パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

東京難民 ★★★

2014年04月30日 | た行の映画
学費未払いを理由に大学から除籍された青年が、ネットカフェ難民からホスト、さらにホームレスへと転落していく青春群像劇。『ツレがうつになりまして。』の監督、脚本コンビの佐々部清と青島武が福澤徹三の小説を原作に、現代社会が抱える闇をリアルに描く。格差社会の底辺でもがく主人公を、『行け!男子高校演劇部』などの中村蒼が熱演。共演には『パートナーズ』などの大塚千弘、劇団EXILEの青柳翔、『桐島、部活やめるってよ』などの山本美月ら多彩な顔ぶれがそろう。
あらすじ:堕落した大学生活を送ってきた時枝修(中村蒼)は、生活費を工面してくれた父親が借金を抱えて行方をくらまし、授業料未納によって大学を除籍される。家賃も払えずアパートを追い出された彼は、ネットカフェで宿泊しながら日払いのアルバイトで過ごしていた。さらにはホストクラブで働くはめになり、ついにはホームレスになってしまう。
<感想>この映画を観て思ったのは、過酷な生活をしている人たちはたくさんいるが、そこから努力して成功した人だっているのだ。境遇を恨んで犯行に及んだ加害者は腐っているとしか言えないのだが、しかし、そんなことはとても口にできるものでもない。自分がもし、そういう状況に陥ったら本当にそれでも明るく前向きに努力を続けることなど、とてもできないと知っているからだと思う。

この手の映画でも現実の事件でも同じだと思うが、判で押したように言われることだ。主人公は何処にでもいる普通の大学生。その父親が借金を抱え失踪。あっという間に大学は授業料滞納で除籍、住んでいるアパートも出なくてはならなくなる。
それでも最初のうちは、ネットカフェに身を寄せながら、新薬の実験台になる高額アルバイトなどに、半ばゲーム感覚でトライする余裕さえある。「自分が本気を出せば就職くらい何とかできるさ」、と思って居たのかも知れない。

だが、後戻りできなくなるのは、うかつにも足を踏み入れたホストクラブで料金を払えずに、結局は自分もホストとして働き始めたころからか。金のためには女性客を騙したり、仲間を裏切ったり、時には違法ビジネスにまで手を染めるのは当たり前と言う、ホストの世界に「昨日までは普通の大学生だったのに」と主人公はショックを受ける。
しかしだ、世間では評価される彼の誠実さや人間性も、裏の社会で生き延びる上では、邪魔以外の何物でもないのだ。その世界に染まることができなかった彼は、逃げるようにそこを離れて日雇い労働の現場に飛び込むのだが、そこで待っていたのは劣悪な環境と搾取である。
弱い立場の人間は、何処まで行っても“食い物”にされるだけなのだ。結局は、彼を受け入れてくれたのは、段ボールとビニールシートで作った住まいで暮らすホームレスだったというわけ。

この元学生は、親のスネをかじりヌクヌクと育った甘ちゃんだ。だから普通だったら、親の親戚に相談に行くとか、大学だって働きながら奨学金の申請を出すとか、役所の福祉課や弁護士の無料相談に行けば何とかなっただろうに。ですが、ここでは主人公はそういった社会的資源を使う情報も手段も持ち合わせていなかったのだろう。
これまで街の風景としか見てなかったネットカフェやティッシュ配りや、ホストクラブに対する見方が少し変わり、途中から主人公、時枝修の大学を除籍されてから路上へと放り出されるまでの描写は、シャープでかつ冷酷非情極まりなく、もはやスリラーの域である。

さらには、修がその時の感情に流されて、事態をどんどん悪化させていく過程を丁寧かつリアルに描き、身分証や住居がなければ普通に働くことさえできない格差社会の厳しい現実を浮き彫りに見せているのも良かった。ですが、一つ一つのエピソードのネタとなっている格差や貧困の実態はすでに知られている物ばかりで、インパクトがあるわけではない。
お金がすべての世の中に絶望的な気分になったが、井上順が演じているホームレスの優しさに救われた感じもする。主人公が対峙する連中が意外と悪いやつじゃない連中ばかりで、結局のところ、いい話で締めているところが物足りなかった。
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テルマエ・ロマエII ★★★.5

2014年04月29日 | アクション映画ータ行
古代ローマの浴場設計技師が現代の日本へタイムスリップするヤマザキマリの人気コミックを実写映画化した『テルマエ・ロマエ』の続編。新たな浴場建設を命じられアイデアに煮詰まったルシウスが、再度日本と古代ローマを行き交うさまを描く。主演の阿部寛や上戸彩、市村正親ら主要キャストが続投し、ブルガリアに実物大のコロッセオを建設するなど大規模なロケを敢行。また、曙や琴欧洲ら現役、元力士も出演。帝国を揺るがす危機的状況を、日本の風呂文化によって救おうと頑張るルシウスの奮闘に注目。
<感想>おバカな内容ながらも大ヒットとなった前作から2年。さらにおバカさを極めたパート2となって帰って来た。前作で皇帝ハドリアヌスの信頼を得たルシウスが今回、特別な浴場、テルマエ建設に関する難題に直面したあげく、政治的陰謀に巻き込まれてしまう展開。

古代ローマ、平和な日々の中で市民たちを熱狂させていたのは剣闘士グラディエーターたちだった。だが、日々の闘いで彼らは疲弊しきっていた。彼らを癒すための湯治場を模索していた浴場設計技師ルシウスは、再び排水溝というタイムトンネルを潜って現代の日本に来てしまう。
前回と同じくタイムトンネルを潜る時には、デブハゲおじさんがオペラを歌うシーンが必ず出て来る。今回は、結婚したのか妻のデブも一緒に高らかにうたう。それに息子まで付いている。それが毎回タイムトラベルの時に、ウザイくらいに出て来て歌うし、妻が出ていくシーンとかもあって何だか本当にこれっていらないのでは、と思った。

ルシウスが気付いたのは地方巡業中の力士が浸かる風呂の中。相撲の試合を見て血が一滴も出ていないし、観客も石ではなく布の塊(座布団)を投げつけるのだ。ここでは、力士が剣闘士で、土俵がコロッセオと理解し、力士が使うイボイボ付きの足踏み機や、マッサージチェアの体全体を揉む機械に驚く。
それに、一瞬で湯の色を鮮やかに変えて、薬湯効果もあるオレンジ色の粉。それはバスクリンのことで、剣闘士を癒すにはコレしかないと、またまたルシウスを驚かせた、恐るべし平たい顔族の風呂文化と、感心しきりだ。
そこに、曙とブルガリア出身の琴欧州が参加。共に巨漢剣闘士を演じて、特に曙はストーリーの上でも、重要な役どころを演じている。というのも、今作ではブルガリアの撮影所に巨大セットを組み、エキストラ5000人を動員。
制作に半年を要したコロッセオは、高さ50メートルにも及び、従来の邦画にはないスケール感である。

例によって排水溝に飲み込まれたルシウスは、現代の日本の草津温泉の湯もみの場に現れる。温泉の温度が熱いのを板で湯もみをして、柔らかい湯にする草津名物湯もみショー。必ず上戸彩の真美と出会うのも前回と同じです。この二人は、本当に赤い糸で結ばれているのかもしれませんね。

古代ローマの人に平和と安らぎをもたらす“湯~とぴあ”の建設に取り組み始めるのだが、“湯~とぴあ”の目玉を混浴にしたため、皇帝の怒りに触れてしまう。いやいや、流水スライダーや、シャボン玉、ピンポン、風呂上りのビールにラーメン、と温泉郷で体感した物を古代ローマで再現していく様子は、バカバカしさを通り越して呆気にとられてしまう。
だが、平和を望むハドリアヌス皇帝と、民衆たちがこれでは堕落してしまうと思っている、好戦派の元老院との争いに巻き込まれてしまう。

今回も、阿部ちゃんを筆頭に、北村一輝、宍戸開、市村正親ら濃い顔の面々が再結集。その他にも、のんびり屋の真実の両親、笹野高史&キムラ緑子、全身傷だらけの湯治客の竹内力、前作で銭湯の客を演じた、いか八郎が炭焼き小屋で「与作」を歌うのを、ルシウスは歌が温浴効果を高めると大きな勘違いをしてしまうとか。
ぎっくり腰のルシウスに、針治療と、浪越徳三郎の「指圧の心、母心、押せば命の泉わく」って、親指デカイ!・・・ローマにも連れて行って皇帝の腰を揉ませてしまうんですから。だから“指圧の神様”像がありました。それに、ラーメン屋の店主役に、白木みのると湯もみショーの出演者役で、松島トモ子がお風呂で熊に首噛みつかれてました。古代ローマにもラーメン屋にギョウザもあるって、あの山賊(曙)たちにやらせてました。
そして、寿司にもトライするがわさびに悶絶し、余りの刺激に前作で腐った酒と同様に、毒を盛られたと思い込むルシウスであった。上戸彩がルシウスを日本に長くいて欲しいために、タマネギの大袋を隠す乙女心。涙を流すと元いた世界に戻るのは前作と同様で、タマネギやわさびには要注意ですぞ。

