パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

シュガー・ラッシュ ★★★★

2013年03月31日 | さ行の映画
ヒーローになりたいと願うゲームの悪役キャラクターが、少女とゲームの世界を救うため活躍する姿を描く3DCGアニメ。

監督は、『ザ・シンプソンズ』シリーズのリッチ・ムーア。声の出演は、「9<ナイン> 9番目の奇妙な人形」のジョン・C・ライリー。2012年アニー賞にて作品賞、監督賞を含む最多5部門を受賞。
あらすじ:1982年に誕生したレトロなゲーム「フィックス・イット・フェリックス」の30周年パーティにも呼ばれなかった、アクション・ゲームの悪役キャラクターのラルフは、悪役でいることに我慢ができなくなり、自分のゲームを飛び出してしまう。ヒーローになるためにはゴールド・メダルが必要だと知ったラルフは、兵士のふりをして「ヒーローズ・デューティ」に侵入。ここはバーチャル・シューティングゲーム。巨大昆虫のサイ・バグを撃墜させながら、惑星の森をぬけ、99階の頂上で見事にメダルを手に入れる。

そして、ラルフはお菓子の国のレース・ゲーム“シュガー・ラッシュ”に迷い込み、不良プログラムであるためレースに出場できない少女ヴァネロペ(サラ・シルヴァーマン)と出会う。嫌われ者のラルフと仲間はずれのヴァネロペは、次第に友情を育んでいく。
しかし、ゲーム界の掟を犯すラルフの脱走は、ゲームの世界全体に災いをもたらすことになる。ゲームのキャラクターたちがパニックに陥っているなか、“シュガー・ラッシュ”とヴァネロペに隠された恐るべき秘密を知ったラルフは、ヴァネロペを救い、ゲーム界の運命を変えるために立ち上がる……。 (作品資料より)

<感想>これまでの人気ゲームを映画化した作品は数多くあったが、ゲームのキャラクターたちが一同に集まるという驚きをアイデアを実現させた本作。物語の舞台は、ゲームセンターが閉店後の「ゲーム機の中の世界」分かりやすくいうと、ゲーム版「トイ・ストーリー」ってこと。

人間たちが遊ぶゲームには「裏の世界」があり、キャラたちは自分を「演じている」という設定が超斬新です。あるゲームの悪役キャラに嫌気をさしたラルフが、別のゲームで出会った少女、ヴァネロペと絆を育む物語を軸に、さまざまなゲームキャラが大騒動!

懐かしのゲーム「パックマン」「スーパーマリオ」から、「ストリートファイター」、セガのマスコット「ソニック」まで、一瞬だけ出てくる人気キャラを発見する楽しみもあり。特に一番のハイライトは、パステルカラーな、お菓子の国を舞台にしたカーレースの場面。タイトルともなった「シュガー・ラッシュ」というカーレース・ゲームでは、プレイヤーはエントリーされたレーサーから1人を選んで走行するが、運転テク以外にも勝敗の分かれ目がある。そしてゲーム・セントラル・ステーションでは、様々なゲームのキャラが行き交うターミナル。ゲームからあぶれた“失業キャラ”もいるが、別のゲームに侵入できないように厳しく監視されている。

子供向きかと思いきや、ファミコン世代にも胸キュン!こんなゲームの裏側の世界を、映像にしてくれるなんて。自分もゲームの中に迷い込んだかのような奥行のある映像が最高です。ゲームマニアじゃなくてもストーリーに引き込まれるのは、さすがディズニー・アニメ。全世界共通の挿入歌をAKB48が担当するなど注目のポイントも満載。
しかも、短編「紙ひこうき」は繊細なモノクロ映像でつづられた、紙ひこうきが結ぶ恋物語。ディズニー短編には珍しく大人のテイストが魅力で、涙もんです。今年のアカデミー賞短編アニメーション賞を受賞。
そしてさすがディズニー、映像美とストーリーはやっぱり最高!たえまなく心に感動が駆け巡って鳥肌もんでした。ただ3Dで観なかったのが悔やまれます。この映画は是非3Dでご覧ください。
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塀の中のジュリアス・シーザー★★★★.5

2013年03月30日 | アクション映画ーハ行
ローマ郊外の刑務所を舞台に、実在の受刑者たちが演劇「ジュリアス・シーザー」を演じる中、次第に役の登場人物たちと同化していく様子を描く異色作。監督・脚本は「グッドモーニング・バビロン!」のパオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ。2012年第62回ベルリン国際映画祭金熊賞グランプリ受賞作。

あらすじ:舞台上で、シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」が演じられている。終幕に近いクライマックス、第5幕第5場。そして終演。舞台上に全キャストが集まり挨拶する。観客はスタンディング・オベイションで大きな拍手を送る。観客席がはけて、照明も消され、俳優たちが引き上げていく……。
6か月前。イタリア、ローマ郊外にあるレビッビア刑務所。ここでは囚人たちによる演劇実習が定期的に行われている。毎年様々な演目を囚人たちが演じ、所内劇場で一般の観客相手にお披露目するのだ。指導している演出家ファビオ・カヴァッリが今年の演目を「ジュリアス・シーザー」と発表。早速、俳優のオーディションが始まる。
各々に、氏名、誕生日、出生地、父親の名前を二通りの言い方で言わせる。一つ目は、国境で、奥さんに泣いて別れを惜しみながら。二つ目は、強制的に言わせられているように。最初は哀しみを、次は怒りを表現する。そして配役が決定。シーザーに、麻薬売買で刑期17年のアルクーリ。キャシアスに、累犯及び殺人で終身刑、所内のヴェテラン俳優であるレーガ。ブルータスに、組織犯罪で刑期14年6ヶ月のストリアーノ。
次々と、主要キャストが発表され、本公演に向けて所内の様々な場所で稽古が始まる。ほどなく囚人たちは稽古に夢中になり、日常生活が「ジュリアス・シーザー」一色へと塗りつぶされていく。各々の監房で、廊下で、遊戯場で、一所懸命に台詞を繰り返す俳優たち=囚人たち。それぞれの過去や性格などが次第にオーバーラップして演じる役柄と同化、やがて、刑務所自体がローマ帝国へと変貌し、現実と虚構の境を越えていく……。

<感想>映画の舞台となったのは、ローマにあるレビッビア刑務所。イタリアの中でも特に重罪人を収容することで知られる。ここでは実習の一つとして囚人たちが演劇のワークショップを行っている。たまたまそれを聞きつけたパオロ&ヴィットリオ兄弟が、彼らの芝居を観に行ったことが今回の企画の発端となったそうです。その時上演されたのは、ダンテの「神曲」の地獄篇でした。地獄でもがくキャラクターに彼らが完全に一体化している様子に強く心を打たれ、泣けてきたそうです。それで彼らと共に映画を撮りたいと思ったそうです。でも一緒に映画を撮るなら彼らを理解し、友達にならなければいけません。彼らはとても苦しんでいた。二人はいかにそのリアリティを裏切ることなく見せられるかと考え、その結果、シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」を選んだそうです。この戯曲には、彼らが実生活で知り尽くしている裏切りや陰謀などの要素があるし、暴君となったシーザーをブルータスが殺すことは、自由を求める彼らの姿とも重なるからだというのだ。
しかし、重罪受刑者たちによる刑務所内での演劇パフォーマンスとは、実に興味深い試みである。イタリアの刑務所の本物の囚人たちを起用するという趣向。上演されるシェイクスピア劇の中への囚われと、刑務所の中への囚われが重ねられというアイディアなわけだが、それで実際に1本の映画を作ってしまったことが何よりも素晴らしい。
カメラに収めるというアイディは面白いが、それを1本の映画に仕立てるにはかなりのリスクが伴うだろう。彼らがどれだけの演技ができるのか、手を入れることが許されない刑務所内での史劇の雰囲気をどう出すのか、囚人たちをまとめるにはどういう手段があるのか、だが観てみると映画はその舞台を冒頭で見せ、それからこの舞台が完成する過程を追うという構成になっていた。この刑務所にはプロの演出家による演劇実習というものがあり、1年に1度、刑務所内の劇場に一般客を招き、囚人たちの演劇を披露している。
その手法は限りなくドキュメンタリーなのだが、観ている間にそう感じることは一瞬たりともなかった。囚人たちは明らかに自分を演じており、その自分が役を演じているという、二重の演技を要求されているのだ。
こんなことが素人に可能なのだろうかと何度も目をこすったが、鍛え上げた俳優の熟練の演技だとしか認めることはできなかった。その名演は、本物の俳優が紛れ込んでいるのではと疑うほどだが、暴力性を感じさせる風貌や肉体が、やっぱりホンモノの重犯罪者だろうかと思ったりして、・・・。
劇場が修理中で使えないという設定で、稽古の風景は刑務所のあちこちで行われるのだが、これまたカメラアングルや照明が完璧で、カメラはオーディションや稽古の風景、監房で囚人たちが思い思いに台詞を予習する様子を、明暗を強調する白黒の映像で映し出す。そして実際の上演のシーンだけをカラーにして、それ以外は白黒でシャープな映像美は、とても即興的な撮影とは思えない。
監獄自体が見事な演劇空間と化し、それにしても劇場や図書室まである刑務所とは。イタリアの文化的豊かさを大いにPRする映画にもなっている。
彼らの熱演に若干むせかえる思いもしたが、芝居が終わった後の拍手喝采と、囚人たちのその後の人生がどうなったかを告げる、エンディングの字幕には感動させられました。でも彼らのほとんどが終身刑で、外へ出られる可能性はない。舞台を終了し、個室に閉じ込められた囚人の一人が、カメラに向かって“芸術を知った時から、この監房は牢獄になった”と呟く。
ブルータスを演じた囚人は、撮影前に出所していたそうで、現在プロの俳優として活躍しているという。
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明日の空の向こうに ★★★★

