パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

幕末高校生 ★★★

2014年07月31日 | アクション映画ーハ行
『MW-ムウ-』などの玉木宏とテレビドラマ「失恋ショコラティエ」などの石原さとみが主演を務めたSF時代劇。幕末期の江戸にタイムスリップしてしまった高校教師とその生徒たちが、勝海舟や西郷隆盛などと対面しながら未来である現代へと戻ろうと奔走する。メガホンを取るのは、『体脂肪計タニタの社員食堂』などの李闘士男。『ザ・マジックアワー』などの佐藤浩市をはじめ、川口春奈、谷村美月、柄本明らバラエティーに富んだ顔ぶれが共演。奇想天外な物語に加え、幕末期を再現した美術も見もの。

あらすじ:1868年、幕末期の江戸。高校で歴史を教える若手教師の未香子と3人の教え子たち、恵理、雅也、慎太郎」が幕末へタイムスリップ。ところが、未香子と雅也は不審者として捕えられてしまう。
迫り来る新政府軍と幕府軍の戦闘を避けたいとする勝海舟(玉木宏)は、新政府軍参謀・西郷隆盛(佐藤浩市)に和平交渉の使者を送る。その返事が来ないことに気をもむ中、彼は幕府が捕らえた未来からやって来たと言い張る女教師・未香子(石原さとみ)と教え子・雅也の面倒を見ることに。
一方の未香子は自分たちと一緒に江戸時代へとタイムスリップしたほかの教え子を捜して未来に帰ろうとするが、目の当たりにしている出来事が史実と違うことに大きな不安を抱く。
そんな中、未香子は勝海舟と西郷隆盛の和平交渉の鍵を握る使者が存在していないことに気付く。歴史が正しい方向へ進まなければ、未香子たちの帰る未来もなくなってしまう。未香子たちは新政府軍の攻撃を回避し、正しい歴史に戻そうとするが、・・・。

<感想>現代から幕末の江戸へとタイムスリップ、という壮大なる仕掛けを用意した、時代劇と現代劇を融合して、理屈抜きに楽しめる時空超越エンターテインメントであります。その奇想天外なストーリー展開の楽しさはもちろん大きな魅力なのだが、幕末を生きる勝海舟たちと、現代からやってきた“未来人”である未香子たちのズレから生じるコミカルなやり取りも見どころの一つ。

しかしそのせいで、歴史が間違った方向に動きだし、新政府軍と幕府軍の戦いが始まろうとする中、無益な戦いを避けたいと願う勝海舟を玉木宏が、チャーミングに好演している。凛々しい歴史上の人物でありながら、蕎麦が大好きで、犬が大嫌いという、実は人間らしい欠点もある男として演じ上げている。
そんな彼の前に現れ、歴史を正しく導こうとする教師に石原さとみが扮して、まさかの事態をアタフタとしながらキュートなコメディアンヌぶりを披露。

生徒たちには、川口春奈、柄本時生、千葉雄大らが、勝海舟の妻には谷村美月、そして、幕府陸軍副総裁の柳田に柄本明、西郷隆盛に佐藤浩市と、蕎麦屋のオヤジに石橋漣司など、ベテラン俳優たちが脇を固めている。
柳田の爺さんの屋敷に現れた未来からの女子高生恵理に、何やら好意を抱く柳田爺さん、屋敷に匿って嬉しそうだ。千葉雄大扮する生徒は、1年前にタイムスリップしたらしいのだが、性格が陰険で暗いし、親が医者にしたいと医大を受験させようとしているのだが、本人は獣医になりたいらしいのだ。長屋暮らしで、お腹の大きな妻もいて浪人暮らしをしている。

タイムスリップと言う設定ならではの自由な発想の物語こそが、最大の面白さであり、勝海舟がルービックキューブに夢中になったり、川口春奈扮するギャルが江戸に紛れ込んだりの小ネタも楽しい。

そうした物語全体の魅力に加え、歴史的建造物での撮影シーンに、クライマックスの壮絶な玉木宏の殺陣シーンが、行われたのは、世界文化遺産に登録される京都の下鴨神社であり、薩摩藩邸で勝海舟と西郷が対峙する場面では、多くの国宝などを所蔵する西本願寺内で撮影されたというのだ。
こだわりのカメラワークや照明、さらには作品に込められたメッセージなど、見どころ満載であります。時代劇ファンはもちろんのこと、時代劇が苦手でも存分楽しめる新感覚の作品に仕上がっており、歴史上の人物と未来からの訪問者がタップを組んで奔走する展開に、ハラハラ、ドキドキさせられます。ですが、この手の映画は何度も上映されているし、新鮮味があまり感じられません。タイムスリップものでは、ちょっと古いけれど、戦国時代にタイムスリップした草なぎくんと新垣姫の物語、「BALLAD/名もなき恋のうた」の方が面白かった気がしました。
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世界の果ての通学路★★★.5

2014年07月30日 | さ行の映画
『MASAI マサイ』のパスカル・プリッソンが監督を担当し、四つの異なる地域で長時間かけて通学する子どもたちの姿を追ったドキュメンタリー。学校で勉強するため、それぞれ何十キロもの困難な道のりをひたすら進む児童たちの日常を追い掛ける。登場するのは、ケニアをはじめ、それぞれの地域の個性豊かな子どもたち。将来の夢をキラキラとした瞳で語る彼らの純粋さとひたむきにほだされる。

あらすじ:ジャクソンと妹は野生の象やキリンを避けながらサバンナを駆け抜け、カルロスと妹は雄大なパタゴニア平原を愛馬でひた走る。ザヒラはモロッコのアトラス山脈を臨む山奥の村から寄宿学校へと通い、インドで暮らす生まれつき足が不自由なサミュエルは弟たちの引く車いすで登校。彼らは危険も顧みず、学校に向け道なき道を進んでいく。

<感想>象などの野生動物が生息するサバンナ、アンデスの山々の中など、学校へ数時間かけて通う4カ国の子供たちを負ったドキュメンタリー。
なるほど、通学路を描くことで、世界が見えてくる。それは、学校までの15キロを象の群れを避けながら、前方をキリンの群れが歩き、背後をシマウマが駆け抜ける中を、2時間で駆け抜けるケニアの少年の姿に現れる。

険しい山岳地帯を4時間かけて歩く少女たち。

手製の車いすに乗った兄を前後から支える二人の弟。川にハマり、陸に上がれば外れるタイヤと、格闘しながらやっと辿り着いた校庭に入った途端、級友たちが車いすに駆け寄る瞬間のなんと劇的なことといったら。
遅刻せずに学校へ行く、ただそれだけの道中が、危険と喜びに満ちているのだ。
世界の辺境の、信じられないような遠距離通学の子供たちを追って、一切の説明も講釈もなしに、教育について考えさせられます。

それに、仕込みに抜かりがないのがいい。入念な準備のおかげで、子供たちがスタッフを信頼しきっているのだ。さらに、雄大な自然を景観として観客へ見せているのもいい。たとえばケニアの大草原を走る兄妹の姿にふと胸をつかれたりもする。
そこでは、毎日が危険と隣り合わせのようで、それでもめげずに学校へ通う子供たち。子供たちの明るさと希望に泣けます。小中学校の教材としてはお薦めしたいですね。子供たちに将来への希望を語らせて終わるというのも良かった。
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マダム・イン・ニューヨーク★★★★

2014年07月29日 | ま行の映画
英語ができず苦悩する主婦が一念発起して英会話学校に通い、コンプレックスを克服し生きがいを見いだしていく女性賛歌。英会話という小さなきっかけを通して人生の喜びを発見するヒロインの日々を、アクションやミュージカルといったこれまでのインド映画とは異なる語り口で描く。本作で長編デビューを飾る新鋭女性監督ガウリ・シンデーがメガホンを取り、数多くの出演作があるインドの女優シュリーデヴィが主演。
あらすじ:ビジネスマンの夫、2人の子供のために日々家事をこなす専業主婦シャシ(シュリーデヴィ)は、家族の中で唯一英語ができないことが悩みだった。ある日親戚の結婚式の手伝いを頼まれ単身渡米するも、英語が話せないためつらい思いをする。そんな時「4週間で英語が話せる」という英会話学校の広告を見つけた彼女は、身内に黙って学校に通い始めるが……。

<感想>とてもいい作品に巡り逢えました。それに驚いたのは、この映画を監督したのが39歳の新人女性監督ガウリ・シンデーだということ。これまでのボリウッド映画のイメージを変えた、歌や踊りの乱舞といった映画になっていないのに好感が持てます。脚本も彼女が手掛けているとのこと。もちろん少しは歌や踊りが入っているのですが、それが嫌味にならない。

良妻賢母型の耐える女性なんて、昔の日本の女性などもはや見当たらないので、映画のストーリーに、ちょっと違和感を覚えます。英語が話せないというだけで、母親を軽んじる、監督の面影を宿しているらしい生意気な長女の存在など、観ていて少し不愉快に感じた。
でも話が面白くなってくるのは、専業主婦シャシが姉の娘の結婚式の準備のため、1カ月もニューヨークへ滞在することになり、ふと眼にした広告をみて英会話教室で学び始めてからだ。彼女が女性としての誇りと自信を取り戻すお話になっている。

