パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

楽園★★★

2019年10月30日 | アクション映画ーラ行

「64-ロクヨン-」「友罪」の瀬々敬久監督が吉田修一の短編集『犯罪小説集』を映画化したサスペンス・ドラマ。閉塞した田舎町を舞台に、12年の時を経て同じY字路で起こった2つの事件によって人生を大きく狂わされた3人の男女の過酷な運命を描く。主演は綾野剛、杉咲花、佐藤浩市。共演に柄本明、村上虹郎、片岡礼子、黒沢あすか。

あらすじ:田園が広がるとある地方都市。ある日、地域の顔役である藤木五郎の孫娘・愛華がY字路でこつ然と姿を消す事件が起きる。必死の捜索もむなしく、愛華が発見されることはなかった。それから12年後、愛華の親友でY字路で別れる直前まで一緒だった湯川紡は、いまだに罪悪感を拭えずにいた。彼女はひょんなことから地元の青年・中村豪士と知り合い、心を通わせていく。ところがある夜、再びY字路で少女の失踪事件が発生し、住民たちは12年前にも怪しまれた豪士への疑いを強めていく。そんな中、都会から地元へ戻ってきた田中善次郎は、万屋として村人の力になる一方、よかれと思って村おこしの実現に奔走するのだったが…。

<感想>ひとすじの光を君にみた――真実なんて何の役にも立たないと思える時代に、真実を照らしてくれる声ってあるんだなと思いました。12年前と同様の少女の失踪事件に翻弄されていく人々を描くミステリー。

実際に起きた犯罪をヒントにして書かれた短編集「犯罪小説集」の中の、二編を組み合わせた映画であります。原作は読んでいませんが、監督と脚本は瀬々敬久、という時点で、八割がた間違いないだろうと予想していたが、鑑賞したら十割を軽く越えていたのに驚く。

「地方」「高齢化」「過疎」「移民」「貧困」そして「村八分」「犯罪」「被害者」「加害者」などと、人間の残酷さと弱さ、愚かさが浮き彫りになってゆく。そんな世の中だからこそ自分の「楽園」を求めて生きろ、という作品のメッセージを背負う杉咲花の繊細さと野性味を兼ね備えた存在感は、焼け野原に一輪だけ咲くシロツメクサのようだった。

彼女に想いを寄せる青年のアプローチが、ほぼストーカーの発想であるなど、そこかしこに人間の恐ろしさが垣間見えるサスペンスになっていた。ですが、細密で生々しく、かつきっちりと「映画」として描かれて行く様は、本当に圧巻でした。

この映画を観て感嘆したのは、顔、顔、役者の表情でしたね。驚きや、怒りや悲しみや絶望、混乱や狂気など、つまり感情が振り切れた瞬間の表情がすごいのだった。どの人も、という瞬間、人間は本当にそういう顔をするものなのかどうかは、知らない。意外とぼ~っと無表情になったりするのかもしれない。

「リアル」と「リアリティ」は違うので、本当にどの役者も、「表情で何かを訴える、伝える」ことの最上級だろう。

どういう演出をしたらば、ああいう表情の顔を引き出せるのだろうか。ベテランの柄本明に佐藤浩市はもちろんとして、綾野剛、杉咲花も一歩もひけをとっていない。個人的には、佐藤浩市に感情移入しすぎてしまい、後半部分はヤバイ雰囲気でした。

まず、1人目は綾野剛演じる中村豪士。大人しくて、暗い性格で、喧嘩を仕掛けられても弱くてやられてしまうのだ。それに、喧嘩相手に対しても文句の一つも言わない、おとなしい性格で見た目が、頭が弱い感じの男。母親がフィリッピン人みたいな、父親はいないし、母と息子の二人でバックや、古着とか何でも屋をしている。

そんな性格だから、村の人たちからは豪士が怪しいと疑われる。そのことを気にして根に持ったのかどうかは知らないが、町のソバ屋で自分の身体に灯油をかぶり、火をつけて店まで焼いてしまうという、おどろおそろしい最後を見せつける。

もう一人目は、都会から地元へ戻ってきた佐藤浩市演じる田中善次郎。養蜂業を営み、何でも屋をしていて、村おこしに一役かっているのだが、それが裏目に出てしまい、村八分のような感じになってしまう。妻と娘を家の火事で亡くしてしまい、独り身で一軒家に住んでいる。

山の桜の苗木とかを取って来ては、自宅の庭に植えて、何時の日か村に桜の木の名所にでもするかのように頑張っていた。それなのに、村の人たちは田中善次郎と、夫に死なれた未亡人の片岡さんと露天風呂に入るシーンがあり、お互いに好意をよせていい感じの中になるのだが、しかし些細なことから村中の非難を受け、村八分状態にされてしまった善次郎は狂気に陥り、恐るべき事件を引き起こす。

 大雨の夜に、崖崩れが起きて、善次郎の家の庭木と土が掘り起こされ、そこから人間の骸骨がたくさん出てきたのだ。そう、犯人は大人しい人間だと思っていた田中善次郎だったのですね。

人はなぜ罪を犯すのか、そしてなぜ自分だけが生き残ってしまったのか。それぞれの人生が交錯するとき、物語は衝撃のラストへと導かれていく。

2019年劇場鑑賞作品・・・161  アクション・アドベンチャーランキング

 

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クロール ―凶暴領域―★★★★

2019年10月28日 | アクション映画ーカ行

巨大ハリケーンの襲来で浸水した自宅に取り残された父娘が、水と一緒にやって来たワニの大群に襲われる恐怖を描くサバイバル・パニック・スリラー。出演は「メイズ・ランナー」シリーズのカヤ・スコデラーリオと「プライベート・ライアン」「トゥルー・グリット」のバリー・ペッパー。監督は「ヒルズ・ハブ・アイズ」「ピラニア3D」のアレクサンドル・アジャ。

あらすじ:大学の競泳選手ヘイリーは、巨大ハリケーンの直撃を受けたフロリダで一人暮らしをしている父デイブと連絡が取れなくなったことを心配し、急ぎ実家へと向かう。嵐の中、どうにか実家に辿り着くも父の姿は見あたらず、地下室で重傷を負っていた父をようやく発見する。しかし救助しようとした瞬間、ヘイリーも何かに背後から襲われ、右足を負傷してしまう。相手はなんと巨大なワニだった。しかも洪水による氾濫で、周囲に生息していたワニが大量に家の中に侵入し、脱出も出来ないまま、絶体絶命の窮地に追い込まれるヘイリーとデイヴだったが…。

<感想>思い出の我が家はヤツらのテリトリー。「死霊のはらわた」のサム・ライミと「ハイテンション」のアレクサンドル・アジャが、タッグを組み、動物パニック映画の快作を生んだ。本作で人間を脅かすのはサメでもサルでも蛇でもない。それがワニなんですね、時速32キロメートルのスピードで水中を泳ぎ回り、カミソリのように鋭い80本の歯を持ち、噛む力は1342㎏という、水陸両生の獰猛なアリゲーターが、家の中で大暴れする。

その上、屋外はハリケーンが猛威をふるい、もはや絶体絶命!!動物パニックにディザスター、密室というジャンル映画の鉄板要素をトッピングした贅沢極まりない作品。

自分の家の地下室の下に、カテゴリ5のハリケーンで水浸しになり床上浸水状態。そこへ運悪く近くのワニ園から、ハリケーンで大雨状態で水かさが増して、排水パイプを伝ってワニが逃げてきたのだ。

父親が一人でハリケーンの被害に遭わないようにと、家を補強している最中に地下室で物音がして、行ってみるとワニが、それもデカイやつがいて、大怪我を負っていた。

娘が大学の競泳選手のヘイリー、いくら強靭な娘でもデカイワニにはかなうはずもなく、父親を助けて地下室から抜け出したい。そして、救助に来て欲しいのだ。だが、ボートで救助にきた警官は、ワニに即食べられてしまう。四面楚歌であればあるほどドラマは盛り上がるはずって、いつもそう思う。

それに、何時の間にか、孤立化して誰も近隣の人たちは避難をしていなかった。洪水でワニ園と化した地下室から、父と娘が決死の脱出を試みる緊迫の88分の間、主人公は絶対に死なないという信仰だけが、観客たちの支えだった。

娘のヘイリーは父親とは疎遠であり、身の危険を承知で助けに向かうヒロインのヘイリー。理屈ではない理由が、それは幼い頃から競泳に励む娘に、ハッパをかける時の「最強の捕食者」という父親兼コーチの口癖もシンプルで小気味がいい。

そして、愛犬のシュガー(犬かきが上手)の描写も、弱いものを守ろうとする人間味を感じる。絶対に餌食にはならないと思って観ていたから。だが、作中のワニはほぼCGだそうだが、カメラワークはさながら人間を狙うワニのように、スリリングでした。

しかし、この状況で父親を助けて絆を取り戻し、水泳選手としての弱さを克服していく姿が、ワニの戦いと並行して描かれていたのも良かった。地下室でワニ退治をする強い娘に育てた父親、いかにして、ワニから逃げて父親を助け、自分も助かりたい。

父が出口は玄関の所にも床下が開くと言うので、泳いで行ってみるが、床の上に物が置いてありどうにも押し上げられなかった。そこへ、玄関に水の流れが押し寄せて、家の中にも水が入り、その物が水の勢いで倒れ、床板を上げることに成功する。だが、玄関からその水と一緒にワニも家の中へと流れてきた。

風呂場に逃げ、ワニに追い詰められるも、天井の隙間から逃げて風呂場のドアを開けて、ワニを風呂場に閉じ込めるのに成功する頭の良さに感心。

こういう、パニック映画は必ずといって、女が強いし、人間ドラマもしっかりと描かれていて良かった。

2019年劇場鑑賞作品・・・160  アクション・アドベンチャーランキング

 

