パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

国際市場で逢いましょう ★★★

2015年07月30日 | アクション映画ーカ行
『TSUNAMI-ツナミ-』などのユン・ジェギュン監督がメガホンを取り、『傷だらけのふたり』などのファン・ジョンミンを主演に迎えた感動の家族史。朝鮮戦争や軍事政権、ベトナム戦争など動乱の時代を家族のためにささげた一人の男の足跡を活写する。主人公の妻を『ハーモニー 心をつなぐ歌』などのキム・ユンジンが演じ、『パパロッティ』などのオ・ダルスらベテランが脇を固める。時代の波に翻弄(ほんろう)されながらも、たくましく生きる人々の姿に泣き笑いする。
あらすじ:朝鮮戦争中、父親と末の妹と生き別れたドクス(ファン・ジョンミン)は、母親と2人のきょうだいと一緒に避難民として釜山で暮らすことに。まだ幼いながらも家長として家族を守ることを心に誓った彼は、自分のことは後回しにしていつも必死に働いてきた。その後、西ドイツの炭鉱で働き、ベトナム戦争に従軍するなど、ドクスは何度も命の危険にさらされる。

<感想>朝鮮戦争から30年間にわたる激動の時代を、家族のために必死に生きてきた一人の男の姿を通して描き出す感動の大河ドラマである。釜山の繁華街、国際市場で小さな店を営む老主人のドクスが、自分の波乱に満ちた人生を回想する。1950年、朝鮮戦争の戦火を逃れて、故郷を脱出した少年のドクスは、混乱の中父と妹とはぐれてしまう。

母と幼い弟妹と共に釜山に辿り着いたドクスは、叔母の店に身を寄せて、靴磨きをしながら家計を助ける。「家族を守れ」という父の最後の言葉を胸に刻んで。
1963年青年になったドクスは、肉体労働をしながら懸命に家族を支えていた。ドウル大学に合格した弟の学費を工面するために、親友のダルグと西ドイツに鉱員として出稼ぎに行く。そこで、彼は看護師の卵であるヨンジャ(ユンジン)と出会う。ドイツの鉱山での落盤での死との瀬戸際が描かれるも、あの世に行く前に息を吹き返すドクス。

やがてヨンジャと結婚したドクスだったが、それは出来ちゃった結婚であり、その後も様々な困難が彼らの前に立ちはだかる。家族を守りたい一心で、それらを必至で乗り越えてきたドクス、そして、あの日から30年が経った1983年、信じられない奇跡がドクスに訪れる。生き別れになった妹がアメリカへ里子に出されており、奇跡の再会を果たすのだ。
ラストで、母親が亡くなり、父親の幽霊が出てきて、ドクスが父親に涙ながらに今までの苦労を話すシーンには、涙が止まらなかった。原題は「父への賛歌」
朝鮮戦争の以後を描くこの映画は、韓国の人たちにとって本当に特別な映画だろうと思います。もちろん、他の人たちにも訴えかける普遍的な物語でもあります。

第二次世界大戦後の日本にも、無数のドクスと同じ過酷な運命と生涯を送った人たちがいた筈です。映画自体は「このシーンはこういうことが起こるであろう」とか、「このシーンはこういう風に撮るだろう」とすべて予想したとおりに進んでいく王道の展開なっている。
ですがこの場合、そのベタさが正解なのだと思います。国民的映画として記憶の共有と継承を促す使命を、おのずと帯びている映画なのだから。
韓国の歴史と、家族の歩を重ね描いた作品ですが、甘くて郷愁バンバンなものにしていないのがいい。題材として取り上げられる時代のエピック群は、ことごとくエモーショナルで、ヘビネスでエキサイティングである。
そんなわけで、主要キャラや脇キャラのみならず、ボブキャラまで哀しみまくるのだが、その涙もとことんしょっぱくて苦いようだ。正直そんなノリに戸惑うところもあるし、ふいにアクション調になったり情緒的にして盛り込みすぎるところもある。
スケールは雄大で、映像は美しく、我が国よりさらに過酷な戦後の歴史を生き抜いてきた隣国の、同世代人の生涯が心を打つのだ。それでも、残念なのは、韓国の現代史が背景にあるにもかかわらず、政治的な状況とそれと、主人公との関わりがほとんど描かれていないことだ。そこが描かれていれば、更に骨太な大作になっていただろうにと思った。
2015年劇場鑑賞作品・・・153映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング

シグナル ★★★★

2015年07月29日 | アクション映画ーサ行
『地球、最後の男』のウィリアム・ユーバンクが監督を務めたSFスリラー。何かに感染したという理由で政府の研究施設に監禁された若者たちの不安と恐怖、やがて彼らの肉体に起こる異変を描く。『ガンズ&ゴールド』などのブレントン・スウェイツ、『マトリックス』シリーズなどのローレンス・フィッシュバーンらが顔をそろえる。謎が謎を呼ぶ先の全く読めない展開に加え、鮮烈なビジュアルの数々にも目を奪われる。

あらすじ:マサチューセッツ工科大学で学ぶニック(ブレントン・スウェイツ)とジョナス(ボー・ナップ)は、校内のパソコンをハッキングするノーマッドを名乗るハッカーの正体と居場所を探ることに。彼らはニックの恋人ヘイリー(オリヴィア・クック)も連れ、ノーマッドがいると思われるネバダへ向かう。米国の南西部を移動中に、ジョナスがGPSを駆使して正確な居場所を割り出すが、つまり、挑発的な謎のハッカー“ノーマッド”のシグナルを突き止めたところ、そこで何者かにさらわれてしまう。政府の隔離施設で目覚めたニックは、自分が「何かに感染したために」政府の研究施設に隔離されことを、施設研究員の男(ローレンス・フィッシュバーン)に教えてもらうが……。

<感想>知らないうちに異様なパワーを身に付けてしまった大学生たちの窮地を描いているのですが、謎めいた研究施設の中で、主人公のニックの気持ちと共感していく。隔離施設に対する不安と疑惑、そして自分たちが地球外生物に接触したことで“感染”という言葉に気持ちが揺らぐ。
米国の都市伝説として根強く囁かれる宇宙人によるアダプト(改造手術)を題材にした新感覚のサスペンスです。拉致されたニックの不自由だった足が、切断されていて機械の義足がつけられていた。その足で走ると俊敏な速さで走ることができるとは。

それに、PCが得意なジョナスは、両手が機械義手になっており、これでは得意のPCをたたくことが出来ずイライラ。だが、その手で地面を叩くと土煙を出しながら地面が崩れ落ちるパワーを身に付ける。

ひとつのアイデアを発展させたSF映画で、出だしは上手いのでこれはもしかして、超人兵器創造作戦なのかと思ってしまった。例えば「キャプテンアメリカ」とか「ロボコップ」みたいな、しかし、監督のウィリアム・ユーバンクは1982年生まれというから、世代的にどんなものを見て来たのか、物語の発想が古い気がしました。そこにシャラマンやノーランをスパイスしたもので、新しくはなかった。でも、こういうのって嫌いではありません。
侵略がテーマということになるが、それにしてもちょっと物足りなさを感じるのは低予算映画の限界なのかも。オハイオ州の原野風景の中に異空間を拡げるデジタル特撮など、視覚的に楽しい場面もあるがもうひと工夫が欲しかった。

知っている俳優さんは、『マトリックス』シリーズなどのローレンス・フィッシュバーン(ラストで分かるのだが、まるでA.Iのようだ)だけということからも、トリックが待っていそうな気配がプンプンと匂ってくる。

不可解なやり取りも、クライマックスのラストでの種明かしで「なるほど」と、辻褄が合うものの誰にも予測できない驚愕の結末が待ち受けているのに驚いた。この終盤の突き抜けたアホさが唯一面白いのだが、中途半端で何をしたいのか解らない。真相が解き明かされて、UFOがクラゲ型でスケルトンなのがお気に入りです。
あまり知られていない個性的な俳優をキャスティングして、ヒネリの効いた物語と映像センスで魅了させるSFスリラーの佳作ですね。
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群盗 ★★★★

2015年07月27日 | アクション映画ーカ行
『テロ,ライブ』『ベルリンファイル』などのハ・ジョンウと『デュエリスト』『超能力者』などのカン・ドンウォンが共演を果たしたアクション。朝鮮王朝末期を舞台に、屠畜(とちく)人から、民衆を解き放つ義賊となった男の活躍を追い掛ける。メガホンを取るのは、『悪いやつら』などのユン・ジョンビン。『ファイ 悪魔に育てられた少年』などのイ・ギョンヨン、『さまよう刃』などのイ・ソンミンらが共演。壮大でドラマチックな物語に加え。包丁を用いた奇抜かつ壮絶な立ち回りに引き込まれる。
あらすじ:1862年、王朝末期の朝鮮。人々は悪徳官僚や貴族の支配下に置かれ、自由を奪われた上に貧しい生活を強いられていた。極貧に苦しむも圧政に従って生きる屠畜(とちく)人のを殺すように(ハ・ジョンウ)は、貧しいながらも母親と妹の3人で平穏に暮らしていた。

だが、大富豪チョ家の長男で、人並み外れた剣の腕を持つ武官ユン(カン・ドンウォン)と出会い、ある仕事を依頼される。だが、ユンに依頼された仕事に失敗したため家族を殺されてしまい、家を焼かれてその焼け跡から重症を負いながらも助かったトルムチは、死刑を宣告される。
絶望のふちに立たされる中、それを救ってくれたのが、義賊の一団だった。盗賊団に助けられた彼はトチと名前を変え、復讐に燃えた彼は、仕事道具だった包丁を武器にして、修行を積み義賊の一員となる。そこから、ユンと義賊たちの激しい戦いが何度も繰り返されていく。トチは、圧政を打ち砕く義賊として活躍するようになり……。

