよね。しかし、障害を持つ人たちが「夜更けにバナナを食べたい」って言うことが、我儘に感じない時代が来れば素晴らしいと思いますね。

キャスティングを言えば、鹿野さんの母親に綾戸知恵を起用したセンスが面白い。鹿野さんの生きる目的は、自立して普通の生活をすることでしたが、生きる原動力は、親を想う気持ちだったと思います。絶望の淵に落ちても、鹿野さんはなぜ諦めずに生き続けたのか。親より先に死ぬことほど、親不孝はないと、言われるように、親への愛でした。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・3  アクション・アドベンチャーランキング

 

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2018年邦画ベスト10

2019年01月02日 | 年別の映画ランキングベスト10

2018年も邦画がたくさん鑑賞できました。その中で、一番良かった、感動した作品を選んでみました。

邦画部門

第一位:教誨師★★★★★

第二位:モリのいる場所★★★★・5

第三位:万引き家族★★★★・5

第四位:祈りの幕が下りる時★★★★

第五位:人魚の眠る家 ★★★★

第六位:北の桜守★★★★ 

第七位:今夜、ロマンス劇場で★★★★

第八位:犬ヶ島★★★★

第九位:旅猫リポート★★★★

第十位:-HIBIKI-★★★★

次点:検察側の罪人★★★★ 

いぬやしき★★★★

特別賞:

第1位:カメラを止めるな!★★★★

銀魂2前篇/掟は破るためにこそある★★★★

銀魂2後篇/掟は破るためにこそある★★★★

劇場版コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-★★★★

以上、とても良い作品ばかりで、見応えがありました。中でも2018年2月に急逝した名優・大杉漣さんの「教誨師」での演技に感動し、また「モリのいる場所」と「万引き家族」でベテランの演技を見せてくれた樹木希林さん、本当に長い間お疲れさまでした。ご冥福をお祈りいたします。

2019年劇場鑑賞作品・・・2  アクション・アドベンチャーランキング

 

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2019年新年のご挨拶と、18年の劇場映画鑑賞洋画ベスト10選出

2019年01月02日 | 年別の映画ランキングベスト10

新年明けましておめでとうございます。皆さまには、幸多き新春をお迎えのこととお喜び申し上げます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2018年にて劇場映画鑑賞作品の中から、18年も映画好きの私にとっては、とても喜ばしい限りのアクション映画が豊富な年でした。

それでも、邦画も中々の良作ぞろいであり、また2018年は、アニメが大活躍をし、上位をアニメでしめているのに驚きでした。

ですが、順位を付けるとなると迷ってしまいます。私が★★★★★を付けた作品の中から選んで見たいと思います。

洋画部門

第1位:ボヘミアン・ラプソディ★★★★★

第2位:アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー★★★★★

第3位:ホース・ソルジャー★★★★★

第4位:アリー/スター誕生★★★★

第5位:ミッション:インポッシブル/フォールアウト★★★★

第6位:ウインド・リバー★★★★

第7位:女は二度決断する★★★★

第8位:セラヴィ!★★★★

第9位:ワンダー君は太陽★★★★

第10位:MEGザ・モンスター★★★★

次点:スリー・ビルボード★★★★ 

キングスマン:ゴールデン・サークル★★★★

ヴェノム★★★★

ALONE/アローン★★★★

女と男の観覧車★★★★

ファントム・スレッド★★★★

特別賞:グレイテスト・ショーマン★★★★

30年後の同窓会★★★★

ローズの秘密の頁(ぺージ)★★★★

バーフバリ 王の凱旋★★★★

昨年は身体の不調で入退院の繰り返しで、PCに向かう時間が制限され、投稿するのも億劫になります。ですが、映画鑑賞は病気の嫌な状態をクリアしてくれるため、ついつい何度も映画館へと足を運んでしまい、帰ってからは疲れが出てそのまま放置状態が続きます。正月の間にでもゆっくりと思い出しながらレビューをしたいと思っていたら、29日から風邪をひき寝込んでしまい、投稿もままならずじまいです。ですので、昨年の鑑賞した映画12本が未投稿になっています。

しかしながら、このような身体ではのんびりとやるしかありません。どうか、今年もマイペースでやりたいと思っていますので、何卒宜しくお願いいたします。

2019年劇場鑑賞作品・・・1  アクション・アドベンチャーランキング

 

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シュガー・ラッシュ:オンライン★★★・5

2018年12月31日 | アクション映画ーサ行

アーケード・ゲームの世界を舞台にしたディズニーの大ヒット・アニメ「シュガー・ラッシュ」の続編。天才レーサーのヴァネロペと心優しい悪役ラルフの親友コンビが、アーケード・ゲームの世界を飛び出し、インターネットの世界で繰り広げる大冒険を描く。声の出演はジョン・C・ライリー、サラ・シルヴァーマン、ガル・ガドット。監督は「シュガー・ラッシュ」「ズートピア」のリッチ・ムーアと、その2作では原案・脚本を担当していたフィル・ジョンストン。

