パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

追想★★★

2018年09月19日 | アクション映画ータ行

「つぐない」の原作者イアン・マキューアンの傑作恋愛小説『初夜』を、主演に「つぐない」のシアーシャ・ローナンを迎え、マキューアン自ら脚本を手がけて映画化した切なくも心に沁みる感動作。社会的にも文化的にもいまだ保守的な1962年の英国を舞台に、結婚式を無事に終え、新婚旅行先の海辺のホテルで初夜を迎えようとしていた若いカップルが、互いに愛し合いながらも幼さゆえの行き違いへと発展していくまでの揺れる心の軌跡を、回想シーンを織り交ぜつつ緊迫感溢れる筆致で繊細に綴る。共演は「ベロニカとの記憶」のビリー・ハウル。監督は舞台を中心に活躍し、TV「ホロウ・クラウン/嘆きの王冠」でも高い評価を受けたドミニク・クック。本作が長編映画監督デビューとなる。

あらすじ:1962年、夏。バイオリニストとしての野心を秘めたフローレンスと歴史学者を目指すエドワード。偶然の出会いをきっかけに一瞬で恋に落ちた2人は、対照的な家庭環境などさまざまな困難を乗り越え、ついに結婚式の日を迎えた。式を終えた2人が新婚旅行へと向かった先は風光明媚なドーセット州のチェジル・ビーチ。幸せいっぱいでホテルにチェックインした2人の心に、数時間後に迫る初夜を上手く終えられるか、という不安が次第に重くのしかかっていくのだったが…。

<感想>原題が「初夜」で、邦題が「追想」、回想シーンが多いので邦題がぴったりときますね。原作者が「つぐない」のイアン・マキューアンの傑作恋愛小説なので、主演にシアーシャ・ローナンなのが納得でした。だいぶ大人になり演技も巧いし、美しい女優なので、あわよくば将来は大女優のメリル・ストリープのように成ってほしいです。

フローレンスの母親に、エミリー・ワトソンが、シアーシャの恋人のエドワードには、「ベロニカとの記憶」で若き日のトニーを演じていた、ビリー・ハウルが。結婚初夜のホテルでの数時間の物語に、回想シーンを挟みつつも、ラストは数十年後へ。

華奢なシアーシャ・ローナンの今時感がゼロな個性が、1962年の保守的なイギリスの背景と、作品のビタースウィート性を見事に織り上げていた。フローレンスの父親は上流社会の実力者であり、エドワードは庶民の息子。結婚後には、フローレンスの父親の会社で働くことが決まるも、エドワードには納得が出来ないのだ。

それ以上に、ドラマの前提となる社会の保守性と、自尊心が高く皮肉屋で本心を言わない人物らに共感ができないのだ。

結婚をして初夜を迎える本作の若い男女も、英国式の複雑な性格の人たちのようだった。ホテルの一室と浜辺で愛し合う二人の関係が、どんどんと崩れて行き演劇的な場面が多いし、とても観ていられなかった。

核心はホテルでもほんの短い時間だが、回想を織り交ぜながら数十年後を描くこの映画、男女の感情をはっきりと表現する手法が、監督のドミニク・クックがもともと舞台演出家だけあってか演劇的でもあったのが残念。

シアーシャ演じるフローレンスの言動は、エドワードのプライドをズタズタに砕く威力があり、物語を主導するのだ。初夜の性的な問題が、原因で別れた男女。

女性の方が結婚に夢見る夢子さんで、聡明ゆえの潔癖さと融通がきかなさを漂わせるフローレンスと、女心が絶望的にわからない新郎のエドワード、男性の方がどうやら童貞で奥手の男の子なので、キモさと情けなさが胸を打ちます。

彼の母親が事故で頭を打ち、認知症のようになり、裸で平気な日常の状態の母親の世話を、嫁になる上流社会育ちのフローレンスには無理なこと。初々しくも不器用な2人の姿に、不思議な余韻と切なさが込み上げてきます。

離婚後のエドワードは、その後も独身を続けて、小さな中古のレコード店を経営している。未だにきっと、フローレンスを愛している様子が見えるエドワードの姿に、純情青年の後ろ姿が出て気の毒にと思いましたね。

ラストでは、フローレンスが年をとってから念願のホールでの5重奏の演奏会が描かれており、あの若き頃にフローレンスと一緒に演奏していた男が夫になっていたという。その演奏会を観に行くエドワードが、彼女の見事な演奏ぶりに拍手をし、彼女を讃える姿に胸が締め付けられるようで、予想外にも泣けて来きました。

終盤には、母親の誕生日のプレゼントにと、幼い少女がクラシックしか聞かない母親に、大好きなポップな曲のレコードを買いに来るシーン、映画オリジナルのエピソ-ドも見られるが、その翻案の仕方は男性監督ゆえの甘さとしか言いようがない。それでも、若い恋愛時代の2人だけでなく、以後の時代もしっかりと見据える構成が良かった。

018年劇場鑑賞作品・・・183  アクション・アドベンチャーランキング

 

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寝ても覚めても★★★・5

2018年09月18日 | アクション映画ーナ行

前作「ハッピーアワー」で大いに注目を集めた濱口竜介監督が、芥川賞作家・柴崎友香の同名小説を主演に東出昌大と唐田えりを起用して映画化した恋愛ドラマ。同じ顔を持つ対照的な2人の男を愛した女性の揺れる心の軌跡を通して、人が人を好きになることの不思議を丁寧かつスリリングな筆致で描き出す。

らすじ:地元の大阪を離れて東京で暮らしていた泉谷朝子。カフェで働く彼女は、コーヒーを届けに行った先である男を見て息をのむ。丸子亮平と名乗ったその男は、2年前、朝子のもとから突然姿を消した恋人・鳥居麦とそっくりな顔をしていた。5年後、朝子は亮平と共に暮らし、満ち足りた穏やかな日々を送っていた。そんなある日、麦がモデルとして売れっ子となっていることを知ってしまう朝子だったが…。

<感想>愛に逆らえない。違う名前、違うぬくもり、でも同じ顔。運命の人は二人いた。新人の唐田えりかが演じている朝子、始めは大阪時代に知り合った麦と言う若者と、次に東京へ出て来て知り合った亮平という2人の若者を愛するようになる。東出昌大が2人の男を演じ分けている。

麦は放浪癖が強くて、散歩中にいい風呂を見つけたといってそこへ入っていく。そして、ある日突然、靴を買いに出たまま姿を消してしまうのだ。

それに対して、亮平は堅実な会社員であり、日本酒のメーカーで働いている。まさに麦がちゃらんぽらんな性格とすれば、亮平は地に足が着いている真面目なタイプ。

麦に捨てられた形となった朝子は、実直な亮平と会って一緒に暮らすようになる。確かに心がときめく様なことは起きないが、平穏な安心感がある。2人は東北大震災の後、被災地にボランティア活動に行くが、恐らくは亮平が誘っての事だろう。その活動も朝市の手伝いなので、特別なことではなく日常の延長になっている。

亮平との平穏な暮らしが続くかと思われた時、姿を消していた麦が現れ、朝子は麦の突然の帰還に動揺する。もともと亮平は麦と瓜二つだったから。朝子は亮平と暮らしながらも、「この人はひょっとして、麦ではないか」と不安といくらかの期待を持っていたはずなのだ。

そして、朝子は麦と再会した後、思いもかけない行動をとる。これは、朝子が我儘であるとか、自分の気持ちに素直であるとかではないと思う。寝ていてた麦への愛が呼び起こされ、そのまま亮平のもとを去って、麦と一緒に逃避行をしてしまうのだ。

誰がどう考えても朝子のとった行動は許されるものではない。若いカップルが付き合い幸せに同棲をしていたところへ、女の方がまだ昔の彼のことを忘れられなくて、そこへ昔の彼が「迎えに来たよ」なんて言われたら、つい動揺してそのまま付いて行くだろうか。あり得ないと誰もが思うだろう。絶対に女の方が卑怯だ、大人のすることか、子供ではないのだからと、怒るだろう。

亮平と一緒に住んでいるところは、川が目の前に流れていて、土手の傍に建っている。雨で増水した川を見て亮平が「水かさが増している」と言うところでは、2人の暮らしの先行きの不安を感じさせるのだ。

一度は朝子を捨てた男、麦に再び夢中になるヒロインの朝子の、理性では割り切れない愛の姿に感情を揺さぶられる。しかし、麦と亮平は双子ではない。確かに顔は似ているが性格も体つきも違うのだから。

北海道へ行こうと言う麦の言葉に、つい衝動的に惹かれて付いて行った朝子は、途中の東北大震災の後地、仙台で目が覚めてふと気が付くのだ。自分は何をしているのだろうと、そして、麦に別れを言い車から降りる。

防波堤の高いガードレールがある東北道、そこで降りて海を見ると、曇り空で波が荒く押し寄せている。つまりは、もしもこのまま麦に付いて行ったら、この海のように荒々しい、波に飲まれて行くかもしれないことを考えたのだろうか。そのまま、無一文の朝子は、震災のボランティアをしていたおじさん(仲本工事)の家へ行き、旅費を貸して貰い東京から大阪へ転勤した亮平の元へと帰るのだ。

しかし、亮平は怒り、決して許さないといい、朝子の飼っていた猫を捨てたと言うのだ。それから、猫を必死に探しに行く朝子。雨が降って来てびしょぬれになりながら、愛猫を探す朝子を見て、亮平は自分のところへ戻って来てくれたことを素直に喜べないも、心の中では赦しているのだ。

主演の東出昌大と唐田えりの他に、友人の瀬戸康史、山下リオ、伊藤沙莉、渡辺大知など、演技がみなさん上手かったです。

多くの恋愛映画が描くのに、ライバルを始め、家族や会社のしがらみや病気といった障害を設定することで、ドラマを盛り上げようとするのに対して、ここでは、それらを一切排除して、ヒロインの感情の動きのみに沿って描いている、理不尽とも思える言動をヒロインがやってのけるが、それを演出と俳優の力で成立させてしまう、ごく稀な恋愛映画なのだ。