古代ローマにまたもや、上戸彩ちゃんがタイムトラベルして、今度は魔女と思われて火あぶりの刑にって、ルシウス何とかしなければ。
今回の見どころはと、阿部ちゃんの肉体美でしょうかね。体格のいいブルガリア人に交じると阿部でさえ小さく見えることも。体重が落ちやすい体質でもあり、キープするために1日5食の日々だったという。そんな肉体美を存分に披露してくれていて、裸でいる割合も確実に上がっているのでこうご期待あれ。ムフ、フフッ阿部ちゃんの筋肉美良かったぞ!
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アメイジング・スパイダーマン2(3D)★★★★

2014年04月28日 | アクション映画ーア行
キャストとスタッフを一新した人気アメコミ超大作の第2弾。超人的能力を駆使して正義の味方スパイダーマンとして活躍する青年ピーターが、ニューヨークの平和を脅かす敵たちに立ち向かう。監督のマーク・ウェブ、主演のアンドリュー・ガーフィールド、エマ・ストーンと前作のメンバーが再結集し、『Ray/レイ』などのジェイミー・フォックス、『クロニクル』などのデイン・デハーンが新たに参加。迫力満点なアクションはもとより、ピーターに降り掛かる試練を見つめたドラマも見もの。
   ご注意下さい:全篇ネタバレにてレビューしてます。
<感想>2年前に鮮やかに復活し、世界中を熱狂させたスパイダーマン。その新シリーズ第2弾は、またしても予想外の進化を遂げて君臨する。NYのヒーローになるまでが描かれた前作とはうって変わり、空前のバトルと劇的なストーリーが用意されていた。
今回は冒頭でピーターの両親失踪の秘密が明かされるなど、本作の冒頭でリチャード夫妻が息子のもとを去ったその後が描かれ、プライベート飛行機内で絶体絶命の危機に陥る2人。父が遺した手掛かり“ルーズベルト”にはどんな秘密があるのか?・・・いきなりドラマチックな展開になっている。

やっぱり見どころは、スパイダー・ウェブを発して高層ビル群を次々と飛び移るスウィングの描写ですよね。増々豪快に、滑空するスパイダーマンの視点に近い映像を大量に盛り込み、猛スピードでの落下と浮上のダイナミズムを満喫でき、この爽快感は体感型3Dの豪快なビジュアルで描かれ、最後まで目を奪われぱなっしですから。
大事件が起こってスパイダーマンが街に現れれば、たちまち黒山の人だかり。警官や消防士ともすっかり顔なじみになっていて、NY全体のヒーローとしてモテモテ状態。ですが、いくら超人的パワーを持っているとは言え、生死ギリギリの状況もある上、自分の時間を犠牲にして正義の味方をこなすのはハードだ。特に恋人グウェンと過ごす余裕はなくなる。

ピーターがスパイダーマンである事を知ったグウェンの亡き父親から“娘を危険にさらすな”という言葉に戸惑いつつもこの約束を守り、グウェンもイギリスの大学へ留学が決まり、「友達になろう」と言うグウェンの申し出にうなずくピーター。だがお互いに未練があり、前作同様オズコープ社に勤めるグウェン。彼女に危機が迫る。

障害物を避けながら暴走トラックを追うシーンや、電流を操るエレクトロとタイムズスクエアでのバトルは、超高速で展開。特にトラックとのチェイスはアクセル全開、超スピーディ。超人的なスパイダーマンの能力もスケールアップ。エレクトロに投げ飛ばされたパトカーを、体一つで抱えて止めるなどサム・ライミ版にもないパワーを見せている。今回はウェブ・シューターも、グウェンの協力を得て対エレクトロ用に電流対策を施したものになっている。マスクの目も、コミック版に近い大きくフレンドリーなものにチェンジ。
そこへ、街を離れていた親友ハリーと数年ぶりに再会。ハリーは危篤となったオズコープ社CEOの息子で、ピーターの父親も同社に勤務していたという縁がある。ピーターとハリーは、共に親に突き放されて育ったという点でも解り合えていたのだが、ハリーの父の死後、彼は自分も父と同じ難病に冒されていて、それを治すにはオズコープ社が研究していたクモの毒素かた作った治療薬、つまりは、スパイダーマンの血清が必要だと言うのだ。

ですが、前作のリザードの悪例を思いだし親友のハリーをさらなる危険にさらすだけだと判断したピーターは、スパイダーマンとしてハリーに会い、拒否の意志を伝える。追い詰められたハリーは恐ろしい選択をしてしまう。それは、オズコープ社に隠されていたクモの毒素を注入し、狂気に囚われたグリーン・ゴブリンとなる。
注目の新キャストはデイン・デハーン。「クロニカル」などで注目のNEWスターとなり、本作で一気にブレイクするのは確実。今回のハリー役でも、ただならぬ妖気を発しており、演技派としての将来が楽しみですね。
それに、スパイダーマンはオズコープ社からプルトニウムを強奪したギャングのアレクセイを追うも、その逮捕劇の最中に電気技師のマックスの命を救うが、スパイダーマンに名指しで相棒に任命されたことで大興奮。スパイダーマンに認められたと勘違いしたマックスはその後、作業中の感電事故により電流を自在に操る怪人、エレクトロに変貌する。

突然得た特殊能力に戸惑う間もなく、気が付けば彼は悪役に祭り上げられていた。スパイダーマンはヒーローとして愛されているのに、何故自分は憎まれるのか。エレクトロが怒りを爆発させNY中が停電になるのだが、そんな彼にスパイディは防火帽を被りエレクトロに放水するとはふざけ過ぎですから。

そんなエレクトロにハリーが接近する。彼自身もグリーン・ゴブリンとなり、スパイダーマンへの憎しみをたぎらせる凶悪コンビが暴れ回る中、ハリーが、グウェンがピーターの恋人だと気づいて危険が忍び寄るわけ。エレクトロには、ジェイミー・フォックスが扮して、電気の力で車や敵を持ち上げ、自身も宙に浮かせることも出来る。
そして、特徴もパワーも違う敵が目の前に出現。スパイダーマンを地獄の底へと突き落とそうとするアクションが展開する。

だからって、確かに大きなショックを受けたピーター。あの時彼女を助けられたのではと思ったのに。それから、ヒーロー活動を5か月も停止してしまい、ハリーの命令で、ロシア人のいかれたギャング(あのオズコープ社からプルトニウムを強奪しようとして捕まった男)が、頑丈な装甲で肉体と一体化したパワードスーツを装着して、機械獣ライノに憑依する。

そして、NYの街で暴れ回る。ちなみにこのライノ役には、ポール・ジアマッティが演じているのだが、ちょっとしか登場しないので、次が楽しみですね。その時、ライノの前に現れたのが勇敢なチビ・スパイダーマン。彼は虐められているところをスパイダーマンに救われた少年なのだ。そのことを知ったスパイダーマンは、ヒーローとしてまたNYの街に帰還する。

何だか、今回は前作と違って、スパイダーマンの活躍が茶目っ気のある面が見え、強敵を相手にしてもおどけたり、エレクトロを“電流くん”と呼んで挑発したり、バトルを遠巻きに眺めるNYっ子とのやりとりもユーモアたっぷりで、緊迫感が足りなかったような気がしました。それに、恋人グウェンとのラブシーンも長く映っていて、これなら何も原作通りではなく、彼女を助けられたのではと思いました。

アメイジング・スパイダーマン
スパイダーマン3

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メイジーの瞳 ★★★★

2014年04月27日 | ま行の映画
両親の離婚に翻弄(ほんろう)される少女の視点で家族とは何かを、『キッズ・オールライト』の製作スタッフが描くヒューマンドラマ。19世紀末のヘンリー・ジェームズの原作の舞台を現代に置き換え、多忙な両親に顧みられない少女が新しく両親のパートナーとなった男女との関係を築いていく姿を映し出す。ロックスターである少女の母親はジュリアン・ムーア。6歳の少女をオタナ・アプリールが演じ、アレクサンダー・スカルスガルドなどが共演。辛らつながらも温かな珠玉のストーリーに魅了される。
あらすじ:母スザンナ(ジュリアン・ムーア)と父ビール(スティーヴ・クーガン)が離婚し、共同親権を持つ両親の家を行き来することになった6歳の少女メイジー(オナタ・アプリール)。ロックスターであるスザンナは、再婚相手の青年リンカーン(アレクサンダー・スカルスガルド)に子育てを押し付けていた。メイジーは優しいリンカーンと心を通わせ始めるが、スザンナはそんな状況にいらついてしまい……。

<感想>離婚した両親のもとを行き来する6歳の少女が見た、身勝手な大人の世界とは?・・・6歳のメイジーの両親は離婚して共同親権を持つことになった。アートディラーの父親ビールはまもなくベビーシッターのマーゴと再婚。優しいマーゴをメイジーはすぐに受け入れた。

一方、ロック歌手の母親スザンナも若いバーテンのリンカーンと再婚。母親が留守の昼間は彼がメイジーの面倒を見てくれる。彼のこともだんだんに好きになるメイジー。
それでも本当はどちらも忙しく、自分本位。彼らが共に不在の時は、リンカーンとマーゴが交互にメイジーの世話をして、どちらも身勝手な伴侶に利用されているだけと気づいた二人は急接近していく。