あらすじ:アーケード・ゲームの世界に暮らす大親友のゲーム・キャラクター、ヴァネロペとラルフ。レースゲーム“シュガー・ラッシュ”の天才レーサーにして好奇心旺盛なヴァネロペに対し、心優しいラルフはいつも変わらぬ日常に幸せを感じていた。ところがある日、“シュガー・ラッシュ”のハンドルが壊れてしまい廃棄処分の危機に。そこでヴァネロペは、何でもあるというインターネットの世界で新しいハンドルを手に入れようと、ラルフと一緒にインターネットの世界へと飛び込んでいく。すると目の前に広がる見たこともないカラフルで巨大な世界にヴァネロペが大興奮する一方、ラルフはすっかり圧倒され戸惑うばかり。そんな中、オークションサイトで無事にハンドルを見つけたヴァネロペとラルフだったが…。

<感想>「ズートピア」を手掛けた監督が贈る6年ぶりのシリーズ最新作。大親友のラルフとヴァネロペが、アナログ・ゲームを飛び出して、刺激的なネット世界に入り込む。2人はちからを合わせて、世界を救うことができるのか。

アーケー・ドゲームの天才レーサー、ヴァネロペがインターネットの未知で不安な世界に魅力を感じ始め、保守的なゲーム世界の悪役キャラクター、ラルフを慌てさせる物語の構成はよく出来ていると思う。

新たな大冒険の舞台となるのは、インターネットの「中の世界」で、ひとつの巨大な「街」のようなコンセプトで描かれていた。ポップアップ広告や検索エンジンなどを擬人化したユーモラスな、新キャラがわんさか歩いているかと思えば、YouTubeやGoogleなどお馴染みのネットサービスが、アトラクション的に3D建築化されているデザインも楽しいですね。

実際のコンピューターの中身は「0と1」の数字が延々と並んでいる退屈な世界のはずだけど、それをここまでポップな遊び場にしてしまうのが2019年のディズニー・マジックなんですね。

ネットワークネットワークを視覚化するアイデア。ディズニー・キャラクターの夢のコラボと、遊び心たっぷりの小ネタも満載。日本語吹き替え版にて鑑賞。カラフルでネオンチックな街並みは、NYと東京を意識して作られていた。 

アイアンマンや「スター・ウォーズ」のストーム・トルーパー、ダンボの他、マーベルキャラクターのグルートも。ディズニーさん、ここまでやっちゃうの。今年急死したアメコミ界のレジェンドの姿も見られますよ。

壊れたハンドルはネット通販?・・・「シュガー・ラッシュ」のピンクのハンドルが故障したことにより、ゲーム内に大量の難民キャラが発生してしまう。ゲーム機が廃棄処分になる前に、ネット・オークション“ebay”に出品されていたハンドルを、誰よりも速く落札しようと、ヴァネロペとラルフは奮闘するわけ。ここでも知識のないラルフがオークションサイトで失敗し、ウィルスに感染するというパターン。

彼らはオンラインゲームでの盗難に失敗し、でもゲームのレーサーから動画サイトの運営者を紹介されて、ラルフは身体を張った面白動画を次々とアップして、お金を調達するわけ。

インターネット世界の舞台がマンハッタンから東京までも、模倣して華麗で、ディズニーキャラクターも続々と登場するのも夢があって良かった。

そして、あのプリンセスたちが大集合。ヴァネロペがディズニー・プリンセスの楽屋に迷い込み。彼女たちの私服をカジュアルにアレンジしてあげて意気投合する。「アナと雪の女王」の姉妹や、ラプンツェル、アリエル、ジャスミンらプリンセス14人が勢揃いします。

彼女たちがどんな活躍を見せるのかにも期待してね。吹き替え版で観たので、お姫様たちの声優さんたちも全部本物で登場してましたよ。

凄腕レーサーのヴァネロペは、「シュガーレース」のマンネリ化したレースにちょっと飽き気味でした。ネットの裏で見つけた、オンラインゲームの何でもありな超過激な「スローターレース」の、新たな夢を見つけたスリルに大興奮するヴァネロペ。

一方、新しいことが受け入れられず、ハンドルを手に入れ平穏な生活に戻りたいラルフ。ネット世界に入ったことで、距離が出来てしまった2人が辿り着いた答えとは。2人のこころの距離はどんどんと開いてゆき、彼らは無事にアーケード・ゲームに戻れるのか?続きは劇場でご覧くださいね。

 

2018年劇場鑑賞作品・・・249  アクション・アドベンチャーランキング

 

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Merry Christmas!~ロンドンに奇跡を起こした男~★★★

2018年12月31日 | アクション映画ーマ行

英国の文豪チャールズ・ディケンズを主人公に、不朽の名作『クリスマス・キャロル』の誕生秘話をファンタジックなタッチで描いた伝記ドラマ。主演は「美女と野獣」のダン・スティーヴンス。共演にクリストファー・プラマー、ジョナサン・プライス。監督はTVドラマを中心に活躍するバハラット・ナルルーリ。

あらすじ:1843年、ロンドン。かつてはヒット作を連発していたチャールズ・ディケンズも今やすっかり落ち目となり、経済的にも苦境に陥っていた。次回作での起死回生を目論むディケンズは、アイルランド人のメイド、タラが子どもたちに語って聞かせるクリスマスの物語をヒントに新作の構想を練り始める。そして偶然出会った老人の“くだらん”という言葉にインスピレーションを得て、偏屈でケチな老実業家という主人公のイメージが固まっていく。出版までの期限が迫る中、主人公の名前を考えていた彼が“スクルージ”とひらめいた時、目の前に主人公の老人が現われる。次第に筆が進み始めるディケンズだったが…。