それに、川から海へ、また川へと全篇を繋ぐ水のイメージと共に、観客はその流れに心地よく身を任せていればいい。朝子の取った態度に、賛否両論があれど、こんな女性がいてもいいのじゃないかと、自分にはない女の一面を見た感じがした。

018年劇場鑑賞作品・・・182  アクション・アドベンチャーランキング

 

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ザ・プレデター★★★

2018年09月17日 | アクション映画ーサ行

87年の初登場以来、SF映画史上屈指の人気キャラクターとなった“プレデター”。本作はその1作目に俳優として出演していた「アイアンマン3」「ナイスガイズ!」のシェーン・ブラック監督が、同シリーズの続編として撮り上げたSFアクション・アドベンチャー。さらなる進化を遂げた宇宙最凶ハンター“プレデター”と、迎え撃つはみ出し者の元軍人集団の壮絶な闘いの行方を描く。主演は「LOGAN/ローガン」のボイド・ホルブルック、共演にトレヴァンテ・ローズ、ジェイコブ・トレンブレイ、オリヴィア・マン。

あらすじ:元特殊部隊員の傭兵クインの息子ローリーは、父がメキシコで手に入れた謎の装置を起動させてしまう。それは、地球にプレデターを呼び寄せるシグナルを発信するものだった。一方、プレデターの存在を隠蔽したい政府によって監禁されてしまったクインは、“ルーニーズ”と呼ばれるならず者の戦闘スペシャリストたちと脱走を図り、彼らととともに危険が迫る息子を守るためにプレデターへと立ち向かっていくのだったが…。

<感想>87年のアーノルド・シュワルツェネッガー主演作「プレデター」で初めてスクリーンにお目見えし、その後シリーズ化された人型エイリアンが新たなオリジナル・ストーリーで復活した。傭兵である父親クインがメキシコのジャングルに墜落した宇宙船と、その船に乗っていたプレデターを目撃。プレデターの存在を隠匿しようとする政府に拘束されてしまう。

クインは、墜落現場から持ち帰っていたプレデターのマスクと装置を自宅に送り届けていたが、クインの息子で天才的な頭脳をもつ少年ローリーが、丁度ハロウィンだったもので、マスクを被って外へ出て歩くも、悪ガキたちがローリーをからかうも、それは妬みからだろう。そして、家に帰り装置を起動させてしまうのだ。

装置から発せられるシグナルによって、恐るべき戦闘種族プレデターを呼び寄せてしまい、プレデターがローリーのもとに現れ、さらにそのプレデターを追い、遺伝子レベルでアップグレードした究極のプレデターまでもが姿を現す。

本作の舞台設定は2018年で、第1作と地続きであり、「プレデター2」とのなんらかの繋がりがあることが分かっている。本作は、プレデターが宇宙船で飛来するが、「プレデター2」では宇宙船がクライマックスの舞台だった。果たしてリンクは宇宙船か、登場人物か、劇場で確認をして下さい。

人間だけでなく、全宇宙の凶暴な生物を相手に死闘を繰り広げてきたプレデター。姿を周囲の風景と同化させる光学迷彩や獲物を確実に仕留めるプラズマ・キャノンなど協力な装備を多数持つヤツらが、またもや人類を恐怖に陥れるのである。

地球にやってきて人間狩りを繰り返すプレデターと、息子を守るために元軍人のならず者集団の協力を得て、立ち向かうクインとの激烈なバトルが展開する。

本作の監督、シェーン・ブラックは「アイアンマン3」「ナイスガイズ!」のヒットメーカーだが、俳優時代にオリジナルの「プレデター」に出演し、最初に殺される兵士を演じていた過去を持つ男。そんな縁のあるプロジェクトに監督として舞い戻り、壮大かつ豪快なアクションシーンと人間味溢れるドラマを融合させた。CGだけに頼らず、実写の臨場感にこだわった演出も見ものですぞ。

主演のクインには、「LOGAN/ローガン」のボイド・ホルブルックと、息子のローリーには、「ワンダー 君は太陽」が記憶に新しい人気子役のジェイコブ・トレンブレイが共演し、父と子の絆のドラマを熱演している。

それに、プレデターの謎に迫る生物学者のケイシーには、「X-MEN:アポカリプス」のオリヴィア・マンが。

それに、特殊部隊ルーニーズ(退役軍人たち)のウィリアムズにはトレヴァンテ・ローズが、コイルにキーガン=マイケル・キー、ネトルにバクスリーにリンチといった戦闘のスペシャリストたちが。彼らがプレデターのことを”ウーピー・ゴールドバーグ”に似ているなんて言うもんだから、観客から笑いが起きたのだが、これって名誉棄損じゃないのかなぁ?

危険にさらされた息子を救おうと奔走する父親の愛情に、そんな彼を支えて共闘する仲間たちのガッツ。そんな熱いスピリットが最凶の敵・プレデターとぶつかった時に、どんな化学反応が起こるのか?・・・。壮絶なるバトルに親子の絆が絡み、凄まじい熱を帯びるのは想像するに難しくはない。

今回登場するプレデターは、様々な種族のDNAを取り込み、遺伝子レベルでパワーアップしている。しかしだ、それをも上回る“アルティメット(究極)”プレデターが登場するのだった。他のプレデターを圧倒する巨大なヤツの実力とは?・・・。宇宙最凶のさらに上をいくその正体とは、・・・もう一つは“ヘルハウンズ”と名付けられたプレデター犬。プレデター同様に俊敏して獰猛な狩猟犬なのだが、人間に懐く習性があるのには安心した。

本作の特徴は、原典への回帰であり、伝統的なスリラーに近いストーリーテリング。さらには、プレデターの造形もできる限り実際に作ることにこだわったというのだ。その際、監督が手本にしたのが「ジュラシック・パーク」なのだ。

一方では、度重なる戦闘により心に傷を負った傭兵たちの苦悩や、プレデターの存在を隠蔽しようとする政府の策略も垣間見えるドラマチックな物語が展開する。

ラストの壮絶なるプレデターとの戦いに勝利するも、研究所では置き土産のプレデターの装置を動かす息子のローリー。所員がその装置から発せられるエネルギーを浴びて新種のプレデターに様変わりするのが見られるも、すぐに元の研究員に戻ってしまう。この装置は、人間が軍事力に悪用すると、飛んでもない戦争になってしまい、地球から人類が滅亡するかもしれない。そして、プレデターの思い通りに、また宇宙からと飛来して来て、地球を乗っ取る作戦なのかもしれない。続編ありきのラストシーンなので、期待したい。

018年劇場鑑賞作品・・・181  アクション・アドベンチャーランキング

 

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プーと大人になった僕★★★★

2018年09月15日 | アクション映画ーハ行

世界中で愛され続けるA・A・ミルンの児童文学『くまのプーさん』に登場するプーさんの大親友クリストファー・ロビンのその後を映画化したファンタジー・ドラマ。大人になり仕事に追われるクリストファー・ロビンが、プーさんや森の仲間たちと奇跡の再会を果たしたことで、忘れていた大切な何かを思い出していく姿を描く。主演はユアン・マクレガー、共演にヘイリー・アトウェル、ブロンテ・カーマイケル。監督は「ネバーランド」のマーク・フォースター。

あらすじ:少年クリストファー・ロビンは“100エーカーの森”で親友のプーやその仲間たちと楽しい毎日を送っていたが、やがてロンドンの寄宿学校へ転校することに。“きみのことは絶対に忘れない”と固く誓ってプーと別れたクリストファー・ロビン。月日は流れ、大人になった彼は妻のイヴリンと娘マデリンとともにロンドンに暮らしていた。しかし仕事が忙しくて家族とはすれ違いの日々が続いていた。そんなある日、なぜかロンドンで途方に暮れていたかつての親友プーと驚きの再会を果たす。森の仲間たちのもとに戻れなくなったプーの頼みを聞き入れ、一緒に“100エーカーの森”へと向かったクリストファー・ロビン。ピグレットやティガーら森の仲間たちとも再会でき、少年時代の懐かしい日々を思い出すクリストファー・ロビンだったが…。

<感想>あの「くまのプーさん」の後日譚。クリストファー・ロビン少年が、今は大人になり会社の上司から無理難題を命じられ、週末の約束していた家族旅行をキャンセルするハメになり公園で頭を抱えていたクリストファー。そんな彼の背中に懐かしい声が、振り向くとそこにいたのはクリストファー前に、あのプーさんが現れたのですね。大都会のロンドンを舞台に、彼らの新しい物語が繰り広げられる。英国人作家A・A・ミルンが生み出し、ディズニーのアニメーションで世界的人気キャラクターとなったくまのプーさんの初の実写化です。

大人になったクリストファー・ロビンは、仕事に追われるビジネスマン。ウインズロウ商事の旅行カバン部門の能率化部として、毎日オフィスで仕事に没頭している。少年時代に持っていた好奇心や想像力をすっかり忘れてしまっている。彼を演じるのは、ユアン・マクレガー。優しくてしっかりものの専業主婦・妻のイヴリンには「シンデレラ」のヘイリー・アトウェル。想像力豊かな9歳の娘のマデリンには、ブロンテ・カーマイケル。

原題は「クロストファー・ロビン」と、主人公の名前をそのまま。タイトルバックは本の形式を模していて、ページをめくるように始まっていきます。プロローグでは原作の「プー横丁にたった家」のエンディングが再現されていました。この映画では、そこまでが第1部であり、以降が第2部という構成になっている。架空の「クリストファー・ロビン物語」みたいなものがあって、この映画によって彼の成長物語が完結する、という設定になっていた。だから、ラストも本の終わりみたいになっていたのも嬉しい。