2013年03月29日 | あ行の映画
日本でもロングランとなった「木洩れ日の家で」で2008年サンフランシスコ国際映画祭観客賞ほか多数の賞に輝いたポーランドの名匠ドロタ・ケンジェジャフスカ監督が、詩情豊かに描く子どもたちの旅。

旧ソ連の貧しい村に生きる家も身寄りもない3人の少年が、今よりもいい暮らしを夢見て国境を越える旅に出る姿を追う。製作・撮影監督は「トリスタンとイゾルデ」のアルトゥル・ラインハルト。「ウィニングチケット -遥かなるブダペスト-」「ニキフォル -知られざる天才画家の肖像-」などの名作を日本に紹介した丹羽高史らが共同製作として参加。第61回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門グランプリおよび平和映画賞受賞作品。

あらすじ:ポーランドにほど近い旧ソ連(ロシア)のとある貧しい村。親も住む家もない幼い3人の少年は、生きるために物乞いや盗みを働き、駅舎で夜を過ごしていた。3人は、外国へ行けばきっと今よりもいい暮らしができるとの希望を胸に、越境の旅に出る。危険の多い命がけの旅を乗り越えて3人はポーランドの田舎町にたどり着くが……。 (作品資料より)

<感想>冒頭で駅の構内を走り回る少年たち、夜になると駅のベンチの下に段ボールを敷き、そこで眠る子供たち。その子供たち3人が、何故か隣の国ポーランドへ逃避行という物語。
国境線は見えない。見えないけれど厳然と存在して、ここと向こうを分けている。向こうはポーランド、ここは旧ソ連(現在のロシア)の寒村だ。パスポートどころか戸籍さえあやしい6歳、10歳、11歳の孤児たち。はっきり言えば浮浪児トリオは、物乞いとかっぱらいで何とか命を繋いでいる。もちろん学校は縁がないから読み書きさえおぼつかない。年長の子が「国境の向こう、すぐそこには、ここよりいい暮らしがある」と固く信じて踏み出した旅。

貨物列車のタダ乗り、農家の納屋泊まり、親切なトラックの荷台便乗などを重ねて辿り着いた国境は、何重もの有刺鉄線柵と監視所に守られている。深夜、3人は、空き缶をシャベルにして柵の下を掘って潜り抜け、一番怖い電線の有刺鉄線を潜り抜け、水を渡り、やっとの思いで辿り着いたポーランドの警察に、言葉もろくに通じないのに保護願いをする。
デブで中年の警察署長も同情はするものの、歴然とした密入国者を“ハイそんならご自由に何処へでも“と解放するわけにはいかない。最高の親切は彼らをもと来たところへ送り返すだけ。
ここで電話の内容で語られる「亡命」という言葉を知らないばかりに、ロシア側の警察へと引き渡される。ほろ苦いだの挫折だのなんてものではない。少年たちの冒険はすべて徒労に終わり、命の危険さえあった行動が無に帰るのだ。前回「木漏れ日の家で」(07)が不思議な感銘を与えてくれた女性監督ドロタ・ケンジェジャフスカの新作は、家族連れで観るには辛いものがあると思う。

例えば署長が見逃してくれるとか、孤児院への取り次ぎをしてくれるとか、思わぬ引き取り手が現れるとかのありがちなんてゼロなのが、いかにもポーランド映画らしい。
それにしてもポーランドの女性たちの描き方が酷い。

幼いペチャの可愛いこと、その子供にお世辞を言われて、露天商のパン売りのおばさんがパンをくれる。それに途中で教会で結婚式をあげた車を止めて、子供なのに一緒に酒を飲み、花嫁にペチャが綺麗だといい、お腹が大きい花嫁を見てきっと男の子だと褒める。気を良くしてお金を上げる花嫁。そして、警察の受付嬢のなんて仕事をしてるのかどうか、色気をふりまくケバイ化粧の女である。
道端で言葉が分からない異国の地で、子供らに馬鹿にされ、そこにいた幼い女の子がパンを手に持っている。その子が同情してかどうか知らないが、警察にパンを持って現れるのが不思議な感じがした。
少年たちに同行取材したドキュメンタリーのような展開と描写。彼らが出会うさまざまな職業の人や、様々な暮らしで国境地帯に生きる人生を垣間見せた上で、国境というものの実感をもたずに、呑気に暮らす私たちが決して味わえない緊張感を、しばしながら体験させてくれる。
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マリーゴールド・ホテルで会いましょう★★★★

2013年03月28日 | アクション映画ーマ行
高級リゾートで穏やかな日々を過ごそうとインドにやってきた7人の男女が、お粗末なホテルと現地の文化にショックを受けながらも、新しい人生を踏み出してゆく姿を描いたドラマ。

出演は「007/スカイフォール」のジュディ・デンチ、「ラブ・アクチュアリー」のビル・ナイ、「スラムドッグ$ミリオネア」のデヴ・パテル。
あらすじ:40 年間連れ添った夫を亡くしたイヴリン(ジュディ・デンチ)は、多額の負債を返済するために家を売却。そして、同居を勧める息子の誘いを断り、インドの高級リゾート“マリーゴールド・ホテル”での一人暮らしを決意する。彼女の他、このホテルに申し込んでいたのは6 人の男女。イギリスに家を買うはずだったが、退職金を貸した娘が事業に失敗してインドにやってきたダグラス(ビル・ナイ)とジーン(ペネロープ・ウィルトン)の夫婦。股関節の手術を受けようとしたミュリエル(マギー・スミス)は、イギリスの病院では半年待ちと言われ、渋々インドへ。独身者ノーマン(ロナルド・ピックアップ)の悲願は、異国の地での最後のロマンス。結婚と離婚を繰り返すマッジ(セリア・イムリー)の目的は、“お金持ちの夫探し”。以前この地に住んでいた元判事のグレアム(トム・ウィルキンソン)は、数10年ぶりに知人に会いに来たのだが、ある事情があり、迷っていた。

彼らが想像していた優雅な生活は、実際のホテルを目にして砕け散る。改装中というそのホテルを亡き父から譲り受けた若い支配人ソニー(デヴ・パテル)は、やる気だけは人一倍ながら経験不足。電話は使えず、ドアのない部屋もある。だが、既に前金を支払った7 人に選択の余地はなかった。ジャイプールの街に溢れる音と色彩、喧騒と人の数、そして暑さに圧倒されながらも、それぞれの生活を踏み出す。様々な悩みを抱えながらも、この地で過ごす時間が長くなり、互いの交流が深まるにつれて、少しずつ前に進んでゆく7人。その一方で、ホテルを復活させるために、ソニーは地元の投資家に援助を依頼。しかし、ホテルを一緒に相続した2人の兄と母親は売却するつもりでいた。こうして、インドに来て45 日が過ぎた頃、母親の説得に負けたソニーがホテルを閉鎖すると言い出す。再び人生の岐路に立ったイヴリンが巡り逢った、意外な運命とは……? (作品資料より)

<感想>「恋におちたシェイクスピア」のジョン・マッデンの群像劇は、ドラマとしての密度を問わなければ、至って軽妙で楽しい作品に仕上がっている。物語の中心となるのは、夫を亡くしたり、体を壊したり、それぞれに事情があっていイギリスを離れインドを訪れた7人のシニア世代の男女たち。イギリスの芸達者な俳優たちを豪華に配し、味わい深い人間ドラマを、ウィットとユーモア満載に、ジャイプールの街の表情が生々しくも熱気の中に焼き付ける。
ところが、高級リゾートホテルと思ってやってきた7人を待っていたのは、電話もシャワーも故障中のおんぼろホテルで、おまけに慣れない気候や風習の違いに言葉の違い、といった数々の試練も待ち受けていて、・・・ベテランのジョン・マッデン監督は、ときにはイギリス人らしいユーモア(定番のビスケット&紅茶ネタとか)も交えながら、異国の地で再出発すを図ろうとする7人の老後の人生を、優しく大らかな視点で見つめていく。
登場人物の一人が書く手紙の文面に「あふれる音と色彩、暑さと喧騒、すさまじい数の人々」とあるけれど、そんな生気あふれるインドに、くすんだ老人たちを放り込んだのがこの映画のミソで、異文化の衝突やら何やらを楽天的に処理しているからいい。演出は手堅いし、絵も見せてくれる。なるほど、インドがもたらす解放感は、年齢を問わないのだろう。