<感想>こちらは英文学作家のチャールズ・ディケンズがいかにして「クリスマス・キャロル」という名作を誕生させたかという物語です。若くしてベストセラー作家となったディケンズだが、1843年、ロンドンに暮らす31歳当時は、概に落ち目になっていたという。

3作品は当たらず、家族を抱え生活は苦しくなっていくばかりなのに、出版社には原稿料の前金も出し渋られるという切迫状況。次作での起死回生を目論むものの、日程はギリギリで自費出版するしかない。資金繰りがどうにかなったとして、肝心の作品は?・・・と構想を練る作家の頭の中の覗けるが本作の面白いところ。

ご存知のように「クリスマス・キャロル」は守銭奴の男3人の亡霊が現れ生き方を変えさせる話であるのだが、人生を知り尽くした大作家ディケンズが、下々の庶民に苦言を呈した指南書であるような気がしていたのだが、本作を観るとどうも違うらしい。

彼自身が長年胸に巣食うトラウマと戦い、必死に救いを求めていた結果だったことがわかる。金にだらしなくトラブルメーカーだった父親。極貧の少年期に靴墨工場で働き家族を支えなければならなかった過去。

彼にとってこの新作を執筆することは、自分の人生と向き合うことであり、当時暗いイメージだったクリスマスを、明るい光を灯す日に変える役割を担っていたのだった。

小説と同じようにディケンズの周りには3人の亡霊が現れる。亡霊といってもおどろおどろしいものではなくて、コミカルで作家に助言を与える友人のような存在なのだ。

創造する者の試行錯誤の象徴だが、生みの苦しさと興奮を視覚化したものに見えて、とても楽しいのだ。またクリストファー・プラマー演じる守銭奴スクルージの重々しいけれども何処か滑稽なキャラクターや、プラマーが画面に登場する度に、画面に躍動感が生まれてきて作品に深みが生まれているのも、その1つと言って良いのかも知れない。若々しくアクティブなディケンズを見せてくれたダン・スティーブンスも素晴らしかったですね。

2018年劇場鑑賞作品・・・248  アクション・アドベンチャーランキング

 

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アリー/ スター誕生★★★★

2018年12月29日 | アクション映画ーア行

これまでにも何度もリメイクされてきた1937年の名作「スタア誕生」を原作に、世界的歌姫レディー・ガガが映画初主演を果たし、相手役を務める「世界にひとつのプレイブック」「アメリカン・スナイパー」のブラッドリー・クーパーが記念すべき監督デビューを飾った感動の音楽ドラマ。歌手を夢見る一人の女性が、国民的人気ミュージシャンに見出されたのをきっかけに、瞬く間にスターダムへと駆け上がっていくさまと、その中で皮肉な運命が交差していく2人の間に芽生えた愛と葛藤の行方を、レディー・ガガの圧巻のパフォーマンスとともに描き出す。

あらすじ:ウェイトレスとして働きながらも歌手を夢見るアリーだったが、なかなか芽が出ず自信を失いかけていた。そんな時、場末のバーで歌っていたアリーの前に、世界的ロックスターのジャクソンが現われる。彼はアリーの歌声に惚れ込み、彼女を自身のコンサートに招待する。そして、いきなり大観衆が見つめるステージにアリーを呼び込み、一緒にデュエットを披露し、観客からの喝采を浴びる。これをきっかけにアリーは一気にスターへの階段を駆け上がっていくとともに、ジャクソンとも深い愛情で結ばれていくのだったが…。

<感想>これまで3度も映画になった「スター誕生」の物語が、最高のコンビで新生した。類まれな歌の才能を見出され、スターへの道が開けるヒロインに、レディー・ガガが、映画初出演。

独りの女性の劇的な変化を、映画初出演とは思えない繊細かつ大胆な演技で表現して見せた。そして愛した女性の才能を育てるも、自らはスターの地位を失う男にブラッドリー・クーパー。

本作は彼が初監督を務めたことでも話題になった。さらには、全編を彩る名曲の数々では、レディー・ガガの圧巻のパフォーマンスはもちろんのこと、ブラッドリー・クーパーの歌唱力にもおどろかされた。2人の出会いから、幸福な愛の日々、新たなスターが誕生する瞬間、そして切実な運命まで、濃密なラブストーリーとして王道の感動を届ける作品でもあります。

主人公のアリーは、歌手を夢見る女性。昼間はウェイトレス。夜はバーで歌う生活を続ける女性。バーを訪れたジャクソンに才能を認められ、スターへの階段を駆け上がる。ジャクソンを深く愛するようになり、彼と結婚。

世界的なシンガーのジャクソンは、巨大コンサート会場を満員にするほどの人気ミュージシャン。愛するアリーが有名になっていく一方で、かつての輝きを失い、アルコールとドラッグに溺れて身を滅ぼしてゆく。

全編にわたって、ガガのパフォーマンスは圧巻の一言であります。バーのカウンターも自在に使って歌い踊る姿で魅了するジャクソンとの出会いの曲「ラ・ヴィ・アン・ローズ」から、切々と歌うバラード「アイル・ネヴァー・ラヴ・アゲイン」まで、名場面のオンパレード。

