パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

ザ・テノール 真実の物語 ★★★★

2014年10月17日 | さ行の映画
甲状腺ガンに冒され一度は声を失いながらも、日本での手術と厳しいリハビリの末に再びステージに立った実在の韓国人テノール歌手ベー・チェチョルの奇跡の復活劇を映画化した日韓合作ヒューマン・ドラマ。主演は「オールド・ボーイ」「ノートに眠った願いごと」のユ・ジテと「あしたのジョー」「セイジ -陸の魚-」の伊勢谷友介。監督は「ミッドナイトFM」のキム・サンマン。
あらすじ:オペラ歌手のベー・チェチョルは、“アジア史上、最高のテノール”と称され、本場ヨーロッパで大活躍していた。そんなチェチョルの歌声に魅了された日本人音楽プロデューサーの沢田幸司は、彼の日本公演の主役を務めて欲しいと声をかけて来る。日本公演は大成功となり、その打ち上げで沢田はこれまでの辛い人生を音楽に支えられてきたことをチェチョルに語り、二人は固い絆で結ばれた。
その後、ヨーロッパに戻ったチェチョルを、甲状腺ガンという突然の悲劇が襲う。手術により、なんとか一命は取り留めたものの、声帯の片方の神経が切れたため、2度と歌えなくなってしまう。劇場との契約は切られ、絶望に暮れるチェチョル。沢田はそんな彼を見捨てることなく懸命に支え、ついに声帯を回復させられるかもしれない一人の日本人医師を見つけ出す。

<感想>病により超えを失ってしまった才能豊かな韓国人のオペラ歌手が、ある日本人音楽プロデューサーと共に再起の道をたどる実話を基にした物語である。NHKドキュメンタリーなぞ数々のテレビ番組で取り上げられた実話だが、日韓合作、監督はこれが3作目となるキム・サンマン。事実を基にした奇跡と感動の物語、という時点でそういう映画が好きな人は飛び付くだろうし、苦手な人は背を向けるだろうが、ただしこの映画は、後者であっても惹きつけてしまう強い吸引力を持っていると思う。
何故なら、監督の力や、ユ・ジテの演技力(口パクでの歌を歌うシーン)によるところも大きいが、もっとも効いているのは、「るろうに剣心京都大火編/伝説の最期編」など話題作への出演が続き、今後も「新宿スワン」や「ジョーカー・ゲーム」などが控えている伊勢谷友介、この人の圧倒的な存在感だろう。

全編、英語の台詞が多い中で、流暢に英語での台詞に驚き、ストーリー自体はすごくオーソドックスで実話を基にした感動のドラマで、だから正直初めは期待してなかった。にもかかわらず、ラストでまんまと号泣させられましたね。
実は、冒頭でオペラの「トゥーランドット=誰も寝てはならぬ」を声高らかに聞かされ、もうそれだけで感動してしまって、物語りの展開はその主人公がそのままとんとん拍子に階段を駆け上がるわけではなく、甲状腺ガンという突然の悲劇が襲う。
もう自分の歌手生命は断たれ、絶望的になり生きていく気力もなく茫然自失の時に、日本人である音楽プロデューサー沢田が勇気づけて手術を進め、再起をかけるという話。まぁ本質的には人が感動する法則っていうのは、どの映画もそう大差ないわけで、後はそこに加わってくるのは、観ているひとの知識量というか、人生に対してある程度リテラシーを持っているかどうかですよね。

以前見た「ワン チャンス」のポール・ポッツもそうでしたが、この主人公が「神から与えられた声」で、そのままのオペラを続けていられればもっと有名になっていただろうに。その声はまさに天からの授かりものといっても過言ではなく、一緒に脇役として歌っていた女性のソプラノ歌手のジェラシーというか、その意地悪な言動に傷つき、歌手としての人生を諦めるべきかの判断に悩む主人公。その主人公を支える妻も元オペラ歌手で、夫の病気で働こうと合唱団のテストを受けに行くも、その女性オペラ歌手にガラスのコップを2階から落とされ、歌えなくなってしまう。
この映画の主人公が経てきた葛藤っていうのは、みんな想像つかないんじゃないかと思えてくる。そこで観る人が共感に至れるところまで、演出がひっぱっていけていれば、感動に辿り着けると思います。

それに、この作品が社会的に影響を与えているってことは事実で、今の社会を見つめた時、誰が観ても哀しい国家間の争いごとがずっと続いていること。そのきっかけとなっていることは、もの凄く根深かったりするという中で、じゃあ、我々一般人は何をするべきなのか、それを取り持っていくことはみんなが力合わせてやらなければと。
政府同志だといろいろな思惑が重なって、正しいと思えることを実現するのが非常に難しい。国家間の摩擦を軽減していくことは、まず個人が繋がることで、今生きている個人の役目だと思うのです。そのきっかけになれることが、本作であり、意味のある作品たるゆえんだと思いましたね。

沢田の秘書となり一緒に活動する美咲に、北乃キイちゃんが活躍していました。音楽プロデューサーの沢田自身も、会社の代表で企業としての利益の面において、かなりネガティブな状況にあるにもかかわらず、利益よりも志を優先した。

沢田は、オペラという文化の中で、ベー・チェチョルの才能を見出し、その才能を愛し、彼の人生そのものも愛することによって、自分も何かを得ているような気がするんです。
「人を助けることによって、自分が一番救われる」それで、最終的に結果がついてきたっていうのは、それを直観的に信じて行動出来た人間だからこそだと思うんですよ。ベー・チェチョルが手術の後で、沢田のコンサートの出演を拒み町を彷徨い続け、最後の舞台で、「アメイジング・グレイス」を歌うシーンは、観ていても胸が熱くなり、応援したくなりますから。
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ジゴロ・イン・ニューヨーク★★★.5

2014年09月22日 | さ行の映画
不況で経済状態の悪い友人同士の男性2人が金もうけに男娼(だんしょう)ビジネスをスタートしたところ、思わぬ騒動に巻き込まれていくブラックコメディー。監督業でも才能を発揮している『バートン・フィンク』などのジョン・タートゥーロ監督、脚本、出演で、彼の友人でビジネスパートナーを、数多くの名作を生み出した監督のウディ・アレンが演じる。そのほか『カジノ』などのシャロン・ストーン、歌手で女優のヴァネッサ・パラディ、『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』などのリーヴ・シュレイバーなど多彩な面々が共演。

あらすじ:不況で店の経営に頭を悩ませていたブルックリンの本屋店主(ウディ・アレン)は、花屋を営む友人(ジョン・タートゥーロ)をジゴロにして男娼(だんしょう)ビジネスで金を稼ぐことを思い付く。早速友人を説得し開業すると、クールで男前なジゴロは裕福な女性たちにモテモテ。商売は繁盛するが、ジゴロがある未亡人(ヴァネッサ・パラディ)に恋をしてしまい、・・・。

<感想>14年ぶりに自身の監督作以外への出演をしたウディ・アレン爺さん。ジョン・タートゥーロ監督、脚本、出演というコメディ映画である。この映画のタートゥーロは、殆ど笑わないのだ。定職のない彼がアレン爺さんのマネージメントでセックスを売る男性となるのだ。

男娼の話なのに、清潔感のある可笑しみが浮かぶ。それがヘラヘラしながらチョコマカト動くアレン爺さんと好対照を形成しているのがいい。お客のレズビアン・コンビが、シャロン・ストーンとソフィア・ベルガラという贅沢さ。

でも本当のヒロインはユダヤの未亡人を演じるヴァネッサ・パラディ。彼女とタートゥーロが散歩する公園の美しさといったら。

殆どが自分の生み出したキャラクターの、セリフメイクと言っていいほどやりたい放題で、危なげのないアレン爺さんの芝居に、セックスシンボルとして君臨してきたキャリアの、葛藤を仄めかすようなシャロン姉さんのキャラクター。そして長年の事実婚を解消したヴァネッサは未亡人という役で、元フレンチ・ロリータも四十路をむかえて、重ねてきた年齢が、大人ならではのほろ苦い味わいを出している。

手数料に味をしめたアレン爺さんが、続いて声をかけたのが、自分が住むラビの未亡人のヴァネッサ。お堅い彼女に合わせて普通のデートから始めるも、それが原因で二人は恋に落ちてしまう。
その秘密がバレて正統派ユダヤ教の審議会にかけられてしまうアレン爺さん。戒律によるとポン引きの罪は石打ちの刑なのだそう。