でも、インドで暮らすのに英語なんて必要ないのじゃないかしらね。それが違うんですね、シャシのようにインドの中産階級以上は、大半が英語のネイティヴスピーカー。
NYに着くと、カフェで注文しようとすると、早口英語でまくし立てる店員に、緊張してしまい言葉が出なくなる。後ろにはたくさんの人たちが行列しているし、英語で悪口言われても意味が判らないのでオドオドしてしまうばかり。冷たい視線が浴びせられるシャシ。
外国旅行をしてる方で、こんな経験したことある人って大勢いるのではないかしらね。私はメニューを指さして、1プリーズと頼みます。間違ってくることもありますが、それは仕方がないと諦めます。

しかし、、シャシは負けてはいません。「4週間であなたも英語が話せる」という英会話教室へ入校します。そこは英語を勉強しないと生きていけない人々の吹き溜まりで、それぞれが抱えている人生の大変さが胸を打ちます。
その中には、シャシがカフェで虐めを受けた現場に居合わせたフランス人の男性のロランもいて、何と彼はシャシに一目惚れなんです。忘れていたロマンスのトキメキに戸惑いながらも英会話教室へ通い続け、上達していくシャシ。
そして、姪っ子の結婚式の日に英会話教室の卒業試験もあるのですが、当日は結婚式に出すお菓子の”ラドゥ”を作らなければならないし、それが飛んでもないことになってしまうんです。息子がはしゃいでそのお菓子を床に全部落としてしまうのです。全て作り直しをしなければならず、卒業試験なんて行けないのだ。

ですが、姪っ子がシャシが英会話教室に通っている事を知り、当日の結婚式に教室のみんなを招待していたんですね。そして、結婚式が始まり、シャシがスピーチをする番が来ます。夫は妻は英語が話せないといい、自分が代わりにスピーチをしようとします。ですが、その言葉を振り切って、姪っ子のために素晴らしいスピーチを英語で話すのです。もうそれにはつい私も目頭が熱くなりました。もちろん、そのスピーチを聞いていた先生がシャシに卒業試験合格の証書を手渡すのです。とにかく、主人公のシュリーデヴィの美しさに惚れ惚れします。
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家族の灯り ★★★

2014年07月28日 | か行の映画
100歳を超えてなお現役の映画監督である、ポルトガルの巨匠マノエル・デ・オリヴェイラ監督が手掛けた家族の物語。ある日、こつぜんと姿を消した息子の帰りを待ちわびる老夫婦と義理の娘の質素な日常を淡々と描く。『楽園からの旅人』などのマイケル・ロンズデール、『ふたりのアトリエ ~ある彫刻家とモデル』などのクラウディア・カルディナーレ、『クロワッサンで朝食を』などのジャンヌ・モローらが共演。
あらすじ:小さな港町で帳簿係をしている年老いたジェボ(マイケル・ロンズデール)は、妻のドロティア(クラウディア・カルディナーレ)、息子ジョアンの妻ソフィア(レオノール・シルヴェイラ)と慎ましく暮らしている。ジョアン(リカルド・トレパ)は8年前にある事件を起こし失踪していて、ドロティアはずっと嘆きながら帰りを待ちわびているが、ジェボは妻には何かを隠しているようだ。そこにジョアンが何の前触れもなく帰宅する。ずっと不在だった息子の突然の帰宅に家族は動揺するが、貧困の中で暮らす父やその友人を罵倒するジョアンは、再び事件を起こす…。

<感想>100歳を超えた現役最高齢の映画監督として知られるポルトガルの巨匠であるマノエル・デ・オリヴェイラが贈るヒューマンドラマ。監督キャリア81年目の作品というだけで気が遠くなるようだ。
このような密度の濃い、そして形の整った作品を発表するというのは、むしろ空恐ろしいくらいである。しかも、ここ二十年来、年に1本のペースだというのだから、とても人間業とは思えない。ですが、撮りたい画面だけ撮っているその姿勢が、映画をますます大胆に未知の領域に導いている様が凄まじく感じられた。

ポルトガルの作家の1923年の戯曲を、自らの翻訳でフランス語映画に仕立て直したのだそうである。何とも古典的な物語が、まるで舞台劇でもあるかのように、ほぼ全てのシーンが小さな家の屋内で撮られ、限られたスペースで、最小人数の会話劇と、各シーンの構図は巧みに変わり、家族間や知人といった登場人物たちの関係性や、距離感の違いをとらえて、ミニマムながら最高にスリリングな作りになっている。しかし、台詞回しがダラダラと長くて眠気をもようしてしまう。会話劇ではなく、ただ、自分の台詞を長々と言っているような感じで、好き嫌いがあるでしょう。

マイケル・ロンズデールの妻役が、クラウディア・カルディナーレで、その立ち振る舞いを見るだけでも失神しそうになる。そして、コーヒーを飲みにジェボの家を訪れる友人たちにジャンヌ・モローと、老女優たちの共演にも見るだけの価値はあると思いますね。
疾走した息子の妻がお馴染みのレオノール・シルヴェイラで、三人で暮らす部屋が映画の大部分を占め、最小限のキャメラ・ポジションで人物の出入りを捌き、最大の驚きを与えるラストシーンにも、まるで狐につままれた感じがした。

父親のジェボは、久しぶりに帰って来た息子ジョアンの眼の前で、会計帳簿を記入し、ところが、このカバンを息子が持ち去ることを見通してかのように、大金の入ったカバンをロッカーにしまう。そして、皆が寝静まった頃に、息子はカバンを盗み逃走する。
次の日、父親は息子の不始末を自分が盗んだと警察に逮捕されるのだが、これは、父親の息子に対する愛情の現れなのか、それとも、自分も金に困って会社の金を盗んだということなのか。愛する妻に息子が盗んだと言わないでおくれと、嫁のソフィアに懇願する父親。犯罪歴のある息子を庇いながら甘やかしている父親だからこそ、幾つになっても犯罪から逃れられない息子で終わってしまいそうだ。

何とも古典的な物語が、沈着かつ的確に描写され、これはもういぶし銀の芸とでもいうほかない。もっとも一般向けとは言い難いけれど。
実の息子が犯罪者となり逃亡中で、家族を省みないなかで、養父母と暮らす嫁のレオノール・シルヴェイラと舅である年老いたジェボ(マイケル・ロンズデール)との共犯的で慈愛に満ちたツーショットは、まるで邦画の「東京物語」のようにも感じた。
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GODZILLA ゴジラ ★★★★★

2014年07月27日 | アクション映画ーカ行
怪獣映画の傑作として映画史に名を残す『ゴジラ』を、ハリウッドが再リメイクした超大作。突如として出現した怪獣ゴジラが引き起こすパニックと、ゴジラの討伐に挑む人類の姿を壮大なスケールで活写する。メガホンを取るのは、『モンスターズ/地球外生命体』のギャレス・エドワーズ。キャストには『キック・アス』シリーズなどのアーロン・テイラー=ジョンソン、『ラスト サムライ』などの渡辺謙ら実力派が結集。ゴジラの暴れぶりもさることながら、凶悪度の増したデザインに息をのむ。

<感想>日本が誇る特撮映画の金字塔「ゴジラ」。ハリウッド版の最新作を観てその偉大なる価値を再認識させられました。とにかくもう圧倒させられますから。背びれから見せるゴジラ、そして大きな脚、ゴジラの全景が現れると重量感のある動きに「着ぐるみ」のような感じが意識され、オリジナルファンには感無量ですから。
CGで映像化されたゴジラだが、怖さも申し分なく、口から出す咆哮や熱線の放射がここぞと言うタイミングで、思わず拍手したくなりました。

時は1999年、フィリピンの採掘場で崩れ落ちた地帯から、放射性物質を大量に含んだ巨大な生物の化石のような骨と胞子のようなものが発見される。研究機関のモナークの芹沢博士(渡辺謙)とグレアム博士(サリー・ホーキンズ)は、ここから何か想像を超える大きなものが海に向かって通過した形跡を見つける。海に消えたそれは一体何か?、謎めいたオープニングから見る者の期待感を煽りまくります。

同じころ、日本にある原子力発電所の町が地震のような恐るべき事態に見舞われる。そして、街に向かって接近して来る正体不明な振動。ここに勤務している科学者ジョー(ブライアン・クランストン)は、嫌な予感を覚える。ほどなく発電所を襲う激震。原子炉の点検に向かったジョーの同僚にして妻であるサンドラ(ジュリエット・ビノシュ)は、この最中に命を落とすことに。ジョーに大きなトラウマを残し発電所は崩壊。パニックと悲劇が交差する印象深いシーンであります。

それから15年後、アメリカ軍爆発物処理班の隊員である、ジョーの息子フォード(アーロン・テイラー=ジョンソン)は、日本で暮らす父を訪ねる。原発崩壊事故の原因を調べようと侵入禁止区域に足を踏み入れた二人は、拘束される。二人はその地帯が放射能汚染されていないことに気づくが、廃墟のはずの原発跡に新たな研究所が出来ていた。そこには、巨大な生物を内包したサナギのようなものが、・・・いよいよモンスター出現で興奮度が否応なしに増して行きます。