最初に主演とされていたのは、「ドリームガールズ」でも歌声を披露していた女性シンガー、ビヨンセ。だが彼女の出産で撮影が中断。その後、ギャラの問題などで彼女が降坂して、レディー・ガガ様の主演に。

監督・主演のブラッドリー・クーパーが、ギター演奏にも挑戦。元々。音楽好きだったクーパーは、ライブのシーンでも代役なしで自演。自身のボーカル・コーチだけでなく、ガガ様のコーチからも発声指導を受けて、本格的な歌唱法をマスター。ギターは、彼が敬愛するニール・ヤングを手本にして練習を重ねたそうです。

当初はクリント・イーストウッド監督の予定だったが、彼の降坂後に、クーパーが監督の座に就く。「アメリカン・スナイパー」の監督と主演として親交を深めていた彼が、巨匠の精神を受け継いだということになる。

物語は新たな視点で2人の家族にも焦点を当てている。2人の出会いとその後の運命など基本は1976年版と同じ。しかしアリーと父親、その悪友たちとの関係や、ジャクソンの父親の墓がある土地を、彼の兄が勝手に売り払うというエピソードは本作のオリジナルである。作り込まれた人間ドラマが感動を盛り上げていく。

ジャクソンのライブシーンは、ウィリー・ネルソンらが出演した音楽祭のステージを4分間だけ借りて撮影。観客もこのサプライズに熱狂したそうです。他にも、シュライン・オーディトリアムなど伝統のあるホールを使い、臨場感満点のライブ映像が完成した。

劇中でガガ様とクーパーが歌ったほとんどのナンバーは、彼ら自身が作詞作曲を手掛けており、そのどれもが耳に残る名曲揃い。34曲を収録したサントラは、米ブルボードのアルバム・チャートで3週にわたって、1位になるなど世界的な大ヒットを記録中です。

それに、この映画そのものが「失うことについての物語」として描がかれていること。美しくて残酷で悲しい、胸に迫る作品。特にラストシーンでは、ヒロインが悲しみを乗り越えて、自分自身として前を向く決意を見せる彼女が、亡き夫のジャクソンに捧げる追悼ライブ公演で、アリーが歌った歌が素晴らしいです。

2018年劇場鑑賞作品・・・247  アクション・アドベンチャーランキング

 

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生きてるだけで、愛。★★★

2018年12月29日 | アクション映画ーア行

人気劇作家兼小説家の本谷有希子の同名小説を「水の声を聞く」の趣里と「あゝ、荒野」の菅田将暉の主演で映画化した恋愛ドラマ。自意識が空回りしてエキセントリックな言動を繰り返すヒロインと、すべてを諦め何事も受け流すだけの男の不器用な愛の行方を描く。共演は仲里依紗。監督はCMやミュージックビデオを中心に活躍し、本作が長編劇映画デビューとなる「太陽の塔」の関根光才。

あらすじ:津奈木と同棲して3年になる寧子だったが、鬱のせいで過眠症になり、家事もせずに引きこもり状態が続いていた。一方、週刊誌の編集部で働く津奈木も仕事にやり甲斐を感じることもなく、夢を早々に諦め淡々と日々を送るだけ。寧子が感情のままに理不尽な態度を取っても静かにやり過ごすばかり。それがさらに寧子を苛立たせてしまう。そんなある日、寧子の前に津奈木の元カノ安堂が現われる。津奈木に未練いっぱいの安堂は2人を別れさせようと、寧子の社会復帰に向けて世話を焼くのだったが…。

<感想>ほんの一瞬だけでも、分かり合えたら。「勝手にふるえてろ」で非常に印象的な演技をした趣里の初主演映画である。躁鬱の人があんなに走れるのかどうかは分からないが、「私はわたしから離れられない」と言う台詞にある通り、病気により自分を持て余している様の在り方は、非常に切なく、見ていて気の毒になった。

これはやはり趣里の映画であった。走る時のあのアキレス腱、あの裸体、趣里の演じる寧子に魅せられてしまった。部屋から抜け出せないヒロインには、“やりたいこと”がない。そして、部屋の外では、”やりたいこと“をやれないでいる。人世における選択技が彼女に無いことは、スーパーの場面や弁当を選ぶ場面がメタファーになっている。

趣里は言葉の区切りとか、苛立ちを表現するのにテンポとリズムでそれを表現してみせていた。赤い衣を纏った激情の女と、不器用な物書きの男という二人が、まるで「ベティ・ブルー」の男女関係を想起させるのも良かった。

相手役津奈木を演じる菅田将暉くんは、素顔は古風な文学青年、だが現実は「悪名高い雑誌」と記されているゴシップ誌の編集部に勤め、不本意な仕事じ黙々と従事している。

だが、映画の中では彼なりの意思と意見を与えている。システムに抑圧された羊のような覇気のなさには、爆発寸前の衝動が蠢いている。そんな津奈木にとって、いちいち社会のコードを破ってしまう寧子には、本人の困難とは別に規格外で自由な面白い生き物として、時に詩的な輝きを持って映っているのだ。

津奈木が寧子を好きになった理由が解りやすいのだ。そして津奈木の心情は、必然的に関根光才監督と多くの部分でシンクロしているように思われる。

津奈木は、躁と鬱の狭間で揺れながら“生きているだけで疲れる”人生を送っている寧子の同棲中の恋人。自身の不安定さ、生きづらさを持て余す寧子の怒りを日々ぶつけられるも、それをほぼ無言で受け止め決して深入りしないのが津奈木なのだ。