彼らは還暦を過ぎ、人生の黄昏を迎えた地点にいるのかもしれないが、それなりに肉体の衰えはあっても、内面的には誰ひとり枯れてはいないのだ。いや、むしろ、ゆっくりと自由に、身軽になっていく姿は、生命力に満ちている。たとえば、40年間連れ添った夫に先立たれたイヴリン。自分の知らないところで、多額の借金を作っていた夫との結婚生活に悔いのある彼女は、インドで初めて仕事を持ちひとりで生きてみようとする。彼女を初め、みんな、これまでの人生からさらに先へと扉を開き始める。だが、その中で元判事のグレアムが、ゲイであったこと。昔の恋人を探しにこの地に来て、嬉しい再会の後に心臓発作で亡くなる。必ずしもみな幸せな余生というには、ありそうでなさそうな設定。
長年歩んできた人生の重みと、大人の青春を生きる初々しさ、上手に年を重ねてきた名優たちが、ごく普通の人々の年輪を魅力的に体現する。それは、ジュディ・デンチ、ビル・ナイ、マギー・スミス、トム・ウィルキンソン、なんとも贅沢なビッグ・ネームが勢ぞろい。特に「007/スカイフォール」の出演の御年78歳の、ジュディ・デンチのヒロインとしての凄みぶりはどうしたことか。女っぷりとは何ぞや、なんて考えさせられてしまう。

そして「スラムドッグ$ミリオネア」のデヴ・パテルが、情熱家だが未熟な若きオーナー、青年役で明るい魅力を発揮している。インドでロケをされたという映像は、色彩にあふれてとても美しい。“最後には万事めでたし”というインドのことわざが素直に納得できるような作品だ。
だけどよくよく考えてみれば、ホテル改装後の完成イメージを、あたかも現状のようにホームページに載せてしまった劇中のインド人青年支配人。彼の言い訳と同じぐらい、都合のよすぎる話ではないか?・・・年を重ねた男女のたたずまいに頼りすぎている気がして、彼らの第二の人生という夢に乗り切れなかった。それに、日本人である私には、終の棲家としてのインドは、いくら物価が安くても願い下げである。
それにしても、人生の本番はいつだって更新されていくものかもしれない。不器用な大人たちの慎ましく、成熟したエネルギーに当てられながら、そんな希望が湧いてくる。生きるヒントにもなるすこぶる爽快な作品です。本国イギリスでは、あまりに好評につき、続編制作の話も出ているそうだけど、確かにこのコンセプトで連ドラ版とか作ってみても面白いかもですね。
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籠の中の乙女 ★★★

2013年03月27日 | か行の映画
2009年、ギリシャ、監督:ヨルゴス・ランティモス、出演クリストス・ステルギオグル、ミシェル・ヴァレイ、アンゲリキ・パプーリア。

あらすじ:ギリシャ郊外の豪邸で暮らすある家庭では、そこに住む3人の子供たちは生まれてから一度も家の外へ出たことがない。両親に独自の厳格なルールで躾けられていた。しかし、長男の性欲を処理するために女性が呼ばれたことから、家族の関係に破綻が生じていく。

<感想>ギリシャの映画なんですね。この映画も残念ながら地方では上映されなかった。それでも見てみると突拍子もない作品でしたね。父親が自分の子供たち、長男と長女に次女の3人の子供を外の世界を遮断して、家の中だけで育てている家族の話なんです。もちろん母親は子育て専門なんですが、母親も家から外へは出て行かない。だから生活必需品や、毎日の食料など、全て父親が仕事の帰りに買って帰るという。

もう、凄く異様でした。しかもそういうふうに育てている両親の思いや考えは、まったく描かれていないので、「何でなの?」とずっと気になりながら観ていました。家の中では変なことばかりしてましたね。ある単語を違う言葉に置き換えて教えていたり、つまり塩は電話、海はソファ、カービン銃は白い鳥というふうに、食事の時にはみんな正装して、あんなふうに子供を外へ出さないで育てるって、相当の金持ちか豪邸じゃないと無理かと。確かに家の敷地は広いし、プールもあって、でも家庭教師とかはつけていないし、お手伝いさんもいない。

だから、子供たちは20歳は超えていると思うのだが、世間のことを知らずに、オツムが幼い子供みたいで、毎日遊んで暮らしている。
面白いのが年頃の息子の性処理に、父親が外から女を連れてくる。ところが娘たちと仲良くなり、外の世界の情報を与えてしまい、お払いばこになって父親にビデオデッキで頭を強打されるクリスティーナが気の毒です。
そういえば、この家のみんな名前がついてなかった。それで長女が自分のことをブルースと呼んでと勝手に名前を付けた。その性処理の彼女が来なくなったので、父親は姉妹のどちらかを選べと、酷い話ですよね。ですが映画的にはB級映画っぽいシーンも、クリスティーナと息子のベッドシーンで、女性はそのままで、男性の顔が鏡に映っているところとか、いいカットが多いですね。この息子は童貞だから、どうしたらいいのか分かんないのよ。

後は後半の両親の結婚記念日のお祝いで、息子がギターを弾いてこれが上手いんです。それに合わせて姉妹がダンスをするシーン。まるで操り人形みたいな変なダンスで、姉の方が踊り狂ってちょっと危ない人になってました。それに、外へ出られるのは「犬歯が抜けてから」って、そう簡単に犬歯が抜けるか!ってね。それで、姉は外へ出たいばかりに、鉄アレイで犬歯めがけてガツンと、血だらけになりながら3本くらい抜けてましたね。外へ出たいという思い込みから、うわ~っと感情が溢れ出てくるところが切なかったです。
ラストは、その姉が父親の車のトランクの中に隠れて、翌朝父親が出勤する車で勤めている工場へと。・・・トランク開かなかったです、もしかして死んでたりして。父親がレコードをかけて、「Fly Me To The Moon」の英語の翻訳をギリシャ語で適当に、自分に都合のいいように訳して歌う、真剣な顔が印象的です。それに、最後まであの傲慢な両親は理解できなかった。
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ジャックと天空の巨人 ★★★★

2013年03月26日 | アクション映画ーサ行

天まで届く豆の木の先には巨人の国があった!イギリスで生まれた童話「ジャックと豆の木」をベースに、人間と巨人の壮絶な戦いを描く3Dアドベンチャー。監督は「X-メン」のブライアン・シンガー。出演は「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」のニコラス・ホールド。新人女優のエリーナ・トムリンスン、「人生はビギナーズ」のユアン・マグレガー等。

あらすじ:農場で働く18歳の青年ジャックは、自分の馬と引き換えに不思議な豆を手に入れる。ある雨の晩、地面に落ちた豆は急成長し、巨大な蔓がジャックの家を貫いて天空まで伸びてゆく。丁度その時、ジャックの家にいたのが、城から逃亡していたイザベル姫。ジャックは天空に消えた姫を救うため、国の衛兵エルモントやロデリック卿とともに、雲の先まで伸びた豆の木を登っていく。