ユダヤ教からみのお話になるのは、脚本兼監督のタートゥーロの出自のせいなのか。物語の背景となっているのが、現実にブルックリンにコミュニティが存在する正統派ユダヤ教徒の敬虔な暮らしぶりなのだ。イタリア系のタートゥーロは、ユダヤ系のアレン爺さんからユダヤ系のいろんなことを、教えてもらったことで、本作のリアリティのある映画として仕上げられたと思う。
未亡人に恋する警官には、奥さんがナオミ・ワッツであることを微塵にも感じさせない、ちょいとキモイ男を演じたリーヴ・シュレイバー。そういった脇役たちの見せ場もあり、なかなか良く出来ていて面白い。
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シンプル・シモン ★★★.5

2014年08月28日 | さ行の映画
第84回アカデミー賞外国語映画賞のスウェーデン代表に選出されたラブコメディー。他者とのコミュニケーションがうまく取れないアスペルガー症候群の青年が、自分のせいで恋人に振られた兄に新たなパートナーを見つけようと奮闘する姿を追い掛ける。メガホンを取るのは、本作で長編映画デビューを飾った新鋭アンドレアス・エーマン。主演は、ステラン・スカルスガルドの息子ビル・スカルスガルド。ハートウオーミングなストーリーもさることながら、北欧ならではのかわいらしいファッションやインテリアも見もの。
あらすじ:気に触ることがあると、ロケットに見立てたドラム缶にこもって、宇宙へと飛び立つ想像にふけるシモンは、物理とSFが好きな18歳のアスペルガー症候群のシモン(ビル・スカルスガルド)。そんなシモンを理解する兄のサム(マルティン・ヴァルストロム)は、恋人フリーダ(ソフィ・ハミルトン)と暮らす新居に彼を迎え入れて共同生活を送ることに。しかし、遠慮せずに自分の生活ペースを事細かく守ろうとするシモンに嫌気が差したフリーダが出ていってしまう。落ち込むサムの姿に心を痛めたシモンは、彼にぴったりでパーフェクトな恋人を探し出そうとする。

<感想>シモンが抱える「アスペルガー症候群」という発達障害は、特定の興味や動作、収監、儀式に執着するのが特徴。彼の場合は、秒単位で行動し、食べる者は丸い形にこだわるなど自分のルール通りでないと不安になる。
劇中で、両親がパニックに陥り、宇宙船の形をしたドラム缶の中に引きこもる息子に向かって、さらにパニックを悪化させる大声を上げる描写がある。家族だけでやっていこうとすると、立ちいかなくなるのは常識で、シモンの依存する存在が兄しかいないのも気になりました。

これまで物語の主人公として描かれることが殆どなかった、アスペルガー症候群の人物を主人公に据えてという記述があった。なるほど、本作の主人公シモンは、「アスペルガー症候群です」というバッジを胸につけ、毎日通勤している。本人が自分の特性を理解して、それを第三者にカミングアウトしている姿をきちんと描写している点で、従来の映画に欠けていた視点と言えると思う。

この作品ではシモンが特製を抱えるがゆえに、日常で抱える困り果てる迷惑感が実に不器用に描かれているからである。本作には、シモン同様に発達障害を持つ同僚が出て来るが、彼らは雑音が遮断できず、その音が頭の中で反響し、ときにはひどい頭痛を起こすなど平常ではいられないはず。だから、彼らは雑音を遮断するヘッドホンが欠かせないのだ。
シモンは人に触られるのも苦手で、アスペルガー症候群には感覚過敏という特製があるが、これが過ぎると洋服の糸の縫い目も気になり、シャワーの水滴が針の刺す痛みに感じる人もいるというのだ。

物語は、シモンのパニックにお手上げ状態になった両親を見かねて、兄がシモンを引き取ることから始まる。しかし、シモンと同居することとなると、兄の恋人は頭で理解しようと思っても、気持ちでシモンを受け入れられない。身体が触れそうになると、露骨に避ける彼のジェスチャーに傷つき、分刻みのスケジュールで行動する規則正しさにも付いていけないのだ。
しかしだ、シモンの兄のフォローに追われるサムたちの視点ではなく、出来る限りシモンの視点からの語りに徹しようとしているのが、この映画のミソ。
他人に巻き込まれことこそが人を変えるのだと、つくづく思わされるチャーミングな御伽話のようでもある。

「変化が嫌い」なはずのシモンを、強力に巻き込んでいくヒロイン。イェニファーが凄く魅力的で、気軽に触れてはその度に突き飛ばされ、散々な目にあう彼女だが、そこで人格を否定したり怒ったり責めたりせず、常に笑い飛ばす姿がとても素敵です。同性から見ても理想の女性像かもしれませんね。
画面の色彩がとても可愛らしくて、常に目にも鮮やかな赤の服をまとい、儚げなスウェーデンの陽の光の中で、その色がヴィヴィッドに映えている。小物や文房具にも赤の色があふれ、北欧デザインが好きな人にとっても必見な映画かと思います。

シモンの赤に対して、自然体の兄は緑色の空間に住み、キャラクターの性格ごとに色分けされているのも目に楽しいですよね。ただし、主人公の造形を「アスペルガー症候群」的な設定にしているのだなぁと推測できる作品は、これまでにもあると思うし、そこで展開される「アスペルガー=天才最強説」に、何度か違和感を持ったことがある。
例えば、アスペルガーの特徴と言われる「人の感情が理解できない」「他人とコミュニケーションが取れない」「ある分野に於いて天才的な能力を発揮する」が組み合わさったのが、遠くの音が聞き分けられる聴覚過敏の人物として描かれていたのが、生田斗真が演じた「脳男」であり、ミア・ワシコウスカが演じた「イノセント・ガーデン」がそれだ。
それでも、スウェーデン映画らしい几帳面な整序の感覚に貫かれたコメディである。つまり、曖昧さや迷いは最初から想定されていないように見受けられる。この一種の病的な感覚は、作品の魅力ともなりアスペルガー症候群とスウェーデン的透明感が実にうまく結びついている映画とも言える。
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世界の果ての通学路★★★.5

2014年07月30日 | さ行の映画
『MASAI マサイ』のパスカル・プリッソンが監督を担当し、四つの異なる地域で長時間かけて通学する子どもたちの姿を追ったドキュメンタリー。学校で勉強するため、それぞれ何十キロもの困難な道のりをひたすら進む児童たちの日常を追い掛ける。登場するのは、ケニアをはじめ、それぞれの地域の個性豊かな子どもたち。将来の夢をキラキラとした瞳で語る彼らの純粋さとひたむきにほだされる。

あらすじ:ジャクソンと妹は野生の象やキリンを避けながらサバンナを駆け抜け、カルロスと妹は雄大なパタゴニア平原を愛馬でひた走る。ザヒラはモロッコのアトラス山脈を臨む山奥の村から寄宿学校へと通い、インドで暮らす生まれつき足が不自由なサミュエルは弟たちの引く車いすで登校。彼らは危険も顧みず、学校に向け道なき道を進んでいく。

<感想>象などの野生動物が生息するサバンナ、アンデスの山々の中など、学校へ数時間かけて通う4カ国の子供たちを負ったドキュメンタリー。
なるほど、通学路を描くことで、世界が見えてくる。それは、学校までの15キロを象の群れを避けながら、前方をキリンの群れが歩き、背後をシマウマが駆け抜ける中を、2時間で駆け抜けるケニアの少年の姿に現れる。

険しい山岳地帯を4時間かけて歩く少女たち。

手製の車いすに乗った兄を前後から支える二人の弟。川にハマり、陸に上がれば外れるタイヤと、格闘しながらやっと辿り着いた校庭に入った途端、級友たちが車いすに駆け寄る瞬間のなんと劇的なことといったら。
遅刻せずに学校へ行く、ただそれだけの道中が、危険と喜びに満ちているのだ。
世界の辺境の、信じられないような遠距離通学の子供たちを追って、一切の説明も講釈もなしに、教育について考えさせられます。

それに、仕込みに抜かりがないのがいい。入念な準備のおかげで、子供たちがスタッフを信頼しきっているのだ。さらに、雄大な自然を景観として観客へ見せているのもいい。たとえばケニアの大草原を走る兄妹の姿にふと胸をつかれたりもする。
そこでは、毎日が危険と隣り合わせのようで、それでもめげずに学校へ通う子供たち。子供たちの明るさと希望に泣けます。小中学校の教材としてはお薦めしたいですね。子供たちに将来への希望を語らせて終わるというのも良かった。
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スイートプールサイド ★★.5