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やっぱり契約破棄していいですか!?★★

2019年10月28日 | アクション映画ーヤ行

「イン・ザ・ベッドルーム」「フィクサー」のトム・ウィルキンソンがリストラ寸前の殺し屋を演じる英国製ブラック・コメディ。自殺願望のある作家志望の青年が、ノルマが達成できない殺し屋と自分を標的に殺しの契約を結ぶが、その直後に運命の女性と出会い、殺し屋から必死で逃げるハメになるドタバタ劇をユーモラスかつ毒気たっぷりに描く。共演に「ダンケルク」のアナイリン・バーナード。監督は長編デビューのトム・エドマンズ。

あらすじ:小説家として全く芽が出ず、人生に絶望した青年ウィリアムは、7回も自殺を試みるも全て失敗してしまう。そこで彼は、7回目のときに出会った老紳士レスリーの力を借りることに。レスリーは英国暗殺者組合に所属するプロの殺し屋だったが、ノルマを達成できずにクビ寸前だった。さっそくレスリーと面会したウィリアムは、一週間以内に暗殺できなければ返金するという契約書に、ターゲットを自分に設定してサインする。ところがその直後、彼の小説を出版したいと女性編集者のエリーから連絡が。2人で打ち合わせをするうちに、すっかり心惹かれるウィリアム。そこでレスリーに契約破棄を申し出るが、どうしてもノルマを達成したいレスリーは聞く耳を持たず、ウィリアムは契約期間の一週間をプロの殺し屋相手に逃げ切らねばらならなくなるのだったが…。

<感想>最後に笑うのはどっちだ!? Wシチュエーション痛快エンターテインメント!。そこそこに設定は面白いのに、その面白エピソードは同時に、間の抜けたゆるさがあり何故かハジケず、展開するにつれて、だんだんとつまらなくなってくるというのは、この手の殺し屋ブラックコメディのお話がミエミエなのが悪いのだ。

それでも、キャラや演出が面白ければ退屈しないのだが、本作ではその辺も普通でつまらなかった。死の描写に湿度や重みが感じられないのは、喜劇とはいえ、やはり致命的だと感じてしまうし、インコが出ているのに、物語にほんとんど関与してこないのも何だかもったいない。

でも、皮肉やユーモアが全編に漂うし、作家を目指す若者と、殺し屋組合に加入している老年期の人物が、ともに困窮した生活をしているのも何だか。

主人公の若者は自殺願望に取りつかれている設定といっても、それは生きる理由を見つけるため。方や殺し屋のオジサンもノルマを達成できず、引退の危機に追い込まれている。殺し屋にしても冷酷非情ではなくて、仕事を楽しんでいるようにみえた。

殺し屋のオジサンには、36年連れ添った妻がいるし、その妻も自分は働いていないので、夫の仕事をどの程度理解しているのか分からないが、「あなたならやれるわよ、大丈夫。あなたの腕は本物よ」なんておだてられて、殺し屋の仕事も普通の仕事みたいに扱われるところも、しっかりとお笑いになってました。

中盤に至っては、出版社の女性エミリーに惹かれてしまい、これは生きることを、人生を肯定するコメディだったのだ。途中で死にたくないと断りの電話をしても、お金は返さなくてもいいからと言ってもダメ。金がなくなれば死に方すらままにならないと、言う状況は、自由な気風や夢をさらに奪われてしまったイギリス社会の暗さの投影なのか。

映像の質は決して低くはないし、良く言えばまったりとした魅力もあるが、サスペンスやアクションなどの見せ場の迫力が乏しいし、印象に残るシーンがないのも残念である。

2019年劇場鑑賞作品・・・159  アクション・アドベンチャーランキング

 

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ジョン・ウィック:パラベラム★★★★

2019年10月24日 | アクション映画ーサ行

キアヌ・リーヴスが伝説の元殺し屋を演じる大ヒット・クライム・アクション「ジョン・ウィック」シリーズの第3弾。裏社会の掟を破り、懸賞金をかけられ追われる身となったジョン・ウィックが、次々と現われる暗殺者と繰り広げる死闘の行方を多彩なアクションとともに描き出す。共演はハル・ベリー、イアン・マクシェーン、ローレンス・フィッシュバーン、マーク・ダカスコス、アンジェリカ・ヒューストン。監督は引き続きスタントマン出身のチャド・スタエルスキ。

あらすじ:伝説の殺し屋ジョン・ウィックは、裏社会の聖域“コンチネンタルホテル”での不殺の掟を破ったため、裏社会の元締め“主席連合”の粛清の対象となり、1400万ドルの賞金首となってしまう。行く先々で刺客との死闘を余儀なくされ満身創痍のジョンは、かつて“血の誓印”を交わした元殺し屋ソフィアに協力を求めるべく、モロッコへと向かうが…。

<感想>世界はお前を許さない。伝説の殺し屋は、復讐の果てに逃亡者となる。前作の後のままから冒頭が始まる。かなりやつれ果てたジョン・ウィックが、体に銃撃で撃たれた傷跡があるのに、愛犬のブス可愛子ちゃんを連れて、「コンチネンタルホテル」へ犬を預けるために一流殺し屋が集うホテルへと向かう。ホテルコンシェルジュのシャロン役のランス・レディックが、ホテルの前で立っているが、あっという間にに殺し屋が集まって来る。

「マトリックス」でスタントを務めたキアヌの盟友チャド・スタエルスキが前作に続いて監督を務め、パワーアップしたアクションを演出する。

裏社会の掟を破り、聖域コンチネンタル・ホテルで仇敵を射殺したために、命を狙われる羽目になった殺し屋のジョンは、世界中の暗殺者を牛耳る“主席連合”に1400マンドルもの懸賞金をかけられる。

最初の刺客は、NYの図書館での格闘だ。見上げるほど背の高い大男。がたいのいい敵には素手でによる生ぬるい打撃は通用せず、長い手足を活かして攻撃を受けたジョンは苦戦。まともな武器もないなかで、手近なアイテムの分厚い本を駆使して応戦するのが凄い。前作で明らかになった、巨大暗殺者ネットワーク“主席連合”の全貌が明らかになる。世界中の暗殺者たちを束ねる“主席連合”の存在。厳格なルールによって殺し屋たちを統率する、その影響力の大きさが、ドラマを面白くする。そしてジョンはついに、そのトップと対面を果たす。

彼は、マンハッタンから脱出。ホテルの支配人ウィンストンの厚意に助けられ、ロシアへと飛ぶ。ロシアの組織の重鎮のアンジェリカ・ヒューストンの援助を取り付けて、さらにモロッコのコンチネンタル・ホテルの支配人であるソフィア(ハル・ベリー)に会い、主席連合の首領の情報を求める。

ソフィアと共に迫りくる敵と対峙する、アラブ系の組織の多勢に無勢を強いられるが、ソフィアが訓練した愛犬シェパードたちが、防弾チョッキを着せられて戦闘に加勢するのだ。恐るべき跳躍力から繰り出される鋭い牙と爪で、刺客たちの股間を狙って必ず仕留めるのだった。

ジョンは、死線を乗り越えながらようやく面会を果たした。首領は、暗殺指令の解除と引き換えに、主席連合への忠誠と過去との決別、そして聖域コンチネンタル・ホテル支配人ウィンストンの抹殺を彼に命じる。

そのころ、マンハッタンのコンチネンタル・ホテルでは、組織が放つった裁定人のエイジア・ケイト・ディロンが、支配人ウィンストンや地下世界の王バワリー・キング(ローレンス・フィッシュバーン)ら、ジョンの協力者たちを苦境に陥れ、さらには凄腕の暗殺者ゼロ(マーク・ダカスコス)、寿司屋を営む謎の軍団が参戦するし、ジョンの追撃を命じていた。マンハッタンに戻ったジョンは、自由を懸けて危険な戦いに挑むのである。

ジョンは格闘技と銃を合わせた“ガン・フー“を始めとし、銃撃戦やカーチェイス、逃げながら戦える馬は最強の相棒かも。華麗な手綱さばきで車道を颯爽と駆け抜け、馬と共に多彩な殺しのテクニックを披露するのだ。馬にまたがって騎馬警官よろしく街を走り抜き、次々と飛び出すハイテンションな見せ場は圧巻であります。

それに、聖域内で暗殺集団との大乱闘を繰り広げるのもお見事としか言えない。主席連合によって“不殺の掟”が解かれたコンチネンタル・ホテルの中は無法地帯だ。連合が擁する最強の武装部隊と、ゼロ率いる“シノビ”の暗殺軍団がジョンを討つべく、ホテルに結集し緊迫感マックスのバトルがボッパツする。ガラス張りの部屋で、マーシャルアーツとシラットが乱れ飛ぶ、ジョンとのバトルシーンは大満足でございます。

正確無比なゲーム感覚で無数のエキストラ兵の頭をぶち抜いてゆく中盤、少々ゲンナリもしたが、ラストはやはり拳銃の弾が尽きて、両者肉体と刃物が砕け散るガラスとのぶつかり合い、まぎれもなく本気のキアヌの顔が見せ場でもある。

大団円の取引が行われる部屋が、朝にはビルの屋上になっている空間マジックが素晴らしい。マーク・ダカスコスや、ヤヤン・ルヒ率いる「ザ・レイド」組らが、ジョンに憧れる敵役として出演していた。そのまんまに、キアヌへのリスペクトとして捉えられグットくるのも良かった。

「マトリックス」同様に、スタントなしのアクションとより奇想天外な世界観は、必須だ。そして中年男という渋みも哀愁も、いや~ジョンを演じるキアヌって、若い!そして、亡き妻への想いだけを抱いて死闘を繰り広げる姿には、凄絶さと悲しみとロマンがたっぷり。胸がキュンキュンするよ。

シリーズが回を追うごとに、それが色濃くなってゆき、キアヌ本人の仕事に対するストイックで、プロフェッショナルな姿勢が、ジョン・ウィックと同化しすぎているのも本作の魅力だと思う。そして、ジョンと共闘する因縁の美女、育ての親のフィクサーなど、クセありまくりな新キャラにも注目したい。

2019年劇場鑑賞作品・・・158  アクション・アドベンチャーランキング

 

