パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

劇場版「進撃の巨人」後編 自由の翼 ★★★★

2015年06月30日 | アクション映画ーサ行
諫山創による人気コミックを基にテレビアニメ化し、そのスタッフが新たに劇場版として再編集した後編。巨人との死闘で自らが巨人化した主人公エレンの運命と、新たに登場する知性を持つ女型の巨人との激闘を活写する。数多くの出演作を誇る人気声優の梶裕貴のほか、石川由依、井上麻里奈らがテレビアニメ版同様本作の声を担当。女型巨人との大迫力かつスリリングな戦いや、エレンのたどる過酷なストーリーに引き込まれる。
あらすじ:兵士として巨人と戦うエレンは自らが巨人化し、審議の結果、調査兵団特別作戦班ことリヴァイ班への所属が決定する。壁外調査へ出発したエレンたちだったが、知性を持つ女型の巨人に襲撃される。多くの犠牲を払いながら、ついに女型の巨人を捕獲することに成功した調査兵団だったが……。

<感想>謎の巨人と人類の戦いを描いた諫山創による人気コミック「進撃の巨人」。そのTVアニメ版の総集編第2弾。巨人化した主人公のエレンをめぐる第14話から、女型の巨人との死闘を描く最終話までを、新ダビングによる5.1chリマスター版として公開。
[劇場版「進撃の巨人」前編~紅蓮の弓矢~]前編を観たので、後編もと観賞したが、これで終わることはまったく無く、まだまだ続きそうでありました。TVのアニメは娘がよく見ておりましたが、私は未見だったので、初めて劇場版を見て気に入りました。巨人化と闘う人間はまるで「ガッチャマン」を彷彿とさせるも、内容はかなり人間を喰らうとは、ドギツくグロイものでした。

前編でエレンが、自身が突如として巨人化するという、驚くべき能力に目覚めてしまう。エレンは巨人から人間へ潜入させられたのか、ミカサを殺そうとしたエレン、自分が何者なのかに葛藤しながらも、その力を巨人との戦いに使うエレン。ですが、冒頭では審議にかけられ、いまにも処分されるような、牢獄に閉じ込められる。
それでも、エレンは調査兵団として巨人と闘うべく、みんなと一緒に塀の外へと馬を走らせます。エレン・エイガは人類の救世主になるのだろうか、それを観たいと思いアニメとて、見応え十分でありました。

歴戦の勇者リヴァイ班に預けられる。生け捕りにされた巨人が何者かに殺されるなど、不穏な空気が流れ始める中、壁の外へと調査へ出たエレンたちは、女型の巨人に襲われ森の中へと逃げ込むのだ。
小さくても知恵を絞って巨人たちを倒すことを考え、目つぶしや足首を斬り、首の後ろを狙うのがコツなのだが、普通の巨人は動作がのろいので何とか小人でもあの手この手で立ち向かうことが出来ます。

ですが、大型の筋肉巨人は頭脳も発達しており、自分の手で首の後ろを隠して狙われないようにする。それに、力も強いのでワイヤーごときは手で引きちぎり、小人たちは地面に叩き付けられて、その後は食べられてしまうのです。
森の中へ入ると、出て来るのは14メートルはある巨人が、走るのは速いのなんの、ワイヤーなんて手で払いのけるし、あっという間に馬に振り落とされたエレンが取り囲まれる。あいつは巨人の身体を纏った人間だ。誰かを探しているのなら、エレンに違いない。巨人の気を引くことができる。

デカ女めが、昔は小人人間たちもこの森の近くに住んでいたのだろう。小さな家がたくさんある。木の上に逃げる小人人間たち、だが、巨人たちはワイヤーを振り払い人間を喰い始める。
エレンが自分の指を噛み始める。つまり自分が巨人化して一緒に戦おうとしているのだ。

その時、力を合わせてメガタの巨人を生け捕りにする小人たち。巨人になる小人の人間が、「俺たち人間を100人の仲間の命を喰ってしまったのだ」と怒るリヴァイ。

捕獲した巨人が森中に聞こえるように雄叫びを上げる。調査兵団たちは、巨人の手足を切り刻み殺してしまう。その後も襲ってくる巨人たち、目を狙え、首の後ろを狙え、エレンが巨人に変身した!・・・森の中で巨人の女とエレンが戦うシーンが凄いのだ。
エレンを巨人になるのを止めていた隊長のアルビンは、もっと早くにエレンを巨人化させておけば、こんなに被害を大きくすることはなかったのに。しかし、筋肉巨人の女は、鋼鉄のように手足がガラスのように光って硬くなるのだ。

二人の戦いは、まるでボクシングをやっているように見えた。だが、鋼鉄のように硬い巨人は、エレンを倒して食いちぎってしまう。首の中からエレンの小さな身体が見えるも、そのまま食ってしまう女巨人。
まるで鋼のような筋肉の身体の巨人、刀も銃も利かないし、手も足もでないとはこのことだ。「足を狙え、目を狙えと、エレンを助け出せ!」と、巧く助けることに成功して、馬で撤退するみんな。
塀の中へと逃げ帰る調査兵団たち、しかし、憲兵団のアニーがな、な、なんと、メガタの巨人に変身するではないか。つまりは、小人人間の中には、エレンと同じように巨人化するものが潜んでいるということなのか。

エレンが手指を噛んで自分もメガタの巨人に変身しようと頑張るも、目的がしっかりしてないと巨人化できないのだ。エレンが胸に杭が刺さったまま巨人に変身する。
ミカサとアルビンが「なんでお前らは戦えるんだ」「仕方がないでしょう、世界は残酷なんだから」って、この二人は塀の中で戦うのかい。それに、塀が崩れて現れたのは、なぁ、なぁんとびっくりしたぞ!・・・この巨大な塀の中には考えられない怪物が塀の柱になっていたとは。

巨人に翻弄されながらも、エレン自身が変身して巨人化するとは、それでも心はエレンのままなので、なんとか襲ってくる巨人と戦い塀の中にいる人間たちを守ろうと必死な姿が印象的です。アニーのように、巨人化する小さな人間がもっといるのだろう、次回に期待したいです。
8月1日から、実写版の「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」が、前後編2部作で巨人対人類のバトルが繰り広げられます。エレン役には三浦春馬が演じるほか、長谷川博己、水原希子、石原さとみ、國村隼といったキャスト陣が集結。原作にはないキャラクターも登場するなど劇場版ならではの展開や、巨人のビジュアルやすさまじいバトルの描写も見どころの一つだそうで、これは観なくては損ですぞ。
2015年劇場鑑賞作品・・・133映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング

