パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

3人の信長★★・5

2019年10月13日 | アクション映画ーサ行

TAKAHIRO、市原隼人、岡田義徳が敵方に捕まった3人の織田信長を演じる時代劇エンタテインメント。共演に高嶋政宏、相島一之、前田公輝。監督は「HiGH&LOW THE MOVIE」シリーズの脚本を手がける渡辺啓。

あらすじ:金ヶ崎の戦いにより敗走中の信長が今川軍の残党に捕まってしまう。ところが捕らえられた信長は3人もいた。しかも3人とも本物を守ろうと、我こそは本物の信長だと猛アピールする始末。万が一影武者の首を討ち取るようなことがあれば、今川家はいい笑いものになってしまうと、一味を束ねる蒲原氏徳は、本物の信長を見定めようと、あの手この手で3人に迫っていくのだったが…。

<感想>命がけの嘘つき合戦はじまる。コメディでしたが、もう何も考えず見ることです。亡き今川義元の墓前に討ち取った信長の首を供えるのが、家臣たちの悲願。 しかし影武者の首と合わせて3つだなんて、末代までの恥となってしまう。3人ともに拷問シーンみたいなところも有るのですが、 されど「我こそが信長だ」と主張する3人は、背格好が似ているし、性格も噂通りのうつけ者。 いったい誰が本物で、誰が影武者なのか? 前代未聞の嘘つき合戦が始まります!

それにだ、信長に敗れた今川の元家臣たちは、誰もが本物の信長の顔を見たことが無い人ばかりで拉致があかないのだ。それに、捕らえられた信長の3人とも、いかにもな影武者たちばかりで、自分がホンモノと名乗る立派な武将ばかり。

家臣たちは信長の首を斬って、亡き主君の墓前に捧げなければならないのだから。家臣たちは、本物の信長が誰なのかを巡って悪戦苦闘を強いられる。

だが、本物の信長が誰だかわかったとしても、それが何だと思ってしまう。史実でも何でもないトンデモ設定ならば、トンデモもないカラクリや、トンデモない結末が観たいのに、実に無難なまとめ方をしていた。

実際には、本物の信長は、農民のような服装でその村に出入りしていたわけで、初めからもしかして、「あの農民のような人物がホンモノじゃない」というような伏線を見せていた。だが、3人の影武者に絞っており、服装も佇まいも絶対に俺が信長だと言い切るので、どうしようもなかった。

それに、一人だけ信長の顔を知っているという家来の中にいたのだが、そいつが中々現れずに、最後までこの3人の中にホンモノがいると決めつけていた。

俳優たちも、それなりに知っている俳優たちで、TAKAHIROくんを目立たせようとしていたが、特に市原隼人が良かった。3人の信長たちも本物を守るため「我こそが信長だ」と猛アピール。3人の信長と元今川軍の侍たちは、翻弄し、翻弄される謀略合戦を繰り広げる。

時代劇というよりもアクション映画のように、ギラギラ、ザラザラとした画質。イラストを使った時代背景のわかりやすい説明など、史実に「あったかもしれない」という自由な発想の物語と、すぐに本題に入るスピーディな展開。それに、3人のさりげなくモダンな衣裳と、キャスティングはもちろんのこと、時代劇に慣れていないという観客層を、楽しませたい意欲は感じられた。笑ったのが、信長は猫嫌い(アレルギー)で猫が近くにいるとくしゃみをするという情報を得る。しかし3人ともが猫アレルギーだといい、くしゃみをはじめる。

人里離れた廃村を舞台に限定しており、それは予算の関係があるのかもしれないが、その分脚本のハードルは確実に上がっていると思ったのに、そうでもなかった。この作戦が功を奏しているかといえば、正直微妙。そのアイデアがいささかショボイのだから。

3人の信長を捕らえた側の根拠は復讐なのだが、彼らが信長に負けたことでいかに悲惨な目に遭ったかが、感じられないので動機が弱すぎる。そもそも3人とも斬ってしまえばいいではないかと、思わせる時点で負けだろうに。

ラストで、本物の信長が家来を引き連れて、3人の影武者たちを助けに来る。ホンモノの信長の顔をしっかりと見据えて、高嶋政宏扮する“蒲原氏徳”は、どうにも歯がゆいばかり。情けない話でありますが、おまけの映像で、高嶋政宏が信長の影武者になるという映像もあった。髭を剃らなければだめだと言うのに、このままで影武者をやると頑張る高嶋政宏

 

2019年劇場鑑賞作品・・・152  アクション・アドベンチャーランキング

 

 映画に夢中

 

  トラックバック専用ブログとして、エキサイトブログ版へ

  トラックバックURL : https://koronnmama.exblog.jp/tb/30827547


プライベート・ウォー★★★★

2019年10月12日 | アクション映画ーハ行

「ゴーン・ガール」のロザムンド・パイクが2012年に取材中のシリアで命を落としたベテラン戦場記者メリー・コルヴィンを演じる伝記映画。黒の眼帯をトレードマークに、数々の危険な紛争地帯に飛び込み、命がけの取材活動を続けた伝説の女性記者の壮絶なジャーナリスト人生を、PTSD(心的外傷後ストレス障害)にも苦しんでいた彼女の知られざる素顔とともに描き出していく。共演はジェイミー・ドーナン、スタンリー・トゥッチ。監督は「カルテル・ランド」「ラッカは静かに虐殺されている」などのドキュメンタリー作品で高い評価を受け、本作が劇映画デビューとなるマシュー・ハイネマン。

あらすじ:英国サンデー・タイムズ紙の特派員として活躍するアメリカ人記者のメリー・コルヴィン。2001年にはスリランカでの取材中に戦闘に巻き込まれ、左眼を失明してしまう。それでもすぐに現場復帰を果たしたメリーは、これ以降、黒い眼帯がトレードマークとなる。2003年にはフリーのカメラマン、ポール・コンロイとともに乗り込んだイラクで大きなスクープをものにする。しかし紛争地での過酷な取材は徐々に彼女の心を蝕み、ついにはPTSDで入院してしまうメリーだったが…。

<感想>新聞やニュースでは知ることのできない“真実”が、本作では描かれていた。戦地では何が起きていた? 女性戦場記者が見た“信じがたい事実”とは?・・・銃声と爆音轟く危険地帯の圧倒的臨場感 戦争を肌で感じる稀有な良質作品であります。

映画は、ときに新聞やニュースでも報じない“真実”を映し出すことがある。報道機関が入り込めない危険な最前線で、一体何が起きているのか。メディアがカメラを回していない戦地で、住民たちはどのように暮らしているのか。「プライベート・ウォー」は、そうした“信じがたい事実”を暴き出し、戦争自体を肌で感じさせる稀有な作品である。

本作は、実在の女性戦場記者メリー・コルビンの半生を、「ゴーン・ガール」のロザムンド・パイクの怪演で成し遂げたものである。戦地を、ノーヘル革ジャンで突進する百戦錬磨の女性ジャーナリストは、英雄的すぎると萎えてしまうが、戦争ジャンキーで酒とSEXの依存症、使命感でなく狂気で動いている感じがスキ。しかも男性客に大サービスまでして。

レバノン内戦や湾岸戦争など、世界各地の戦場を取材して飛び回ったコルビン。その業績から“生ける伝説”と称され、型破りな取材スタイルは同業者の尊敬と批判を一身に集めた。そしてこれは、命を賭して戦場の現実を伝えたコルビン、その生きざまに共鳴した人々が紡いだ、“信じがたい実話”でもある。

外見からも伝わってくるとおり、この主人公、言動は破天荒そのものだ。ルールに縛られることを嫌い、常に信念に突き動かされ、己の使命を全うすべくあらゆる手を尽くしていく。本項目では、そんなコルビンの無茶苦茶ではあるが、愛すべき“クレイジー”な行動の一部を紹介していく。