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蜜蜂と遠雷★★★・5

2019年10月24日 | アクション映画ーマ行

史上初となる直木賞&本屋大賞のW受賞を果たした恩田陸の傑作ベストセラーを実写映画化した音楽青春ドラマ。 国際ピアノコンクールを舞台に、それぞれに事情を抱えながら大会に挑む4人の若手ピアニストの葛藤と成長を描く。主演は「勝手にふるえてろ」の松岡茉優、「孤狼の血」の松坂桃李、「レディ・プレイヤー1」の森崎ウィン、オーディションで選ばれた新人の鈴鹿央士。共演に臼田あさ美、斉藤由貴、鹿賀丈史。監督は「愚行録」の石川慶。

あらすじ:3年に一度開催され、若手ピアニストの登竜門として世界から注目を集める芳ヶ江国際ピアノコンクール。母親の死をきっかけに表舞台から消えていたかつての天才少女・栄伝亜夜は、復活を期してコンクールに挑もうとしていた。そんな彼女の前に立ちはだかるのは、楽器店勤めで年齢制限ギリギリのサラリーマン奏者・高島明石、亜夜の幼なじみで名門ジュリアード音楽院に在籍する優勝候補最右翼のマサル・カルロス・レヴィ・アナトール、そして今は亡き“ピアノの神様”ホフマンに見出され、コンクールに波乱を巻き起こす謎に包まれた無名の少年・風間塵という、バックボーンもピアノとの向き合い方も三者三様のコンテスタントたち。そんなライバルたちとコンクールを通して刺激しあい、悩みながらももう一度自分の音を取り戻そうともがく亜夜だったが…。

<感想>全く異なる境遇にある4人のピアニストたちが、国際コンクールでの熾烈な戦いを通して刺激し合い、葛藤し、そして成長を遂げて“覚醒”していくさまを描く。前作の「愚行録」の石川慶監督がメガホンをとり、本作では、人を見る目の静かな厳しさとも通じるそんな質感は、昨今稀有な美点になっているのだろう。

ただし、原作の音楽にまつわる大きな感情、人が生まれながらに抱いている、寂しさを歌うとといった言葉の力に勝る、映画の力という点では物足りなさもあった。

 

劇中で奏でられるピアノの音を河村尚子氏、福間洸太朗氏、金子三勇士氏、藤田真央氏といった日本を代表する一線級のピアニストたちが担当。オリジナル楽曲「春と修羅」を国際的に評価の高い作曲家・藤倉大氏が手がけている。

4人のピアニストたちが目指すのは「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」というジンクスをもち、近年高い注目を浴びる芳ヶ江(よしがえ)国際ピアノコンクール。特報では、4人がそれぞれの想いを胸に、生命と魂を懸けた戦いに挑むさまを活写。

母を亡くしたことがきっかけで音楽の世界から失踪するも、再起を目指し再び表舞台に戻ってきた“復活の神童”栄伝亜夜(松岡)。彼女の表情演技の素晴らしさに、まず心を揺さぶられた。

「昔はもっとピアノが楽しかったよなぁって…」と心境を打ち明け、家庭と仕事を持ちながらも夢を諦めきれず、出場年齢ギリギリで最後のコンクールに挑む“不屈の努力家”高島明石(松坂桃李)が「“生活者の音楽”、それを込めたかった」と自らの信念を明かす。松坂桃李は、絵に描いたような普通を、難なくこなす、さすがに芸達者がそろい踏みしていた。

そして、優勝大本命の“信念の貴公子” マサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)は「新しいクラシック、それをやりたいって夢がある」と思いの丈を述べながら、熱量あふれる演奏を披露。

それに、今は亡き“ピアノの神”からの「推薦状」を持つ“祝福の異端児” 風間塵(鈴鹿央士)は「世界中にたったひとりでも、ピアノの前に座ると思う」と言い放ち、コンクールに波乱を巻き起こす。

それぞれに、全く異なる境遇にある4人のピアニストたちが、国際コンクールでの熾烈な戦いを通して刺激し合い、葛藤し、そして成長を遂げて“覚醒”していくさまを描ている。

中でも謎めいたクロークの女役を片桐、「春と修羅」の作曲家・菱沼忠明役に光石、コンクール会場の責任者・田久保寛役として平田が参加している。

ポーランドの名優ヒラは、芳ヶ江国際ピアノコンクールの審査員を務め、マサルの師であるナサニエル・シルヴァーバーグ役を演じ、斉藤由貴が同コンクールの審査員長で、ピアニストたちの命運を握る重要人物・嵯峨三枝子に扮していた。鹿賀が挑むのは、世界的指揮者の小野寺昌幸役。コンクールの最終選考でオーケストラの指揮を執り、亜夜らピアニストたちを叱咤するという役どころだ。

 

優勝本命のマサル・カルロスが、世界的指揮者の小野寺昌幸にオーケストラのフルートの音が聞こえづらいといい、もっと大きな音で演奏してくれと頼むシーン。驚く世界的指揮者が、ピアノはオーケストらに合わせて弾くものだと、強弱は私が指示を出すと言うのだった。そのことで揉めるマサル、若いっていいよね。自分のピアノ演奏にオーケストラが、合わせてくれるものだとばかり思っていたのだろう。

決勝のシーンの3人は、まさに演奏吹き替えによる動きの不自然さなど、あまり感じることなく、清涼感と緊迫感は途切れずに、最後はじんと胸の奥が温かくなった。欲を言えば、長いお休みだった栄伝亜夜に優勝を取らせたかった。

1位は、“信念の貴公子” マサル・カルロス・レヴィ・アナトールが優勝して、2位に栄伝亜夜だった。彼女は母親を亡くしてから心の中の葛藤と、自分が本当にピアノ奏者として今後やっていけるのかが、勝負だったに違いないから。3位は、“祝福の異端児” 風間塵くんが、彼はこれからだって、いくらでもチャンスがあると思うので。

ピアノソロのコンクールの映画は、大好きでよく鑑賞します。今回は、秋の日の初めの、良く晴れた日の木漏れ陽にも、似たようなそんな感じを楽しんだ。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・157  アクション・アドベンチャーランキング

 

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パリに見出されたピアニスト★★★

2019年10月22日 | アクション映画ーハ行

貧しい家庭の不良少年が、プロの音楽家に見出され、コンクール目指して過酷なレッスンに打ち込み成長していく音楽青春ドラマ。主演は「アスファルト」のジュール・ベンシェトリ、共演にランベール・ウィルソン、クリスティン・スコット・トーマス。監督は長編3作目のルドヴィク・バーナード。

あらすじ:パリ郊外の団地で貧しい家庭に育ったマチュー。不良仲間には秘密にしているが、実はピアノが好きで、パリ北駅に置かれた誰でも自由に弾けるピアノで練習するのが何より好きだった。そんな彼の才能に目を付けたのが、パリの名門音楽学校コンセルヴァトワールでディレクターを務めるピエール。マチューが盗みの罪で警察に捕まると、実刑回避に一役買い、マチューはコンセルヴァトワールでの清掃の公益奉仕を条件に釈放される。そんなマチューにピエールは、女伯爵の異名を持つピアノ教師エリザベスのレッスンを受けさせるのだったが…。

<感想>自分のこの指で、未来を拓くが主題のこの映画。ストーリーはありきたりの成功物語だが、俳優と、ラ・セーヌ・ミュージカルなどのロケーションを含むパリの風景、ラストで弾いて聴かせてくれるラフマニノフ「ピアノ協奏曲2番」などの、名曲とで一応の体裁は整えていたのが良かった。

だが、目的地点、つまり成功に到達するまでは、エピソードが予定通りに積み重ねられていくので、もう一工夫欲しいところですね。

物語が、郊外のおよそクラシック音楽と縁のなさそうな青年が、見事にピアノを弾いてのけるっていう設定に、最初は恐れを感じていたが、主人公のジュール・ベンシェトリが、これまでに全くピアノに触れたことが無かったから疲労困憊して、演じた興味深い作品です。

さすがにピアノの演奏自体は吹き替えだが、それを観客に悟られずに、違和感なく見せることが出来るのは、俳優の演技力の賜物だ。ピアノに対する向き合い方を進化させていくのが、この作品の肝でもある。マチューには絶対音感があるけど、クラシック音楽の基盤が無い上に、プロになるために不可欠な、忍耐強く規律正しく演奏する技術が備わっていなかったのだ。

でも、ランベール。ウィルソン扮するピエールや、クリスティン・スコット・トーマスが演じる女伯爵と呼ばれるピアノ教師と出会ったことで、彼の中にピアニストとしての自覚と自信が少しづつ芽生え始めるわけ。

だが、型にはまった展開がいちいち予想できてしまうのがつらいものの、演奏時の静かな間など、場面ごとの見せ場をゆったりと堂々たる演出で見せきったのには感心しきり。キャストも良く、とりわけ、クリスティン・スコット・トーマス演じるピアノ教師“女伯爵”の存在感が素晴らしかった。この作品は、ディレクターを務めるピエールの自分の地位を持続させるために、マチューを選び賭けに出た結果、見事勝利を収めることが出来たわけ。もちろん、マチューの天賦の才があったからこそですね。

天賦の才能を持つマチューが、プロを目指して努力を重ねる姿には、父親の監督作品で俳優デビューを飾った後、バーナード監督と出会い、一皮むけたジュール自信の姿と重なってゆくのもよかったですね。

横顔の、額から鼻筋にかけての輪郭に、フランスを代表する名優ジャン=ルイ・トランティニャンを祖父に持つその面影がにじむ、サラブレットであるジュール・ベンシェトリの今後に期待しようではないかと思った。

2019年劇場鑑賞作品・・・156  アクション・アドベンチャーランキング

 

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マレフィセント2 ★★★・5

2019年10月21日 | アクション映画ーマ行

ディズニーの名作アニメ「眠れる森の美女」を、悪役“マレフィセント”を主人公にして実写映画化したファンタジー・エンタテインメントの続編。再び勃発する人間界と妖精界の争いの行方を描く。主演は引き続きアンジェリーナ・ジョリーとエル・ファニング。共演にミシェル・ファイファー、ハリス・ディキンソン、サム・ライリー。監督は「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」のヨアヒム・ローニング。