ツアーに出たスザンナに置き去りにされたメイジーを加えた3人は、仲の良い本当の親子のように海辺の家で休暇を過ごすが、明日はみんなで船に乗ろうと約束していた夜に、突然母親のスザンナが娘を迎えに現れる。その時、幼いメイジーが取った選択とは?・・・。
ヘンリー・ジェームズの小説を現代ふうにアレンジして、スコット・マクギーとデーヴィッド・シーゲルのコンビ監督が描く新たな家族の形とは。驚いたのが百年後のニューヨークに舞台が移されているんですね。

味わい深いのは、確かに身勝手な離婚を決断する両親とはいえ、彼らが再婚する最大の理由がやっぱりまだ幼い娘メイジーのため、というあたりでしょうか。
これまでにも、子供の眼から両親や大人たちの身勝手さを描いた作品は多々あるが、6歳の少女メイジーの場合は、すでに苦労人のように見えてしまった。我慢強くて、しかも素直で、決して無いものねだりをしない。両親の喧嘩を見ては一人心を痛めている健気さが痛々しく感じました。

最も親らしくしてくれたのは、離婚した両親が便宜上再婚した義父母でした。という物語を、子供目線ではなく、子供を通した大人目線によって、大人の醜悪さを際立たせているような。子役のメイジーを演じたオナタ・アプリールちゃんの可愛いこと。
どちらも再婚相手がいい人で何だかホットします。でも観終わって心に残るのは何故か、クレイジーとしか言いようのない母親の、女性ロッカー歌手のジュリアン・ムーアなのだ。彼女の狂気と哀れさでもった企画だったような気がする。そして、父親には「あなたを抱きしめる日まで」のスティーヴ・クーガンが演じていて、ベビーシッターだった女性のマーゴと再婚したのに、相変わらず仕事の都合で家を空ける日が多い。

後半は疑似家族の物語のようで、実の両親と子供の関係が放置されてしまう。子供にとっては、本当の両親と暮らすのが一番なのだが、となると問題は、大人たちで、特に離婚する両親は大いに難ありで困ったものだが、メイジーは、両親の再婚相手にもしっかりと懐いて、結果としては万事受け身のメイジーが、自分を守ってくれる大人たちを仕分けしているような感じがしてならない。親にこだわらない人懐っこい子供のちょっとほろ苦い、お伽噺でもある。
その後はどうなるのか、どうにも気になる終わり方でしたが、本当の両親がメイジーを育てられないのなら、疑似家族でも幸せならその方がいいに決まっている。
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グロリアの青春 ★★★.5

2014年04月26日 | か行の映画
結婚や子育て、離婚を経験したキャリアウーマンの58歳の女性をヒロインに、新しいパートナー、息子や娘との関係を赤裸々に描くチリ発のヒューマンドラマ。仕事をこなし、余暇にはダンスを楽しむ中年女性がある男性と出会うも、前妻や子どもたちに振り回される相手に失望し、とある行動に出るまでをつづる。監督は、チリの新星セバスティアン・レリオ。主演のパウリーナ・ガルシアは中年の恋愛模様を繊細に演じ、かつ大胆なベッドシーンに挑むなど、その熱演でベルリン国際映画祭主演女優賞を受賞。孤独ながらも力強く生きるヒロインの姿に感動する。

<感想>夫と離婚、子供も独立した中年キャリアウーマンが次の人生へ踏み出す姿を描いている。主演のグロリア役で昨年のベルリン国際映画祭で主演女優賞を受賞したパウリーナ・ガルシア。甘えない、愚痴らない、過去や思い出に執着しない。ときにはついコントロールを斬りそこなうこともあるが、自分の人生の舵は自分で取る。
とにかく、グロリアを演じるパウリーナ・ガルシアに息を呑む。別れた夫への、息子への、娘への、新たなパートナーへの想いが、さりげない仕草と言葉で伝わる魔法のような作品。

それにしても、舞台はチリ。自由な生活を楽しむことには積極的なグロリアは、中高年が集まるダンスホールに気楽に出かけ、気の合う相手が見つかれば一夜を共にすることもある。「大胆な熟年セックスシーンつき、元気が出るシニア女性応援映画」かと思いきや、そうそう一筋縄にはいかないのだ。

誰に気兼ねするわけではない大人同士のフィフティ、フィフティの関係なのだから。ホールは大賑わいで、グロリアが実業家のロドルフォと出会ったのも、始めはあくまでも後腐れのない関係としてだったのだが、セックスの相性の良さと、自分のために誌を囁いてくれる彼にいつしかほだされるようになる。
劇中のグロリアには、ワインを飲みながらチリの政治や社会を語る友人たちはいても、家族のことや自分のこと、あるいは男のことなど好きに喋って大声で笑いあう気の置けない女友達は出てこない。だが、別に彼女に女友達が一人もいないというのではなく、グロリアの行動のみに焦点を当てたこの作品では必要なかったということなのだろう。

とはいえ、ここでメインとなるのは、かなりありきたりの出会いと別れである。誰かと親密な関係になるのは久しぶりであるグロリアは、息子の誕生パーティーにロドルフォを同伴して行く。娘や元夫も再婚相手の女と来ていた。ですが、1年前に離婚したというロドルフォは、生活は別でもまだ完全には妻子と縁を切ったわけではなく、父親、そして夫という立場を引きずっている。だから、息子の家でも、娘からの電話に出て急に飛び出しいなくなるのだ。
私には、元夫とグロリアが、仲良く自分たちの結婚式の写真を見て楽しそうに話しているのに、嫉妬をして腹を立てて帰ったのかと思ったのだが、違うようだ。

この作品の合間、合間にグロリアの住んでいる上階の部屋の飼い猫、毛のない猫がグロリアの部屋に迷い込んでくる。それに、上階の部屋の住人、初めは夫婦喧嘩の罵声が煩くて、次には妻に逃げられたらしく、独り言だと思うがやはり怒鳴り声が煩く聞こえる。これは堪りませんよね、ヘンッドホンをして音楽でも聞いて寝るかしないと気になって仕方ありませんもの。
グロリアが自分の生活を楽しまないと、どちらも不幸になると、ロドルフォに言うのだが、男の描き込みが不徹底でなんと男らしくないことか。どの男もである。息子だって離婚して幼子を育てているのだ。

ですが、グロリアだって格別に強い女ってことではない。スェーデン人の男の子供を妊娠した娘を空港で見送るシーンでは、つい我を忘れて娘を追いながら、隠れてこっそりと涙する姿もある。それに、緑内障と診断されても目薬を点し、あるいは、打ちひしがれたグロリアが、路上で操り人形のガイコツによるポップな踊りに自分の死を感じるシーンもある。
後半で、グロリアは一度は愛想を尽かしたロドルフォに何度も電話を貰い誘われて、リゾート地の高級ホテルに出かけるのだが、そこでも家族からの電話で元妻が事故に遭ったという知らせに気もそぞろで、家族離れのできないロドルフォに置き去りにされる。
その後の彼女の行動には、危険を省みない無防備すぎるグロリアと、一方ではエネルギッシュなテンションの高さに驚いたり、つまり捨てられた腹いせに、行きずりの男と酒を飲みダンスをして、酩酊状態でバックを盗られ乱暴されて海岸の波打ち際で無ざまに目覚める惨めな彼女がいた。

けれどもドッコイ、そんなことではヘコタレナイ。女は何度でも復活するとばかりに、優柔不断なロドルフォの家へ行き、トランクの中にあるおもちゃの機関銃で、帰って来るロドルフォを待ち、彼目がけてカラーの破裂する弾を何発も撃つのだ。
その後は、娘の結婚式へ行き、楽しそうに踊る狂う勝利者のようなグロリアの姿があった。この映画は、あくまでもグロリアの行動のみを追いながら、グロリアが出会った人たち、家族や友人にしても、グロリア側から描かれるだけで、それはロドルフォとの関係でも同じであり、その徹底した一貫性から、グロリアが時に感じる苛立ちや孤独、所在な様まで、まさにありのままに伝わってくる。
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シャドウハンター ★★★

2014年04月25日 | アクション映画ーサ行
全世界で大ベストセラーを記録した、カサンドラ・クレアの小説「シャドウハンター 骨の街」を実写化したアドベンチャー。自身が妖魔を退治する一族の子孫だと知った少女が、さまざまなクリーチャーと戦闘を繰り広げながら伝説の聖杯をめぐる冒険に挑む。監督は、『ベスト・キッド』などのハラルド・ズワルト。『白雪姫と鏡の女王』などのリリー・コリンズが、思わぬ運命と対峙(たいじ)する気丈なヒロインを快演する。圧倒的ビジュアルに加え、ティーン特有の心情をリアルにつづった描写も見もの。
あらすじ:あるクラブを訪れた少女クラリー(リリー・コリンズ)は、そこで謎めいたジェイス(ジェイミー・キャンベル・バウアー)という少年に遭遇する。彼は地下世界に潜む、吸血鬼、人狼、妖魔などを始末するシャドウハンターと呼ばれる一族の者であった。やがて、ジョイスは母ジョスリン(レナ・ヘディ)もシャドウハンターである上に、強大な力を授けるとされる聖杯を隠し持っていることを知る。衝撃の事実に動揺する中、母が聖杯を狙う反逆者ヴァレンタイン(ジョナサン・リス・マイヤーズ)に拉致されてしまい……。