<感想>1860年代朝鮮の義賊と悪徳官史の戦いを描くアクション時代劇である。野盗軍団の圧政への戦いを描くこの映画は、時にはかつてのマカロニ・ウェスタン調でもあり、西部劇に似た場面もあるが、茶系色のしぶく抑えた色調が、砂埃の中から夕陽に向かって馬を蹴る群盗たちの情景に味わいを与えているのがいい。

圧政者は白装束(喪中の着物)を際だたせた剣裁きの鮮やかな、イケメンのカン・ドンウォンであり、貧困にあえぐ庶民を踏みにじる悪らつな貴族を演じているのだ。悪役キャラなのに目だっていて画面を引き立てているのが憎い。今作では、何故か悪役だが、生まれが遊郭の女が母親で、生まれたのが男の子のユン。大富豪チョ家の跡取りとして男の子が生まれなかったために、幼いころから一変して、妓生の子というハンディを背負いながらも大富豪の長男として迎え入れられる。「超能力者にも出演していましたよね。

ですが、本妻が夫にまたがって妊娠し男の子を産み落とす。そこからユンの人生は天国と地獄の境い目で、運よく弟が病死をして死んでしまった。ですが、その弟の嫁が妊娠をしており、ユンがその身籠った嫁を殺すようにと殺し屋トルムチに依頼する。だが、トルムチは、身籠った嫁の前で義賊たちに囲まれ、逃げてしまう。
山奥の谷間に住む義賊に助けられ、そこで男の子を産むも嫁は亡くなってしまう。

その後継ぎの赤ん坊を育てる、弓の名人の女の活躍ぶりも必見です。秘密の秘境にユンが兵隊を引き連れて押し寄せるシーン、20人以上の盗賊を一人で斬りまくる圧巻の剣裁きにお見事というしかない。

それでも、義賊たちには、生臭坊主のテンチュに、イ・ギョソンが、怪力戦士のチョンボには、マ・ドンソク他、ブサイクで小汚いがカッコいい彼らのキャスティンにもあっ晴れといいたい。

アクションシーンのカット割りの多さに、始めはどうなることやらと思ったのだが、見せ場はきっちりと見せてくれるのでいいとする。しかし、これはどうみても美男子カン・ドンウォンの映画だろう。美貌も流れるような殺陣も、華やかな女優がいないので、それを補っているような余りある鮮烈なる美しさにうっとりするしかない。
対する屠畜人のハ・ジョンウは、老け役でなんか坊主頭で、『テロ、ライブの眼鏡のキャスター役がイケメンに映っていたのに、しかし、今回は、義に厚くピュアすぎるところがたまにキズである義賊の役にぴったりで、さすが役者ですよね。。

クライマックでの対決では、カン・ドンウォンは弟の赤子を抱いてのハンディを負わされての戦いなのだ。彼を追う義賊のトチのハ・ジョンウとの、竹林の対決は、華麗な剣裁きで竹林を切り落とすカン・ドンウォンの見事な剣さばきに、ハ・ジョンウの肉切り包丁の二刀流との戦いは、まるで「グリーン・デスティニー」のような美しさと華麗さで、カン・ドンウォンのハンディが、圧倒的な悲哀を醸し出すラストにもカン・ドンウォンの憐れな最後に感無量であった。

さすがに、いいアクション映画の絶対条件には、悪役が魅力的なこと。華麗な剣裁きに身のこなしといい、文句のつけようがない悪役のカン・ドンウォンに魅了されました。
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靴職人と魔法のミシン ★★★★

2015年07月26日 | アクション映画ーカ行
俳優としても活躍し、『扉をたたく人』などの監督を務めたトム・マッカーシーによるヒューマンコメディー。さえない靴職人が、他人に変身できる魔法のミシンを手に入れたことで人生の喜びを見いだしていく姿を、行方をくらました父親とのストーリーも盛り込んで描く。恋も冒険も諦めていた孤独な中年男の主人公を、人気コメディアンのアダム・サンドラーが好演。共演にはオスカー俳優ダスティン・ホフマン、『ゴーストワールド』などのスティーヴ・ブシェミらが顔をそろえる。
あらすじ:ニューヨークの下町にある小さな靴修理店で働く中年男マックス(アダム・サンドラー)は、老母と生活しながら特に何の変化もない毎日を送っていた。ある日、愛用のミシンが壊れてしまい先祖より代々伝わる旧式ミシンで直した靴を試し履きしたところ、何と靴の持ち主に変身する。魔法のミシンによって他人の人生を体験できる楽しさに夢中になった彼は親孝行を思い立つが、予期せぬトラブルが生じ……。

<感想>トム・マッカーシー監督の「扉をたたく人」が大好きである。こうしたユーモラスで新感覚のニューヨーク映画を撮るとは嬉しい驚きですね。ニューヨークで、靴の修理店を営む男、アダム・サンドラーが、下ネタのおバカなコメディ作品よりも断然良かった。

彼の店は、先祖伝来から営業している靴屋で、今はどうみても儲かっているとはいえない。隣の理髪店のオヤジにスティーヴ・ブシェミが演じて、お隣さんでマックスが小さいころから知っている親みたいな存在でもある。幼い時に、父親が突然家を出てしまいそれっきり帰って来ない。いやはや、このお隣さんがまさかの父親とは、ラストに明かされるのだが魔法にでもかかったみたいだ。
母親は寝たきり老人のようで、家からは一歩も出ないようだ。だからと言うわけでもないが、マックスは結婚もしていないし、母親の世話をして、どうやら毎日の暮らしでせいっぱいのようにも見受けられる。
そこへ黒人のいかついギャングらしき客が靴を磨けと命令し、靴の底の張り替えを頼んでいく。その靴は、黒のクロコダイル皮で高級品のようだ。夕方6時には取りに来るといい、マックスは仕方なく優先でその靴を修理にかかる。ところが、靴の底を縫い始めるとミシンが壊れてしまう。

地下室にある先祖伝来の旧式ミシンで仕上げたその靴、つい高級品ということもあってか、自分の足のサイズと同じなので物珍しさに履いてみる。すると、その靴の持ち主の黒人ギャングに変身してしまうではないか。鏡でその姿を写して、よせばいいのに、オカマの依頼の赤いハイヒールも旧式ミシンで直し履いてみる。オカマちゃんに化けたアダム・サンドラーも楽しいですね。それに、地下室にあるいろんな靴も履いてみると、その持ち主に変身することを発見するのだ。

悪戯心でその靴を履いて変身して、刺激的な日々を満喫するうちに、事件に巻き込まれてしまう。そのことを隣の理髪店のオヤジが目撃していて、心配をしているのが判る。これは何か秘密があるのでは?・・・と思ってしまった。それでも、その秘密は暫く明かされなく、マックスが一人で、母親の願いを聞いて、父親の靴を履き父親に変身して、家で待っている母親の前に現れるのだ。母親は、グリーンのワンピースを着てそれは綺麗で、ダンスを踊る母を見て親孝行をしたねと。そう思っていたら、次の朝に母親は亡くなってしまった。
奇抜なアイデアで始まるわりには、物語は意外と広がりを見せず、中盤たるむのが残念です。でも、靴というアイデアから、ニューヨークの生活感や空気感、ローカルなぬくもりを体感させてくれる魅力がここにはあります。

ここはまずいのではと思ったのが、ギャングの靴を履いて黒人に成りすまし、それがバレテしまう。そこで、赤いヒールを履いてオカマに変身して、殺されそうになったので、赤いヒールでそのギャングを殺してしまうのだ。高いヒールは殺傷能力があり、殺すには十分の武器にもなった。後で判るのですが、父親が生きており、マックスの跡を付けていき、息子の後始末をしてやるという親心というか、頭の切れる父親に感心しました。

チャーリー・カウフマン監督の脳内ニューヨークを柔軟剤にして、優しく丁寧に洗い上げたような映画である。だから、ほっこりとして安心して見られます。
まるでチャーリー・カウフマン脚本の「マルコヴッチの穴」みたいなアイデアがちゃんと活かされているし、なによりも主人公マックスが、靴の持ち主に変身したアダム・サンドラーと分かる、赤と黒の縞模様の毛糸のマフラーをしていて、彼と分かるように醸し出しているのが見事ですから。

エピソードが細切れの数珠つなぎで、だんだんととっ散らかって最後がよく分からない感じになるけれど、父親役のダスティン・ホフマンが相変わらず渋いので、おいしいとこ取りしているような感じでもあった。
そして、監督のニューヨークの街への愛着を感じさせる、ユダヤ人コミュニティの人情劇でもあります。
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きみはいい子 ★★★.5

2015年07月25日 | アクション映画ーカ行
幼児虐待や学級崩壊といった問題を通して愛について描いた中脇初枝の小説を基に、『そこのみにて光輝く』などの呉美保監督が映画化したヒューマンドラマ。学級崩壊をさせてしまう新米教師、親からの虐待を受け自身も子供を虐待する母親、家族を失い一人で暮らす老人といった老若男女が、現実と葛藤しながらも生きていく姿を映す。出演は、『軽蔑』などの高良健吾や『そして父になる』などの尾野真千子をはじめ、池脇千鶴、高橋和也ら。奥深いストーリーと共に、実力ある俳優たちの演技合戦が楽しめる。
あらすじ:新米教師の岡野(高良健吾)は、ひたむきだが優柔不断で、問題があっても目を背け、子供たちから信用されていない。雅美(尾野真千子)は夫の単身赴任で3歳の娘と2人で生活し、娘に暴力を振るってしまうことがあった。一人暮らしの老人あきこ(喜多道枝)はスーパーで支払いを忘れ、認知症を心配するようになる。彼らは同じ町で暮らしており……。

