パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

白ゆき姫殺人事件 ★★★

2014年03月31日 | アクション映画ーサ行
『告白』などの原作者・湊かなえの小説を基に、美人OLの殺害容疑を掛けられた女性をめぐって人間の悪意を浮き彫りにしていくサスペンスドラマ。報道によって浮かび上がる容疑者像をきっかけに、インターネット上での匿名の中傷やマスコミの暴走など現代社会の闇が描かれる。監督は、『ゴールデンスランバー』などの中村義洋。容疑者である地味なOLを井上真央が熱演。テレビディレクター役の綾野剛のほか、菜々緒、貫地谷しほりらが共演する。容疑者がいかなる結末をたどるのか最後まで目が離せない。
あらすじ:人里離れた山中で10か所以上を刺され、焼かれた死体が発見される。殺害されたのは典子(菜々緒)で、容疑者は化粧品会社のOL城野美姫(井上真央)。テレビディレクターの赤星雄治(綾野剛)は、美姫の同僚、家族、幼なじみなどに取材。典子が美姫の同期入社で、美人で評判だった一方、美姫は地味で目立たない存在だったことが報道され……。

<感想>美人OL殺害事件の真相をワイドショーのディレクターがデジカメで追っていくというPOVスタイルで、臨場感たっぷりに、また最後まで真犯人が断定できないユニークな構成になっている。関係者の噂話、ツイッターでのつぶやき、ワイドショー出演者の発言などが重なって事件を煽り、冤罪事件を生み出していく展開が恐ろしいですよね。
容疑者となる冴えないOLを井上真央、ツイッター中毒の軽薄なディレクターを綾野剛、噂好きな後輩に蓮佛美沙子、引きこもりの幼馴染を貫地谷しほりと、普段とは異なるキャラクターを演技派キャストが演じている点でも楽しいです。
二面性のある美人OLを演じた菜々緒の熱演も効果的でした。

TVドラマや、「シャニダールの花」に於ける綾野剛の魅力を感じ、それから注目を置くようになった。彼の覇気のないような静かな演技、どう見てもアクション俳優には向かない。本作でもしがない映像ディレクター役だが、社会人としての甘さがある男。自分のことを過大評価し、いかに注目されるかを考え、雇われではなく正社員になりたい。でも回りが見えず視野の狭い空回りキャラをイメージしているように見えた。
彼は鼻の下にちょび髭はやし、インチキ臭い顔になって、仕事に対する姿勢だってとにかく薄っぺらい奴、浅はかでみんなが発信していることを鵜呑みにして、そのまま世に出してしまう。スクープを得た時の知り合いの記者のことや、その対象になり得る自分自身のことを客観的に分析していて面白かったです。赤星が初めて殺害現場の“しぐれ谷”に行ったシーンでの、剛くんの芝居が特に印象に残っています。カメラを持ったままそこへやってくる感じが、本当にビビッている、あのヘタウマ感も良かった。

それに、映画の冒頭で彼が見せるツイッターを打ちながら電話で話をするシーンも、化粧品会社に勤める大学時代の後輩から最新情報をもらい、そのままネットに垂れ流す。いつもの習慣って恐ろしいです。「犯人わかちゃいました。行方不明の城野美姫で間違いないでしょう」って、実名で流すのはどうかしている。赤星は特ダネ狙いで関係者を取材、これでテレビ局との契約更新は確実でしょう、と勘違いしている。
ところが、赤星の推理はワイドショーでオンエアされ、城野美姫は、ほぼ犯人と世間では断定される。真実を追求しないで、勝手に憶測で犯人をマスコミが実名でオンエアするなんて、これは冤罪です。

マスコミやネットによるミスリードの怖さが描かれている。視聴率やPV数を意識して事実を面白おかしく脚色していくメディアの情報を鵜呑みにすると、とんでもないことになってしまう。
酷いのが、城野美姫の職場の人や、大学時代の友人、小中学時代の友人など、美姫を知る人たちが、みんな自分の都合のいい美姫像しか語らない。だから、犯人でもない彼女は、追い詰められてホテルに隠れて閉じこもる。

実際は、美姫が犯人ではなく、化粧品会社の同僚で○○さん、美人で男性社員からもちやほやされ殺された典子が憎らしかったのだ。その人間が嘘の情報を流して、自分が殺人を犯したことを他人になすりつけようとしたわけ。

犯人と実名で報道されてしまった、美姫のこれからの人生は、暗い闇の中での生涯となる。子供時代に「赤毛のアン」の小説が好きで、自分をアンに仕立て、仲のいい貫地谷しほりをダイアナと呼び、家も対岸にあるためローソクの火でモールス信号のように、自分の気持ちを伝えるシーンも好きです。
真実はなんだろう!・・・って言うことを判断する能力が非常に低下してると思います。それこそ、SNSの嘘の情報が本当になってしまったりとか。非常に一方通行で、とても危険な時代になりましたね。
殆どのひとたちは、たぶんそう思わない。これが当然だと思っている。知らない人が、知らない人に文句言ったり、炎上したりだとか、実にめちゃくちゃだと思います。私はツイッターはしてませんが、怖いですよね、勝手に好きなことをつぶやいて、それが相手を傷つけることもあるのですから。
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さよなら、アドルフ ★★★

2014年03月30日 | さ行の映画
第2次世界大戦の終戦直後、ナチス親衛隊高官の父と母が去ったあと、14歳の少女が小さい妹弟と共に祖母に会うために困難な旅をする姿を描くヒューマンドラマ。旅の過程で、ナチスの行ったユダヤ人虐殺の真実に動揺し、葛藤する加害者の子どもたちの繊細な心の動きが映し出される。監督は、『15歳のダイアリー』のケイト・ショートランド。ヒロインは、ベルリン国際映画祭シューティングスター2013に選出されたザスキア・ローゼンダール。過酷な現実に直面し、さまざまな経験を経た少女の成長の物語に心を揺さぶられる。
あらすじ:1945年、敗戦して間もないドイツ。ナチスの幹部だった両親が去り、14歳の少女ローレ(ザスキア・ローゼンダール)は、妹と弟と共に南ドイツから900キロ離れたハンブルクの祖母の家へ向かうことに。途中、貼り出されたホロコーストの写真を見たローレは困惑する。翌日、連合軍兵士に呼び止められたローレはユダヤ人青年のトーマス(カイ・マリーナ)に助けられ……。

<感想>ヨーロッパの映画祭・映画賞で高い評価を獲得したドラマ。アドルフ・ヒトラーに虐げられたユダヤ人の話は数え切れないほどおおいけれども、当時のドイツ人の戦中、戦後を取り上げる話は極めて珍しいです。一言でいえば、戦争の悲惨を描いた作品でもある。
そして、戦争というのは、戦勝国、敗戦国を問わず、常に銃後の女や子供に最大の災厄を及ぼすものだと訴えている。父親は捕えられ銃殺されたに違いない。そして、母親も食料調達に行き暴行されて、精神的にダメージを受け、5人の子供たちを置いて一人で何処かへ行ってしまう。収容所だというが、そこで処刑されたのかも。
残された子供たちは、長女が14歳では薄々事情を呑み込めるのではなかろうか、と思っていたが、世間知らずというか14歳で幼い弟妹4人を連れて祖母のいる北へと旅をするには、過酷すぎる。だが、弟が盗みを働きここにはいられなくなったのだ。

一番下の弟ペータは乳飲み子で、お腹がすくと泣き喚くしお乳を探して大変。もちろんオムツの交換もする。それに双子の弟たちは、まだ幼く事情を呑み込めていない。母親が帰って来るまで我慢すればいいのだと、言いくるめている。妹もあまり当てにならない。
ここまでは良く語られるに違いないのだが、しかし、子供の教育がいかに大事かを、織り込んだのが印象に強く感じた。ヒロインの少女ローレは「最終勝利」を信じているし、ユダヤ人を増悪しているのだ。
ナチ親衛隊の幹部の娘たちの、避難行という題材が、第二次大戦終結から67年後に作られたのは、早いのだろうか、遅いのか?・・・ナチズムの申し子として少女を救うのが、ユダヤの身分証を持った青年だという大いなる皮肉だ。
その青年トーマスも、本当にユダヤ人なのかは良く判らない。生きていくために身分証を盗んだのかもしれないのだ。それでも、彼が一緒について来てくれるだけでも心強いのに。食料集めは、トーマスが一番下の赤ん坊を連れて行く。すると、同情心なのか食料を分けてくれるというのだ。