木のてっぺんまで登りきった一行が目にしたのは、浮遊する空の島。驚きはそれだけではなかった。そこに暮らしていたのは、太古から生きる凶悪な巨人族だったのだ。巨人の圧倒的な力を前に、エルモントたちはなすすべもなく捕まるが、難を逃れたジャックは巨人の巣窟に潜入し、囚われのイザベル姫とエルモントを救出する。ジャックたちは無事に地上へ戻り、豆の木は切り倒された。
だが事態はそれで終わらなかった。腹黒いロデリック卿が、王家に伝わる“伝説の王冠”の魔力で巨人たちを支配し、地上の侵略に乗り出したのだ。
巨人たちは新たな豆の木を伝って、次々と地上へと降り立ってゆく。その数、じつに100体以上。迎え撃つのは、ジャックを含む少数の人間たち。地上の運命をかけた一大決戦が幕を開ける。
<感想>「ジャックと豆の木」は日本でも最も知られた童話のひとつだが、作者は不詳。元々はイギリスに伝わる昔話で、地方ごとに別バージョンもあるという。主人公は母親と二人暮らしの少年ジャック。彼が手に入れた魔法の豆は巨大な木となり、天空にある巨人の城へ伸びていく。金の卵を産む鶏、金銀財宝、ハープを盗むが、・・・というのがおなじみのストーリー。豆の木のモチーフは、漫画やゲームなどに様々な形で転用されているが、ストーリー自体をここまで大胆にアレンジしたのは今回が初めて。
やたら大仕掛けで入り組んだストーリーが主流の昨今のファンタジー映画の中、本作はとにかくシンプル。陰謀やサプライズもあるにはあるが、巨人族との真っ向勝負に的をしぼった胸のすくような展開こそ一番の魅力ではないかと。
豆の木に登って巨人と戦う話なら「豆の木」だけでいいのでは、ということではない。全体のテイストが実は「巨人たいじ」の方なのだから。巨人から逃げ回る話ではなく、ジャックが巨人たちにバトルを挑み、刺したり、絞めたり、溺れさせるわ、ぶった斬るわと前編がアクションで、全編が阿鼻叫喚というなにげに激しくも、グロイ話になっている。出てくる巨人も定番の知能が低いデクの坊から二つ頭に、魔術師と手を組む狡猾な策士までバラエティ豊かで、そんな巨人退治のエッセンスがシンプルな本作のスパイスになっているのだ。
さらに前半は「豆の木」のジャックだったのが、しだいに「巨人退治」へと成長してゆく姿も見どころの一つです。原題が「巨人たいじのジャック」であったことからも、その比重のたかさが分かる。監督はブライアン・シンガー、おとぎの世界を舞台にした本作では、正義と悪をきっちり区分けして、得意のパンチを効かせた語り口で、ダイナミックなアクションで押しまくる。
映画の目玉である巨人たちは醜悪で残忍、雑食性で人間の肉が大好物という設定。巨人に捕まった人間は、着衣のままパイ生地に巻かれて鉄板で焼かれるのだ。彼らにとっては人間などお菓子のロールパイくらいにしか思ってない。おまけに二つ頭の双生児ファロン将軍を筆頭に、どいつもこいつも血の濃そうなフリーク仕様。
後半で彼らは群れをなして地上に降り立ち、ご馳走どもを追い回すのだ。
城塞でのド派手な攻防戦など息つくひまなく繰り返されるスぺクタルは圧巻。狡猾でそれなりに知能も高いし、暴れるだけの怪獣とは一味違う頭脳プレイも披露する。
これら巨人たちは、俳優たちの表情まで取り込むお馴染みのパフォーマンス・キャプチャーで撮影。メインで暴れる二つ頭のファロン将軍は、ここ数年ファンタジー映画には欠かせない大活躍のビル・ナイが演じている。
ジャックとイザベル姫の恋物語、腹黒いロデリック卿にはスタンリー・トゥッチと、トリッキーなその腹心のコンビなどの設定に加え、人間が隠れた岩山を巨人が叩き壊したり、城門をめぐる攻防戦、これはユアン・マクレガー扮するエルモントの大活躍。城内での追いかけっこに、ラストバトルの戦法など見どころ満載で面白かった。
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キック・オーバー  ★★★

2013年03月25日 | DVD作品ーか行


メル・ギブソン(「復讐捜査線」)主演のアクション。マフィアから大金を強奪して逃走中に警察に捕まり、無法者たちが幅を利かせる刑務所に送り込まれた男が、大金を取り戻して脱獄を図ろうとする。
「アポカリプト」の助監督ほか、メル・ギブソン作品などでキャリアを積んできたエイドリアン・グランバーグの長編監督デビュー作。
あらすじ:マフィアから大金を強奪した通称“ドライバー”(メル・ギブソン)は、国境を越えてアメリカからメキシコへ逃亡を図ったものの、失敗。逮捕されて送還された先は、史上最悪の刑務所“エル・プエブリート”だった。

そこは、金さえあれば酒も女も手に入るが、一歩間違えば命を落としかねない常識もモラルも通用しない世界。ここでドライバーは、凶悪な囚人、マフィア、悪徳所長、地元警察など、有象無象の輩を敵に回すことになる。狙いはもちろん、彼が盗んだ大金。果たしてドライバーは、大金を取り戻して無事に脱獄することができるのか……?

<感想>地方では上映されなかったので、レンタルが待ち遠しかった作品。最近はメルギブには、私生活面でがっかりさせられましたが、それでも彼の映画は必ず観ている。この作品は、前回の「復讐捜査線」よりもコメディ仕立てで、まるで「リーサル・エポン」のようなメルギブ。冒頭からピエロの姿をして犯罪王(ピーター・ストーメア)から大金を強奪し、逃亡中のドライバー。ライアン・ゴズリングばりのドライバー・テクニックで逃走し、メキシコ国境の塀を乗り越えて敢え無く御用となる。

投獄された先は、メキシコいちハードコアな刑務所へ入れられ、極悪犯罪者のみならず、その家族や貧乏人も生活する、デンジャラスかつルール無用の暗黒コミュニティだった。ドライバーはそこで刑務所を牛耳るギャングに目をつけられ、彼に金を盗まれたギャングに命を狙われるのだが、・・・。
この作品の内容が、「元妻と相棒に裏切られた犯罪者の主人公が、復讐を誓いつつ奪った大金に翻弄される」という展開からして、メキシコを舞台にした1999年の「ペイバック」の続編と言ってもいい。

まぁ「ペイバック」に比べると、低予算ゆえに圧倒的にチープでスケールダウン。キャストは無名揃いだし、とはいえ、本格的に復活した俳優メル・ギブソンが、目をぎらつかせながら、ワイルドにアクションをかましつつ、同時に飄々と円熟の余裕を見せつける勇姿に、かつてのファンには手に汗を握りながら、ガッツポーズをすること間違いなしです。
MAXマッド野郎の狂気とバイオレンスの、片鱗も垣間見ることができて嬉しい限りですね。ただ、非現実的でシュールな刑務所の空間設定は面白いのだが、全体的に陽気でからっとしており、要素を詰め込みすぎで、話が混沌としすぎなのだ。

エル・プエブリート刑務所内の少年と仲良くなり、その少年の肝臓を刑務所を牛耳るギャングに移植するという、ワケあり少年。つまりそのギャングの血液が特殊なDNAで、適合者がその少年だというのだ。持ち前の正義感から、その少年の命を守るメルギブのアクション全開のシーン、年はとってもキレのあるアクションに拍手喝采と言いたいところだ。
欲を言えばテンポも悪く、ポイントが絞り切れていないのが問題なのだ。まぁ、これもメルギブが悪役を演じる次回作の「マチェーテ・キルズ」への実験的助走ということなのだろう。
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東ベルリンから来た女 ★★★

2013年03月24日 | は行の映画
緑萌える夏の海辺の町を舞台に、決別に身を引き裂かれるニーナ・ホス扮する、ヒロインの葛藤に焦点を当てる。監督は、東ドイツからの逃亡者だった両親のもと、西側で生まれ育ったクリスティアン・ペッツォルト。

エリートコースを歩んでいたはずの女医が、田舎町の病院に左遷されてやってくる。バルバラには、シュタージが常に目を光らせ、彼女の上司アンドレも監視、報告義務を課せられている。その背後に何があり、彼女はこの後どんな運命をたどるのか。それがありきたりのドラマのようにではなく、まるで観客をその場所、その時間に招き入れるように描き出されていく。

そんな孤立無援の状況下、孤高の態度を崩さず、同僚と群れない一方で、矯正収容施設から逃げてきた傷ついた少女に対してバルバラは、母親のような優しい顔をのぞかせる。アンドレは、彼女の医師としての手腕、そして女としての魅力に惹かれてゆく。また見る者も、優秀かつ献身的な医師としての務めと、シュタージの目をかいくぐり、官能的な森での束の間の恋人との逢瀬や逃走資金の受け渡しなど、息を殺して計画を準備するバルバラの二重生活に引き込まれて行く。

<感想>女医の東独脱出をめぐるサスペンス。なのだが、情報を事前に説明せず、ヒロインの行動を追っていくうちに、状況がつかめてくる。陰鬱な色彩の中、彼女が風に逆らうように自転車を走らせるのが、わけもなく素晴らしい。
出てくる女もそっけないが、作中の男にだけでなく観客にも無口だ。一人でバスを待ち、バスは来ないと言われ、男に車で送ってもらい、家の前でなく途中で降りながら嫌そうに礼をいい、越してきたばかりの家の地下で、ボロい自転車をみつけるまでで、何故かもう引き込まれた。
タイヤのチューブを浴槽につけてパンクの箇所を見つけ出す。ぷくぷくと浮かび上がる泡が寡黙な主人公の代わりにしゃべり出したようだったが、次の場面でもう女は自転車をこいでいた。自分で修繕したのだ。
そういう省略が気持ちいいが、一方でこの映画は省略のなさもいい。それと音楽、サウンド・デザインは映画にとって重要な要素だと思う。この作品の音が、目に見えるもの以上に囁きかけ、画面外の世界、それは旧東独からは見る事ができなかった西側にも繋がる予感をさせる。バルバラは住む家に横づけされる車の音、西側の逃亡資金が隠された十字架が立つ森の奥のそばで聞こえる海鳥の鳴き声、・・・それらが気配によって、再統合前の東独を構築し、ヒロイン=バルバラが住む世界と時間を観客自身のものとして感じさせる。