そんな津奈木の内にあるものは、寧子の視点から語られることはあまりはっきりとはしなかった。しかし、あのクライマックスでの屋上のシーンで、普通だったら寒さでパフォーマンスなんて出来ないくらい厳寒の中で、趣里ちゃんの尋常じゃない集中ぶりに目を見張ってしまう。趣里はすべての服を脱ぎ捨て裸になるのだ。

ここで寧子が津奈木に対して文字通り剥き出しのまま、本当に剥き出しの想いをぶちまけ、それに対して津奈木も初めて心を内を言葉にする。鬱の同棲相手と付き合って行く内に、かつて見たことないほどの鬱になる菅田将暉くんであるが、何故にその相手の寧子を見捨てないのか。愛というよりむしろ彼は彼女が躁鬱の躁のサイクルになるのを待っているのであった。

「あたしがあんたと繋がってたと思える瞬間、五千分の一秒を共有する重要なシーン。超自己中の他力本願女ともいえる寧子、躁鬱を抱えているのだが、このヒロインには他人まで鬱を移しかねない鬱陶しいパワーがあり、しかもブレないのだ。傷つきやすいくせに他者の痛みには鈍感なこの女を、映画はイイコ、イイコするように撮っているが、観ていて感動するようなイイコではなかった。

元カノ役の仲里依紗は、社会適応しながらエキセントリックな怪電波を放つお姉さんで、寧子の類似性が津奈木の恋愛傾向を端的に示している。

その他にも、田中哲司や西田尚美など、達者な演奏者たちが、各々のパートを固める盤石のバンド的編成。全体の語りはいわゆる新人監督の長編劇映画デビュー作と思えぬほど安定していた。

 

2018年劇場鑑賞作品・・・246  アクション・アドベンチャーランキング

 

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マイ・サンシャイン★★・5

2018年12月26日 | アクション映画ーマ行

長編デビュー作「裸足の季節」でアカデミー外国語映画賞にノミネートされるなど世界的に高い評価を受けたトルコの新鋭デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン監督が、ハル・ベリーとダニエル・クレイグを主演に迎えて初の英語作品に挑んだサスペンス・ドラマ。

あらすじ:様々な事情で両親と暮らせない子どもたちを育てているホストマザーを主人公に、1992年に起きた歴史的なLA暴動に巻き込まれた主人公とその子どもたちの運命を描き出す。

<感想>1992年のロサンゼルス暴動を背景に、家族と一緒に暮らせない子供を引き取って育てているホストマザーの一家と、その隣人を描く社会派ドラマ。主演は、「キングスマン・ゴールデン・サークル」のハル・ベリーと、「007 スペクター」のダニエル・クレイグ。年長の子供たちには、ラマー・ジョンソン、カーラン・ウォーカー、レーチェル・アヒルソンが扮してストーリーを牽引している。

まずハル・ベリーの自分が産んだ子供でもないのに、たくさんの幼い乳幼児から15,6歳になるまでの子供たちを育てているのに驚く。しかし、ミリーのように新しい家族の形を模索する、民衆がいることがアメリカの救いなのだろう。確かにお金は一人あたり政府からいくらか貰っているのだろうが、経済的はともかくとして、大きくなると問題児が増えて気苦労が絶えないのだ。

もう一人、隣人というか,2階に住んでいる独身のオビーを、ダニエル・クレイグが演じており、なにも彼でなくても良かったのになんて思ってしまった。

この作品の原題が「KINGS」という映画の題名からして、92年のLA暴動のきっかけとなった、ロドニー・キングを意識し、人種や貧困の問題が深刻化する現題では、さらに多くのキングがいることを意味していると受け止めていいと思う。けれども少女から女性になる季節を、瑞々しく描いた監督デビュー作の「裸足の季節」とは勝手が違ったようですね。

子供たちはともかくとして、主人公のミリーと隣人オビーについては、脚本での掘り下げ方が浅かったようだ。と言うのも、この2人は、嫌いではないようで、ミリーはオビーを愛しているように見えた。だから、この二人はよく警察に捕まり、電灯に両腕を手錠で縛られて身動きが出来ない状態が何度もある。いちゃいちゃとしているようにも見て取れた。コメディのような、このような恋愛劇はいらないと思うのだが。

小さな子供たちが表で遊ぶのに対して、夕ご飯の時間になっても家に戻らない子供たち、その子供たちを叱りとばして、家の中へ入れないミリー。暫くして心配になり、外へ子供たちを探しに行くも、何処にもいないのだ。そのころ子供たちは、ミリーに叱られて、腹をすかしては、近所のスーパーへ万引きに入り、お菓子やら食べ物、飲み物を盗んでしまうのだ。そのような鼬ごっこみたいな行動が多いが、これは貧しいからだろうか、それとも、仕方なくそうするしか生きられないからなのかも。

ある日、ミリーは母親が逮捕された少年ウィリアムを保護するも、さらに家族の面倒を見ている年長者のジェシーが淡い恋心を抱いている高校の同級生ニコールにも、救いの手を差し伸べて一緒に住むようになる。とにかく家の中は狭いのに、ギュウギュウ詰め状態であり、小さい乳幼児はともかくとして、5,6歳の子供たちが手に負えないのだ。