それに、この時代の状況を呑み込めていないのか、悪戦苦闘しながら4人の弟妹たちを連れて旅をするには、ローレの気の強さといじっぱりの性格が、仇となる。つまり、時には世渡りが下手ということもあり、青年トーマスの優しさを跳ね除けて、自分一人で何とかしようと考えるのも大馬鹿だ。
彼女は、川を舟で渡してもらうのに、中年の太ったおじさんにワンピースのボタンを外し、女としての下半身を見せようとする。すると、そのおじさんは少女に襲い掛かるような態度を取る。すかさず、後を付いてきたトーマスがおじさんの後頭部を石で殴りつけ殺してしまう。驚き怯える少女。何も殺さなくてもと言うのだ。
弟妹たちを連れた過酷な旅の共に、ユダヤ人の身分証を持った青年を頼わざるを得ないのは確かだ。少女ローレを演じたザスキア・ローゼンダールの、演技自体は素晴らしいと思います。彼女を育てたものを知るためには、家族がナチスドイツの総統、ヒトラーを崇拝してこの世界を征服すると信じていたのだろう。
たとえ戦時下でも思春期の男女には、恋愛や性への目覚めが平等に訪れる。たとえばアンネ・フランクにとっては、非常な生活におけるかすかな未来だったそれが、ナチス親衛隊の娘にとっては、敗戦後を生き抜くための代償になるという皮肉である。それが恋なのか、否かもわからぬまま、強制的に自分の女としての性が呼び起こされる。白い足に刻まれた無数のアザと傷跡が痛々しく映る。

双子の弟の一人が、アメリカ兵かソ連兵の撃った弾に当たって死んでしまう。それでも、赤ん坊の弟だけは病気もせずに何とか祖母のところまで行きついたという終わり方。アメリカ地区からソ連地区、イギリス地区にフランス地区を経由するという、境界線の描き方にもう一工夫なかったものか?・・・。列車に乗って検問に会い、トーマスが身分証が無いのに気づく。これがあれば、頼もしい兄ちゃんがいつも一緒にいてくれると思い、弟が盗んで持っていたのだ。ここで、トーマスと別れることになる。

そして、やっと祖母の家に着いた安堵感と、自分が描いていた総統の死で今までの立場が逆転してしまったこと。祖母は躾けについてやかましく言うけれど、ここまで旅して来た苦労を考えると、ローレにとっては何が教育なのかと、反抗せざるを得ないのだろう。祖母にくってかかるローレの気持ちも分からなくもない。
途中の教会で食料を貰う時に、壁に貼られていた連合軍の宣伝ポスター。ユダヤ人虐殺の写真には自分の父親が映っていました。ユダヤ人の見るも無残な遺体。それを見てローレは動揺するのだが、まだ信じられないという様子であった。それにしても、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害は、尋常じゃないくらい凄惨なもの。そのことを、子供たちに教えなければならないこともあると思う。
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おじいちゃんの里帰り ★★★

2014年03月29日 | あ行の映画
トルコ系ドイツ人2世の新鋭ヤセミン・サムデレリ監督が妹ネスリンと共同脚本を手掛け、姉妹の実体験を基に描く感動作。1960年代半ばにトルコ移民としてドイツに定住した一家の家長である祖父を中心に、家族の歴史や絆を優しさとユーモアたっぷりに描き出す。頑固だが心優しい祖父を、ヴェダット・エリンチンが好演。まるでおとぎ話のように語り継がれる、ごく一般的な家族の感情豊かな日々の暮らしが胸に染みる。
あらすじ:トルコからドイツに移り住み、一生懸命働きながら一家を支えてきたフセイン(ヴェダット・エリンチン)も今や70代。彼は一見平凡そうに映る大家族の中で孫たちに囲まれて平穏な日々を送っていたが、息子や孫たちはそれぞれ悩みを抱えていた。ある日、フセインは、今度の休暇には全員で故郷トルコに買った家を訪れようと提案するが……。

<感想>ドイツにおけるトルコ人移民の実態を描いた映画は数多く作られているが、これはその移民の一般的かつ普遍的な心情を描いた最初の映画と言っていいのではないかと思う。
肩の力を抜いて笑って見ているうちに、移民家族のそれぞれの偽らざる心情がにじみ出て、ほのぼのとした優しい気分に浸ることができた。
移民一世の祖父の発案で祖母と4人の息子と娘に、孫たちがマイクロバスに分譲し、祖父の運転で一路故郷のトルコへ。その道中で描かれるのは当然のことながら、自分はトルコ人なのか?、ドイツ人なのか?というアイデンティティーの悩みに尽きるのだが、ここでは敢えて問題を先取りしない。

そこで語られるのはきょうだいたちの過去と現在。ごく平凡な移民家族の嘘偽りのない肖像である。驚かされたのは、トルコ移民のルーツに関するエピソード。おじいちゃんは何と百万1人目の移民として、メルケル首相の前でスピーチをしてほしいと招待状を受け取っていた事実が判明する。

さらには、そもそもトルコ移民は当時のドイツ政府の強い要請で実現した事実。移民はドイツの経済発展の一翼を担っていたのだ。
それでも結局は、故郷に家を買い、一族でそこを訪れようと運転を買って出たおじいちゃん。果たして楽しみにしていたスピーチは実現するのか。

家族揃って、マイクロバスに乗ってというと「リトル・ミス・サンシャイン」を思い出します。美少女コンテストのクィーンを夢見る少女とその個性的な家族が、黄色いワゴン車に乗ってコンテスト会場を目指す姿を描いている。その内に、おじいちゃんが亡くなってしまい、さて亡骸をどうするかで悩みます。おじいちゃんの存在感がたっぷりの映画でした。

この作品の中でも、トルコに着く前におじいちゃんがやっぱり心臓病で亡くなってしまうのですが、その亡骸を何処へ埋葬しようかと悩みます。ドイツ人のパスポートを持っているおじいちゃん。トルコでは外国人墓地へ埋葬せよというのだが、家族はトルコ人として故郷へ埋葬したいと思っているのですね。しかし教会が許してくれません。それでも、何とか説得して故郷へ埋葬することが出来るのです。生まれ故郷の、あの奥さんにプロポーズした丘に。

それに、おじいちゃんが主役のようになっていますが、物語りは孫のチェックくんの目で追っているのです。ドイツで生まれてトルコ語が話せない息子や孫たち。学校では自分の出身地であるトルコの場所を、地図で示せと先生は言うのですが、トルコの田舎なので地図には載ってない。じいちゃんの故郷に帰って見れば、買ったという土地だけで建物はないのだ。それでも、都会のドイツとは違って広大なオリーブ畑が美しい。ドイツに帰ってから、学校で自分のルーツの地名を堂々と貼りだすチェックくんの姿に微笑ましくなります。
それに、孫のチェックくんが、おじいちゃんに教えてもらったトルコ語でスピーチをするシーンも泣けてきますよ。15歳になる孫娘が妊娠をしているのを、この旅行で発覚するのですが、おじいちゃん、もう少し長生きすればひ孫の顔が見られたのにね。
この辺りは、トルコ移民2世のヤセミン・サムデレリ監督と、姉と共に脚本を書いた妹のネスリン・サムデレリの思入れたっぷりで、ぐっと胸に迫るものがありました。
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神様のカルテ2 ★★★.5

2014年03月28日 | か行の映画
嵐の櫻井翔と宮崎あおいが夫婦を演じ、ヒットを記録したヒューマンドラマ『神様のカルテ』の続編となる感動作。今回はそれぞれの事情を抱えた3組の夫婦の関係を軸に、悩んだり傷ついたりしながらも命に対して真摯(しんし)に向き合う人々の姿を紡ぎ出す。前回同様櫻井と宮崎が夫婦にふんし、藤原竜也と吹石一恵が主人公の親友夫婦として登場。さまざまな苦難をくぐり抜け、一層成長する登場人物たちの姿に勇気をもらう。
<感想>櫻井翔が演じる栗原一止という医師が主人公の本作は、リアルな医療ドラマという側面を持ちながら、同時に人生とは何であるかを詩情豊かに描いた物語でもある。本作「2」では、櫻井翔くん演じる地方の病院に勤める若き医師、一止が悩み苦しみながらも末期ガン患者の最期に寄り添い、その死を見届けるとともに、妻・榛名との間に命を授かることで、新たな未来へと希望が繋がっていくという物語。

そんな新しい物語のキーパーソンとして現れるのが、一止の務める病院に転任してきた大学時代の同期の医師、辰也。演じる藤原竜也と櫻井は初共演だというのだ。いや懸念していた藤原くんの芝居の力の入った弁舌に、櫻井くんが食われてしまうのか心配しましたが、意外と上手く自然に打ち解けあってましたね。中でも、自分の生活を犠牲にしても患者に尽くそうとする一止が、退社時間を過ぎればすぐに帰宅し、時間外の呼び出しにも応じない辰也に腹を立てて、頭からコーヒーをかけてしまうシーンに、ドキリとしました。