<感想>人間界に潜む妖魔を狩るシャドウハンターの活躍を描くファンタジー・アクションです。これは現代のニューヨークに時空を超えた地下ワールドがある、・・・というお話のようだが、そこで繰り広げられる戦いのお話が、何だかイマイチ面白くなかった。というより、感情移入したい登場人物に出会えず、お話の中にのめり込めないって感じです。

まぁ、ヒロインの「白雪姫と鏡の女王」で白雪姫を演じたリリー・コリンズが主人公なんだけど、それに「トワイライト」シリーズのジェイミー・キャンベル・バウアーというイケメンの男と恋愛してと、思っていたら父親のジョナサン・リース・マイヤーズが出て来て、実は二人は兄妹なのだと衝撃的な事実を知らされる。
ジェイミー・キャンベル・バウアー扮する彼は、シャドウハンターという人間界の守護者で、妖魔や吸血鬼、人狼といった人間界に潜む悪鬼から人間たちを守っており、クラブで刺し殺したのも妖魔だったというのだ。

それに、クラリーの母親もシャドウハンターで、家へ帰ると荒らされており、母親の姿はなかった。実は、暴走した仲間の一人ヴァレンタイン(ジョナサン・リース・マイヤーズ)から聖杯を奪い、人間界に身を潜めていたのだという。

聖杯の行方はクラリーの封印された記憶の中にしかない。彼女はジェイスと共に、シャドウハンターの本拠地に行き、他のシャドウハンターたちと協力して聖杯を探すことを決意する。

物語りの軸は、母親が所有する聖杯を狙う反逆者たちと、派手なアクションとCGを取り入れて、闘うのが娘のリリー・コリンズというわけ。その聖杯の在り処は、実はタロット占いカードの中という。そのカードの中から聖杯を取り出すことができるのは、娘のクラリーだけ。
母親役には「300」で王妃役を演じたレナ・ヘディが、この女優さん綺麗ですよね。6月に公開される「300 <スリーハンドレッド> ~帝国の進撃~」にも出ています。

この映画は、連続ドラマで見た方が面白そう。語りの時空の連結がゆるくて、連ドラにすべきお話を、圧縮したというよりは、ダイジェスト版を見せられているような気分になる。最後も続編がありそうな感じだったし。

過去のさまざまなフィクションのパッチワークみたいに、見えるのは別にかまわないが、個性的なキャラクターの面々を見ると期待は高まるし、アクションや美術はそれなりに頑張ってるのだが、・・・。

原作は知らないが、映画は女子が主演のファンタジーとしてはいいと思われます。監督は、北欧からハラルド・ズワルト。俳優はイギリス、アイルランド、フランス、カナダから。ファンタジー映画にはヨーロッパの力があった方がいいに決まっている。だが、ちょっとB級な導入部や、マンハッタンの謎の場所設定など、別にニューヨークの話でなければならない理由はないんじゃないかと、思ってしまう。
要するに、この作品に新しい発見が出来なかった私がいけないのかもしれませんね。多分、相性が悪かったということなのだと思います。
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そこのみにて光輝く ★★★★

2014年04月25日 | さ行の映画
『海炭市叙景』の原作者、佐藤泰志の三島由紀夫賞候補となった小説を基に、北海道函館を舞台に生きる場所のない男女の出会いを描くラブストーリー。仕事を失った男がバラックに住む女と出会い、家族のために必死な彼女をいちずに愛し続ける姿を描く。主演は、『シャニダールの花』などの綾野剛。主人公と惹(ひ)かれ合うヒロインを、池脇千鶴が演じる。メガホンを取るのは、『オカンの嫁入り』などの呉美保。美しい函館を背景につづられる、男女の愛の軌跡と人生の過程が心に突き刺さる。
あらすじ:仕事を辞めて何もせずに生活していた達夫(綾野剛)は、パチンコ屋で気が荒いもののフレンドリーな青年、拓児(菅田将暉)と出会う。拓児の住むバラックには、寝たきりの父親、かいがいしく世話をする母親、そして姉の千夏(池脇千鶴)がいた。達夫と千夏は互いに思い合うようになり、ついに二人は結ばれる。ところがある日、達夫は千夏の衝撃的な事実を知り……。

<感想>物語の前半、過去の傷を引きずり函館の街に身を沈めるように生きている達夫がいる。主人公達夫を演じているのが綾野剛。こういう暗い、自暴自棄な人間の役が多いようだが、どういうわけかよく演じていると思う。
その役柄と同じく。撮影期間は、毎日酒を飲みタバコを吸い、作品の世界にどっぷり入り込んでいたという。酔っぱらってパンパンにむくんだ顔の彼は、明日はどうなってしまうんだろう、と心配になるくらい刹那的に見えました。

そんな綾野剛が演じる男は、鉱山で体験した大きな事故の記憶を、強いトラウマとして抱え込んでいることが暗示される。彼は、背中にある大きな赤アザ、それがその痕跡なのだ。パチンコ店で若い拓児と出会い、彼の家へいき家族と出会うことになる。
物語りの軸は、同僚の死に責任を感じて気力を失ったハッパ技師と、家族のプレッシャーでボロボロになった女との絶望的な恋物語でもある。
そして、もう一人若い拓児の家で繰り返し足首ばかり描かれる人物に出会うことになる。拓児の父親で脳梗塞で寝たきりの老人は、不随の体に宿る行き場のない性欲に苦悩し、母親と娘の千夏がその性処理をしているのだ。

それに、若い拓児は傷害事件を起こして保釈中の身であるというのに、馬鹿なのか無知なのか、この男にはおよそ抑制というものがない。それでも、達夫を兄のように慕い、後を追い、いつも腹をすかせ、野良犬のようにハァハァと息切れをして、最後には狂犬のようにアイスピックを振りかざす。
共喰い」の菅田将暉が演じているが、自然体で中々上出来です。

後半で弟の拓児が、達夫が姉の千草と結婚することを望み、祭りの夜に、邪魔な姉の売春相手の植木屋、社長をアイスピックで刺すという、またもや自分を刑務所に自ら追い込む結果を作る。植木屋の社長も妻も子もいるのに、何故に千夏を愛人のようにしつこく付け狙うのか、それも男の性処理というものなのか?・・・その植木屋の社長に高橋和也が扮しているのだが、暫く見ないうちに小さくなったような感じがした。
世捨て人のような暗い達夫と対照的な二人だが、コンクリートの床に座り込み一緒にタバコを吸う時、初めてその身振りが同じ形になる。それを機に拓児が警察に自首をして、達夫は自転車で千夏の家へと行く。

千夏は、家のために昼は塩辛工場へ働きに行き、夜は売春婦までして生活費を稼ぎ、結婚をあきらめてたのに、そこへ達夫が現れ始めて好きになった男なのに、それを諦めてずるずると現状維持をするしかないことに腹を立てている。だからなのか、後半で父親の首を絞め殺そうとしている千夏を止める達夫。
自分だって、両親の葬式にも行かないし、お墓も作ってなく妹がどうするのか手紙で言ってきている。長男の役目、投げ出してはおけない事実。

物語りの後半、ターニングポイントを迎えた達夫が、火野正平演じる松本に、「家族を持ちたくなった」と伝えるシーン。それからの達夫は、好きな女ができ、もしかしたら子供もできてと、その女の家族の面倒も見るという、そんな一般的な生活を夢見ていたのかもしれませんね。ラストの清々しい表情の達夫の顔、海辺で千夏と見つめ合うシーンも、朝日を背にして輝いて見え晴れやかでした。
そして、光を繊細に配置した近藤龍人の撮影が豊かな画面を形成していて良かった。
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MUD マッド ★★★★

2014年04月23日 | アクション映画ーマ行
『テイク・シェルター』で脚光を浴びたジェフ・ニコルズと、『マジック・マイク』などの演技派俳優マシュー・マコノヒーが手を組んだ青春ドラマ。親友同士の少年二人が、島に潜む一風変わった男との出会いを通して成長する姿を描き出す。『ツリー・オブ・ライフ』のタイ・シェリダンやベテランのマイケル・シャノン、オスカー女優のリース・ウィザースプーンらが共演。友情やさまざまな愛の形を盛り込んだ物語が心に染みる。
あらすじ:14歳のエリス(タイ・シェリダン)はアメリカ南部、アーカンソー州の川辺のボートハウスで両親と暮らしている。彼はある日、親友ネックボーン(ジェイコブ・ロフランド)と出掛けたミシシッピ川の島でマッド(マシュー・マコノヒー)という男性と出会う。エリスは世間から隠れて暮らす彼に興味を抱くが、ネックボーンはマッドのことを快く思っていなかった。