あらすじ:邪悪な妖精マレフィセントの呪いによって16歳のときに永遠の眠りに落ちたオーロラ姫は、マレフィセント自身の真実の愛によって呪いを解かれ、ついに目を醒ます。ムーア国の女王となった彼女は、アルステッド国のフィリップ王子との愛を育み、やがて彼のプロポーズを受け入れる。2人の結婚は、これまで争いの絶えなかった人間と妖精の間に平和をもたらすものと思われた。フィリップ王子の母でアルステッドの王妃イングリスからも温かく迎えられるオーロラ姫だったが…。

<感想>オーロラ姫の婚礼に隠された“秘密”とは…。「眠れる森の美女」から誕生した美しきヴィランの衝撃のその後を追う「マレフィセント2」。悪役=ヴィランでありながら、美貌と強さと共に、複雑で奥深い愛情を持つマレフィセント役を再び演じることになったアンジェリーナ・ジョリーは、このシリーズでは自ら製作にも乗り出す入れ込みよう。

前作で心を繋ぐことができたマレフィセントとオーロラは、お互いを愛する家族になれた。でも今作では、オーロラは成長して、ある危機に直面し、二人は離れ離れになることを強いられるというお話だけど、家族とは何かを語る物語でもあります。それは必ずしも血の繋がりだけではない。アンジーが演じるマレフィセントは、オーロラのために究極の愛を試されることになるとか、ぜひその結末を劇場で確認して下さい。

そして、エル・ファニング演じるオーロラ姫。前作でマレフィセントと心の絆を繋いだ彼女は成長し、映画のオープニングで王子からプロポーズされる。

それに、今回はアンジーだけでなく、王子の母親であるミシェル・ファイファーというもう一人の大女優が加わった。オーロラは自然が大好きで優しい性格。強いけれど同時に女性的で、彼女はそういうことを捨てない。強さにはいろいろあるけれど、ピンクのドレスを着ていても強かったりする。

今回は、マレフィセントが前作と違うところは?・・・前作で絆が芽生えたオーロラのために人間界に身を置くことにするのだけど、それで自分の本質を抑圧しているわけ。そしてあることから仲たがいをして、裏切られた感じ、オーロラとの距離ができてしまう。そんな状況の中でマレフィセントはこの世界のダークな魔物が自分だけではないことを発見する。

オーロラ姫がフィリップ王子からのプロポーズを受け入れ、二人の盛大な結婚式を間近に控えていたが、その婚礼はこれまで争いの絶えなかった妖精と人間の世界に和平をもたらし、誰をも幸せに導くはずだったが、実はその裏には、妖精界を滅ぼそうとする恐るべき罠が仕組まれていたのですね。

それを企んでいるのは、何とフィリップ王子の母親王妃イングリスであり、オーロラにとって未来の義母となる人。そしてオーロラが心を痛める妖精界と人間界の争いがついに勃発してしまう。

その戦いは、真実の愛によって母娘のように結ばれたオーロラ姫とマレフィセントの絆を引き裂こうとするのだった。オーロラ姫とフィリップ王子の結婚式の日に、オーロラに危機が迫っていることを知るマレフィセントは、愛するオーロラを救うために、マレフィセントの究極の愛が試されようとしていた。

それに、王妃イングリスが妖精とマレフィセントを倒すために、発明をしていた毒薬のような爆弾。それを一番先にマレフィセントに投げつけるのだ。すると屈強だったマレフィセントが、その凶弾に倒れて真っ逆さまに湖に落ちてゆく。その傷ついたマレフィセントを助けたのが、同じように翼を持つ人間の集団で、地下の洞窟で暮らしていたのだった。

つまり、アルステッド国の王妃イングリスが、この機会に、オーロラ姫のムーア国を乗っ取って自分の国にしようと策略。その計画を知っていたのがマレフィセントであり、自分と同じ翼のある人間たちが洞窟で暮らしていることを知り、それがアルステッド国の王妃イングリスに戦争を強いられて、負けて洞窟に住んでいるという。その鳥人間たちの力を借りて、アルステッド国の王妃イングリスと闘うことにするわけ。

オーロラ姫は自分の結婚式のことに気を取られて、妖精たちと森の中で楽しく過ごしている。まさか、自分の国が、王子の母親に乗っ取られることなど考えてもいなかった。それに、アルステッド国の王様も、王妃イングリスの呪いにかけられて、眠ったままになる。

マレフィセントが大勢の鳥人間たちを連れてやってくるところと、それに対抗するアルステッド国の王妃イングリスの力も凄いときてる。だが、マレフィセントの力を侮ってはならない。最後には、魔法で王妃イングリスを角の生えた山羊にしてしまうのだから。王様の呪いもマレフィセントが呪いを解いてやり、王子とオーロラ姫の結婚式が、改めて盛大に行われるのだった。

ファンタジーではないと思うのですが、オーロラ姫に対する母性愛が、マレフィセントの方が勝っているようで、さすがでしたね。

2019年劇場鑑賞作品・・・155  アクション・アドベンチャーランキング

 

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ジョーカー★★★★

2019年10月17日 | アクション映画ーサ行

いわゆるアメコミが原作の作品としては史上初となるヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞の快挙を果たした衝撃のサスペンス・ドラマ。DCコミックスのバットマンに登場する最強最悪の悪役“ジョーカー”に焦点を当て、コメディアンを夢みる心優しい男アーサー・フレックが、いかにして社会から切り捨てられ、狂気の怪物へと変貌を遂げていったのか、その哀しくも恐ろしい心の軌跡を重厚な筆致で描き出す。主演は本作の演技が各方面から絶賛された「ザ・マスター」「her/世界でひとつの彼女」のホアキン・フェニックス。共演にロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ。監督は「ハングオーバー」シリーズのトッド・フィリップス。

あらすじ:大都会の片隅で、体の弱い母と2人でつつましく暮らしている心優しいアーサー・フレック。コメディアンとしての成功を夢みながら、ピエロのメイクで大道芸人をして日銭を稼ぐ彼だったが、行政の支援を打ち切られたり、メンタルの病が原因でたびたびトラブルを招いてしまうなど、どん底の生活から抜け出せずに辛い日々を送っていた。そんな中、同じアパートに住むシングルマザーのソフィーに心惹かれていくアーサーだったが…。

<感想>笑い声と共に、悪のカリスマがやって来る。第76回ヴェネチア国際映画祭で堂々の金獅子賞受賞。最大級の評価を受けた要因は、作品としての完成度のほかに、アーサー役を担ったフェニックスの演技も挙げられるだろう。苦悩や問題を抱えた内面だけでなく、彼が20キロの減量に成功し、痩せさらばえた肉体などを徹底的に表現したその姿は、鬼気迫るものがあった。

映画オリジナルの解釈で、悲しい宿命を背負ったとあるピエロが、ジョーカーへと変貌していく過程を描き出していた。極限の役作りをしたホアキン・フェニックスが、世の中に虐げられていた道化が、絶対的な悪となるまでを圧巻の演技で体現していた。

映画版での歴代ジョーカーでは、「バットマン」でのジャック・ニコルソン、「ダークナイト」でのヒース・レジャー。特にヒースのは最高だった。入魂の役づくりでジョーカーのこの上なく不気味で生々しい佇まいや、喋り方体得して、史上まれに見る悪役映画を遺してこの世を去った。

治安の悪化と腐敗が進むゴッサム・シティの片隅の汚いアパートで、病身の母親と暮らしている低所得者のアーサー。2人の楽しみは人気コメディアン、マーレイのTVショーを見ること。母親からは、「どんなときも笑顔で人々を楽しませなさい」と言う母の言葉を胸にして、アーサーもコメディアンとして大成することを夢見ているが、生活は苦しく不運続き。

母親は、かつて町の大富豪で市長選への出馬が噂されているトーマス・ウェインの下で家政婦として働いていた。母親は、その縁を頼って資金援助を求める手紙を送る続けるが、返事が来ることはなかった。母親が言うには、「貴方はトーマスの子供よ」と言うのだ。

それを信じて、トーマスの屋敷に行くアーサーは、門の前で屋敷の主人トーマスに、母親の妄想癖があることと、精神状態がおかしいと言われて、アーサーが自分の息子だとは絶対に言わない。それに、アーサーが子供のころに母親からの虐待を受け、食事も食べさせられなくて、母親が子供の虐待で捕まり精神病院へ入っていたこと。自分は母親の養子で実の子ではないことと、児童施設へ入ったことなども聞かされる。

アーサーは今までに母親からの虐待などを、覚えてないのか、思い出したくもないのか知らないが、ピエロの扮装をしてサンドイッチマンをして働き、食事もあまり食べずに、母親の食事を買って食べさせているのだ。どう見てもアーサーは、親孝行な息子だと見えるのだが。

アーサーの精神状態も、子供のころから虐められて卑屈な性格になり、いつも笑った顔してにやけているのだ。だから、他人には、バカにしているようにしか見えない。性格的に問題もあり、情緒不安定のせいか、いつも落ち着かない。でも、ピエロの恰好をしてダンスを踊る姿は、とても楽しそうに見えた。

弱者を切り捨てる市政憤慨するアーサー、自分の精神の病で通っているカウンセラーの施設が、市の予算削減で閉鎖されるなど、ピエロの仕事でも、病院で子供にピエロの扮装をして、手品を見せたり踊ったりして人気があったのに、友達から自衛のためだとピストルを貰い、その病院でポケットに入れていたピストルが飛び出してしまい、子供たちが怯えてしまい、仕事もクビになってしまう。

それに、帰りの地下鉄でも、スーツ姿の会社員たちに、ピエロのメイクを笑わられてしまうアーサー。ついに、怒りが爆発してキレてしまい、その若い男たちをピストルで撃ち殺してしまうのだった。

そんな時に、同じアパートのシングルマザーのソフィーに心を惹かれ仲良くなる。彼女は彼にとって唯一の心を許せる存在となったのに。

その殺人事件のニュースは、狂気のピエロが現れたとゴッサム・シティを駆け巡る。しかし、現状に不満を抱く一般市民たちは、突然現れたこの怪人は、体制や富裕層に挑むシンボルとして高い支持を集めてしまう。