サナギの中から目覚めた「ムートー」と名付けられた翅を持つ巨大生物。このサナギを管理していたモナークの芹沢博士らは、フォードを連れて東へと飛び立ったムートーの後を米軍空母サラトガで追跡する。そこで、フォードが芹沢から聞いたのは、第二次大戦によって各国が核開発に乗りだした頃、地中深くから古代生物が甦ったという話だった。ここにきて芹沢の口から発せられる「ゴジラ」の言葉に息を呑む。果たしてゴジラとムートーの因縁とは?。

米軍はモンスターが核爆弾で殲滅しようと画策するも、核弾頭を載せたサンフランシスコ行の軍用列車にエキスパートとして同乗するフォード。その途中で、ムートーによる電磁波攻撃を受け電力障害が発生。動けなくなった列車をムートーが襲撃し、核弾頭の一つを奪い去る。人間対ムートーのリアルな戦いがスリリングです。フォードには、妻子の待つサンフランシスコへ帰還するという使命もあり、彼のヒロイックな活動が満を持して展開する。

フォード役のアーロン・テイラー=ジョンソン、アメリカ軍の爆発物処理班の兵士ですが、実戦を想定してのトレーニングに励んだというだけあって、筋肉モリモリの身体してましてね。次回は「アベンジャーズ」の続編に出演するというから期待できますね。

それと、妻役のエリザベス・オルセンの演技は、あのウルウルと涙を堪える演技ですかね、それに、次回作では「アベンジャーズ」でアーロン・テイラーと双子の兄妹を演じるという、超大作が待ってます。

ハワイ危機一髪!・・・放射能をエネルギー源とするムートーは、原子力潜水艦を襲って核弾頭を喰い、ホノルルへ上陸。同じ頃、ワイキキの浜辺に津波が押し寄せ、もう一体の巨大生物が現れる。これが「ゴジラ」なのである。
その時、ハワイの空港に到着していたフォードは、ゴジラの巨大さに唖然。これぞモンスター映画の醍醐味という破壊シーンがついに登場。そして、ゴジラ対ムートーが運命のバトルを開始する。対決の最中にムートーは東へと向かうが、その隠された目的にもまたもや驚愕ですから。

と、ここまでは、物語りの一部なのですが、これからが大変なことに。ゴジラに対して雄と雌のムートーが出て来て、ゴジラは窮地に追い込まれてしまうのですから。つまりは、何故ムートーが核弾頭を欲しがるのか、それは映画を見てのお楽しみということで。
日本人として「ゴジラ」を観るのは久しぶりなので、つい応援したくなりますね。結局はゴジラは、当初人類が繰り返す“核開発”時代の申し子のような存在だったわけで、オリジナル版では水爆実験により、海中深く眠っていた古代生物が怪獣「ゴジラ」となり、日本に出現。圧倒的な破壊力で東京の町を焼け野原にしてしまい、人間社会を破壊するモンスターだったのです。

しかし、記念すべき日本で1954年に産声をあげた「ゴジラ」の映画で描かれていたのは、まだ記憶に新しい第二次大戦の広島、長崎の原子爆弾投下という惨劇の再現。ゴジラは原爆や大空襲といった戦争へのメタファーであり、さらにはビキニ環礁水爆実験による日本の漁船被ばく事件など、人類が自然に対して行った愚かな行為に対しての怒りのメッセージまで備えた存在であり、人間たちへの警鐘でもありました。
ただし本作では、ゴジラとムートーの戦いは、ちゃんとやっていたと思います。ゴジラも恐竜の延長ではなく、怪獣として描いているので、原子炉のほとばしるような青白い色を放っていて、よく研究している感心しました。それに、ここでは、ラストに感動する「ゴジラ」は人類の救世主だったのではないかという台詞に胸が熱くなります。
ムートーに関しては、空を飛ぶキャラクターなので、始めはバッタかカマキリのような昆虫型怪獣と思ってましたが、モデルは「ステルスの戦闘機」だったという。直線的なデザインで爆弾を運ぶというイメージも、ムートーが核弾頭を奪うことでも納得できます。

しかも、ゴジラに立ち向かう人間のドラマではなく、ゴジラを自然の脅威とすることで、よりシンプルな形で家族という普遍的な絆の物語を展開させるなど、原発事故に巻き込まれた母親が残す息子への思いと、愛する妻を亡くしたショックから狂信的とさえ思えるほどに真実を追い続ける父親の姿。愛する家族を守るために、戦いに巻き込まれながらも妻と子の元へと急ぐ若き兵士と、自然災害に翻弄される人間ドラマとして胸に迫ってくるはずです。そして、「ゴジラ」映画だからこその反核メッセージとしても受け取れますね。
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ファイ 悪魔に育てられた少年★★★.5

2014年07月25日 | アクション映画ーハ行
『Sad Movie <サッド・ムービー>』などのヨ・ジングを主演に迎え、『地球を守れ!』などのチャン・ジュヌァン監督がメガホンを取ったサスペンスドラマ。幼いころに誘拐され、5人の犯罪者たちに犯罪テクニックを仕込まれた少年が、ある事件を機に自らの衝撃の過去をたぐり寄せていく過程を活写する。犯罪集団のボスを、『10人の泥棒たち』などのキム・ユンソクが怪演。純粋な心を持つ主人公が体験する地獄の苦しみと、彼にまつわる因縁の物語に心が締め付けられる。
あらすじ:男児誘拐事件を起こした犯人グループは、身代金受け取りに失敗して逃走する。リーダーのソクテ(キム・ユンソク)は手元に残された男の子を生かすことにし、ギテ(チョ・ジヌン)をはじめ5人で彼の面倒を見る。やがて17歳になったファイ(ヨ・ジング)と名付けられた少年は自分の過去も忘れ、彼らと共に暮らしていたが……。

<感想>いかにも良く練られた韓国風因果ものアクションといったら良いだろうか。確かにアイデアの面白さ、キャストの豪華さ、アクションシーンの切れの素晴らしさ、最終展開の嬉しさと、数々の驚嘆満載の、続編さえ期待してしまう映画だった。
ですが、同時に破綻も満載で、考えてみると???マークが並ぶが、とにかくも映画は気合いだから。犯罪者集団が巧みに描かれているせいで、暑苦しくて、カタルシスが吹き抜けないのも韓国的と言えそうですね。

「チェイサー」で元警察官のデリヘル店長として、ソウルの夜を走り回ったキム・ユンソクが、本作では犯罪グループのリーダーに扮している。犯行現場では冷静な判断をしつつ、顔色一つ変えずに殺人も行える狂気を抱えた男を、これまでのイメージを裏切らずに演じている。
悪魔のような男たちに育てられるという壮絶な思春期を迎えたユ・ジングの姿が美しですね。
学校へは通わず、その代りに犯罪スキルを教え込まれ、理解不能な子育てっぷり。言うことを聞かないと、お仕置きとばかりに暗い地下室へ放り込まれる。真っ暗な地下室で見る怪物の幻覚。そのモンスターの幻覚にウナされながらも、そこから出て行こうとしない。
その少年が、周囲に溶け込むために制服を着ているが、その結果、守るべき女性と出会ってしまう。彼は自らの過去と向き合い、殺し屋へと育てられた運命を変えるために、敢えて武器を手にして、復讐の鬼と化していくラストが切ない。

それに、韓国映画が得意とする「これでもか」とぶち込まれた設定は、観客の頭を休ませません。異常な父親5人も揃えてしまった為に、一人一人の見せ場が盛りだくさんで、ファイ少年でなくとも混乱するのは無理もない。さらに、彼は誘拐事件の生き残りという過去を持っているので、誰もが実の母親の存在が気になってしまう。
父親5人が、立ち退きをしない家があると話をしているのが気になって、やはりそうかと、その家が実はファイ少年の両親の家であって、両親は息子が帰って来るのをその家で待っていたのですね。

犯罪者集団に誘拐された幼い子供が、高校生の年頃になって、優れた犯罪者としての才能を発揮するというのは、嫌な話だと思うのだが、ファイと呼ばれる17歳の若者を演じたヨ・ジングが、いかにも韓国的な美少年と言った感じで大変好感が持てました。
その他にも、「悪いやつら」のチョ・ジヌン、「ベルリン・ファイル」のイ・ギョンヨン、パク・ヨンウら、いずれ劣らぬ個性派俳優たちが脇をガッチリ固めた本作。

見ているうちにどんどんと登場人物が増えていき、連ドラでやるべき物語を、無理やり125分の映画に圧縮したのではないかと、目まぐるしく展開するのに、観客は茫然と画面から目を逸らすことが出来ずに、そして後で悩むのも韓流作品の楽しいところです。
アクション監督「ベルリンファイル」も撮影監督「ラストスタンド」も、凄い仕事をしていて、スマートな画面の力でぐいぐいと惹きつけられます。壮絶な父親殺しとか、二人の母親を守り抜こうとする少年の戦いの物語になっている。
ありえない設定の少年を演じ切るヨ・ジングと支えるオジサン軍団。

演のヨ・ジングが撮影当時では、まだ15歳だったと知り驚愕。純粋な心を歪められたファイが、少年の心によぎる疑問や葛藤、狂気じみた決断と逡巡を繊細に演じ切っていて見事です。他方、女性の扱いは相当むちゃくちゃで、フェミニストには不快指数が高くなること請け合い。
とても良く出来た犯罪ものであり、因果ものなのだが、演出も相当に変わっていて、物語りが破綻しようが、監督は登場人物を愛しつづけ決着を付けさせる。そして、血まみれの物語に似つかわしくない清清しいラスト。
また復讐するは我にありな、リーダーの恨みの原因を明確にせず、彼の心に巣食う魔物の恐ろしさを強調する演出も上手いですね。
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インサイド・ルーウィン・デイヴィス ★★★