似た景色の中、大事なポイントには十字架が立っていたり、筋や人物を見失わせない工夫が随所にある。主人公の内面もシンプルで、苦悩したり何に直面しているのかも、とても分かりやすくて助かる。噛み砕かれているような感じがするのは、監督が上手いっていうことだろう。
亡命を企てる女を秘密警察が嗅ぎ回り、観客にはサスペンスを与え続けるが、敵であるその警察も弱く見える。乗り付ける自転車が彼女の身の丈合わずなんとも遅そう。だが、秘密警察の男も、妻が病に侵されている弱い立場であることを分かりやすく描いている。
女を見守る男の見守りぶりも、二人の距離の縮め方もちょうどいいし説得力もある。ラストも綺麗に決まった、非常に優等生的な映画ともいえるけど、嫌味に感じないのは、そういう作りの手前に絵があるからだろう。
強風の中、自転車をこぐ絵だけで格好いい。一両編成の電車の迫る踏切を自転車で越えて、車両に近づき、自転車を降りてその電車に乗ったことになんだか驚いた。
そっけない題名の邦題も悪くないが、原題どうり「バルバラ」というタイトルで良かったのではと個人的に思った。原題は主人公の名前「Barbara」

この映画は、東ドイツには秘密警察なるものがいてこれが恐い。秘密警察の出てくる映画では、名作フロリアン・ヘンケル・フォン・ドーナスマルク監督の「善き人のためのソナタ」(06)があるが、この作品ではまた違った角度から時代の真実を描いている。脚本にもう一歩踏み込みが不足した感があるものの、主人公である女医のバルバラを演じるニーナ・ホスがセクシーだ。ナスターシャ・キンスキーやエマニュエル・ベアールにも似た彫りの深い美貌と、大粒な情熱の瞳、キリリトした意志の唇、そして辛酸をなめて成熟した肉体が際立っている。おまけに金髪だし。
そしてバルバラが田舎道を自転車で走る姿がとても魅力的です。こんなシーンを見るだけでもこの映画を見る価値は充分にあると思う。何かを見つめるニーナの目がいい。
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グラバーズ ★★★

2013年03月23日 | DVD作品ーか行
まるでスピルバーグが作り忘れたかのような傑作! ! -EMPIRE離島の酔っ払い老人VS謎の巨大触手モンスター! 海外のメディアで大絶賛! 012年サンダンス映画祭公式出品作。

【STORY】平和なアイルランドのある島の漁村。突然、空から奇異な物体が落ちてきた。次々と行方不明になっていく人々。砂浜に浮かび上がったクジラの死骸。一体何者の素行なのか。地元の警察は捜査に乗り出すが、犯人として浮かび上がったのは、とんでもないモノだった!
この宇宙モンスターに島人たちは戦いに挑むが・・・。島の飲んだくれ老人たちが中心となり、導き出した奇抜な退治法とは?
【CAST】リチャード・コイル (「プッシャー」「サブリミナル」)
ルース・ブラッドリー (「イン・ハー・スキン」)
ラッセル・トビー (「Him & Her」)
ブロナー・ギャラガー (「マリス・イン・ワンダーランド」 )
【STAFF】監督:ジョン・ライト
<感想>だいぶ前に観たのだが、結構面白かったのでレビュー。アイルランドの離れ島、エリン島を舞台にしたオフビートなSFコメディ。一人あたりのビールの消費量が世界第二位のアイルランドらしく、巨大触手モンスターは酔っ払いに弱いという、「何だそりゃ」な設定や、間抜けな登場人物たちなど、ツッコミどころが満載。だがモンスターとの死闘には意外にハラハラさせられ、笑いとスリルのバランスが絶妙です。
島民たちは知り合いが行方不明になろうが、死体で発見されようが、この島の住民はとにかく呑気ものばかり。牧師の説教もおかまいなし、酒が飲めればすべてOK。おおらかにも程があるんじゃないの?・・・。この事実を知っているのは美人刑事と島の警官オシェさんに、漁師の仲間たち数人だけ。このことを島民たちに話したらパニックになってしまう。これは一大事と本土へ応援を頼むも、嵐が接近して船が出せないというのだ。
島に1軒だけあるバーに集まって、嵐の夜、夜どうし酒を飲む島民たち。酒の飲めない人はどうするんだろう。それに子供たちは、って出て来ません。ただ酒飲めるって喜ぶ島民たち。それが全員酒好きなのんべいなのだ。応援の美人刑事のリサさんもヘベレケに酔っぱらって、階段から落ちても平気なんて。どうやら島の警官オシェとは仲がよさそうで、最後の巨大モンスターとの戦いでは、オシェが重機を使って戦うシーンも。
狂暴なエイリアンの弱点はなんと酔っ払い!酒を飲んだ人間の血を吸うとぐったり&リバース。ちなみに酒をぶっかけてもノー・ダメージなのだ。血と酒が混ざらないと死なないというから。巨大モンスターは、蛸のような触手の中心には口があり、そこから伸びる長い舌で獲物に吸い付き、血を吸うわけ。その口の中へテキーラを流し込む、銃弾よりも効きそう。だが、巨大モンスターは島の入り江に卵を産み付け、嵐の夜にその卵が孵ってその数の多いのなんの。バーの1階部分はそのモンスターの子供たちが大騒ぎ、このシーンって「グレムリン」に似ていると思った。しかしその子供ってまるでイソギンチャクのような感じで可愛いっていえばそうかも。その子供を電気くぎ打ち機でバスンバスンとカウンターに撃ちこむ女刑事。
ラストで嵐の夜も去って、夜明けとともに晴天、一難去ったと思ったら、・・・のラストシーンでは、入り江にまだ卵がたくさんあるのだ。これって続編を思わせるB級SF映画の王道ですよね。
SFへのオマージュがあちこちに。チープを極めた巨大モンスターの造形は「トレーマーズ」を彷彿とさせる。舞台設定は、「巨大生物の島」など50~70年代のハナレ島パニック映画だし、そんなSFオマージュにアイルランドの国民性を絡ませ、オリジナリティあふれる作品に仕上がっている。
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エンド・オブ・ザ・ワールド ★★★

2013年03月22日 | あ行の映画
小惑星の衝突による人類滅亡の危機が迫る中、かつての恋人に会いに行こうとする中年男と隣人女性の奇妙な旅をユーモアに包んだ温かなタッチで描く。

出演は「ラブ・アゲイン」のスティーヴ・カレル、「危険なメソッド」のキーラ・ナイトレイ。監督は、「キミに逢えたら!」などの脚本も手掛ける女優のローリーン・スカファリア。
<感想>1月に東京で公開されたのに、地方では3月16日から上映。やっとミニシアターで観られた。人類が滅亡すると分かった時、人はどうするのか、平凡な市民のその時の行動を描くコメディー。原題は「SeeKing a Friend for the End of the World」=(世界の終りに友人を探す)とありましたが、邦題はそのまま「エンド・オブ・ザ・ワールド」。

世界が終わりを迎える絶望的な状況において、人々は嘆き自殺したり、乱痴気パーティを繰り広げたりして暴動を起こす。人間さまざまだが、狂乱して銃を持ち出し暴動を起こすのには迷惑千万。モラルも秩序もなくなる嘆かわしさ。ここで描かれる世界の終りは、TVの映像で映される地球の最後のカウントダウンのみ。飛行機はフライトを中止し、列車もだめ、車で自分が最後の死に場所へと移動するのみ。
その主人公ドッジは、普段通りの生活で下の階のペニーが泣いているのを慰めてやる。それが家出した妻が浮気をしていたことを彼女から知らされ、動揺して夜の公園で自殺を図るのだが死ねなかった。翌朝目覚めた彼の傍に一匹の犬が、この犬が二人と共に一緒に運命を共にするのだが。
主人公ドッジには最近コメディ俳優として売れているスティーヴ・カレル、そして、キーラ・ナイトレイがコミカルな演技で相手役をつとめる。最近のキーラはどちらかというとあまり美人には見えない。「危険なメソッド」でもスッピンでの精神病患者を演じたが、今回も顎がしゃくれた状態の話し方や化粧にもよるのだろうが、綺麗じゃないのだ。

それでも主人公ドッジは、ペニーがどうしてもイギリスの両親のもとへ帰り最後を迎えたいと希望するのを叶えて上げたいと奔走する。ドッジの方は、ペニーの所に配達された、かつての最愛の女性オリヴィアからの手紙を読んで、彼女の元へ行こうと二人で出発する。こんな時に何か思い出の品物を持ち出すのだが、ペニーはお気に入りのレコード数枚を持ち出す。ドッジはハーモニカひとつ。
それから2人は、飛行機を所有している父の家までロードムービーとなるのだが、こんな状況でも旅で出会うのはちょっとおかしいけれど気のいい人ばかり。ペニーの車はハイブリットカーでトヨタのプリウスなのだが、電気自動車ではない。車のガス欠で仕方なく歩き、ヒッチハイクを心みると親切なおじさんがトラックに乗せてくれた。そのおじさん、実は殺し屋に自分を殺すように依頼していたのだ。若い二人を殺し屋と勘違いして、でもそうでないと分かると陽気になって、でも殺し屋の銃弾がおじさんを射殺する。