すると、町中にピエロの仮面をかぶった群衆が現れて、デモ活動を繰り広げて盛り上がるのだった。アーサーは自分の想像しないところで、ピエロ顔のアーサーが英雄となっていたことを知る。喜んでいいのやら、よく考えれば分るのにね。だが、警察の捜査網は着実に、アーサーが犯人であることに、迫りつつあった。

それで、アーサーは追い詰められ、再びピエロの姿となってある行動を起こすのだ。警察官も拳銃で撃ち殺すし、そんなアーサーに、TV局から電話でマーレイのショーに出演しないかと誘われる。嬉しいよね、念願のTV出演だもの。TVに出たはいいが、アーサーは、とんでもないことを口走り、そこでも怒りを爆発させてマーレイをピストルで撃ち殺してしまう。

母親が心臓発作で救急車で運ばれて入院し、そこには、愛する恋人ソフィーが母親の傍に付いていたのに、罪もない彼女さえ怒りの矛先を向けるし、母親にも、幼いころの虐待を思い出したのか、クビを絞めて殺してしまう。

バットマンの幼いころの姿として、トーマス・ウェイン夫妻と息子の姿も描かれ、両親がアーサーに銃殺されるところが描かれる。茫然として、両親の亡骸の前に立っている子供の頃のバットマンの姿があった。トーマス・ウェインが辿る悲惨な末路も原作にリンクする。ちなみに、本作では、幼いころのブルースも登場し、アーサーのジョーカーとの接点も描いていた。

そして、役づくりの鬼として知られる名優ロバート・デ・ニーロの共演も忘れられない。アーサーが憧れるテレビ司会者、マーレイ・フランクリンに扮し、さすがに偉大な存在感でアピールしていた。

この映画は、ホアキン・フェニックスの演技を見るための映画だといっても過言ではない。肩の骨が浮き出るほどに痛々しく痩せて、暗い瞳には小さな光も見いだせないようにすら見える、この映画の彼のすべてをじっと見守りたい。限りなく繊細で卓越した彼の表現方法と、存在の仕方をこの目でしっかりと見届けようではないか。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・154  アクション・アドベンチャーランキング

 

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真実 ★★★・5

2019年10月15日 | アクション映画ーサ行

前作「万引き家族」がカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた是枝裕和監督が、フランスを代表する女優カトリーヌ・ドヌーヴを主演に迎え、日仏合作で撮り上げた家族ドラマ。国民的大女優とその娘が、母の自伝本出版をきっかけに、改めて自分たちの過去と向き合っていく愛憎の行方を繊細かつ軽妙な筆致で綴る。共演はジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホーク、リュディヴィーヌ・サニエ。

あらすじ:フランスの国民的大女優ファビエンヌが、『真実』という名の自伝本を出版することに。海外で脚本家として活躍している娘のリュミールは、人気テレビ俳優の夫ハンクと娘のシャルロットを伴い、パリ郊外のファビエンヌの屋敷を訪ねる。お祝いの名目でやって来たリュミールだったが、気がかりなのは本の中身。事前に原稿チェックができなかった彼女は、さっそく出来上がったばかりの『真実』に目を通す。翌朝、リュミールが苛立ち紛れに内容のデタラメぶりを非難すると、“真実なんて退屈なだけ”と平然と言い放つファビエンヌだったが…。

<感想>「ママ、あなたの人生 嘘だらけね」国民的大女優が発表した自伝本。そこに綴られなかった母と娘の物語とは――。カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた是枝裕和監督が、フランスの大女優であるカトリーヌ・ドヌーヴを主演に迎え、そして、娘役にはジュリエット・ビノシュと、素晴らしく豪華なキャスティングであり、これはすぐに観に行かねばと思った。あいにくと、恐るべき大型台風19号が上陸し、千葉、東京、長野、そして私が住んでいる仙台も甚大な被害にあった。12,13日と交通機関が全面ストップ状態で、映画館も休館になったのだ。

14日にやっと鑑賞したのだが、映画館は何処も満員状態。字幕で鑑賞でしたが、大御所のカトリーヌ・ドヌーヴの圧巻の演技と、控えめなジュリエット・ビノシュの娘の演技に見とれてしまった。それに、マノン役のマノン・クラベルに見惚れてしまったくらい魅力的でした。

母親が書いた自伝の「真実」の内容は、娘のことも詳しく描かれていたようで、娘は一番の被害者のようでしたね。結婚相手のTV俳優の役のイーサン・ホークのことを、「あなたたち上手くいっているの」なんて冷たくいうし、早朝に2人が抱き合って裸で寝ている寝室に、ノックのなしに平気で入って来る母。庭でイーサンが娘のシャーロットと楽しく遊んでいるのをみて、羨ましくもあり眉をひそめるのも、自分は夫と上手くいかなかったので。娘には幸せな家庭を作って欲しいと思ったようですね。

それに、父親は死んだことになっていたし、40年間も務めていた秘書のリュックのことが、一行も描いていないと文句を言う娘。後で、その秘書のリュックが辞めることになるとは。そのことを、母にもっとリュックを大事にしなさいと、戻って来るようにと助言する娘。

本音を描いてないと突っ込む娘に、本というものは、「あからさまに日常のことを、本当に描かなくてもいいのよ」と、母親があっさりと逃げ切るところ。

ところが、自伝の中では、死んだはずの父親が、別れてしばらくになっているのに、元妻が自伝を書いたと言うので、自分のことも書いているはず、だから幾らか金を貰いたいと来たのだ。まるで無視をして、言葉もかけずに知らんふりをしている母。

さらに、劇中劇での母親が出演しているSF映画「母の記憶に」のことで、不治の病にかかった母親が、娘を見守るために宇宙船に乗って不老の身となり、歳を取っていく娘(ファビエンヌ)を見守る下り。母親はいつまでも歳を取らずに、娘は母よりも老いて母と会い続けると言う設定なのだ。

「真実」が映画の主題であるが、「母と娘」というのも大きな主題だったことに気づく。結局は老女優の母親ファビエンヌと、その娘リュミールの物語になっていた。だが、二人が仲のいいシーンもある。母が「ヒッチコックの映画に出ることになってたのよ」というファビエンヌの言葉に、娘と母が「サイコ」のあの名シーン、シャワーでのシーンを真似する大女優のお二人さん。

娘リュミールは長年の間、母を超える名女優とされた、今は亡きサラという女優を思慕していたのだ。後から聞かされる話で、母が卑劣な方法でサラの役を奪ったことを、今でも許していない娘。

それに並行して描かれるSF映画「母の記憶に」での、ファビエンヌの母親に扮する女優のマノンと、ファビエンヌの母と娘の物語でもある。女優マノンは、サラの再来と言われる新進の女優さん。この母娘関係は、サラとファビエンヌをめぐる隠れた主題でもあるのだ。母が忙しくて構ってくれなかった時に、いつもサラが優しく遊んでくれたことも、リュミールにとっては忘れられないのだった。

劇中映画の「母の記憶に」を撮影している間、ファビエンヌは、サラへの嫉妬と自負と負い目、それが、マノンへの意地悪として噴き出てしまう。とにかく、大女優ファビエンヌは、わがままで気位の高いのが玉にキズです。この絡み合ったそれぞれの物語を、とにかくも見事に集結に持っていく構成。

SF映画「母の記憶に」の、母と娘の和解のシーンは、お互いに最高の演技のシーンとなって、マノンはファビエンヌに礼を言いに来るのだ。マノンもまたサラの亡霊に悩まされていたのだった。

マノンが帰った後に、母と娘のリュミールも和解の時を迎える。父が子供の頃に作ってくれた段ボールの家、「オズの魔法使い」の舞台を再現している。リュミールが、いつも学校の行事にはパパだけで、ママは忙しくて来てくれなかったと言う。そのことに対して、実はこっそりと観に行っていたという母親。

それに、「ヴァンセンヌの森の魔女」の魔女役を引き受けたのは、リュミールがいつも寝る時に、サラにその絵本を読んでもらっていたことに嫉妬をして、魔女役を引き受けたことを告白する母だった。

ラスト近くでのこのシーン、母娘がしっかりと抱き合って、今までのわだかまりが消えてゆくシーン。すると母が言うのだ「どうしてマノンとはこのように出来なかったのか」と、いきなり取り直しをすると言い出すのだ。

それに、孫のシャルロットが祖母に言う言葉が「お婆ちゃんに宇宙船に乗って欲しいの。私が女優になったのを観て欲しいから」と。その孫の言葉に嬉しそうに微笑むヴァンセンヌ。娘が脚本家になり、孫が自分のDNAを引き継いで女優になってくれることを、嬉しくて微笑んだのですね。

 

だが、裏ではシャルロットが戻って来て、母のリュミールが「どうだった」と母の反応を聞く。娘のシャルロットが、「お婆ちゃん、とても喜んでいたわ」と。実は娘に頼んで、母親に喜んでもらおうと脚本したことなのだ。これって「真実」なのと、シャルロットが母のリュミールに聞く。嘘が本当になり、本当が嘘になる。でも、家族ですもの、嘘も真実も許してくれるはず。女優の物語を劇化すれば、これは当然の成り行きでしょうね。

 

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3人の信長★★・5

2019年10月13日 | アクション映画ーサ行

TAKAHIRO、市原隼人、岡田義徳が敵方に捕まった3人の織田信長を演じる時代劇エンタテインメント。共演に高嶋政宏、相島一之、前田公輝。監督は「HiGH&LOW THE MOVIE」シリーズの脚本を手がける渡辺啓。

あらすじ:金ヶ崎の戦いにより敗走中の信長が今川軍の残党に捕まってしまう。ところが捕らえられた信長は3人もいた。しかも3人とも本物を守ろうと、我こそは本物の信長だと猛アピールする始末。万が一影武者の首を討ち取るようなことがあれば、今川家はいい笑いものになってしまうと、一味を束ねる蒲原氏徳は、本物の信長を見定めようと、あの手この手で3人に迫っていくのだったが…。

<感想>命がけの嘘つき合戦はじまる。コメディでしたが、もう何も考えず見ることです。亡き今川義元の墓前に討ち取った信長の首を供えるのが、家臣たちの悲願。 しかし影武者の首と合わせて3つだなんて、末代までの恥となってしまう。3人ともに拷問シーンみたいなところも有るのですが、 されど「我こそが信長だ」と主張する3人は、背格好が似ているし、性格も噂通りのうつけ者。 いったい誰が本物で、誰が影武者なのか? 前代未聞の嘘つき合戦が始まります!