でも、彼には事情があって、離婚した妻との間にできた娘を引き取り、子育てしている彼。どうしても、娘のお迎え時間があったり、家に帰っても食事の支度や洗濯など家事をしなければならなかったというわけ。離婚した元妻には吹石一恵が。
このことは、恩師の貫田内科部長が知っていたことで、彼も過労で倒れるも精密検査でガンだと判る。貫田医師役の柄本明さん、どんな役どころも巧く演じているが、今回は末期ガン患者の役どころを飄々と演じていました。

それに、このシリーズにおいて、宮崎あおいが演じる栗原榛名は、なくてはならない存在である。病院で何日も泊りがけで働いている時も、その妻である榛名の温かな眼差しに彼の心がいつも包まれていることが感じられるから。
台詞は、夫に対して敬語使いをしているのが不思議ですよね。何もしてあげられないけれど、一止をただ見守るという、愚痴みたいなことは言わないで、何も言わずに相手を思いやる包容力というか、心で通じあっていればおのずと相手の考えていることも分かるというのだ。

これは、「舟を編む」での宮崎あおいさん演じる香具矢がそうだったように、夫婦でもお互いを尊重しつつ愚痴も言わずに、“あうん”の呼吸で相手の心を重んじる演技に感心しました。この作品の中での夫婦も、同じだなぁって、そんな「相手を思いやる心」口に出して文句を言わない、喧嘩のない夫婦って理想ですよね。

それは、貫田医師の妻、市毛良枝が演じた彼女が、夫の死を目の前にしてじっと耐え忍び、今まで辛いことがあっても夫を信じて付いてきたことを、何も言わなくても心で通じ合っていれば言わんとすることが分かるということ。
感動シーンでは、病院の屋上で輝く「24時間営業、365日」という看板、それに病院内の電気を一斉に消して、満天の星空を眺めるシーンには、本当にこんなにも綺麗な星空が見えるのだと涙が自然に出て来てしょうがなかった。東北の震災の時にも、ライフラインが全面ストップして、5日間くらい街の灯りも消えて、夜には満点の星空を見上げて感動したことを思い出します。
病院はビジネスの場だという事務局の人たち。金儲けこそが大事と言わんばかりの医療組織では、瀕死の重傷者が運び込まれても、手の打ちようがない患者はたらいまわしで死を迎えるばかり。入院患者でも糖尿病の患者が食事療法を守らない。ベッド数は限られているので退院してもらおうという魂胆。病院の在り方に憤りを感じつつも、働く医師たちや、看護師たちの労働時間の大変さに頭が下がる思いです。

今回では、一止の成長をすごく感じました。一人の医師として、まだ葛藤はもちろんあるけれど、「1」ではしんどそうな顔をしている時間が多かった気がした。それを経て、自分を追い込むことで、それが一止の変化にも表れるというような。それを経ていたからこそ、精神的にも大きく成長した一止が感じられました。
他の出演者たちにも、御嶽荘に越してきた屋久杉くんの濱田岳、画伯の原田泰造、西岡徳馬、吉瀬美智子、池脇千鶴、要潤など、「1」の共演陣が出演しております。
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劇場版 仮面ティーチャー★★

2014年03月27日 | アクション映画ーカ行
「Kis-My-Ft2」の藤ヶ谷太輔が主演し、「GTO」の藤沢とおるが描いた同名漫画を実写化したテレビドラマ「仮面ティーチャー」の劇場版。教育環境が崩壊した近未来の日本を舞台に、無法地帯と化した学校と非行生徒たちを更生させるため政府が送り込んだ特別教師「仮面ティーチャー」の活躍を描く。
<感想>最近特にTVドラマが劇場版として映画化されている。でもその中でも織田裕二さんの「踊る大捜査線シリーズ」は最高に良かったと思っている。で、今作の深夜TVシリーズは観ていません。力ではなく“心”で生徒とぶつかることを学んだ仮面ティーチャーこと荒木剛太が、恩師と対決する物語。熱血先生といえば、懐かしの「金八先生」を思い出します。
しかし、この作品では、理想の教育をめぐる熱いドラマに加えて、ワイヤーやバイクを駆使したアクションもスケールアップしており、ハマリ役となった藤ヶ谷の熱血教師ぶりが冴えわたります。
あらすじ:体罰が禁じられ無法化した教育界を是正すべく、政府の教育省から“仮面ティーチャー”として華空学院高校に派遣されて来た荒木剛太。彼は力による制圧を許される身ながら、生徒と誠実に向き合い、その甲斐あって、学院には平穏が戻りつつあった。
だが、力による秩序回復に固執する教育省は、荒木剛太の恩師でもある羅門(遠藤憲一)を副校長として新たに派遣。剛太に信じることの大切さを教えてくれた羅門にかつての面影はなく、彼は力で生徒を制圧しようと暴走する。

特撮ヒーローものと熱血教師の学園ものをミックスしたような映画だが、テレビ版を見てないので、ややこしい人間関係を把握しきれず、置き去りにされてしまった感じがする。それでも、生徒に殴られてばかりいる主人公の教師が、仮面を被ると超人的な強さを発揮する落差が面白くて、生々しい格闘技アクションも爽快感を味わえます。
こちらも原作アリのバトル映画だが、各人の闘う動機づけを丁寧に見せ、かつ感情のピークと格闘シーンとがきっちりシンクロするので、ダレルことなく観ていられた。言ってみれば学園ものと平成ライダーのようだが、熱血教師のパロディとしても秀逸な設定だと思う。
ジャニーズの若手は、脚本に沿った演技が本当に上手い。その、ソツのなさは時として味気なさに繋がってしまうけれど、そこはベテランの遠藤憲一さんや萩原聖人さんが、きっちりアクを加えているので良しとしましょう。それにしても、教育省のエリートで、仮面ティーチャーの提案者である飯倉を演じた、斉藤工も変身したかっただろうにと思いました。
しかし、体罰を全面禁止した教育省が、荒廃とした学校に仮面ティーチャーを送り込むストーリーには説得力がなく、学校の問題が仮面という匿名の暴力ですべて解決するほど単純だとは思えないです。
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ウォルト・ディズニーの約束 ★★★★

2014年03月26日 | あ行の映画
エマ・トンプソンとトム・ハンクスという英米のオスカー俳優が共演を果たし、傑作ミュージカル映画『メリー・ポピンズ』誕生秘話に迫る感動のヒューマンドラマ。ウォルト・ディズニーの映画製作の舞台裏を初めて描き、原作者と映画製作者の激しい攻防を情感豊かに映し出す。ポール・ジアマッティやコリン・ファレルら名優たちも豪華共演。頑固な作家の心の奥深くに秘められた、ある思いを浮き彫りにする展開に心打たれる。
<感想>制作から50年経った今も愛され続ける「メリー・ポピンズ」。この名作を巡る実話を描いた本作は、数々の作品を世に生み出したディズニー映画にとって、初のバックステージもの。創業者のウォルト・ディズニーが築き上げた“夢と魔法の王国”を徹底するディズニーが映画製作の裏側を描くだけでも驚きだが、ここで明かされるのは「メリー・ポピンズ」の制作秘話を描いている。もっと具体的に言うと、映画化の話を長年拒んできた原作者のパメラ・L・トラヴァースが、何故心変わりしてウォルト・ディズニーの要望を受け入れたのか?・・・という謎を解き明かしていくドラマである。

まず強烈なのが、原作者であるパメラ・L・トラヴァースのキャラクター。エマ・トンプソンが演じているが、役柄にぴったりハマっている。当時すでに映画王となっているウォルトの申し出をにべもなく断り、一流スタッフからの提案をことごとく却下。アニメーションは嫌、ミュージカルは嫌と拒否するばかりか、話し合いのすべてを録音させて脚本や音楽にも難癖をつけ、ヒステリックなほど相手に苛立ちをぶつけ、口を開けば嫌味ばかり。とにかく神経質で気難しい女性なのだ。そんなトラヴァースの頑なな心を解かそうと、ウォルトとスタッフは奮闘する。最後に、トラヴァースが難癖を付けている、当時のやり取りが録音されている貴重なテープも公開されます。

ここでは、二つの時間軸の物語が並行して語られる。片方は1961年、トラヴァースが映画「メリー・ポピンズ」の制作現場に立ち会うストーリー。もう片方は20世紀初頭の、彼女がオーストラリアで暮らしていた子供時代の回想ストーリー。彼女の父親には、コリン・ファレルが銀行員で物語が進むにつれ、どうやら「メリー・ポピンズ」に出て来るバンクス氏のモデルであることが分かってくる。彼女は父親が大好きで、酒好きのアル中だったが、夢想かの彼女には一番の理解者でもあった。母親はそんな夫に苛立ち、自殺未遂までする。
物語りの舞台であるバンクス家の父親が、ウォルトのように口髭を生やしていることにも拒絶反応を示すトラヴァース。
邦題のタイトルからは想像がつきにくいが、この映画の原題「Saving Mr.Banks」つまりバンクス氏を救うこと。もちろん、トラヴァースが記憶の中の父親を救うことは、彼女自身を救うことでもある。