2014年07月15日 | さ行の映画
思春期特有の苦悩をユーモラスに捉えた、「惡の華」などの人気漫画家・押見修造による初期作を実写映画化した青春ストーリー。高校の水泳部を舞台に、毛が生えてこないことに苦悩する少年が毛深さに悩む少女から毛を処理してほしいと頼まれ、それをきっかけに始まる二人の奇妙な関係を描く。メガホンを取るのは、『アフロ田中』などの松居大悟。『ALWAYS』シリーズなどの須賀健太と『告白』などの刈谷友衣子を主演に、松田翔太、谷村美月、お笑いコンビTKOの木下隆行らが脇を固める。

あらすじ:高校1年になっても毛が生えないことに疑問を抱く太田年彦(須賀健太)は、同じ水泳部の毛深い女子、後藤綾子(刈谷友衣子)のことを、陰でうらやましいと感じていた。ある日、綾子に毛深いことを相談されその悩みを真剣に聞いていた彼は、「わたしの毛を、そってくれない?」と思いも寄らぬお願いをされ仰天する。それ以来、二人だけの秘密の関係がスタートし……。

<感想>押見修造の同名漫画「アフロ田中」の松居大悟監督が実写化した“毛”の悩みを抱える男女の青春物語。心と身体のギャップから生じる思春期の悶々としたアレを、「体毛」に託してみせた傑作漫画の映画化ですね。そういえば「アフロ田中」繋がりなのか、松田翔太がちょこっと出ていた。もう少し絡めば良かったのに残念。
本作のヒロインの刈谷友衣子が、よほど多毛なのか、独り悩んでいるところへ、高校生なのに股間に毛が生えていないことに悩む男子の須賀健太くん。『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズの淳之介などで名子役ぶりを発揮して可愛いかったのに、もう20歳なんですね、彼って純真で演技が上手いので、高校生に見えた。

こんなことで悩むのかって、笑ってはいけない真剣な悩みなんですね。年頃って、女子の多毛症にも気の毒に思いますが、あまり剃ってしまうのは返って濃い毛が生えて来て困ってしまうでしょうに。思春期だからね、プールに入る時、水着の股間からはみ出しちゃね、そりゃ悩むでしょう。笑ったら可哀相です。
原作のヒロイン像よりもどこか虚ろな刈谷友衣子の佇まいが、受け身なのに体毛はアグレッシブという、チグハグさをより際立たせているのもいい。
「告白」や「シャニダールの花」、に出演していた刈谷友衣子よりも、この映画の中ではとてもいい演技してました。

刈谷友衣子さんの毛は喜んで剃るくせに、新井萌に挑まれた初キッスは、彼女の産毛にひるんで拒絶する須賀健太くん、なんて贅沢な男なんだろう。結局は、綾子の毛を剃ることで、自分の男としてのモヤモヤ感が彼女でなくてはダメってことなのかもしれませんね。
まだ恋人同士じゃない処女と童貞のカップルだけに、許された至福の瞬間を演出する橋の下の暗がりがいい感じで映ってました。須賀健太くんの妄想シーンが受けました。
それに、ちょっとしたセリフやコミュニケーションの空気からは、学園ものの現在進行形を感じるし、須賀健太の無毛男子の毛に対する執着が、妙な粘着力を発揮して物語を引っ張っていく。
剃毛という秘密を共有しても縮まらない二人の距離が、最後まで緊張感として画面にみなぎっているのもいいですね。
2014年劇場鑑賞作品・・・241  映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング
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好きっていいなよ。★★★

2014年07月13日 | さ行の映画
ベストセラーを記録している、葉月かなえのコミックを実写化したラブロマンス。孤独な日々を過ごしてきた少女が、学校で一番のモテ男と出会ったのを機に恋や友情の素晴らしさを知っていく。メガホンを取るのは、『森崎書店の日々』などの日向朝子。『ナゾトキネマ』シリーズなどの川口春奈、『江ノ島プリズム』などの福士蒼汰がカップルを演じ、その脇を市川知宏や足立梨花らが固める。青春の輝きを見つめた物語に胸がときめく。
あらすじ:友人や恋人を作らず、誰とも関わらないように生きてきた16歳の橘めい(川口春奈)。ある日、彼女は女生徒からの人気を一身に集めている黒沢大和(福士蒼汰)にけがを負わせてしまう。慌てふためくめいだったが、なぜかそんな彼女を大和は気に入って勝手に友人だと周囲に宣言。さらに、ひょんなことからキスまでしてしまう。大和に翻弄(ほんろう)されながらも、優しくていちずな思いを秘めた彼に心惹(ひ)かれることで、初めて恋というものを知るめい。喜び、悩み、傷つきながら、成長していく彼女だったが……。

<感想>究極のバイブルと呼ばれ、累計発行部数600万部を超える葉月かなえのコミックを実写化した本作。原作は読んでませんが、気になったので観る事に。いや若いっていいなぁ~、福士蒼汰と川口春奈のキスシーンがてんこ盛りで、ドキドキするよりも羨ましくて、羨ましくて、私の時代にはこういうのって、学校も女子高だったから男子校の生徒と近づくチャンスもないし、同じ年の男子と初恋って経験もないし、哀しい青春時代でしたね。

れに、意外と爽やかなラブロマンスな展開で、めいが階段で下から男子生徒にスカートの中覗かれるシーンで、後ろからきた大和に回し蹴りするところ、カッコ良かったし、スカットしました。無口で男子生徒と関わりたくないし、女友達もいないめいが、その回し蹴りをかけた男子生徒の大和と恋愛関係になっていくストーリー。
女子生徒からモテモテの大和に惚れられて、初めてのキスまでして、「友達になろう」と電話番号のメモ紙渡される。困ったけれども、捨てないでポケットに入れたまま。ところが、こんな無口のめいにもアルバイト先のパン屋に、ストーカーとして来るメガネの男の子がいるんですよ。ちょっと暗くて怖い感じがする男の子で、つい大和に電話して一緒に帰ろうとお願いします。

それで、すぐさま飛んで来る大和くん、そのストーカーの目の前でキスをするんですね。とばかりに、様々なシチュエーションでのキスが満載。驚くめいちゃんは初体験だったんです。これで、そのストーカー諦めて帰ってくれて良かった。
引きこもりがちの女子高校生と、学校一モテ男の恋という、純愛ストーリーの王道を貫いており、想像以上に福士蒼汰と川口春奈のキスシーンが多いので、付きあいしたてのカップルは、いつでもどこでもキスしたいものなのね。中でも大和が「これは○○のキス」と一つ一つ説明しながらめいにキスをするシーンがロマンチックでした。

と、一口で言ってしまえば至ってシンプルで、少女コミックの王道とも言える展開なのですが、それでも一筋縄ではいかず、安穏としていられないのが青春でありハイスクールのライフ。めいは大和への恋心はもちろん、胸がデカい及川あさみとの女同士の友情や、恋のライバル気の強い性格の武藤愛子、さらにはめいに思いを寄せて来るもう一人の男子生徒、竹村海の存在にも、向き合わなければならなくなります。

恋のライバル気の強い性格の武藤愛子に、「私は大和とは寝たのに、あんたなんか大和の恋人になんて似合わない」と、はっきり浴びせる言葉が強烈で、めいちゃんじゃなくても心が折れそうになってしまう。大和の恋人には不向きなのかもと。しかし、愛子には、昔から愛子のことを好きで、デブっていた愛子も、今のスリムの愛子も、全部好きだという彼氏がいるのですから。それでも、高校生カップルがラブホに入って、簡単にセックスするのにはびっくりです。

そんな時に、年齢は同じでも、1年生に転入してきた茶髪の竹村海に告白される。僕も中学時代に虐められたことがあり、それで、1年浪人して身体を鍛えて、あいつらに仕返ししてやるんだ。と意気込んでいた海くんなのだが、実際にその虐められた同級生の前に出ると、相手は海君のことなど忘れていて、自分は何をやっていたんだ、復讐なんてやり返しても無意味なことが判る。

そして、登場人物たちの心情を物語るセリフの数々が、印象的。そんな中でもお気に入りは、竹村海がめいに言う言葉「好きな人にはいつでも毎日会いたいけどな・・・だから会いに来た」こんな言葉言われてみたいぞ!