その第2部では、本題のストーリーに入るまでの“スリストファー・ロビン物語”が、物凄いペースで描かれていく。短いセットを積み重ねて、余計な説明やセリフも入れずに、短い字幕と俳優の演技だけで見せるのは上手いと思いましたね。

確かに、寄宿学校へ入れられて、突然、両親の死で家長の重責が来て、イヴリンとの出会いと恋、妊娠中の妻を残して戦場へと。そして妻と娘との感動の再会と、就職という出来事の数々までを数分でみせちゃうのだから。

それに、プーさんとの久々の再会、「森の仲間たちが見つからないんだ。一緒に探して」と頼まれるも、自分はもう大人で仕事に行き詰って困っているのに。そんなぬいぐるみのプーと遊んではいられないのだ。仕方なく、彼はプーを抱いて、あの“100エーカーの森”へと向かったクリストファー。

 

真っ赤な風船が欲しいと言うので買ってあげて、列車に飛び乗るのだが、昔と変わらない森の中で、大きな樹の洞穴の中へ入るプーの後を追いかけて、懐かしいあの“100エーカーの森”に出て来る。

そこでは、仲間たちと再会できて喜ぶクリストファーだが、仕事を思い出して慌ててロンドンへと戻るのだが、その時、大切な書類を森へ置き忘れてしまう。プーと仲間たちは、森を飛び出してロンドンへと向かう。その時に、クリストファーの娘のマデリンと出会い、一緒に父親の会社へ書類を届けに行くことに。

母親は、娘がいなくなり慌てて駅まで行くと、ぬいぐるみを抱いた娘が列車に乗っていくのを見つける。母親は車でロンドンへと追いかける。

“100エーカーの森”は、原作者が小説を書く際にモデルにしたイーストサセックスにある本物の「400エーカーの森」に実際行って撮影したそうです。

見どころはリアルに言えば、プーさんやお調子者のティガー(トラ)、心優しい臆病な子ブタのピグレット、おっとりとしてお人よしなロバのイーヨーなど。

なんてったてぬいぐるみたちが、まるで生きているかのように動き回ることかなぁ。これは最先端のコンピューター・アニメーション・テクノロジーの成果なのだそうです。その土台となっている手作りのぬいぐるみたち。アニメとはひと味違うぬいぐるみ感と言うか、存在感が半端ない。

そこには「抱き心地のよさ」など細心の注意が払われており、俳優たちも実際にぬいぐるみと触れ合うことで大きなインスピレーションを得られたそうです。

実際に彼らは実物大のぬいぐるみが作られて、動きや立ち位置を決めるために使用されたそうです。それを忠実に再現したから、たとえCGでも微妙に滑らかな動きを見せることなく“ぬいぐるみ”が動いているように見えているんですね。「100歳になっても君のことは忘れない」と誓ったけれど、クリストファー・ロビンの方は、生きるのに必死で、すっかり忘れている。でも、プーはそのまんまなのよね。というのも切ないです。仕事と人生と家族に関しても、かなりグサッとくるセリフがいっぱい出て来るので、そこにも注目です。

人世で大切なものは何だろう?・・・と考えさせてくれる映画。仕事中毒で家族サービスを忘れているお父さんに観て欲しいですよね。

エンドロールでも、森の仲間が海の保養地の行って、サングラスをかけて太陽に当っている様子が見られるよ。

018年劇場鑑賞作品・・・180  アクション・アドベンチャーランキング

 

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マイナス21℃ ★★・5

2018年09月13日 | アクション映画ーマ行

ジョシュ・ハートネットが主演を務め、極寒の雪山で8日間にわたる壮絶なサバイバルを繰り広げた、元アイスホッケー選手でスノーボーダーのエリック・ルマルクの実話を映画化。監督は「ネイビーシールズ」「ニード・フォー・スピード」のスコット・ウォー。

あらすじ:元アイスホッケー選手のエリック・ルマルクは、米カリフォルニア州のシエラネバダ山脈でスノーボードをしていた最中に道に迷い、遭難してしまう。水も食糧もなく、山岳装備も持ち合わせていないエリックは、夜には氷点下となる山の中、低体温症や空腹、野生のオオカミ、凍傷、脱水症状など次々と困難に襲われ、絶望的な状況に追い込まれていく。一方、息子と連絡が取れないことに異変を感じた母スーザンが、救助隊に捜索を依頼するのだが……。

<感想>実話であり、若いからか身勝手で元アイスホッケー選手時代でも、コーチーの言うことを聞かずに勝手なプレイをして辞めさせられるのだが、その後が悪い。金持ちみたいで、覚醒剤中毒になり逮捕され、その裁判が控えている。それなのに、雪山の別荘に一人で住んでいて、綺麗な母親ミラ・ソルヴィノだけが、自分の味方をしてくれる。金銭面でも母親に頼っているのだろう。

独りで山へスノーボードをしに行くも、結構上手いので、危険区域なのに中へ入っていき、道に迷ってしまい遭難をしてしまう。

どうみても、同情できない身勝手なお子ちゃまな青年を、最近映画で観ていなかったジョシュ・ハートネットが演じていた。雪山遭難なので、殆どジョシュが一人の映像であり、夜になるとおおかみが数匹出て来て襲い掛かる恐怖。

ゲレンデを探して山を下りるも、吹雪で視野が全然見えなくて、氷の沼か湖みたいなところへ落ちてしまう。普通だったら、そこで凍え死ぬをするかなのに、身体が丈夫なのか、若くて生きる力があったのか、這い上がって生き抜くのだ。

そこからが、やはり見どころといっていい。エリックを探す遭難救助なんてぜんぜん出ていないから、自分で何とか生き抜くしかない。それも濡れた服を乾かすにもマイナス21℃の極寒の中ではどうにもならない。自分が隠れるくらいの穴みたいなところを探し、すぐさま服を脱ぎ全裸になり、たき火をしようと思ってマッチをすっても、湿けっているのかダメ。この全裸になるって、なんか意味があるのだろうか?ブルブルと震えながら、仕方がなく凍り付いた服を着るも、身体が低体温になってくるのが分かる。こんな時のために、ポケットにチョコとか飴玉とか持っていればお腹のたしになるのに。

そして、足に昔の傷があって凍傷になるも、そこから低体温の血のめぐりが悪くなり、だんだんと紫色に変わり腐っていく。何度も靴下が貼りついている足首を見るエリック。靴下に足の皮が貼りついたのが、靴下をめくると一緒に剥がれて激痛が走る。これは痛そう。

腹が減っているし、水はポケットの中に入っていた麻薬のビニール袋を使い、雪を入れて体温で温め水にして飲む。腹の足しにと、木の皮を剥がして食べてみるもマズイ。眠くなるのもアイスホッケーの選手時代に仲間と喧嘩をしたこととか、コーチと口論をしたことなどを思い浮かべては、孤独を感じる。それに、家では母親に反発をして、家具を壊しては暴れるしまつ。そんなことを思い出して後悔するのだ。

携帯電話も電池が切れて使えないし、ラジオも雑音しか入らない。そんな時、母親って有難いですよね。エリックが麻薬で逮捕されその裁判が迫っている。絶対に出廷しなければならないはずなのに、別荘にはいないのだ。山のスキー場へ行き、息子のことを心配して救助のヘリを出してくれるように頼むのですが、吹雪だし、夜は飛ばないという。

遭難してから8日間もの間、脱水症状になり、足は両足が凍傷になるも、空にヘリが飛ぶ音を聞き大声で叫ぶも虚しいばかり。そうだ、山の上まで行けばラジオの無線も入るし、自分の身体も見つけてもらえると、ラジオの電池も切れかかる。それからは動けぬ足を引きずりながらも、頂上を目指してスノボを杖代わりにして登るエリック。

救助隊は、すでにエリックは死亡しているものと決めつけ、遺体の捜索にヘリを飛ばすのです。頂上につき、ラジオの無線を聞く救助隊、もしかして彼は生きているかもと。頂上付近で横たわっているエリックを見つけてくれたのは、運がいいしラッキーでもあった。本当に九死に一生の思いで、自分の命が助かったことを嬉しく思ったに違いない。

B級映画みたいな、予算もなかったのかジョシュの一人芝居が多いなか、しかし、雪山の映像だけはリアルであった。エンドロールでは、本人が出て来て、両足義足で子供たちにアイスホッケーを指導しているところとか、結婚をしていて家族の姿も映し出している。強靭な神経と身体が、彼を生き返らせてくれたのだろう。

018年劇場鑑賞作品・・・179  アクション・アドベンチャーランキング

 

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クレイジー・フォー・マウンテン★★★・5

2018年09月12日 | アクション映画ーカ行

エベレストやモンブラン、マッターホルンをはじめ世界中の名峰を舞台に、登山のみならずフリークライミングやベースジャンプなど様々なスタイルで山に挑戦する命知らずな冒険者たちの姿を、圧倒的な迫力と美しさで捉えたエクストリームな映像に、オーストラリア室内管弦楽団による荘厳なクラシック音楽を乗せて贈る異色の山岳映像詩。監督は前作「Sherpa」が英国アカデミー賞にノミネートされるなど高い評価を受けた「ソロ ロスト・アット・シー 冒険家アンドリュー・マッコリーの軌跡」のジェニファー・ピーダム。

<感想>冒頭での断崖絶壁をよじ登る男の姿、それにロープを付けずに垂直の岩壁を登頂する天才クライマーのアレックス・オノルドらの姿など、どうやってこのような撮影が出来たのだろうと不思議に思われてなりません。ドローンなどの新技術を駆使して危険で孤独なロッククライミングの撮影があった。

その他にもエベレスト(ネパール)、モンブラン(フランス)、デナリ(アメリカ)、メルー(北インド)など、世界5大陸の難関峰に挑む登山家たちの姿、まさに山を愛する者にとっては最高のドキュメンタリー映画。