ストレイヤーズ・クロニクル★★★

2015年06月29日 | アクション映画ーサ行
本多孝好のベストセラー小説を実写化したアクション。極秘実験で視力・聴力・筋力などが常人よりも発達した青年が、謎の殺りく者集団との激闘を繰り広げながら自身の秘められた宿命と対峙(たいじ)する。メガホンを取るのは、『へヴンズ ストーリー』などの瀬々敬久。『悪人』などの岡田将生と『寄生獣』などの染谷将太が、導かれるように激突する異能力者たちを快演。その脇を、成海璃子、豊原功補、石橋蓮司、伊原剛志らが固める。スリリングなストーリーに加え、岡田が繰り出す体を張った渾身(こんしん)の見せ場にも熱くなる。
<感想>「真夜中の五分前」などの気鋭のミステリー作家、本多孝好の小説を、「デスノート」や「GANTZ」の制作チームが映画化したもの。それは特殊能力者同士の戦いを描くアクションもので、何だかハリウッド映画の「X-MEN」を参考にしたようだ。

極秘機関によって“進化して”誕生した2組の子供たち。特殊な能力を有して育った彼らが選んだ道は、かたや未来への希望を信じ、かたや未来の破壊と、正反対だった。彼らを利用しようとする権力者たちの思惑も絡み、人類の未来を決する悲しい戦いが始まる。
「クロニカル」とは、時間とか年代記という意味で、岡田くん扮する超能力者となった昴が主人公なのだが、彼の率いる希望の集団は、ホルモン操作で身体能力を異常発達させたグループ。

ですが、アクションは「X-MEN」を期待してたので、日本版はいかにもなって感じで物足りなかった。両者の怒りとか友情とか救いとか希望とか、感情がアクションの中に積み重なっていき、それが一気に弾けるという。確かに人間には寿命があり、何時かは死が訪れるのだが、彼らは20歳位の成人になると、体が破綻して死んでしまうというのだ。その短い命を、国の未来のために使うことは出来なかったのだろうか。
未来の希望を信じるのは、脳内ホルモンを操作して異常進化を促し、人間の限界を超える身体能力を発揮できるようになる。

リーダーの昴を演じるのは、岡田将生。視覚と脳内神経の伝達速度が高度に発達し、相手の動きの先を読んで反応できるため、まるで未来を予知しているように見える。またその力によって、見ただけで全ての格闘技を習得できる。仲間を想う気持ちは強く、能力の代償として精神崩壊の危機を抱える仲間を守るために、彼らを生み出したプロジェクトの重要人物である外務副大臣・渡瀬、伊原剛志に渋々ながら協力するも、渡瀬は超能力者となった彼らを全滅させるために警察を使い襲撃してくるのだ。

成海璃子=沙耶、聴覚が異常に発達し、1キロ先の羽音まで聞き取れる好感度すぎる能力に常に悩まされている。音楽大学に通いチェロ奏者で、口は悪いが真っ直ぐな性格で、昴を慕っている。
白石隼也=亘、筋力が異常に発達し、痛覚も麻痺しているため、超剛腕にして無痛。大柄の男を10メートル以上投げ飛ばすことができ、ナイフで刺されても痛みを感じない。精神が破綻して渡瀬のところへ預けられる。そして、何故か狂暴な精神状態となり、破綻を止める注射をしないと生きられない。

清水尋也=良介、目にした全ての事象を映像として脳内に記憶し、さらに求める情報を瞬時に取り出すことができるスーパー・コンピューター並みの情報記憶、検索能力を持つ。それ故に、消せない記憶に悩まされ、繊細で引きこもりがちである。

瀬戸利樹=隆二、速筋が異常に発達し、通常の人間の視覚ではまったく見えないほどの超高速で移動することができる。性格は明るく楽天的で、里親の元で能力を隠し、ごく普通の高校生として暮らしてきた。

もう一つの超能力者の集団は、遺伝子操作で他の生物の能力を持って生まれたきたグループ。そのボスは、学が率いる絶望チームの暗殺者集団アゲハで、染谷将太が車いすに乗り、やるきのない演技でかったるそうに「僕は体内に致死率80%のウィルスを共存させていて、死ぬと抑制抗体がなくなり、ウィルスが拡散されてしまう」と危ないやつを演じている。
学は冷酷で非常識な人物だが、不思議なリーダーシップでチームを統率している。アゲハ蝶のカードを残す殺人事件を次々と起こしているため、「アゲハ」と呼ばれ、チームスバルに追われることに。

松岡茉優=モモ、異常肺活量の動物の遺伝子が組み込まれて生みだされ、口の中の祖列矯正器具に仕込んだ鉄刃をテッポウ魚のように吹いて攻撃する。素早さと破壊力はマシンガン並みだが、素顔は今時のキャピキャピな女の子。

高月彩良=静、フグや蛇の毒素を持つ遺伝子を組み込まれて生まれた。離れた相手をも幻惑麻痺させるフェロモン放ち、硬直した相手に口づけで毒を注入、死に至らしめる。一見クールだが、女性としての豊かな愛情を内に秘めている。若くて美人な静に言い寄られてキスを迫られるなんて、男役者の役者冥利に尽きる。

鈴木伸之=壮、チーターやバッタなどの遺伝子によって、超高速移動の能力を持ち、ボウイナイフを駆使するパワー派。陽気でノリの良いタイプだが、実は刻々と迫る命の期限に恐怖を抱いている。

柳俊太郎=ヒデ、アルマジロや甲虫の遺伝子を組み込まれており、皮膚を鱗状に変形させて、拳銃の弾丸を弾くほどに硬化させることができる。長く鋭い爪は、鋭利な刃物同様の殺傷能力を持ち、リーダーの学ぶに深い忠誠心を抱いている。

黒島結奈=碧、イルカやコウモリなどの遺伝子によって、人間には聞こえない高周波を発し、敵を探索するレーダー能力を発する。ただし戦闘能力は低いが、チームアゲハの中で唯一生殖能力を持つため、彼らの未来への希望を繋ぐ存在となる。
そこに、豊原功補が、元自衛官の武闘派、伊坂役に扮して、渡瀬の腹心の部下であり、謎のプロジェクトに加わる。もう一人、石橋蓮司演じる元官房長官の大曾根は、日本にフィクサーの一人で、昴たちの実験の初期段階に関わっていた。渡瀬を警戒している。
見所は、超能力者たちの瞬間移動とか、銃撃をかわして撃たれて向かっていくとか、最終盤での岡田くんと染谷くんの対峙とか、「今を生きる」という諦めることの素晴らしさというか、人間の業まで感じさせてくれました。それでも、ラスト近くで学がある種の諦めというか、諦念の気持ちを出していましたね。
あんまし期待して見ると、終わった後でがっかりしますよね。何が超能力かって、誰が超能力を発揮してとか、とにかく見て下さいな。もやもや感が残ります。
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愛を積むひと ★★★.5