また、イケメンすぎて、雑誌モデルにスカウトされた大和が、様々なアイテムをクールに着こなす雑誌撮影シーンも見どころの一つ。でも、ここでその大和の隣で相手をするカリスマモデルのめぐみが、大和に急接近する。町中でも二人で食事をしたりデートしているところを目撃されて、それに、めいとのデートが疎かになり疎遠になってしまう。

んな中で揺れ動く乙女心に、そっと寄り添うかのような大和の語り口がいいですね。それに、福士蒼汰と川口春奈の好演も微笑ましくて、友達とカラオケボックスに行って、そっとめいの手を握るシーンや、何度も何度もキスを重ね、互いの恋心に身もだえる彼らの無邪気な笑顔が素敵です。そして、相反する不安げなめいの表情と、ふとつぶやく一言一言に、思わず心をかき乱されところ。等々、これぞ。純愛ラブストーリーのパワーなんですね。
2014年劇場鑑賞作品・・・239  映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング

サード・パーソン ★★★

2014年07月08日 | さ行の映画
『クラッシュ』などのポール・ハギスがメガホンを取り、パリ、ローマ、ニューヨークを舞台に3組の男女の関係と衝撃の結末を描く恋愛ミステリー。著名な小説家と愛人、ビジネスマンと娘を誘拐された女、元女優とその元夫の物語を交錯させながら、愛や痛み、再生と希望などを浮かび上がらせる。リーアム・ニーソンをはじめ、オリヴィア・ワイルド、ミラ・クニスなど豪華キャストが共演。『ミリオンダラー・ベイビー』などの脚本家としても知られるハギス監督が構築した、複雑にして巧妙なストーリーに注目。
<感想>監督・脚本・制作はポール・ハギス。あの「ミリオンダラー・ベイビー」の脚本家であり、「クラッシュ」の監督・原案・脚本・制作を務めたその人の新作だけに、つい期待も高まろうというもの。映画の舞台はパリとローマとニューヨークを舞台にした3組の男女の群像劇である。

3組の男女がそれぞれ仕事や夫婦、愛人問題だどで悩んでいる。でも大部分の撮影はローマに作られたセットでなされていることを知ると、つい混がらがって出演者はとなりのセットに迷いこんだりしないかと、冗談半分に思ってしまうほどだ。
冗談ではないのかも。脚本が得意のハギス監督は、この脚本に酔いしれてしまったのか、何だか回りくどくしてしまった感があるようだ。パリのホテルで執筆に励む中年の小説家・リーアム・ニーソンと、作家志望のその愛人のオリヴィア・ワイルド。その二人の関係は、年齢も娘のようなオリヴィアとホテルで濃密な関係を送り、時にはもて遊んでいるかのように彼の部屋にガウン姿で現れ、「私を抱いて」とガウンを脱いで見せる。ところが、男は老人で若い愛人に応える肉体を持ち合わせていない。断ると、愛人は直ぐに裸で自分の部屋へ帰るのだが、ホテルの監視カメラに愛人が逃げるところを捉えている。どんなに恥ずかしい目に遭ったことか、自分をさらけ出して彼の胸に飛び込みたかったのだろう。

愛人は、その惨めな自分を慰めてくれるのは、自分の父親しかいない。父親の部屋へ行くと、以前から男女の関係があったのだろう、直ぐに近親相姦となる。
そのことを知ってか知らずか、愛人に悪いと思ったのか、愛人の部屋いっぱいに白い薔薇の花を贈る。それは、彼女の心も動かし嬉しくて直ぐに部屋を飛び出しマイケルの部屋へと。しかし、マイケルにも息子がいて、自分の不始末から息子を亡くしてしまった。そのことを別居している妻からの電話で、責め立てるように感じてしまった。妻には、キム・ベイシンガーが演じている。

して、ローマのバーで偶然出会ったロマ族の女に、一目惚れするアメリカ人のビジネスマン、エイドリアン・ブロディ。その女は娘をさらわれたと言う。取り返すための金が必要だと、エイドリアンを口説く。自分にも小さい子供がいたが、事故で亡くなってしまい、ついその女に同情して金の工面をして、子供を引き取るように手助けをする。

ところが、どうやら子供は元父親の所に引き取られているようで、返して欲しければ大金を工面しろと高額の身代金を請求してくる。何だかこの夫婦に騙されているような、子供なんていないのかもしれない。しかし、ロマ族のエキゾチックな美貌に惚れてしまった男は、ありったけの金を銀行から引き落として男に渡すのだが。

そして、ニューヨークのホテルで客室係りとして働く元女優のミラ・クニス。以前夫だったリック(ジェームズ・フランコ)と息子の親権を争い、裁判費用のためにメイドとして働いている。この母親も、息子を虐待のような、ビニールの袋を被って遊んでいた息子が危なく窒息死するところだったというのだ。それで、元夫のリックが息子の親権者となっている。

どうやら元妻のジュリアは、精神的に異常があるようで薬の常用者で、それがニューヨークのホテルの客室を掃除に行くと、部屋にはたくさんの白い薔薇が飾られており、女はこのような花で囲まれた部屋は大好きなのだが、精神異常者のジュリアが白いバラの入った花瓶を壊しまくるのは、元夫リックとの信頼が壊れたからなのか、それとも息子が自分の手に届かないのがこの狂ったようなジュリアなのか。

ですが、このホテルの部屋とパリのマイケルの愛人のアンナの部屋が繋がっているのだ。どうやら、愛人のアンナも存在しない小説の中の女であるようだ。
何の接点もないこの3組の男女が、ミステリー劇のように次第に交錯し始め、やがて共振するという巧みな構成は、脚本家出身のハギスならではと感じた。男と女の駆け引き、そこに見えてくる信頼と裏切り、後悔と苦悩。
そして生きることの哀しさとほろ苦さ。そこには男女の関係だけではなく、キーワードの「子供」を交えた家族の絆という命題が見え隠れする。読みにくい文字でアレコレ書き殴られた、まったくもって興味のない作家の創作ノートをめくられているような感じがする。
要は、ホテルの部屋でパソコンに向かうリーアム・ニーソンが、この映画の脚本作りに格闘するポール・ハギスと重なって見えた。
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青天の霹靂 ★★★★.5

2014年05月25日 | さ行の映画
作家や俳優としても活躍する人気お笑い芸人の劇団ひとりが書き下ろした小説を、自らメガホンを取って実写化したヒューマンドラマ。40年前にタイムスリップした売れないマジシャンが、同じマジシャンであった若き日の父とコンビを組み、自身の出生をはじめとする家族の秘密を知る。『探偵はBARにいる』シリーズなどの大泉洋が不思議な体験をする主人公を快演し、その両親にふんする劇団ひとり、『GO』などの柴咲コウが物語を盛り上げる。涙と笑いに満ちた物語に加え、4か月の練習を経て臨んだ大泉洋のマジックシーンにも目を見張る。
あらすじ:場末のマジックバーで働く、さえないマジシャンの轟晴夫(大泉洋)。ある日、彼は10年以上も関係を絶っていた父親・正太郎(劇団ひとり)がホームレスになった果てに死んだのを知る。父が住んでいたダンボールハウスを訪れ、惨めな日々を生きる自分との姿を重ね合わせて涙する晴夫。すると、突如として青空を割って光る稲妻が彼を直撃する。目を覚ますや、40年前にタイムスリップしたことにがくぜんとする晴夫。さまよった果てに足を踏み入れた浅草ホールで、マジシャンだった父と助手を務める母(柴咲コウ)と出会い……。

<感想>タレント・俳優、小説家「陰日向に咲く」など幅広く活躍する劇団ひとりが、原作、脚本、監督、出演などひとり4役での初監督作です。自身の2作目の著作を基に、生まれる前の時代にタイムスリップしたマジシャンが、「生きる理由」を見出す姿を描いている。主人公晴夫には大泉洋が、雷門ホールの支配人役に風間杜夫が、母親の悦子には柴咲コウを迎えて、劇団ひとりは父親という設定で、心にしみいる笑いと涙の人間ドラマに仕上げています。

時を超えて出会った息子と若き日の両親と言うと、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を思い出します。それにタイムスリップした40年前と言えば昭和48年代ですよね。まるで「ALWAYS三丁目の夕日」のような1973年の浅草の活気を、長野県上田市に再現したリアリティには本当に驚いた。