詩情あふれるアルプス連峰の遠景に切り変わる瞬間の映像美といい、一見、脈絡のないような編集なのだが、観終わると山岳について楽しく学べたような気分になるから不思議だ。そして、映像と一緒に流れるクラッシックの音楽も良かったです。

そして、グランドキャニオンでマウンテンバイクに乗りながらのスカイダイビング、無事に降りられたのだろうかは描かれてはいない。

時速360キロに達するといわれるウィングスーツでの山頂からの滑空やパラグライダーなど、山を舞台とした危険と隣り合わせのエクストリームスポーツをこなすアスリートたちの勇姿を記録した映画。

普通に暮らしている私には、こんな映像は目にすることのない絶景ばかりである。想像もできない命しらずの行為を、世界中からかき集められた選りすぐりの映像で観ることができた。

観ているこちら側としては、身体のいろんな部分が縮みあがりそうな映像が続くのだが、結局はフッテージの寄せ集めであり、すべてが作品のために撮られたものではないらしい。

別にそれでも構わないのだが、ナレーションでは「何故に、人間は山に惹き付けられのか?」みたいな、講釈を入れて来るあたりが釈然としなかったりする。それでも、人間は山に魅せられ、命の保障などないが、神の住む山へと登り、山頂を極めては誇らしげに佇むのである。そこを探究するために、山の映像を作品として映画化したのだろう。

それに、作曲家トネッティからドキュメンタリー映画監督のジェニファー・ピードンに、コラボレーションを申し込んで出来上がった作品なので、音楽と映像が山々の美しさと残酷さ、最近の有名企業と、ネットユーザーの介入による危険性までよく捉えていると思う。

だからなのか、クラシック交じりの音楽であると同時に、音楽映画にもなっていた。これほどまでに音楽の持つ力が左右するとは、サイレント映画でもいいのだが、ナレーションも名優ウィレム・デフォーの声もやはり良かった。

018年劇場鑑賞作品・・・178  アクション・アドベンチャーランキング

 

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2重螺旋の恋人★★★・5

2018年09月11日 | アクション映画ーナ行

「8人の女たち」「スイミング・プール」の鬼才フランソワ・オゾン監督が、「17歳」のマリーヌ・ヴァクトを再び主演に起用して贈るエロティック心理サスペンス。優しい精神分析医の男と恋に落ちたヒロインが、対照的な性格の双子の兄弟と出会い、嫌悪を抱きながらも肉体的な欲望に溺れていくさまを、官能的かつミステリアスなタッチでスリリングに描き出す。共演はジェレミー・レニエ、ジャクリーン・ビセット。

あらすじ:原因不明の腹痛に悩む25歳のクロエは、婦人科医から身体に問題はないと言われ、紹介された精神分析医ポールのカウンセリングを受けることに。温厚で誠実なポールに話を聞いてもらううち、不思議と痛みが和らいでいくクロエ。いつしかポールと恋に落ち、同棲生活を始める。そんなある日、街でポールそっくりの男を見かけ、やがてその男がポールの双子の兄弟ルイと知る。しかもポールと同じ精神分析医だった。ポールがルイの存在を隠していたことを不審に思い、偽名を使ってルイの診察を受けるクロエ。ポールとは正反対の傲慢で支配的な態度に嫌悪感を抱くクロエだったが…。

<感想>冒頭、クロエが美しい長髪をバッサリ切り落とす衝撃シーンから始まる本作。服装も無造作で少年のようだった彼女は、ポールとルイの診察室に通ううちに、におい立つように美しく、そして力強く変貌していく。この“変化”は何に起因するのか?

最近の映画では「婚約者の友人」2017年10月21日「危険なプロット」などが上げられるが、本作では精神科医と恋に落ちた女性の前に現れた「もう1人の彼」。「双子の兄」だと名乗る同じ顔、同じ職業のその男性は、本当は何者なのか!? 果たして、愛してしまったのはどちらなのか?私が愛した男は、何者なのか。容姿は同じで中身は正反対の、双子の男。

2人は職業も同じ、精神分析医だった。クロエが長年悩まされ続けているのが「原因不明の腹痛」。それがポールとの出会いにつながるのだが、肉体的な異常はまったく見られず、婦人科の女性医師に「精神的なものでは?」とカウンセリングを提案されるのだ。普通だったら、女性のカウンセリングをお願いするのに、男性にしてと紹介してもらう。

精神分析医カウンセリングと恋に陥るケースはわりと良くあるそうだ。じぶんの心の中に隠している悩みとか、秘めたる想いを話て相談にのってもらうのだから。自分の思った通りの穏やかな優しい答えに、つい自分をこんなにも愛してくれているのならなんて勘違いをしてしまうのだろう。

ところが、街でポールとそっくりの男が女と立ち話をしているのを見かける。気になって、その男の接触するも、双子の兄のルイだったとは。何故にポールは双子の兄がいることを自分に話をしてくれないのだろう。

そのそっくりなルイは、ポールとは正反対の性格で、すぐにセックスを求める男。すぐに相手のいいなりに身体の関係を持つクロエも変な女性だ。ポールとの刺激のないセックスとは、真逆な激しいセックスに没頭して、ついルイのところへ通ってしまう。もちろん診察料としてお金は取られる。

クロエは、自分がポールを愛しているのか、夜に一人になるとつい双子の兄ルイのことを思い浮かべてしまう。本当はどちらを愛しているのか、両方を愛することで満たされるのか、自分でも分からなりインモラルな性癖に悩まされるのだ。夜にベッドの中まで襲って来るルイの過激なセックスの妄想に取り憑かれる。

そして、妊娠が発覚する。果たしてどちらの子供なのかが分からないクロエは悩む。口ではポールの子供よ、なんて強い口調で言ってはみても、ルイのところへ通い、セックスを何度もしているうちに快感となって関係を続けていることが、ポールにも知れることになる。

ルイは、「お腹の子供は俺の子供だ」といい、きっと双子の子供が生まれる可能性があると。「俺の子供なら奇形児が生まれる可能性がある」なんてことも言う。

それに、クロエには姉がいて、子供の頃に亡くなっていたらしい。産婦人科で診察してもらうも、医師は首をかしげてお腹の子供のことをはっきりとは言わない。

クロエが突然のお腹の痛みで救急病院へ運ばれて、出産ということになるも、お腹の子供は人間の形をしておらずに奇形な物質だった。母親がクロエの妊娠を聞き駆けつけるが、クロエには姉がいたのだが、何故か亡くなっているのだ。もしかして、クロエも双子の片割れなのかもしれない。

それに、ポールの前の妻に会いに行くも、彼女は自分と同じように、兄のルイとも付き合い関係を持ち、神経的に病んでしまいそのまま床に臥せってしまう。その女の母親が、ポールとルイの双子に娘が神経を病んでしまったことを話すも、ベッドの中の彼女はまるで幽霊のような、魂の抜け殻のようだった。

ここでは2カ所で登場する螺旋階段にも、何らかの秘密が隠されているようだ。ポールの働く診療所に、ルイの診察室へ向かうのも同じのように螺旋階段である。その意図とは? 官能的な映像が“螺旋”の世界へと観る者を引きずりこんでいくかのようだ。対照的な性格を持つ双子に惹かれたクロエの困惑を入り口に、潜在意識のさらに奥へと分け入っていくような、心理スリラーだ。

そして、ルイからプレゼントされる「猫のブローチ」にも注目。クロエの住んでいるアパートの隣のおばさんも、同じ猫のブローチをつけていたのだ。

そして、彼女が働いている美術館の展示物を見つめているクロエ。 そこには物語を理解する大きなカギが、クロエは美術館員として働いているが、彼女が見つめる展示物は、現れる度に徐々にグロテスクさも持ち合わせている世界観へと変貌していく。つまり人間の内臓をモチーフとして表しているような、オブジェ。まるでクロエの心の中を反映しているような視覚の変化は、見ているこちら側にもじわじわと暗い不安を投げかけて来る。

それに鏡を象徴的に使い、現実と妄想の境界線が曖昧な世界を生み出していた。これは本作の謎めいたストーリーを象徴するかのようでもある。現実と妄想が交じり合っているクロエの世界。彼女は現実世界に不満を抱いているので、想像の世界で自分の謎の答えを探しているようだ。

女性の本質を描いて来たオゾン監督だが、今作ではエレメントに凝り過ぎて本質が見えにくくなっているのが惜しい。

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泣き虫しょったんの奇跡★★★

2018年09月10日 | アクション映画ーナ行

35歳のサラリーマンが将棋界の歴史を変えてしまう偉業を成し遂げ、みごとプロ棋士になったという瀬川晶司五段の奇跡の実話を松田龍平主演で映画化。共演は野田洋次郎、永山絢斗、染谷将太、イッセー尾形、小林薫、國村隼。監督は自身も17歳までプロ棋士を目指して奨励会に在籍していた「青い春」「空中庭園」の豊田利晃。

あらすじ:中学生でプロ棋士になった谷川浩司棋士のニュースに触れて、プロ棋士を意識するようになった小学5年生の“しょったん”こと瀬川晶司。隣に住む将棋好きの鈴木悠野と切磋琢磨し、メキメキと実力をつけていく。そして中学3年生のとき、ついにプロ棋士への登竜門となる奨励会に入会する。しかしその奨励会には、26歳までにプロになれなかった者は退会しなければならない、という年齢制限に関する厳しいルールが存在した。やがてしょったんも、その厚い壁を打ち破ることができずに退会を余儀なくされ、会社員として新たな人生を歩み始めるのだったが…。

<感想>将棋界において前代未聞の形でプロ棋士になった、瀬川晶司五段の敗者復活の物語と、自伝を基に映画化されたもの。最近では数十年に一人の逸材である藤井聡太七段の登場で、久しぶりの将棋ブームに沸いた年でもあった。この映画はその流行りに乗った映画というわけではないと思うのだが、監督の豊田利晃も奨励会でプロの棋士を目指した過去を持つ。もっとも将棋をよく知り尽くし、奨励会の厳しさを知った人間が撮るこの映画。撮るべくして撮ったのが今だったのだろう。