1992年、前年に起きたロドニー・キング事件とラターシャ・ハーリンズ射殺事件への判決がでるが、ラターシャにいたっては、万引きのような仕草を見せる彼女も悪いのだ。店の主人は、ついオレンジジュース1本だが、ポケットの中へ入れたのを見ていたので、お金を払わないと思い、つい銃に手をつけて、射殺してしまう。

あまりにも突然のことで、何しろ、万引きが日常茶飯事なのだから、きっとスーパーの主人は目を白黒して疑ってしまうのだ。裁判での判決が、あまりにも不公平な判決に、LAのサウスセントラルでは暴動が勃発した。スーパーやお店から無断で品物を盗んで喜んでいるやつら。奇声を上げて、まるでキチガイのようでもあった。

ミリーたちの家族というか、子供たちもその暴動に巻き込まれていく。ウィリアムと、ジェシー、それに、女の子のニコールが車を強奪して暴動から逃げようとするも、ウィリアムがニコールとセックスをしているのを見つけたジェシーが、嫉妬して、ウィリアムを地面に落ちているガラスの破片で腹を刺してしまう、それが大出血で、苦しむウィリアムを病院へと運ぼうとするも、救急車を呼んでも黒人と聞くと救急車は来てくれないのだ。それで、ウィリアムは命を落としてしまう。

最後がコメディのような、ミリーとオビーが電柱に手錠で縛られて身動きが出来ない状態。その横では、警官たちと暴動した人たちが拳銃で撃ちあいするし、とても危ないし、流れ弾に当たったら、死にぞこないだろうに。

 

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斬、★★★

2018年12月23日 | アクション映画ーサ行

「鉄男」「野火」の塚本晋也監督が初の時代劇に挑んだ作品。江戸末期を舞台に、人を斬ることに疑問を持つようになってしまった若い浪人の葛藤を通して、暴力の本質に鋭く迫っていく。主演は「愛の渦」「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」の池松壮亮、共演に蒼井優、中村達也、前田隆成。また塚本監督もメインキャラクターの一人として出演し、迫力の殺陣を披露している。

あらすじ:開国か否かで大きく揺れる江戸時代末期。若い侍・杢之進は喰うために藩を離れ、農村で農家の手伝いをして糊口を凌いでいた。武士としての本分を果たしたいと思いながらも、隣人のゆうやその弟・市助らと穏やかな日々を送る杢之進。そんなある日、剣の達人である澤村が村にやって来る。仲間を集めて京都の動乱への参戦を目論む澤村に腕を見込まれ、一緒に行こうと誘われる杢之進だったが…。

<感想>池松壮亮くんの演じた本作品は、時代劇でもあり、戦争ものでもあり、現代劇でもある。都築杢之進を演じた池松壮亮くんは、浪人で農家の手伝いをしていて、日々の食事を賄われているのだ。250年続いた徳川幕府には大きな変化が訪れており、倒幕か佐幕か、都築杢之進のいる山間部もまた、いやおうなくその波に飲み込まれていく。

浪人や百姓の身分から京に上って、一旗揚げようと目論む青年たちの姿には、浪人澤村次郎左衛門が田舎に来て、倒幕のため、京都の動乱への参戦を持ち掛けるためであり、時代的な背景はあまりはっきりとは描いていないのだ。

 冒頭でのまだ戦乱の匂いがしない穏やかな田園風景に、蒼井優演じる農民の娘が、弟の一助を「ごはんよ」と呼ぶ声が普段の、のんびりとした日々のことのように聞こえた。

この映画の監督である塚本晋也監督が、今回も脚本・制作・撮影に、浪人澤村次郎左衛門という役者としても出演しているのだ。「沈黙 サイレンス」(17)で、モキチの役をした素晴らしい役者でもあります。もっとも驚いたのは監督・制作・脚本・撮影・出演の「野火」(15)で、戦地の中で幽霊のように彷徨う田村を演じた、塚本晋也監督の渾身の演技には驚いた。

この映画の中でも、やはり塚本晋也監督が扮している浪人の澤村次郎左衛門という人物が、池松壮亮演じる都築杢之進と出会い、青年のボクトツとした性格と戦い方における凄まじさに惚れて、京へ一緒に向かおうと誘うのだ。

だから、始終、杢之進の傍に付ききりで彼を絶対に京へ連れて行こうと熱心に問うのだが、本人は木刀での試合には飛び切り立派な侍としての刀の殺陣を見せつけるのだが、本心は良く分からないのだ。

蒼井優ちゃんが、田舎の百姓の娘で、弟が杢之進に剣術の稽古をしてもらい、侍のように京け上がって活躍したいと願っているのを知っている。だが、村の百姓の男たちよりもかっこいいからなのか、若い浪人の杢之進にも惚れているのがよくわかる。

だが、確かにその内面では複雑であり、シーンごとに感情をむき出しにして、杢之進と唇を重ねるシーンでは、ゆうは杢之進の指を噛んで首を絞めるという不思議な行動をとる。それと、浪人集団に強姦されるシーンでも、泥にまみれてエロイが、杢之進が私を助けてくれると信じている女心もいじらしい。

そして、杢之進は刀を手にして、研磨を積むも「果たしてそれで本当に人を殺めることができるのか」と苦悩する。

だから、村に無頼の浪人集団に襲われるシーンでは、村の人たちや娘たちに乱暴を働く男たち。復讐をしてくれと頼まれるも、それに対しても、その荒くれものたちを、木の切れっぱしで倒してしまうのだ。情けないやら、観ていて歯がゆくなってくる。