<感想>舞台となるミシシッピ川周辺のどこかくたびれた風景、もはや田舎というのも生ぬるいほどのド田舎である。親父は川魚を獲っては3枚におろして売って歩く。息子のエリスは、父親のトラックの荷台に乗って魚売りの手伝いをする。母親はそんな暮らしに我慢ができず、両親の仲は完全に冷え切っていた。彼ら主人公の、エリスとネックボーンは14歳。学校へは行ってないのだろうか。子供と大人の境界線に置かれた現状に戸惑いつつも、繰り返される毎日の中でアイデンティティを見出そうともがいている。

2人の少年が小舟でミシシッピ川に浮かぶ小さな島に向かう。そこで発見した木の上に引っかかった立派なボート。たぶん洪水のせいだという。上がってみればボートは泥にまみれていたが、少年たちの秘密基地には十分だった。
だが、どうやらすでに住んでいる者がいるらしい。嫌な予感がするので帰ろうと思ったら、そんな2人の前に不思議な男が現れる。
その男は、髪はボサボサで歯は汚れており、どうにもヨレヨレの汚い身なりした男は、マッドと名乗る。聞けば惚れた女がいたと言う。その女を酷い目に遭わせた男を射殺してしまった。警察やら殺した男の兄貴から追われて、この島から出られないというのだ。

人目を避け、川の小島に身を隠す彼の目的は、愛する女性ジュニパー(リース・ウィザースプーン)との再会。あわよくば、2人で誰も知らない土地へ逃げるというのが計画である。自らも上級生の女の子に一方的に思いを寄せているエリスは、マッドの純愛に共感して手を貸すことになる。
その少年エリスが、無軌道男と死を賭けた秘密を共有しながら、少し大人になるという、良く練られた展開が素晴らしい。両親の不仲に胸を痛め、大人たちの汚れた心をさげすむ中で、危険を顧みず恋した女を救いにきたマッドに共感し、食べ物差し入れや、女に伝言を届けたり、樹の上のボートを直す手助けをする。

男の子をくすぐる洪水がもたらした木の上のボートという設定が素晴らしいと思った。逃亡者と、いい顔をした田舎町の純朴な少年たちを抑制した演出で描いているのも悪くはないが、マコノヒーという異物の投入が本作を特別なものにさせてくれる。
白い歯と完璧に引き締まった肉体を駆使し、本作では薄汚いホームレスといった強烈にアクの強いキャラを演じているマシュー・マコノヒー。自信に満ちた振る舞いをする一方で、まじないや護符を信じる敬虔さも覗かせる。かと思えば、拳銃を持ちどことなく危険な香りも漂わす。マッドと名乗るその男の登場からストーリーはにわかに加速し始めていく。

未練を断ち切れない男と女のドラマをさりげなく支え、その世界観に感心した。大人たちのそんな未練に、少年の好奇心と冒険心が介入してドラマは思いがけない方向へと進んでいくのだが、風景とメロドラマの密着度は、同じマコノヒーの「ペーパーボーイ 真夏の引力」に匹敵するようだ。
ストイックに見せかけて女に弱く、傷つきやすい繊細な性格を演じて見せる彼は、本作の少年たちがそのまま大人になったような存在だが、少年たちは彼のようにはならないことが、観客には分かってしまうだけにより痛々しい。
エリス少年が、小島で毒ヘビに咬まれて、マッドが彼を抱き抱えて、小舟に乗り街の病院まで連れて行く早業に感心。一刻を争うことなので、この敏速な処置のシーンに絶対にエリスは助かると思った。このことで、街のモーテルに潜んでいた彼女に張り付いていた、殺された男の兄貴と殺し屋がマッドを狙う。

それに、70年代のある種のアメリカ映画みたいなごっつさがいい。ジョー・ドン・ベイカーとサム・シェパードというその時代に若者だった男たちの、年の取り方もいい感じだ。老いたこの二人の潜在的な敵対関係は隠し味なのだろう。特に元CIAの殺し屋だというサム・シェパードの役回りも良かったし、親友ネックボーンの叔父役のマイケル・シャノンが、川に潜って貝を獲り甥っ子の面倒を見ているのだが、いい人には違いないのだろうが何を考えているのか判らない不思議さがいい。

ラスト、両親の離婚で街っ子のなった少年が、自分が関与した事件や失恋などを引きずっていないのも、少年一家が暮らす取り壊される川沿いの家屋。濁った川や、息苦しい風景から解放されたからなのかもしれませんね。
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キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー★★★★★

2014年04月22日 | アクション映画ーカ行
『アベンジャーズ』でのニューヨークの戦いから2年後を舞台に、キャプテン・アメリカと暗殺者ウィンター・ソルジャーとの死闘を描くアクション大作。70年の眠りから覚め、アベンジャーズの一員として戦ったキャプテン・アメリカが、S.H.I.E.L.D.(シールド)の仲間に突如襲われ、その裏に潜む真実を追う姿を映し出す。監督は、『ウェルカム トゥ コリンウッド』のアンソニー・ルッソとジョー・ルッソ。キャプテン・アメリカ役のクリス・エヴァンスやスカーレット・ヨハンソンらが出演。新たに加わる名優ロバート・レッドフォードの役どころにも注目。
あらすじ:アベンジャーズのメンバーとして戦ってから2年、キャプテン・アメリカ(クリス・エヴァンス)はS.H.I.E.L.D.(シールド)の一員として活動していた。ある日、キャプテン・アメリカとブラック・ウィドウ(スカーレット・ヨハンソン)を世界屈指の暗殺者ウィンター・ソルジャーが襲撃。さらにウィンター・ソルジャーの正体は、キャプテン・アメリカの親友で第2次世界大戦で亡くなったバッキー・バーンズ(セバスチャン・スタン)で……。

<感想>世界中で爆発的ヒットを記録した「アベンジャーズ」。そのメンバーの中でも、アイアンマンと並んで高い人気を誇るヒーロー、キャプテン・アメリカの新たな戦いを描いた本作。第二次大戦期に米軍の極秘実験によって超人的な力を身に付けた青年スティーブ・ロジャースが、約70年間の冷凍睡眠状態を経て、現代にはびこる悪に立ち向かう。
「アベンジャーズ」では仲間たちと共に時空を超えた敵と戦ったスティーブだが、本作がこれまでのアメコミ映画と異なるのは、陰謀また陰謀と、真の敵は誰か?・・・という先の読めないストーリーで、マーベル映画ではかつてないサスペンス・アクションになっている。
今回の敵はより現実的。政治的な陰謀が彼を陥れようとし、籍を置いていた国際諜報機関シールドさえも信じられなくなる。第二次大戦のころは、悪の正体は明確だったが、現代では誰が味方で誰が敵なのか判然としない。

新開発の防衛システムの是非を巡り、シールドは内部分裂。味方であるはずの彼らに追われはじめたキャプテンやブラック・ウィドウは正体不明の敵に翻弄される。
シールドと共にキャプテンらに襲い掛かる黒づくめの男、ウィンター・ソルジャー。その姿は、左腕が金属人工アームで、高度な殺人技を身に付けており、戦闘能力はキャプテン・アメリカの投げつけた盾さえも受け止める。その正体は、死んだはずのキャプテンの親友、バッキーに酷似しているが、・・・アベンジャーズのメンバー以外信用できない状況の中、長官の
ニック・フューリーが白昼堂々、道路の真ん中で警官に化けた敵たちに襲われるという、衝撃的なカーチェイスが繰り広げられる。

ここでは、一応、死んだことにして、実は最後の方で生きていたことを知り、今回の悪役ロバート・レッドフォード演じる、シールドの理事アレクサンダー・ピアースと対峙する。ピアースは、自らの信念に従って行動しており、ヘリキャリアによる実質的な世界支配も彼の発案。キャプテン・アメリカとは相容れない存在である。
そんな時代とも対峙するスティーブの苦悩がスクリーン全面に滲み出ており、ヒーローのドラマをより面白くしている。
それでも、キャプテン・アメリカならではの躍動的なアクションも大きな見せ場で、怪力を活かした肉弾戦はもちろん、地上での奔走から宙に浮かぶシールドの空中空母キャリアーが3台も登場するなど、飛行機で繰り広げられるバトルまで、上に下に大活躍。防ぐだけでなく、投げつけて敵を蹴散らすキャプテンの、盾を使ったアクションがパワーアップしていた。

今回彼をバックアップするアベンジャーズの美しきヒロイン、ブラック・ウィドウ。高い身体能力に加え、スーツに仕込んだ無数の武器で敵と対峙。ウィンター・ソルジャーやシールドに立ち向かうキャプテンをサポートする。
空飛ぶ要塞で繰り広げられるクライマックスのバトルでは、キャプテンを助ける新ヒーロー、ファルコンが縦横無尽に空を駆けるなど見せ場が満載です。
サム・ウィルソン扮するファルコンは、元空挺部隊の軍人で、人工翼で空を舞いキャプテンと共に闘う勇士。
そしてもう一人、シールドの若き美人エージェント13なる、シャロン・カーターを演じるエミリー・ウァンキャンプの存在が凄かった。