□危険地帯への取材を、会社が禁止したが…

スリランカ内戦を取材するためオフィスを出ようとした瞬間、コルビンは上司に「危険すぎる」として渡航を禁止される。しかし、コルビンはこれを全く無視し、即日、現地へと飛んで行った。さらにイラク戦争では、応じなければ従軍資格がはく奪される手続きさえも、行動が制限されるとして無視。アメリカ軍も近寄らない危険地帯へと、颯爽と出かけて行った。

映画の序盤、コルビンがスリランカ内戦で大ケガを負う場面が白眉だ。薄暗い夜半、反政府組織とともに農地を移動するさなか、突如、足元の土がいたるところで跳ね上がった。一瞬ののち、けたたましい銃声が耳に届く。同時に強烈なライトの光があたりを照らし、前方に銃を構える人々のシルエットが浮かび上がった。撃たれていたのだ。コルビンは反射的に「記者だ!」と両手を上げるが、遅かった。背後が爆裂し、まともに食らった彼女の視界は暗闇に包まれた。命は助かったが、そう、彼女が片目を失った戦場での出来事であります。

主人公は戦場での経験からトラウマに苛まれ精神的な危うさの瀬戸際に立ちながらも、紛争地に舞い戻らずにはいられないのだ。使命感と、恐怖と紙一重の激しさにしか生きている証が感じられない者の行為だと感じた。

この複雑な人物をロザムンド・パイクが見事に演じきっていた。恐怖という感覚を喪失する映画「フィアレス」にもあったように、怖れを失った人間は自由になれるわけではなく、危機意識を感じたくてさらに危うい領域に踏み込んでしまうのだ。戦場だけでなく、その精神的彷徨いも豊かであった。

民間人は当然のように戦火に飲み込まれた。医者もおらず薬も足りず、野戦病院では獣医が血だるまになった人間を手当てしている。この映画は、女性記者が目撃した “現実”にスポットを当てているのだ。

ジャーナリズムとは多くの真実のうち、正確なたったひとつをいかに伝えるか。そして固有名を持たない人間は、この世で一人もおらず、個々の出来事を他人事ではなく伝えようとする姿勢をみました。

2019年劇場鑑賞作品・・・151  アクション・アドベンチャーランキング

 

 映画に夢中

 

  トラックバック専用ブログとして、エキサイトブログ版へ

 トラックバックURL : https://koronnmama.exblog.jp/tb/30825877


僕のワンダフル・ジャーニー★★★・5

2019年10月12日 | アクション映画ーハ行

愛する飼い主イーサンとの運命の再会を目指して生まれ変わりを繰り返す健気な犬ベイリーの一途な愛を犬目線で綴ったW・ブルース・キャメロン原作の大ヒット・ファミリー映画「僕のワンダフル・ライフ」の続編。年老いたイーサンとの約束を守り、何度生まれ変わっても孫娘に寄り添い続け、家族の絆を取り戻すために奮闘するベイリーの長い旅路を描く。出演は引き続きイーサン役にデニス・クエイド。またベイリーと彼が転生していく犬たちの声も引き続きジョシュ・ギャッドが担当。監督はTV「フレンズ」や「モダン・ファミリー」などを手がけてきたゲイル・マンキューソ。

あらすじ:3回も生まれ変わりようやくイーサンと再会した犬のベイリーは、田舎の農場でイーサンと彼の初恋の人ハンナとのんびり過ごしていた。そこへ、ハンナの亡くなった息子の妻グロリアとその幼い娘CJが新たな家族に加わる。しかし幸せな日々は長くは続かず、グロリアは突然CJを連れて家を出て行ってしまう。そんな中、再び犬生が終わろうとしていたベイリーは、彼の生まれ変わりを知っているイーサンから、CJを守ってくれと重大な使命を託される。イーサンとの約束を守ると決意したベイリーは、かわいいビーグルの子犬に生まれ変わると、少し成長したCJを見つけ出し、彼女から片時も離れることなく心の支えとなっていくのだったが…。

<感想>犬好きによる、犬好きのための映画。みんなの笑顔が、僕の幸せなのだ。家族をひとつにするため、何度も生まれ変わる犬のベイリー。幸せな涙があふれ出す、犬と人間のラブストーリーです。愛犬と寄り添う人生、犬が繋ぐ家族の絆、幸せな涙があふれ出し、胸がいっぱいになる“最高の犬ムービー”!

死去した愛犬が、自分と再会するために生まれ変わってくれる……2017年の映画「僕のワンダフル・ライフ」は、愛犬家たちの切なる“願望”を映像化した感動作でした。

その続編「僕のワンダフル・ジャーニー」今回も、愛犬と飼い主の絆に涙が止まりません。しかし、その涙の意味合いは、前作とはちょっとだけ異なります。飼い主を守りたい、幸せにしたいという、愛犬の健気な“想い”。彼らは単なるペットではなく、人生をともに歩む “家族”なんだ――。涙があふれてくるのは、悲しいからではありません。幸せだから、泣くんです。犬好きによる、犬好きのための映画なんですね。

 

前作は最愛のイーサンに再会するべく、50年で3回も生まれ変わった愛犬ベイリーの姿を描きました。今度のベイリーは、イーサンの義理の孫娘であり、歌手になることを夢見るCJとともに、優しい物語を紡いでいきます。このセクションでは、本作の見どころを4つのポイント。

【健気すぎる】愛犬が生まれ変わり、また会いに来てくれる… 理由は「君を守りたい」から! 穏やかで満ち足りた“犬生”を送るベイリーは、離れて暮らす幼いCJを心配しながら、ついに寿命を迎えることに。命の灯が消えるその瞬間、イーサンはベイリーにこう語りかけます。

「CJを守ってくれ。僕を幸せにしたように、あの子も幸せにしてやってくれ」。最愛の飼い主の願いを受けた愛犬は、再び“生まれ変わりの旅”に出発します。今度は、CJを守るんだ――!

前作と打って変わって、今回は“女の子の人生”にスポットライトが当てられます。CJの幼少期~青年期がシームレスに描かれるため、“人間ドラマ”への感情移入はさらに深く、感動の波はより大きくなっています。そして健気なベイリーの奮闘を見れば、「幸せは、犬と歩む人生にある」「死は別れではなく、次の旅の始まりなんだ」など、“希望”がとめどなくあふれ出てきます。

ベイリーは生まれ変わりを繰り返し、ついにCJと再会。そして図らずも、彼女の人生の幅を広げるきっかけになっていきます。

ペットの犬が人間の声でセリフを言うのも何だかなぁ~と感じましたがね、ヒロインのCJが小学生から高校生へと一瞬で成長している、ギターを結び目にした演出が素晴らしかったです。犬のお喋りが多いので、CJの弾き語りがあまり聞けなかったのが寂しい。

4匹の犬が、それぞれに可愛いいが、最初に登場するベーリーの芸達者ぶりには、舌を巻いた。イーサンに合わせて伸び々をするなど、ナチュラルな魅力で、犬が喋るというファンタジックな作品の世界観に驚きました。

同じ主人に尽くすために、生まれ変わって何度も「犬生」をやり直す健気な犬の冒険。とにかくも、語りべを演じる犬たちが魅力的だからだろう。

愛くるしいビーグルのミックス犬“キャバグル”や、大型犬の王様“アフリカン・ボーアボール”、宝石のように毛並みが輝く“ヨークシャー・テリア”など、個性豊かなワンちゃんたちが続々と登場です。

自分の尻尾を噛もうとぐるぐる回転したり、飼い主の帰宅に「そんなに跳べるのだ」と、驚いては喜んだりして。犬好きなら思わず笑みがこぼれる“たまらない”映像が、いたるところに盛り込まれています。

 

成長したCJは田舎町を飛び出し、夢をかなえるべくNYへやってきます。10代の淡い恋、母親との気まずい関係、生きるうえで突き当たる何枚もの高い壁。ベイリーは、輪廻転生を繰り返して、時に喜び、時に悩むCJに寄り添うなかで、やがて自身の“究極の目的”を見出していきます。