それにだ、信長に敗れた今川の元家臣たちは、誰もが本物の信長の顔を見たことが無い人ばかりで拉致があかないのだ。それに、捕らえられた信長の3人とも、いかにもな影武者たちばかりで、自分がホンモノと名乗る立派な武将ばかり。

家臣たちは信長の首を斬って、亡き主君の墓前に捧げなければならないのだから。家臣たちは、本物の信長が誰なのかを巡って悪戦苦闘を強いられる。

だが、本物の信長が誰だかわかったとしても、それが何だと思ってしまう。史実でも何でもないトンデモ設定ならば、トンデモもないカラクリや、トンデモない結末が観たいのに、実に無難なまとめ方をしていた。

実際には、本物の信長は、農民のような服装でその村に出入りしていたわけで、初めからもしかして、「あの農民のような人物がホンモノじゃない」というような伏線を見せていた。だが、3人の影武者に絞っており、服装も佇まいも絶対に俺が信長だと言い切るので、どうしようもなかった。

それに、一人だけ信長の顔を知っているという家来の中にいたのだが、そいつが中々現れずに、最後までこの3人の中にホンモノがいると決めつけていた。

俳優たちも、それなりに知っている俳優たちで、TAKAHIROくんを目立たせようとしていたが、特に市原隼人が良かった。3人の信長たちも本物を守るため「我こそが信長だ」と猛アピール。3人の信長と元今川軍の侍たちは、翻弄し、翻弄される謀略合戦を繰り広げる。

時代劇というよりもアクション映画のように、ギラギラ、ザラザラとした画質。イラストを使った時代背景のわかりやすい説明など、史実に「あったかもしれない」という自由な発想の物語と、すぐに本題に入るスピーディな展開。それに、3人のさりげなくモダンな衣裳と、キャスティングはもちろんのこと、時代劇に慣れていないという観客層を、楽しませたい意欲は感じられた。笑ったのが、信長は猫嫌い(アレルギー)で猫が近くにいるとくしゃみをするという情報を得る。しかし3人ともが猫アレルギーだといい、くしゃみをはじめる。

人里離れた廃村を舞台に限定しており、それは予算の関係があるのかもしれないが、その分脚本のハードルは確実に上がっていると思ったのに、そうでもなかった。この作戦が功を奏しているかといえば、正直微妙。そのアイデアがいささかショボイのだから。

3人の信長を捕らえた側の根拠は復讐なのだが、彼らが信長に負けたことでいかに悲惨な目に遭ったかが、感じられないので動機が弱すぎる。そもそも3人とも斬ってしまえばいいではないかと、思わせる時点で負けだろうに。

ラストで、本物の信長が家来を引き連れて、3人の影武者たちを助けに来る。ホンモノの信長の顔をしっかりと見据えて、高嶋政宏扮する“蒲原氏徳”は、どうにも歯がゆいばかり。情けない話でありますが、おまけの映像で、高嶋政宏が信長の影武者になるという映像もあった。髭を剃らなければだめだと言うのに、このままで影武者をやると頑張る高嶋政宏

 

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プライベート・ウォー★★★★

2019年10月12日 | アクション映画ーハ行

「ゴーン・ガール」のロザムンド・パイクが2012年に取材中のシリアで命を落としたベテラン戦場記者メリー・コルヴィンを演じる伝記映画。黒の眼帯をトレードマークに、数々の危険な紛争地帯に飛び込み、命がけの取材活動を続けた伝説の女性記者の壮絶なジャーナリスト人生を、PTSD(心的外傷後ストレス障害)にも苦しんでいた彼女の知られざる素顔とともに描き出していく。共演はジェイミー・ドーナン、スタンリー・トゥッチ。監督は「カルテル・ランド」「ラッカは静かに虐殺されている」などのドキュメンタリー作品で高い評価を受け、本作が劇映画デビューとなるマシュー・ハイネマン。

あらすじ:英国サンデー・タイムズ紙の特派員として活躍するアメリカ人記者のメリー・コルヴィン。2001年にはスリランカでの取材中に戦闘に巻き込まれ、左眼を失明してしまう。それでもすぐに現場復帰を果たしたメリーは、これ以降、黒い眼帯がトレードマークとなる。2003年にはフリーのカメラマン、ポール・コンロイとともに乗り込んだイラクで大きなスクープをものにする。しかし紛争地での過酷な取材は徐々に彼女の心を蝕み、ついにはPTSDで入院してしまうメリーだったが…。

<感想>新聞やニュースでは知ることのできない“真実”が、本作では描かれていた。戦地では何が起きていた? 女性戦場記者が見た“信じがたい事実”とは?・・・銃声と爆音轟く危険地帯の圧倒的臨場感 戦争を肌で感じる稀有な良質作品であります。

映画は、ときに新聞やニュースでも報じない“真実”を映し出すことがある。報道機関が入り込めない危険な最前線で、一体何が起きているのか。メディアがカメラを回していない戦地で、住民たちはどのように暮らしているのか。「プライベート・ウォー」は、そうした“信じがたい事実”を暴き出し、戦争自体を肌で感じさせる稀有な作品である。

本作は、実在の女性戦場記者メリー・コルビンの半生を、「ゴーン・ガール」のロザムンド・パイクの怪演で成し遂げたものである。戦地を、ノーヘル革ジャンで突進する百戦錬磨の女性ジャーナリストは、英雄的すぎると萎えてしまうが、戦争ジャンキーで酒とSEXの依存症、使命感でなく狂気で動いている感じがスキ。しかも男性客に大サービスまでして。

レバノン内戦や湾岸戦争など、世界各地の戦場を取材して飛び回ったコルビン。その業績から“生ける伝説”と称され、型破りな取材スタイルは同業者の尊敬と批判を一身に集めた。そしてこれは、命を賭して戦場の現実を伝えたコルビン、その生きざまに共鳴した人々が紡いだ、“信じがたい実話”でもある。

外見からも伝わってくるとおり、この主人公、言動は破天荒そのものだ。ルールに縛られることを嫌い、常に信念に突き動かされ、己の使命を全うすべくあらゆる手を尽くしていく。本項目では、そんなコルビンの無茶苦茶ではあるが、愛すべき“クレイジー”な行動の一部を紹介していく。

□危険地帯への取材を、会社が禁止したが…

スリランカ内戦を取材するためオフィスを出ようとした瞬間、コルビンは上司に「危険すぎる」として渡航を禁止される。しかし、コルビンはこれを全く無視し、即日、現地へと飛んで行った。さらにイラク戦争では、応じなければ従軍資格がはく奪される手続きさえも、行動が制限されるとして無視。アメリカ軍も近寄らない危険地帯へと、颯爽と出かけて行った。

映画の序盤、コルビンがスリランカ内戦で大ケガを負う場面が白眉だ。薄暗い夜半、反政府組織とともに農地を移動するさなか、突如、足元の土がいたるところで跳ね上がった。一瞬ののち、けたたましい銃声が耳に届く。同時に強烈なライトの光があたりを照らし、前方に銃を構える人々のシルエットが浮かび上がった。撃たれていたのだ。コルビンは反射的に「記者だ!」と両手を上げるが、遅かった。背後が爆裂し、まともに食らった彼女の視界は暗闇に包まれた。命は助かったが、そう、彼女が片目を失った戦場での出来事であります。

主人公は戦場での経験からトラウマに苛まれ精神的な危うさの瀬戸際に立ちながらも、紛争地に舞い戻らずにはいられないのだ。使命感と、恐怖と紙一重の激しさにしか生きている証が感じられない者の行為だと感じた。

この複雑な人物をロザムンド・パイクが見事に演じきっていた。恐怖という感覚を喪失する映画「フィアレス」にもあったように、怖れを失った人間は自由になれるわけではなく、危機意識を感じたくてさらに危うい領域に踏み込んでしまうのだ。戦場だけでなく、その精神的彷徨いも豊かであった。

民間人は当然のように戦火に飲み込まれた。医者もおらず薬も足りず、野戦病院では獣医が血だるまになった人間を手当てしている。この映画は、女性記者が目撃した “現実”にスポットを当てているのだ。

ジャーナリズムとは多くの真実のうち、正確なたったひとつをいかに伝えるか。そして固有名を持たない人間は、この世で一人もおらず、個々の出来事を他人事ではなく伝えようとする姿勢をみました。

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僕のワンダフル・ジャーニー★★★・5

2019年10月12日 | アクション映画ーハ行

愛する飼い主イーサンとの運命の再会を目指して生まれ変わりを繰り返す健気な犬ベイリーの一途な愛を犬目線で綴ったW・ブルース・キャメロン原作の大ヒット・ファミリー映画「僕のワンダフル・ライフ」の続編。年老いたイーサンとの約束を守り、何度生まれ変わっても孫娘に寄り添い続け、家族の絆を取り戻すために奮闘するベイリーの長い旅路を描く。出演は引き続きイーサン役にデニス・クエイド。またベイリーと彼が転生していく犬たちの声も引き続きジョシュ・ギャッドが担当。監督はTV「フレンズ」や「モダン・ファミリー」などを手がけてきたゲイル・マンキューソ。

あらすじ:3回も生まれ変わりようやくイーサンと再会した犬のベイリーは、田舎の農場でイーサンと彼の初恋の人ハンナとのんびり過ごしていた。そこへ、ハンナの亡くなった息子の妻グロリアとその幼い娘CJが新たな家族に加わる。しかし幸せな日々は長くは続かず、グロリアは突然CJを連れて家を出て行ってしまう。そんな中、再び犬生が終わろうとしていたベイリーは、彼の生まれ変わりを知っているイーサンから、CJを守ってくれと重大な使命を託される。イーサンとの約束を守ると決意したベイリーは、かわいいビーグルの子犬に生まれ変わると、少し成長したCJを見つけ出し、彼女から片時も離れることなく心の支えとなっていくのだったが…。

<感想>犬好きによる、犬好きのための映画。みんなの笑顔が、僕の幸せなのだ。家族をひとつにするため、何度も生まれ変わる犬のベイリー。幸せな涙があふれ出す、犬と人間のラブストーリーです。愛犬と寄り添う人生、犬が繋ぐ家族の絆、幸せな涙があふれ出し、胸がいっぱいになる“最高の犬ムービー”!