2015年06月27日 | アクション映画ーア行
エドワード・ムーニー・Jr.の小説を基にしたヒューマンドラマ。北海道で第二の人生を過ごそうとする夫婦が、改めて自分たちの愛情や絆を見つめ直す姿を追い掛けていく。メガホンを取るのは『釣りバカ日誌』シリーズなどの朝原雄三。佐藤浩市と樋口可南子が主人公の夫婦にふんし、その脇を『悪夢ちゃん』シリーズなどの北川景子、『日々ロック』などの野村周平らが固める。温かな物語に加え、北海道の大自然と美しい四季の移ろいを捉えた映像も必見。
あらすじ:東京の下町で営んでいた工場を閉鎖し、残りの人生を北海道で過ごそうと決意した篤史(佐藤浩市)と良子(樋口可南子)の夫婦。かつて外国人が暮らしていた家を手に入れて暮らす二人だが、仕事一筋だったゆえに篤史は手持ちぶさたになってしまう。そんな彼のために良子は、家を囲む石塀作りを頼む。しかし、良子が以前から患っていた心臓病を悪化させて他界してしまう。深い悲しみに沈む篤史だったが、石塀作りを手伝う青年・徹(野村周平)との交流や、娘・聡子(北川景子)との再会を経て、前を向くようになる。

<感想>エドワード・ムーニー・Jr.の小説「石を積むひと」を、舞台をアメリカから北海道に移し替えての映画化。巨匠山田洋次の愛弟子である「武士の献立」の朝原雄三監督、師の代表作でもある「幸福の黄色いハンカチ」を彷彿とさせる古典的な佇まいを持った“昭和”の夫婦の愛情物語に仕立てている。
第二の人生を過ごすために北海道に移住した主人公が、妻、良子に先立たれながらも、妻の遺した手紙によって生きる意味を取り戻して行く姿が描かれています。

荒木プロデューサーが言うように、これは「夫作りの話」だと思う。死んだ後の妻の存在感は、ある意味「夫婦フーフー日記」以上と言えるだろう。

しかし、善き妻だったからこそ、こういう亡くなった後に夫を想って手紙を遺したりするのだろう。私は、こういうのは苦手で、生きている内に何でも話して分かり合えたら良かったのにと。年を取るにつけ、長年連れ添った夫婦というものは、日常会話くらいしかしないで、文句の一つや愚痴の一つも言いたいのを我慢して堪えて暮らしている。
顔を見れば、口を開けば喧嘩腰でボソっと言いくるめてしまう夫に対しては、年を取った夫婦は妻の方か、夫の方が我慢をして言わないでおくことが懸命だから。波風の立たないように過ごすのが家庭安泰の秘訣でしょう。でも、こんなふうに手紙を遺しておけば、いくらかは妻の有難みも解ってくれるでしょう。

だからこそ、妻に導かれて、若い世代の、疎遠だった娘の聡子が北海道の家へ帰って来る機会を作るのである。妻子のある男と不倫をして、挙句に不倫した男の妻が自殺未遂を起こして、二人は別れてしまう。そのことを、真面目一方の父親は許すはずもなく、激怒して絶縁状態になってしまう。それが、妻の葬式をきっかけに北海道の家へ帰って来る。

して、石掘作りを手伝う10代のカップルたちのことは、始めは若者を嫌っていたのだが、家に泥棒が入り金と大事にしていた真珠のネックレスを盗んでいく。挙句に、早く帰った妻と泥棒の若者が鉢合わせをして、押し倒され頭を殴打し、足首を捻挫で入院してしまう。
実はその泥棒は、石塀を手伝っていた若者とその悪友で、そのことを若者は恋人に話て、妻が退院した後に、その彼女が毎日のように家の手伝いをしてくれる。すまないと思っての事だろうが、妻だけが知っている秘密だ。
その若者の高校生の恋人は、妊娠をしており両親にもバレてしまい勘当寸前。若者は窃盗のことが警察にバレたら前科もあるので刑務所行なのに、子供なんていらない、父親になることを拒否するのだ。しかし、女子高生の彼女は子供を産みたいし、妻が亡くなった後に、石塀を作ることを断念しないで続けていた夫の家に、その若者二人が相談に来る。

女子高生の両親には、養父の柄本明に母の吉田羊が演じて、養父の柄本さんがとても物分りのいい頑固親父を演じていて、観ていて嬉しくなった。始めは怒り心頭だったが、孫が生まれることを喜び、その相手の若者も許して、1年間知り合いの農場へ働きに出すのだ。
それに、石塀作りも年老いた身体にムチをうっての手伝いには感心しました。石塀が完成して、学生時代に妻と登った十勝岳にリユックに妻の遺影を入れて一人で登る。そこで、天候が悪化して足を滑らせ落ちてしまい大怪我をする。そこで、柄本の爺さんが娘の聡子に電話をして知らせ駆け付ける娘。まだ、そこでも娘との親子の断絶は続いていて、娘を許すことはなかった。それが、退院してきて一人で電気も停電し雪の降る夜に、柄本が酒と食べ物を持参してきて、二人で酒を酌み交わし、柄本が娘の写真を見せろと言い出す。そして、アルバムを探しに行く篤史が、アルバムを開いてまたもや妻の手紙を見つけるのだ。
北海道の美瑛の広い土地に、ぽつんと赤い屋根の一軒家が、地域の人たちと仲良くして、寄り添うことで自らも再生していく姿が、観る者の心に響き、四季になぞらえた希望と継承の主題がくっきりと浮かび上がるのが最高です。
それにしても、妻の誕生日に毎年一粒の真珠をプレゼントするなんて、もちろん本物の真珠なんでしょうが、妻が亡くなるまでに首回りに達しなかったことが悔やまれるのでないかしらね。足りない分をリボンで結んで、このご主人の性格が現れているようです。それも、形見として、娘の聡子の手に渡って良かったです。これは感動しました。
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滝を見にいく  ★★★★

2015年06月26日 | DVD作品ーた行
『キツツキと雨』『横道世之介』で知られる沖田修一が監督と脚本を務め、山の中で遭難した中年女性たちの生き残りを懸けた戦いを笑いを交えて描く人間ドラマ。いきなりのアクシデントに見舞われながらも、お互いの知恵と機転で危機を脱しようと頑張る女性たちの姿を活写する。出演者は主婦をはじめ全員がオーディションで選出。日常生活とかけ離れた場所で発揮される、彼女たちの本能に目がくぎ付け。
あらすじ:7人の中年女性たちは温泉付き紅葉ツアーと銘打った旅行に参加し、それぞれが思い思いに山道の散策を楽しんでいた。だが、彼女たちの先に立って案内していたツアーガイドの姿がこつぜんと消え、7人は山中に置き去りにされてしまう。携帯もつながらず、食べる物も宿泊できる施設もない中、彼女たちはサバイバル生活を余儀なくされ……。

<感想>オーディションで選ばれたおばちゃんたちの魅力的なことといったらない。彼女たちが山中で迷うって設定がすでに秀逸ですが、そのワン・シチュエーションだけで、1本の映画に仕上げてしまうのはさすがですよね。
それに、ほぼ全員無名のキャストということも手伝って、最初は“おばちゃん”という群れにしか見えなかったのが、会話の端端からキャラクターの過去を浮かびあがらせ、それぞれにきちんと物語までつけさせる脚本の巧さに脱帽した。
沖田修一監督、常連のツアーガイドの兄ちゃん黒田大輔の、泣いているんだか笑っているのだか解らない表情も最高。