それで、ウォルトは彼女と父親との関係にヒントがあると気づき、自身の幼き日の父親とのエピソード(新聞配達所を経営していた父親、兄と弟ウォルトが雪の降る寒い日に新聞配達をし、靴に穴が開いても新しい靴を買ってくれず、冷たい雪水がしみ込んで辛い想いをしたことなど)を彼女に話し、ある約束を交わす。この約束なしに、あの名作は誕生しなかったと思われます。
映画の登場人物としてウォルト・ディズニー本人が描かれたのは、これが初めてである。初めて描かれた彼がまったく美化されていないし、リアルでありのままの姿だったということが素晴らしいことだと思う。ウォルトを演じているのが名優のトム・ハンクス、彼が演じるウォルトは、温厚で無難な役どころ。文句のつけようがありません。
そして本作はまた、二つの世界の衝突についての物語でもある。イギリスの伝統的な様式と自由なアメリカン・ドリームの衝突であり、インテリな英国文学と大衆的なポップアートの衝突でもある。

この二つの世界の架け橋となるのが、リムジン運転手のラルフというキャラクター。ラルフは架空の人物で完全なるフィクションなのだけれど、彼の存在のおかげで、本作は単なる名作映画のメイキング物語を超えて、より人間的で温かみのあるものになったと思う。
そんなラルフを見事に演じたのがポール・ジアマッティと、後は映画のプレミア試写会の場面で、独りぼっちのトラヴァースをエスコートしてくれた着ぐるみのミッキーマウスに拍手を送りたい。このシーンは微笑ましかった。
原作と映画化された内容には必ずといって違いがあります。それでも、映画化するのは、観客に分かり安く楽しんでもらおうとする制作側の意図が読み取られ、たまには原作を読んでから映画を観てがっかりしたこともあります。
ですが、この映画のように原作に込めたトラヴァースの思いが明かされるころには、感動で胸がいっぱいになり、不思議なほど涙が止まらなくなるはずです。他にも舞台裏がたっぷりで、名曲誕生の瞬間に立ち会えるのに加え、ウォルト本人が初めて描いた映画という意味でも感慨深いですよね。
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LIFE!   ★★★★

2014年03月25日 | アクション映画ーラ行
凡庸で空想癖のある主人公が未知なる土地への旅を経て変化していくさまを、ベン・スティラー監督・主演で描くヒューマンドラマ。夢を諦め、写真雑誌の写真管理部で働く地味な中年男性が、ひょんなことからニューヨークをたち世界中を巡る旅を繰り広げる様子をファンタジックに映し出す。物語の鍵を握るカメラマン役で『ミルク』などのショーン・ペン、主人公の母親役で『愛と追憶の日々』などのシャーリー・マクレーンが共演。壮大なビジュアルや、主人公のたどる奇跡のような旅と人生に目頭が熱くなる。

<感想>空想好きで不器用な中年男が、人生を切り開く冒険を通じて輝き出す姿を描く。人間の可能性の大きさを謳う物語はもちろん、主人公の脳内で展開される空想と現実の出来事をつないだ不思議な映像にも心を奪われます。
物語は、ウォルター・ミティはニューヨークの伝統ある雑誌「LIFE」の写真管理部で働いている。不器用な性格ゆえに人付き合いが苦手で、思いを寄せる同僚の女性シェリルと会話もできない臆病者。ヒーローのような自分を空想することが、そんな現実を紛らわす唯一の方法だった。

デジタル化の波により、「LIFE」誌は休刊が決定。だが、最終号の表紙を飾る大事な写真のネガ行方不明になる。ウォルターは有名写真家ショーンから直接ネガの在り処を聞き出すことを決意する。冒険家でもある彼を追って、人生初の壮大な旅に乗り出す。

グリーンランドの極寒の海から、アイスランドの火山地帯へ。それはウォルターが空想で夢見ていた以上の、刺激に満ちた冒険だった。初めて見る景色、初めて出会う人との触れ合いの中で、彼は気付く。人生で最も大事なことをいつしか見失っていた自分に。
結局あと一歩でショーンには追いつけず、ウォルターは帰社をよぎなくされる。そこで待っていたのは、無情なリストラ宣告と、シェリルへの恋心の幕切れ。
だが、現実から逃げていたウォルターはもういなかった。あきらめない心が思いがけない奇跡を起こすのです。

現実をあきらめるように日々妄想にふけっていた主人公が、あり得んような冒険を通して人生の素晴らしさを見つけるというわけ。確かに彼は、出版社で写真管理をして働く地味な男だし、彼が飛び込む未知の世界はとんでもなく魅力的なんですね。
しかし、どんどん変わっていく彼の表情を見ていると、物語りの別の軸に心を動かされるのです。

雑誌「LIFE」の最終号の表紙を飾る写真のネガ25番が無いのだ。それを探すため、カメラマンのショーン・ペンを訪ね国境を超える。妄想かと疑うような信じがたい現実の危機を、離陸寸前のヘリに飛び乗るし、大海原を航行する船にヘリからダイブするも海へ落ちてしまうとか。山岳地帯では得意のスケボーを駆使してこれは見事だ。ヒマラヤで原住民の協力を得て登山など、自身の中に眠っていた判断力と身体能力で乗り越えていく。
肌で感じる体験に震えつつ、思わずこぼれた彼の笑顔に私たちは、ショーンがクールに証明したとおり、彼がつまらない日常においても高い理想を抱き仕事をしてきたことに気付きます。大海原や、雪山の絶景に圧倒され、ピュアなウォルターという男が笑った後に、何故か清清しい感動残る作品です。

ところが、ひょんなことからショーンに逢えるんですね。ユキヒョウを撮りたくてシャッター・チャンスをじっと待ってたんです。でも、このユキヒョウが雑誌「LIFE」の最終号の表紙を飾る写真ではなかったんです。SNSで自慢できる職業でなければ仕事に誇りを持てないと思っている私たちに、人生という名前の雑誌の最後の表紙が語りかけてくれる。これには思わず唸りましたね。原題は「ウォルター・ミティの秘密の生活」なんですが、断然、邦題の付け方が上手いと思いました。
原作は1947年にも「虹をつかむ男」として映画化された、ジェイムズ・サーバー著の短編。スピルバーグも再映画化に興味を示すほど愛された小説。それを、ベン・スティラーが監督、主演を務めたユーモラス&ファンタジックなヒューマンドラマである。
2014年劇場鑑賞作品・・・67  映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング
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ワン チャンス ★★★.5

2014年03月24日 | アクション映画ーワ行
イギリスの人気オーディション番組での優勝をきっかけに、一夜にして携帯電話の販売員から世界的オペラ歌手となったポール・ポッツの半生を映画化。恥ずかしがりやでパッとしない容姿、不運続きの彼がオペラ歌手になるという長年の夢をかなえるまでを描く。監督は、『プラダを着た悪魔』などのデヴィッド・フランケル、主演は『人生は、時々晴れ』などのジェームズ・コーデン。ポール本人の吹き替えによる「誰も寝てはならぬ」などの名曲の数々が、奇跡のようなサクセスストーリーを彩る。

<感想>スーザン・ボイルド物語じゃないけど、こちらも実話で「リトル・ヴォイス」のような物語。イギリスにはハートフルコメディ映画の系譜がある。
国民性なのか、低予算でハリウッドに対抗するためにイギリス映画界が知恵をしぼった結果なのかわからないけれど、コンスタントに良作を生み出してくれるのはじつに嬉しい。
この手の映画は革新性やエッジがあるわけではないので、賞レースには中々絡まないけれど、良質のストーリーとハートが詰っているのが特徴ですね。

さて、本作品もイギリス映画の伝統を見事に受け継いだ佳作である。英オーディション番組で見いだされたオペラ歌手、ポール・ポッツの生涯を、ユーモラスに描いていく。
物語は、子供の頃から太目で内気なポール。虐められっ子だったが、歌だけは上手く地元の聖歌隊で歌いながら、オペラ歌手を夢見ていた。大人になっても両親と同居し携帯ショップで働くポールに、父親は失望していたが、母親は息子の夢を応援していた。