<感想>児童虐待、学級崩壊、独居老人、といったシビアな題材を扱った中脇初枝の同名オムニバス小説を原作にした物語である。数々の難問を真摯に向き合っていく社会派ドラマになっている。
とりわけ目を惹くのは学級崩壊してしまった小学校4年生のクラスを、高良健吾扮する若い教師が立て直すために考案したユニークな宿題である。クラスは問題児ばかりで、先生の言うことなんか聞く耳をもたないのだ。給食費を滞納している不登校の子供は、自宅で父親から虐待されている疑いもあり、それにいじめっ子のグループが、お漏らしをした生徒を毛嫌いしてヤジルのを止めるのに必死の先生。そのお漏らし生徒の母親から電話があり、「家の子供は夜尿症なので、授業中にトイレに行かせてくれればお漏らしをしなかったのに」と、反対にお叱りを受ける始末。4年生にもなって、授業中にお漏らしとは、これは母親の躾けの問題だろうに。

もう、ヤルキをなくした新米教師は、実家住まいで出戻りの姉とその子供が、家の中を掻き回している。だが、その姉が弟の窮地を知りアドバイスをするのですね。それが「家族にぎゅっと抱きしめてもらうこと」を、宿題として出された子供だちが、照れながらもその結果を報告する様子がドキュメンタリータッチで描き出しているのが良かった。子供たちの素の顔の表情が実にいいのだ。誰かに愛されたという記憶が、日々の生活を支えていることを痛感させてくれる。
人は人によって傷つき、人によって救われる。

夫が単身赴任中で、団地で娘と二人で暮らしている尾野真千子扮する雅美は、他の母親たちの前ではお洒落で知的な母親を演じているが、帰宅すると日々のストレスからか、娘に対して態度が急変して、ちょっとしたことで八つ当たりするかのように、娘をぶったり、大声で怒鳴ったりして娘に虐待をするのだ。
これは、雅美が子供の頃に自分の母親から厳しい体罰(タバコを腕に焼き付けられる)を受けていたことがトラウマとなり、自分の娘にも同じ体罰を与える態度に、これは母親失格どころか神経を病んでいる女としか見えなかった。自分の感情をコントロールできない母親は、子供を育てるのには無理である。旦那の給料で生活していけるのだから、子供を連れて遊園地とか映画とか、楽しみがたくさんあるのに。小さい子供を持つ母親は、育児ノイローゼになる人が多いと言うのだが、私は、子供の頃は親や先生は怖い存在で絶対服従の時代だった。
それでも、結婚して子供生み、夜泣きをする子供を抱いて散歩したり、悪戯をして悪さをすると叱って一緒になって泣いたりしたものだ。子供は、幼いころから身近にいる存在で、一番母親が大好きで、どんなことをされようとも、悲しみを堪えながらも母親に抱きついて泣いて謝るのだ。誰かが優しく娘を庇ってくれても、やっぱり一番ママしか目の中に入らないのだ。

それが、公園で遊び仲間のママ友から、子供時代に自分が両親から虐待を受けて悲しかった、辛かったという言葉と、雅美をぎゅっと抱きしめてくれ、娘にはあなたしか頼る人がいないの、世界で一番母親が大好きだからと。どんなに子供がソソウや乱暴にしたり、物を壊したりしても、そのことを良く言い聞かして、やってはダメなことのルールとか躾けをすることが母親の役目ではないのだろうか。

現在の子供たちは、少子化の傾向で子供を1人しか作らない。だから甘やかして可愛がり、叱りつけるということをしない。教育と躾けは学校任せで、日本が抱えているアレヤコレヤの総ざらいだ。一応新米の教師に軸を置いているが、とにかく問題や課題を盛り込み過ぎて、どれもこれもまな板の上にのせているだけのように見えた。
自動虐待にしろ、貧困児童、これは民政の問題で教師にはどうにもならない。独居老人、これも、介護福祉の制度で、独居老人たちをデイサービスの送り迎えで毎日が楽しくなるはず。認知症になったら、それも介護福祉で面倒を見てもらうのがいい。私たちは、何のために高い介護保険を支払っているのだろう。今は、自分が産んだ子供に老後を見てもらう時代ではないのだ。シングルマザーにしろ、ここに登場する人たちのエピソードは、社会全体の問題で、2時間ほどの映画では答えなど見つかるはずもないのに。
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青鬼 ver.2.0 ★

2015年07月24日 | アクション映画ーア行
テレビドラマ「家政婦のミタ」や「GTO」シリーズなどの中川大志を新たな主演に迎え、人気ホラーゲーム「青鬼」を映画化した劇場版第2弾。主人公と仲間たちが、さまざまな謎やトリックを解き明かしながら神出鬼没の青鬼から逃れようとする姿を活写する。ヒロインを『紙の月』などの平祐奈が、主人公の相棒を『クジラのいた夏』などの松島庄汰が好演。前作よりさらにバージョンアップした内容や、ゲームの人気キャラクター・フワッティーの登場に息をのむ。
あらすじ:ひろし(中川大志)と杏奈(平祐奈)は、いじめが原因で不登校を続ける同級生シュンの家を訪ねることにする。だが、二人はその途中で不思議な模様のチョウに誘われるように、怪物が出現するといううわさの“ジェイルハウス”に引き寄せられる。同じころ、シュンの不登校の元凶である卓郎(松島庄汰)たち三人も肝試しの実況動画制作のため屋敷に入っていく。

strong><感想>観ようかどうしようかと迷った挙句に「青鬼」の1作目を観たので続きということで観賞。1作目では、鬼が出るという噂の屋敷を訪れたプレイヤーが、青鬼の攻撃をかわしながら館を脱出するというシンプルなもので、血走った目玉の怪物の青鬼が出てくる瞬間が結構キモイというかグロイと言う感じで、そんなに怖くはありませんでしたね。
そういえば、1作目の「青鬼」のラストが、シュンくんが生徒達に虐められていて、その腹いせにPCでゲームを作っていて、そのゲームに虐めっこたちを「ジェイルハウス」の家の中へ閉じ込めて、ゲームをクリアできない場合は、青鬼に食われてしまうというゲームだと、「恐怖を克服する」ゲームだということを須賀健太演じるシュン君が、はっきり説明していました。

今回の2作目は、一応期待はしているのですが、とにかく出てくる化け物「青鬼」は同じで、その子供というかゆるキャラのようなハンペン型の、フワッティー子供の青鬼が出てくるというではありませんか。期待しないわけにはいきませんね。

ここでは、不登校になっているシュンくんが、須賀健太からタモトになって「ジェイルハウス」の外で杏奈と一緒に、中の様子を見ながら(PCのゲーム)中川大志扮するひろしを応援する形で頑張っています。
今回もクラスの中では、かなり目立つ虐めっこの卓郎に松島庄汰が扮して、「ジェイルハウス」の家の中へ肝試しということで、友達のたけしと美香の3人で家の中へ入って行きます。そこへ学年一の秀才で真面目なひろしも、杏奈と家の中へ入るのですが、杏奈がシュンくんの家へ行くと一人出て行きます。

ゲームの人数は、ひろしに美香、この2人は最初に怪物の青鬼に食われてしまうわけ。次が、ひろしに卓郎なんだけど、ひろしだけがこの「ジェイルハウス」はシュンくんが作ったゲームの世界だと、シュンくんのPC画面とリンクしていると気づいていた。

ですが、一応屋敷の中へ入っているわけで、どこからともなく表れるでかい青鬼と、青鬼の子供みたいな小さいものの、仲間と合体を繰り返して大きくなり、ひろしたちを襲ってくるのだ。ですが、このフワッティーなるハンペン型の青鬼は、見た目が怖くないし何だかとっても可愛いのだ。
それに直線移動しかできないし、ひろしや卓郎にも簡単に避けられてしまい、攻撃力も低めなんですから。でも、バージョンアップといって、2人を追いこむ強敵なキャラなので、漫画みたいですが注目して欲しいですよね。

しかし、最初に青鬼に食われてしまったと思っていた“たけし”が、実はまだ生きていて、素っ裸になって体中を青いペンキで塗りつぶして、ロッカーの中へ隠れていたのだ。青鬼もロッカーの前を行ったり来たりするものの、息を止めて微動だにしないタケシに、気付かないで去っていく。

そうして、ひろしを虐めていた卓郎が、ひろしと結託をしてなんとかこの屋敷から逃げ出そうと、試みるのです。ひろしが言うには、3階に行けば、鍵が箱の中にあって、その鍵でドアを開けて「飛び降りれば、リセットされる」と言うひろし。

だが、ひろしは、逃げる途中でつまずいて腹に怪我をしてしまい、卓郎にその鍵を使って、「扉を開けてリセット」してくれと頼むのです。ひろし役の中川大志くん、上半身裸になると筋肉美が凄いですよね。

このことで、卓郎はひろしと仲良くなり、元気な卓郎がヒーローとなって、リセットに向けて頑張ります。ですから、みんな青鬼に食べられて死んでしまうということはなく、1作目と同じように、卓郎がリセットしてくれたのでみんな始めに戻って無事ということなんですね。シンプルな作りながらも、複雑な謎解きや凝った仕掛け、予測不可能な青鬼の出現、それに恐怖を煽るBGMなど。

1作目に比べると、青鬼の正体も解っているので、ハンペン型のフワッティーが出てくるだけが見どころでしょうか。子供騙しと思って観て下さい。
青鬼
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インサイド・ヘッド ★★★.5

2015年07月23日 | アクション映画ーア行
11歳の少女の頭の中を舞台に、喜び、怒り、嫌悪、恐れ、悲しみといった感情がそれぞれキャラクターとなり、物語を繰り広げるディズニー/ピクサーによるアニメ。田舎から都会への引っ越しで環境が変化した少女の頭の中で起こる、感情を表すキャラクターたちの混乱やぶつかり合いなどを描く。メガホンを取るのは、『モンスターズ・インク』や『カールじいさんの空飛ぶ家』などの監督ピート・ドクター。成長という普遍的なテーマと子供の頭の内部という独創的で柔軟な世界が混じり合う、個性的な物語に期待が高まる。
あらすじ:田舎町に暮らす11歳の女の子ライリーは、父親の仕事の影響で都会のサンフランシスコに移り住むことになる。新しい生活に慣れようとするライリーの頭の中では、ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ビビリ、ムカムカたちが、ライリーの幸せのためという強い気持ちが原因で衝突していて……。