これが男たち、おじさんだとこうはいかないだろう。この映画の主人公は7人のおばちゃんたちだということで、山で道に迷ってしまい、一晩夜を過ごすことになるという。男たちだったら、果たして無事に一夜を過ごすことが出来たであろうか。
この映画は、7人の紅葉を愛でるトレッキングと温泉へ1泊のツアー旅行なのだろう。山の黄色く染まった紅葉が先に観られて、それから7人のおばさんだけの山道へと紅葉を愛でて、のんびりと撮影をしたり、歩きながらおやつを食べるおばちゃんもいる。
そうしている内に、ガイドの青年がどうやら道に迷ったらしく、昼の弁当を置いていけばいいものを、その弁当を持って道を調べて来ると言ったきり戻ってこないのだ。

暫くは、その場所で小鳥の声を聴いたり、一休みする人もいたりと、こんな大変なことになるとは思っていないのだ。そして、痺れを切らしたおばちゃんが、2組に分かれて、一組はガイドを探しに行くのと、この場所で待っているのと、2組になってと提案する。
ガイドを探しに出かけた組は、まるで「青い鳥」のようにお菓子の屑を(ポテトチップ)道に落として、帰り道を迷わないようにと。これは無駄なことですよ、そのお菓子は、後でみんなのお腹に入った方が得策ですもの。

残った組には、腰に持病を抱えて歩くのが辛いおばさんもいる。それに、山の中では、絶対にタバコを吸ってはダメなのに、水商売の女がタバコを吸い始める。それを見て、叱る腰の痛いおばさん。それに、太極拳を習っているおばさんが、暇を持て余して太極拳をする。それに習ってみんなも優雅に太極拳を真似る。垂れ下がった蔓で、それを編んでリースを造るおばんさんもいる。
そして、夕方になり、ここで野宿をすることに。すると、みんな持っているお菓子を出し合い、キノコとかクルミ、柿や木の実を取り、それに石を集めて焚火をするのだ。まさか、甘食を木に刺して火にかざして焼いて食べるとは。温かい火のぬくもりと有り合せの食べ物、そしておしゃべりに歌「恋の奴隷」を歌う人もいる。

もう、これは遭難ではなくて、キャンプをしているような、レジャーシートの上に枯れ葉を敷き詰めて布団代わりにして、7人が雑魚寝する様も圧巻ですから。でも、救援のヘリコプターが来ると期待するおばちゃんたち。TVのニュースで自分たちが映し出されるのが嫌だというおばちゃんもいる。
映画作りの行程が、そのまま女性陣の精神の解放に連なっている感じがします。女たちは、誰も「天は我々を見放した」と、悲観的にはならない。運よく雨が降らなかったのが幸いでもある。若い人が混ざってないせいもあるのだろうか、殆ど40後半から60歳くらいまでだから、人生の辛さも甘さも経験済みで、度胸が据わっている。

次の朝は、小川で顔を洗い口をすすぐ。そして来た道を戻ろうという。7人もいれば、中には自分の意見を主張するおばちゃんもいるだろうが、この映画の中では、なんだかんだと自分の言いたいことを言っても、誰かの意見が正しいと分かればそれに従うのだ。しかし、朝になっても救援のヘリの音もしないし、山狩りの消防団の人たちの声もしないのだ。
そんなことはあまり考えていないようで、みんなは、寄り道になってしまうのに、一人のおばちゃんが、滝を見て帰ろうと言う。写真を撮っている2人のおばちゃんは、大賛成で、水の落ちる方向へと耳を澄ませて降りていく。天気も良好で、もし雨が降っていればそうはいかない。そんなに大きい滝ではないが、マイナスイオンがたっぷりと浴びて、英気を養い楽しそうに太極拳をする人や、ソプラノ歌手ばりに唄いあげる人もいる。

7人のおばちゃんたち、途中で病気になったりケガをしたりとか無かったのも不幸中の幸いである。戻るということは正しいことで、そのまま上へと登って行ったなら、またもや道に迷ってしまうことになるだろう。滝の小川を下って行くと、ガイドの青年が泥だらけで嬉しそうに手を振っている。もしかして、救援を頼むことはなかったのだろう。お弁当も手に持っていないし、途中で足を滑らせて弁当を手放して川まで落ちたようである。
それに、みんなが登ってきた出発点への帰還である。入口近くまで来て、赤いトラクターのオジサンを見つけて、村まで乗せてもらうところでこの映画は終わる。彼女たちは、その後に温泉にでも入って、ご馳走を食べたのだろう。
一人で山へ登山することはないかとは思いますが、山で道に迷って遭難したら、前へと登って進まないで、来た道を引き返して見るのが正解であります。おばちゃんたちのバイタリティと、山ン中で遭難しても、今まで培った人生の知恵と工夫で何とかやりとおすという、凄いパワーを貰った感じがしました。
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サンドラの週末 ★★★

2015年06月25日 | アクション映画ーサ行
カンヌ国際映画祭パルムドールを2度受賞したベルギーのジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ兄弟による社会派ドラマ。従業員のボーナス支給のため上司から解雇を言い渡された女性が自身の解雇撤回のため奮闘する姿を描き、数多くの映画祭で話題となった。主演は『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』などのオスカー女優マリオン・コティヤール、ダルデンヌ兄弟作品常連のファブリツィオ・ロンジョーネやオリヴィエ・グルメらが共演。
あらすじ:体調が思わしくなく休職していたサンドラ(マリオン・コティヤール)は、復帰のめどが立った矢先の金曜日、ボーナス支給のため一人のクビを切らなくてはならないと解雇を通告される。ところが、同僚の計らいで週明けに職員たちが投票を行い、サンドラのためボーナス返上を受け入れる者が半分以上になればクビを回避できるという。その週末、月曜日の投票に向けサンドラは同僚たちの説得するため奔走するが……。

<感想>ヨーロッパの不況を背景にしたストーリーを通して、平凡な庶民を取り巻く厳しい現実を描き出している。職場で解雇を宣告されたサンドラが、同僚たちに“ボーナスを諦めて自分の復職に賛成してくれないか”と頼んで回るという、誰の身にも起こりうるシビアな物語。本当のタイトルは、「2日と1夜」の命をかけた戦いの記録で、これは遊びではない。再就職のクビがかかっている労働者の切実な問題なのだ。
その主人公サンドラを演じるのは、演技派の人気女優マリオン・コティヤール、監督はベルギー映画を世界レベルに押し上げたジャン=ピエール・ダルデンヌ&リュック・ダルデンヌ兄弟。

名立たる演技派と巨匠だけに見応え十分で、体調不良(鬱病)で仕事を休んでいたサンドラが、復職しようとした矢先に、一方的に解雇を言い渡されるところから映画が始まる。
16人全員にボーナス1000ユーロを支給するために、一人だけ解雇する必要があるという会社側の言い分に反旗をひるがえすサンドラ。果たして仕事仲間はボーナスを取るか、サンドラを取るか。一人の労働者の解雇をめぐって全員の意見を聞く「再投票」に向けて過酷な戦いが始まる。
この会社側の“再投票“というシステムに若干の違和感を覚えなくもないが、要するにこの映画はサンドラという一人の女性労働者が「再投票」に向けて同僚を一人一人説得していくその過程を克明に描くことにある。