物語は、かつては自分を「特別な存在」だと思っていた晴夫だったが、今では四畳半の古いアパート住まい。TVで人気上昇中の後輩の活躍を眺めながら、場末のバーでしがないマジックを披露する毎日で、平凡に生きることさえ難しい現実を痛感する。

昭和48年に飛ばされた晴夫は、母親と知らずに悦子という若い女と舞台に上がり、謎のインド人ペペとして、まだ当時は知られていなかったスプーン曲げを披露する。さらに、チンこと正太郎(晴夫の父親)とコンビを組むことで人気を博し、人生で初めて満たされた日々を味わう。

マジシャン役の大泉洋さん、ノースタントでマジックの練習に明け暮れ、冒頭から観客の目を釘付けにするシーンでは、拍手喝采です。それと、父親の劇団ひとりと一緒に舞台でロープ芸を披露するシーンでは、大泉が結んだロープを難なく解くも、父親の劇団ひとりの首にロープを巻き、それを紐解くのが首にしっかりと巻き付き苦しくて取れない。それが観客に受けて大笑いを取るシーンもある。それから、トランプの芸や、鳩を出す芸、ワインを何本も出す芸、最後に泣かせるのが、白い紙の薔薇の花が宙に浮き、本物の赤い薔薇に変えるシーンには、涙が出てしょうがなかった。

自分の出生の秘密が解き明かされ、今まで母親は自分を捨てて家を出て行ったと聞かされていたのに、まさか自分の命と引き換えに、晴夫を産んだことが分かり、これも実に胸につまされて泣けます。

だが、現実離れした設定の今作に優れたヒューマンドラマとしての、リアリティとユーモアを与えているのは、間違いなく主人公役を演じた大泉洋の、運命に翻弄されればされるほど輝く、演技を超えた存在感だと思います。
かつて、「水曜どうでしょう」で、サイコロの目に自らの旅路を翻弄されて、自らの運命をパスポートと共にがっちりと握られ、愚痴とボヤキしか出ないシチュエーションに置かれながら、他でもないその飾りっけなさに、やられっぷりで、観る者を魅了してきた大泉洋の存在感が厚いです。

「探偵はBARにいる」でのクールなマイトガイ感じや、「清州会議」での豊臣秀吉の怪演など、表現のレンジを格段に広げてきた彼だが、40年前の世界への「タイムスリップ=旅」に否応なく連れ出された晴夫の運命に、かくも深く感情移入させ得る役者は、やはり大泉洋しかいないと思った。
俳優である大泉洋と人間の大泉洋が、最大限に体現されているという点では、これまでの彼の主演映画の中では一番のハマリ役だと確信しました。それに、劇団ひとりの才能が開花した作品でもあると言っていいでしょう。
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そこのみにて光輝く ★★★★

2014年04月25日 | さ行の映画
『海炭市叙景』の原作者、佐藤泰志の三島由紀夫賞候補となった小説を基に、北海道函館を舞台に生きる場所のない男女の出会いを描くラブストーリー。仕事を失った男がバラックに住む女と出会い、家族のために必死な彼女をいちずに愛し続ける姿を描く。主演は、『シャニダールの花』などの綾野剛。主人公と惹(ひ)かれ合うヒロインを、池脇千鶴が演じる。メガホンを取るのは、『オカンの嫁入り』などの呉美保。美しい函館を背景につづられる、男女の愛の軌跡と人生の過程が心に突き刺さる。
あらすじ:仕事を辞めて何もせずに生活していた達夫(綾野剛)は、パチンコ屋で気が荒いもののフレンドリーな青年、拓児(菅田将暉)と出会う。拓児の住むバラックには、寝たきりの父親、かいがいしく世話をする母親、そして姉の千夏(池脇千鶴)がいた。達夫と千夏は互いに思い合うようになり、ついに二人は結ばれる。ところがある日、達夫は千夏の衝撃的な事実を知り……。

<感想>物語の前半、過去の傷を引きずり函館の街に身を沈めるように生きている達夫がいる。主人公達夫を演じているのが綾野剛。こういう暗い、自暴自棄な人間の役が多いようだが、どういうわけかよく演じていると思う。
その役柄と同じく。撮影期間は、毎日酒を飲みタバコを吸い、作品の世界にどっぷり入り込んでいたという。酔っぱらってパンパンにむくんだ顔の彼は、明日はどうなってしまうんだろう、と心配になるくらい刹那的に見えました。

そんな綾野剛が演じる男は、鉱山で体験した大きな事故の記憶を、強いトラウマとして抱え込んでいることが暗示される。彼は、背中にある大きな赤アザ、それがその痕跡なのだ。パチンコ店で若い拓児と出会い、彼の家へいき家族と出会うことになる。
物語りの軸は、同僚の死に責任を感じて気力を失ったハッパ技師と、家族のプレッシャーでボロボロになった女との絶望的な恋物語でもある。
そして、もう一人若い拓児の家で繰り返し足首ばかり描かれる人物に出会うことになる。拓児の父親で脳梗塞で寝たきりの老人は、不随の体に宿る行き場のない性欲に苦悩し、母親と娘の千夏がその性処理をしているのだ。

それに、若い拓児は傷害事件を起こして保釈中の身であるというのに、馬鹿なのか無知なのか、この男にはおよそ抑制というものがない。それでも、達夫を兄のように慕い、後を追い、いつも腹をすかせ、野良犬のようにハァハァと息切れをして、最後には狂犬のようにアイスピックを振りかざす。
共喰い」の菅田将暉が演じているが、自然体で中々上出来です。

後半で弟の拓児が、達夫が姉の千草と結婚することを望み、祭りの夜に、邪魔な姉の売春相手の植木屋、社長をアイスピックで刺すという、またもや自分を刑務所に自ら追い込む結果を作る。植木屋の社長も妻も子もいるのに、何故に千夏を愛人のようにしつこく付け狙うのか、それも男の性処理というものなのか?・・・その植木屋の社長に高橋和也が扮しているのだが、暫く見ないうちに小さくなったような感じがした。
世捨て人のような暗い達夫と対照的な二人だが、コンクリートの床に座り込み一緒にタバコを吸う時、初めてその身振りが同じ形になる。それを機に拓児が警察に自首をして、達夫は自転車で千夏の家へと行く。

千夏は、家のために昼は塩辛工場へ働きに行き、夜は売春婦までして生活費を稼ぎ、結婚をあきらめてたのに、そこへ達夫が現れ始めて好きになった男なのに、それを諦めてずるずると現状維持をするしかないことに腹を立てている。だからなのか、後半で父親の首を絞め殺そうとしている千夏を止める達夫。
自分だって、両親の葬式にも行かないし、お墓も作ってなく妹がどうするのか手紙で言ってきている。長男の役目、投げ出してはおけない事実。

物語りの後半、ターニングポイントを迎えた達夫が、火野正平演じる松本に、「家族を持ちたくなった」と伝えるシーン。それからの達夫は、好きな女ができ、もしかしたら子供もできてと、その女の家族の面倒も見るという、そんな一般的な生活を夢見ていたのかもしれませんね。ラストの清々しい表情の達夫の顔、海辺で千夏と見つめ合うシーンも、朝日を背にして輝いて見え晴れやかでした。
そして、光を繊細に配置した近藤龍人の撮影が豊かな画面を形成していて良かった。
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17歳 ★★★

2014年04月16日 | さ行の映画
『スイミング・プール』などのフランソワ・オゾン監督が、少女から大人へと変化を遂げる17歳の女子高生の心理とセクシュアリティーをあぶり出す青春ドラマ。不特定多数の男と性交を重ねる名門高校に通う美しい女子高生。ある事件をきっかけにその問題行動が発覚、行動の裏にある少女でも大人でもない17歳の女性の揺れ動く気持ちを描き出す。主演は、モデル出身のマリーヌ・ヴァクト。『輝ける女たち』などのジェラルディーヌ・ペラスや『まぼろし』などのシャーロット・ランプリングが共演。オゾン監督らしい繊細で鋭い心理描写に心を揺さぶられる。
あらすじ:パリの名門高校に通うイザベル(マリーヌ・ヴァクト)は、バカンス先で出会ったドイツ人青年との初体験を終え、数日後に17歳の誕生日を迎える。パリに戻ったイザベルは、SNSを通じてさまざまな男性との密会を重ねるようになっていた。そんなある日、ホテルのベッドの上で初老の男ジョルジュ(ヨハン・レイゼン)が発作を起こしそのまま帰らぬ人となってしまう。イザベルはその場から逃げ……。