これにはちょっとびっくりしたが、とりあえず二人はそのトラックでサマセットまで走る。途中で寄ってレストランでも、陽気なオーナーや従業員に客たち。そこでペニーが今日はドッジの誕生日だというと、みんながお祝いしてくれるのだが、ハッパを吸っているので破廉恥騒動。そこを出て車でキスをする二人。なんだかんだ言ってもペニーもドッジに気があるようだ。
ペニーの運転で走るのだが、すぐにパトカーに捕まってしまう。ハッパを吸っているドッジとペニー、バレるとやばい。それに無免許だし留置所へ入れられる。ここで一晩過ごして釈放されるも、車は没収されてしまった。ペニーの知り合いの家へ行くも、その人は黒人で昔付き合っていたみたい。家の中には数人の友達が酔っぱらっている。車を借りてまた省エネの小さな車だ。サマセットのオリヴァへ到着するも、彼女は留守だった。赤ちゃんが生まれて幸せそうな写真が飾られている。

外へ出て父親のいる場所まで、途中でぞろぞろと集団移動する人たち、みんな海へと向かって歩いている。浜辺でキャンプしたりここで最後を迎える者もいる。そしてドッジの父親の家へと、25年ぶりの再会。ドッジが幼いころに父親は蒸発したのだ。マーティン・シーンが父親役をしていた。3人で食事をして、父子でハーモニカを吹きそうこうしているとペニーが疲れて寝込んでしまった。

父親がペニーを抱いて飛行機に乗せて、イギリスの両親のもとへと出発。ドッジはどうするのだろう。父親と最後の時間を過ごすのか?・・・いや、また自分のアパートへ逆戻りだ。ペニーの部屋でレコードを聴いていると、そこへペニーが帰ってくる。最期だからこそ、愛する人と一緒にいたいのだ。両親よりも、ドッジの方を選んだペニー。二人は抱き合いレコードを聴きながら、爆発音と窓の外に閃光が、この世が終わる。別に惑星が地球に衝突するところを映像では見せませんが、前に観た「メランコリア」や「4:44地球最期の日」のような構成。それでも十分すぎるほど伝わってきます。あなたなら、そんな日が近づいたら誰と、どこで終わりの日を迎えますか?・・・。考えさせられました。
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ロンドンゾンビ紀行 ★★

2013年03月22日 | ら行の映画
原題:Cockneys vs Zombies 2012/イギリス 上映時間88分
監督:マティアス・ハーネー製作:ジェームズ・ハリス、マーク・レーン
脚本:ジェームズ・モラン出演:アラン・フォード、ハリー・トレッダウェイ、アラン・フォード、オナー・ブラックマン、ミシェル・ライアン、ラスモス・ハーディカー

あらすじ:不況のため祖父が入居する「ボウ・ベル老人ホーム」が、閉鎖されることになったテリー(ラスモス・ハーディカー)とアンディ(ハリー・トレッダウェイ)は、事態を打開するため銀行強盗を企てる。しかし、強盗を決行し、なんとか金を手に入れたその時、なぜか町中にゾンビがあふれだす。老人ホームにもゾンビの群れが迫り、兄弟は祖父を助けるためゾンビ退治に繰り出すが……。
<感想>東京では1月に公開された映画。地方ではやっと3月16日から上映。何だかこうも世知辛い時代になると、ゾンビにしてしまえば老若男女殺してもOKなゾンビ映画。老人たちの大量殺戮映画である本作は、ゾンビ化したフリーガンたちの乱闘や二階建てバスでのゾンビ網突破など、同じロンドンが舞台の「ショーン・オブ・ザ・デッド」の影響を強く感じさせるものの、コメディとホラーのさじ加減はちょうどいい感じ。

ダッシュするゾンビが当たり前になっている昨今、動きの鈍いロメロ・ゾンビを使って、スリリングな場面を作り上げるのは少々難しいのかもしれない。でも、もし襲われる側の人間が老人だったら?・・・。
冒頭で建築現場で偶然発見される、古代遺跡。工事作業員が恐る恐る入ると、なにやら後ろでうごめく影が。映画は銀行を襲撃した兄弟一行と、ホームに籠城した老人たちのドタバタを並行して描いている。
どうしてもこうも西欧人に限らずハリウッド映画ではゾンビが好きなのか。動きが鈍くうすのろゾンビと、武器といえば丈夫な歯ぐらいで、どうみてもおマヌケのかたまり。人間が重火器を総動員しているのに、何度やられても反省することなく、石すら持たない無防備状態。跳ぶどころか走ることさえ出来ないまるで西洋キョンシーみたいだ。でも、赤ん坊ゾンビには驚いた。
それよりさらに歩みの遅い歩行器老人の追いかけっこなど、笑わせると同時に、ハラハラさせる場面が用意されている。老い先短い自分たちが犠牲になるのではなく、寿命をまっとうするために容赦なく親しかった介護士や、若者を機関銃で射殺する生命力が素晴らしい。お上なんぞに頼らず自分たちの手で、街や仲間、命を守ろうとする老若男女どもの気骨も痛快である。
個人的な好みから言えば、ありふれたボンクラ兄弟のサバイバルよりも、老人ホームの籠城劇にもっと時間を割って欲しかったところだが、老人よりもティーンにスポットを当てた方が観客には喜ばれたのに。
監督のマティアス・ハーネーは、カンヌ国際広告祭金獅子賞を受賞した経歴を持つコマーシャル出身の新鋭。ホラー映画の魅力はエンタテイメントのなかに、社会的メッセージを盛り込むことができることだと語っており、本作におけるゾンビ襲来は、ロンドン・イーストエンドの伝統が再開発によって失われている現状を象徴しているんだとか。
ただ、それに抵抗するのが短絡的すぎる銀行強盗兄弟や、頭に金属プレートを埋め込んだ銃密売屋ってどうなんだろう?・・・。まぁ、この手の映画は、ゾンビの動きの遅さと、老人の緩い動きを競わせてサスペンスあふれる爆笑シーンを作ったのだろうが、老人ホームの爺さん婆さんのガンマンも、かっこいいというほどにはならず、全てが不燃焼気味で残念な結果になっている。
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愛、アムール ★★★★

2013年03月21日 | あ行の映画
パリの高級アパルトマンで暮らす音楽家の老夫婦の姿を描いた『愛、アムール』。

監督・脚本は1942年生まれで70歳のミヒャエル・ハネケ。前作『白いリボン』に続き本作と2作品連続でカンヌ国際映画祭のパルムドール(最高賞)に輝く快挙を果たした。本作は米アカデミー賞やゴールデン・グローブ賞の外国語映画賞を受賞するなど数々の賞を受賞する話題作である。
妻を自宅で献身的に支える夫ジョルジュを演じたのは1930年生まれで82歳の「暗殺の森」のジャン=ルイ・トランティニャン。ハネケ監督はトランティニャンが演じることを前提に脚本を書いたという。「彼なしではこの映画を撮らなかった」と語るほどだ。妻アンヌを演じたのは1927年生まれで85歳の、「二十四時間の情事」のエマニュエル・リヴァ。米アカデミー賞では主演女優賞に史上最高齢でノミネートされた。
注意:内容がネタバレになっているのでご注意ください。

<感想>アカデミー賞の外国語映画賞を受賞した作品。パリ中心部に建つ重厚なアパルトマン。しかしその全景は最後まで映されることはない。部屋は決して広くもなく豪華でもないが、隅々まで主の神経が行き届いた美しい空間である。調度品の一つ一つも、本棚をびっしりと埋める本も、絶妙なあんばいで配置された数点のアンティークな壁の絵も、静かで落ち着いた部屋の空気に見事に溶け込んでいる。そして、主役のポジションを占めるのは一台の艶やかなピアノ。それは貴婦人のごとくに存在し、あたりを支配しているかのようである。
ここに住むジョルジュとアンヌ夫妻はともに音楽家だが、すでに80歳を超えて現役から退いている。
ピアノ教師だったアンヌの愛弟子である若手ピアニストの演奏会が開かれたシャンゼリゼ劇場に二人で出かけ、帰宅したところから物語はスタートする。二人とも演奏には満足した様子だが、その興奮に冷水をかけるようなことが起こった。重厚な玄関のカギ穴を誰かがこじ開けようとした形跡を見つける。怖くて死にそうという妻のアンヌに、せっかく気分のいい夜だから忘れようという夫。
そして画面は真っ暗になり、何故か長く感じるくらい続き観客が不安になる。やがてジョルジュの声がして二人がベッドで寝ていることが分かるのだが、ジョルジュはアンヌの異変に気づき「どうした」と声をかけるが、アンヌは「なんにも」と答える。そして悲劇の始まりとなる朝を迎える。この暗闇にさえぎられて、妻アンヌの様子が目に見えなかったので、どう解釈していいやら。

それにしても、ハネケといえば、人間の非情、邪悪、弱さを冷徹に観察する難解な監督として知られるけれど、これは、これまでとちょっと趣が違う。恐怖の描写はミヒャエル監督の得意とするところだが、本作での怖がらせ方は、ホラー映画顔負けのえげつなさすら感じさせる。プロローグでいきなり息絶えているアンヌの姿を見せることからして意表を突き過ぎという感じがしないでもないが、こういう手法が実は本作を巷にあふれる老老介護の残酷物語と一線を画すところなのだと分かってくる。つまり、状況を説明するものではなく、芸術的に描かれた感性の物語なのだと。