そこから見えて来るのは、ボーナス目当てのギリギリの生活に強いられている労働者の過酷な現状であり、ボーナスか仲間の二者択一を迫られる彼らの切羽詰った心情であります。様々な苦しい事情を抱えた同僚たちのポートレートも描写され、仕事仲間の人生とお金を天秤にかけた生々しい人間模様が圧巻である。サンドラが、途中で泣きわめき神経衰弱のような症状になり、夫に離婚してくれとか、睡眠薬をひと瓶飲んでしまい、病院へ連れて行かれて胃の洗浄をしてもらうこともある。追い詰められたサンドラの心が、またもや鬱状態に陥り、泣くばかり。

この「2日と1夜」の奔走から明らかになるのは、サンドラの目を見張る成長ぶりと、そこには、妻に寄り添う夫との、夫婦愛や職場仲間の連帯意識が垣間見えてくるのだが、夫の妻の稼ぎを当てにしている情けなさも見て取れる。
妻が鬱病で仕事を休んで、会社からクビ宣言されるということは、日本では当たり前のようなこと。フランスだからなのか、日本では労働組合のある大手でも、赤字で会社が倒産の危機に落ちると、殆どリストラのクビ宣告を受けるのが実情。いつまでも、同僚まで巻き添えにしてまで、同僚たちも明日は我が身だと知っているから、同情の余地はない。

サンドラが時を経ずして強く逞しく成長していくあたりは、演じているマリオンの真骨頂でもあります。もちろんその絶妙な演技の陰には、緻密な演出とドキュメンタリーのような自然体の絵作りの監督の眼があることはいうまでもありません。
週末の2日間の出来事に焦点をしぼったリアルで緊迫感みなぎる映像の世界は、家族愛や人間の善意といったテーマもはらんで、そのささやかな希望が観る者の心を揺さぶらずにおかない。そして、サンドラの最後の決断が深い余韻を残す感動作に仕上がっています。
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ブラックハット ★★★

2015年06月24日 | アクション映画ーハ行
『インサイダー』『ALI アリ』などのマイケル・マン監督が、サイバーテロをテーマに描くクライムアクション。コンピューターやネットワークに対して攻撃するハッカー「ブラックハット」を題材に、ネットワーク不法侵入により世界を脅かす凶悪犯を追跡すべく、獄中から駆り出された元ブラックハットの奔走を活写する。『マイティ・ソー』シリーズなどのクリス・ヘムズワースが主演し、『ラスト、コーション』などのタン・ウェイとワン・リーホンらが共演。
あらすじ:ネットワークに不法侵入されたことで香港の原子炉が破壊されてしまい、さらにアメリカの金融市場も被害を受ける。アメリカと中国の合同捜査チームは事件解決のため、現在獄中生活を送るすご腕ハッカーで天才プログラマーのニコラス(クリス・ヘムズワース)に協力を要請。犯人は以前彼が開発したプログラムを応用しており、正体・目的共に不明の犯人のしっぽをつかむべくニコラスは捜査チームと一緒に世界中を駆け巡るが……。

<感想>何故タイトルが“黒い帽子”なの?・・・コンピューターやネットワークに悪意のある攻撃を仕掛ける、ハッカーのことを指しているスラングなんだそうです。
あらゆるものがコンピューターで制御されていて、それがネットワークで繋がっている現代を象徴するような映画でした。高度な技術を持つハッカーの手にかかると、すべての情報が丸裸になり、文明のある所にいる限りは、監視の目を逃れられないってことなんですね。
しかも、相手がどこに隠れているのかも分からないまま。いやぁ、怖い時代に生きているんだなと、つくづく思いましたよ。今年の10月から日本も個人個人にナンバーを取りつけて、保険から年金、挙句に預金や財産まで一括して解ってしまうというから、この映画をみてただ事じゃないと思いました。

監督はかつてTVの「マイアミ・バイス」で一世を風靡したマイケル・マン。前作の「パブリック・エネミーズ」から、なんと5年ぶりに手掛けた新作とあってか、力が入っているようです。題材が題材だけに、姿の見えない相手とコンピューターを挟んで、頭脳戦を繰り広げる映画かと思ったら、激しい銃撃戦や爆破シーンもあって最後まで飽きさせません。
正直にいって、キャスティングを観て、天才ハッカーのハサウェイ役がクリス・ヘムズワースだったので、どうしてと?・・・困惑したけれど、あまりにも「マイティ・ソー」のマッチョなイメージが強いクリス・ヘムズワースだったもので、でも、アクションシーンもあるので、彼を使った意味はあったのでしょう。

そして、彼とチームを組む中国人兄妹には、アン・リー監督作の「ラスト・コーション」の熱演が世界的に評価されたワン・リーホン扮するダーワイとの友情や、その妹リエン(タン・ウェイ)との恋愛などもたっぷりと描かれていて、無邪気さとインテリジェンスと誠実さが同居したクリス・ヘムズワースの魅力が出ていたと思う。

ワン・リーホンが乗っていた車に爆破装置が付けられていて、クリスと恋仲のリエンが車から降りた途端に爆破とは、イケメンのワン・リーホンが哀れでならない。
それにしても、機械音痴の私には、次々と出てくる専門用語がチンプンカンプンだし、画面で見るハサウェイが何をしているかもよく理解できない。PCの遠隔操作で原子炉が破壊されたり、香港の街には、この放射能の被害がなかったのでしょうか、気になります。

ですが、そんなPC音痴の人にもストーリーに引き込まれるように作ってあるので、空撮を駆使した雄大な風景から、コンピューターのチップの中をCGで見せるミクロな展開まで、ダイナミックでかつスタイリッシュな映像が散りばめられていて、観客の目を釘付けにします。

香港からマレーシア、ジャカルタへと移動して、アジアのエキゾチックなロケーションを活かしているのも大きな特徴ですよね。壮大なるスケールを舞台に、ヘムズワースが頭脳と肉体の限界を駆使して挑む極上のサスペンスアクションから目が離せない。
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呪怨 ザ・ファイナル ★★★

2015年06月23日 | アクション映画ーサ行
ハリウッドでもリメイクされた、大ヒットJホラー『呪怨』シリーズの完結編。行方不明の妹を捜す女性が、すさまじいパワーを秘めた呪いと対峙(たいじ)する姿を追う。メガホンを取るのは、『感染』『学校の怪談 呪いの言霊』などの落合正幸。『摂氏100℃の微熱』などの平愛梨が怪奇現象に襲われるヒロインにふんし、絶叫演技を披露する。あの俊雄くんがどのような形で登場するかにも注目。
あらすじ:小学校で教師をしている妹の結衣が姿を消したと知らされた麻衣(平愛梨)。その行方を追ううちに、結衣が不登校を続けていた佐伯俊雄(小林颯)という生徒の家を頻繁に訪ねていたという情報をつかむ。結衣の情報を得るために佐伯家に向かうが、屋敷は解体されて更地になっていた。不動産業者から佐伯家の屋敷が呪いの家だと聞かされて困惑する中、麻衣の周囲で奇怪な現象が頻発する。