<感想>冒頭のピクサーならではの同時上映である、「南の島のラブソング」。岩だらけの噴火している活火山の、小さな島が海に沈んでいき、海底火山で現れたのが女性の島で、緑が茂ってそれは生命が芽生えていくような感じがして、そこへ、昔の岩だらけの沈下した山が隆起してぴったりと寄り添うように、二つの島が一つになる物語で、海底火山の恋を具体的に描いており秀逸でした。
そういえば、5月に邦画で「脳内ポイズンベリー」なる、頭の中のお節介やさんたちが、ヒロインの恋にあれこれと口を出す映画を観たのです。
が、それとはかなり違っていて、こちらの主人公は11歳の気難しい年頃の少女なのですが、そのライリーの頭の中にある5つの感情たちで、感情たちはみなそれぞれ独立した人格を持っているわけ。

いつも明るく元気なのは若草色のワンピースを着た「ヨロコビ」ギャルで、丸眼鏡のブルー系の洋服を着た、どこかイジイジと暗いのは「カナシミ」娘。「イカリ」は真っ赤な顔のズングリオヤジで、そしてわがままで落ちつきのない緑色の「ムカムカ」娘と、小心者で怖がり屋の「ビビリ」男の5つの感情たち。

彼らはライリーの頭の中で、隙あらばと自分の出番を待っているのだが、ソフトなカラーで色分けされた各キャラクターの造型、CGアニメならではの動きと台詞が絶妙で、しかもキャラクターとして完璧に命が通っているのだ。
声優さんたちの、「ヨロコビ」の竹内結子さんの巧いトークには感心して、「カナシミ」の大竹しのぶさんもいつも感情を暗く落ち込ませて上手かったです。

本編の物語では、生まれた時から感情を駆使して元気に育ってきたライリーが、父親の仕事の関係で自然豊かなミネソタからサンフランシスコに、一家で引越すところから始まります。
知らない街、新しい学校、自分の仕事のことでいっぱいのパパ。家のことで忙しいママ。全てが不安なライリーは、教室で自己紹介をすることになった時に、急に様々な感情が込み上げて来てつい泣き出してしまう。

そこで、ライリーの頭の中の感情たちが即反応するわけ。感情のリーダー格である「ヨロコビ」は、涙の仕掛け人である「カナシミ」を脇に押しやるが、「カナシミ」悲しみのあまりつい、禁断の“思い出のボール”に触れてしまい、あげくに「ヨロコビ」と「カナシミ」は感情たちの本部である司令塔から外へと落ちてしまうのです。

一方、感情の司令塔からダークな世界へと転がり落ちた「ヨロコビ」と「カナシミ」の運命は、…この後に展開される、頭の中の無限の宇宙に見立てた大冒険が実にスリリングで、特に迷路のような“思い出の保管場所”と、思い出がらみのエピソードは、いぜれもライリーにとって大切な思い出だけに、美しいです。ですが、この美しい思い出も放置したままだと、いずれは捨てられ忘れ去られてしまう。

思い出の保管場所で迷っていると、ピンク色のゾウさんが現れビンボンというのだそうです。そこから見えるラリーの“友情の島”や、思い出の島、正直の島とかが崩れていきます。
ゴミのように思い出が捨てられていく場所、この廃墟のような暗い“思い出の球”が黒ずんでいき最期は消滅してしまう場所。つまりは、ここへ捨てられると、人間の記憶から削除されて忘れ去られてしまうってことなの。ピンクのビンボンが犠牲となって、ヨロコビをピンク色した高い崖の上まで送り届けるのです。これには、感動しましたね。

ですから、ライリーの感情の司令塔には、いまや「イカリ」と「ムカムカ」と「ビビリ」だけになり、ミネソタ時代のライリーとは別人のように暗い性格に落ち込んでしまう。
ということは、ライリーはミネソタへ帰りたいと心が暗い思いでいっぱい。だから、母親の財布からカードを盗んで深夜バスでミネソタへと乗って行ってしまうんです。それを知った「ヨロコビ」と「カナシミ」は、急いで司令塔へと戻り、ライリーの感情をコントロールしてミネソタ行のバスから降りることを願うのです。この喜びと悲しみが、脳内の外から戻るシーンがハラハラ、ドキドキで、アニメだからこのように素晴らしい映像美で見せられるのですよね。
いやいや、感情という抽象的なイメージのビジュアル化に心から感心するとともに、涙は別人格だと、意志に反して勝手に流れるものだと思っていたら、そんないい加減なものではないことを知り反省しきりです。

頭の中のどんな感情も、その人自身の正直なリアクションで、中でも歓びと悲しみは背中合わせの名コンビでした。無論、キレたり、愚痴ったりといった感情には、コントロールも必要ですが、思わず泣いたり笑ったりは、人間の素晴らしい特徴でもあるのだから。
歓びと悲しみの感情が戻った少女ライリーの笑顔が、新しい家族の島と友情の島、想像の島、ファッションの島などが頭の中に出来て、パパとママの笑顔を誘い家族としての絆が深まったということで、目出度し目出度しでした。
脳内ポイズンベリー
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HERO  ★★★.5

2015年07月21日 | アクション映画ーハ行
木村拓哉が型破りな検事を演じる人気TVドラマの劇場版第2弾。一つの交通事故の真相を巡り、大使館という捜査権の及ばない大きな壁にぶち当たった久利生公平と東京地検城西支部の面々の奮闘を描く。共演は北川景子、杉本哲太、松重豊らTV版第2期のレギュラー陣のほか、シリーズ初参加の大倉孝二、佐藤浩市。また、TV版第1期のヒロイン、松たか子も再登場。監督は劇場版第1作、TV版第2期に引き続き鈴木雅之。
あらすじ:ある日、ネウストリア大使館の裏通りで、パーティコンパニオンの女性が車にはねられ死亡した。さっそく事務次官の麻木千佳とともに運転手の取り調べを開始した久利生公平検事の前に、かつての久利生の事務次官で、今は大阪地検灘支部の検事として活躍する雨宮舞子が現われる。今回の被害女性は、雨宮の調べていた広域暴力団絡みの事件の重要な証人だったのだ。今回の交通事故には裏があると感じた久利生と雨宮は、合同捜査をすることに。すると、昔と変わらない久利生のマイペースぶりを目の当たりにして呆れる雨宮。そんな中、ネウストリア大使館の関係者に話を聞こうとした2人だったが、“治外法権”の前にあっさりと門前払いをくらうハメに。さらに、外交問題への発展を心配する外務省からも釘を刺され、捜査が暗礁に乗り上げてしまう久利生だったが…。

<感想>いや、さすがにドラマの影響もあるのか、キムタクファンも多いのか、とにかく満員御礼でした。映画の内容が、今回はネウストリア大使館の裏道で交通事故に遭った女性のお話なんですが、それが国際問題に発展するという展開です。いつものキャスティング・メンバーの演技の巧さが絶妙で、年期の入った俳優さんばかりなので、面白く拝見しましたね。

それに、久利生と雨宮事務官との恋愛問題も再発したような感じで、なんと、雨宮舞子が検事になって、大阪からやってきた。昔の二人の恋愛関係を疑いつつも、そのことが気になる事務次官の麻木千佳という、二人のバトルも見られますから。
モテモテの久利生検事は、いつものように事件を解決するためなら、日本の中の外国、治外法権を認められた欧州某国の大使館だろうが、何とかして大使館の中に潜り込みたい衝動にかられる。

「国が違えば、習慣や宗教は違う。それでも、国境を超えて分かり合えるものは沢山ある」と、大使館近くの飲食店に行き、ソーセイジを食べ(ネウストリアの国民は、1日に大きなソーセイジを7本も食べるそうです)、ペタンクというスポーツを利用して、大使館員たちと公園でペタンクの試合をするシーンも楽しそうでした。
ですが、捜査のやり過ぎとでもいうか、暴力団がらみのこの事件なので、おでんを食べていた二人の目の前に、ダンプが突進してきて久利生が怪我をしてしまうのです。殺されたくなければ手を引けということなのかも。

相手の国を超えて理解しようと奮闘する久利生と麻木の姿は、またかと、ただの交通事故で終わらせない取り調べには、殺人課の刑事のようにも取れ、そこまでやるかといつもの事件を追う熱い久利生公平に違いありませんから。それに、同じ城西支部の仲間たちも協力して、巻きこんでの取り調べで最後には、万々歳ということに。

ネウストリア公国大使館前で起きた死傷事故。真夜中ということもあり、運転していた男は、突然飛び出してきた女性を撥ねてしまう。ところが、その女性は裸足であり、どうやら雨宮の調べていた広域暴力団絡みの事件の重要な証人だったのだ。
調べてみれば、やっぱり暴力団との薬物取引で大使館の職員が麻薬の密輸をしているよう。これは、警備員のデブちゃんがお天気お姉さんのファンで、毎日録画をしていたところから大使館員と暴力団員との接触を見つける。事故にあった女性は、大使館の男に誘われて大使館の中へ入り、何かに驚きそこから出ようとして、裏の扉から飛び出したところを轢かれたらしいのだ。

ですが、取り調べをしようとする久利生の前に、外務省局長の佐藤浩市が出て来て捜査を断念しろと言うのだ。治外法権を侵すことは外交を崩壊させかねないとして、日本の外務省欧州局長・松葉圭介を演じる佐藤浩市の方からも圧力をかけられ、捜査は暗礁に乗り上げる。
外務省欧州局長・松葉圭介から、ただの交通事故処理でやれと命令口調の佐藤浩市さんは、外務省のお偉いさんみたいに威厳があり良かったです。