2014年07月24日 | あ行の映画
第66回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したジョエル、イーサン・コーエン監督によるドラマ。フォークソングで有名な1960年代のニューヨークはグリニッジビレッジを舞台に、音楽活動に奔走しながらも苦闘するシンガー・ソングライターが過ごす1週間を見つめる。『ボーン・レガシー』などのオスカー・アイザック、『17歳の肖像』などのキャリー・マリガンなど、実力派俳優が結集する。コーエン兄弟ならではのユーモラスな語り口に加え、詳細に再現された1960年代フォークシーンの描写も見もの。
あらすじ:1960年代のニューヨーク、冬。若い世代のアートやカルチャーが花開いていたエリア、グリニッジビレッジのライブハウスでフォークソングを歌い続けるシンガー・ソングライターのルーウィン・デイヴィス(オスカー・アイザック)。熱心に音楽に取り組む彼だったが、なかなかレコードは売れない。それゆえに音楽で食べていくのを諦めようとする彼だが、何かと友人たちに手を差し伸べられ……。

<感想>アカデミー受賞監督であるコーエン兄弟の最新作。2013年、第66回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した本作は、ボブ・ディランが憧れた伝説のフォーク・シンガー、デイヴ・ヴァン・ロンクの回想録をベースに、名もなきフォーク・シンガーの1週間をユーモラスに綴った作品である。
移り行く時代の中で、懸命に生きる主人公をとおして、人生に悪戦苦闘する人々にさりげなくエールを送るストーリー性はもちろん、舞台である1961年、NYのグリニッジビレッジをリアルに映し出すべく、全てフィルムで撮影されているところにも注目したい。
それと、本作のライブシーンをすべて生の録音で挑んだオスカー・アイザックは、ジュリアード学院卒ならではの見事なギター演奏と歌声を披露しています。

また、名プロデューサー、T・ボーン・バーネットほか、人気のフォーク・ロック・バンドが参加した音楽性の高いサウンドラックも一緒に堪能して欲しいですね。
冬の柔かい光で全編が統一されているのが魅力的です。NYのライブでの埃が見えるような陰影から、シカゴのひたすら暗く沈む闇の間で、灰色の物語が語られる。
金ナシ、家ナシ、浮気相手は妊娠するとは。最近何をやっても裏目に出てばかりのルーウィン。一文無しで知り合いの家を泊まり歩く日々の中、女友達のジーンから妊娠を告げられる。
このジーンを演じているのが、キャリー・マリガンで、彼女の本当の恋人はジム・バーキー(ジャスティン・ティンバーレイク)。近年、話題作に続々と出演し俳優としても目覚ましい活躍の世界的ポップシンガー、ジャスティン・ティンバーレイクの歌声にも注目したい。
ここでは、キャリー・マリガンとジャスティン・ティンバーレイクが、ジム&ジーンとしてステージに立っている。中でも、オスカー・アイザックとキャリー・マリガンとジャスティン・ティンバーレイクの3人が歌う場面はとても素晴らしい。

そんなトラブルから逃げ出すように、ギターと猫を抱えてジャズ・ミュージシャンのローランドと悪夢のようなドライブでカナダまで旅に出るのだが、・・・。ジョン・グッドマンの使われ方が面白い。彼が演じる高慢で口汚いジャズマン、ガソリンスタンドで止まる度トイレに行く。自分もトイレをしに行くと、ローランドが覚醒剤を打って倒れていた。一緒に車に乗っていた、ビート詩人の(「オン・ザ・ロード」でディーン役を演じた)ギャレット・ヘドランド。

彼らと乗った車から見るアメリカ、冬枯れのインディアナも曇り空のイリノイも、素晴らしく陰鬱であった。挫折の帰り道、夜のオハイオで、昔別れた女の住む町をやり過ごすと、暗い夜道に猫が飛び出してきて轢いてしまったようだ。可哀相なことをしたと思っていたら、どうやら彼には猫に好かれるようないいところがあるらしい。だが、車に乗り合わせた印象的な二人の男の、その後をまったく描かないこととか。一方では、1匹の猫、その名もユリシーズの気まぐれな動きが、曇ったNYに空気を掻き回す。懐いているのか、地下鉄にも一緒に抱いて乗るのだ。
NYに戻りあらゆることに打ち拉がれ、父親と同じ船員に戻ろうと決意するも、いい加減な男なために船員免許証が姉によって捨てられてしまう。また再発行届を出すのに、お金がかかる。無一文の彼は、父親の家を売りに出し、そのお金を充てにするも、姉はその金は父親を老人ホームへ入れるお金にするというのだ。認知症の父親の世話をする姉は、そんな弟に呆れている。

ともかく、売れないシンガー・ソングライターなんて負け犬よ。キャリー・マリガンが言っていたが、人間のクズよ、クソよと虐げられても仕方がないのだ。結局は、またNYのライブハウスで歌うしかない。ラストでライブハウスで演奏している男が、ボブ・ディランのように映っている。
1961年にNYにやってきたボブ・ディランが、ヴァン・ロンクの多大な影響を受け、その服装からギター演奏スタイルまで真似し「朝日のあたる家」のアレンジまでも引用したほど。残酷な言い方をすれば、ディランが神様になろうが、ヴァン・ロンクがその陰に潜もうが、フォークソングの潮流は一つの現象でしかない。
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プレーンズ2/ファイアー&レスキュー★★★

2014年07月23日 | アクション映画ーハ行
人気作『カーズ』シリーズの世界観から誕生した、飛行機が主人公のヒットアニメ第2弾。前作で世界一周レースに勝利した農薬散布機のダスティが、山岳地帯専門のレスキュー隊となって活躍する。メガホンを取るのは、「リロイ&スティッチ」シリーズなどを手掛けてきたボブス・ガナウェイ。ヘリコプターをはじめとするレスキュー隊の個性あふれる仲間やスリリングな救助シーンに加え、レーサーからレスキュー隊になったダスティの胸中に迫ったドラマも見もの。
<感想>前作「プレーンズ」でチャンピオン・レーサーとなったダスティが、新たなる冒険と熱い友情のドラマを繰り広げるアクション・アドベンチャー。
今作では、ダスティの飛行機のギアボックスが故障して、危険を知らせる赤ランプが点滅し、これ以上無理をして下降上昇すると機体が壊れて墜落するというのだ。それも、ダスティが、ついレーサーに優勝した経験で飛行して、着陸の時にガソリンスタンドに激突し、火災を起こしてしまう。

そこで、この村に消防飛行機をもう一人増やさないといけないと知り、ダスティがブレード・ピストンレスキュー隊へ入隊することに。そこでは、世界最速のレーサーという肩書は通用しない、命の危険と隣り合わせの世界で、広大な山岳地帯を火災から守るべく訓練に励むのだが、・・・。
レースに出られない挫折を経て、新たな道に突き進むダスティ。そこで見たもの、聞いたことが彼をさらに成長させていく。一歩一歩成長するダスティに、誰もが共感させられますから。
訓練を受けるために、消防レスキュー隊基地へ着いたダスティが、そこで、レスキュー隊を率いるベテランの消防救助ヘリコプターのブレードに訓練を受ける。厳しいが任務の重要性を思ってこその厳しさ。

そこには、世界最速のレーサーだったダスティの熱烈な大ファンでもある、陽気で楽しい水陸両用飛行艇のディッパーと仲良しになる。空からのダイナミックな大量放水が得意で、なんと、ダスティの飛行機も水陸両用に改造してしまう。他にも、ブルトーザーがパラシュート部隊でヘリから降下して、山火事の現場で倒れた木材を片付ける作業をするのには驚いた。このパラシュート部隊を乗せているのは、大型の飛行機で、ウィンドリフターという。

ダスティが山火事の訓練で、赤い消火剤を空から散布するのに、火事の現場から離れて散布してしまう。彼が農薬散布の飛行機だった時は、かなりベテランだったのに。山火事の炎は空高く上り、煙が立ち込めて飛行機が近づくには前が黒煙で見えないのだ。消火剤投下のスピードや高度、落とす位置とその効果も大事なことに気付かされる。

そして、湖の水を汲み上げて飛び上がり、山火事の現場へと飛び放水するのだが、これも中々技術がいるのだ。先輩たちの見事な放水や、消火剤散布を見て落ち込んでしまうダスティ。つまり、あのギアボックスの故障が原因で、赤いランプが点滅すると、無理に降下上昇が出来ないからなのだ。

それでも、本番では、ロッジでパーティがある晩に、山火事が発生して大わらわ。たくさんの車が逃げ惑うし、道路にも大木が倒れて来て道を塞ぐ。列車に乗った車たちも線路に山火事の影響で線路に大木が倒れて列車が停止。
我らがダスティも活躍しようとするのだが、急流の川から放水の水を汲み上げる時に、赤ランプが点滅して川へ転落してしまう。流されるダスティを助けるブレイドだが、ワイヤーが木に引っ掛かりダスティを助けられない。絶体絶命のピンチ。強がりいっていたダスティだが、急流に流されていく。すると、ブレイドが滝の直前に飛び立てる水面があると、そこで全力で加速しろと言うのだ。ブレイドとダスティが森の中で炎に囲まれて、山小屋へ避難するも、ブレイドの機体が燃えて損傷。緑色のヘリが救助に来てくれた。チームワークの大切さを感じます。