しょったんこと瀬川晶司は、将棋のプロになるには必ず通らなければならない、日本将棋連盟のプロ棋士養成機関「新進棋士奨励会」に於いて、満26歳で四段になれず、退会した。普通ならばここでプロへの道は絶たれるのだが、その後兄の進めもあり、いつまでも将棋ばかりにこだわるなと叱咤される。27歳で大学へ入り卒業して就職するのだが。

まず訪れる敗退は、まったくもって苦く、心が折れるほどに痛い。しかしそれが、やっぱり諦め切れなかったのですね、遠ざかっていた将棋を再び始め、アマチュアで名人となり、瀬川の努力と彼を支援するアマチュアの名人の藤田守(小林薫)とか、様々な人々の力もあって、2005年、35歳の時、異例中の異例でプロ棋士になったのだ。

その後、この制度でプロになった棋士は、瀬川の後に1人しかいない。瀬川の明けた風穴は大きいが、だからと言って、同じプロセスでプロになるのが難しいことが分かって来る。

17年の春に公開された「3月のライオン」、それに「聖の青春」も秀作であった。どちらにしても、小学生から奨励会に通う子供たちがいることを知り驚いた。それにしても天性の素質はあっても、やはり努力、努力の結果であり、眠る暇も惜しんで将棋盤を見つめて、研究をする彼らだからこそ、掴んだ勝利はいかほどの事かと思う。

観ていて、駒を指すパチン、パチンという音が響く。その手指がとても美しく、将棋の映画での手と指の動きは、時代劇に於ける所作や殺陣といった特別なアクションと、同等の意味をなすことを感じとりました。

24歳の時の晶司は、三段リーグ8勝1敗で首位に立つ。対する清又(新井浩文)は、このリーグ中に26歳の誕生日を迎える。絶対に負けられない清又の1局だが、盤上では晶司の方が優勢。落ち着きのない清又が、扇子で畳をコツコツと叩き考え込む。この鬱陶しい仕草に晶司が苛立ちを募らせる。

そして、あり得ないことに、晶司の後ろに回り込み盤上を覗き込むのだ。このシーンは、加藤一二三がよくやったというそれなのだ。昨今の将棋ブームでにわかに将棋の知識を得た人も知っている有名なエピソードである。緊張感の漂う対局シーンにユーモアが生まれる。勝負はどちらが勝ったのかは、映画をご覧ください。

タイトルに「泣き虫しょったん」とあるが、彼は将棋で負けるとトイレに籠って、悔しくて泣くのだ。それくらい悔し涙を流すのだから、本当だったら、26歳の時に、頑張ってプロ棋士になれたのだろうと思ったのだが。将棋は自分との戦いであり、その厳しさは想像しきれない凄いものがあると思うのですが、晶司なら“もっとやれたのではないか”と観ていて苦々しくなるのだ。

映画の中では、奨励会を辞めた後の晶司が、泥沼にずぶずぶと沈んでいくシーンがあるので、きっと、その時の心情を表しているのだと思いますね。

主人公のしょったんは、天才ではなく執念の人なんですね。年齢制限という壁に阻まれても、何としてもプロの棋士になりたいという執念が実ったのだから。

特別対局や、通常の対局シーンを見ても、将棋の心得が無いものでも、その独特の緊張感は肌で感じ取ることが出来ます。

それに、キャスティングが贅沢ですね。瀬川晶司に恋する女性として、上白石萌音が喫茶店のウェイトレスに。きっかけとなった小学校の先生に松たか子が、父親の國村隼が、息子に好きなことをしろと激励応援するのだが、朝にジョギング中に事故で亡くなってしまう。母親には美保純が、タクシーの運転手のイッセー尾形、通行人で瀬川晶司のファンの藤原竜也他、大勢の有名なキャスト陣が出演しています。

3月のライオン前編

3月のライオン後編

聖の青春

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累 -かさね-★★★・7

2018年09月08日 | アクション映画ーカ行

松浦だるまの同名コミックスを土屋太鳳と芳根京子の主演で映画化した愛憎サスペンス。容姿にコンプレックスがありながらも天才的な演技力を持つヒロインを主人公に、母の形見の口紅に宿る不思議な力を利用して演劇界でのし上がろうする欲望が辿る顛末を、彼女と禁断の契約を交わした美貌の女優との対決を軸に描き出す。共演は横山裕、檀れい、浅野忠信。監督は「ストロベリーナイト」「キサラギ」の佐藤祐市。

あらすじ:今は亡き伝説の女優・淵透世の娘・累は、母ゆずりの天才的な演技力を持ちながらも、幼いころからその醜い容姿に劣等感を抱き、苦しめられてきた。それでも女優への憧れが捨てきれない累は、母が遺した口紅に、キスした相手の顔を一定時間奪い取ることができる不思議な力があることを知る。そんな中、累の前に母を知る謎の男・羽生田釿互が現われ、彼女に丹沢ニナという女優を紹介する。ニナは美しい容姿を持ちながらも、ある理由ゆえに芽が出ずにいた。そんな2人の思惑が一致し、累は美貌と才能を兼ね備えた女優・丹沢ニナとして舞台に立ち、一躍脚光を浴びるのだったが…。

<感想>土屋太鳳と芳根京子の主演の2人はやりがいがあっただろう。基本的に設定に、演技者として明確な仕事が用意されているのだ。それは、漫画を原作とする映画のほぼすべてが持っている、根本的な構想やキャラクターの強さなのだ。

容貌の美醜に、演技力の劣勢、演劇の肉体性など、そもそも実写化される要素があったと思う。中々そういう点では面白い映画でした。ただ、むちゃぶりとしか言いようがない設定のホラーふうサスペンスなのだが、あり得ない話を実写化するスタッフとキャストの意欲は買いたいですね。

魔力を持つ1本の真っ赤な口紅。女はもともと口紅の色を変えただけで、気分までが変化することがあると言うが、その口紅を塗ってキスを交わすと相手の顔にチェンジ出来るのだ。

外見と内面はそれぞれに影響を与えるものか?・・・という命題をもとに、「偽物が本物を超える」という瞬間を本作は描いている。女2人の嫉妬や劣等感といった、人間の汚い部分が主に描かれている映画になので、描写がエグイ流血シーンとかはありません。ですので、ドロドロした人間関係を描いた作品ともいえるでしょう。

トリッキーなアイデアに惑わされがちですが、“二人で一人”を演じ分けた土屋太鳳と芳根京子は、ハリウッド映画のニコラス・ケイジと、ジョン・トラヴォルタの「フェイス/オフ」と似ているような感じがするでもない。

とにかくも、2人の女優の競演が素晴らしいので、特に累に転じた土屋太鳳の舞台劇の演技がとても良かった。声の張り上げるといい、踊るシーンも舞台映えする土屋太鳳に拍手ですね。

物語の中で、母親(檀れい)も舞台女優であり、地下室に演技の優れた女優を鎖で繋ぎ止めて監禁していたらしい。監禁されていた娘が、実は本当の優れた演技者であり、しかも顔が美しいという。じゃぁ、母親も娘と同じ演技が巧くて顔が不細工だったのかと思ってしまった。現在では美容整形でどうにでも美しくなれるのに。

その采配をする男が、浅野忠信であり、もしかして父親かもしれない男。またもや、母親と同じことを繰り返して、まるで実験でもするかのように、2人の女を入れ替えるのだ。耳元で囁く「偽物でも本物に成り代われるぞ」とまるで悪魔の声のよう。

だが、演技が巧い顔に傷のある累が、美しい女優のニナに変身して、舞台を務めるのだが、若い演出家の横山裕と恋をしてしまう累。キスをしてデートをしたいと願う累なのだが。

ニナの方も、実はその演出家のことが大好きで、自分もデートをしたかったというのだ。だから、その夜は、ニナがそのまま演出家とデートをすることになるも、演出家は累の性格とか仕草とかを気に入っているので、容姿だけで中身が全然違う累にがっかりしてしまうということになる。

やれやれ、だから、最後には累がそのままニナに成りすますことを選ぶために、2人が格闘をして屋上から落下するも、2人の身体は無事であり、そのまま、ニナの顔で累の身体で舞台に立つことになる。口紅の効果の持ち時間は12時間。人間のおぞましい嫉妬と劣等感、いつまで続くのやら恐ろしい。

物理的には不可能でも、心理的には無きにしもあらず。ただし、美醜の交換をする2人の顔の違いが、いまいち曖昧であり、演技的な区別もメリハリ不足が否めない。舞台女優という、その舞台がアングラふうなのは、お話がアングラ的だからなのかな。

しかしながら、原作漫画の幅や、徹底に負けてはいないのか?・・・原作漫画は未見ですが、実写映画化の方が勝るということもあるかも。

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MEG ザ・モンスター★★★★

2018年09月07日 | アクション映画ーマ行

スティーヴ・オルテンの同名ベストセラーをジェイソン・ステイサム主演で映画化した巨大ザメ・パニック・アクション。絶滅したと思われていた太古の巨大ザメ、通称“MEG(メグ)”が深海から浮上し、人間の生活圏に突如姿を現わして人々を恐怖に陥れていくさまと、恐るべきモンスターに立ち向かっていく主人公の戦いを臨場感あふれる迫力のアクション満載に描き出す。共演はリー・ビンビン、レイン・ウィルソン。監督は「ナショナル・トレジャー」のジョン・タートルトーブ。

あらすじ:大陸から遥か200キロ沖合に浮かぶ海洋研究施設。海洋生物学者のスーインらが乗り込む探査船が未知の海溝を発見するも、直後に行方不明になってしまう。ベテランのレスキュー・ダイバー、ジョナス・テイラーが捜索に協力するが、そんな彼の前に姿を現わしたのは、絶滅したはずの超巨大ザメだった。メガロドン、通称“MEG(メグ)”と呼ばれるその怪物は、研究所を易々と破壊すると、海水浴客で賑わうビーチへと近づいていくのだったが…。