<感想>1999年のオリジナルビデオから始まって、劇場版、ハリウッドでのリメイクも実現するなど、名実ともに日本を代表するホラー映画と言える「呪怨」シリーズ。前作の呪怨―終わりの始まりー」(14)で恐ろしいく怖い目にあった結衣の佐々木希さんもちらっと出てきます。
今回は“ファイナル”と謳い、ついに最終章へと突入。って嘘ですからね。最後まで観るべし。怪奇現象をはっきりと見せるのが特徴の「呪怨」。

本作では、俊雄くんが増殖したり、伽椰子が至るところで登場人物たちに忍び寄り、有無をいわさず襲ってきたりと、トラウマ必至の映像が次々と飛び出してきます。呪いの被害者たちの絶命の仕方にも震えあがりますから。

いやぁ、俊雄くんはいいとしてもですよ、母親の、伽椰子が出てくる場面は、長い黒髪と血走ったギョロ目がたまらなく怖いですから。それも、ここぞと言う時には、必ず恐怖のあの声と音響とともに出て来るんですから。

それも、何か今回の伽椰子は、貞子のようにも見えましたね。特に、麻衣のアパートの郵便受けから腕が出て来て、それから長い黒髪に加奈子が出てくるところは、貞子かお前は、って笑ってしまった。

本作のヒロインは、結衣の姉の役で平愛梨が、ホテルの客室係りで出ていました。前作で失踪した妹結衣の行方を追う中で、様々な恐怖に直面する麻衣の役で身体を張っての熱演でした。麻衣の夫も恐怖の怨霊に怯えます。

そして、佐伯俊雄を引き取る叔母さんの娘におのののかが、その同級生に柳ゆり菜など、今が旬の美女たちが女子高校生役を演じています。その女子高生も、おのののかの家へ遊びに行き、俊雄君の部屋を覗き、興味をもったために一人は、何故か、天井に頭を突き破って死んでいるのを発見されます。それに、レオ役のおのののかちゃんは、背中をエビゾリするかのようにポキッと折りたたんで殺すんですから。最後の友人は、黒いイカスミスパゲッティを食べていて、もしかして、パスタの中にミミズとかムカデがウニョウニョしてるかと思ったのだが、そのまま顔が黒くなって死亡。

彼女らの絶叫演技が、観る者をより恐怖の底へと引きずり込むようですね。女子高生の凄まじいキャーキャーという悲鳴が、うるさいです。
不動産屋の袴田さんが出ていて、この家は呪われている、取り壊さなければと、更地にしてしまいます。更地にしても、夫や父親に殺されて怨念を持つ恨みは消えません。怨霊となってその親戚や、俊雄のことを調べる先生とか、その結衣先生が行方不明になったことで、姉の麻衣が調べ始めるわけ。

だから、もちろん麻衣のところにも母親の伽椰子が付き纏い、仕事先のホテルまで押しかけてきては、麻衣を恐怖に陥れるのです。他の人には見えない怪奇現象に怯える麻衣が可愛そうです。
そして、親切にも前回の物語を早回しで解説してくれるので、今回初めて観る方にも解りやすいと思います。佐伯の父親が、母親が生んだ男の子、俊雄を自分の子ではないとプッツンとキレてしまった父親が、母親の伽椰子をトシオの見ている前で首を捻じって殺し、飼っていた黒猫は叩き潰して電子レンジの中へ、確か俊雄くんはお風呂で殺されていたような、母親の死体は2階の押入れの天井裏に隠して、父親は首を吊って死んでしまう。
タイトル“呪怨“とは、「人が強い怨念を抱いて死んだ時、呪いが生まれる。 その呪いは死に場所に蓄積し__そこに触れた者は呪いに取り憑かれる」つよい恨みを抱いて死んだモノの呪い。

それは、死んだモノが生前に接していた場所に蓄積され、「業」となる。 その呪いに触れたモノは命を失い、新たな呪いが生まれる。」という意味だそうです。
亡くなった今までの人達は、誰かがキチンと弔ってあげないとその霊魂は、この世を彷徨い、ましてや死にたくないのに、惨忍な殺し方で殺されれば未練たっぷりでこの屋敷にきた者たち片っ端から呪い殺してやるという、悲しい女、伽椰子とその子供の俊雄なんですね。

それにしても、伽椰子の強い恨みが、佐伯家に近づいた人たちを無差別に呪いの連鎖に引きずり込んでいく。独特な恐ろしいうめき声をあげ、強烈な呪で佐伯家に入った人間を必ず殺すという伽椰子は、貞子と同じ怨霊ですね。最後の伽椰子の顔は、恐ろしい口裂け女になっていましたもの。伽椰子役の最所美咲さんの凄まじい演技に拍手もんです。こりゃ、続篇あるわさね。でも「貞子vs伽倻子」激突の予告編とは。絶対に貞子に応援するよ。怖いもの見たさで、熱さをしのぐのには最高のホラー映画かもですね。
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トイレのピエタ ★★★

2015年06月22日 | アクション映画ータ行
手塚治虫の病床日記に着想を得たオリジナルストーリーに、RADWIMPSの野田洋次郎が余命3か月の若者役で、初めて映画の主演を務めた恋愛ドラマ。忍び寄る死に恐怖を募らせる主人公が、純粋な女子高生と出会い、生きる喜びを見つけだす姿を描く。ヒロインに『繕い裁つ人』やテレビドラマ「夜行観覧車」などの杉咲花。『ピュ~ぴる』などの松永大司が監督を務める。主演の野田やヒロインの杉咲の演技に加え、脇を固めるリリー・フランキー、大竹しのぶ、宮沢りえらの存在感にも注目。
あらすじ:余命3か月を宣告された宏(野田洋次郎)は、出会ったばかりの女子高生・真衣(杉咲花)にすぐに死のうかと言われるものの、死ぬことはできなかった。美術大学を卒業後、窓を拭くアルバイトをしながら何となく生きてきた宏だったが、死を目前にしながら純粋な真衣に惹(ひ)かれていく。

<感想>タイトルのピエタ、すなわち息子のキリストの遺骸を膝の上に抱く聖母マリアの姿を、トイレの壁にそのまま描くのではなく、口が悪い女子高生の真衣がまるで聖母マリアのように描く男。それは、手塚治虫さんが書き留めていたアイデアであり、「若くして死んでいく男が、このまま死んでいくのは嫌だと、トイレの天井にピエタ像を描く」ものだという。普通では、教会の天井に絵を描いたものであればまったく興味を持たなかった。排泄をする場所に命を見いだすところが凄いなぁと、トイレの空間は狭いけれど、そこに宇宙が広がっている。トイレは「浄化と昇天」だと言う宏が、死ぬ瞬間が、生まれる瞬間になる発想が凄く面白かった。
「生は死の始まりで、死は生の始まり」という冒頭の言葉が思い出されます。
社会の真ん中から外れた男と居場所を見失った女子高生の、孤独と孤独がやがて溶け合う。女子高生の真衣に扮する杉咲花が素晴らしい。もちろん主人公の、野田洋次郎もいいのだが、というよりは、言葉少なくボーっと立っている彼がいるからこそ、それに突っかかるように勢いで仁王立ち、動く真衣がいっそう光って見えるのだ。