雨宮の発案で、婚約者の父親(貿易関係の会社社長)を利用して、大使館のパーティに紛れ込む久利生公平と雨宮。タキシード姿のキムタクに、着物姿の松たか子さんは、お腹が目立って妊娠中だったのですね。大使館の庭で、亡くなった女性が履いていたと思われる、靴に付いていたスパンコールが見つかります。そして、裏口も。大使館の玄関前の部屋にある大きな時計から聞こえるオルゴールの音色が、友人に助けを求めるスマホに、残っているのも大きな勝因でした。

もし、この事件の捜査が国際問題まで発展して、そういうことになりかねないのに、石垣島に飛ばされるだけでなく、久利生という男は自分がこれで検事生命が終わるかもしれないということを考えてはいなかったのだろうか。いつものことで、事件が解決すれば、最後には、そうなることはありませんでした。

それでも今回では、松たか子さんが演じる雨宮さんの、検事の新人の役柄が一番好きですね。こういう群像劇は、どこかに自分を重ねられるキャラクターを見つける楽しみがあると思うんですが、松たか子さん演じる雨宮さんが、コメディアンヌのような演技と素で演じているのかも斬新でした。等身大でサバサバしていて、まったく媚びないという雨宮事務官には共感もしたし、上司である久利生さんを好きになっていく過程が自然でよかった。
2作目から、久利生検事の事務官に麻木千佳という、北川景子さんが演じていて、ますますキビキビとした彼女の演技にも惚れなおして、元ヤンキーという気の強さが全面に出ていて、負けず嫌いの彼女もきっと検事になるだろうと思ってしまった。

最後が、ネウストリア国へ久利生と麻木の二人が行ったと描かれてましたが、これはいらなかったのでは。しかし、エンドロールの中での、昔のドラマのみなさんの映像には痺れました。大事なことですよね、期待通りで絶対に裏切らないドラマであること。おおいに楽しめましたです。
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極道大戦争 ★★★

2015年07月20日 | アクション映画ーカ行
バイオレンス、コメディー、ドラマなど多彩なジャンルの作品を手掛けてきた三池崇史が監督を務め、『ROOKIES』シリーズなどの市原隼人を主演に迎えた本格アクション。不死身のヤクザの正体が実はヴァンパイアで、彼に憧れて極道の道に進んだ主人公が遭遇する思いも寄らない体験を活写する。脚本を担当するのは、三池監督作『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』『ヤッターマン』で助監督を務めた山口義高。型破りで豪快な展開に圧倒される。
あらすじ:亜喜良(市原隼人)は、これまで何度も命の危険にさらされながらも生き抜き、不死身だとうわさされるヤクザ神浦玄洋の舎弟となっていた。敏感肌でまともに入れ墨さえ入れられない下っ端の彼は仲間からも見下され、すっかりやる気も失せてしまう。そんな折、神浦を狙う殺し屋が放たれ、血みどろの争いの末ついに伝説の男は命を落とすが……。

<感想>先週の金曜日で最後だというので観賞してきた。三池崇史監督というと、ヒーローものからホラーに、そして3月の「風に立つライオン」といった心を揺さぶる感動作まで、どんなジャンルの映画も独自の世界の中で料理し、大ヒット作に仕上げてしまう。
しかし、今作では原作なしのオリジナルストーリー、さらにはヤクザに咬まれた人たちは老若男女みなヤクザになってしまうという、奇想天外すぎる設定とあって、アクション迫力満点の映画に間違いない。

映画の出だしでヤクザの親分リリー・フランキーに、とにかく圧倒される。何しろ、他の映画では走る姿すら見せたことがないのに、その彼が日本刀で敵の組員をバッタバッタと斬りまくり、刺客とキレッキレのアクションを炸裂するのだ。いくら銃で撃たれても死なないのに、おや?っと思い、それもそのはず、彼は極道にして吸血鬼体質だったという。
そして、市原隼人が演じる影山に噛みつくところでは、この世のものとは思えないおぞましい形相を見せつける。後はなるほどと、人外魔境のような下町風景の中に、カタギよりヤクザばかりが世界中から、馳せ参じてくるドラマの中に引き込まれ、つい乗せられてしまった。
主演が「神様のパズル」の市原隼人なのだが、最強伝説を持つ神浦組の組長リリー・フランキーの遺志を継いでヤクザヴァンパイアとなった市原隼人が、刺客たちの戦いを通して覚醒していくこの物語。今回は更なる肉体改造をし、三池組で暴れまくる。市原隼人の純粋さとタイトな肉体が、その方向性にジャストフィットしていて良かった。

さらには「ザ・レイド」シリーズに出演していた、インドネシアではかなりの知名度を誇るヤヤン・ルヒアンが適役の狂犬として登場する。それから、銃を巧みに使う“テイ龍進“扮する、伴天連という棺桶を背負い、黒い帽子にコートを身に付けた殺し屋も出てくる。

神浦の右腕で、アニキ肌の性格。ひそかに国際進出を目論んでいる膳場壮介の高島。ビニールハウスで変なものを育てている“高島礼子”もそんなことをしている場合か。

それと、神浦が吸血欲求を押さえるために、小料理屋のオヤジ、“でんでん”から特別に血を分けてもらっている。

羅漢組の組長の“ピエール瀧”、神浦組を潰すためなら、手段は選ばない凶悪な男。

それに、ラストに突如現れる最強の殺し屋が着ぐるみのカエル(中に入っているのは、空手の有段者だそうです)。というかカエルに河童まで出てくるストーリー展開そのものが、クレイジーでくだらなく予想できない映画であった。
激闘に次ぐ激闘、そんな中でヴァンパイア・ウィルスが毘沙門通りに蔓延しはじめる。どの画面も熱気がこもり、この面白さはただごとじゃない。例によってガトリング機関銃もちゃんと出てくる。

しかし、三池監督が助監督時代に親しんだ日活撮影所で撮っているからなのか、原点回帰の清々しさがあると思う。最近の三池監督作品「風に立つライオン」を観ると、余分なものを削ぎ落とし、素朴で純粋な映画の力で勝負しているように思えたから。だから、構図もカット割りもタイトでかっこいい。
ヤクザヴァンパイアに咬まれた人間はすべてヤクザ化してしまうという設定を聞いただけでも、三池監督マニアならば誰もが、極道、血、抗争、アクション、そして笑いという、彼の歴史を語る上で欠くことのできない重要な言葉を想起し、逸る気持ちを抑えきれないことだろう。

ですが、ヤクザヴァンパイアが、カタギの血を吸うと、カタギがヤクザ化して増殖していく珍しい展開だから、ヴァンパイアも極道も昭和も、ユルキャラも完全に食傷気味でした。ラストの霊峰が大噴火を起こして、世界の終りとはこれいかに。何が何だかわからない、過激でクレイジーなメチャクチャな映画であった。
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ゆずり葉の頃 ★★★.5

2015年07月19日 | や行の映画
過去を封印して生きてきた年老いた女性を主人公に、日本を代表する名優である八千草薫と仲代達矢が共演した感動的な人間賛歌。思い出の絵を捜す旅をする主人公を通して、彼女の人生と戦後の貧しい状況の中で胸にしまっておいた思いをつづる。共演は、風間トオル、岸部一徳、竹下景子ら。『日本のいちばん長い日』などの故岡本喜八監督の妻で、プロデューサーである岡本みね子が旧姓の中みね子で監督を務める。繊細な物語と、美しい着物や日本画家・宮廻正明による劇中画なども見どころ。

あらすじ:母の市子(八千草薫)を訪ねた進(風間トオル)だったが、市子は軽井沢に行っており、部屋には宮謙一郎(仲代達矢)という画家についての新聞記事の切り抜きが残されていた。そのころ、市子は宮の展覧会が開催されている美術館を訪れていた。彼女は目当ての絵について職員に聞いてみるも、展示されるかわからないと言われてしまう。

<感想>年老いた市子が一枚の絵にこだわりぬき、その作者である老画家と出会うまでを綴るのだが、軽井沢の風景に、古い珈琲店や食事屋、飴玉などを効果的に配して、一人の女の戦後史を織り上げている。着物の切れ端で作った手縫いの袋に、丸い飴玉を親切にして貰った人々に、お礼として上げる市子の人柄が忍ばれます。

お寺の奥にある龍神池の実写風景も凄いです。水鏡のように澄んでいる池の水に浮かぶ自分の姿。池というのは巡り逢う場所か、または別れの場所なのか。それは、観る人の解釈に任せることにして、問題なのは、物語りに無駄があること。息子とのすれ違いの度がすぎて、時間稼ぎのような気もした。

子供の頃の初恋の人が、今は世界的にも有名な画家となって軽井沢で個展を開いている。その画家に一目逢いたいのだが、自分の子供のころに子守をしていたのを描いた1枚の絵を見たくて、軽井沢までやってきた。だが、その絵は個人所有とのことで、観ることはできなかった。
しかし、軽井沢に暫く滞在していると、街の人たちの温かい親切と触れ合いで、市子は思いがけずに画伯に再会することが出来た。

特に珈琲店(珈琲歌劇)のマスターの岸部一徳の穏やかなこと。私も軽井沢に言った時、この珈琲店に入ったことがあります。今でも営業しているのだと、感慨深くなりました。

ですが、目が緑内障で見えないという画伯。フランス人の奥さんの心づかいで長居をして、オルゴールから聞こえる「キラキラ星」の音色でダンスを踊る二人。それでも、彼には子供の頃の市子を思い出してもらえず、帰り際に奥さんに手渡した飴玉で、老画伯は昔の龍神池の市子を思い出すという。

半世紀を隔てての飴玉の受け渡しという、コンセプトには素直に泣けましたね。老女には、歳月は、ダンスをするつかの間に過ぎたのかも、と思わせて秀逸でした。何とも、戦中派というか、恋愛に臆病な時代の男女の片想いとでもいうのでしょうか。それでも、年老いてから、自分の想いを叶えるという素晴らしい勇気を持ち、強い女としての生き方を教わったような気がしました。