しかしながら、人間を愛するのが犬の人生の究極の目的とし、飼い主との約束を守るべく、輪廻転生を繰り返す健気な犬たちに比べて、人間の身勝手さには哀しくなってしまう。安楽死や交通事故など、人間の都合で犬たちが、死を迎える展開には涙でしたね。

行く先々での思いがけない交流、幼なじみ・トレントとの運命的な再会。さらに母と子、果ては孫と祖父母の関係など“家族の絆”を深めることにも一役買っています。「犬はペットではなく、絆をつなぐ家族」。そんな物語のメッセージが、ありありと浮かび上がってくるのが良かったです。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・150  アクション・アドベンチャーランキング

 

 映画に夢中

 

  トラックバック専用ブログとして、エキサイトブログ版へ

 トラックバックURL : https://koronnmama.exblog.jp/tb/30825780


存在のない子供たち★★★★・5

2019年10月10日 | アクション映画ーサ行

女優としても活躍し、長編デビュー作「キャラメル」で高い評価を受けたナディーン・ラバキー監督が、祖国レバノンを舞台に、貧しい両親のもとに生まれた少年の過酷な境遇と不条理な運命を描いた衝撃の社会派ドラマ。キャストには主演のゼイン少年をはじめ、ほぼ役柄と似た境遇の素人が起用され、3年におよぶ綿密なリサーチから生まれたリアルかつ衝撃的な物語が描かれていく。

あらすじ:ベイルートのスラム街に暮らすおよそ12歳の少年ゼイン。両親が出生届を出さなかったため、正確な誕生日も年齢も知らず、書類上は存在すらしていないという境遇に置かれていた。貧しい両親はそんなゼインを学校に通わせる気などさらさらなく、大家族を養うために一日中厳しい労働を強いていた。辛い毎日を送るゼインにとって、かわいい妹の存在が唯一の心の支えだった。ところがある日、その妹が大人の男と無理やり結婚させられてしまう。怒りと無力感に苛まれ、絶望したゼインは家を飛び出し、街を彷徨う。やがて赤ん坊を抱えたエチオピア人難民のラヒルと出会い、子守をすることを条件に彼女の家に住まわせてもらうゼインだったが…。

<感想>両親を告訴する。僕を産んだ罪で。「存在のない」ってどういうこと、出生届をだしていない無国籍の難民のこと。難民であふれるレバノンやシリアでは相当数の「存在のない子供」がいるらしい。この映画の舞台は中東の貧民窟。少年が刑務所に収監中の12歳ぐらいの少年が、弁護士を代理人として裁判を起こす。僕を生んだ罪で両親を訴えたいと。両親と兄弟姉妹と暮らすこの少年は、學校へも行けず一日中働かされている。

その内、少年は家を出て行き、エチオピア系移民のバラックへ行き着く。そこでよちよち歩きの乳幼児の世話を任されることになる。ゼインを救ってくれたエチオピア移民のシングルマザーもまた、身分証がなく底辺の生活をしていた。親を捨てた子供が、今度は子供の保護者となった。救いようのない親に生まれながらも、ゼインは人種の違う小さな赤ん坊を必死に守る。それは、近くにいる悪い大人の男たちが、赤ん坊を狙って拉致して、売りさばこうとするからだ。

その母親も身分証がないために、街へ出て働くことができない。直ぐに移民局に捕まってしまう。強制送還させられるのだ。赤ん坊はどうなるのか、暫くは児童相談所みたいなところで一時預かりになるのだろう。その方が、食べ物と寝るところがあるからいい。

 

移民、児童婚、不法労働など、さまざまな社会問題が描かれるのだが、貧困ゆえに戸籍を持てず、身分が証明されないから、教育も受けられず貧困から抜けられないスパイラル。しかし、両親は働きにもいかないし、1日中汚い狭い部屋に寝ているのだ。

この映画は、自分ごとのようにそれらの問題を肌で感じさせる強い力があった。なぜならば、ナディーン・ラバキー監督が演じた弁護士役以外は、すべて物語と似た境遇の実際の難民であるということも驚きだ。怒りや絶望に満ちた眼差しは演技ではなく、本物なのだから。救いようのない親に産まれながらも、ゼインは必死に生きようとする。

少年が乳幼児の世話をしながら絶対的な飢餓という極限状態の中で、必死に生きる姿を捉えた映像には言葉もない。資金がないため出生届けを出されずに、戸籍を持たない子供たち。朝から晩まで路上で働かされ、ゴミ溜めのような部屋で両親と大勢の兄弟と暮らす。食べるものもないのに、子供ばかり増えるのだ。生活のため、11歳の妹は強制結婚をさせられる。

つまり、妹が初潮を迎えて女として大人になったと言う証拠があり、それで、両親は大家に娘を金で売り飛ばすということだ。売られた娘は、売春宿や臓器移植のために利用される。両親は、哀しみもせずに生きるために子供を売り飛ばすのだ。

ゼインはまだ大人ではない、遊園地の観覧車に乗って、夕日を見た大人びた横顔。もう片方の横顔の表情に想いを寄せる。少年は学校へも行ってないのに、12歳で自分の未来のため、残して来た兄弟のために両親を訴えるのだ。少年の素直さを大切にしなくては。この世界から希望は消えてしまう。ゼインの訴えに裁判長が下す判決は、・・・。

ただこれはドキュメンタリーではなく、劇映画だという形をとっている点に、いささかの違和感を覚えるのは私だけではないだろう。つまり、そこにある現実を忠実にそのまま記録するというドキュメンタリーと、その現実に手を加えて記録するセミドキュメンタリーやドラマの違いといったらいいのか。

平和な日本には、なじみの薄いものが多い。それでも他人事とは思えないのが、「育児放棄」や「幼児虐待」で罪のない子供が死んでしまう。そのニュースが後を絶たない日本の現実と、呼応するドラマでもあるからだろう。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・149  アクション・アドベンチャーランキング

 

 映画に夢中

 

  トラックバック専用ブログとして、エキサイトブログ版へ

 トラックバックURL : https://koronnmama.exblog.jp/tb/30822438


シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢★★★・5

2019年10月08日 | アクション映画ーサ行

スウェーデンに実在する男子シンクロナイズドスイミング・チームをモデルに描き、本国フランスで大ヒットしたヒューマン・ドラマ。それぞれに中年の危機を迎えた8人の負け組おじさんたちが、シンクロナイズドスイミングで世界を目指すことで自信を取り戻していく姿を描く。主演はマチュー・アマルリック、共演にギヨーム・カネ、ブノワ・ポールヴールド、ジャン=ユーグ・アングラード。監督は俳優としても活躍するジル・ルルーシュ。本作が初の単独監督作となる。

あらすじ:2年前からうつ病を患い、会社を退職して引きこもり生活となり、家族からも冷たい視線を浴びるベルトラン。子供たちに軽蔑され、義姉家族からも嫌味を言われる日々をどうにかしたいと思っていたある日。地元の公営プールで“男子シンクロナイズドスイミング”のメンバー募集を目にした彼は、思い切ってチームに参加することに。久々にやる気を取り戻したベルトランだったが、メンバーは妻と母親に捨てられ不満だらけのロランや、奥手で内気なプールの従業員ティエリー(フィリップ・カトリーヌ)ら、ミュージシャンになる夢が捨てきれないシモンをはじめ、いずれも悩み多き中年の負け犬オヤジばかりだった。それでも元シンクロ選手のコーチ、デルフィーヌ(ヴィルジニー・エフィラ)とアマンダ(レーラ・ベクティ)のモラハラすれすれの指導の下、練習に励むベルトランたちだったが…。

<感想>原題は、「シンクロ・ダンディーズ」とかっこいいんです。シンクロチームのメンバーとして集まった8人の中年男性が、再び人生の輝きを取り戻す姿を描く。監督は俳優としても活躍する「ナルコ」のジル・ルルーシュ。出演者が有名な俳優ぞろいですから、「セザンヌと過ごした時間」のギヨーム・カネ、「ニキータ」のジャン=ユーグ・アングラード、「チャップリンの贈り物」ブノワ・ポールヴールド、「バルバラセーヌの黒いバラ」のマチュー・アマルリック等。