パリのアパートで穏やかな老後を送る音楽家夫妻のゆったり流れる日々は、ある日突然妻の発病により暗転する。手術は失敗に終わり、半身不随となった妻を自宅へ連れ帰り、「もう決してどこにもやらないで」と懇願する妻に、「病院へは二度と入れない」と約束する夫。ジョルジュにとって神の言葉となったが、しかし、神はジョルジュに耐えがたい試練を与えるようになる。
初めは静かに本を読んでいるおとなしい病人であったアンヌは、病気の進行と共に容姿はやつれ、自制心を失くしていくのである。苦しげにうめき声を上げるアンヌは、ジョルジュにとって見慣れぬ生き物、無礼な侵入者に他ならない。老いの美しさを感じさせたアンヌが、老いの醜い塊となってジョルジュに襲い掛かってくる。この残酷な描写こそ、これがハネケだと言わざるを得ない。その介護生活の繊細な起伏を映画は、夜の寝息や水滴の落ちる音さえも見逃さぬかのように丹念に見つめていく。
やがて心身は極度に衰弱してゆき、言葉も発せず、もう終わりにしたいとつぶやく妻に、夫はなだめるかのように夢うつつに、懐かしい少年時代の思い出を淡々と語り続ける。夫がタバコを吸うために開け放した窓から入ってきた鳩を、毛布で覆いこんでしまうシーンも印象的で、これが最後の妻に対する伏線となっているんですね。

妻を枕で圧迫死させた翌朝、かつての朝のように、妻が朝食の支度をする音がドア越しに聞こえてきて、夫は目覚める。台所へ恐る恐る入っていくと、いつものように妻は皿を洗っていて、夫に靴を履きコートを着て出かけるように笑顔で促す。用意を整えた二人は玄関の扉を開け、家の外へと消えてゆく。
断崖の淵をすれすれに衰弱しきった体で立ちつつ、死と向き合い続けなくてはならない二人の姿は、見る者すべての未来と重なってくるはずです。病い、孤独、衰え、痛み、滅び、・・・人生の終わりに洪水のように押し寄せてくる厄介で、複雑な問題と直面した時、自分ならどうするだろうか。

自分の愛する者がそのような事態になった時、どう対処するだろうか。一人娘は出てくるのだが、自分で引き取り母親の介護をしようとは言わない。病院か施設に預けるように父親に言うだけ。
映画の中で夫を演じるジャン=ルイ・トランティニャンと、妻を演じるエマニュエル・リヴァ。二人の名優により繰り広げられる物語は、容赦なく息もつかせずに、終りまで突っ走ってゆく。
ミヒャエル・ハネケ監督がこの映画を作ったのは、同様のことが彼の家族にも起こったからだという。しかしそのような残酷さや、悲惨さにもかかわらず映像は慎み深く、清く新しさを失うことはない。
主人公の愛の究極の形を、私たちは認めるわけにはいかないのだが、そこには私たちを考え込ませずにはおかない、老老介護の重い問いかけがあると思った。
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オズ はじまりの戦い 3D★★★★

2013年03月20日 | アクション映画ーア行
世界的に愛されているライマン・フランク・ボームの『オズの魔法使い』。その中に登場するオズが魔法の国で偉大なる者となる前の姿を描いた冒険ファンタジー。

監督は、2002~2007年に制作されたトビー・マグワイヤ主演「スパイダーマン」シリーズや「死霊のはらわた」など幅広い層から支持を集めるサム・ライミ。出演は「猿の惑星:創世記<ジェネシス>」「127時間」のジェームズ・フランコ、「ステイ・フレンズ」「ブラック・スワン」のミラ・クニス、「マリリン 7日間の恋」「ブロークバック・マウンテン」のミシェル・ウィリアムズ、「ナイロビの蜂」で第78回アカデミー賞助演女優賞を獲得したレイチェル・ワイズら豪華なキャスト陣が集結。

あらすじ:カンザスの若き奇術師オズ(ジェームズ・フランコ)は、ありきたりではなく、偉大な人間になることを夢見ていた。ある日気球に乗り込んだところ、竜巻に巻き込まれてしまう。そしてたどり着いた先は、筆舌に尽くしがたいほど美しい魔法の国・オズだった。
しかし降り立ってみると、オズの国は邪悪な魔女が支配し、苦しめられている民たちは偉大な魔法使いオズが国を救うとの予言を心のよりどころにしていた。オズはその魔法使いと同じ名前であるため誤解されてしまい、西の魔女セオドラ(ミラ・クニス)の案内で、彼女の姉である東の魔女エヴァノラ(レイチェル・ワイズ)の住むエメラルド・シティの宮殿へ行く。

二人の美貌と財宝に目が眩んだオズは、自分が単なる奇術師であることも忘れて、南の悪い魔女を倒せばこの国の王になれるとのエヴァノラの言葉のまま、翼の生えた猿・フィンリーとともに南へ向かう。道中、悪い魔女により破壊された陶器の町を通るオズ。孤児となった陶器の少女と出会い、邪悪な力により虐げられた様を目の当たりにしたオズはほのかに使命感を芽生えさせる。
ついに南の魔女グリンダ(ミシェル・ウィリアムズ)のもとまで来たオズは、グリンダの清らかな美しさと優しさに魅了される。グリンダから一片の邪悪さも感じられなかったオズが疑問を持ったとき、魔法の国の秘密が明らかにされる……。

<感想>この映画の原点に、サム・ライミが本作品で描くのは、ドロシーたちが会いに行く偉大なる魔法使いオズがまだ若かかったころの物語。カンザス育ちのサーカスの奇術師オズが、どのようにしてオズの国の偉大な魔法使いになったのかが描かれていく。オリジナル版へのオマージュとして、それゆえ基本的には39年の映画と同じオズが住む都市エメラルド・シティの遠景や黄色いレンガの道など、39年版の印象的なアイテムが登場する。

それは主人公がオズの国に着いた途端に、極彩色の巨大な花に遭遇するのは、2作とも同じだが、39年のと違い本作では花弁の触感がみずみずしく、その上植物は楽器でもあって自ら音楽を奏でるのである。

実はストーリーの根幹も39年版と同じで、主人公オズは、ドロシーの旅の道ずれである知恵が欲しいカカシ、心が欲しいブリキの木こり、勇気が欲しいライオンと同類なのだ。彼らはみな、自分に欠けていると思い込んでいる資質を本当は持っていたことを発見し、その資質が発揮できるようになる。2作ともその意味で同じ物語になっていると思う。

また演出も共通点があるのだ。39年作には、カンザスシティの人物を演じた俳優たちが、オズの世界で別の登場人物を演じるという仕掛けがあったが、この作品でも同じ仕掛けがある。そして、主人公が使命を果たすための旅に、人間ではない者たちが同行し、主人公の行動に影響を与えるというのも39年版と同じ。オズの旅には、翼を持つ猿と、陶器製の少女が同行する。さらには同じアイテムや台詞が続々と。

サム・ライミだけに屈折した毒っけがあるかと期待したが、さすがにそこは厳格なるディズニーブランドの基準に従い、文字通りのソフトなお子様向けメルヘンに仕上がっている。だが、魔女たちもさほど魅力はなく、3人揃って小さな陶器の少女に食われてしまったようだ。彼女の可憐さがいい。
水晶球やケシの花畑など共通アイテムが登場するたびに、これは39年版と同じ神話の再生なのだと感じさせる。オマージュと言えば、映画の誕生への敬意を盛り込んだシーンも随所にあり、初期のアニメーション映写装置プラキシノスコープが登場したり、オズが映像装置の原型を発明したエジソンを「彼こそ魔法使いだ」という場面もある。オズの最後の大仕掛けも映画の原理を使ったものですね。
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ひまわりと子犬の7日間 ★★★

2013年03月19日 | は行の映画

宮崎県の中央動物保護管理所で起こった実話をもとに、犬の親子と管理所職員の絆を描いたドラマ。山下由美の「奇跡の母子犬」(PHP研究所刊)を原案に、平松恵美子監督が脚本を執筆。

主演は堺雅人、ヒロインに中谷美紀。他にでんでん、若林正恭(オードリー)、小林稔侍、夏八木勲、草村礼子、左時枝らが共演している。
あらすじ:宮崎県の保健所に勤める神崎彰司は、妻に先立たれ、小学生の娘と息子、母親の4人で暮らしている。彼の仕事は、動物保護管理所に収容された犬の世話をしている。期間内に引き取り手がない犬を殺処分する役目を担っている。

神崎は一匹でも多くの犬を助けようと、日々里親探しに奔走しているが、助けられない結果も少なくない。その事実を知った娘は、父親に反発をするのだ。そんなある日、神崎は母犬と3匹の子犬を保護する。子犬を守ろうとする母犬は、ひどく狂暴化しており、このままでは里親を見つけても引き渡すことができない。神崎は母犬の気持ちを安定させて、母子犬の命を守ろうとするのだが、・・・。(作品資料より)