ロッジではのんびりと除幕式、尾根の方から火が迫ってきているのに。そこで、ダスティが危険を省みずに、湖から汲み上げて放水。ところが、年配のキャンピングカー2台が、川の橋の上で立ち往生している。ダスティが急降下しながら水を汲み上げて放水するも、橋は崩れ落ちていく。

なんと、重症を負ったブレイドが助けに来ているではないか。寸での差でキャンピングカー2台は助かったのだが。もう、限界のダスティの機体が墜落してしまう。それでも、緑色のヘリがダスティを引き上げてくれ救助する。目が覚めると、ダスティの機体は、新品で最新のギアボックスが搭載されて真っ赤に機体の色が見違えるよう。
全世界を巡るレースのワクワク感から、一転して危険を冒して救助にあたるレスキューワークの、はらはらドキドキ感へと。
それに、新たな登場キャラクターたちも増え、前作とは趣の異なる物語が味わえます。ちょっぴり、大人になったダスティの活躍、そして仲間との友情と、チームワークの大切さを、お子様はもちろんのこと、大人の心にも響くはずです。
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思い出のマーニー ★★★★

2014年07月22日 | あ行の映画
借りぐらしのアリエッティ』などの米林宏昌が監督を務め、ジョーン・G・ロビンソンの児童文学を映画化したファンタジーアニメ。北海道を舞台に、苦悩を抱えて生きる12歳の少女杏奈と彼女同様深い悲しみを心に宿すミステリアスな少女マーニーとの出会いを描写する。『ジョーカーゲーム』などの高月彩良と『リトル・マエストラ』などの有村架純が声優を担当。主人公たちの目線で捉えた物語に心打たれる。
<感想>スタジオジブリの映画だと聞けば、期待しない分けにはいきません。原作は読んでいませんが、イギリスの児童文学を題材に、運命的に出会った少女二人の触れ合いを描くファンタジーであるということ。テレビや予告編での宣伝効果もあり、劇場は夏休みということもあり、子供連れで満員御礼でした。

独特なジブリの絵コンテの美しさに見惚れてしまいました。主人公の杏奈はもちろん、なんて言ってもマーニーの金髪のふわふわ感とか、二人とも青い瞳で、まるで姉妹のように見えました。冒頭での杏奈は、親がおらず愛情を信じられない彼女と、親から自分の存在を見放されているマーニーが、お互いを秘密の友とすることから始まります。12歳の少女の杏奈は、思春期で自意識が強く、学校でも引っ込み思案で、友達もいなく変わり者として扱われているようだ。

杏奈の独り言では、この世界には輪の内側と外側があって、自分は外側の人間だけれどもそれでいいと思っている。でも本当は誰かに助けてもらいたいと感じているのだ。そのもやもやとしたこの年代特有の、痛々しい気持ちみたいなものが杏奈から感じ取られます。
どうしても、自分の生い立ちや喘息の持病があると、学校も休みがちで心を閉ざし友達も出来ないようだ。それで、養母の親戚が暮らす海辺の村へ療養にやって来た。ところが、杏奈は、養母がこんな娘を厄介払いしたと勝手に思い込んでいる。それに、擁護団体から杏奈を育てるための、お金を受け取っているようなのだ。

れでも、絵を描くのが好きな杏奈は、スケッチブックを持参で海辺へとやってきて、引き潮の時に歩いていける洋館を見つける。そこは入江に佇む“湿っ地屋敷”と呼ばれ、今は誰も住んでいない。北海道の東にある湿地帯と言うと、釧路、根室、厚岸、サロマ湖でしょうか。
ところが、その屋敷の2階に灯りが燈る。気になって、気になって、杏奈は次に日、引き潮の時に歩いてその屋敷を覗いて見る。

すると、金髪の少女が出迎えてくれ、屋敷の中へと誘い込む。杏奈が覗いた時には、何も家具がなかったのに、まるで外国の映画の中に出て来るような素敵な調度品が揃っており、シャンデリアが豪華でした。
今までのジブリの作品は、「生きろ」とか「生きねば」というようなジブリ的な人生のテーマがあったのだが、この作品にはないのだ。あるのは、少女漫画ともいえる爽やかで友情劇であり、幻想的な気分も漂う謎解き物語。始めは、マーニーは幽霊では?、「いや杏奈の想像による夢の中の存在、自分の心の中が読んだ友達なのでは」彼女が孤独で空想を描くのが好きなようなので、きっとマーニーに自分を重ねた偶像なのだろう、なんて思ったりした。でも違ったのですね。

ですが、ここの場面では、杏奈が見たいと思っている風景が描かれており、夜の海に船を浮かべて二人がいる時には、月が魅力的に輝いて、背景の場所には町の灯りがない。ですが、その後、杏奈が一人で帰る時には電柱の灯りや、現実が見えてくる。帰り道で郵便局の前を通るのですが、そこの色彩は寂しい感じがして、二人の時とは違うんですね。そういう意味では、背景が杏奈の気持ちを反映させていると思いました。

それでも、現実の世界では、地元の子供が七夕祭りに誘ってくれ、一緒に夏祭りに行くのですが、女の友達に「ふとっちょぶた」なんて意地悪く言ってしまう。そうすると、やり返してくるのが「あんたはあんたの通りに見えてるよ」と指摘されてシヨックを受けてしまう杏奈。
全てが明かされるラストでは、マーニーは、杏奈にとっては幼い時に両親を交通事故で亡くし、その後、祖母のマーニーに育てられ、祖母のマーニーも亡くなり、里親に育てられ今の自分がいることを。祖母であるマーニーが、孫の杏奈のことが気掛かりで、丁度マーニーが少女時代に過ごしていた“湿っ地屋敷”に、杏奈が訪ねて来たことから、亡霊というか祖母の孫に対する思いが通じて現れたのでしょう。

祖母のマーニーも少女時代は、両親が留守がちで、ねえや、乳母に育てられ、それも虐められて、暗いオンボロのサイロに閉じ込められたりもした。その孤独が、孫の杏奈も実の両親が亡くなり、性格もひねくれた少女に育ってしまったのだ。だから、幽霊でも、杏奈の孤独な少女の心を、祖母の少女の頃のマーニーが解きほぐしてくれ、いつのまにか解放されて皮肉れた心の杏奈が、明るい少女になっていった。

その“湿っ地屋敷”に新しい住人が引っ越してきて、その中にさやかという娘がいて自分の部屋から古い日記を見つけたというのだ。それを杏奈に渡す。日記に書いてあったことが、今まで夢の中で幻想としてマーニーと出会って来たことが、全て作り話ではなく本当のことだったという。杏奈にとっては、マーニーの存在が自分にとって一番大切な肉親だったということ。
それは、自ら心を閉ざしている少女が、幽閉状態にある少女と共鳴しあっているようにも見えます。ここでは杏奈を抑圧してくるものを、社会の目に見える外敵ではありません。外の世界と戦って、より複雑な意味で孤独になっている状況が描かれています。そんな杏奈を励ましてくれるのが、自分と同じような孤独を知っている過去からのメッセンジャーとして、マーニーがその存在なのでしょう。
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借りぐらしのアリエッティ
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gift/ギフト ★★.5

2014年07月21日 | か行の映画
テレビドラマ「湯けむりスナイパー」などの遠藤憲一とSKE48/乃木坂46の松井玲奈がダブル主演を務め、愛知県から東京を目指す感動的なロードムービー。妻子を捨て、友人もいない男が、愛されずに育ったキャバクラ嬢に100時間で100万円のアルバイトを持ち掛け、ある贈り物を届けるために旅をするさまを映し出す。監督は、本作がデビュー作品となる宮岡太郎。孤独な二人が旅を通して、少しずつ心を通わせる様子が印象深い。
<strong><感想>縁もゆかりもない二人が、中年の篠崎善三が若い娘に依頼して、東京に住んでいる娘の所まで連れて行って欲しいと頼む。この二人は、女の方が金に困って公園で居眠りをしていた老婆の財布を盗んだのを目撃し、今度は自分が大金の入ったカバンを、わざと盗まれるように仕組み、その娘を取り押さえる。この篠崎善三役の遠藤憲一と言うと、よく刑事役で見かける強面の俳優さん。娘の方はSKE48/乃木坂46の松井玲奈という、今流行りのアイドルを使えば客が呼べるだろうと思ったのだろう。演技の方は、台詞棒読みでイマイチだったが、客は私一人の貸切だった。

物語は、豪邸に一人暮らしでお手伝いがいて、秘書が会社会長の篠崎善三の毎日の用事をする。今回は、自分が昔、離婚した妻との間にできた娘から手紙が来て、便箋に「助けて」とだけ書いて有る。この「助けて」だけで父親は全てを知り、自分が昔捨てた娘のために東京まで逢いに行くということ。それには、脚の悪い篠崎が、金に困っている沙織に100時間で100万円のアルバイトを提案する。つまり、運転手兼お手伝いということだろう。