<感想>この夏は、生物の巨大化競争映画のラッシュであった。サメの映画というと「ジョーズ」以来というわけでもなく、最近では女性が一人で遊びに行った海辺でサメに襲われる「ロスト・バケーション」とか、しかし、臨場感が半端じゃなく興奮しました。暫く観ていなかったアクションヒーロー、筋肉美のステイサムに2度惚れしてしまった。

海底の通路が開いて、太古の昔に絶滅したはずの巨大ザメ、メガロドンが人間に牙をむく!。。。そんなB級ノリの設定に基づく本作は、まさに正統派のサメ映画である。未知の海底に生存していたメガロドンが海洋研究施設、そしてビーチに襲来するのだ。

敏腕レスキュー・ダイバーのジョナスこと、ジェイソン・ステイサムは、この危機をどう立ち向かうのか。古生物学では16mとされるメガロドンだが、本作で登場するのは23メートル級のモンスター。タフガイのステイサムには相手にとって不足ナシってね。この超大型娯楽作は、ツッコミどころが多すぎるって。最初のメガロドンに遭遇したのが、海底探査船を襲撃され、深海で身動きがどれなくなった3人のクルーは、船を捨てて救命艇に乗り移ろうとするが、メガロドンの猛攻撃が続き一刻の猶予も許されない。

ここで、マシ・オカ扮する家族思いのクルーの決断(俺が餌食になるからと一人だけ残り、海底探査船の中で巨大メガロドンに襲われてしまう)は泣かせるが、序盤であっさりと退場してしまうのに茫然とする。

海の王様クジラも、MEGからしたら、ただの餌になってしまう。音響と浮輪で驚かせてくれた「ジョーズ」も良かったが、こちらは音響は海の中なので、CGの怪物モンスター級の巨大サメが襲って来るのだからして、ただひたすら恐ろしい。

上海から200キロ沖合に浮かぶ海洋研究施設。そこのオーナーが中国人であり、その娘にリー・ビンビンが扮しているのだ。中国人プロデューサーも参加しているので、ハリウッド映画ではなくて中国映画みたいですね。ヒロインが美人のリー・ビンビンで、問題があるとウェットスーツで飛び出す彼女は、その度にジョナスに助けられ、気づけばラブラブ、モード全開になっていたとはね。しかもお色気のシャワーシンは、ステイサムが筋肉美を魅せてくれますから。

サメを捕獲して一角千金を狙うボンクラの登場、そして案の定計画が破綻して被害が拡大するのは、サメ映画の定番。沖合での決闘、巨大ヘリも襲撃に遭う。今回は船だけじゃなくヘリを使っての沖合バトルが展開する。それを完膚なきまでに破壊するメガロドン。この強さは、もう笑うしかないのだ。

そして、クライマックスでは、平和なビーチが地獄絵図に。浮かれ気分の水着ギャルやマッチョ男で賑わうビーチを襲うのは「ジョーズ」以来のサメ映画の伝統芸。貸し切りボートで結婚式の最中のカップルや、巨大空気ボールの中を必死に逃げ惑う人などで、ビーチは悲鳴と鮮血の修羅場に変わってしまう。

最後はサメと真っ向勝負、それはあまりにも無茶だろうに、まさかのタイマン勝負になるとはね。主人公が知恵と勇気でサメに勝利するのがお約束とは言え、「シャークネード」の主人公のチェーンソーのように、強力な武器は必要不可欠ですから。それなのにジョナスは、普通の小型潜水艇に乗り込み、まさかのタイマン勝負という、まさに豪傑ですぞ。

スキューバ・ダイビング歴10年というから、小型潜水艇はメガロドンに壊されてしまい、外へ放り出されてしまう。ジョナスがメガロドンを捕まえて、海中を引きずりまわされるシーンとか、巨大なメガロドンの腹をナイフで切り裂いてゆくシーンには驚いた。それに、メガロドンの眼球目がけて小型の突き棒を刺すシーンも。腹が裂けて、小型のサメがウヨウヨと寄って来るシーンも怖かったです。

でも内容的には、恋愛映画の要素もあるし、深海に海中施設、海上にビーチと舞台をコロコロと変えるので落ち着きがなく、それに従ってスリルや緊張感も散漫になってしまっている。

多種多様な見せ場を繰り出してやろうという心意気は買いたいのですが、元妻がいるところで、子連れの美女とときめき合うステイサムまで放り込んでくるので、心は映画から離れていってしまうのだ。だから、脚本的にもちょっと欲張り過ぎな感じもあって、どっちつかずで中途半端な感じでもあった。

018年劇場鑑賞作品・・・174 アクション・アドベンチャーランキング

 

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SUNNY 強い気持ち・強い愛★★★

2018年09月06日 | アクション映画ーサ行

高校時代の親友たちとの再会を、懐かしの洋楽ヒット・ナンバーとともに描き、日本でも評判を呼んだ2011年の韓国映画「サニー 永遠の仲間たち」を、「モテキ」「バクマン。」の大根仁監督が90年代の日本を舞台にリメイクしたノスタルジック青春音楽映画。それぞれに悩み多き日々を送るかつての親友たちの再会と、輝いていた彼女たちの高校時代の青春の日々を、珠玉の90年代J-POPをバックに綴る。主演は篠原涼子と広瀬すず、共演に小池栄子、ともさかりえ、渡辺直美、板谷由夏、三浦春馬、リリー・フランキー。

あらすじ:コギャルブームが巻き起こった90年代に青春を謳歌していた女子高生6人の仲良しグループ“サニー”。それから20年以上の時が経ち、高校生の娘を持つ専業主婦となっていた元サニー・メンバーの奈美は、リーダーだった芹香と思いがけない再会を果たす。独身の彼女は、末期ガンで余命わずかと宣告されていた。震災で淡路島の田舎から東京の高校に転校し、不安でいっぱいだった奈美をサニーに迎えてくれたのが芹香だった。その芹香から“死ぬ前にもう一度みんなと会いたい”という最後の願いを託された奈美。ある事件をきっかけに音信不通となってしまったかつての仲間を再結集すべく、探偵も使ってみんなの消息を調べ始めるのだったが…。

<感想>やはり避けては通れないオリジナルの韓国版2011年「サニー 永遠の仲間たち」と比較してしまって、もの凄く感動したので、その期待には応えられなかったというのが残念でなりません。オリジナル版を観た時には、こういう日本の映画もあってもいいのに、と思っていたのだが、実現するともちろん国と時代が変われば彩られる楽曲も変わって来るのでね。

それでも、90年代のいわゆるコギャル世代に対しては、何の感慨もない私にすれば、小室哲哉音楽に彩られたあの時代には、空虚以外のなにものでもないと思ったのですが、主人公の奈美(篠原涼子/広瀬すず)の立場は少し違ったのが良かった。

彼女は阪神淡路大震災の被災者で、家も父親の職も失い、引っ越してきたのに、阪神大震災に触れていないのが残念でならない。オリジナルの韓国版では、民主化に向けて激動の時代が背景にあったが、リメイク版では当時の女子高生をめぐる閉じた文化であり、奈美をめぐる震災後の話も冒頭以外は殆ど出てこないのだ。

広瀬すずが頑張っていたことは認めますが、友達の危機にカバンを投げ出して息巻くところ(奥歯ガタガタしてやろか)ちょっと困っている感じではあった。そして藤井渉扮する三浦春馬に恋する初恋が、失恋に終わってしまうところとかも。

コギャルに関しては完全再現で、茶髪に超ミニ、ラルフローレンのセーターにルーズソックスで、ガングロ。普通に、テレクラ、リーマン狩り、ドラッグ、援助交際といった、コギャル=こういう悪さをしてる子たちみたいなステレオタイプからも逃げずに描いてるのだ。

結局サニーが選んだのは、小沢健二が筒美京平と組んで放った名曲「強い気持ち強い愛」であり、私にはさっぱり思い入れが無い曲なのでガッカリでした。オリジナルの「サニー」でもノリノリで良かったのにね。

それでも安室奈美恵の「SWEET19BLUES」とかTRFにglobe、水着のバトルシーンでは、PUFFYの「これが私の生きる道」が流れて懐かしい。

大人の女優さんたちでは、小池栄子と渡辺直美のさすがの芸達者ぶりが出ていて最高であり、おっぱいのことで、二人で罵声を浴びせ合う小競り合いが様になってた。この二人が暴れるもんだから、普通に振る舞う篠原涼子が活きてくるのよね。そして、久しぶりに観た心役のともさかりえでは、スナックの雇われママをしていて、アル中で見るも無残な女を見事に演じておりました。

あと、いい大人になった彼女たちが、ファミレスで今の女子高校生たちを見て、スマホをただ眺めているだけで静かでいいのだが、何を楽しみに生きてるんだろう、という目で見るシーンが、今昔の落差を思わせて面白かった。

それでも楽しく観られたので、キラキラしていた青春時代を懐かしむには十分であり、また、小室サウンドに身を委ね、「そうだったよねー」と懐かしみながら観ていたら、思いがけず胸に迫るシーンもありますから。

ラストでは、みんなで遺影の前で踊る姿が楽しそうであり、新旧メンバー・キャストがごちゃまぜになってのダンス場面が最大の見どころでした。昔のサニーのメンバーを探してくれた探偵には、リリー・フランキーさんが演じてくれました。

また、オリジナルでも感じたのですが、結局"お金"が解決策なのかというのが、本作でも同じだったのが、「この世は金次第でどうにでもなる」ってことか。ラストでちらっと顔を見せた、奈々役の池田エライザが綺麗でしたね。

018年劇場鑑賞作品・・・173 アクション・アドベンチャーランキング

 