浪人集団に立ち向かう百姓の一助が、暴行され大けがを負う。そこで、あてにしていた杢之進がさっぱり動かないので、澤村次郎左衛門が一人で斬って斬りまくり殺してしまい、村の英雄になってしまう。だが、すぐさま浪人集団は他にも大勢いたので、舞い戻ってくる。さぁ、どうするのか杢之進は、自分も働かなければみんな殺されてしまう。

一助と両親を殺されたゆうは、「仇をとって、あなたがやって下さい」と頼む。今度ばかりは杢之進が助けてくれると信じていたのに、非暴力主義者というのか、真剣勝負というか、刀で人を殺すということが出来ない杢之進は臆病者なのかも。しかし、実際にはやはり人を殺すという行為に迷いながら、自分も身体を相手に切られて傷を負ってしまう。

ゆうが、その乱暴男たちにレイプされるのを見ても、助けようともしない。澤村次郎左衛門一人ではどうにもならないし、「なぜ、人は人を斬るのか!」、悩む浪人杢之進は、自我を奮い立たせようと刀を見つめて自慰行為をするというシーンもある。実際には見せてはいないが、あれはきっとそうだと思う。

「誰かを殺せば、また誰かが仕返しに来る」そんなことの繰り返しではないのかと、問いかけるのだ。確かに復讐の連鎖は、止まることはないのだが。こんな時代にそんなこと言っても、やらなければ殺されるだろうに。

澤村次郎左衛門が人を刀で殺した死体が転がり、鮮血と肉片が飛び散っているグロイシーン。何をしている杢之進よ、目には目だろうが、自分も斬られているのに、それでは無駄死にだろうが、せい一杯戦って死ぬのならば男として立派だと思うのだが。

魂を抜かれたような杢之進は、幽霊のような身体で澤村に言う言葉が「私も人を斬れるようになりたい」と叫ぶ。そして、森の中へと消えてゆく杢之進の後ろ姿は、非暴力主義者である続けることの困難さを突き付けているようだった。

 

2018年劇場鑑賞作品・・・244  アクション・アドベンチャーランキング

 

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テルマ★★★

2018年12月23日 | アクション映画ータ行

「オスロ、8月31日」「母の残像」のヨアキム・トリアー監督が、敬虔な家庭に育った少女のイノセントで危険な能力が戦慄の悪夢を引き起こしていくさまを詩的かつ幻想的に描いたサイコ・ダーク・ファンタジー。主演は一躍ノルウェー期待の若手女優となったアイリ・ハーボー。共演にカヤ・ウィルキンズ、ヘンリク・ラファエルソン、エレン・ドリト・ピーターセン。

あらすじ:信心深く厳格な両親のもとで育ったテルマは大学生になったのを機に、地元の田舎町を出てオスロでひとり暮らしを始める。ある日、大学で勉強していたテルマは、突然激しい発作に襲われる。その時、外では鳥たちがガラスに激突する異変が起きていた。病院で検査したものの、原因は分からず不安が募るテルマ。そんな中、同級生のアンニャと親しくなり、生まれて初めての刺激的な体験を重ねていくテルマだったが…。

<感想>ノルウェーからの本作は、北欧の新たなる才能、監督のヨアキム・トリアーは、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「メランコリア」の世界的な鬼才ラース・フオン・トリアーの甥っ子であります。15年の家族劇「母の残像」に続いて取り組んだ本作では、SFホラー的な新境地に挑み、確かな演出力を印象づけていた。アカデミー賞外国語映画賞のノルウェー代表作品に選出され、今後の国際的な活躍が期待される北欧の俊英でもある。

都会の大学に通うために田舎の実家を離れて、一人暮らしを始めた少女テルマを主人公にした、ミステリアスなドラマ。生活環境の変化や、同級生の女の子への恋を経験し、内に秘められた超自然的なパワーに目覚めていく、テルマの不安や混乱を描いている。

幼少期のテルマと父親が凍った湖の上を歩き、雪に覆われた森の中で鹿と出くわすオープニングから始まり、美しい映像に引き込まれる。さらには、大学キャンパスの上空を飛ぶ鳥の群が、突然荒れ狂うように落下して、窓ガラスに突撃する。図書館で勉強中のテルマが発作を起こす場面など、超常現象の描写もじつにユニークかつスリリングであります。

テルマと同級生のラブシーンも含め、始終、観る者の胸を“ざわめかせる“作品でもある。というこの映画を、ドキドキハラハラしながら、つまり完全に巻き込まれた状態で最後まで目が離せませんでした。

少女から大人へと変わりゆく微妙な年頃を生きるヒロインの成長物語に、超能力というモチーフを絡めた映像の世界は、不穏な緊迫感が張り詰める一方で、繊細にして瑞々しい情緒が息づいている。

あれっと気が付いた。ストーリーを形成する要素を描きだすと、「思春期」「恋愛」「宗教」「背徳」「家族」「遺伝」「幼少時」「常人ならざる力」と、こんなあんばいになるのだ。