二人の旅が、篠崎の若き頃の思い出の地で、始めは神社でおみくじを引くのだが、どれも小吉、とか中吉ばかり。大吉が出て来るまで引く篠崎。大吉を引いた篠崎の嬉しそうな顔。
ボロい下宿屋に泊まり、食事は沙織にメモ紙に書いた品物を買ってくるようにと。それは、ソース焼きソバに、キャベツの千切りにメンチカツ、缶詰、等々。篠崎が下宿をしていた時に、美味しいと感じて食べたもの。今では金もちで贅沢な暮らしをしているので、昔は貧しくて腹が減っていては、そんな食べ物でもご馳走だったのでしょう。
そこの下宿への支払いが、何と50万円で下宿屋の男は妻に5万円貰ったと嘘をつく。そのことをバラしてやる沙織の若さが清々しい。

その後は、映画館へ入る。何故か昔上映していた古い映画を上映している。中へ入ると、チケット売り場のオバサンが、昨日までで今日からは違う映画を上映しているというのだ。金を払うからと、いつもの強引な交渉で50万円支払って、昔観た恋愛映画を見るも、すぐに飽きてしまい出て来る始末。なんて金使いの粗い男なのだろう。無駄使いもいいところだ。それもこれも、後でその意味が解るのですが、自分が成功して大金持ちになっても、結婚もしないし子供も昔の娘一人で、気が付いてみたら独りぼっちで、金があってもその金で贅沢に暮らしていても虚しいばかり。

次は昔、住んでいた河原のある風景で立ち止まる。そして、子供と遊んだ公園など、懐かしみながら自分の過去を振り返る。
沙織は、鞄の中に入っていた小さな青い箱が気になってしようがない。娘へのプレゼントだというが、金持ち親父だからダイヤモンドが入っているのかもと想像する。しかし、その沙織にも、ホストに入れあげて保証人になった300万円の借金がある。その取り立て屋の男が、付け回してくるのだ。

最後まで観なくても、この辺で何となく篠崎の娘へのプレゼントが分かってしまう。あのウィル・スミスが演じた「7つの贈り物」あの作品と同じように、篠崎が昔捨てた娘の子供が、心臓病で移植手術をしないと死んでしまうというのだ。血液型も一致しており、父親として娘の願いを聞いてやる初めての贈り物なのだ。だから、昔の場所へ泊ったり、思いでの地へ行ったりして心残りのないようにと、思ったのだろう。あの青い箱の中は空っぽで、つまりは自分の心臓をプレゼントするという意味なのだ。
ラストが切ない。こんな事態になろうとは想像もしていなかった。あの沙織の借金取りの男が、追い掛けて来て篠崎をナイフで刺し殺すとは。震える手で救急車に電話する沙織。
篠崎は、自分で毒薬を持参しており、飲んで暫くしたらメモ紙の病院へ救急車で運ぶようにと、沙織に頼んでいた。そのために、沙織には十分なお金を渡すことも。

最後の締め括りは、沙織が弟の勤めている運送会社で一緒に働く姿を映す。ふと道端で女学生のカバンに、「大吉」と書かれたおみくじをぶら下げている女の子を見つける。元気そうにはしゃいでいる女子学生を見て、あの偏屈親父の孫娘だと判る。強情で偏屈だったが、父親として善いことをしたと嬉しくなった。
日本版の「7つの贈り物」のようなお話でしたが、少々回りくどいようで、ボソボソと話す偏屈親父の遠藤憲一さんは、演技というよりもそのままの地でいっているようでした。衝撃的な結末にも、ウルウルくるような感じもなく、「7つの贈り物」では、主人公が見ず知らずの人々のために奔走する姿に感動し、ついエールを送りたくなってしまう。
そういう要素がないのだ、孫娘のために自分の心臓を贈るということに関しては、立派だとは思うが、絶賛する程ではない。
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怪しい彼女 ★★★★

2014年07月20日 | アクション映画ーア行
『王になった男』などのシム・ウンギョンと『ハーモニー 心をつなぐ歌』などのベテラン、ナ・ムニが二人一役を熱演する心温まるファンタジー。70歳の老女が突然20歳の自分に若返ってしまったことから巻き起こる珍騒動を、爆笑と感動の涙で盛り上げていく。『トガニ 幼き瞳の告発』などのファン・ドンヒョク監督が、本作ではがらりと趣を変え新境地を開拓。キュートな容貌とは裏腹に、相手構わず罵声を浴びせる怖いもの知らずのヒロインの魅力のとりこになる。
あらすじ:70歳のマルスン(ナ・ムニ)は、向かうところ敵なしの口の悪さと頑固さで近所でも有名なおばあさんだった。国立大教授に出世した一人息子(ソン・ドンイル)を女手一つで育て上げたものの、アクの強い性格が災いし最近は嫁にも煙たがられる始末。ある日、彼女が写真館で遺影のつもりで写真を撮ると、不思議なことに20歳のころの自分(シム・ウンギョン)に戻っていた。

<感想>何だか見軽くてつかみどころのないタイトルだが、これが韓国で大ヒットした映画だというのだから、見過ごすわけにはいかない。映画が始まってしばらくは、相当にしつこく老人に対する嫌悪感が描かれ、嫌なものを見ることになるなぁと心配した。

ところが、主人公オ・ドゥリ役の20歳の女優シム・ウンギョンの愛嬌のある笑顔が登場した時には、雨空から日光が差し込んだようにいい気分になった。50歳若返って20歳になっても、心も体の動きも、言葉使いも洋服の好みも、猛烈皮肉屋毒舌ばあさんのまんま!なんですから。その奇妙さを韓国語が判ればもっと楽しめたのに、と無念であった。
「オ・ドゥリ」とはハリウッドスターのオードリー・ヘプバーンのもじりで。そのヘプバーンの写真に吸い寄せられるように70歳の毒舌婆さんが、街の写真館で遺影のつもりで写真を撮ってもらったら、何と50歳も若返って、若いころから憧れていた20歳のオ・ドゥリに大変身、・・・しかも普通なら彼女が生きている時代も昔へ戻るところを、ここでは時代はそのまま現代で。かくして「70歳の女の子」が誕生した。
見た目は20歳でも中身は70歳という難役を、シム・ウンギョンが実に巧みに演じている。「サニー永遠の仲間たち」では、一番何気ない、どこにでもいそうな女の子役で、初々しくてかわいらしかった。今回は、女の子になったお婆さんと、いうことで、難しいけれどもいわゆる儲け役どころである。やり過ぎになりそうなところを、やり過ぎてしまわないあたりが本当に上手い。
マルスンとオ・ドゥリの場合は、同一人物の入れ替わりで、憎ったらしいお婆さんが、昔はこんなに可愛かった、というギャップの面白さと、可愛い女の子になっても口の悪さとデカい態度は変わらないという可笑しさ。これはもう、女優シム・ウンギョンの素晴らしさに拍手ですよね。
前半は、この70歳のお婆ちゃんを名女優のナ・ムニが演じているのだが、変身したあとの中盤以降は、彼女の歩きかたから態度、方言までウンギョンがそっくり真似をするという芸当をやってのけるのだ。真に迫ったその演技にはただただ脱帽ですから。
大笑いしたあとホロリとさせられて、ついつい彼女のペースに巻き込まれてしまった。お話の方は、お婆ちゃんの青春時代の再現で、それも恋あり歌ありの華やかさ。失われた時代を懐かしみ、それを取り戻すかのようにもう一度生き直そうとする、ウンギョンの健気さには、老年世代でなくても胸に迫るものがあるのではないかしら。

ですが、現実は厳しい。今は20歳ではなく70歳という苦い現実を直視しなければならないのだから。人生をもう一度生き直すことなどあり得ないのだから、今を生きるしかないのだ。
というのはさておき、この映画の素晴らしさは、一にも二にも女優シム・ウンギョンの体当たりの演技に尽きる。

しかし、孫のバンドのボーカルとして歌うオ・ドゥリは、またたくまに売れてプロデューサーのイケメンに声を掛けられ家にまで行くことに。いつまでも、20歳のままでいることは叶わないはず。いったい何処でどうなって昔の70歳のお婆ちゃんに戻るのか?・・・。まさか、孫が交通事故で瀕死の重傷。輸血が必要となりお婆ちゃんの血を輸血することで、タイムスリップは終わりとなるのですね。
70歳の心と、20歳の肉体というアイデアへの寄りかかりは、いささか退屈だけれど、60年代貧苦の時代を回顧する韓国の人たちの想いは、懐かしさ以上に哀しみが溢れてくるだろう。
人生は一度きり、自分の人生しか生きられないという運命は、人はみな背負っているのだから。実際の入れ替わりは体験できないけれど、笑って、泣いて、楽しい映画を観た後の満足感は最高の気分です。
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青鬼 ★★

2014年07月19日 | アクション映画ーア行
フリーソフトとして登場し人気を博すゲーム「青鬼」を基に、密室に閉じ込められた高校生たちの奮闘を描く脱出ミステリー。ヒロインと仲間たちが不思議な洋館にある謎や仕掛けをクリアしていきながら、脱出ルートを探り出していく。AKB48の入山杏奈がヒロインを務め、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズなどの須賀健太、『特命戦隊ゴーバスターズ』シリーズなどの陳内将、『麒麟の翼 ~劇場版・新参者~』の聖也らが出演。