観て見ぬふりをしようと努力はしたが、何時の間にか紛れもなく中年のオジサンになっていたマチュー・アマルリックと、ジャン=ユーグ・アングラード。すっかりお腹の出たオヤジ体型。あのナイーブなインテリ青年だったアマルリックが、その悲哀こそドラマのテーマでもあるし、一方ではそれがコメディとして機能しているのだから、さすがです。

主人公演じるアマルリックは、無職で鬱病もち、他の登場人物たちも家庭や仕事場に居場所がなく、美しいとはいえない体型のおじさんばかりだ。そんな彼らが、何故かシンクロチームに夢中になる悲喜劇に、ついにこの私もじんわりと感動してしまった。

さまざまなトラブルに見舞われながらも、元シンクロ選手のコーチ、デルフィーヌとアマンダのモラハラすれすれの指導の下、無謀にもノルウェーで行われる世界選手権への出場を目指すことになるわけ。

最初のトレーニングの光景はひどいものでした。オリンピックの女子チームの振り付け師であるコーチデルフィーヌは頭を抱えますが、3週間後にはこの調子なら目標に到達できる、と語るまでになります。

働けない夫のベルトランに対して、理解ある妻の存在は救いの神ですね。厳しい練習の後は、サウナで一服。ゆるんだ体が愛おしいですよね。

出演者たちは週1・2回のペースで行われた7週間のトレーニングに耐えて、映画の撮影に臨みました。困難な水中から足を出すシーンはスタントマンが演じていますが、主要なシーンは彼ら自身が演じています。トレーニングの際のエピソードは皆が面白おかしく、共演者の才能と努力を讃えるエピソードを語っています。こうして生まれたキャストの連帯感は、映画の中で描き出されていて楽しい。

全員がそれぞれ特技を持っていました。素晴らしいダンサーであるティエリーのフィリップには、恋愛経験ゼロのピュアおじさんで、優雅さがありいつも温厚でチームのマスコット存在。そして、誰よりも居残りトレーニングをしていたロランのギヨームは、怒りの沸点が低いビチ切れおじさん。妻に捨てられ、実母との関係も険悪状態だが、もの凄い努力家であります。

マルキュスのブノワは、現実と向き合えないおじさん。会社経営に失敗するも過去の栄光が忘れられない。でも、怠けているように見えて、実はこっそりとトレーニングをしていました。最も水着が似合っていたのは、ジャン・ユーグですね。トレーラー暮らしで一人娘がいるし、ミュージシャンを目指す夢追いおじさんのシモン。

撮影の舞台裏で一番水着の似合う男、ジャン=ユーグ・アングラードが、熊のように毛深いフィリップ・カトリーヌの背中の毛を、剃ってあげていたと語るマチュー・アマルリック。想像するに、さぞ美しい光景だったのでしょう。

その肉体美を眺めるだけで笑える作品ですが、決してギャグを連発する映画ではありません。実年齢も体型も、どこから見てもオジサンなのが面白い。シチュエーションはコーチにしごかれながら世界選手権を目指すのだが、特訓しても彼らの胴回りは引き締まらなかったのが、映画の残念さをも疑う。

おじさんたち、そしてその周囲の人物もそれぞれ悩みを抱えて生きています。その哀愁漂う姿は、演技派俳優たちが演じる事で見る者の共感を呼び、彼らの活躍が感動と奮起を与えてくれる映画になっていた。フランス映画ならではのポップな色使いも大いに一役買っているのもいい。

この映画は実在するスウェーデンの、男子シンクロナイズド・スイミングチームの活躍にインスパイアされたフランス映画です。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・148  アクション・アドベンチャーランキング

 

 映画に夢中

 

  トラックバック専用ブログとして、エキサイトブログ版へ

 トラックバックURL : https://koronnmama.exblog.jp/tb/30820224


トールキン 旅のはじまり★★★・5

2019年10月07日 | アクション映画ータ行

「トム・オブ・フィンランド」のドメ・カルコスキ監督が『ホビットの冒険』『指輪物語』の作者J・R・R・トールキンの若き日の物語を映画化した伝記ドラマ。両親の死や戦争など過酷な運命の中でかけがえのない出会いを重ねて成長していくトールキンの愛と友情の前半生に焦点を当て、偉大な作家の創作の原点に迫っていく。主演は「マッドマックス 怒りのデス・ロード」「X-MEN:ダーク・フェニックス」のニコラス・ホルト。共演にリリー・コリンズ、コルム・ミーニイ。

あらすじ:幼い頃に父を亡くし、母と弟と英国の田園地域で暮らしていたトールキン。しかしその母も彼が12歳の時に他界してしまう。孤児となってしまったトールキンだったが、母の友人のモーガン神父が後見人となり、高校では名門キング・エドワード校に通うことに。そしてそこで、ロバート・ギルソン、ジェフリー・スミス、クリストファー・ワイズマンという3人の仲間と出会い、かけがえのない友情を育んでいく。そんな中、同じ家に下宿している3つ年上の女性エディス・ブラットと恋に落ちるトールキンだったが…。

<感想>世界のだれもが知る『ホビットの冒険』『指輪物語』。その作者であるJ・R・R・トールキンの若き日の物語。天才小説家の知られざる半生は、生涯の仲間との強い絆、そして運命の女性との恋など、小説以上に壮大な物語が秘められていた。

あの壮大な冒険物語は、愛と友情、そして、勇気から生まれた。偉大な創造を成し遂げた人間の実人生は、得てして平凡で地味なものだが、このトールキンの若き日を描いた伝記映画は、そこで妙な無理をせず、平凡に見えるものの中に、非凡な細部を見つけていくような語り口で全体を描き切っていた。

伝記映画は数多いが、本作は「ホビットの冒険」「指輪物語」で知られるトールキンの幼少から青年期までを描いたもの。なにせ、エルフ語まで発明したファンタジー作家ゆえに、その半生が興味深くないわけがない。だからして、この映画がユニークなのはその知られざる生涯を追うだけではなく、トールキンの果てしない想像力の源泉は何処から生まれたのか、その神秘に焦点が当てている点でもある。

12歳で孤児となり、空想の世界に籠ることが多かったこと、下宿先における後の、妻となる利発な女性との出会いが、エルフの王女の創造に繋がったこと、これぞ純愛です。エディスを演じたリリー・コリンズが魅力的なだけに、トールキンとの運命的な出会いで惹かれ合うのだが、しかし、彼の大学進学を機に忘れられることを予感して、別の男性と婚約してしまう。同じく孤児のエディスとの関係に、もう少し光を注いで欲しかった気がしましたね。

また強い絆を結んだ学友たちとの出会いが、彼の作品の核にある何物にも侵されないフェローシップのひな形になったことなどが語られていた。

第一次世界大戦下、親友を探して彷徨う主人公トールキンの姿から始まる物語は、おのずと「指輪物語」を想起させるのだ。そんな中で、一つの重しというか、目玉となるのが第一次大戦の塹壕戦の体験であり、戦場の凄惨な光景とトールキンの創造した神話の世界とが、同じ力で入り混じり、一つに重なり合うのだった。

特に彼が体験した戦場における凄惨な光景が、のちに身の毛もよだつクリーチャーたちの創造源となっていくさまを、映像的な解釈で表現したのは独創的でした。病弱であり、戦場で肺結核になり血を吐きながら、兵士の死体のある塹壕の中で生き延びる朦朧とした姿が焼き付く。生死を彷徨う彼を支えたのは、エディスへの一途な想いと、その天才的なイマージネーションの力だったのです。