そんなポールにもメル友がいたが、店の上司ブランドンが勝手にメールを送り、手筈を整えたことから、ポールはその相手のジュルズと初めてデートをする。

二人は意気投合し、ポールはベネチアでオペラを勉強したいという夢を打ち明け、地元のタレント・コンテストでピエロの格好をして「涙のクラウン」を歌う。声量もあり聞き惚れる声、観客の拍手が鳴りやまない。で優勝し短期留学することになる。
憧れのパヴァロッティの前で歌うこともできたのだが、高音が出ないのだ。緊張して失敗し、ポールはオペラ歌手にはなれないと断言されてしまう。その音楽学校でキャメロンという女性に恋をする。ジュルズのこと忘れたの?・・・男ってもうダメね。失意のポールだったが、故郷に還って父親の鉄工所で働くポール。友人たちに「お前には天性の声がある」と励まされ、彼女にも連絡してなかったことを詫びて、ジュルズの誤解を解いて結婚する。だが、そんな彼を次々と不幸が襲う。「アイーダ」を歌っている最中に虫垂炎になり、甲状腺の腫瘍で声が出なくなる。やっと声が出たと思ったら、交通事故。しかし、ポールは数奇な運命を経て、ようやくオペラ歌手としてデビューするチャンスを掴むことになる。

昔は炭鉱の街だったイギリスの田舎町。父親は溶接工で工場で働いている。楽しみは仲間と酒を飲むこと。ポールの歌声を初めに見出したのが母親で、聖歌隊でも一番大きな声で歌うので、目だって仕方がなかった。それでも、ポールは、好きなレコードを買い、その歌(プッチーニのラ・ポエム)を一緒に歌真似しながら楽しんでいる。
実話を基にした伝記映画というと、どうしても退屈になりがちだけれど、この作品はオペラ歌手として成長物語と並行して、心温まるタブストーリーが丁寧に描かれているのはいいですね。

この映画の題材になった英国の大人気オーディション番組「プリテンズ・ドット・タレント」では、スーザン・ボイル歌手を生み出したことは知っていたが、ポール・ポッツのことは本作品で初めて知りました。彼が「オペラを歌う」と言うと、客席からは失笑がもれ、審査員たちも困惑気味でした。だが、彼の歌声が放たれた瞬間、会場は静まりかえり、そして何とも言われぬ興奮と昂りが込み上げて来てどよめきに変わったのです。その時に歌ったのが「トゥーランドット=誰も寝てはならぬ」なんですね。衝撃の実話なんて宣伝文句がなくても、充分に成立する映画だと思います。
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ローン・サバイバー ★★★★

2014年03月23日 | アクション映画ーラ行
アメリカ海軍の特殊部隊ネイビーシールズ史上最悪の惨事と呼ばれるレッドウィング作戦の全貌を映画化した戦場アクション。実際に作戦に参加し唯一生還した兵士の回顧録を原作に、極限状況下の戦場の真実をリアルに描く。監督は、『ハンコック』などのピーター・バーグ。『ディパーテッド』などのマーク・ウォールバーグを主演に、『バトルシップ』などのテイラー・キッチュ、『メッセンジャー』などのベン・フォスター、『イントゥ・ザ・ワイルド』などのエミール・ハーシュら実力派が共演する。

<感想>戦争映画です。それも観客が受け入れやすいように加工された戦争ではなく、目をそむけたくなる現実から目を背けずに、血の滴る肉の塊をそのままぶつけたような戦争映画である。舞台はアフガニスタン。数多くの米兵を殺害したタリバンのリーダーを倒すべく、海軍特殊部隊が派遣される。最初は過酷な特殊部隊の訓練シーン。あまりにも肉体に辛いと感じたら鐘を鳴らして除隊できるという。そして、訓練に耐え忍んだ者だけが選ばれ、現地に送られる。
最初は順調に、リーダーとそのグループの黙視に成功するが、作戦を開始する矢先にタリバンの一団に襲われ激戦に突入する。これはもうお馴染みの筋書き。
熟練の戦士たちが悪者を倒すわけだから、ハリウッド映画の定石どおりに見えるところだけれど、それが違うんです。

この部隊がタリバンに襲われたきっかけは、通りがかった村人たちに見つかったからで。村人たちは米兵を攻撃したわけではないし、武装もしていないので、ルールに従うなら敵とみなして殺すわけにはいかない。
だが、村人を逃がしてしまえば、当然のように米兵のことがタリバンに伝えられて戦闘になることは確実。殺しも逃がしもせずに、ただ動けないように拘束して米兵が移動するという方法もあるけれど、この寒さのなかで拘束すればやはり死んでしまう。さぁ、どうする、というシチュエーションなのだ。
上官に助言を求めようとしたものの無線は通じず、4人は激しい激論の末に前者を選ぶ。つまり解放したのだ。ところが、この人道的には正しい選択と通信不調の問題が、のちに取り返しのつかない厄介なことに発展していく。映画はこうした想定外の事態が起こりうる戦場での決断の困難さと、その結果、もたらされる皮肉な運命を生々しく描き、じわじわと不吉なサスペンスを高めていく。
通信を確保するために山頂をめざす途中、迫りくるタリバン兵を察知した4人が、もはや戦闘はさけられないと覚悟を決め、ラトレルが最初の銃弾を放つまでのただならぬ緊迫感にハラハラ、ドキドキです。

実際の戦場における4人は、自分たちが何十人、何百人を相手に戦っているのか皆目見当がつかなかったはず。いくら迎え撃っても無限に湧いてくる黒ずくめの敵兵を前にした彼らは、想像を絶する恐怖を味わったに違いありません。
むろん本作はドキュメンタリーではなく劇映画ではあるが、このリアルな戦場のシーンでは、体験しえない極限状況の映像に度肝を抜くことでしょう。
平地ではない山岳地帯。無数の岩が転がっている急斜面の荒野は、走ることもままならず、なおかつ敵の自動小銃やロケットランチャーの猛攻を絶え間なくあびる状況下では、どの方向に退避すべきかも判断しがたい。

高地なれしたタリバン兵にとっては自分の庭状態。まさに完全アウェーです。エミール・ハーシュ演じるディーツが、「何故彼らはあんなに速く動けるのだ」と切羽詰った台詞が緊迫感ありあり。
背後は断崖、人間が転落するというアクションを、かつてこれほどまでに凄まじく、恐ろしく映像化した映画はないでしょう。まさに、転げ落ちるという、その下には尖った岩があるというのに。

それでも戦闘は終わらず、満身創痍のシールズ4人の抵抗は、3人が息絶え、一人が戦闘不能に陥るまで続いていく残酷さである。ハリウッドの映画ならこんな時には、騎兵隊が来るに違いない。この映画でも実際にヘリが2機やって来るのですが、なんと1機は乗組員が脱出するまもなく攻撃されて爆発炎上し、残りの1機は断念して引き返すというシーンもありました。
その圧倒的なリアリティと迫真性を画面にみなぎらせたスタッフの仕事ぶりは、兵士それぞれの人間性を力強く体現したキャストの、熱演とともに高く評価されるべきでしょう。
そして、悪夢のような戦闘映画は、精根尽き果てたラトレルに手を差し伸べる、意外な救世主の出現によって急展開を見せる。だが、このフィクションではあり得ない驚きを呼び起こすのである。先にラトレルが山羊飼いを殺すか生かすかの選択を迫られたように、村人の救世主がまた見知らぬ米兵を救うべきか否か、自らの生死に関わる決断を迫られる。

そこへ、タリバン兵がかぎつけて村人を責め立てる。ラトレルも助かったのはいいが、自分で銃弾をナイフで取り出し、足の飛び出た骨は手で押し込むという荒治療。よく生き残ったと思う。
たった一人の米兵の生還の裏側にあった、幾つかの究極の決断のドラマは、このうえなく劇的であり心揺さぶられずにいられない。
観終わって見れば、気軽に楽しめるレベルのスリルや爽快感とはかけ離れて、どうしようもない痛みと苦しみが入り交じった複雑な余韻が残る戦場実話である。
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ある愛へと続く旅 ★★★

2014年03月22日 | DVD作品ーあ行
『赤いアモーレ』原作のマルガレート・マッツァンティーニの小説が基になったドラマ。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で夫を亡くしたローマ在住の女性が、同国への再訪を機に彼から向けられていた大きな愛を改めてかみ締める姿を見つめる。主役となる夫婦に、ペネロペ・クルスとのエミール・ハーシュ。監督を務めるのは、原作者の夫でもある『赤いアモーレ』のセルジオ・カステリット。壮大かつ感動的な物語に加え、ヒロインの女子大生時代から中年期までを見事に体現したペネロペの熱演も見ものだ。

あらすじ:サラエボで運命的な出会いを果たし、夫婦となったジェンマ(ペネロペ・クルス)とディエゴ(エミール・ハーシュ)。切望する子どもが望めなかった彼らは代理母候補を探し出し息子ピエトロを授かるが、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が勃発する。息子を連れて難を逃れたジェンマだが、ディエゴだけが街に残って命を落としてしまう。それから16年後。ローマで暮らしていたジェンマは、サラエボ時代の友人に誘われてピエトロと一緒にボスニアへ向かう。街の風景を眺めながら、ディエゴとの深い愛を思い返す彼女だが……。