八千草薫には老女という言葉は似合わない。もちろん若くはないけれど、透明な柔らかさがあって、年齢を重ねた女性としての豊かさと気品、美しさが感じられ、だから、監督が彼女に託したこの作品が、静かで慎ましいのに、さりげなく大胆なのも、自分の人生を自分なりに生きてきた女性の肩肘を張らない強さを描きたかったのかもしれませんね。

主人公市子の八千草薫の演技の飾らなさと気品、画伯の仲代達矢が、今は盲目という設定も作品の素朴な佇まいが穏やかでいいですよね。そこに、岡本喜八監督を支えてきた妻の岡本みね子プロデューサーの、年輪を見ているようにもとれた。

軽井沢を追憶的に歩き回る彼女が、着物の店や珈琲店など地元の人々をかわす些細な会話からも、それぞれの生き方を肯定する善意が伝わってきて実に心地が良かったです。
ゆずり葉とは:太平洋側の暖地の林中などに生える、背の高い木。庭木などに使われる。
新葉が生長して古い葉が落ち、新旧交代がはっきりしていることから「譲る葉っぱ」、それが「譲葉」になった。
新しい葉が出てくると古い葉を落とす植物のうちの代表的な木。正月の飾りにも使われる。葉っぱと樹皮は薬用にもなる。
別名「親子草(おやこぐさ)」とも言われる。


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真夜中のゆりかご ★★★

2015年07月18日 | アクション映画ーマ行
第83回アカデミー賞外国語映画賞受賞作『未来を生きる君たちへ』のスサンネ・ビア監督と脚本家アナス・トマス・イェンセンのコンビによるサスペンス。妻子と幸せな日々を過ごしていたが、突如思いも寄らぬ悲劇に見舞われた刑事の葛藤を、育児放棄や家庭内暴力など現代社会が抱える問題を取り上げながらスリリングに描く。テレビドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズなどのニコライ・コスター=ワルドーを主演に、『ある愛の風景』などのウルリク・トムセンらが出演。

あらすじ:愛する妻と幼い息子と幸せな毎日を送っていた刑事のアンドレアス(ニコライ・コスター=ワルドー)は、通報を受けて同僚のシモン(ウルリク・トムセン)と共に現場に駆け付けた一室で、薬物依存のカップルと目を覆うような、トイレで糞尿まみれで放置された赤ん坊がいた。育児放棄の現場を目の当たりにするアンドレアスは怒りを覚える。
相棒のシモンは、離婚でアル中になり自暴自棄に陥り心配するアンドレアス。
夫婦でわが子をいつくしむ日々は愛に満ちていたが、ある日思いがけない悲劇に見舞われ、アンドレアスの中の善悪の価値観が揺らいでいき……。

<感想>デンマーク発、予測不可能なサスペンス北欧ミステリーである。赤ん坊の取り替えがテーマのサスペンスドラマですが、基本となる設定に不可解な感じがして素直に乗れなかった。サスペンス映画風な撮り方をしているが、この女流監督が描こうとしているのは、サスペンス映画でないことは明らかだ。
スサンネ・ビア監督に限らず、ネグレクト問題や育児ノイローゼを半端なく描くのは女性監督独特のエグさでもある。

アンドレイアスたちの赤ん坊に異変が起こった時にも、反応を見るため赤ん坊の腕を持ち上げてポトンと落として見たり、身体を揺さぶったりするのに、観ている側は心臓が縮むような錯覚を覚える。新生児の赤子を扱うのは難しいのに、そんなに乱暴に扱ってもいいのだろうか。
それに、妻が「絶対に死んではいない。私から赤ん坊を奪うなら死んでやる」と豪語しまくるまるで精神病患者のようにも取れる。ところが我が子の遺体が見つかり、検視をした結果、我が子は母親の虐待による死というのだ。愛する妻が、我が子を虐待死させたとは信じられない事実が判明する。

もう一人の、赤ん坊を誘拐され取り違えられた女のサネも、いくら薬ちゅうでラリっていても自分の子供の見分けくらい付くというもの。彼女もトイレで死んでいる赤ん坊を見て「私の子供ではない。」とキチガイのように暴れ回る。夫のトリスタンから我が子を守り、傷一つない健康な赤ん坊に育て上げている。
男のトリスタンは、赤ん坊が死んだのをいいことに、公園にいき自分の赤ん坊が誘拐されたと騒ぐ。そして、森の中へと赤ん坊を埋めに行くのだ。

俳優たちの顔がクローズアップして、どれも本当に素晴らしい。その上ミステリーとしての構成が非常に巧みで、「母親であること」の気高さと恐ろしさが生々しく描かれている。だが、自分の子供の遺体を、しかもあのような人柄の主人公があんな風に我が子を扱うだろうか。我が子を死体遺棄に、誘拐までして、妻のご機嫌取りをしなくても。
それに、すでに妻は半狂乱で、息子を死なせたのは自分だと、自殺の予感がしていたのに。それをくい止めるためって、いくらなんでも他人の子供を誘拐してまで、我が子の代わりにはならないのだ。

二組の対照的な夫婦、方や警官で、方やジャンキーの男女。いくら自分の子供が産まれて間もなく死んでも、自堕落で誰からも疎まれる存在なのに、育児放棄しても元気いっぱいの子を持つ男女。だからといって、自分の亡くなった息子とその薬物中毒の男女の子供を取り換えて、我が子にするというのは人道に反しているとしか思えない。

いかに、後半の展開が見事でも、妻がノイローゼとなり、夫が盗んできた赤ん坊を深夜に乳母車に乗せて、橋の中央でトラックを止める。もしかしたら、トラックに轢かれていたかもしれないのに。そして、赤ん坊を運転手に預けて母親は川へ身を投げるという悲惨な結果に、夫のアンドレアスは、初めて自分のした赤ん坊を取り換えたことを悔やむのです。最後までこの一点が納得できないと、あそこの場面は別のアイデアを捻出して欲しかったと思いましたね。

妻を愛するあまりに考えた計画がアダとなるアンドレアスには、「オブリビオン」や「MAMA」(13)などで活躍した、ニコライ・コスター=ワルドーの美男ぶりが良かったです。
ただでさえ子供をめぐる不公平の公平みたいなものを描いた内容に、心が痛むが、中盤で待ち受ける飛んでもない秘密の暴露に、今度はまたもや心が暗くなるのだ。ドラマとしてもサスペンスとしても、とにかく重たく観た後にしこりが残る作品でありました。
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ピッチ・パーフェクト ★★★★

2015年07月16日 | アクション映画ーハ行
『マイレージ、マイライフ』などのアナ・ケンドリックが主人公を演じた、アカペラがテーマのガールズムービー。あるきっかけでガールズアカペラ部に入ってしまった女子大生が、次第にその楽しさに目覚め、部の仲間たちと固い絆と友情を育んでいく。製作を務めるのは、『ハンガー・ゲーム』シリーズなどの実力派女優エリザベス・バンクス。『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』のレベル・ウィルソンらが出演。クセのあるキャラクターが入り乱れるにぎやかな物語はもちろん、熱気あふれる歌唱シーンも見もの。
あらすじ:DJになろうと奮闘中のベッカ(アナ・ケンドリック)だったが、親に大学へ進むことを強く勧められる。渋々大学に入学した彼女は、全く興味のないガールズアカペラ部に入部し大会に出場する羽目になってしまう。しかし、メンバーは個性の強過ぎる者ばかりで、部としてしっかりと活動できる状態ではない。それでもぶつかり合いながら練習を重ねていくうちに、彼女たちの間に絆と友情が芽生え、歌声もリズムもハーモニーもピッタリと合うようになるが……。

<感想>大学アカペラ・チームの女子たちが、全米大会優勝をめざす青春劇である。冒頭での女子アカペラグループが、なんとも個性のない集団(まるで客室乗務員のような服装)として登場し、鈍くさいコーラスを披露する女子の一人が、突然ゲロを口から噴出させるのだ。呆気にとられながらこれはオバカで下品でお下劣なアメリカ学園映画かと思ってしまった。
ところが、男性アカペラを聴いてこれは凄い、上手いと思いついつい画面に釘付け状態になってしまった。男性アカペラグループも同じ大学のアカペラグループで、全米大会でも優勝チームなのだ。

この映画でのアメリカの頂点を目指すアカペラの歌い手たちは、体格も人種も性格も多種多様性を持った女性たちが現れてから面白くなる。少し下品なギャグを平気で口にするのが難点だが。男女ともにアクションもアクロバット的に派手で、大学の構内での男子グループとの歌合戦のシーンも、これまでのイメージと違い吹っ飛びました。
それは、声そのものが反撥し融合するからである。そこから、本番への展開に意外性はないが、本番の撮影と編集に研究の跡があってか、他のグループとの格差異が図られているように思えた。

ロデューサーとアカペラ選手権の解説者役を兼ねるエリザベス・バンクスとJ・M・ヒギンスのコンビも秀悦でしたね。
薄っぺらな感じがするのは、大学生のくせに勉強する場面が皆無なのが残念で、全編アカペラのことばかりなので、本当に大学のサークルなのかと。少しは授業風景も映して欲しかった気がしました。

それでも、ヒロインのアナ・ケンドリック演じるベッカが、バツ抜けて歌が上手く勢いが肌で感じ取れたのがいい。とびきり美人でも非凡な才能があるわけでもない彼女のキャラが、センターなのは非情に今ふうでよろしい。

彼女に憧れてしつこくつきまとうヒーローのジェシーが、あのジョン・ヒューズ監督の名作「ブレックファースト・クラブ」のラストの名曲を出したことから、この映画の持つ男女たちの、土曜日に図書館へ集められ、反省文を書かされる1日を描いた映画で、大人社会への怒りを教師への反発と団結、あるいは告白ゲームによるセラピーを通して、終わりには友達になって解散する忘れられない1日となった感動的なラストの主題歌、シンプルマインズの「ドンチュー・フォゲット・アバウト・ミー」をアレンジして、謳い上げるアナ・ケンドリックが素晴らしかった。