さらには、本作を牽引するのが、青年時代のトールキンに扮するニコラス・ホルトの素顔に光を当てた構成にも、魅力である。これまで、七変化の怪優的な路線を目指しているような印象があったのだが、サリンジャーに続く作家役の今回は、真っ直ぐで紳士的で、特異な才能に満ちた愛すべき好青年の魅力を引き出し、観る者誰もをトールキン好きにさせずにはおかないだろう。

バロウ書店をはじめとし、舞台美術も重厚であり、純粋に、映画的説得力に満ちた作品になってました。「事実は小説より奇なり」とは良く言ったものだが、トールキンの生み出した心躍る冒険物語の裏に、これほど壮絶な過去が存在したとは、思いもよりませんでした。明るい未来が約束されていたはずの利発そうな4人の少年たちが、大人に混じってサロンでいっぱしの芸術を語り合うシーンの眩しさが、冒頭の第一次世界大戦の残酷な描写との、息苦しいほどのコントラストを生んでいた。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・147  アクション・アドベンチャーランキング

 

 映画に夢中

 

  トラックバック専用ブログとして、エキサイトブログ版へ

  トラックバックURL : https://koronnmama.exblog.jp/tb/30818797


SHADOW/影武者★★★★

2019年10月06日 | アクション映画ーサ行

「HERO」「LOVERS」のチャン・イーモウ監督が、影武者を主人公に描く武侠アクション。強国に領土を奪われ、屈辱に甘んじる小国を舞台に、気弱な王とその意向に反して敵国最強の戦士に決闘を申し出た武将とその影武者、それぞれの思惑が複雑に交錯する中で迎える戦いの行方を、華麗なアクションと映像美で描き出す。主演は一人二役に挑んだ「戦場のレクイエム」のダン・チャオ。共演にスン・リー、チェン・カイ。

あらすじ:時は戦国時代。強大な軍事力を誇る炎国に領土を奪われ20年が経つ沛(ペイ)国。若くして玉座を継いだ王は炎国との休戦同盟によるかりそめの平和を維持することに汲々とし、人々は屈辱的な日々に甘んじていた。そんな中、領土奪還を目指す頭脳明晰で武芸の達人でもある重臣・都督(トトク)が王の命にそむいて炎国最強の戦士・楊蒼(ヤン・ツァン)に対決を申し込む。しかし実際に戦いに臨もうとしていたのは、都督の影武者だった。本物の都督が刀傷がもとで病になったことを隠すため1年前から表に出ていたのだった。決戦に向け、都督とともに傘を武器にした技を磨く影武者。そして、そんな2人を複雑な思いで見つめる都督の妻・小艾(シャオアイ)だったが…。

<感想>影で終わるのか?・・・「人魚姫」のダン・チャオが主演を務める、国王と影武者の二役に挑んだ「三国志」のエピソード「荊州争奪戦」を大胆にアレンジして描いた武侠アクション。頭脳明晰で武芸の達人でもある重臣・都督の妻役を私生活でも夫婦であるスン・リーが演じている。

冒頭からの張めぐらされた緊張感がすこぶる心地がいいのだ。高揚感を刺激するのは、マー・コンウィン美術監督による、美しい世界観なのだ。

水墨画のようなグレーを基調とした世界で、白と黒の対比、主人と影武者、光と影、明と暗、陽と陰など、様々なメタファーでもある映像が際立つのであります。モノトーンのスクリーンに、生々しい真っ赤な血の色、そして、影武者の身体に生気が戻る瞬間が印象的でした。

もうひとつ、本作の特徴は「主人公が影武者である」という点であります。沛国の重臣・都督(ととく)を守るため、8歳で拾われてきた“影武者”。彼は身代わりの運命を呪い、“自由”という光を求めていた。ある時、本物の都督は影武者に、20年前に奪われた領土を奪還するべく、敵国の将軍を討つよう命じる。「勝てば、おまえは自由の身だ」。常に暗闇の底を歩んできた影武者の、生涯をかけた戦いが始まった。

特徴としては、傘を使ったバトルのなかでも、傘地が無数の鋭い刃で作られた“沛(ペイ)の傘”のガジェット感が最高でした。破壊的な矛を操る敵将軍と相対した主人公は、おもむろに沛の傘を構え、じりじりと間合いを詰めていく。呼吸が止まる。あたりを静寂が包み込む。

主人公はこれを、傘地に滑らせることでいなし、返す刀で反撃する。攻守が一体となった流れるような立ち回りを見ると、「傘ってここまで戦えるのか」と口があんぐり開いてしまう。

貝殻のように連結した沛の傘に乗り、コマのように回転しながら窮地を脱するという(いい意味で)狂った場面もある。何の前触れもなく唐突に展開されるため、唖然とさせられ、「こんなシーン、何してるときに思いついたんだよ」とツッコミたくなる。

 

それに、最も斬新な傘のシーンでは、敵国に潜入した少数精鋭の兵士たちが、雨のように降り注ぐ弓矢の攻撃を受けながら、傘の武器に乗って坂道を一気に駆け下りる。数々のユニークなシーンに、心くすぐられること請け合いです。これは、過去のアクション映画でも登場したことのないガジェットであり、発想が本当に素晴らしいですよね。

それにしても、スン・リーの優雅な舞は、時間を止める魔力を持つ効果があるようだ。監督のチャン・イーモウは徹底的にやる性格であり、土砂降りの雨は、ついに降り止まず、墨絵の背景はあくまでも黒と白を重ねて、一切の色彩のほころびを封じ、陽と陰の太極図は、ぐるぐると舞うような武術の傘の形の武具となって、苛烈な美の波動を貫いていた。

ここまで突き抜けた美学で統一されると、観ている側としては息苦しくもなるが、それを最後まで貫き通すから舞台が一種、抽象化されて、人間の感情、影武者をめぐる愛と禁欲の葛藤が、言葉となって遡るシェイクスピア劇となっているのだ。

ラストで、“影武者”が敵と戦い勝利するところ。沛国の重臣・都督(ととく)は、これでお前は自由の身だというのだが、そこで影武者が都督(ととく)を襲い殺してしまう。そして、自分が沛国の重臣・都督の座に座るということになるわけ。都督の妻ともいい仲なので、これまた結構な物語であります。

しかし、チャン・イーモウが撮る武侠映画は、総じて美意識が高いが、今作品は群を抜いていたと感じた。映像の光と影、濃淡の微妙に濁らせたカラーグラディエション、全編カットで完璧な構図が素晴らしく、殆ど水墨画である。

画面に映し出される陽と陰の二項対立を中心としたそのミニマムな物語、展開は、CGで水増しされた大量の兵士が入り乱れるような、大仰な戦記ものとは違って、対峙する人間関係を真摯に捉えていて、剛柔併せもったアクションによって昇華していて、最後まで息が抜けないのも良かった。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・146  アクション・アドベンチャーランキング

 

 映画に夢中

 

  トラックバック専用ブログとして、エキサイトブログ版へ

 トラックバックURL : https://koronnmama.exblog.jp/tb/30817061


荒野の誓い ★★★・5

2019年10月06日 | アクション映画ーカ行

「クレイジー・ハート」「ブラック・スキャンダル」のスコット・クーパー監督が、クリスチャン・ベイルを主演に迎えて贈るウエスタン・ドラマ。西部開拓時代が終焉を迎えた19世紀末期のアメリカを舞台に、アメリカ・インディアンとの戦いで武勲をあげた伝説の陸軍大尉が、宿敵であるシャイアン族の首長とその家族を故郷へ送り届ける任務を命じられ、渋々ながら繰り出した過酷な護送の旅を通して、少しずつ互いの理解を深めていくさまを描く。共演にロザムンド・パイク、ウェス・ステューディ。