キャプテン・アメリカは、スーパーソルジャー計画の被験者第1号。シールド所属でアベンジャーズのリーダー的な存在。超人的な身体能力は持っていたが、特殊能力とは無縁だ。ゆえに、敵との戦いは肉弾バトルが基本で、冒頭船上での敵傭兵、フランス人のバトロックとの肉弾戦では、ブラジリアン柔術、空手に、ボクシング、バルクールなどの技を駆使しているのだ。今回は、アクロバチックなアクションが多用され、クリスは機械体操のトレーニングも自ら進んで取り入れたという。主人公のクリス・エバンスが、今回は新コスチュームで心機一転しての大活躍に、大満足でした。

キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー
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ダリオ・アルジェントのドラキュラ★★★

2014年04月21日 | アクション映画ータ行
『サスペリア』『フェノミナ』などの鬼才ダリオ・アルジェントが、ホラー文学の古典であるブラム・ストーカーの小説「ドラキュラ」を実写化。吸血鬼であるドラキュラ伯爵が巻き起こす恐怖の数々を、バンパイア研究家ヴァン・ヘルシングとの対決を交えて描く。ドラキュラにふんする『ワルキューレ』などのトーマス・クレッチマンや『ブレードランナー』などのルトガー・ハウアーを筆頭に、実力派が出演。妖しさと戦慄(せんりつ)を兼ね備えた物語に加え、アルジェント監督ならではの鮮やかなビジュアルも見応え満点。
あらすじ:19世紀末のトランシルバニア。ドラキュラ伯爵(トーマス・クレッチマン)の屋敷で行う図書館司書の仕事を紹介してもらおうと、妻・ミナ(マルタ・ガスティーニ)の友達であるルーシー(アーシア・アルジェント)のつてを頼ってパスブルクという小さな村へ向かったジョナサン・ハーカー(ウナクス・ウガルデ)。だが、それは美しいミナを手に入れようとたくらむ吸血鬼ドラキュラの策略であった。虎視眈々(たんたん)と彼女を狙うドラキュラであったが、その前に吸血鬼研究者のヴァン・ヘルシング(ルトガー・ハウアー)が立ちはだかる。

<感想>吸血鬼もの、ヴァンパイアの映画が好物な私。男女問わず人の生き血を吸い、決して死なず、愛を渇望する屈折した怪物が永遠を彷徨う。ミニシアターで上映していたのだが、今週で終わりということで観賞。74歳を迎えても、無敵なダリオ・アルジェント節は本作でも健在でした。
格調高い画面に突如ねじ込まれる女吸血鬼のおっぴろげなヌードシーンや、この時代に絵の具のような真っ赤な流血の数々。特筆すべきは一人黙々と必殺ニンニク弾丸を鋳造するヴァン・ヘルシング。そのスタイルはまるで西部劇のガンマンを見ているようだった。

ミナが依頼して現れる吸血鬼研究者のヴァン・ヘルシング、ドラキュラ退治に乗り出すルトガー・ハウアーに、呆気に取られ快感がすこぶるいい感じだった。
いやはや、いかにも古典的なドラキュラで、これはこれで悪くないと思った。もっとも、同時に、ホラーファン、それもウルサ型には応えられない映像でしょう。
サイレント映画を、派手な音楽と色彩つきで観ているような、妙な感じが付きまとう。全体に漂うムードが時代がかっているせいに違いありません。異国の小さな街の醸しだすエキゾチシズムがそうだし、美形女優をそろえて、特にミナを演じたマルタ・ガスティーニの、エロチックに仕立てたあたりも中々いい。

ドラキュラは難しい。全員、吸血鬼になってしまえば怖くないと思うからだろうか。ドラキュラ伯爵は、悲劇の存在にもなるし、ポランスキーのような喜劇にも簡単に反転するからだ。
70年代に、ホラー映画の華麗な革新を成し遂げた鬼才ダリオ・アルジェントが、どう料理したか、正統派を尊重しつつも、あらゆる要素を取り込もうとしているように見受けられる。
その結果、ドラキュラ伯爵の屋敷で、図書館司書の仕事をするジョナサン・ハーカーが、早々に伯爵の毒牙を受け、吸血鬼はとんでもない変身を遂げ、善と悪の闘いにもこの映画は中立を決め込むといった設定である。

幽体離脱を誘うような音響、クラウディオ・シモネッティのいかがわしい旋律も、バルカン半島の民族音楽ふうの旋律を取り入れているそうです。
テルミンの音色とともに、ドラキュラは狼やコウモリのみならず、鼠や蜘蛛、蠅とゴキブリなど自由自在に変化して、自由自在に始終画面をさまよい、霞がかった物語がぼんやりと流れて消えてゆくような感じ。

中でもドラキュラが一番狙っていた美女、ミナを毒牙にかけようとするシーンには巨大カマキリに変身するが、これは監督のアイデアであり変身は監督自身のファンタジーだというのだ。
ジャームッシュのシニカルで、悩めるインテリなヴァンパイアとは対極をいく、私情にまみれ欲情剥き出しの肉食系ドラキュラ伯爵。演じているトーマス・クレッチマンは、タキシードにマントの定番スタイルではなく、黒のロングコートに身を包んだお洒落な紳士の印象でした。
この監督の作品で「ジャーロ」DVDで観賞してました。
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バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち★★★

2014年04月20日 | は行の映画
エルヴィス・プレスリーやザ・ローリング・ストーンズなど数々のミュージシャンを、類いまれなる歌唱力で支えてきたバックシンガーたち。彼女たちの多くは聖歌隊で歌うことを覚え、才能を開花させた。しかし、多くがソロでの活躍を夢見ながら失敗に終わっている。1960年代から活躍するダーレン・ラヴをはじめ、第一線で活動するバックシンガーがその栄光と挫折を赤裸々に語る。

<感想>音楽界のトップスターたちを陰で支えてきたバックコーラスの女性たちにスポットを当てて、その知られざる成功と挫折を捉えたドキュメンタリー。彼女たちの波乱の人生を、当時の貴重な映像や大物ミュージシャンによる証言と即興セッションなどで描いている。
ロックやソウルのスターたちのライブ映像を見ると、ステージ後方に必ずといっていいほど黒人女性のバックコーラス隊がいることに気付く。中には驚くほどの美人もいるし、たまにはスターとデュエットしたりすると、主役を喰うほど歌が上手かったりする。
黒人女性がプロデューサーから搾取され、メインストリームに躍り出ても、黒いバービーとして男の眼を惹く露出度の高いドレスを着せられること。それでも、70年代にアーティストとして迎えられたロックシーンの話しが楽しい。

デイヴィッド・ボウイとのリハーサル風景や、ミック・ジャガーと何かあった感じのする睦まじい回想などが興味深かった。だが、念願のソロデビューで失敗する経緯は、バックコーラスがプロ意識として裏方なわけではない、という悶々とする現実を見たような気がした。
登場するのはサム・クック、エルヴィス、フィル・スペクターのセッションで活躍してきたダーレン・ラヴをはじめ、ストーンズや「ギミー・シェルダー」での絶唱で知られるメリー・クレイトン。そのストーンズのツアーに現在欠かせない存在であるリサ・フィッシャー、マイケル・ジャクソンの追悼コンサートで注目されてソロデビューが決まったジュディス・ヒルら。

彼女たちが参加したロック~ソウルの名曲をBGMに、父親が牧師の家庭がやたらと多い音楽的背景や、自分たちを正当に扱ってくれた英国白人ロッカーたちへの感謝など、興味深いエピソードが続きます。
バックとはいうものの、いずれも抜群に歌が巧く、聞いているだけで楽しくなってくる。それでも彼女たちは現状に甘んじているわけではなく、いつかはセンターに立ちたいと願望しているのだが、その過程では挫折したり、消えていったり、ショービジネスの過酷な内側が映し出され、華やかさとは裏腹の悲しさが滲んでくる。

それにしても、黒人女性が多いという点が気になった。歌が巧いというだけでなく、そこには使い捨ててもいいという裏事情があるのではと勘ぐってしまった。バックに留まる者とフロントに出る者の違いはどこにあるのか、という問いに、別にスターと比べなくてもいいじゃないの。それぞれ多少地味でも個性があるのだし、声自体は素晴らしいのだから、とは思うだけれど。

でもやはりかたわらに映るミック・ジャガーや、デビッド・ボウイやマイケル・ジャクソンたちの特別な輝きには、本当のスターが映し出されると間が持つなぁと、感嘆してしまう自分もいたりするのだ。
彼女たちは何故にあの立場に甘んじているのだろうか?・・・これまでソロデビューの話はなかったのだろうか?・・・そんな疑問に答えてくれるのが、本作の音楽ドキュメンタリー映画を手掛けてきた、モーガン・ネヴィル監督である。
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危険な関係 ★★★.5