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グッバイ・ゴダール!★★

2018年09月05日 | アクション映画ーカ行

世界的映画監督ジャン=リュック・ゴダールの「中国女」のヒロインに抜擢され、彼の2人目の妻となったアンヌ・ヴィアゼムスキーの自伝的小説『それからの彼女』を「アーティスト」「あの日の声を探して」のミシェル・アザナヴィシウス監督が映画化した伝記コメディ。出演はゴダール役に「ドリーマーズ」「恋人たちの失われた革命」のルイ・ガレル、アンヌ役に「ニンフォマニアック」のステイシー・マーティン。

あらすじ:1968年、パリ。世界中から注目される気鋭の映画監督ジャン=リュック・ゴダールと恋に落ち、彼の新作「中国女」のヒロインに大抜擢された哲学科の学生アンヌ。刺激的な映画制作の現場を体験し、やがてゴダールのプロポーズを受け結婚した。メディアに追いかけられながらも甘い新婚生活に幸せを感じるアンヌ。しかし折しも街では革命の機運が高まっていた。ゴダールも映画よりも社会運動に傾倒していき、そんな彼に戸惑いを隠せないアンヌだったが…。

<感想>フランスの映画監督、ジャン=リュック・ゴダール作品というと、「勝手にしやがれ」や「気狂いピエロ」、それに「中国の女」は観ていないが、1968年の五月革命に揺れるパリを背景に、二人目の妻の19歳のアンヌが手記した天才監督の私生活を赤裸々に描いている。

妻が若いとそれに合わせるがごとくの私生活姿が映し出される。女優でもあるから、家事などはしない妻に対しても文句ひとつ言わずに、いつもゴロゴロと一緒にいる。外食をしたり、宅配もののヤキソバを、箸を器用に使いながら食べる2人を見せられ、だから食事シーンが印象的に映る。

若い恋人のアンヌと、裸でフランスパンをかじる朝食なんてお洒落だなんて思ったが、スッポンポンの2人を見せられ幻滅してしまう。色気なんて感じない。その他にも、豪快に手づかみで骨付き肉をぱくつく姿もあり、ナイフとフォークを使いまずそうに食べる食事風景もある。

彼女が他の監督の仕事をすると聞くと、その撮影場所へ邪魔をするようにわざと押しかけて行く。若い妻を愛するゆえの嫉妬からかも。そして、結局はその撮影場所で喧嘩が始まるのだった。

実際の生活は事実とフィクションを織り交ぜて描かれているも、観ている観客はきっとそうであったろうと納得がいくのだ。年の離れた夫が、若い学生妻を誰にも渡したくないという感情の表れかな。

ゴダールの信奏者ではないが、その彼の映画の才能は認めている。好きな作品もあれば苦手な作品も中にはある。そういう者から観ても、この映画は何だかイビツに感じてならない。

2人目の妻となったアンヌ・ヴィアゼムスキーから見た私生活の彼。その我儘ぶりを作り手は強調しているように見えるが、どこか神格化しているゴダールをまるで地面に叩きつけているような感じもするのだ。

自伝的小説『それからの彼女』は未読だが、対象者への畏敬の念とか愛が感じられなくて、まぁそれもありだと思いつつも、ゴダールの迷走ぶりがパリで起こった反体制運動、いわゆる“5月革命”に影響されていて、さらにめちゃくちゃになって行く様子が伺われる。

2015年公開の「さらば、愛の言葉よ」をDVDで観てみようと思う。今年87歳のゴダール監督、これからの作品に懸けて、未だ現役とばかりに活躍することを願う。

018年劇場鑑賞作品・・・172 アクション・アドベンチャーランキング

 

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アントマン&ワスプ★★★★

2018年09月04日 | アクション映画ーア行

マーベルの人気キャラクターにして異色の“最小”ヒーロー、アントマンの活躍を描くアクション・アドベンチャー大作のシリーズ第2弾。アントマンの前に、アントマンスーツの開発者ピム博士の研究所を狙う謎の美女“ゴースト”が現われ、アントマンは完璧すぎるヒロイン“ワスプ”とともに世界を守るための戦いに身を投じていく。主演はポール・ラッド、共演にマイケル・ダグラス、エヴァンジェリン・リリー、マイケル・ペーニャ、ミシェル・ファイファー。監督は引き続きペイトン・リード。

あらすじ:バツイチで無職、愛娘のキャシーにもなかなか会えない運に見放された冴えない男スコット。ピム博士が開発した特殊スーツを身にまとうことで、身長1.5cmのヒーロー“アントマン”として活躍するも、ある事件のせいでFBIの監視下に置かれるハメに。そんな中、ピム博士から新たな任務が与えられる。アントマンの秘密が詰まった博士の研究所が、あらゆるものをすり抜ける謎の美女“ゴースト”などに狙われているというのだ。博士の娘で自らも最小最強のヒロイン“ワスプ”となって戦うホープと力を合わせ、研究所を守るべく危険な敵に立ち向かっていくアントマンだったが…。

<感想>「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」の衝撃がいまだに消えていないので、アントマンの本作を待っていました。2年前に勝手に「シビルウォー/キャプテン・アメリカ」に参加したスコットがFBIに逮捕され、司法取引の結果、FBIの監視つきで自宅軟禁生活を送っていた。そこにピム博士とホープのために、消えた妻ジャネットの母親探しを手伝わなくてはいけない任務が。スコットは自宅軟禁中のため、外出したらFBIにすぐ連絡がいくように足に追跡装置をつけて生活しているんですね。

その一方で、拡大・縮小スーツを開発したピム博士は、スーパーパワーの無許可所持利用のかどでお尋ね者となっていたわけ。しかし、博士は娘のホープと共に潜伏しつつ、30年間に極小の別次元「量子世界」へと消えた妻のジャネットを取り戻すための、量子トンネルを開発していたのですね。

あと3日で軟禁生活から解放されるスコットも、罪悪感から彼らに協力することになる。ですが、そこへピム博士の量子技術を横取りする悪いギャングのソニー・バーチが、さらには、同じく横取りを狙って忽然と現れた謎のヴィラン「ゴースト」が、さらにはFBIから追われることに。

三方から敵に狙われる中、果たして彼らは無事母親のジャネットを生還させることが出来るのでしょうか?・・・。

舞台となる西海岸の小さな町の風景や、坂道が多いサンフランシスコでの車とのカーチェイス、アントマンたちは車の下をくぐったり、サイズを様々に変えての活躍は、とてもユーモラスでした。

そして、サンフランシスコの港にスコットが超巨大化して20mをも超す巨人となって現れるなど、SF的な現実離れした設定はあれど、映画の中身はぎゅっと詰まって面白かった。

今回の悪党のバーチにしかり、物質をすり抜ける凶暴な敵ゴーストにも同情せざるを得ない身の上話があるのでした。

前作に続いてスコットと愛娘のキャッシー、スコットの元妻マギーとその現夫らが、理想どおりではなくても充分温かさに満ちた家族愛を見せてくれる。それに、こうした家族の繋がりはなくても、スコットの友人ルイス、カート、デイヴの仲良しコンビや、ヴィランのゴーストとピム博士の友人のなど、形は違えど純粋に相手を思いやる絆が、さまざまな姿で描かれていく。

もちろん目玉は、スコットのスリリングな拡大・縮小能力を使いこなしてのアクションであり、全てのシーンに奇抜なアイデアがてんこ盛り状態でワクワクの連続が止まりません。機知で難所をすり抜けるアントマンと、冷静にして大胆な活躍を見せる女性ヒーロー「ワスプ」となったホープとの、ペアによる戦闘場面は見事なくらいにスカットしますからね。

時には対立しながらも敵に立ち向かうアントマンとワスプ。実は惹かれ合っている2人の絶妙なコンビネーションとバディ感は今作ならでは。彼らが大きくなったり小さくなったりするだけではなく、あらゆる物のサイズを自在に操るトリッキーなアクションに加えて、スコットの悪友たちが織りなすユーモラスなドタバタ劇もあります。悪いやつらに捕まって、自白剤飲まされたりして、これ笑えます。

ラストのゴーストとの戦闘シーンでは、「拡大・縮小」と物質(車や建物)をすり抜ける能力がぶつかり合い、ピム粒子の研究の格段の進歩によって、ミニカーを巨大化して人間が乗れるサイズにしたり、研究所のビルを小さくしてキャリーケースのようにして持ち運ぶことが出来るとは。今までに、観たことのないアクションが展開されますから。

主人公アントマンのポール・ラッドに、2代目ワスプとして本格的始動するホープのエヴァンジェリン・リリー、初代ワスプのジャネットにはミシェル・ファイファーが、未だに量子の世界で生きていると思われる。そして、父親ピム博士のマイケル・ダグラスの、爺様らしからぬ若さに惚れ惚れしますから。

それに、ピム博士の同僚だった優秀な科学者のビル・フォスターに、ローレンス・フィッシュバーンが、物体をすり抜ける「ゴースト」のハンナ・ジョン・カメンを、娘のように可愛がり助けて上げようとする。

で、今回アントマンが戦わなければいけない敵が、ハンナ・ジョン・カメン演じる「ゴースト」という敵。博士がビルという旧友をクビにしたことで、助けられなくなった少女がその正体だったわけです。

2人が奪われた素材とラボを「ゴースト」から奪還し、ピム博士がいざ量子トンネルを解放したけどうまくいかない。困惑するピム博士でしたが、いつの間にかスコットがPCをたたきいじり回す姿が、何とスコットの中身は母親のジャネットではないか。

そして、ピム博士がトンネルをくぐって量子の世界へと、妻を迎えにいくのですが、そこにはまるで未知の宇宙でありクマムシがたくさんいるし、でも、妻と無事再会できるのですからね。行きはヨイヨイで、帰りが大変なんですよ。

夫婦が乗った宇宙船が、量子、粒子、元素の世界とくぐって、現在の世界へと戻って来るのには、現在の世界には、敵がその未知なるラボを奪還すべくの戦いが勃発してました。アントマンとワスプが協力して、何とか無事にラボを手に入れて研究所を大きくしてと、トンネルから両親が無事に生還するという感激シーンもあります。