あらすじ:1892年、アメリカ・ニューメキシコ州。かつてのインディアン戦争の英雄で退役間近のジョー・ブロッカー大尉は、収監されていたシャイアン族の長イエロー・ホークとその家族を、インディアン居留地となった彼らの故郷モンタナ州に護送するよう命じられる。戦争で多くの仲間を殺されたジョーは、インディアンへの憎悪を剥き出しにしてこれを拒否する。しかし軍法会議になれば年金がもらえなくなると上官に脅され、渋々ながらも命令を受け入れる。こうして信頼できる部下4人とともに、イエロー・ホークの家族を護衛してモンタナへの長い旅へと出たジョー。途中、コマンチ族によって家族を皆殺しにされた女性ロザリーを保護すると、彼女も隊に加えて先を急ぐ一行だったが…。

<感想>西部劇のかたちで現代アメリカの対立構造を暴く問題作であります。冒頭の音楽が静かに流れるという言葉の余韻に浸りつつ、まるでジョン・フォードの「捜索者」のような始まりなのだ。だが、シャイアン族の娘は拉致されずに殺されてしまう。美しく成長した娘の帰郷で終わる「捜索者」に対して、この映画の最後は、生き残った3人の疑似家族の旅立ちを描いて終わるのだ。

米国公開時、「史上もっとも残酷な西部劇」とも評された本作。日本人のマサノブ・タカヤナギによる撮影は、「捜索者」も引用して壮麗だが、物語は凄惨殺感が、極まりない地獄絵図の連続であった。

スコット・クーパー監督は、今回も米国史の暗部をむき出しにしようと試みているのだ。ニューメキシコからコロラド、そしてモンタナへ。あまりにも美しく広大な自然を背景に、分断された世界の憎悪と怒り、贖罪と和解を描いた西部劇の傑作。

インディアンとの抗争が収束しつつある1892年のアメリカを舞台にし、その「負の歴史」を「現在の断絶」と重ねた視点から描いている西部劇。殆ど現代的価値観に沿って描かれる人種間の対立の問題は、故ドナルド・スチュワートによる草稿には存在せずに、監督が追加したという。

相変わらずのクリスチャン・ベイルの仏頂面が荒野に映えるのだが、シャラメやプレモンスに、フォスターなど若手売れっ子たちが、短い出番にもかかわらず参加しており、この視点、アプローチへの関心の高さが伺えるのだった。

こうした「負の歴史」を認めて、エンタテインメントとして真正面から描きつつ、観客に考えを促す映画が公開できるのもまた、アメリカだなぁ、と改めて思いました。

作中、マックス・リヒターの音楽は、哀しみに襲われ登場人物たちに、静に寄り添っていた。音楽だけではない、行き届いた音の調整が、激しい戦いが繰り広げられる荒野の荒涼感を演出していた。

ジョー・ブロッカー大尉のうめき声は、雷の音にかき消されるも、家族を埋葬し、子供のように号泣するロザリーの泣き声は、荒野に響きわたる。一緒に旅をすることにしたロザリーは、無表情で笑うことを忘れたような、まるで死に顔になっていた。途中でインディアンの襲撃に遭い、女2人が拉致誘拐されてしまう。レイプ暴行され、まだ殺されないだけましなのか、死の確実性に惹かれても、人はいくつになっても、慣れない人生を生きていくのだろう。

この映画の殺伐とした世界観は、トランプ大統領の下で底知れぬ敵意と、憎しみで分断されてゆく。アメリカ合衆国の心象風景そのものを描いているようだった。その間に西部劇のエッセンスの全てが、ゆっくりとした移動の織りなすこのジャンルならではのリズムで展開してゆくのだ。

最後にインディアンと和解する主人公、ジョー・ブロッカー大尉の成長は、異人種への差別、増悪を少しづつ克服していった西部劇の歴史そのものの縮図のように見えた。

2019年劇場鑑賞作品・・・145  アクション・アドベンチャーランキング

 

 映画に夢中

 

  トラックバック専用ブログとして、エキサイトブログ版へ

 トラックバックURL : https://koronnmama.exblog.jp/tb/30817057


サマー・オブ・84★★★・5

2019年10月05日 | アクション映画ーサ行

長編デビュー作となる前作「ターボキッド」で世界的に注目されたカナダの3人組監督ユニット“RKSS”が80年代オマージュ満載で贈るジュブナイル・サスペンス・スリラー。

あらすじ:1984年のアメリカの郊外住宅地を舞台に、近隣で発生した連続殺人事件の犯人探しに夢中になる少年たちの危険な冒険をノスタルジックな筆致で描く。1984年、夏。オレゴン州イプスウィッチ。猟奇的犯罪の記事収集が趣味の15歳の少年デイビー。近くの町で同年代の子どもたちばかりが狙われる連続殺人事件が発生し、彼はひょんなことから向いの家に住む警官のマッキーが犯人だと思い込む。さっそく親友のイーツ、ウッディ、ファラディとともに独自の捜査に乗り出すデイビーだったが…。

<感想>連続殺人鬼も誰かの隣人だ。80年代のジュヴナイル映画みたいな、15歳の少年4人組が、ヒッチ・コック作品「裏窓」のジミー・ステュアートたちみたいに、不謹慎な野次馬根性で、謎解きと冒険に乗り出す。

4人組の少年たちは、無名の俳優さんたちのようで、安い資金で制作できる映画になっていたが、これが結構面白くて、怖くかった。郷愁を深め合いながらRKSSという、ユニットで、事件が好きな男女3人の監督たちが、ホラー映画を演出していた。

冒頭で、主人公のデイビー少年役のグレアム・ヴァーシェルが「ポルターガイスト」を見た影響で「うちの土地は、先住民の墓場なんだ」と言い、エイリアン、幽霊、猟奇事件などの記事を収集し、望遠鏡で犯罪者だと疑った、隣人宅を異常なほど見続けるのだ。彼の友人たちも妙にリアリティがあり、物語の押し方には納得がいく。

主人公が新聞配達のバイトをしているデイビーは、隣人の警察官マッキーに「ちょっと、ゴミを埋める穴を掘るのを手伝ってくれ」と頼まれる。そのことで、何かが変だと、そう気づいたデイビーが、世間が騒いでいる子供を狙った連続殺人の犯人は、マッキーではないかと疑う。

その疑いを仲良し友達3人に打ち明けるも聞き入れないのだ。家の父親にも相談するが、全否定されてしまう。警察官という特権で、まさかそんな殺人犯だとは思っていないのだ。

それでも、友達3人はマウンテンバイクを乗り回し、マッキー連続殺人鬼説を証明するために、様々な大作戦を決行する。彼の家の裏庭を掘り返したり、深夜のジョギングなど怪しい行動も逐一チェックする。

そして、マッキーが怪しいと感じるようになるが、でもどうしたらいいのか分からない。大人たちは、お前たちのやっていることは犯罪だ。マッキーは警察官の仕事をしている。何てことをするのだ」とかんかんに叱られる。

追い打ちをかけるようにTVでは、連続殺人鬼犯人逮捕のニュースが流れて来るし。1980年代が舞台で、シンセサイザーが響きまくる音楽はいかにもだが、これみよがしに同年代へのオマージュを押し出してこないのが、何だか新鮮さを感じた。

 

確かに少年たちはが活躍するし、BMXを駆るし、玩具のトランシーバーを駆使するが、ジュヴナイル的な雰囲気が極めて薄く、まっとうなスリラーというべき仕上がりになっているのも良かった。

ラストが、主人公のデイビーが掘り返した穴に、警察官のマッキーにその穴に埋められそうになる。父親が気が付いて、助けに来てくれたからいいのもを、もし気づいていなかったらば、デイビーは生き埋めになって殺されてしまうことになるのだ。

「うわーっ」と恐ろしい事件の収束には、それを経て成長するどころか、精神的に死んでしまう主人公の姿など、爽快感がまったくないラストにも悪くないと思った。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・144  アクション・アドベンチャーランキング

 

 映画に夢中

 

  トラックバック専用ブログとして、エキサイトブログ版へ

  トラックバックURL : https://koronnmama.exblog.jp/tb/30815545

 