それでも、野田洋次郎の佇まいもいいので、そこに引っ張られて見せられたようだ。それは本人の単なる見た目や資質、活動によるものでもあろうが、なによりも監督松永大司のなかにある若者像、描き出したかった主人公の姿が惹きつけるものを持つゆえだろうと思う。

自ら忘れさせている夢、鬱屈が、土壇場になってようやく生き始めようとすることとか、主人公がもはや仕事ではなく何かの証明のために、生きている証とでもいうのか、ガラスを拭こうとする姿に胸を打たれる。実家の縁側のガラスや、夜中に町の花屋のショーウィンドーとかを綺麗にピカピカにする。
それは、ただ一つの絵を描くために、彼は下地を澄ませていたのだろう。宏が最後にアパートのトイレに絵を描くことで”生きている”という実感を手に入れます。癌患者のリリー・フランキーをアパートに連れて来て、トイレの絵を描くところを見せる。

ラストでも、女子高生の真衣に見せるのだが、あまりにも自分を美化して描いているような、それとも、もっと生きて欲しかったのだろうか。
二人の静と動。それは同時に、死と生でもある。死を前にして、生は眩しいまでの輝きを見せるから。金魚を放ったプールに飛び込む真衣、自転車で疾走する真衣、そんな生の輝きに照らされ、宏もまた絵筆に命を燃やす。そして、彼の描いたピエタを見た真衣は、ひたすら走るのだ。

脇役なれど、宮沢りえが演じた小児病棟癌患者の息子の母親に、宏が好きで近づいてきた小学生の男の子。生きることを信じて病院にいるのだが、まさか死が間近に迫っているとは。宏もその男の子と同じで、抗がん剤の治療をしないと死が間近に迫ってくる恐怖。しかし、両親に入院費や抗がん剤の費用を出してもらうわけにはいかない。だから、死を選ぶ。

宏の母親には、大竹しのぶが、息子が癌で余命幾ばくもないことを知っても、何をしてやるでもなく、あまり存在感が薄い母親のような気がした。父親は、息子の絵の才能をいくらか理解しているのか、それとも息子の死を感じ取っているのか、1万円札を差出し、「これで買えるのかと、お前の描いた絵を1枚くれ」と言うのだ。
彼の“妹”として余命の宣告を共に聞くことになった真衣は、認知症の祖母を抱えた厳しい家庭環境の中で、自分が何故生きなければならないのか。そのことを掴みきれないでいたが、目の前に死が迫った宏と会うことにより、その圧倒的な生命力で彼に変化を与えていく。とにかく、見ていて女子高生の口の悪さに辟易したが、確かに優しい言葉よりもそのくらい喧嘩越しの言葉をはく方が勇気づけられるのだろう。

無表情で生気のない顔で生きてきた宏は、真衣や、リリー・フランキー演じる同室の、癌患者の横田とのやりとりを経ながら少しずつ変わっていくのだ。その変化はとても穏やかで、ささやかなものだが、生きる喜びとは、そんなごくごく小さな心の動きなのではないかと思えてくる。死は残酷だけど、みんなに訪れるもの、遠いところにあるような気がしているけど、常に寄り添っているのだから。
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マッドマックス 怒りのデス・ロード3D★★★★★

2015年06月21日 | アクション映画ーマ行
荒廃した近未来を舞台に妻子を暴走族に殺された男の壮絶な復讐(ふくしゅう)劇を描き、主演のメル・ギブソンの出世作となった『マッドマックス』シリーズ第4弾。同シリーズの生みの親であるジョージ・ミラーが再びメガホンを取り、主役を『ダークナイト ライジング』などのトム・ハーディが受け継ぐ。共演にはオスカー女優シャーリーズ・セロン、『ウォーム・ボディーズ』などのニコラス・ホルト、1作目で暴走族のボスを演じたヒュー・キース・バーンら多彩な顔ぶれが集結。
あらすじ:石油も水も尽きかけた世界では、新たな支配システムが完成しており。あらゆる資源を牛耳るイモータン・ジョーが恐怖の暴力で人々を支配しているのだ。かつては暴走族専門の特別警察官だった男。愛する妻子を暴走族に殺されて復讐の鬼と化すが、愛する者を守れなかった自責の念に囚われ、大きな喪失感を抱えたまま、崩壊した世界を愛車インターセプターとともに、今は生存本能だけを頼りに終わりのない度を続けている、無口で一見すると生き延びるためには手段を選ばない男だが、ふと見せる表情が意味深だ。囚われの女たちを救おうとするフュリオサと出会い、共に闘うことになる。
ジョーの右腕ともいえる優秀な部下でありながら、妻としてジョーに囲われている美女たちと共に、理想郷を目指して脱出を図る。義手を使う身体でありながらも、身体能力、戦闘能力、殺人のテクニック、運転技術のすべてにおいて、並みの男など遥に及ばない高い才能を持つ女戦士である。
ジョーから逃走を図ったマックスとは、当初敵対するも、同じ目的から共闘することに。狙撃でも超一流の腕前を見せる彼女には、隠された過去がある、・・。

<感想>久しぶりに3Dで観た。ド迫力の展開の、目の前に飛んでくる人間の頭や砂塵、それに車のクラッシュの破片やら飛んでもないものを観た感じ。全編を通じて、ストーリーなんてメルギブのオリジナル「マッドマックス」のDVD購入して観ているので、あれから30年経っているってわけだが、内容っていうよりまるで、サイレント映画のようなほぼセリフなしの展開。今回はアクションの凄さにブッたまげたわ。
ワイルドでやんちゃな、ある種のカーニバル的精神が宿っているような、アポカリプス後だからといって、ユーモアのない世界だとは限らない。だから、本作品にみんなが引き込まれるのは、そこにワイルドで人間臭いスピリッツが溢れているからではないかと思う。

それにしても、どの車よりも頑丈なものっていうと、マッスルカーやホットロッドだ。エンジンもよりクラシックで、故障をしても簡単にチっプが手に入るような世界じゃないし、衝突してぺしゃんこになる車体ではダメだ。驚いたのがハンドルの山、そこから自分のハンドルを持って車に取り付けるシーンには、びっくりもん。
暗黒時代を生きる者たちの闘争本能を象徴し、鼓舞するようなカスタム・マシンの数々が登場し、バトルを勝ち抜くことを目的に改造されたフォルムは、“殺人マシン”と呼ぶのにふさわしいものばかり。巨大な鉄のクジラを思わせるタンクローリーや、ハリネズミのような鉄のトゲに覆われた車、マシンガンで武装した車が猛スピードで駆け抜ける。
マックスたちを追うマシンの中には、「こんなのアリ」って目を見張るようなものばかり。戦闘を鼓舞するためだろうが、巨大なスピーカーを車体の前面に積んでいるかと思えば、その前には伸縮するワイヤーで吊られたギタリストが火を噴くギターをかき鳴らしている。さらに、荷台には巨大な太鼓を積み、ドコドコと叩きながら併走するダンプカーもある。