しかし、ぽっちゃり目のいやデブのレベル・ウィルソンが目立って、一歩も引かないコメディアンヌ魂を見せつけてくれるのだ。あの「バチェロッテ あのこが結婚するなんて!」でも、かつての学園女王を前に追い越して、結婚する女子を好演していた。この作品でもそうだけど、彼女が得意とするキャラは、デブだけども、男子にモテる肉食系の女で、歌も踊りも上手いしで、他のスタイルのいい美人女よりも目だってしまう。

それでも、ガールズアカペラ部員の描き分けも秀逸で、混乱することもなかった。女性とコメディの相性は難しいが、ワルノリしすぎないバランスの良さは、ギリギリ不快にさせない色味と質感のゲロ(吐しゃ物)の描写にもよるものだ。上の真ん中の女優さんです。
しかし、美人がボス役で高音の声を出すボーカルには向かない。声帯のポリーブ手術で、リーダー交代となり良かったのかもしれませんね。

ライブビューイング的なステージの見せ方がメインなので、そこまでに至るプロセスの描写や伏線の処理はやや粗いようですが、鑑賞後の満足度は非常に高いので素晴らしかったです。
トニー賞とアカデミー賞の双方にノミネートされた実力派女優アナ・ケンドリック、コメディエンヌとして活躍するレベル・ウィルソンらが続投するほか、「トゥルー・グリット」(11)で注目を集めたヘイリー・スタインフェルドが新しく参戦。今作に出演も果たしている女優のエリザベス・バンクスが監督を兼ねる、
「ピッチ・パーフェクト2」は、10月9日から東京・TOHOシネマズ六本木ヒルズで先行公開。10月16日から全国で公開。続篇も観るぞ!
2015年劇場鑑賞作品・・・142映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング

サルベーション ★★★ 

2015年07月16日 | DVD作品ーさ行
信じる者は救われない!発砲を目撃したばかりに、・・・牧師に罪を着せられた信者の災難のお話。先代ジェームズ・ボンド、ピアース・ブロスナンが悪のカリスマで新境地を発揮! 豪華キャスト&アカデミー賞スタッフでおくる、予測不可能なクライム・ノワール!!
迷える人々の人心を掌握し、街を支配する謎の男。彼に罠にかけられ翻弄される平凡な家庭人の男。誤解と裏切りが混じりあり、ねじれながら、予測不可能なクライマックスへと突き進んでいく。人生の運命と不条理が巧みに交差し、コーエン兄弟監督作品を彷彿とさせる一級のクライム・スリラー!
『ゴーストライター』のピアース・ブロスナン主演で贈るクライムノワール。
あらすじ:三千年紀教会のダン・デイ牧師と無神論者のポール教授による神の存在についての討論会が大学で開催される。実はこのふたり、意見は違うものの、互いに激しく言い合うことで両方の著書がバカ売れするという互恵関係にある。討論会の後、ふたりは教授の研究室で酒を飲みながら歓談し信者のカールも同席する。
その最中、牧師がいじっていた教授のクラシックな拳銃が暴発し、教授の頭にあたる。カールがおどろいたことに、あわてた牧師は拳銃を教授の手に握らせて自殺を偽装する。翌日、牧師はカールを犯人にしたてて部下に命じて自殺させようとする。
監督: ジョージ・ラトリフ 出演: グレッグ・キニア、ピアース・ブロスナン、ジェニファー・コネリー、エド・ハリス、マリサ・トメイ、イザベル・ファーマン、キーラン・ハインズ(作品資料より)

<感想>ドタバタ喜劇で面白かったのに、2013年、DVDスルーの映画。それに出演しているのが、主人公カールにグレッグ・キニアと、ダン牧師には『ゴーストライター』のピアース・ブロスナンが主演で、この二人は、前に「ザ・スナイパー」で共演している。その作品もアクションコメディだ。
その他にカールの奥さんグウェンには、ジェニファー・コネリーが、その娘役にはあの「エスター」(2009)で主役を演じたイザベル・ファーマンが、この作品ではあまり台詞も少なく出番も微妙。それに間違えてダン牧師が、拳銃で撃ってしまった無神論者の大学教授ブレイロックにはエド・ハリスが、カールと良い仲になる警備員のハニーにマリサ・トメイと豪華なキャスティング。

内容も現代アメリカの主流派であるキリスト教原理主義者たちの現実を風刺したクライム・コメディ。誤って無神論者のポール教授を撃ってしまった牧師と、その犯人に仕立て上げられた信者のドタバタを描いている。
自分の罪を悪魔になすりつける牧師。夫よりも牧師の言葉を信じる妻、親友の殺害を“神に告げられ”る男。福音派などの保守的なキリスト教信者が多いアメリカ中南西部では、あながちフィクションと言い切れないリアルな物語なのだ。
確かあのポール教授が撃たれた大学には、監視カメラが設置されていたことに気が付き調べてもらうと、もうその日付のシーンは無かった。誰かに持ち去られてしまったのだ。それがあの親友のジュリーで、ギャングと手を組んでカールを拉致して、ダン牧師を脅そうと企むのである。

事件は解決に向かうかと思いきや、盲目的な信者である親友のジュリーに、採石場で銃を突きつけられも、車の中で寝ていた娘のイザベル・ファーマンが起きてきて、驚くジュリーをカールが石で頭を殴り、救急病院の前に置いて逃亡。
カールの密告を恐れたダンは、信者に「犯人はカールだ」と触れまわる。カールは汚名を晴らそうと奔走するのだが、彼をダンへの脅迫材料にしようとするギャングにカールは拉致されてしまう。そこはプールのある白い壁の豪邸。
ギャングたちは、大学や病院を備えた信者のための神聖な街“丘の上の街”の、不動産の利権をダンから奪おうとするわけ。だが、ポール教授を撃った、ダン牧師の映像が映されている監視カメラのビデオを盗み、ギャングのアジトから脱出したカールは、昏睡状態だったポール教授が回復したと知る。てっきりギャングのアジトがメキシコシティだとばかり思っていたら、ここはアメリカ中南西部。

またもや親友のジュリーと刑事に捕まってしまったカール。廃墟に連れて行かれ、体に油を掛けられ火を付けられそうになるも、おバカなジュリーの失態で、反対に刑事とジュリーの体に引火してしまう。カールは無事にそこから脱出。
ダンの方は、ギャングに呼びだされて丘の上まで行くも、ギャングの親分が脅迫する。「あんたが教授を撃った監視カメラのビデオ持ってるぞっ」てね。もちろんカールにDVDすり替えられたことも知らずにバカばっかり揃っている。
しかし、ダンはここでギャングの親分にナイフで腹を刺されてしまう。言った言葉が「汝を解放する、この体はくれてやる。魂だけは渡さない」とか云々言いつつ、車のトランクの中へ押し込められる。そこへカールが命からがら逃げてきて、車を見つけてトランクを開ける。まるで神様のようにカールに後光が差して、ダンが感謝感激で救われる。
ですが、そうはいかない。ケータイ電話で救急車を手配するカール。
これで終わりなのだが、ダンは2年間刑務所に入り、その後は不動産のブローカーとなったという。カールは奥さんと離婚して、あのマリサ・トメイと一緒になりデッド・ヘッド(ヒッピー集団、ドラッグ漬けのフリーセックス)の旅に出る。
しかし、ピアース・ブロスナンの説教はいいとしても、シャワーを浴びる全裸は見たくありませんから。どちらかというと、カールを演じたグレッグ・キニアの演技が上手いと思いました。
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リアル鬼ごっこ ★

2015年07月14日 | アクション映画ーラ行
人気小説家山田悠介の原作で何度も映像化されている題材で、『愛のむきだし』『ヒミズ』などの鬼才・園子温がオリジナル作品として監督を務めた問題作。殺人のターゲットを全国の女子高生とし、女子高生が次々と殺される中、3人のヒロインが阿鼻(あび)叫喚の様相で逃げ惑う姿を描く。出演は、トリンドル玲奈、元AKB48の篠田麻里子、真野恵里菜。過剰でグロテスクな演出と、園監督の手腕により見いだされる女優たちの新たな魅力に注目。
あらすじ:女子高生のミツコ(トリンドル玲奈)は、何者かに追われ、ふと気が付くと学校の教室にたどり着いていた。一方、ケイコ(篠田麻里子)は知らない女性にウエディングドレスに着替えさせられ、何者かに追われる。そして陸上部のいづみ(真野恵里菜)も迫りくる恐怖と対峙(たいじ)することとなり……。

<感想>予告編で[J.K(女子校生)のみなさん、あなたたちは]と校内放送があるシーンを思い浮かべてしまうのですが、なんら関係はありません。何故に女子高生というか、女子ばかりが狙われて身体真っ二つにされるのか?・・・最後の方まで明かされないので、UFOの侵略によるものかと思ってしまった。でも、全然当てが外れて、なにこれって~ゲームかいと、それに斉藤工が裸で最後まで生き残ったトリンドルちゃんを、ベッドに誘うんですから、呆れてしまいます。

まぁ、最初の「リアル鬼ごっこ」で、佐藤という名前だけで殺された、そんなイカれた設定で人気を呼んだ山田悠介の同名小説が、6度目の映画化なのですが。園子温がオリジナル作品として書き直した脚本。これはもうはっきりいってアイデアが浮かんでこなかったというしかないです。
とにかく、女子高生たちの修学旅行バスの中で、トリンドルちゃん扮するミツコが主人公で、バスの中でポエムを書いている。彼女がペンを落としてそれを取ろうとしゃがみ込んで、すると突風が吹いてあっと言う間に、バスごと女子高生が真っ二つにされて死んでしまう場面では、ミツコも唖然としてバスから降りてとにかく走るのです。
何故か風による殺し屋とでもいうか、目に見えない物が女子だけを狙って襲ってくるのです。これって、ドローンで撮影しているそうですから。