<感想>現代ふうのメロドラマ、とでも言うべきか。イタリア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナなどと、物語の舞台は交錯していき、時代もまた、現在と過去を何度となく往還する。

そしてヒロインを演じるペネロペ・クルスが、女子大生時代から16歳の息子を持つ母親までを演じた叙事詩でもある。
明らかに時代と年齢が交錯し過ぎで、物語りの展開ももたついているようだが、ペネロペは若い時から中年までを上手く演じわけて熱演しているのがいい。
サラエボ、盛んに語られ始めた眼耳を覆いたくなる暴力の時代に出会い、強く愛し合う二人と、追い詰められる不妊の悩み。愛する彼の子供が欲しいと強く願うあまりに、不妊治療をしても子供が授からず、青い目の赤毛の女に代理母親になってもらい子供を産んでもらおうとする。もちろん大金を支払う。そこまでしても子供が欲しいのだろうか。養子縁組も考えるが、父親であるディエゴが薬物中毒でダメ。

その代理母なる青い目で赤毛の女の、サーデット・アクソイがゾクっとするほど妖艶で魅力的である。男の子を授かるも、ボスニア紛争の最中で夫のディエゴの間の子供ではない。何人もの兵士に乱暴されて出来た息子である。そのことを後で知ることとなるペネロペ。息子だって自分の本当の母親と父親を知るための旅だとは知らなかったのだ。真実を知ってどうする。現代っ子の息子。

母親になりたいばかりに、生まれたばかりの赤ん坊を抱いてボスニアからイタリアへと飛行機で。そこで夫のディエゴにはパスポートが無く、一緒にイタリアへ行くことが出来なかった。親切なイタリアの兵隊が、赤ん坊を抱いたペネロペに好意を示す。そして結婚。
個々のエピソードへの俳優たちの熱演や場所の印象は深く忘れがたいのだが。それらを滑らかに繋ぐハーモニーが生まれず、エモーションが削がれて感動が弱まるのが惜しいですね。これでは、泣けと言われても泣けないですよね。
多国語映画ゆえのミス・キャスティングも含めて、いくつもの重要なメッセージをはらんだこの壮大な物語は、長時間の大河ドラマの方が良かったのではないかと思った。
アンジェリーナ・ジョリーの初監督作「最愛の大地」が絶望と怒りに貫かれていたのに対して、こちらはユーゴ内戦の圧倒的な暴力の中から、なお希望を見出そうとする作品。

エミール・ハーシュの演じる人物のイメージを、ニルヴァーナのカート・コベインと重ねるという演出アイデアが秀逸でよかった。
堂々たるメロドラマ世界のなかで、恋の情熱と、母になることへのオブセッションを表現し、老け役まで演じ切るペネロペはもちろんいいのだが、代理母を演じた妖艶なサーデット・アクソイの存在感も忘れがたい。
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旅人は夢を奏でる ★★★

2014年03月21日 | た行の映画
『GO!GO!L.A.』などのフィンランド人監督ミカ・カウリスマキが、著名なピアニストである息子と数十年振りに再会した父親とが旅をしながら交流する姿をつづるロードムービー。人気はあるが私生活はパッとしないピアニストの前に幼くして別れた父親が突然現われ、かつての知人を訪ねる旅をする中、音楽によって心の距離が近づいていくプロセスを描く。息子役は、『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』にも出演しているサムリ・エーデルマン。さえない父と息子が旅をする様子に引き込まれると同時に、二人の心の変化も見逃せない。
<感想>南北に長いフィンランドのほぼ真ん中を、ヘルシンキから出発して北の果てと言ってもいいケミヤルヴィまで、父親とその息子が昔のアメリカの自動車で旅をするお話なのだが、この赤いキャデラックだと思うが、近所の駐車場で父親が慣れた手つきで車を盗む。

北へと車を走らせるに従って、他人と言っていい父親の背景が少しずつはっきりとしていく。これは息子にとっては自分の出発点のことでもあるのだ。弟のアキと同様に何ともすっとぼけた語り口が持ち味である、ミカ・カウリスマキ監督。それがえもいわれぬ底ぬけに享楽的なおおらかさがあるのだ。

途中ガス欠にあうも金を売春婦に盗られて無いのに、満タンにして逃げる。この父親は元銀行強盗をしたとんでもない男なのだ。北へと旅する父親の目的は、息子の産みの母親に逢わせるべく、自分も逢いたかったのだろう。その道中にお婆ちゃんの老人ホームへ寄ったり、もう一人の腹違いの娘のところなど寄っていく珍道中なのだ。
原題は「北への道」というのだが、この邦題の付け方が憎いではないか。
冒頭でコンサート・ピアニストとして成功している息子の所へ、35年間音信不通だった父親が突然現れる。この破天荒なる父親と、これまた尋常ならざる堅物の息子と好対照をなしているのも愉快だ。役者がまたいい、そっくりハマっているではないか。

父親を演じるヴェサ・マッティ・ロイリの愛嬌に満ちた芝居によって、二人ともミュージシャンだそうで、「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」(枯れ葉)を、ホテルのバーで歌うところなど、聞かせるし、かつ痺れさせる。いつしか観客をほんわかとした気分にさせてしまうあたり、この監督のしたたかな手腕といっていいだろう。
北の果てで息子は実の母親に引きあわされる。自分がまだ2歳だったころ、両親は仲間と共謀して銀行強盗を働いた。父親は逃亡し、母親は刑務所に入った。出所した母親をかつての仲間が迎えにきて、二人は結婚したというのだ。現在は馬を飼育する厩舎を営んでいる。

2歳だった息子は養護施設に引き取られそこで育ち、養子にもらわれていった。そのピアニストの息子も妻と娘に愛想を尽かされ逃げられたのだ。妻の実家まで行き、娘の顔を見て、そこにはなにやら男がいるではないか。父親にしては初孫である女の子を抱き上げ、寝物語に話をしてやる。そして、奥さんに「謝りたい」と息子が言っていたと二人の間を取り持つ。

しかし、それからの父親がとった行動は、息子の母親に逢いにいくこと。それと母親の相手の男が銀行強盗の仲間だったこと。何しに今頃来たとばかりにライフルを持ち出し撃ってくる。腹部に流れ弾にあたる父親。重い糖尿病だというのに、インシュリンを打ちながら酒、たばこを吸う。父親が最後に行き着いたのは、かつて愛して息子を授かった廃墟となった家。
ラストの締めくくりが、息子はコンサート・ピアニストとしてステージに上がり、観客席には妻と幼い娘の姿が、その後ろの席には彼の母親が座っていた。
よく出来ている物語で退屈はしない。
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ザ・イースト ★★★

2014年03月20日 | アクション映画ーサ行
『アナザー プラネット』『ランナウェイ/逃亡者』などで注目を浴びる女優、ブリット・マーリングが主演、製作、脚本を手掛けたサスペンス。自然破壊をもたらす企業を標的にする環境テロ集団への潜入捜査に挑む女性が、彼らの理念に共感しながらも犯行を食い止めようとする。メガホンを取るのは、新鋭ザル・バトマングリッジ。全編を貫く尋常ならざる緊張感や社会的テーマもさることながら、『JUNO/ジュノ』のエレン・ペイジやパトリシア・クラークソンら、実力派の共演も見ものだ。
あらすじ:健康被害や環境汚染の元凶とされる企業を敵視し、抗議活動を行う環境テロリスト集団のイースト。元FBIエージェントのサラ(ブリット・マーリング)は、テロ攻撃にさらされる恐れのある企業の依頼を受け、彼らのアジトへと潜入して捜査をすることに。企業に対する彼らの過激な姿勢の数々に怒りを覚えるサラだが、健康被害の実態を目の当たりにし、その根絶に挑むイーストの思想を理解するようになる。さらに、謎めいたリーダーのベンジー(アレキサンダー・スカルスガルド)に惹(ひ)かれ、心が激しく揺れ動く。

<感想>FOXサーチライトの20周年作品の第2弾だそうで、期待して観賞した。何も情報を入れずに観ることをお勧めしたいですね。そもそもタイトルからは、内容の予測が不可能である。何故「イースト」なのか今も謎で考え中です。
ザル・バトマングリッジ監督の展開のつたなさにかなり失望させられました。「サスペンス」の語義は宙ぶらりんの状態だし、宙ブラリンだから次はどうなるのか?、・・・ハラハラさせられるわけだが。