あらすじ: 新しいクラスになじむことができず、毎日を憂鬱に過ごしていた転校生のシュン(須賀健太)。そんなシュンを杏奈(入山杏奈)は気にかけていた。
2人は化け物が現れると噂される<ジェイルハウス>の前で同級生らと出会い、運命に引きずられるがまま、不気味な洋館へと足を踏み入れてしまう。
無人であるはずの屋敷内に響き渡る怪しげな物音。窓の向こう側からこちらを覗き込む血走った目玉。恐怖に駆られた高校生6人は、建物から逃げ出そうと玄関に向かうが、なぜか扉はびくとも動かない。
「ねぇ、もしかして私たち、閉じ込められちゃったんじゃないの?」
―脱出ルートを見つけようと躍起になる彼らに、この世のものとは思えぬ巨大な青い影が忍び寄る。7月5日公開
<感想>「スイートプールサイド」の須賀健太くんが出ているというので観た。これはゲーム「青鬼」を映画化したもので、ストーリー展開が怪物が出て来て、その怪物から逃げ、建物から外へ出るというホラーものでした。
主人公シュンに扮する須賀健太くんが、またもや高校生という役で、虐められてPCのゲームを作っていて、その想像のゲーム「青鬼」の中へと入り込んでしまう。

ホラーゲームなので、青鬼たる怪物が出て来る瞬間が、始めはドシンドシンという効果音と、覗くと大きな眼がギョロリ。始めは腕と脚で、まるでイグアナかと思ってしまった。

それがとんでもなくグロテスクで、頭でっかちで人間のように手足があり、胴が細い。洋服なんて着ていないから、そのまんま仁王立ちになると、まるで人間の赤ん坊のような感じがする。人間を食べる恐ろしいバケモノである。それに、意外に歩くのが速いのに驚く。

そのバケモノから逃げ回り、一人、また一人と餌食になっていくという展開。その食べた後がグロくて、エグイのだ。画面が薄暗いから、血が飛び散っている様子や、ハラワタのような物が散らばっていて、食われたと想像するしかない。しかし、襲われて喰われる場面は出てこないが、不気味な食いちぎる音と叫び声がする。だからって、みんなの演技が下手で下手で、まぁ須賀健太くんが一人頑張っていたので、最後まで観れたかな。

冒頭の場面で、河原でPC画面を見てゲームを作っていたシュンが、タクロウに虐められ、それでも、廃墟の洋館にみんなと入って来たのに、それがまさか、段ボールの箱の中身を見ると、頭を殴られて死んでいるシュンが入っていたのにびっくり。
それでも、シュンを虐めて、一番偉そうにしていたタクロウが、最後に襲われて餌食になったのが良かった。良かったのはCGとはいえ、青鬼のバケモンが、ハリウッドに負けないくらい良く出来ているところですかね。

最後までシュンは、杏奈をバケモノから守って上げるのだが、「恐怖を克服する」ということで、ゲームから解放される。ってことなの。そりゃ、このゲームを作ったシュンがバケモノから逃げる答えを知っているわけで、杏奈が一人助かって、最後は建物の外へ出て、ラストは「クリア」なんだから。しかも、続きもあるのかどうか、「ネクストステージ」と出ていた。
時間も短いし、それなりに怖いので面白いのだが、この手のホラーは見飽きているので、DVDでもいいかと思います。お客さん、3人でした。
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美しい絵の崩壊 ★★★

2014年07月18日 | あ行の映画
ナオミ・ワッツとロビン・ライトという演技派女優を主演に迎え、ドリス・レッシング原作の「グランド・マザーズ」を映画化した禁断の愛の物語。親友同士がお互いの息子と恋に落ち、一線を越えてしまったことから思いがけない運命を招くさまを映し出す。監督は、『ココ・アヴァン・シャネル』などのアンヌ・フォンテーヌ。女性の隠れた渇望を浮き彫りにする、背徳的で甘美なラブストーリーに酔いしれる。
あらすじ:オーストラリア東部の海辺の町で、ロズ(ロビン・ライト)とリル(ナオミ・ワッツ)は幼いころから姉妹のように育ってきた。現在は二人とも結婚して家庭を持ち、お互いの息子トム(ジェームズ・フレッシュヴィル)とイアン(ゼイヴィア・サミュエル)も母親たち同様親友同士だった。早くに父親を亡くしたイアンは、ロズを2人目の母親として慕っていたが……。

<感想>原作がノーベル賞作家のドリス・レッシングで、監督も女性のアンヌ・フォンテーヌだというので、期待して観に行ったのだが、一言でいうと、お洒落な女性雑誌のカラー・グラビアを見ているような映画だった。つまり綺麗だが、底が浅いのだ。物語は基本的に都合のいい展開なのだから。

舞台がオーストラリアの入り江、いやでも眼に焼き付ける壮麗な景観の美をスクリーンに映し出す。ビーチへと続く細い坂道を、手に手を取って駆け下りた金髪の少女たち。降り注ぐ陽の光、打ち寄せる波、せせこましい現実の時の刻みを寄せ付けない自然の美と一体化するように。

双子のように育った美しい親友は、かけがえのないパートナーであった。つやつやと滑らかな肌と金髪と、贅肉のない肢体を眩しく誇らしげに自らの「作品」として完璧な息子たちの肉体に見惚れる二人の母親。「レズビアンではない」とことあるごとに茶化しながら、そうすることで案外、恋に近そうな真の想いに自意識過剰の知らんぷりを決めている女たち。そう、ここでは母親であるよりも女として見えるから。

でも、性的に彼女とは結ばれない時、彼女の美しい息子ならば論理的には問題なく、親友と恋人の両方を手に入れることができる。「一線を越えた」と真顔で、事の重大さの深刻さに狼狽えた母親たちが、でも「いい気持ち」と、あっけらかんと女の顔を輝かせ欲望をきわめつくす。
確かにそうした成り行きに失笑を禁じ得ない人も少なくはないだろう。けれども、女たちのこの迷いのなさ、葛藤のなさには、どこか見過ごしにできない奇妙な心の奥にひっかりが残るのだ。
しかし、「それがタブーではあっても、観客がヒロインたちの行いにある種の羨ましさを感じる」と言う、意外な事実を逆手に取るように“絵空事“めいた設定のリアルのありかを。アンヌ・フォンテーヌが撮ってきたいくつかの”危ない映画“の核心をも射抜いてはいないだろうか。

かたや全ての男性は根本的にマザコンと聞くが、実の母親と関係するのは、これまたタブーだけれど、母親のような女性が相手ならば許される。この四角関係は、崩壊どころか、パズルを完成させる究極のワンピースなのだろう。
母親世代がロビン・ライトとナオミ・ワッツだからこそ、絵的に成立するのは大前提として。ファッショナブルな風俗映画の域を出ていないのだ。そういう作りをするなら、せめて二人の女性、ロビン・ライトとナオミ・ワッツを、ともにブロンドにしない方がよかったのではないかとも思った。
ロビン・ライトの夫はシドニーへ転勤することになり、妻と息子と一緒に行くことを望んだが、妻はこの地を離れることを拒み、結局は離婚することになり、夫はシドニーで若い女と結婚をする。となりのハゲ男は、事故で夫を亡くしたナオミ・ワッツにしつこくつけ纏い、その間に入ったロビンが、きっぱりと二人はレズだと言わんばかりに追い返す様が笑える。

美しい母親と成長した息子二組。図式的な展開を少しも外れずに進んでいきます。背徳の欠けらもない健康的なショットで、特にナオミ・ワッツの艶めかしい熟女の姿態たるや、年上の魅力に抵抗できそうもない。久々にお目見えしたロビン・ライトも、その辺の美魔女どころではない美しさ。これなら息子たちが欲情するのも無理はないか。

よって、やがては若い男は離れていくという苦悩に説得力がないのだ。確かに息子たちは、若い女性に恋をして、関係を持ち妊娠して結婚する。そして、お互いに女の子が誕生して、故郷の入り江のある家に遊びに来る。その夜、トムがイアンの母親の部屋へ行き、ナオミ・ワッツとまたよりを戻すという構図。そのことが、二人の花嫁たちにバレてしまい、呆気なく離婚となる。
問題は息子二人の繊細さに欠いた演技である。父親への憎しみや、母親への思慕が屈折して、というような日本的なシチュエーションで陰影を見せてくれればと思ったのだが、そういう映画ではなかった。

それでも変わりなく自分たちだけの入り江の楽園を守り通す。楽園への幸せが続いてしまうことへの不幸、沖に浮かぶ飛び込み台に横たわり、目を閉じて柔らかな波に抱かれて漂うまま平穏を装う4人。“美しい絵”は、壊れも崩れもしないまま、より完璧な虚しさを完遂するように終幕する。
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アクト・オブ・キリング ★★.5

2014年07月17日 | アクション映画ーア行
インドネシアで行われた大量虐殺を題材にし、ベルリン国際映画祭観客賞受賞、アカデミー賞にもノミネートされたドキュメンタリー。1960年代にインドネシアで繰り広げられた大量虐殺の加害者たちに、その再現をさせながら彼らの胸中や虐殺の実態に迫る。『フィツカラルド』などの鬼才ヴェルナー・ヘルツォーク、『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白』などのエロール・モリス監督が製作総指揮を担当。凶行の再演という独特なスタイルに加え、そこから浮かび上がる人間が抱える闇にドキリとさせられる。
あらすじ:1960年代のインドネシアで行われていた大量虐殺。その実行者たちは100万近くもの人々を殺した身でありながら、現在に至るまで国民的英雄としてたたえられていた。そんな彼らに、どのように虐殺を行っていたのかを再演してもらうことに。まるで映画スターにでもなったかのように、カメラの前で殺人の様子を意気揚々と身振り手振りで説明し、再演していく男たち。だが、そうした異様な再演劇が彼らに思いがけない変化をもたらしていく。