2014年04月19日 | か行の映画
これまでに何度も映像化されてきたピエール・コデルロス・ド・ラクロの古典をチャン・ツィイー、チャン・ドンゴン、セシリア・チャンというアジアを代表する豪華スターの共演で映画化した文芸ラブ・サスペンス。舞台を18世紀のパリから1930年代の上海に移し、名うてのプレイボーイが仕掛ける危険な恋愛ゲームの行方をスリリングに綴る。監督は「八月のクリスマス」「四月の雪」のホ・ジノ。
あらすじ:1931年の上海。そこでは、富豪たちが享楽的な生活を謳歌していた。ある日、女性実業家のジユは、遊び友だちのプレイボーイ、イーファンに背徳的な提案を持ちかける。それは、自分を捨てて年端もいかない少女と結婚した男への復讐として、その少女を寝取って欲しいというもの。ところが百戦錬磨のイーファンにとって、その程度の相手は簡単すぎて面白味がない。そんな彼が目を付けているのは、亡き夫の遺志を継ぎ慈善活動に尽力する知的で清楚な未亡人フェンユーだった。そこで2人は、貞淑なフェンユーがイーファンの誘惑に負けるかどうかを巡ってみだらな賭けを始めるが…。

<感想>本日で上映終了とのことで急きょ観賞。ド・ラクロ作の小説は、今までに何度も映画になっている。この作品は中国映画らしいが、監督ホ・ジノは韓国人。出演者は中国と韓国の混成である。時代設定は、日本が中国東北部に満州国を作ろうとしていた1930年代の後半で、映画は、それなりに時代の雰囲気や気分を出していると思った。ですが、そのことと、描かれる恋の駆け引きの危ういスリルやサスペンスがうまく絡んでいるようには感じ取れなかった。
何とまぁ、ゲームのような恋の駆け引きをして、ゲームに買って勝負に負ける、という言葉もあるが、それはやはり敗者である。今回のプレイヤーは二人、銀行の女取締役であるジユをセシリア・チャンが、その元カレでプレイボーイのイーファンをチャン・ドンゴンが演じている。戦場は1931年の上海。
18世紀に書かれたラクロの原作では夫婦であるジユとイーファンの関係は、元恋人同士にして性別を超えた悪友のような同志のようなものに置き換わっている。これが事を複雑にさせる。

イーファンは賭けの報酬としてジユ本人を要求するが、本心からヨリを戻したがっているのか、単なる制服欲なのか、本人たちも分からなくなってしまっていることがややこしいのだ。
夫婦が自分たちの関係を維持するために、他人を利用する物語は多々あるけれど、それが悪趣味と呼ぶのか純愛と呼ぶかは紙一重ですよね。

恋愛の形も多種多様になってきた現代においては、ともすれば陳腐に映ってしまいがちなさや当て劇の格調を高めているのは、何と言ってもヒロインのチャン・ツーイーの存在感です。美しすぎる、チャン・ツーイー。「グランドマスター」でも輝いた凛とした美を併せて可憐さもあって本当に美しい。イーファンが狙う貞淑な未亡人フェンユーを演じた彼女は、顔をみているだけで、画面がもつという、最もシンプルにして得難い体験をさせてくれる。表情に、動向の一つ一つが、息を詰めて次の展開を見守っているようなサスペンスとなっているのだ。

しかし、ひとたびイーファンと結ばれた彼女は、一転して恋する女の無邪気な顔を見せる。その姿はまるでチャン・ツーイーの映画デビュー作であった、「初恋のきた道」で、ハニカミながら一途に山村を走っていた少女を思い出させます。あの時のツーイーが大好きな先生を思って、せっせと作っていたきのこ餃子は本当に美味しそうだった。ですが、せっかくの手料理は先生の元に届く代わりに、地面に飛び散ることとなってしまう。

そして、一人暮らしを始めたささやかな部屋で、フェンユーがイーファンのために心を込めて包んだ餃子は、またもや過酷な運命をたどるという展開になっています。
それまで、気高い女、可愛いらしい女としての一線を崩さなかったツーイーが、餃子の入った籠を手に屋敷を後にするとき、美しい顔をグシャッと歪めて苦しみを露わにするシーンが。彼女もまた敗者なのだ。ヒロイン二人を自立した女性として描く脚色が現代ふうですね。
旋回するキャメラと三拍子のテーマ音楽からすると、主演3人の力関係でくるくる変転する展開を期待したいところなのだが、この原作の以前の映画化作品にもまして、3人中一人だけが圧倒的権力を握っているように見えるため、ちょっと不釣り合い感じがした。
劇場シーンのサスペンス以外は、予想の枠内に収まる演出ですけど、1930年代の上海を再現した画面と、クローズアップだけで画面を支えることのできるスター3人の魅力で見せているのは良かった。
一方、モテル男とは何か?・・・プレイボーイとは何かを考えさせてくれたチャン・ドンゴンでした。ともあれ、繰り返される「危険な関係」映画化全作品を、この機会にもう一度観たくなる秀作でしょう。
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ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!★★★.5

2014年04月18日 | アクション映画ーワ行
『ホットファズ 俺たちスーパーポリスメン!』などのエドガー・ライト監督、サイモン・ペッグ、ニック・フロスト主演という黄金トリオが放つSFコメディー。故郷の街でパブのはしごをする中年男性5人組が、いつしか世界存亡を懸けた戦いに身を投じるはめに。『思秋期』などのパディ・コンシダイン、『ホビット 思いがけない冒険』などのマーティン・フリーマンら、イギリスの実力派が共演。奇想天外な設定や物語に加え、サイモンとニックが繰り出す息の合った掛け合いも見ものだ。
あらすじ:ひと晩に5人で12軒のハシゴ酒という学生時代に達成できなかった挑戦にリベンジすべく、故郷であるイギリス郊外の街ニュートン・ヘイヴンに戻ってきた中年男性たち。終点となる12軒目のパブ、ワールズ・エンドを目指して、ひたすら飲みまくっては大騒ぎする彼らだったが、どこか街の住民たちの様子がおかしいことに気付く。やがて、住民が何者かによって操られていることが判明。目を光らせて青い血を流す彼らに追い掛けられながらも、五人はハシゴ酒を成し遂げようと逃げては飲んでを繰り返していく。

<感想>この映画は究極なまでにサイモン&ニック&エドガー的な映画になっている。何しろ」、約20年前に成し遂げられなかった「「一晩で12軒のパブで、1パイントずつビールを飲み干す」というミッションを、アラフォー世代となったオッサンたちが、故郷で再会して今度こそ果たそうという同窓会から、地球侵略SFの展開でお決まりの怒涛のアクションムービーになっている。しかし、今回のアクションは前2作をしのぐ爆裂っぷりですから。
そして、最終的にストーリーは、現代のアーサー王物語へと半ば強引に展開していくのである。爆笑に興奮、そして脱力の3つがヤバイ配合で、しっちゃかめっ茶化に合わさったバッドドリップ度がさらにアップしていて、遂には、やつら行きつくとこまで行っちまった感じなのである。

さてそこで思いを馳せたいのが、このサイモン&ニック&エドガーの3人はいったい、このシリーズで何をしたのかということだ。何しろ3本とも、清々しいくらいにバカバカしい映画である。しかし、ただひたすら観客を笑わそうと悪ふざけをしているのとは、全く違うのだ。
「ショーン・オブ・ザ・デッド」も「ホットファズ 俺たちスーパーポリスメン!」も、今回の「ワールズ・エンド酔っぱらいが世界を救う!」も、本物の映画バカによる大真面目のおバカ映画としての明確なメッセージに貫かれているのである。

大人になりきれない大人たちが、大人になりきれないまま悲惨な状況に立ち向かわざるを得なくなる。それが、「コルネット三部作」のパターンであるから。途中で、酒の勢いが入る点と、いい年こいてきたからこそ濃いキャラになる男の友情を描いているという点では、「ハングオーバー!」シリーズにも共通するけれど、自業自得で面倒に巻き込まれていく展開という意味では、「ハングオーバー」シリーズの方が、もうちょっと古典的なコメディとしては気楽に観られる。

特にサイモン・ペッグ演じるキャラクターに、実はこの世はかくあるべきというこだわりと、使命感のようなものがあり、どんくさいようで実は一番それを理解して、そこについて来てくれるニック・フロストが演じる法律事務所で働くアンディがいて、その二人の意志の団結が、のらりくらりとしながらも、熱くストーリーを引っ張っているのだ思った。
これは、エドガー監督やサイモンが、映画なんかで世界は変わらないという冷めた視点は持ちつつも、悲惨な世の中を映画で笑い飛ばしてやることによって、少しは変わるのかもしれないという青臭さを、大切にしているということなのだろう。

この映画を観て思ったのが、「光る眼」や「地球が静止する日」といった侵略SF映画と類似しているように見受けられた。街の人々は、ロボットと入れ替わっていたのだ。ゲイリーたちはロボット軍団から追撃されながら、パブではしご酒をして、謎を解き明かそうとする。
前二作にも登場した英国特有の文化の象徴であるパブが主要の舞台であることに、日本人は若干戸惑うかもしれない。国際資本によって均一化していく故郷への違和感には、きっと日本人も強く共感できるはずです。
ちなみに本作は、「ショーン・オブ・ザ・デッド」「ホットファズ 俺たちスーパーポリスメン!」に続く三部作の完結編とされていて、同種の映画はこれが最後となるらしい。
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ラン・ファットボーイ・ラン 走れメタボ★★★