環境保全のためにテロをやるという理屈が、私にはすんなり理解できなかったのも減点の理由。確かに、薬害被害をこうむって、人間の体が蝕まれ死に陥る被害者が、いくら訴えても薬品会社や政府は知らぬ顔だ。そうすれば、行動で打破するのみという若者の危ない考え方が、他にするべきことがなかったのだろうか?・・・みんな大学を出た高学歴で金持ちの子供たちだったのに。

中でも、エレン・ペイジが薬品会社の社長令嬢だったということが分かった時、その後、警察に追い掛けられ流れ弾に当たり、サラが手術で弾丸を取り出すも帰らぬ人となった。アジトのある冷たい森の中で、裸で埋められる彼女の最期が哀しい。
ヒロインは正体を悟られことなく潜入捜査を完遂できるのか?・・・というスリルで引っ張ると思いきや、「職業的責務と潜入対象への共感との矛盾に、彼女はどう折り合いをつけるのか?・・・が焦点になっていると思う。
その矛盾する二つの事柄の間でのバランスが徐々に変化していく。これは彼女自身の人格的成長ともとれるわけで、経緯の描写が絶妙に上手い。
テロ組織の面々のキャラが立っているのも面白く、情熱と行動からしか映画は生まれないことを体現した、脚本・主演のブリット・マーリングの才知に今後も期待したいですね。
制作にはトニーとリドリーのスコット兄弟の名もありました。
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あなたを抱きしめる日まで ★★★★

2014年03月19日 | あ行の映画
10代で未婚の母となり幼い息子と強制的に引き離された女性の奇跡の実話を、『クィーン』などのスティーヴン・フリアーズ監督が名女優ジュディ・デンチを主演に迎えて映画化。ジャーナリストのマーティン・シックススミスによる「The Lost Child of Philomena Lee」を基に、50年前に生き別れた息子との再会を願う母親フィロミナの姿を描く。彼女の息子捜しを手伝うマーティン役には、本作のプロデューサーと共同脚本も務める『マリー・アントワネット』などのスティーヴ・クーガンがふんする。
<感想>かつてアイルランドのカトリック修道院が、金銭と引き換えに、未婚の母の子供を養子に出していたと言う。この真相を取材したイギリスの元ジャーナリストによるノンフィクションを原作に、生き別れた母子をスリリングかつハートフルに解き明かしていく人間ドラマである。

映画の中で、この元ジャーナリストを演じるスティーヴ・クーガンは、脚色とプロデューサーも務めている。監督は『クィーン』などの名匠スティーヴン・フリアーズ。大女優ジュディ・デンチが、つらい過去を秘めながらあつい信仰を持ち続ける普通の主婦を演じているのも素敵ですね。

物語は、主婦のフィロミナには50年間隠し続けていた秘密があったのです。それは1952年のアイルランド。心ときめくままに身をまかせた男性の子供を、未婚で身ごもってしまった彼女は、10代で家を追い出され修道院に入れられる。そこでは、出産の面倒を見る代わりに、同じ境遇の少女たちが過酷な労働を強いられていた。息子が生まれアンソニーと名付けて、我が子に会えるのは1日1時間だけ。

そして、3歳になった時、アンソニーは突然養子に出される。今になってようやくこの事実を打ち明けられた娘のジェーンは、BBCの元ジャーナリスト、マーティンに話を持ちかけます。最初は三面記事的なネタに難色を示すマーティンだが、元ジャーナリストから政府広報担当となるも、スキャンダルに巻き込まれて職を追われた彼にとっては、記事が成功すれば再起のチャンスになるかもしれないと、こうして話は成立する。

フィロミナとマーティンとの息子捜しの旅が始まるのです。性別や世代はもちろん考え方も社会的背景も、まったく異なる二人のコンビが何とも面白い。30年間、看護婦として働き、質素だが地に足のついた暮らしをしている彼女は、真っ直ぐだけど夢見るところがあって、ロマンス小説がお気に入りなんです。
一方、マーティンは、オックスフォード出のエリートで、贅沢を知り世知にたけており、洗練された皮肉屋でもある。マーティンの辛辣を時に笑い、時に叱るフィロミナ。彼女の無邪気な振る舞いに、目を丸くするマーティン。この噛み合わないやり取りが、漫才のようで可笑しいのである。
実はマーティンは、かつてはカトリックだったという接点にも注意したい。今はすっかりと信仰を失ってはいるが、カトリック修道院の悪行が招いた悲劇を暴くことは、彼にとって決して唐突なテーマではなかったはず。

本作に於けるカトリック教会への批判的側面は強い。それは、若き日のフィロミナが収容された“ランドリー”と呼ばれる、未婚で子供を産んだ娘たちを強制労働させた修道院施設の在り方、修道院による養子斡旋といった歴史的な事実への攻撃など。あるいは、修道院の中のシスターたちの女性に対する処女崇拝への疑問もあるだろう。

だが、本作には、裁きや怒りがあるだけではない。やはり最も興味深いのは、フィロミナという女性の存在である。彼女の生活感たっぷり、慎ましく、チャーミングな彼女は、親しみやすい普通の女性。一方では、若い頃に知った性の快楽に肯定的なのが面白い。
そして、見つかり、分かる自分の息子がゲイだったという事実も。それが災いしてか、エイズで亡くなっていたとは。彼女はこのことも自然に受け入れている。それにしても、息子が立派な弁護士という職業で、大統領の仕事も引き受けていたという成功者で有ったと言うことも。彼女は、自分の息子を誇りに思うことでしょう。

50年経って、訳あって養子に出してしまった息子に会いたい思うのは、母親の身勝手かもしれない。長い年月が経過して、息子の方からでも母親に逢いたいを思うのが理想なのに。それが叶わなかったのは、息子がどうしても母親のことを許していなかったのかもしれませんね。
しかしながら、最後に二人が辿り着く息子の居場所が、アイルランドの修道院だったとは。すでに母親のことを許していて、母親の近くで眠りたいという願いからなのでしょう。これは、母親なら、女性として、どんな事があろうとも、子供とそんな形で別れたのなら、一度ならずとも何度でも探し当てて逢いに行くべきでしょう。最後に、この締めくくりに、安堵感と嬉し涙が込み上げてきて、構成の素晴らしさに胸のつかえも取れました。
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ロボコップ (2014)★★★★

2014年03月18日 | アクション映画ーラ行
1987年製作のポール・ヴァーホーヴェン監督作『ロボコップ』をリメイクした近未来SFアクション。爆破によりひん死の重傷を負った警官が最新技術によりロボコップとして生まれ変わる姿を描く。メガホンを取るのは『バス174』などのジョゼ・パヂーリャ。主演には、『デンジャラス・ラン』などにも出演したスウェーデン人俳優のジョエル・キナマンを抜てき。ゲイリー・オールドマンやマイケル・キートン、サミュエル・L・ジャクソンら実力派俳優が脇を固める。ブラックを基調とする新生ロボコップのデザインやさまざまなガジェットなど、クールな武器にも注目。

<感想>今回およそ四半紀ぶりに甦った「ロボコップ」は、意外といっていいほど予想を遥に上回る面白さでありました。いわゆるロボット・ヒーローものの定石を大きく打ち破り、アメリカ社会に対する痛烈な批判を圧倒的ヴァイオレンス描写で提示したオリジナル第1作は、それゆえ主人公マーフィの殉職を鵜呑みにして街を去っていく妻子の、その後はおざなりになったままである。
オリジナルのマーフィは生前の記憶を失ったままロボコップとして甦るも、次第にそれを取り戻していく。売りに出されているマイホームをマーフィが訪ね、在りし日の家族との思い出にふけるシーンは、暴力と諷刺に包まれたヴァーホーヴェン監督の演出の中で数少ないセンチメンタルで感慨深い描写であった。だが、そこを最後にマーフィは過去を振り切り、機械警官としての己を受け入れたかのようでもあり、もはやそれ以上の家族との関係性を描く必要もなくなった。

しかしである、今回のマーフィは死亡ではなく、瀕死の重傷を負い、あくまでも表向きの理由だが、その命を助けるべくオムニ社は、妻のクララの了承を得てサイボーグ手術を行い、彼は己の記憶を保持したままロボコップとして再生する。ここに、家族との交流を描こうというオリジナル脚本コンビも含むスタッフのこだわり感じられてならない。
と同時に、今回はオリジナルを意識しながら微妙にずらした設定が多々見受けられる。オリジナルのマーフィは犯罪者一味に虐殺されるが、今回は武器密売犯に通じる汚職刑事のワナにかかり重傷を負う。内部告発を恐れる汚職警官たちによる謀殺であり、オムニ社の設定もオリジナルでは既に警察を支配していたが、今回は自社のロボット技術を警察も含むアメリカ国家側に売り込もうと躍起となっている最中である。