アナベル 死霊博物館★★★

2019年10月04日 | アクション映画ーア行

大ヒットした「死霊館」のスピンオフとして、同作に登場した実在の呪われた人形“アナベル”にスポットを当てた人気ホラー・シリーズの第3弾。アナベルが厳重に保管された超常現象研究家ウォーレン夫妻の自宅を舞台に、留守番を任された少女たちが、封印を解かれたアナベルによって戦慄に悪夢に見舞われるさまを描く。主演は「gifted/ギフテッド」のマッケナ・グレイス。共演にマディソン・アイズマン、ケイティ・サリフ、パトリック・ウィルソン、ヴェラ・ファーミガ。監督はシリーズ前2作や「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」などの脚本を手がけ、本作が監督デビューのゲイリー・ドーベルマン。

あらすじ:超常現象研究家ウォーレン夫妻は、忌まわしい呪いが宿る恐るべき人形“アナベル”を自宅に持ち帰り、地下室の“博物館”に運び込む。そこには他にも様々な呪われた品々が厳重に封印されていた。ある日、夫妻は仕事で家を空けることになり、一人娘のジュディは夫妻にシッターを頼まれた年上のメアリーとその友人のダニエラとともに留守番をすることに。ところがダニエラが地下の博物館に入り込み、誤ってアナベルの封印を解いてしまい…。

<感想>背筋も凍る、おるすばん。超常現象研究家ウォーレン夫妻の自宅の地下室には、アナベル人形が厳重に封印されている。だが、夫妻が用事で家を留守にしたその日、残されたお留守番の娘のジュディと喘息持ちのベビーシッターであるメアリーとその友達ダニエラが来て、お泊りじゃなかったのに、何故か泊まると言い出し、勝手に地下室の鍵を見つけて、その中のガラスケースに封印されていた「アナベル人形」を出してしまう。

それに、その時に恐ろしい物音にびくついたダニエラが、地下室の鍵を閉め忘れてそのままみんながいる上の階に叫んで助けを求めるのだった。つまりは、このよそ者のダニエラが問題の女であり、本当だったら、人形も他の幽霊たちや鏡の中の霊、ブラウン管といったホラー・マニアたぐいの小道具がひしめく「死霊博物館」の地下室に閉じ込めていた、鎧兜の甲冑だって飛び出さないのに、バカな友達のために、家の中にいる人たちが恐怖におとし入れられるというわけになる。

まさにホラーの教科書というべき一篇になっている。ただし、因縁話とか精神分析といった怖さの理由の説きおこしを一切取払っており、音の緩急で怖がらせる仕掛けだけが、一体感たるやハンパなかった。まるで、タガが外れた機械のように暴走しまくっていた。

恐い音やスモークで恐怖をあおるような古典的な演出は、呪われた人形アナベルの物語に相応しいが、カメラワークにもう少し工夫があれば、おどろおどろしさが増したであろうにと思った。

アナベル人形に恐怖の世界へ、引きずり込まれるジュディをはじめ、メアリーにダニエラはみな、ホラーの似合う美少女だが、そこへ、近所の友人ボブ少年が現れ、彼も意外とホラーキャラで面白かった。というか、ボブの出番は少ないですからね。

ダニエラが、父親の事故のことでもう一度父親に会いたいと、「死霊博物館」の地下室へ行けば、父親の幽霊に会えるのではないかと思ったらしい。それが最強のアナベラ人形のガラスケースまで鍵をこじあけて出してしまったから、大変なことになってしまう。

夜で室内は暗いし、音がハンパなく恐怖を煽るような音響に驚きながら、女の子3人で幽霊くらいは、「女も倒せますからね」という女子力のみで解決する、あえてのこの軽さが気持ちいいです。

ジュディは、寝室で布団の中に寝ていると、後ろにアナベルが寝ているのだった。ですが、次の瞬間、ジュディは何かの霊の影に追いかけられるのだった。その霊に向かって十字架を突きつけ祈りを叫ぶと、霊は消えて行った。

他の2人は、メアリーが喘息発作を起こし、吸入器が車の中にあることを知り、勇気をふりしぼり取りに行くジュディの勇気たるや。ダニエラは、自分が父親の霊に逢えると思っているので、次々に現れる幽霊たちに怯えてしまって何も出来ない始末。

考えても分る通り、最強のアナベル人形をあのケースに戻すことなのに、何故かもたもたする3人。ジュディが他の霊たちを十字架で封印し、メアリーがアナベル人形をガラスケースへ戻し封印しようとする3人だったが、邪魔をする霊達によってダニエラがその霊たちに取り憑かれてしまう。

ですが、十字架を突きつけてダニエラを霊から取り戻したジュディが、他の霊達に十字架を向けて祈りを捧げている間に、アナベル人形を見つけたメアリーが、ガラスケースに入れてアナベルを封印するのでした。

 

両親たちも帰り、やっと静かになった地下室の霊たち。そして数日後に、ジュディの誕生日パーティーが行われる。でも、友達のいない彼女の元には誰も現れず、落ち込むジュディを両親が慰めるのですが、しかし、そこへメアリーとダニエラが、ジュディのクラスメイト達と一緒に現れて、嬉しそうなジュディの笑顔が戻るのだった。

事前にシリーズを見ておかないと話がわからないということは、一切ないのでご安心を。ですが、過去作を見ておきたいなと思ったのなら、スピンオフとして本作に連なる「アナベル人形」シリーズよりも、『死霊館』の方が関連性が深いと思うので、オリジナル1作目の『死霊館』を見ておいた方がいいですね。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・143  アクション・アドベンチャーランキング

 

 映画に夢中

 

  トラックバック専用ブログとして、エキサイトブログ版へ

 トラックバックURL : https://koronnmama.exblog.jp/tb/30814485


フリーソロ(IMAX)★★★★・5

2019年10月03日 | アクション映画ーハ行

本作は「MERU/メルー」のエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ&ジミー・チン監督が、前人未踏の偉業に向けて入念な準備を進めるアレックスに密着し、歴史的な挑戦の一部始終を、彼を支える恋人や先輩クライマー、さらには熟練クライマーでもあるジミー・チン率いる撮影クルーたちの葛藤とともに極限の緊迫感でカメラに収めた衝撃のドキュメンタリー。アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞をはじめ数々の映画賞を受賞。

あらすじ:“フリーソロ”とは命綱はおろか一切の安全装置を使用することなく、自分の手と足だけで岩壁を登るもっとも危険なクライミング・スタイルのこと。アレックス・オノルドは、そんなフリーソロで数々のビッグウォールを攻略してきたクライミング界の若きスーパースター。彼の夢は、カリフォルニア州のヨセミテ国立公園にそびえ立つクライマーの聖地、エル・キャピタンをフリーソロで制覇すること。しかし、この世界屈指の断崖絶壁をフリーソロで登りきった者は未だかつて一人もおらず、誰もがロープなしでは絶対不可能と考えていた。

<感想>ラスト20分――極限を超えた体感。高さ975m断崖絶壁。ロープ無し、素手で登りきる。失敗したら死ぬ、成功したら金メダルものだ。しかし、このゲームは、たとえ登り切っても何ももらえないし、名誉だけである。それでも、この映画をドキュメンタリーで撮影して、我々が鑑賞できることになるとは、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞をはじめ数々の映画賞を受賞したおかげではないだろうか。今回はIMAXにて鑑賞したおかげで、リアルな臨場感や気分の高揚が半端じゃなかった。

命綱なしで断崖絶壁を登る天才クライマー、アレックス・オノルドのドキュメンタリーであります。それは“フリーソロ“という、命綱のロープなしで、ロープにたぐいする保険何もかけずに、たった一人で、断崖絶壁を登るというもの。落ちたら即死か、全身骨折で一生車いす生活だろう。彼も何度か滑落して、足を骨折して暫くの間登頂を断念した苦い思い出もある。

前にも「MERU/メルー」のエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ&ジミー・チン監督の映画を鑑賞したことがあるが、実に登頂した時の感動は何にも得難い美しい光景に感激する。