林の中を抜けて、バス道へ出たミツコの前に女子高生が6人位いて、ミツコが「助けて」と、バスのことを話そうとすると、そこへサイクリングの女子が5人くらい歌いながら通り抜け、その女子たちが身体半分、真っ二つにされて死んでしまう。驚いたミツコたち、とにかく走る、走るも、転んでしまうミツコ1人だけ。他の女子たちは、つむじ風のような目に見えない何かに襲われて真っ二つにされてしまう。驚いたミツコが走る、走る、とにかく走る。川沿いでも真っ二つの死体が川の中に浮いていて、そこでミツコが顔や手足の血を洗い、汚れたセーラー服を脱ぎそこにある制服を着る。

そして林を抜けると女子校があるではありませんか。そこでアキに声を掛けられて、教室へと入るも授業をさぼり林の沼へと強引に誘われるミツコ。2時限目に間に合うように教室へ戻ると、突然女先生が機関銃をぶっ放して、そこでもミツコだけ助かるのだ。ここでは、女子高生のパンツ丸見えがどうってことなく見せて、見せて、他の場面でも惜しげもなくパンツを見せまくる女子高生や、結婚式場の女たち。アキの桜井ユキがよく出てきます。
またもや教室から逃げるミツコ、他の教室からも女子高生たちが大勢逃げ出してきて、女先生たちが女子生徒めがけて機関銃をぶっ放して、挙句にミサイルがドッカンドッカンと校庭に落ちてくる。

死ぬ物狂いで逃げるミツコが、何故だか豚の顔をした花婿と結婚式を挙げるハメになるウェディングドレスのケイコになっている。だからトリンドルから篠田麻里子のケイコなのだ。

ケイコの回し蹴りキックが凄いアクションが観られる。わけがわからん、ハチャメチャなストーリー。

それに、次はマラソン大会に出ている姿でケイコの篠田麻里子から、いずみという真野恵里菜に代わり、マシンガンをぶっ放す女先生に追いかけられるという。とにかく大量の女子高生、どうみても20代から30代の女があの手この手で殺されていく異常事態が見られます。もちろん、パンツ丸見えどころか、結婚式場では女たちがドレスを脱いでしまうんですからね。
それぞれ出自の違うユニークなトリプルヒロインのキャスティングですが、監督は彼女たちのハツラツとした疾走ではなく、恐怖に顔を歪めながらの逃走シーンを見せて、血まみれの格闘と追い詰められた末の絶叫などを好んで見せたいようです。

石切り場での女子高生たちや、花嫁衣裳の女が壁に立ち並ぶ姿。やっぱり、最後はトリンドル玲奈が可愛いし、女子高生の制服が一番似合うし、もちパンチラも見せるし、貧乳もチラっとね。
ミツコのトリンドルはすでに死んでいますと、明かされるのだが、ミツコのDNAを残したいと、斉藤工がパンツひとつでベッドに誘うんですから。そこで、女子高生の友達、シュールが言った言葉を思いだし「全然違うことをしなさい」と言う言葉。では、ミツコはどうしたのでしょうか?・・・。自殺するしかないでしょうよ、もう。現実と虚構という意味でのリアルなのか。「鬼ごっこ」ではない。
おいおい、こんな映画つまんないだろうと、最後の場面ではこれはゲームでした。ゲームそのものを映画化したものだと。自由奔放すぎですから、これはないでしょう。
リアル鬼ごっこ3
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バケモノの子 ★★★.5

2015年07月13日 | アクション映画ーハ行
『サマーウォーズ』などの細田守が監督を務め、人間界とバケモノ界が存在するパラレルワールドを舞台に孤独な少年とバケモノの交流を描くアニメーション。人間界「渋谷」で一人ぼっちの少年と、バケモノ界「渋天街」で孤独なバケモノ。本来出会うはずのない彼らが繰り広げる修行と冒険を映す。バケモノと少年の声を役所広司と宮崎あおいが担当するほか、染谷将太や広瀬すずら人気俳優が声優として名を連ねる。不幸な少年が身勝手なバケモノとの出会いにより成長し、絆を深めていく感動的な物語に期待。
あらすじ:人間界「渋谷」とバケモノ界「渋天街」は、交わることのない二つの世界。ある日、渋谷にいた少年が渋天街のバケモノ・熊徹に出会う。少年は強くなるために渋天街で熊徹の弟子となり、熊徹は少年を九太と命名。ある日、成長して渋谷へ戻った九太は、高校生の楓から新しい世界や価値観を吸収し、生きるべき世界を模索するように。そんな中、両世界を巻き込む事件が起こり……。

<感想>人間界の「渋谷」と、裏側には「渋天街」というバケモノの世界があるという設定。母親を交通事故で喪った少年、父親とも生き別れた孤独な少年が、渋天街に迷い込み、バケモノに弟子入りするのだ。強くなるために。普遍的な成長物語でもあるし、「父と子」というテーマが描かれること。これは前作の母と子を描いた「おおかみこどもの雨と雪」と、対になるテーマのようにも思えた。
映画は二部構成で紡がれる。前半は、9歳だった少年は、後半では17歳になっている。前半部分の九太の声を宮崎あおいが、後半では17歳ということもあってか、染谷将太が声優をしている。

師匠の熊鉄は粗暴だが、一本気で、少年は無我夢中、見よう見真似で強さを体得していく。しかし、思春期を迎え、見限っていたはずの人間界への想いが、劇中で人間界の渋谷に戻り、女子高生のカエデという女の子が出て来て、図書館で、同年代の九太と一緒に、ハーマン・メルヴィルの「白鯨」を読む。9歳から学校へ行ってない蓮は、難しい「白鯨」の字が読めずに困っていると、カエデが国語の漢字やその他の数学、英語、理化、社会などをその図書館で教えてくれるのだ。ということは、カエデも九太の師匠の一人なんですね。カエデの声は広瀬すずで、始めは違和感があったが、だんだんと慣れてきて最後にはいい感じでした。

とにかくも、ふてぶてしくも魅力的な、熊鉄の声の役所広司さんが上手くて、ついつい引き込まれてしまって、蓮=九太がバケモノの街へ行くところは、宮崎駿さんの「千と千尋の神隠し」のような風景画で、クジラが出てくるところや、一郎彦の風貌はにそっくりなような感じで、真似をしているような感じを見受けました。ですが、細田監督とジブリとは深い関係が築いているようでもあるわけで、ですから、影響を受けているのかもしれませんね。

他にも、宗師に津川雅彦さんが、猿の大泉洋と豚のリリー・フランキーの声優さんが、そして、渋谷の路地で見つけた、小さな白いフワフワな小動物のチコは、もしかして亡くなった母親の転生の姿なのかもしれませんね。だから、きっと九太の心の癒しになっているはずです。
しかし、物語は、バケモノ界の住人たちは、心の“闇”から自由になれない人間を憐れんでいるわけで。そう、バケモノからすれば、人間はとても未成熟で、不出来な生き物なわけ。
本来は共存なんてあり得ないのだが、しかし、師匠の熊鉄はそれを押し通すわけ。人間の子供をバケモノの子供にしようと。

九太が熊鉄の自己流の技を日常生活の動きを真似することでマスターしていく様は、まるで「ベストキッド」さながらの、師弟の間に親子にも似た絆が深まっていく心温まるものがあります。

劇中で熊鉄と猪王山が、次期宗師をめぐって繰り広げる激闘シーンがあります。刀の鞘を抜かないで技と技のハイレベルな攻防戦にはじまり、それぞれが、熊と猪に似た巨獣に化けた姿での究極の力比べなども見せ場ですね。
終盤では、人間の子供である九太と一郎彦の、心の“闇”が暴走することで、映画はとんでもない展開を迎えます。しかし、細田監督は一切断罪と行わないのだ。蓮と対峙する一郎彦も人間の子供で、捨て子だったのを拾って育ててくれたのが、イノシシの猪王山なのだ。

渋谷のスクランブル交差点に出てくる大きなクジラが、まるで「「千と千尋の神隠し」」のバケモノに見えたのだが、それが水のように青く光り飛び跳ねる。そして、人間の心に黒い闇がぐるぐるとどす黒い渦を巻き、まるで悪魔のような人間の心を現しているのだ。
例えば、バケモノが優れている、人間は劣っている。だから人間はバケモノのように生きなければいけない、などとは強調しないのだ。
バケモノたちは、妬み、怒り、恨みや復讐などという心に宿ることはないのだろうか。人間は時として、誰かを妬んだり、恨んだりして復讐しようと同じ人間と殺し合うのだ。それに、この世に生を受けて産まれてきたのに、生きるのに絶望して自分で命を絶つこともある。
そして、人間の蓮と一郎彦の決闘が始まるのだ。何という愚かな行為だろう、取り返しのつかないことがそこでは起きる。しかし、誰の事も決して否定はしない。何かを否定せずに、何かを肯定することはできるのではないか。その可能性を証明するために、あらゆる描写が総動員される。

蓮は、一郎彦の黒い“闇”を自分の心に取り込もうとするも、バケモノの父親熊鉄の力が刃の神様となって、身代わりに一郎彦の心の“闇”の中へと突進していくように思えました。あの熊鉄が、まるで我が子を守るかのように蓮の心の”闇”を炎の刃となって真っ黒な心の”闇”を明るく照らしているようにも見えて、頼もしく感じましたね。
このラストでは、まるで「サマーウォーズ」で感動したような、大きな水色に輝くクジラの尾びれが輝いて見えて、同じように心に響きました。
それに、蓮も元の人間界へ戻る道を見つけて、別れていた父親と再会し、打ち解けあい、カエデの協力もあり大学へ進学するべく勉強に励むのであります。
人間も動物も、子育ては大変なはずです。だから、子供を育てていく過程で育む愛情や、絆も生まれて、子供が成長していく姿に感動するはずです。

時をかける少女
サマーウォーズ

おおかみこどもの雨と雪

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