ロボコップ手術の際も、オリジナルでは機械優先で残された生の左腕が切断されるが、今回は人間としてそのままにされる。ロボコップの開発者は旧作では目立たない存在だったが、新作では開発者のノートン博士のゲイリー・オールドマンは、オムニコープの社長セラーズ、マイケル・キートンと並び立つ、最重要キャラクターとなっている。

このセラーズ社長は、機略に長けた有能な経営者であり、良心がないことを除けば、間違ったことはなにもしていない。カジュアルな格好と率直な物言いはビル・ゲイツのような新世代の経営者を思わせる。ひとたび彼の誘惑に乗ってしまったノートン博士は、良心に反する要求に繰り返し応じるしかなく、ロボコップを裏切ることとなる。

そして、時代は大きく変わって、新作はヴァーホーヴェン監督のメディア諷刺を踏襲し、右派ホスト、サミュエル・L・ジャクソンの偏向したニュースショーから始まる。だが、この番組はFOXニュースの実在の人気番組「ジ・オライリー・ファクター」にそっくりであり、戯画どころか深刻な表現そのものなのだ。披露式典で凶悪犯人を逮捕してヒーローになり、ドラッグ工場に乗り込んで麻薬組織を壊滅させる。その活動によりロボットの導入に反対する世論は、賛成に傾いていく。

今作のジョゼ・パヂーリャ監督は、より複雑で深刻な現実の変化を受けて、カタルシスも分かりやすさもなく、主人公は、人間としての生活も愛する家族との触れ合いも失ったまま、取り敢えず結末に辿り着く。ラストは壮絶でロボコップもオムニ社の差し向けるED209などの刺客を相手に絶体絶命!・・・体に打撃を受け、しかしノートン博士の技術で新生銀色のロボコップが誕生する。さて、続編はあるのだろうか。

延命装置の開発で尊厳を傷つけられた人間の悲惨は、社会における自身の無用性にある。しかし、この映画ではオムニ社という企業が、延命者である主人公に有用性を与える。企業は儲かって自由競争の実績を上げ、それで人間たちは危険な警察活動から解放され、万々歳のはずだった。ところがである、神のごとき警察行動の実績を上げるために、人間感情を殺してしまおうというオムニ社側の手立てとして、医師側がドーパミンの注入量を2%まで下げたのに、主人公が自力でドーパミンを再生させた。

人間は生活のために、自身を労働力として売ることができる。だが、人間感情は自分を労働力として売る悲惨さを拒否する。となれば尊厳の本題は、人間よりも人間感情に行く着くのである。
劇中の近未来では、アメリカはイランに侵攻しているという過激な設定で、戦場ではオムニ社のロボット兵器が重要され、もはやロボット兵器は現実のものとなっている。完全自律型ロボットに殺傷の判断を委ねることを禁止すべきだというのは、いま現実に進行中の議論で、新作はそれを全面的に物語に取り込んでいると思う。
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アナと雪の女王 ★★★.5

2014年03月17日 | あ行の映画
アンデルセンの童話「雪の女王」をヒントに、王家の姉妹が繰り広げる真実の愛を描いたディズニーミュージカル。触れた途端にそのものを凍結させてしまう秘密の力を持つ姉エルサが、真夏の王国を冬の世界に変えてしまったことから、姉と王国を救うべく妹アナが雪山の奥深くへと旅に出る。監督は、『サーフズ・アップ』のクリス・バックと『シュガー・ラッシュ』の脚本家ジェニファー・リー。愛情あふれる感動的なストーリーはもちろん、美しい氷の世界のビジュアルや個性的なキャラクター、壮大な音楽など、ファンタジックな魅力に酔いしれる。
<感想>時代を超越した素晴らしいストーリーテリングや、驚くべきビジュアルは間違いなく今日の観客のために作られていると思います。恐れを知らない前向きなアナが、無骨な山男クリストフと彼の忠実なトナカイのスヴェンと、チームを組んで、氷の魔法でアレンデル王国を永遠の冬に閉ざしてしまった姉のエルサを探しだすため、壮大な冒険の旅に出るところから始まります。

エヴェレストのようにそそり立つ雪山の環境の中で、神秘的なトロールたちや、オラフという名のとても陽気な雪だるまと出会いながら、彼らは王国を救い出すためにエルサの元へと。
これは、「アンデルセン」の古典的名作からインスピレーションを得ているようですね。でも、この物語は独自のもので、スピリットもスタイルもフレッシュな新しい作品であります。驚くほどの感情が込められており、アクション、アドベンチャー、マジック、そして忘れられないキャラクターたちであふれている。とにかく映像が綺麗で素晴らしかった。
エルサは雪や氷を作りだす魔法の力を持っている。しかし、彼女はそれをコントロールすることが出来ないので、誤って、大きな冬嵐を引き起こしてしまい、自らの故郷を脅威にさらしてしまいます。
この映画はある意味ロードムービー的な作品でもあるんですね。トロールやオラフの出て来る舞台としては、ノルウェーの風景をマンガ的に、自分たちのものとして描いていると思われます。息をのむような色彩で描かれている世界は、ノルウェー独特の建造物や文化や伝統を手掛かりに作られたものであり、この素晴らしい世界に魅入られることでしょう。

妹のアナが森で偶然出会ったハンス王子と意気投合して、すぐにでも結婚をしたいと報告する。丁度姉のエルサの戴冠式の日のことでした。そこで、姉のエルサが二人の結婚は許しません。「本当に運命の人なの」と言い、手袋をとると指先から氷のトゲトゲが出て来て、みるみるうちに噴水も周りの景色も全部氷の世界へと変わってしまう。それから、姉のエルサは走りだし、姉は怒って自分でもその魔法の力を知らなかったのでしょう。怒りに任せて一気に自分の国を夏から冬の世界へと替えてしまったのですから。
そして、姉のエルサは国を出て高い雪山へと身を隠すのです。両親はエルサの魔法を解くべく船で旅へでるのですが、途中で嵐に遭い遭難して亡くなってしまうのです。雪の降る寒い国に一人取り残されたアナは、姉のエルサを探しに旅に出るのです。
国に残ったハンス王子は、実は13番目の末っ子で、国の跡目を継ぐことが出来ない。後で判るのですが、このアレンデル王国を乗っ取る気で乗り込んできていたのですね。爺様の公爵もそうです。

姉を探して雪山へと、険しい剣山のような山を登るアナ。脇にエルサの住む氷のお城への階段があるのを見つけ登ります。姉のエルサは、まだまだ心を閉ざして、近づくものをみな凍らせてしまいます。「帰ってお願い」とエルサ。「太陽の輝くアレンデル国へ帰って」、と言うのだが、「故郷は氷の世界で、姉さんなら元の温かい世界へ戻せるはず」と妹が言う。
氷の宮殿から追い出され、雪のマンモスが出て来て追い掛けられ、散々な目に遭う。それにアナの髪の毛が白くなり始めた。恋愛のスペシャリスト、トロールに相談しようと行く。でも、「クリストフとアナならお似合いさ」と、勘違いしてしまう。アナが気を失う、心に氷の棘が刺さってしまいアナの命が危ないのだ。凍った心を溶かすには「愛」だけ。ハンス王子のキスで息を吹き返すはず。それでも、妹のアナはエルサに逢いたさに近づきます。

氷の宮殿へ行くハンス王子と兵隊たち。弓矢が宮殿のシャンデリアに当たって落ちてきて、エルサが下敷きになる。気を失ったエルサを捉えて、アレンデイルの城の牢屋の中にいる。手の鎖も凍ってしまう。
ところが、ハンス王子は財産目当てで、アナを愛してはいなかったのだ。だから、アナが凍りついた心をハンス王子に愛のキスで温めてもらおうとしたのだが、ハンス王子の裏切りで真実の愛ではなかったのです。王子はエルサを殺して、この国を元どおりにして自分の国にしようと企んでいたのですね。アナ王女を殺した姉のエルサを、死刑にしてしまおうと。
しかし、アナは必死でハンス王子の剣を姉を庇って、するとエルサの指先がアナを直撃して氷の彫像が出来てしまう。しかし、エルサがそれを見て泣くんですよ。それで、アナの氷が溶けて来て二人は抱き合うわけ。「愛」は氷をも溶かすんです。あっという間に季節は春、魔法がとけたのだから。

この映画は、自分に自信が持てずにいる人、ありのままの自分が好きになれずに悩んでいる人は多くいると思います。そんな人たちが、エルサの歌を聴いて勇気づけられるようにという製作者の願いが込められているそうです。
姉妹愛、姉妹の絆、誰にも止められない、ありのままの自分でいいの。自分らしく生きることの大切さを切々と歌い上げる。吹き替え版だったので、姉のエルサの声は松たか子さんが、妹のアナの声には神田沙也加さんが、松たか子さんが「Let It Go~ありのままで~」を歌い上げているのですが、歌も感情がこもっていて聞き惚れてしまいました。
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