<感想>危険なプロット」からこのかたフランソワ・オゾンが絶好調である。この作品にも出ているシャーロット・ランプリングや、カトリーヌ・ドヌーヴのようなベテラン女優との相性も良い監督である。しかし、「現代の若者たちを取り上げた映画を撮りたい」という欲望が、その才能と彼にそれを求める市場とがぴったり合致したからだろう。
すごいと思ったマリーヌ・ヴァクト。この浮世離れした美貌あってこそ成立するこの映画。まったくもって期待を裏切らない人選だと思った。冒頭、双眼鏡で盗み見されるターゲットとしてスクリーンに登場する彼女は、人気のない浜辺に一人たたずみ、あたりを見計らってビキニの水着のトップレスを外す。

その体は、スレンダーだが、ほどよく陽に焼けて伸びやかな肢体は、少女とも大人ともつかない体つきで、その身体に頼りなげな紐で引っかっている素朴な水着がまた何ともアンニュイな感じがした。基本的にポーカーフェイスなのも、何を考えているのか読み取れないミステリアスな年齢を後押ししている。

インターネットのSNSを通じて見知らぬ男たちと性関係を持つようになるのだが、ベッドの上で自分の体をまるでモノのように無造作に投げ出す様が見事です。この年代の少女は、世間や異性に対して自分を極端に守るタイプか、あるいは必要以上に粗末に扱うタイプの二種類に分かれる。
後者は奔放かというとそう単純でもなく、言っていることとやっていることは反対だったりするケースもあるから何とも言えない。物語の設定が春夏秋冬になっているので、地下鉄の駅から密会場所の地上へと上がってくエスカレーターに乗る彼女も、期待と不安が入り交じったスリリングな季節を生きているのだろう。
前作が美少年だったから次は美少女というストレートな流れも嬉しいではないか。夏の浜辺で一人になるとすぐブラを外したり、ベッドで股間をこすり付けたり、これはいかにもフランソワ・オゾンなのかな、と思いつつ観ていたら、結局これは性不感症か、性飢餓症の少女のお話のように思った。
それにしても、日本ならさしずめ援助交際とでもいうのか、自分の父親と同じくらいの年齢の男とホテルで売春をして、もしかしてSMプレイなど乱暴されたり、拉致されたり、映画ではいいことばかり描いているが、大人の男は優しい人ばかりではない。
まるで犯罪映画のようなタッチで、大人たちの眼には怪物に見えそうな少女のことを、勝手に理解して見せるでもなく、突き放すでもなく描いている。結局は、お客の爺様がベッドの上で心筋梗塞でお亡くなりになり、慌てて帰るという。全部監視カメラが捉えていたことも知らずに。警察が動き家に刑事が来て、母親が全てを知ってしまう。

性の知識が溢れて、男は女を、女は男をバカにするに足る情報も十二分な現代に、フェアな関係を獲得することの困難は増すばかり。17歳の娘でいることも、その母親であることも、苦労は計り知れない。それにしても、この怖いほどの生々しさ。ひとつ屋根の下の平和とは何なのか?・・・。両親は離婚して、母親が再婚。その母親について来て一緒に住み経済的には申し分のない生活なのに。

頻繁に出て来る鏡のイメージを通じて、自分を見つめ、自分をつかまえようとする少女。若い娘のみずみずしい裸身がエロチックなのは当たり前だが、その弟も両親や姉の裸を見たりして、妙にエロく撮られているのが気にかかる。
ともあれ、シャーロット・ランプリングがサングラスを外す瞬間よ!・・・ラスボス的な登場は圧巻です。
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少女は自転車にのって ★★★

2014年04月12日 | さ行の映画
厳格な宗教戒律によって女性の行動が制限されているサウジアラビアを舞台に、自転車に乗る夢をかなえるため奮闘する少女の姿を描いた感動作。自転車を手に入れるためコーラン暗唱大会に挑む少女の視点を通し、因習を重んじるイスラム社会で女性が置かれた不条理な現実を浮き彫りにする。サウジアラビア初の女性監督ハイファ・アル=マンスールが全て国内で撮影した同国初の長編作で、ベネチア国際映画祭をはじめ世界各地の映画祭で絶賛された。
あらすじ:サウジアラビアに暮らす10歳の少女ワジダ(ワード・モハメド)は、男友達と自転車競走をするため自転車を買うことを決意。母親(リーム・アブダラ)にねだるも女の子が自転車に乗ることに反対され、自分で費用を工面しようとするが目標額には遠く及ばない。そんな折、学校でコーラン暗唱大会が開催されることになり、ワジダはその賞金で自転車を買おうと懸命にコーラン暗唱に励む。

<感想>サウジアラビアの映画が観られるなんて思いもしなかった。しかも、よいテイストの作品で、監督ハイファ・アル=マンスールは女性だという。
イスラム諸国で最も戒律の厳しい国と言われるサウジアラビアが舞台の映画。
実際、見える物聞こえるものすべてが興味深くてたまらないのだが、それだけで終わる映画ではもちろんないのだ。

サウジアラビアの男尊女卑の社会。家を継ぐのが男の子だけ、ワジダの家では彼女だけしか子供がいない。ということだけで、父親は男の子が産まれるまで外へ女を作る。特に女性の地位を目の当たりにできるのが素晴らしい。驚くことに、日本も昔(戦前)のことだが、似たようなものだっなぁ、と感慨深いですよね。
物語りは単純で、「透徹した目をもつ少女が、必要なお金のために努力した結果、ある強さに至り、同時に身近な人も変化する」という繊細かつ大胆に映画に構築していく。女性監督のマンスールが、一般オーディションで出会った主人公がじつに素晴らしくて、この映画を盛り上げている。

女性の地位が低いというアラビア文化圏で、生き生きと生きる女の子の天真爛漫な表情と、伸びやかさが素晴らしいと思った。足元の靴がスニーカーというのも最高。その母親と夫との関係の描き方も、一夫多妻制をめぐる母娘の涙にきちんとした含みをもって描かれているのもいい。
そして、作品の控えめな節度や含みを軽く乗り越えるような少女の明るい行動力が温かく描かれている。この少女ワジタを演じたワード・モハメドに拍手を送りたい。

子供映画としても異文化映画としても、女性映画としても強いコアを持つ秀作である。多国籍メンバーと思われるスタッフの仕事は充実していて、特に音響は素晴らしいし、そして、何と言っても人物たちが魅力的である。親の世代の葛藤を軽々と飛び越えて行こうとする主人公の少女に、自転車という乗り物の軽やかさは、何と似合うことだろう。この国に生まれて、女性にとって過酷ともいえる社会における一種の女性謳歌の映画といっていいでしょう。
映画館のない国だというのに、このような映画が世にでるとは珍しいことです。
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サクラサク ★★.5

2014年04月08日 | さ行の映画
実力派俳優緒形直人を主演に迎え、さだまさし原作の短編小説を映画化した感動の家族ドラマ。父親が認知症を発症したことにより、改めて家族の大切さを痛感した主人公が、もう一度絆を取り戻そうと奮闘する姿を映し出す。『利休にたずねよ』などの田中光敏が監督を務め、妻役に南果歩、父親役にベテランの藤竜也がふんする。原作者のさだ自身による主題歌はもとより、切なくも美しい人間模様が胸を打つ。
あらすじ:妻子を顧みず仕事に打ち込んできた会社員の俊介(緒形直人)は、妻(南果歩)との仲も修復が難しいほどに冷え切っていた。次第に息子(矢野聖人)や娘(美山加恋)との関係もぎくしゃくし、一家は崩壊寸前に思えた。そんな中、同居する父親(藤竜也)が認知症になり、俊介はそれまでバラバラだった家族を取り戻そうとある提案を持ち掛け……。

<感想>いま、「家族再生」のお話はちょっとしたブームで、今まででもたくさんの作品が公開された。もちろん、崩壊するよりは、再生した方がいいに決まっている。特にこの作品は、仕事ばかりで家族を顧みなかった主人公が、糞尿まみれでほったらかしにされている父親を見て、強引に家族を車に乗せて、ある場所へと旅に出る。それが、祖父の幼少期を過ごした想いでの地である。認知症の父親がウル覚えに話す言葉。それを頼りに福井、石川県と車を走らせる。夫の取締役会議の特定日までには、東京へ戻らなければならないという縛りみたいなものも、サスペンスを生むこともなかった。