死去した愛犬が、自分と再会するために生まれ変わってくれる……2017年の映画「僕のワンダフル・ライフ」は、愛犬家たちの切なる“願望”を映像化した感動作でした。

その続編「僕のワンダフル・ジャーニー」今回も、愛犬と飼い主の絆に涙が止まりません。しかし、その涙の意味合いは、前作とはちょっとだけ異なります。飼い主を守りたい、幸せにしたいという、愛犬の健気な“想い”。彼らは単なるペットではなく、人生をともに歩む “家族”なんだ――。涙があふれてくるのは、悲しいからではありません。幸せだから、泣くんです。犬好きによる、犬好きのための映画なんですね。

 

前作は最愛のイーサンに再会するべく、50年で3回も生まれ変わった愛犬ベイリーの姿を描きました。今度のベイリーは、イーサンの義理の孫娘であり、歌手になることを夢見るCJとともに、優しい物語を紡いでいきます。このセクションでは、本作の見どころを4つのポイント。

【健気すぎる】愛犬が生まれ変わり、また会いに来てくれる… 理由は「君を守りたい」から! 穏やかで満ち足りた“犬生”を送るベイリーは、離れて暮らす幼いCJを心配しながら、ついに寿命を迎えることに。命の灯が消えるその瞬間、イーサンはベイリーにこう語りかけます。

「CJを守ってくれ。僕を幸せにしたように、あの子も幸せにしてやってくれ」。最愛の飼い主の願いを受けた愛犬は、再び“生まれ変わりの旅”に出発します。今度は、CJを守るんだ――!

前作と打って変わって、今回は“女の子の人生”にスポットライトが当てられます。CJの幼少期~青年期がシームレスに描かれるため、“人間ドラマ”への感情移入はさらに深く、感動の波はより大きくなっています。そして健気なベイリーの奮闘を見れば、「幸せは、犬と歩む人生にある」「死は別れではなく、次の旅の始まりなんだ」など、“希望”がとめどなくあふれ出てきます。

ベイリーは生まれ変わりを繰り返し、ついにCJと再会。そして図らずも、彼女の人生の幅を広げるきっかけになっていきます。

ペットの犬が人間の声でセリフを言うのも何だかなぁ~と感じましたがね、ヒロインのCJが小学生から高校生へと一瞬で成長している、ギターを結び目にした演出が素晴らしかったです。犬のお喋りが多いので、CJの弾き語りがあまり聞けなかったのが寂しい。

4匹の犬が、それぞれに可愛いいが、最初に登場するベーリーの芸達者ぶりには、舌を巻いた。イーサンに合わせて伸び々をするなど、ナチュラルな魅力で、犬が喋るというファンタジックな作品の世界観に驚きました。

同じ主人に尽くすために、生まれ変わって何度も「犬生」をやり直す健気な犬の冒険。とにかくも、語りべを演じる犬たちが魅力的だからだろう。

愛くるしいビーグルのミックス犬“キャバグル”や、大型犬の王様“アフリカン・ボーアボール”、宝石のように毛並みが輝く“ヨークシャー・テリア”など、個性豊かなワンちゃんたちが続々と登場です。

自分の尻尾を噛もうとぐるぐる回転したり、飼い主の帰宅に「そんなに跳べるのだ」と、驚いては喜んだりして。犬好きなら思わず笑みがこぼれる“たまらない”映像が、いたるところに盛り込まれています。

 

成長したCJは田舎町を飛び出し、夢をかなえるべくNYへやってきます。10代の淡い恋、母親との気まずい関係、生きるうえで突き当たる何枚もの高い壁。ベイリーは、輪廻転生を繰り返して、時に喜び、時に悩むCJに寄り添うなかで、やがて自身の“究極の目的”を見出していきます。

しかしながら、人間を愛するのが犬の人生の究極の目的とし、飼い主との約束を守るべく、輪廻転生を繰り返す健気な犬たちに比べて、人間の身勝手さには哀しくなってしまう。安楽死や交通事故など、人間の都合で犬たちが、死を迎える展開には涙でしたね。

行く先々での思いがけない交流、幼なじみ・トレントとの運命的な再会。さらに母と子、果ては孫と祖父母の関係など“家族の絆”を深めることにも一役買っています。「犬はペットではなく、絆をつなぐ家族」。そんな物語のメッセージが、ありありと浮かび上がってくるのが良かったです。

 

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存在のない子供たち★★★★・5

2019年10月10日 | アクション映画ーサ行

女優としても活躍し、長編デビュー作「キャラメル」で高い評価を受けたナディーン・ラバキー監督が、祖国レバノンを舞台に、貧しい両親のもとに生まれた少年の過酷な境遇と不条理な運命を描いた衝撃の社会派ドラマ。キャストには主演のゼイン少年をはじめ、ほぼ役柄と似た境遇の素人が起用され、3年におよぶ綿密なリサーチから生まれたリアルかつ衝撃的な物語が描かれていく。

あらすじ:ベイルートのスラム街に暮らすおよそ12歳の少年ゼイン。両親が出生届を出さなかったため、正確な誕生日も年齢も知らず、書類上は存在すらしていないという境遇に置かれていた。貧しい両親はそんなゼインを学校に通わせる気などさらさらなく、大家族を養うために一日中厳しい労働を強いていた。辛い毎日を送るゼインにとって、かわいい妹の存在が唯一の心の支えだった。ところがある日、その妹が大人の男と無理やり結婚させられてしまう。怒りと無力感に苛まれ、絶望したゼインは家を飛び出し、街を彷徨う。やがて赤ん坊を抱えたエチオピア人難民のラヒルと出会い、子守をすることを条件に彼女の家に住まわせてもらうゼインだったが…。

<感想>両親を告訴する。僕を産んだ罪で。「存在のない」ってどういうこと、出生届をだしていない無国籍の難民のこと。難民であふれるレバノンやシリアでは相当数の「存在のない子供」がいるらしい。この映画の舞台は中東の貧民窟。少年が刑務所に収監中の12歳ぐらいの少年が、弁護士を代理人として裁判を起こす。僕を生んだ罪で両親を訴えたいと。両親と兄弟姉妹と暮らすこの少年は、學校へも行けず一日中働かされている。

その内、少年は家を出て行き、エチオピア系移民のバラックへ行き着く。そこでよちよち歩きの乳幼児の世話を任されることになる。ゼインを救ってくれたエチオピア移民のシングルマザーもまた、身分証がなく底辺の生活をしていた。親を捨てた子供が、今度は子供の保護者となった。救いようのない親に生まれながらも、ゼインは人種の違う小さな赤ん坊を必死に守る。それは、近くにいる悪い大人の男たちが、赤ん坊を狙って拉致して、売りさばこうとするからだ。

その母親も身分証がないために、街へ出て働くことができない。直ぐに移民局に捕まってしまう。強制送還させられるのだ。赤ん坊はどうなるのか、暫くは児童相談所みたいなところで一時預かりになるのだろう。その方が、食べ物と寝るところがあるからいい。

 

移民、児童婚、不法労働など、さまざまな社会問題が描かれるのだが、貧困ゆえに戸籍を持てず、身分が証明されないから、教育も受けられず貧困から抜けられないスパイラル。しかし、両親は働きにもいかないし、1日中汚い狭い部屋に寝ているのだ。

この映画は、自分ごとのようにそれらの問題を肌で感じさせる強い力があった。なぜならば、ナディーン・ラバキー監督が演じた弁護士役以外は、すべて物語と似た境遇の実際の難民であるということも驚きだ。怒りや絶望に満ちた眼差しは演技ではなく、本物なのだから。救いようのない親に産まれながらも、ゼインは必死に生きようとする。

少年が乳幼児の世話をしながら絶対的な飢餓という極限状態の中で、必死に生きる姿を捉えた映像には言葉もない。資金がないため出生届けを出されずに、戸籍を持たない子供たち。朝から晩まで路上で働かされ、ゴミ溜めのような部屋で両親と大勢の兄弟と暮らす。食べるものもないのに、子供ばかり増えるのだ。生活のため、11歳の妹は強制結婚をさせられる。

つまり、妹が初潮を迎えて女として大人になったと言う証拠があり、それで、両親は大家に娘を金で売り飛ばすということだ。売られた娘は、売春宿や臓器移植のために利用される。両親は、哀しみもせずに生きるために子供を売り飛ばすのだ。

ゼインはまだ大人ではない、遊園地の観覧車に乗って、夕日を見た大人びた横顔。もう片方の横顔の表情に想いを寄せる。少年は学校へも行ってないのに、12歳で自分の未来のため、残して来た兄弟のために両親を訴えるのだ。少年の素直さを大切にしなくては。この世界から希望は消えてしまう。ゼインの訴えに裁判長が下す判決は、・・・。

ただこれはドキュメンタリーではなく、劇映画だという形をとっている点に、いささかの違和感を覚えるのは私だけではないだろう。つまり、そこにある現実を忠実にそのまま記録するというドキュメンタリーと、その現実に手を加えて記録するセミドキュメンタリーやドラマの違いといったらいいのか。

平和な日本には、なじみの薄いものが多い。それでも他人事とは思えないのが、「育児放棄」や「幼児虐待」で罪のない子供が死んでしまう。そのニュースが後を絶たない日本の現実と、呼応するドラマでもあるからだろう。

 

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シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢★★★・5