2014年04月17日 | DVD作品ーま行、や行、ら行
サイモン・ペッグ(『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』)、タンディ・ニュートン(『クラッシュ』)、ハンク・アザリア(『ザ・シンプソンズ MOVIE』)出演の爆笑コメディー。デヴィッド・シュワイマー(『フレンズ』)の記念すべき監督デビュー作。みそぎの激走でデニスは愛を取り戻せるのか? 観ているだけで、気分はランナーズハイ。
あらすじ:ロンドンマラソン当日。テムズ河岸通りを駆け抜ける何千本もの足、足、足。その中の頼りなげな二本の主が、デニス・ドイル。体の締まりもツキもない彼が出場する理由、それはひとえにリビーの尊敬(というか愛)を勝ち取るため。
この男は5年前、お腹に子がいる彼女を置いて、結婚目前で逃げ出したのだ。そして彼と肩を並べて走るのはリビーの新恋人。ハンサム、勝ち組、スタイル抜群のライバル相手に、どうするデニス。
サイモン・ペッグ(『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』)、タンディ・ニュートン(『クラッシュ』)、ハンク・アザリア(『ザ・シンプソンズ MOVIE』)出演の爆笑コメディー。デヴィッド・シュワイマー(『フレンズ』)の記念すべき監督デビュー作。みそぎの激走でデニスは愛を取り戻せるのか? 観ているだけで、気分はランナーズハイ。

<感想>「ワールズ・エンド酔っぱらいが世界を救う!」を観てきたので、その前に2007年の未公開作品を観賞しました。「ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-」で日本での知名度を上げた英国のコメディ俳優サイモン・ペッグ。やはり特異とするのは「ショーン・オブ・ザ・デッド」で演じたような、大人になれない自堕落な男役だ。本作でも、彼のダメっぷりの妙演が存分に発揮されていて楽しめます。
サイモン扮する主人公のデニスは、できちゃった結婚に踏み切るも、挙式直前にビビッて逃げ出したダメな男である。5年後、惰性な生活のせいで腹は突き出て、ランジェリー店の警備員として万引き犯人を追い掛けても、すぐに息が切れてしまう。万引き犯人はオカマだったが、追いつきパンティーは取り返すもブラジャーは持って行かれた。

そんなデニスが大人であることを自覚するのは、元花嫁との間に生まれた幼い息子と過ごす時だけ。生まれた息子が大好きなんですね、「だったら何故に結婚式に逃げたんだと」女として怒り心頭ですからね。一番やってはダメなことでしょうに、最低な男ですよ。
でも、息子はそんなパパが大好きなのよね。だから、ママには、パパと仲良く縁りを戻して一緒に住んで欲しいのよね。子役の息子の男の子が可愛い。元花嫁にはタンディ・ニュートンが演じていて、彼女とは「MI:2」で共演しているのよね。
ところが、元花嫁がイケメン金持ちと再婚することになり、彼の父親としての立場が危うくなる。そのイケメン男にハンク・アザリアが扮していて、確かに彼の方が断然、男前で筋肉モリモリです。

再婚相手が出場するチャリティ・マラソン大会へ出場を決意した彼は、父親の威厳を保つべく奮闘するサイモンの勇姿に応援したくなります。もち、メタボ体型のデニスは、これってお腹に何か物詰めてる、不自然な感じがするもの。
だが、これが言うまでもなく前途多難で、メタボ体型では息切れ必至で、優勝はおろか完走さえままならないだろう。
それからと言うもの、デニスは筋トレや、ジョギングなど毎日のように友達のディラン・モーランがコーチに付いて特訓をします。ですが何よりも意識面が問題で、子供への愛情はあっても責任感が伴わない。面倒なことより、仲間とポーカーをしている方が楽しいに決まっている。
そんな具合の、ついラクな方に流れる主人公像に、リアリティを覚える独身男性が少なくないはずです。ですが、サイモン・ペッグの好演は共感を呼び、クライマックスのマラソンシーンでは応援したくなること必至ですぞ。

前半に飛ばす飛ばす、先頭のランナーを追い抜く時に、元嫁の再婚相手、ハンク・アザリアに足を引っかけられて転び足首を捻挫するも、そこで棄権をせずに痛む足を引きずりながらも完走するんですから。この勇姿をTVでレポーターが応援しているのを見て、元嫁は、彼の逃げ出さない根性の強さを見て再婚を止めます。
やはり、デブッチョの相棒、ニック・フロストが出演していないのが寂しい。
一年発起した男のガッツに胸が熱くなる。自分を甘やかすな、メタボに慣れるな、そんな熱さを笑いとともに伝える傑作です。オタク男子ならずとも必見の予知ありですね。
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17歳 ★★★

2014年04月16日 | さ行の映画
『スイミング・プール』などのフランソワ・オゾン監督が、少女から大人へと変化を遂げる17歳の女子高生の心理とセクシュアリティーをあぶり出す青春ドラマ。不特定多数の男と性交を重ねる名門高校に通う美しい女子高生。ある事件をきっかけにその問題行動が発覚、行動の裏にある少女でも大人でもない17歳の女性の揺れ動く気持ちを描き出す。主演は、モデル出身のマリーヌ・ヴァクト。『輝ける女たち』などのジェラルディーヌ・ペラスや『まぼろし』などのシャーロット・ランプリングが共演。オゾン監督らしい繊細で鋭い心理描写に心を揺さぶられる。
あらすじ:パリの名門高校に通うイザベル(マリーヌ・ヴァクト)は、バカンス先で出会ったドイツ人青年との初体験を終え、数日後に17歳の誕生日を迎える。パリに戻ったイザベルは、SNSを通じてさまざまな男性との密会を重ねるようになっていた。そんなある日、ホテルのベッドの上で初老の男ジョルジュ(ヨハン・レイゼン)が発作を起こしそのまま帰らぬ人となってしまう。イザベルはその場から逃げ……。

<感想>危険なプロット」からこのかたフランソワ・オゾンが絶好調である。この作品にも出ているシャーロット・ランプリングや、カトリーヌ・ドヌーヴのようなベテラン女優との相性も良い監督である。しかし、「現代の若者たちを取り上げた映画を撮りたい」という欲望が、その才能と彼にそれを求める市場とがぴったり合致したからだろう。
すごいと思ったマリーヌ・ヴァクト。この浮世離れした美貌あってこそ成立するこの映画。まったくもって期待を裏切らない人選だと思った。冒頭、双眼鏡で盗み見されるターゲットとしてスクリーンに登場する彼女は、人気のない浜辺に一人たたずみ、あたりを見計らってビキニの水着のトップレスを外す。

その体は、スレンダーだが、ほどよく陽に焼けて伸びやかな肢体は、少女とも大人ともつかない体つきで、その身体に頼りなげな紐で引っかっている素朴な水着がまた何ともアンニュイな感じがした。基本的にポーカーフェイスなのも、何を考えているのか読み取れないミステリアスな年齢を後押ししている。

インターネットのSNSを通じて見知らぬ男たちと性関係を持つようになるのだが、ベッドの上で自分の体をまるでモノのように無造作に投げ出す様が見事です。この年代の少女は、世間や異性に対して自分を極端に守るタイプか、あるいは必要以上に粗末に扱うタイプの二種類に分かれる。
後者は奔放かというとそう単純でもなく、言っていることとやっていることは反対だったりするケースもあるから何とも言えない。物語の設定が春夏秋冬になっているので、地下鉄の駅から密会場所の地上へと上がってくエスカレーターに乗る彼女も、期待と不安が入り交じったスリリングな季節を生きているのだろう。
前作が美少年だったから次は美少女というストレートな流れも嬉しいではないか。夏の浜辺で一人になるとすぐブラを外したり、ベッドで股間をこすり付けたり、これはいかにもフランソワ・オゾンなのかな、と思いつつ観ていたら、結局これは性不感症か、性飢餓症の少女のお話のように思った。
それにしても、日本ならさしずめ援助交際とでもいうのか、自分の父親と同じくらいの年齢の男とホテルで売春をして、もしかしてSMプレイなど乱暴されたり、拉致されたり、映画ではいいことばかり描いているが、大人の男は優しい人ばかりではない。
まるで犯罪映画のようなタッチで、大人たちの眼には怪物に見えそうな少女のことを、勝手に理解して見せるでもなく、突き放すでもなく描いている。結局は、お客の爺様がベッドの上で心筋梗塞でお亡くなりになり、慌てて帰るという。全部監視カメラが捉えていたことも知らずに。警察が動き家に刑事が来て、母親が全てを知ってしまう。

性の知識が溢れて、男は女を、女は男をバカにするに足る情報も十二分な現代に、フェアな関係を獲得することの困難は増すばかり。17歳の娘でいることも、その母親であることも、苦労は計り知れない。それにしても、この怖いほどの生々しさ。ひとつ屋根の下の平和とは何なのか?・・・。両親は離婚して、母親が再婚。その母親について来て一緒に住み経済的には申し分のない生活なのに。

頻繁に出て来る鏡のイメージを通じて、自分を見つめ、自分をつかまえようとする少女。若い娘のみずみずしい裸身がエロチックなのは当たり前だが、その弟も両親や姉の裸を見たりして、妙にエロく撮られているのが気にかかる。
ともあれ、シャーロット・ランプリングがサングラスを外す瞬間よ!・・・ラスボス的な登場は圧巻です。
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