ラストでは、またもやアントマンがトンネルをくぐって、未知なる世界・量子の世界へと旅立ちますが、それは「ゴースト」を元の身体に戻すための物質を手に入れるためだったのですよ。でもね、帰ってこれるのかが心配です。

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バトル・オブ・ザ・セクシーズ★★★・5

2018年09月02日 | アクション映画ーハ行

1973年に世界が注目した女子テニスの現役世界チャンピオンのビリー・ジーン・キングと、元男子チャンピオンのボビー・リッグスによる性別を超えた世紀の一戦の知られざる舞台裏を、「ラ・ラ・ランド」のエマ・ストーンと「フォックスキャッチャー」のスティーヴ・カレルの共演で映画化した実話ドラマ。監督は「リトル・ミス・サンシャイン」「ルビー・スパークス」のヴァレリー・ファリス&ジョナサン・デイトン。

あらすじ:全米女子テニス・チャンピオンのビリー・ジーン・キングは、女子の優勝賞金が男子の1/8であることに反発し、仲間たちともに“女子テニス協会”を立ち上げる。世の中でも男女平等の機運が高まる中、幾多の困難を乗り越え、女子だけの大会の開催にこぎつけるビリー・ジーン。そこへ55歳の元世界王者ボビー・リッグスが対戦を申し込んでくる。男性至上主義を恥じることなく、女子選手を小馬鹿にするボビーは、ビリー・ジーンとの対決で再び脚光を浴びようと目論んでいた。そんなボビーの挑発に、一度は対戦を拒否するビリー・ジーンだったが…。

<感想>時代はウーマンリブが産声をあげた60年代後半から、70年代前半を舞台に、テニス界で起こった象徴的な事件を描いている本作。男女平等はもちろんだが、そこにゲイ・レズビアンを含む幅広い多様性への期待を盛り込んでいることも見逃せません。

当時はまだ女子テニスは日本では、メジャーなスポーツではなかったはずで、ビリー・ジーン・キング夫人の名前を知ったのがこの映画である。まさか、映画の中で描かれたキング夫人とボビー・リッグスとの対戦があったこともです。

ですが、三拍子そろった映画であることには変わり有りません。男性至上主義の元テニス選手と、女子テニスのチャンピオンの男女対決という実話。特に、エマ・ストーンらの俳優陣の役作り。冴えない髪型にほぼスッピンで洒落っ気のないメガネ。テニスウェアを着ても若い女性プレイヤーらしく華やかさはなく、性別も年齢も不詳な感じが悪いのだ。

もっと面白くなってもいい作品なのですが、ビリー・ジーンが夫を持ちつつ、ツアーを重ねる中で、同性とのランデヴーを楽しむ恋愛模様は、女性解放運動とそのイデオロギーが、スポーツ選手の私生活に与えた影響としては新鮮に映りました。レズの相手の美容師の女の子が可愛らしくて良かった。

なんでトッププレイヤーがそんな滑稽とも思える試合をしたのか、今回はこの映画を観てその背景やら、結果としてそのことによって興行としての女子テニスが盛り上がるきっかけとなったと知り、いささか驚きました。

ボビー・リッグスなど女性プレイヤーたちを見下したり、その要求を拒絶する業界幹部の男性たちは、現在の視点からみればへんくつな悪役にすぎないが、当時にしたらむしろそれが当たり前で、常識的な立場だったとも言える。

男性と同じ労働や条件で、性的な平等を求めるリブの声は、同性である女性たちからもあざ笑われることが珍しくなかった。

ビリー・ジーン・キングが男性との異性間マッチを受けて立つ心持も、冷めた視点から引いてみたら、それは滑稽にも映るような試みかもしれないが、彼女の中にも「会心の一撃」をもたらすことだと想像する。

これまで男性優位な社会において、さんざん理不尽な差別や侮辱にさらされてきた一人の女性として、この一見は、見世物小屋のようなショーの誘いをうけることも、避けては通れなかったのだろう。

それが結果として自分たちにマイナスをもたらすことになったとしても、やらずにはおれなかったと思う。だから彼女は必死に戦った。そのおかげで、女性プレーヤーたちの可能性も広がり、女性の運動の背中を押すことともなったからなのだ。

ですが、本作でのビリー・ジーンの同性愛関係についての描き方は、物足りなかったはずです。多分ビリー・ジーン自身もこの時点では、同性愛に肯定的だったとは想像しにくい。何故ならアメリカでは同性愛は、この試合の4年前にやっとストーンウォール事件(ゲイバーを襲撃した警察に対して、女装のゲイらが抵抗をし、暴動にまで発展したこと)で、表沙汰になったばかり。

現在のようなLGBTの運動の規模とは、レベルの異なる小さなカウンターパワーにすぎなかったのだから。また、レズビアンであることは、まだ大方の当事者にとっても恥ずかしいし、受け入れがたい属性だったはずです。事実、彼女の男性と結婚をしていて、「夫人」となっていて、カミングアウトをするのも離婚後だったというから。

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REVENGE リベンジ★★★

2018年09月01日 | アクション映画ーラ行

本作が長編デビューとなるフランスの新鋭女性監督コラリー・ファルジャが、「ザ・リング/リバース」のマチルダ・ルッツ扮するヒロインが繰り広げる男たちへの壮絶な復讐劇を描いたバイオレンス・アクション。

あらすじ:美しい女性ジェニファーは不倫相手のリチャードに誘われ、砂漠地帯にある彼の別荘にやって来る。2人だけのはずが、そこにリチャードの狩猟仲間スタンとディミトリも現われる。やがて男たちはジェニファーをレイプした挙句、口封じのために崖から突き落とす。瀕死の重傷を負いながらも執念で復活したジェニファーは、男たちへの怒りの復讐を開始する。

<感想>ヒロインのリベンジを血みどろの残虐描写と、スタイリッシュな画面構成で描いている作品って、「アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ」や「サベージ・キラー 」など、数多くありますが、これも飛んでもなくあり得ないくらいに強い女性が、男に復讐をしていくお話である。それも砂漠地帯で、騙されたといえばそうだが、女も悪いのだ。普通だったら、DVDスルーのはずなのにね。劇場で公開されるのって珍しいので鑑賞した。

金持ち男の誘いに乗って、ヘリで行く砂漠地帯の辺ぴ場所に豪邸がある。そこへ連れて行かれて、優雅に過ごすはずが、その男の友達2人と待ち合わせをしてたらしく、早くに到着してあっと言う間に、その2人の男の一人の餌食になってしまう。

もちろん、連れてきた男に怒りをぶっつける女だが、どうみても不利な状態の女。そして、別荘の持ち主の男に邪魔な女として崖から突き落とされてしまう。女は崖下で、枯れ木に串刺し状態で刺さって瀕死の状態。

普通だったら、これでこの女は終わりと思うが、それともそこへ誰かが助けに来てくれて応急手当をしてくれるかでないと助からないはず。ところが、男たちも崖下を見て、まだ生きているみたいなのでトドメを刺すために崖下へと急行する。

その間に、女が目覚めてその串刺し状態から自分の力で抜け出すのである。これはちょっと無理のある行動で、彼女がいくら柔軟体操選手でも、反り返った身体に木を刺さっている状態から、地面にある枝木に火を付けて燃やし、刺さった木から脱出することなんて神業としか言えない。持っていた麻薬を舐めて、体を麻痺させて痛みをこらえる女。そして、唸り声しかセリフがない女になってしまう。そりゃそうだろうにと(苦笑)

まぁ、それをここで言っても、作品の核となる復讐の女なのだから、どんなに理屈が合わなくても生きて男たちに復讐をするという設定になっている。

かなり出血もあるのに、そこから逃げおうせた女は、男たちの追ってから逃れて、まず傷口の手当をするのだが、まだ麻薬の効き目があってか、レイプした男を殺して、その男の持ち物の中から飲み物や猟銃をゲットする。

その時、まだ女の腹には木が付き刺さったままで痛々しい。まずは飲み物を飲んで、その空き缶をナイフで切り開き、それを火であぶって消毒をして腹の傷跡に張り付けるという、かなりエグイ衝撃の治療法でした。火傷の後に、空き缶に付いていたコンドルのマークが皮膚にきっくりと後が残って痛々しい限り。

そこからが、男2人に対しての復讐劇であり、男たちも素晴らしい猟銃を持っていて、どうみても女一人では敵いっこないのに、それでもあんなに重傷を負った女が、裸足で逃げて素晴らしい活躍をするとは思えないのだが。

確かに砂漠に建つ豪邸にはプールがあり、白い豪邸にピンク色の窓枠、それに青いプールの水の色と、かなり景観が最高なのだ。ですが、そこにはヘリで行くのだが、持ち主はヘリの操縦はできない。だから、ヘリサービスへ迎えに来るのを待つしかないのだ。車はあるが、その砂漠地帯から、街までの距離は女には全然解ってない。自分が助かっても、ヘリを呼ばなければ自分はここから助からないと思うのだが、それが面白いラストで、女と持ち主の男リチャードとの対決が豪邸で始まるのだ。

こんなことは、絶対に在り得ないことなのに、女もよくぞ生きていてくれたとばかりに復讐の鬼となって、男に歯向かうのだが、広い豪邸の中を猟銃をぶっ放しながら走り回る2人。女もかなり銃の扱いが巧いときてるし、リチャードの腹を撃ってしまう。

大量の出血が床に広がり、走る2人にはヌルヌルと滑りまくるのだ。それでも、どちらかが死なない限り決着はつかない。リチャードがヘリの迎えを電話で頼むのを機に、女が逆転ホームランの銃撃で倒してしまうのがスカット爽やかであった。そこへヘリの迎えの音が響いて、プールサイドで空を見上げる女の顔が眩しそうに映るのもいい。

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