2019年10月08日 | アクション映画ーサ行

スウェーデンに実在する男子シンクロナイズドスイミング・チームをモデルに描き、本国フランスで大ヒットしたヒューマン・ドラマ。それぞれに中年の危機を迎えた8人の負け組おじさんたちが、シンクロナイズドスイミングで世界を目指すことで自信を取り戻していく姿を描く。主演はマチュー・アマルリック、共演にギヨーム・カネ、ブノワ・ポールヴールド、ジャン=ユーグ・アングラード。監督は俳優としても活躍するジル・ルルーシュ。本作が初の単独監督作となる。

あらすじ:2年前からうつ病を患い、会社を退職して引きこもり生活となり、家族からも冷たい視線を浴びるベルトラン。子供たちに軽蔑され、義姉家族からも嫌味を言われる日々をどうにかしたいと思っていたある日。地元の公営プールで“男子シンクロナイズドスイミング”のメンバー募集を目にした彼は、思い切ってチームに参加することに。久々にやる気を取り戻したベルトランだったが、メンバーは妻と母親に捨てられ不満だらけのロランや、奥手で内気なプールの従業員ティエリー(フィリップ・カトリーヌ)ら、ミュージシャンになる夢が捨てきれないシモンをはじめ、いずれも悩み多き中年の負け犬オヤジばかりだった。それでも元シンクロ選手のコーチ、デルフィーヌ(ヴィルジニー・エフィラ)とアマンダ(レーラ・ベクティ)のモラハラすれすれの指導の下、練習に励むベルトランたちだったが…。

<感想>原題は、「シンクロ・ダンディーズ」とかっこいいんです。シンクロチームのメンバーとして集まった8人の中年男性が、再び人生の輝きを取り戻す姿を描く。監督は俳優としても活躍する「ナルコ」のジル・ルルーシュ。出演者が有名な俳優ぞろいですから、「セザンヌと過ごした時間」のギヨーム・カネ、「ニキータ」のジャン=ユーグ・アングラード、「チャップリンの贈り物」ブノワ・ポールヴールド、「バルバラセーヌの黒いバラ」のマチュー・アマルリック等。

観て見ぬふりをしようと努力はしたが、何時の間にか紛れもなく中年のオジサンになっていたマチュー・アマルリックと、ジャン=ユーグ・アングラード。すっかりお腹の出たオヤジ体型。あのナイーブなインテリ青年だったアマルリックが、その悲哀こそドラマのテーマでもあるし、一方ではそれがコメディとして機能しているのだから、さすがです。

主人公演じるアマルリックは、無職で鬱病もち、他の登場人物たちも家庭や仕事場に居場所がなく、美しいとはいえない体型のおじさんばかりだ。そんな彼らが、何故かシンクロチームに夢中になる悲喜劇に、ついにこの私もじんわりと感動してしまった。

さまざまなトラブルに見舞われながらも、元シンクロ選手のコーチ、デルフィーヌとアマンダのモラハラすれすれの指導の下、無謀にもノルウェーで行われる世界選手権への出場を目指すことになるわけ。

最初のトレーニングの光景はひどいものでした。オリンピックの女子チームの振り付け師であるコーチデルフィーヌは頭を抱えますが、3週間後にはこの調子なら目標に到達できる、と語るまでになります。

働けない夫のベルトランに対して、理解ある妻の存在は救いの神ですね。厳しい練習の後は、サウナで一服。ゆるんだ体が愛おしいですよね。

出演者たちは週1・2回のペースで行われた7週間のトレーニングに耐えて、映画の撮影に臨みました。困難な水中から足を出すシーンはスタントマンが演じていますが、主要なシーンは彼ら自身が演じています。トレーニングの際のエピソードは皆が面白おかしく、共演者の才能と努力を讃えるエピソードを語っています。こうして生まれたキャストの連帯感は、映画の中で描き出されていて楽しい。

全員がそれぞれ特技を持っていました。素晴らしいダンサーであるティエリーのフィリップには、恋愛経験ゼロのピュアおじさんで、優雅さがありいつも温厚でチームのマスコット存在。そして、誰よりも居残りトレーニングをしていたロランのギヨームは、怒りの沸点が低いビチ切れおじさん。妻に捨てられ、実母との関係も険悪状態だが、もの凄い努力家であります。

マルキュスのブノワは、現実と向き合えないおじさん。会社経営に失敗するも過去の栄光が忘れられない。でも、怠けているように見えて、実はこっそりとトレーニングをしていました。最も水着が似合っていたのは、ジャン・ユーグですね。トレーラー暮らしで一人娘がいるし、ミュージシャンを目指す夢追いおじさんのシモン。

撮影の舞台裏で一番水着の似合う男、ジャン=ユーグ・アングラードが、熊のように毛深いフィリップ・カトリーヌの背中の毛を、剃ってあげていたと語るマチュー・アマルリック。想像するに、さぞ美しい光景だったのでしょう。

その肉体美を眺めるだけで笑える作品ですが、決してギャグを連発する映画ではありません。実年齢も体型も、どこから見てもオジサンなのが面白い。シチュエーションはコーチにしごかれながら世界選手権を目指すのだが、特訓しても彼らの胴回りは引き締まらなかったのが、映画の残念さをも疑う。

おじさんたち、そしてその周囲の人物もそれぞれ悩みを抱えて生きています。その哀愁漂う姿は、演技派俳優たちが演じる事で見る者の共感を呼び、彼らの活躍が感動と奮起を与えてくれる映画になっていた。フランス映画ならではのポップな色使いも大いに一役買っているのもいい。

この映画は実在するスウェーデンの、男子シンクロナイズド・スイミングチームの活躍にインスパイアされたフランス映画です。

 

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トールキン 旅のはじまり★★★・5

2019年10月07日 | アクション映画ータ行

「トム・オブ・フィンランド」のドメ・カルコスキ監督が『ホビットの冒険』『指輪物語』の作者J・R・R・トールキンの若き日の物語を映画化した伝記ドラマ。両親の死や戦争など過酷な運命の中でかけがえのない出会いを重ねて成長していくトールキンの愛と友情の前半生に焦点を当て、偉大な作家の創作の原点に迫っていく。主演は「マッドマックス 怒りのデス・ロード」「X-MEN:ダーク・フェニックス」のニコラス・ホルト。共演にリリー・コリンズ、コルム・ミーニイ。

あらすじ:幼い頃に父を亡くし、母と弟と英国の田園地域で暮らしていたトールキン。しかしその母も彼が12歳の時に他界してしまう。孤児となってしまったトールキンだったが、母の友人のモーガン神父が後見人となり、高校では名門キング・エドワード校に通うことに。そしてそこで、ロバート・ギルソン、ジェフリー・スミス、クリストファー・ワイズマンという3人の仲間と出会い、かけがえのない友情を育んでいく。そんな中、同じ家に下宿している3つ年上の女性エディス・ブラットと恋に落ちるトールキンだったが…。

<感想>世界のだれもが知る『ホビットの冒険』『指輪物語』。その作者であるJ・R・R・トールキンの若き日の物語。天才小説家の知られざる半生は、生涯の仲間との強い絆、そして運命の女性との恋など、小説以上に壮大な物語が秘められていた。

あの壮大な冒険物語は、愛と友情、そして、勇気から生まれた。偉大な創造を成し遂げた人間の実人生は、得てして平凡で地味なものだが、このトールキンの若き日を描いた伝記映画は、そこで妙な無理をせず、平凡に見えるものの中に、非凡な細部を見つけていくような語り口で全体を描き切っていた。

伝記映画は数多いが、本作は「ホビットの冒険」「指輪物語」で知られるトールキンの幼少から青年期までを描いたもの。なにせ、エルフ語まで発明したファンタジー作家ゆえに、その半生が興味深くないわけがない。だからして、この映画がユニークなのはその知られざる生涯を追うだけではなく、トールキンの果てしない想像力の源泉は何処から生まれたのか、その神秘に焦点が当てている点でもある。

12歳で孤児となり、空想の世界に籠ることが多かったこと、下宿先における後の、妻となる利発な女性との出会いが、エルフの王女の創造に繋がったこと、これぞ純愛です。エディスを演じたリリー・コリンズが魅力的なだけに、トールキンとの運命的な出会いで惹かれ合うのだが、しかし、彼の大学進学を機に忘れられることを予感して、別の男性と婚約してしまう。同じく孤児のエディスとの関係に、もう少し光を注いで欲しかった気がしましたね。

また強い絆を結んだ学友たちとの出会いが、彼の作品の核にある何物にも侵されないフェローシップのひな形になったことなどが語られていた。

第一次世界大戦下、親友を探して彷徨う主人公トールキンの姿から始まる物語は、おのずと「指輪物語」を想起させるのだ。そんな中で、一つの重しというか、目玉となるのが第一次大戦の塹壕戦の体験であり、戦場の凄惨な光景とトールキンの創造した神話の世界とが、同じ力で入り混じり、一つに重なり合うのだった。

特に彼が体験した戦場における凄惨な光景が、のちに身の毛もよだつクリーチャーたちの創造源となっていくさまを、映像的な解釈で表現したのは独創的でした。病弱であり、戦場で肺結核になり血を吐きながら、兵士の死体のある塹壕の中で生き延びる朦朧とした姿が焼き付く。生死を彷徨う彼を支えたのは、エディスへの一途な想いと、その天才的なイマージネーションの力だったのです。

さらには、本作を牽引するのが、青年時代のトールキンに扮するニコラス・ホルトの素顔に光を当てた構成にも、魅力である。これまで、七変化の怪優的な路線を目指しているような印象があったのだが、サリンジャーに続く作家役の今回は、真っ直ぐで紳士的で、特異な才能に満ちた愛すべき好青年の魅力を引き出し、観る者誰もをトールキン好きにさせずにはおかないだろう。

バロウ書店をはじめとし、舞台美術も重厚であり、純粋に、映画的説得力に満ちた作品になってました。「事実は小説より奇なり」とは良く言ったものだが、トールキンの生み出した心躍る冒険物語の裏に、これほど壮絶な過去が存在したとは、思いもよりませんでした。明るい未来が約束されていたはずの利発そうな4人の少年たちが、大人に混じってサロンでいっぱしの芸術を語り合うシーンの眩しさが、冒頭の第一次世界大戦の残酷な描写との、息苦しいほどのコントラストを生んでいた。

 

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