家庭の不和と認知症の老父の問題を、家族旅行で解決しようとする虫のいいお話なのだが、口当たりのいい設定がお膳立てされているだけで、老父を無視して面倒を見ない妻はいつの日からそうなったのだろうか。夫への浮気への憎しみが義父にも当て付けるのか?・・・子供二人にも無関心になり、夫が帰って来ても知らんふりする妻の態度には、これはもうダメかもという感じもしないでもない。

エリートお父さんの気まぐれ家族旅行には、それなりの覚悟もあり、これで家族再生も叶って良かったとは思うのですが、女の目線から見て、このお父さん単身赴任先で浮気をして、奥さんに謝っていなかったのね。一番大事なことじゃないの、家庭を守っている妻に対して、きちんとあやまるのが礼儀でしょうに。でなきゃ、祖父の下の世話だって、介護だってキチンとやって上げた筈なのに。謝るのが遅すぎなんですからね。

バラバラの家族をどう説得してワゴン車に乗せて、旅に出たのか肝心の場面が描かれていないのも残念。それに、二人の子供たち、反抗期みたいな親の躾けがなってないような始まりだったのが、家族旅行で明かされる長男の祖父に対する介護の優しさと、娘も今時の学生でもなく両親の不仲を気にしていたように描かれているのも良かった。

エンディングは、輪をかけたようにお説教くさい歌で、もちろん“さだまさし”さんです。いい歌なんだけれど、殆ど仏教的な世界で、ありがたがらないとバチが当たる感じが高い。
タイトルの「サクラサク」という合格電報みたいな邦題からして、先が見え見えで意外性とか新鮮さはどこにもない。それと、目的地まで辿り着いたのだが、サクラが咲く季節には早くまだ咲いてはいない。だが、その思いでのサクラの樹が老木で切られてあり、家族みんなでそこへ座り込み、目をつぶり想像力で思い浮かべるシーンが印象的でした。サクラが散った後には、この家族は果たしてどうなるのか?・・・それは観客の想像まかせということらしい。
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さよなら、アドルフ ★★★

2014年03月30日 | さ行の映画
第2次世界大戦の終戦直後、ナチス親衛隊高官の父と母が去ったあと、14歳の少女が小さい妹弟と共に祖母に会うために困難な旅をする姿を描くヒューマンドラマ。旅の過程で、ナチスの行ったユダヤ人虐殺の真実に動揺し、葛藤する加害者の子どもたちの繊細な心の動きが映し出される。監督は、『15歳のダイアリー』のケイト・ショートランド。ヒロインは、ベルリン国際映画祭シューティングスター2013に選出されたザスキア・ローゼンダール。過酷な現実に直面し、さまざまな経験を経た少女の成長の物語に心を揺さぶられる。
あらすじ:1945年、敗戦して間もないドイツ。ナチスの幹部だった両親が去り、14歳の少女ローレ(ザスキア・ローゼンダール)は、妹と弟と共に南ドイツから900キロ離れたハンブルクの祖母の家へ向かうことに。途中、貼り出されたホロコーストの写真を見たローレは困惑する。翌日、連合軍兵士に呼び止められたローレはユダヤ人青年のトーマス(カイ・マリーナ)に助けられ……。

<感想>ヨーロッパの映画祭・映画賞で高い評価を獲得したドラマ。アドルフ・ヒトラーに虐げられたユダヤ人の話は数え切れないほどおおいけれども、当時のドイツ人の戦中、戦後を取り上げる話は極めて珍しいです。一言でいえば、戦争の悲惨を描いた作品でもある。
そして、戦争というのは、戦勝国、敗戦国を問わず、常に銃後の女や子供に最大の災厄を及ぼすものだと訴えている。父親は捕えられ銃殺されたに違いない。そして、母親も食料調達に行き暴行されて、精神的にダメージを受け、5人の子供たちを置いて一人で何処かへ行ってしまう。収容所だというが、そこで処刑されたのかも。
残された子供たちは、長女が14歳では薄々事情を呑み込めるのではなかろうか、と思っていたが、世間知らずというか14歳で幼い弟妹4人を連れて祖母のいる北へと旅をするには、過酷すぎる。だが、弟が盗みを働きここにはいられなくなったのだ。

一番下の弟ペータは乳飲み子で、お腹がすくと泣き喚くしお乳を探して大変。もちろんオムツの交換もする。それに双子の弟たちは、まだ幼く事情を呑み込めていない。母親が帰って来るまで我慢すればいいのだと、言いくるめている。妹もあまり当てにならない。
ここまでは良く語られるに違いないのだが、しかし、子供の教育がいかに大事かを、織り込んだのが印象に強く感じた。ヒロインの少女ローレは「最終勝利」を信じているし、ユダヤ人を増悪しているのだ。
ナチ親衛隊の幹部の娘たちの、避難行という題材が、第二次大戦終結から67年後に作られたのは、早いのだろうか、遅いのか?・・・ナチズムの申し子として少女を救うのが、ユダヤの身分証を持った青年だという大いなる皮肉だ。
その青年トーマスも、本当にユダヤ人なのかは良く判らない。生きていくために身分証を盗んだのかもしれないのだ。それでも、彼が一緒について来てくれるだけでも心強いのに。食料集めは、トーマスが一番下の赤ん坊を連れて行く。すると、同情心なのか食料を分けてくれるというのだ。

それに、この時代の状況を呑み込めていないのか、悪戦苦闘しながら4人の弟妹たちを連れて旅をするには、ローレの気の強さといじっぱりの性格が、仇となる。つまり、時には世渡りが下手ということもあり、青年トーマスの優しさを跳ね除けて、自分一人で何とかしようと考えるのも大馬鹿だ。
彼女は、川を舟で渡してもらうのに、中年の太ったおじさんにワンピースのボタンを外し、女としての下半身を見せようとする。すると、そのおじさんは少女に襲い掛かるような態度を取る。すかさず、後を付いてきたトーマスがおじさんの後頭部を石で殴りつけ殺してしまう。驚き怯える少女。何も殺さなくてもと言うのだ。
弟妹たちを連れた過酷な旅の共に、ユダヤ人の身分証を持った青年を頼わざるを得ないのは確かだ。少女ローレを演じたザスキア・ローゼンダールの、演技自体は素晴らしいと思います。彼女を育てたものを知るためには、家族がナチスドイツの総統、ヒトラーを崇拝してこの世界を征服すると信じていたのだろう。
たとえ戦時下でも思春期の男女には、恋愛や性への目覚めが平等に訪れる。たとえばアンネ・フランクにとっては、非常な生活におけるかすかな未来だったそれが、ナチス親衛隊の娘にとっては、敗戦後を生き抜くための代償になるという皮肉である。それが恋なのか、否かもわからぬまま、強制的に自分の女としての性が呼び起こされる。白い足に刻まれた無数のアザと傷跡が痛々しく映る。

双子の弟の一人が、アメリカ兵かソ連兵の撃った弾に当たって死んでしまう。それでも、赤ん坊の弟だけは病気もせずに何とか祖母のところまで行きついたという終わり方。アメリカ地区からソ連地区、イギリス地区にフランス地区を経由するという、境界線の描き方にもう一工夫なかったものか?・・・。列車に乗って検問に会い、トーマスが身分証が無いのに気づく。これがあれば、頼もしい兄ちゃんがいつも一緒にいてくれると思い、弟が盗んで持っていたのだ。ここで、トーマスと別れることになる。

そして、やっと祖母の家に着いた安堵感と、自分が描いていた総統の死で今までの立場が逆転してしまったこと。祖母は躾けについてやかましく言うけれど、ここまで旅して来た苦労を考えると、ローレにとっては何が教育なのかと、反抗せざるを得ないのだろう。祖母にくってかかるローレの気持ちも分からなくもない。
途中の教会で食料を貰う時に、壁に貼られていた連合軍の宣伝ポスター。ユダヤ人虐殺の写真には自分の父親が映っていました。ユダヤ人の見るも無残な遺体。それを見てローレは動揺するのだが、まだ信じられないという様子であった。それにしても、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害は、尋常じゃないくらい凄惨なもの。そのことを、子供たちに教えなければならないこともあると思う。
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セッションズ ★★★.5