そして、それらを描くにあたって、「水」「鳥」「風」、、、もっとあるけれども、そのようなモチーフが多々使われている。これはちょっと、定番すぎるでしょうに。いくらなんでも、ホラーでさんざん使われてきた要素をギュと集めたような、もはや「ホラーあるある」みたいな感じがした。

それがどこまで伝えてどこから伝えないのか」という押し引きのセンスが微妙なせいだと思います。

やがて、本当の自分を探し求めるテルマが、信心深い両親と向き合うクライマックスでは、衝撃的な展開が見られます。つまり自己に備わっているSF的な超常現象が現れるのも。つまり「X-MEN」的な超能力者ということも。

幼い頃に、弟が生まれて、両親はその赤ん坊を可愛がるのを見て嫉妬を覚え、家の前の湖の中へ沈めてしまう。その前にも、泣きやまない弟をソファの下に潜り込ませたり、いらないもの扱いをする姉のテルマ。それはまるで魔女か悪魔のようでもある。

青春、SF,ホラーといったジャンルの要素が入り混じりながらも、独創的な神秘と戦慄に満ちる映画体験は是非劇場でご覧ください。

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かぞくいろ-RAILWAYS わたしたちの出発-★★★

2018年12月20日 | アクション映画ーカ行

地域密着の地方鉄道をめぐって繰り広げられる人々の心温まる物語を描く“RAILWAYS”シリーズの第3弾。鹿児島県と熊本県を結ぶ“肥薩おれんじ鉄道”を舞台に、愛する人を失った血のつながらない3人の家族の再出発を描く。主演は有村架純と國村隼、共演に桜庭ななみ、板尾創路、青木崇高。監督は「キトキト!」「旅立ちの島唄 ~十五の春~」の吉田康弘。

あらすじ:夫の修平とその連れ子の駿也と東京で幸せな日々を送っていた晶。しかし夫が急死し、悲しみに暮れる駿也を抱え途方に暮れる。やがて晶は駿也を連れて鹿児島に一人で暮らす義父・節夫を訪ねる。鉄道の運転士として仕事一筋で、家族を顧みずに生きてきた節夫は、戸惑いつつも亡き息子の妻と孫を受け入れ、3人のぎこちない共同生活が始まる。そんな節夫との生活の中で、いつしか亡き修平の子どもの頃の夢であり、電車好きの駿也のためもと、運転士を目指すと決意する晶だったが…。

<感想>“RAILWAYS”シリーズの第3弾。このシリーズ、思いがけないローカル線が舞台になるのが何よりもうれしいですね。前作も鑑賞ずみで、とても良かったので今回も鑑賞。主人公のシングルマザー役の有村架純さんと、鹿児島の実家で暮らす義父の國村隼さんの演技に、今更ながらにベストマッチであったことが良かったですね。

もう一度つくれますか?いちど失くした家族。というナレーションに、結婚した相手が突然の死で、途方に暮れる晶。経済的な理由もあり、自分の産んだ子供でもないのに、一生懸命にその息子のために彼の実家へ戻り、息子の大好きな鉄道の運転士になるという物語。

知らない土地で、愛する亡くなった夫の家族と共に生きる決心をする女性の生き方は、観ていて素晴らしい。新しい仕事を探すうち、義父が務める肥薩おれんじ鉄道の採用試験を受けることになる。晴れて運転士候補生となり、晶は懸命に研修に打ち込むのだが、ある日のこと、線路に立ち往生している鹿を発見するも、ブレーキが間に合わずにその鹿を轢いてしまう。鹿が苦しんでいる姿を見て、パニックになり身動きが取れなくてブルブルと震える晶。そのことで、自信をなくすのだが、みんながいい人たちばかりで、そのことにあまり触れずに応援してくれる有難い大人たちだ。

しかし、有村架純さんが、電車の運転士という新たな役に挑戦して、肥薩おれんじ鉄道での運転士としての、作業を覚えるのは難しかったと言うのだが、それも難なくやり遂げている。

晶は、自分の運転する電車に息子の駿也を乗せ、喜ぶ顔が見たかったのでは、というか、母親としての意地があったと捉えている。ですが、學校では「半成人式」というイヴェントがあり、生徒たちに作文を書かせている。

だが、息子の駿也はまだ父親の死を受け入れることができておらず、學校の作文では、母親は自分が産まれて直ぐに亡くなったこと。しかし、父親が死んでいることは作文には書かずに、義母の晶や祖父のことにも触れてはいない。一緒に暮らしているのに、何だか、息子のために母親として一生懸命になっている晶に対して、息子が未だに「お母さん」とは呼んではいないし、晶を母親として認めていないようにも見えたのが哀しいですよね。

「母親」になろうとする晶の想いが、子供の想いとずれるところなども、感情の流れが自然に描かれていた。そんな晶の迷いを寡黙に受け止める義父の目が優しかった。

今回は「肥薩おれんじ鉄道」、絶景観光や食堂列車など、攻めの姿勢が見られる路線でもある。叙情性豊かな演出で、鉄道と私の大好きな有村架純ちゃんを輝かせている。未亡人の運転士となって働かざるを得なくなる有村の柔らかな雰囲気が悲壮感をかき消して、運転する姿は寓話的な魅力も醸し出していた。

また、本作のテーマでもある家族のカタチにも、晶たちはバラバラだけれど、本人たちが家族と思ったらそれが家族だと。いろんな形の家族があることを、この映画の中で伝えていると思いますね。

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