<感想>本作で監督デビューを果たした平松恵美子さんは、山田洋次監督との共同脚本を多く手掛けてきただけに、雰囲気だけでなく人間ドラマがしっかりしている。実話を基にした愛犬映画は珍しくないが、飼育放棄された野良犬の殺処分というリアルな問題に、きちんと向き合っているところがいいですね。セットと思われる保健所の中、打ちっぱなしコンクリートで造られた部屋の中で、迷い犬や野良犬を保護するための檻が10.そこかしこにバケツや棚、モップなどが置いてあり、床は水で流したあとがあり、清掃のあとの設定なのだろう。檻の中からは長年しみ込んだ犬の臭いまで漂ってきそうだ。

物語の中心となる母子犬、神崎が優しく餌やりのため檻の中へ入っていくも犬に腕を噛まれる。だが母犬を刺激したと思い耐えながら犬との交流を図ろうとする。この母犬を演じているのが、イチという「マリと子犬の物語」にも出ていた名優犬なのだ。神崎が懸命に子犬を守ろうとする母犬が、頑なに人間を拒絶する。そうこうしている内に季節は冬になり、保健所の中は凍えるような寒さに。そして子犬がⅠ匹死んでしまう。神崎は家から毛布を持ってきて、寒さ対策として母子犬に掛けてやる。
神崎が期日を密かに延ばして、母犬の心を開こうとするが状況は一向に改善されず、処分決行の期限が迫ってくる。この母子犬のためにだけ温情をかけるということは、本当はやってはならないことなのだろう。しかし、「奇跡の母子犬」という原案が、この映画の核となっていることなので仕方がないと思う。

人間を威嚇していた母犬と保健所の職員の心が通じ合うシーンには、何故か自然に涙が出た。動物は人間が優しく愛情をかけてあげれば、きっと応えてくれるはず。それと、堺雅人さん、いつ見ても演技が上手いのに感心です。ともすれば暗くなる物語も、若林さんやでんでんさん、それに小林稔侍さんのユーモア交える演技に和まされ、一人でも多くの人たちが捨て犬に理解を示してくれることを願ってやみません。
野良犬を保健所で預かる期間は7日間で、その後はガス室で殺処分される。このシーンも可愛い子犬がその預かり期間が来て、神崎が涙を浮かべながらワンコの好きな魚肉ソーセージ、最後のおやつとして食べさせる優しさ。檻の中へ入れられると暗くなり、犬の悲しい声が聞こえる。これには涙が出て止まりませんでした。確かに野良犬を野放しにしておくと、人間が噛まれた時に狂犬病という恐ろしい病気にかかるわけで。だからと言って、野良犬の里親がない場合、保健所で飼うわけにはいかないのである。
一見、収容犬を殺し処分する保健所職員の父親と、娘の無垢な慈悲心の矛盾を軸とした人間の劇と見紛うのだが、クライマックスに、保健所員の堺雅人と母犬ひまわり、つまりは人間と犬との眼差しを交互に映す切り替えしショットに痺れました。

それは、堺雅人演じる保健所職員が野良犬を捕獲するのだが、父親の職業を知ってショックを受けた娘が、その母子犬を見たことから、父親が殺処分しないように母子犬を手なづけるのである。その地域だけで1年に4千頭も殺処分される犬の中で、思春期の気難しい娘と父親の溝を解消するため、たまたまワケありの母子犬だけを保護するのは主人公の都合にすぎず、いくら犬好きでも家で飼うにも限度があるだろうにと。

母犬が堺の魚肉ソーセージを見て、それをくれた元の飼い主を咄嗟に回想するシーンも、堺が想像した犬の過去が母犬自身の記憶で再現されるのも良かった。
最後は、宮崎県の保健所が実施した里親探しを公にして、寄付金を募り野良犬を保護する施設も開設され、老人ホームや保育園とか犬との交流も盛んに行われるという。日本では年間30万匹以上の犬猫が殺処分されているというから、現在ペットを飼っている方たちも、これからペットを飼う人にぜひ親子で見て欲しい映画ですね。
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クラウド アトラス ★★★★

2013年03月18日 | アクション映画ーカ行
この作品は6つの時代を生き続ける人間の時空を超えた魂である。「マトリックス」「スピード・レーサー」などのラナ&アンディウォシャウスキー姉弟と、「ラン・ローラ・ラン」のトム・ティクヴァの共同監督による壮大なSF叙事詩である。

ここではまず、1:1849年の奴隷制を背景とした南太平洋の航海劇から、2:1936年スコットランドのゲイ・カップルによる愛と音楽の物語。そして3:1973年サンフランシスコの原子力発電所にまつわるサスペンス、4:2012年ロンドンの邪悪な老人ホームに送り込まれた男のブラックコメディ。5:2144年のネオ・ソウルにおける革命と闘争のドラマ、そして6:文明崩壊後のハワイを舞台にしたストレンジャーの来訪といった6つの時代が描かれていく。演出は1、5、6がウォシャウスキー姉弟、2,3,4がトム・ティクヴァといった分担。

賛否両論ともにあってしかるべきな、そんな問題作である。3時間近い長丁場の中で、飛んでもない大風呂敷が躊躇なくバンバン広げられていき、そのうちの幾つかは、クライマックスで見事に回収されてカタルシスを生むものの、幾つかは風呂敷を広げっぱなしで収束しないまま放り出されて終わってしまう。
1800年代から2300年代まで、500年の時空を超えて6つの物語が描かれ、それぞれの物語に登場する人物たちが輪廻や血脈によって繋がり、人生を因果応報していく。

というコンセプトをざっくり説明した時点で、こんな話が綺麗にまとまる方が奇跡だとご理解いただけるんじゃないだろうか。「人はなぜ生きるのか」というテーマのシンプリシティと、ウォシャウスキー姉弟らしい過剰なまでのギミックのギャップを、野心的な問題提起と取るのか、それとも単にテーマの散漫と破綻と取るかは、観る人の価値観しだいかもしれませんね。
この映画は、小さな決断が歴史に大きなインパクトを残すことについて描いた作品であります。とにかく疑問がどんどん湧いてくるような内容だった。この人たちは一体誰で、そして何が起きているんだってね。それぞれの人たちが、どうして繋がり合っているのか?、・・・それぞれが生き残るために戦っている。
彼らは、残酷さと優しさの間で選択技を選ばなくてはいけない人たちであり、その選択がその後の世界を変えてしまうと言うことが分かる。

さらに大きなポイントとして、これら6つの時代は編年体ではなく、それぞれをシャッフルさせながら映画的に繋いでいくという、時間軸を錯綜させた編集になっている。
初めのトム演じるダーモット・ホギンズ作家が、批評家から酷評されるシーンで、彼はその批評家をバルコニーから投げて死なせてしまう。それに、ヒュー・グラントが演じた人食い人種のコナ族の首領のメイクをしたのには、本当に驚いた。

中でもネオ・ソウルのエピソードが群を抜いて秀逸なのは、革命の女神に選ばれるクローン人間を演じた韓国人女優であるペ・ドゥナの存在感が大きい。
2144年近未来のネオ・ソウルに生きるクローン少女ソンミ451。彼女は労働者としてシステムされているのだが、ジム・スタージェス演じる、ヘジュ・チャンに出会うことで、“人間”の意志が芽生え革命家となっていく。殺される前に明かされるクローンの顛末は、同じクローンの身体のエキスを飲まされていたという残酷なものだった。そういえば、彼女は是枝監督の「空気人形」でのぞみという少女を演じていたのですね。

ペ・ドゥナが演じたクローン少女ソンミ451の旅は、1849年の権力のない白人の妻から、メキシコ人労働者(厚塗りの化粧と特殊メイクをしていて、太るための肉襦袢のようなスーツを着ていた。そして崩壊した地球上の女神にまで成長していくもので、物語の要となる役柄ですよね。アジア人だからというよりも、どこかミステリアスで近未来的な雰囲気と存在感が起用された理由なのではと思った。
さてこういった趣向からSF好きな私には、即座に思い出されるのは、やはり手塚治虫の「火の鳥」シリーズであり、発想としてはニンマリしてしまう部分も多々あるのですが、同時にそれゆえの不満も出てくるのしかたありませんね。
ちなみに私は突っ込みも含めて、本作を十二分に楽しみました。さらに本作を面白く、そして複雑にしているのが、俳優陣が「同じ魂を持つ複数の人物を演じ分ける」というコンセプトですよね。

主演のトム・ハンクスのような、彼さえいれば1本のハリウッド映画が成立してしまうクラスの大スターが、この作品の中で6役、6時代を行き来する、このような史上最大のアンサンブル劇に6役を演じ分けるということは、俳優としての本能に大いに火をつけたはずである。
それにトムを筆頭に、それぞれの時代を演じ分ける俳優たち。主要キャストはだいたい一人で4~6役を演じ分けており、巧妙な特殊メイクがあまりにもお見事すぎて、一体誰が誰を演じているのか分からないというのも、言われなければ全く気付かない役も多いのだ。ちなみにエンドロールのキャスト紹介のところで、一気に謎解きされるので、最後まで席を立たないようにお見逃しなくご覧ください。
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