しかし、ただそれだけで登頂するわけではない。アレックスは、何も持たずに、手掛かりや足がかりのたぐいを使わず、自分一人で、肉体を駆使して大自然と対峙するのだ。

それはクライミングの一番シンプルな、一番原始的な、一番高度なかたちで登るからである。たった1日で登頂する試練の対決。朝早くから始まり、その日が悪天候だったら止める。晴天を狙って登頂するのだ。自分の身体に自信を持ち、体重を減量して筋肉と日頃のトレーニングだけで登頂するのだから。

ですが、今までのフリーソロのパイオニアたちは、クライマーの理想を実現すべく、多くのクライマーたちがそこに挑戦をしてきたが、彼らはみな滑落して死んでしまった。これに取り憑かれた人間は、みな死ぬまで挑戦するのだから。

それにしても、アメリカのアレックスは凄かった。カリフォルニア州のヨセミテ国立公園にそびえ立つクライマーの聖地、エル・キャピタンをフリーソロで制覇することだけを念願に、キャンピングカーで目的地に入り、入念にトレーニングをしてトライする。

だが、今まで一人で生活してきた彼に恋人ができる。自分の命を軽んじることはできないはず。だが、一度決めたら、今の若さの肉体を駆使し登頂するのだ。未だに誰もが登り切ったことのない難所であります。彼女の心配をよそに、自分が成し遂げるまで挑戦するというのだ。

とにかく、映画の始まりから、死亡フラグが立ちまくっている映画もないだろう。彼女は、傍に付いてはいない、彼が登頂する前の晩に家のあるところへ帰るのだ。いつもべったりと彼に付いて見ていると、きっとかれの神経が参ってしまうからと。登る時はいつも孤独で、自分と自然との戦いであるから。無用な人間的な心配ごとは忘れ去って登りたいのだろう。

ラスト近くで、Tシャツにズボンと、滑り止めを持ち、エル・キャピタンの絶壁の前に来る。それからは、アレックス一人で登り始めるのだが、途中で撮影隊の人たちのことが眼中に入り気が散るということで、断念して落りて来る。

2回目では、削ぎすまされて精鍛な顔つきで、もう何も思い残すことはないと言いながら、淡々とした感じでエル・キャピタンに立ち向かっていく。もし、失敗したらなんてことは、考えないでおこう。

それは確かに観ていて、ハラハラ、ドキドキするシーンもあるが、彼は自信に満ちた表情で、頂上を目指して素手で、登り切るのだった。もうお見事と言うしかない。感動のひと時でもある。誰にも成し得ないことを、成し遂げる勇気と挑戦に拍手を贈りたい。

 

2019年劇場鑑賞作品・・・142  アクション・アドベンチャーランキング

 

 映画に夢中

 

  トラックバック専用ブログとして、エキサイトブログ版へ

 トラックバックURL : https://koronnmama.exblog.jp/tb/30812752


台風家族★★・5

2019年10月02日 | アクション映画ータ行

銀行強盗をしてそのまま行方不明となった両親の葬儀を行うため10年ぶりに集まった4きょうだいが、財産分与を巡って醜い骨肉の争いを繰り広げるさまをブラック・ユーモアいっぱいに描いたコメディ・ドラマ。主演は「任侠ヘルパー」の草なぎ剛。監督は「箱入り息子の恋」「ハルチカ」の市井昌秀。

あらすじ:台風が近づくある夏の日。鈴木家の長男・小鉄が妻子を連れて実家へ戻ってきた。目的は、10年前に銀行強盗をし、奪った2000万円とともに行方不明になった両親の葬儀に参列するため。ただし実際に遺体があるわけではなく、法的に死亡したと認定されたことによる形式的な葬儀にすぎなかった。その真の目的は、10年ぶりに再会する4人のきょうだいで財産分与を話し合うことにあった。そして長男である小鉄は話し合いをリードし、遺産を独り占めしようと目論んでいたのだったが…。

<感想>だいぶ前に鑑賞したが、草薙くんのファンとしては公開されて良かったと思いますね。物語は市井昌秀監督が12年間あたためてきた“両親への想い”を形にしたというオリジナル。葬儀屋を営んでいた両親が、銀行強盗を働き、奪った2千万円と共に姿を消してしまってから10年後。

その事件の時効を機に、両親の犯罪によって人生を狂わされた鈴木家の男3人、女1人の4兄妹が、両親は死んだものとして葬儀を行おうと、10年ぶりに実家で顔を合わせることになる。

長男の妻と娘、さらには長女の恋人までも揃った鈴木家では、それまでの確執や遺産をめぐる様々な想いや、感情が交錯して、台風のようなめまぐるしい1日が繰り広げられる。

鈴木家の兄妹役には、長男の草なぎ剛、妻に尾野真千子にその娘に甲田まひるが、そして次男MEGUMI、三男中村倫也。失踪した両親には、藤竜也と榊原るみ、他には、若葉竜也、長内英里香、相島一之、斎藤暁らが共演している。

鈴木家の4兄妹には、みな何かしら人格に問題がありそうで、家族だけにそれを隠さずぶっつけあうのだ。人間臭くリアルともいえるが、最も本性をむき出しにして、金に汚いクズっぷりを見せつけるのが草薙演じる長男の小鉄だ。草薙は現場では明るく穏やかに振舞っているが、金のことになるとガラリと違う顔付になり感情をむき出しにして見せたり、無感情のような表情も見せる。草薙の緩急の芝居のうまさは定評があるが、現場でスイッチが入った時にテンションはやはりすごい。

子供たち全員は集まった鈴木家に、遅くなってから末っ子の中村倫也が来て、ある秘密を明かすシーンがある。今までの皆のやり取りを隠しカメラで、ユーチューブに実況中継しているのだと明かして、皆を驚かせ慌てさせるのだ。

ユーチューブ実況は、ちょっと意表を突いたアイデアで、それがどう展開するのかと興味深々だったが、そこへ、それを見て二人の人物が訪ねてくる。

訪ねてきた若い女から銀行強盗の裏の話を聞かされるのだが、それによると父親が強盗をしたのは、女が掛けた小鉄の交通事故という詐欺電話のためだとのこと。しかし、受けた電話一本で、何の確認も考えもせずに、いきなり銀行強盗に走ることってあるのだろうか。まだボケたはいないが老人の父親と母親が、今まで長い間葬儀店を経営してきたのに、何故、すぐに銀行強盗などに走ったのか。家族がこのことで、激しくぶつかりあうことになるが、傍からみると滑稽なシーンともなっている。

長男が遺産相続の話を始めていると、次男、三男、妹と貰えるものならいくらでも貰いたいと言い争う姿は、どこの家庭でも起きることである。それが、結局は2千万円泥棒した金を返さなければいけないので、家を売り払っても、足りないのだった。バカげているけど、それを真面目にやると人間臭さが出て来るあたりがすごくいいなと、見る側にとってはコメディとも取れる。

そして、昔みんなで、家族で行ったキャンプ場へと言ってみることになる。それも台風の土砂降りの中を、車に分乗して行くのだ。10年も経っているのに、行ってみると、河原に一目瞭然の状態で両親と思われる遺体の骸骨が存在するという、びっくり仰天なハチャメチャなお話。

それに、その遺骨が暴風雨のために、川が氾濫して流れ出し家族揃って追いかけるのだ。後は観てのお楽しみということで。

この映画は、当初は6月に公開予定だったが、出演者の中の次男・京介役の新井浩文が警察沙汰になったことで、公開延期となり、7月21日に公開されたもの。ブラックユーモアあふれたジャンルレスな本作は、観ていて何処に行きつくのか分からない面白さがある。笑いもあれば感動もあり、観る人によって様々な感情を湧き立たせてくれるはずです。

2019年劇場鑑賞作品・・・141  アクション・アドベンチャーランキング

 

 映画に夢中

 

  トラックバック専用ブログとして、エキサイトブログ版へ

 トラックバックURL : https://koronnmama.exblog.jp/tb/30811081