<感想>あまりの衝撃に、終わってもしばらく身動きができなかった。ドキュメンタリーだとか、フィクションだとかは問題ではない。不快な映画だった。何とも特異なドキュメンタリーで、その内容は衝撃的、かつ戦慄的でその手法は従来の常識を超えて、なぜか私たちをうろたえさせる。
ドキュメンタリーで描かれた世界への批判的視点は、構成のなかでの違和感として組み入れられるのだが、ところがである、本作にはそれがない。どんどん構成はフィクション度を増していき、それは効果を狙う編集にあらわれる。

彼らが愛したギャング映画とは違って、恐ろしいのは、模擬殺人シーンで、演技者は想像力を欠いていることだ。ところが、犠牲者を演じた殺人者は、最後で自責の念に駆られたようにも見えたのだが。
映画館のダフ屋から虐殺者となったアンワル・コンゴ。もとはどこにでもいる町のならず者の若者の一人だった。ならず者は「フリーマン」自由人だと彼らは繰り返すが、この自由は規則や公式組織から逸脱する自由である。
日本でいえば愚連隊で、彼の映画への執着や映画ファンでもある彼が、映画製作にのめり込む姿に、はからずも映画への熱意と愛が透けて見えて、複雑な気持ちになる。
だが、1965年9月30日の出来事は、彼らを「愚連隊」から「殺人者」に変身させた。犠牲者が百万人に上るとされる大虐殺のなか、ならず者たちは易々と殺人を重ねたのである。その殺人を、彼らは嬉々として再演し始める。

あまりにも多くの人間を殺したので、「そこいら中、血だらけだった」とアンワルは言う。その血の臭いがひどく、流血を避けるのに針金で絞め殺す方法を思いついたというのだ。それは、彼らがハリウッドのギャング映画から学んだものだった。アンワルはそれを、当時の虐殺の現場で再演して見せるのだ。
彼をリーダーとする登場人物たちの、素人にしてはあまりにも達者な芝居に、舌を巻いてしまう。彼らにとっては、殺人と殺人の演技は映画的イメージに融合している。だから本作は、そうした映画と殺戮の融合を逆に利用している。巧妙な作戦なのだ。

マーロン・ブランドやアル・パチーノに心酔する彼らは、絞殺を再演した映像を見ても、自分の映りぶりを気にして、殺人者の自分はハリウッド以上の残酷さを演じられると豪語する。かつて劇団にいたというギャングのヘルマンは、ドラマパートに於いて、マツコ・デラックスふうの女装を披露し、殺人者たち自身が書く場面の配役や衣裳、演出、台詞を決めていく。彼らは強制され、あるいは自責の念に駆られて過去を演じるのではない。自ら殺戮を自国の歴史として映像化しているのだ。
しかも本作には、民兵組織や政府高官も協力している。スハルト独裁体制下、共産主義者の大虐殺は国民的スペクタルとして再演されてきた。人々は、この体制の起源物語の嘘を知っている。それでも彼らは虐殺を何度も再演することで、自らを正当化してきたわけなのだ。だから芝居じみた行為に慣れてきた支配層は、本作も自分たちを正当化するものだと思い込んでいるらしい。ああぁ、なんたる壮絶なる誤解なのだろう。

しかし映画は、彼らの過去の行為に批判的なものとなり、アンワルは自分の心の底にこびりついてきた被害者の眼差しを呼び起こしてしまう。やがて彼は、針金殺人を嬉々として再演した同じ場所で、何度も嘔吐するのだ。アンワル本人の葛藤までもが、見事な生理的アクションとなっていることにも驚きます。
当時の大量殺人者たちが、「国民的英雄」として待遇されているという、かの国の現実にも驚くが、彼らが殺人現場を再現してくれとの注文に、嬉々として応じているのには驚愕する。

今は好々爺いとなり孫と戯れるならず者たちの一人は、ナタで男の首を断ち落とすが、頭だけになった男の眼が開いたままで、それを閉じてこなかったことをずっと考え続けていた。以来、その閉じてこなかった眼にいつも見られているような気がすると言うのだ。
人間は人間を殺せるが、ほとんどの人間はその事実に耐えられないだろう。やはり常人には殺人なんてできない、と思う。だが、彼らが経験したような、人を殺すことが許される社会になったら、と考えるとゾッと背筋が寒くなる。
かつての殺人者に何が生じたかをカメラは克明に捉えていく。真実よりも虚構に迫ることで、権力の残忍さをその担い手自身に締めさせた本作は、ドキュメンタリーとして、超越した1本として歴史に残るはずだと思います。
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ミスティック・アイズ ★★★

2014年07月16日 | DVD作品ーま行、や行、ら行
テレビシリーズ「SHERLOCK(シャーロック)」などで人気のベネディクト・カンバーバッチが主演を務めたサスペンス。穏やかな雰囲気が漂う田舎で幸せな家庭を築こうと夢見る新婚夫婦のもとに、夫の弟が戦地から戻り一緒に暮らし始めたことから、家の中が不穏な空気に覆われていくさまを描く。誰が見ても優しそうな良き夫の姿と、内にどす黒い狂気を秘めた男の二面性を体現したベネディクトの熱演が光る。
あらすじ:デイヴィッド(ベネディクト・カンバーバッチ)とドーン(クレア・フォイ)夫妻はデイヴィッドが幼年時代に住んでいた村へ引っ越し、のどかな田舎で子どもをもうけ温かい家庭を作りたいと願っていた。そんな矢先、デイヴィッドの弟で戦地から戻り心に病を抱えているニック(ショーン・エヴァンス)が転がり込んでくる。夜中にその辺を歩き回ったり奇妙な振る舞いを見せたりするニックの存在が、次第に仲むつまじい夫婦の関係に影を落としていき……。

<感想>最近メキメキと売れて、スクリーンでも度々お目にかかるベネディクト・カンバーバッチの2011年の作品。あいにくとこの映画は、地方では上映されなかったので、DVDで鑑賞。以前に「僕が星になる前に」をDVDで鑑賞したが、シリアスなヒューマンドラマも得意だということが分かります。舞台は都会から遠く離れた麦畑の広がる寂しい片田舎。
主要登場人物がたった3人という、いかにもイギリス映画らしい、寒々とした地味な文芸作品かと思ったら、進むにつれて次第に心理サスペンス染みていき、やがてはホラーミステリーっぽくなり、最終的にはナタリー・ポートマン演じる「マイ・ブラザー」に落ち着いたような、正直良く判らない抽象的な物語だった。

トラウマを抱えた不穏なイケメン兄弟と、女一人の共同生活なのだから、いかようにも料理のしようはあったはずなのだが、作り方が無策で散漫に終わってしまった印象がする。
是非ではなく、おそらく物語の軸がはっきりしない映画への範囲に左右される作品だと思います。不穏さの上に湧き立つ曖昧とした展開や、誰が真実を語っているのか分からない不安と、この映画が切るとる田舎の景色は、静謐な調和を生み出していて好印象なのだが。
それにしても、カンバーバッチがぴったりの役どころで、話の中心が、少し壊れかけた弟から、普通の夫と思えた彼に変わっていくあたりが見どころで、中々もって怖いのだ。カンバーバッチの謎めいた落ち着きと、ショーン・エヴァンスの野蛮で憂鬱の激しい展開での芝居の対比は、見応えがあります。

とにもかくも、妻は子供が欲しいのにどこか消極的な態度のカンバーバッチ。実はという、弟ニックが同居することで、家の中に不穏な空気が。しかし、弟の夜の徘徊にしても戦争体験者としてはトラウマを抱えているので、こういった症状がでてもおかしくない。
そこへ友人夫婦が現れて、そこから事態が急変していくわけで、つまりは子供が出来ない兄夫婦には、夫の方に問題があり子供が出来ないということなのだ。それで、余計なお世話といえばそうなのだが、友人夫婦の旦那が、妻のドーンといい仲になりベッドインまでしてしまう。
で、子作り成功って、これはどうみても、夫婦にとっては離婚ものでしょうに。夫にしてみれば、自分は以前の女性と関係を持ち、子供が出来ないのは自分に子種がないということが判った。それが、妻が妊娠するなんてあり得ない分けで、でも、離婚にはならないで、生まれた子供を育てるという。
そこへ、平然と友人夫婦が現れて、友達が自分の子供を抱く瞬間に疑惑が、・・・友人そっくりの子供を抱き上げるのを見て、カンバーバッチは自己嫌悪にひたる。
何だか、自然に切り取ってますというような、手持ちカメラがサスペンスの緊張感を奪っているように見えた。とはいえ、叙情的に日常を観察するにしては、中途半端な謎めかしさがうざったく感じた。それに、人間心理の暗やみが理詰めで掘り下げられるわけでもないのだ。
ですが、災いのような気配が取り留めなく流れ込み、漠然とした意思が見えない物語に、溶け込めない人もいるだろうと思った。
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