2014年02月27日 | さ行の映画
 障害者の性を真正面から取り上げ、数々の映画賞に絡んだ感動のコメディ・ドラマ。実話を基に、重度の障害を持つ男性と、彼の童貞喪失の相手をプロフェッショナルとして引き受けるセックス・セラピストの女性との心の交流を赤裸々にしてユーモラスな筆致で綴る。主演は「ウィンターズ・ボーン」のジョン・ホークス、共演に「恋愛小説家」のヘレン・ハント、「ファーゴ」のウィリアム・H・メイシー。監督は「美女と時計とアブナイお願い」のベン・リューイン。
あらすじ:1988年、米カリフォルニア州バークレー。少年時代に罹ったポリオが原因で首から下が麻痺してしまったマーク。以来、ベッドに寝たきりの人生ながら、みごと大学も卒業し、38歳の今は詩人・ジャーナリストとして活躍していた。そんなある日、彼は新しく雇った若くて美しい介護士アマンダに心奪われる。しかし彼の恋は実ることなく、アマンダは去っていく。

やがて失意のマークのもとに、障害者のセックスというテーマで原稿依頼が舞い込む。取材の過程でセックス・サロゲート(代理人)の存在を知り、自らもセックス・セラピーを受けてみたいと願うマーク。敬虔なマークの正直すぎる相談に、最初は戸惑いを抱いたブレンダン神父も、彼の純粋な思いを受け止め、真摯にサポートしていく。
こうして期待と不安の中、ついにセックス・サロゲート、シェリルと対面し、彼女と初めての“セッション”に臨むマークだったが…。

<感想>サンダンス映画祭観客賞に輝いたヒューマンドラマ。少なからず奇異な内容だが、優しさと喜びに満ちた心地のよい映画でした。身体障害者を、始終ベッドの上だけで見せた主演のジョン・ホークスの名演技は、言わずもがなだが、その彼を文字通り心と身体で支えるヘレン・ハントの、少々のことではブレない凛とした演技が光ってます。
ヘレン・ハント演じるセックス代理人の、感情を入り込ませずに性行為をする職業も興味深いですよね。いわゆるコールガールではなく、こういった障害者に対しての女性、男性もいるのかなぁ、そういえば部屋を貸してくれた車いすの女性もいましたね。

重度の障害者のセックス・セラピストとして登場する垂れ目のヘレン・ハント。でも、おっぱいは余り垂れてなかったよね。笑い皺が実にセクシー、「私脱ぐのに躊躇しないタイプなの」と実にあっけらかんである。女性上位に、顔面騎乗位までしちゃって、モー大変ですから。
物語りの構成自体は基本的に童貞喪失のイニシエーションものだが、全身麻痺の主人公マークが、その話を教会の神父に逐一話して聞かせる展開がこれまたユーモアと取っていいのだろう。

聞き手の神父のウィリアム・H・メイシーと共に、私たち観客も夢中にさせる言葉の力。彼は詩人なのだ。自分をクールにネタにしながら、相手を武装解除する彼の言葉の優しさ響きに、やがてはセラピストの心が動き出す。毎週1回ぐらいでヘレンに会うのですが、その時に来ていく洋服を新しく買っては選び、コロンまで付けてお洒落するマークの心中たるや穏やかではない様子に応援したくなります。
ヘレンの夫が恋文のような手紙にヤキモチを焼いて、ゴミ箱に一度は捨てられた愛の詩が声になり、言葉と映像が溶け合う瞬間に感動してしまった。
最後の方で、自宅の鉄製の酸素の機械の中に入って眠る時に、突然の停電。誰も傍に付いていなく、急いで友達へ電話するも留守で、後3時間しか酸素ボンベがもたない。もうダメかと思った。それが奇跡で、友達が駆け付け病院へ救急搬送。

そして、退院の時に、あの美しい介護士アマンダが傍にいて元気づけてくれるそれが縁で彼女と結婚できるとは、49歳でこの世を去ったマークの生涯は心残りこそあれ、実に有意義だったことでしょう。
それにしても実話とはいえ、これは自由と寛容の国アメリカならではのドラマ。セックスに関することだけに、我が国だったらどうだろうと、いろいろ感慨深いですね。身障者について、このように描くことが、果たして可能なのだろうか。
障害者の性は日本でも取り上げられてきたが、2013年6月に鑑賞した、知的障害者の性を描いた「くちづけ」その問題に焦点を合わせつつユーモラスに描いて、なお且つ心理的な葛藤を掘り下げた深さの共存が素晴らしい。
2014年劇場鑑賞作品・・・48 映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング


セイフ ヘイヴン ★★★

2014年01月19日 | さ行の映画
『きみに読む物語』などのニコラス・スパークスの小説を、『サイダーハウス・ルール』などのラッセ・ハルストレム監督が映画化した恋愛ドラマ。小さな港町にやって来た女性が最愛の妻を亡くした男と恋に落ちるも、逃亡中の身であるヒロインの真実が次第に明かされていく。ヒロインとの出会いで悲しみから癒やされていく男を『トランスフォーマー』シリーズのジョシュ・デュアメルが、暗い過去を抱えるヒロインを『ロック・オブ・エイジズ』のジュリアン・ハフが演じる。ミステリアスでロマンチックな物語と、温かく驚きに満ちたラストに胸を揺さぶられる。
あらすじ:小さな港町。長距離バスに乗り、逃げるようにやって来たケイティ(ジュリアン・ハフ)は、そこで新しい生活をスタートさせる。ケイティは男手ひとつで2人の子どもを養っているアレックス(ジョシュ・デュアメル)と出会い、近所に住むジョー(コビー・スマルダーズ)のアドバイスもあって親しくなっていく。そんなある日、アレックスは警察署でケイティの指名手配書を目にする。

<感想>「泣ける恋愛小説の名手」によると原作をもとに、脚本もいやらしいほど観客心理のツボを押さえているようだ。心温まる犯罪ドラマという合わせ技をもったサスペンス、ラブロマンスになっている。
冒頭で緊迫感あふれる逃亡シーンを披露する一方で、ケイティが争って人を刺したような、妙に気をもたせる手口。そして、そのまま長距離バスに飛び乗り、落ち着いたところがサウスポートの港町。食堂で働き口が見つかり、小さな住む家も見つかった。中盤では、車の後部座席でぶつかる二つのペンキ缶で、男女の距離感をほのめかす可愛らしいカットもさらりと入れて、程の良い男女関係の進め方、そして終盤の泣かせの仕掛けなど。

ラッセ・ハルストレム監督だから、語り口は手堅いし、絵になるロケ地を選んでいるし、若い俳優たちも上手く使っているしで、ただし、ツボにハマっているのはいいとして、観客に思わせる感があるのと、泣かせに新鮮味がないのが惜しまれます。
一番いいのは、サウスポートの街の描写につきますね。逃げ出して、人目につかぬように隠れ住むヒロインの舞台としては、実に理想的な場所である。
彼女を執拗に追い掛ける執念深い刑事の正体が明かされるところで、収めとけばよかったのに。原作は読んでませんが、原作に沿ってそのまま引きずられて、苦手な分野まで手を広げ過ぎたきらいがある。

ヒロインのジュリアン・ハフ、ジェニファー・アニストンにちょっと似ている美人さん。DV夫から逃げてきて、妻を癌で亡くして子供を二人育てている男との出会い。彼の娘が彼女に懐いて傍を離れない。でも、息子の方は未だに母親を忘れられないでいる。そして、お隣さんという謎の女性が現れてケイティを勇気ずける。一緒に海へ泳ぎに行くと、何やら家族になった気分になる。いや、そう見えるのだ。

そして、カーニバルの喧騒と差し迫る恐怖。ケイティの夫が執拗に見つけて、彼女に襲い掛かる。そこには、彼の娘も一緒にいて、ケイティを焼き払おうと油をまいたところに花火の火の粉がつき、家が火事になってしまう。
その火事に気が付いたアレックスは、急いで駆け付ける。2階にいる娘を助け、下を見ると、彼女が夫に殴られている。

あのお隣さんという女性は、実は亡くなった奥さんだったのですね。残した家族のことが心配で、あの世に旅たてないで浮遊していたようですね。でも、自分の代わりにママになる人を娘に託して、手紙まで書いていたなんて。
最後の幼い娘を巻き込んだ火事の場面は、ふたつの事件が並行して起きて、どちらを助けるかを迫られるサスペンスになるはずが、全然そうならないのが不満。でも、やっぱり最後は、ハッピーエンドになって欲しいから、これで良かったのですね。
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