狂っているのはどっちだ。見渡す限り赤い砂が広がる荒野を舞台に繰り広げられる壮絶なチェイス。爆音とハイ・スピードにまみれたバトルが見る者の闘争本能を刺激する。気になっていた車に付いた棒の先に人間がぶら下がり、ビュンビュン飛んで隣の車に飛び乗るし、棒のしなりを利用して棒の先に手榴弾をつけて投げるし、メチャクチャかっこよく見えた。
マックスとフュリオサを乗せたタンクローリーを追うシーンでは、「なんてラブリーな日だ」と目をランランと輝かせる追跡者として登場するのが、白塗り男で、襲い掛かるジョーの部下たちは全てスキンヘッドの白塗りで、目元を黒く塗るメイク姿。
なかでも、ニークスだが、なにかのきっかけで反逆者となり、追う側から追われる側へと変わる展開が予測される。

そして、長髪にドクロを思わせる異様なマスクを装着しているのが、世界を牛耳るボスのイモータン・ジョー。巨大な岩山をくり抜いて要塞を建造し、石油と水をコントロール。恐怖と暴力で世界を支配しているのだ。各地から拉致してきた美女を巨大な金庫で作った部屋に閉じ込め、自分の妻として監禁。5人の妻たちと逃亡を図ったフュリオサに逆上して、全軍をあげて妻たちの奪還を図る。
ジョーの側近で強力な戦士としてマックスたちに迫るのが、このエレクタスである。鍛え上げられた肉体に加え、破壊力に満ちたランチャー砲を武器に強烈な攻撃をお見舞いしてくる。背中に交差させて背負っているのは、手榴弾状の爆薬だろか。最終局面でマックスたちの前に立ちはだかってくるはずであり、どのような戦いを繰り広げるのかに期待せずにいられない。

なんてったて、シャー子さんのスキンヘッドに黒塗りメイク、片腕がサイボーグで彼女が、女戦士フュリオサを演じたのは正解だった。砂漠で絶望して叫ぶシーンとか、存在感も凄いのだ。主人公のマックスのトム・ハーディもよかったけど、なんたってシャー子の女というよりも目力の演技が凄くて、男並みのアクションにテンションがMAX状態でしたね。東の方に緑の理想郷があると信じて突っ走るのだが、行ってみるとそれはすでに核戦争で地球の終焉を迎えた後だった。シャー子たちが、また元の資源のあるイモータン・ジョーの砦へと奪取するシーンも強烈でした。

それにしても、こんなぶっ飛んだハイテンション映画を、本作品のシリーズの生みの親、70歳のジョージ・ミラーが撮っているのに驚いた。続篇が楽しみですよね。
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Mommy/マミー ★★★.5

2015年06月19日 | アクション映画ーマ行
『わたしはロランス』『トム・アット・ザ・ファーム』などのカナダの俊英、グザヴィエ・ドラン監督が母と息子を題材に描く人間ドラマ。架空のカナダを舞台に、型破りなシングルマザーと問題児の息子、そして隣人の女性が織り成す人間模様を映し出す。『マイ・マザー』などのアンヌ・ドルヴァルが母親を演じ、息子を『わたしはロランス』のアントワーヌ・オリヴィエ・ピロンが熱演。
あらすじ:ギリギリの生活を送るシングルマザーのダイアン(アンヌ・ドルヴァル)は、15歳のスティーヴ(アントワーヌ・オリヴィエ・ピロン)と二人で生活している。彼女は最近矯正施設から退所したばかりの注意欠陥多動性障害の息子の扱いに手を焼いていた。やがて母子は隣の家に住む、今は休職中の高校教師カイラ(スザンヌ・クレマン)と親しくなっていき……。

<感想>弱冠26歳ながら国際的に高い評価を受けているドランは、監督第5作「Mommy マミー」が現在、日本公開中だ。また、俳優として主演したサスペンス「エレファント・ソング」が、6月6日から日本公開されるそうです。

テーマの選び方から撮り方まで、トータルでここを観てくれ、こう観てくれということを分かりやすく形にして見せるのだ。その演出スタイルもドキュメンタリー風に解説した、YouTubeの短編は一目瞭然だ。本作の最大のインスタ画面を模した1:1のアスペクト比だろう。
どこか懐かしい昔の映像フィルムのような、そのフレームをオアシスの楽曲と共に加工するなんて、ある意味ダサいことを具体化できるのがこの監督の強みといっていい。

矯正施設から戻って来た息子と母親の日常を、年上女と若い男との愛の日々のように描いた映画で、特に息子の描き方が監督自身を彷彿とさせているようで、ある時は不良少年のような悪賢さで母を脅し、またある時は乳房を求める赤子のような純粋さで愛を求めて来る。
青年期の移り気な感情を丹念に描けたのも、監督自身が同世代ということでもあることが頷ける。年上の男が母親に近づいて来れば、母の耳元で「あんな老いぼれの何処がいい」と、ピチピチとしたたるみのない体の息子の俺がいるだろうと囁く。
父親を失って、母と子の二人になった親子は、それだけでも閉鎖的な男女の関係であり、ここから逃げ出そうとしても血縁で結ばれた関係は固く、互いの人生の一部を失う結果となるからなのだ。

母と息子の生活が社会に受け入れられて、それは同性愛者のカップルがごく普通にスーパーに入り、これから夕食の相談をしているのと同じような風景で、それらはここ数十年の社会の変化であることは間違いない。
それが母と息子の母子家庭を、年上女性と若き青年の愛の巣といった風景に変え、息子の青年らしい愛情表現に、まるでベッドの上で身悶えする女性のように胸弾ませて、息も絶え絶えに息子との生活を満喫しているかのように映る。

2015年、架空のカナダで新政権が問題児を抱える親は法的手続きなしで子供を施設に放り込んでいいという、実際にはあり得ない法案を可決したことにして、母と息子の断ち切れない糸を、規則の名の下に、一旦は、断ち切ってみせるのだ。
つまり、最後に母親が出した決断とは、自分が自由になるためには、息子を矯正施設にまた入れることなのだ。苦渋の決断だが、今までは自分が自由に夜に遊びに行くのも、隣人のカイラに息子を頼んで遊びに行く。それが、カイラが転居するということを聞き、自分の自由を選び謳歌するためにまたもや、息子を施設へ入れることに。喚き立て、母親をなじる息子の怒鳴り声を耳にしながらも、自分自身を責めながらも選んだことなのだ。

普段は優しい知的な少年だが、狂暴な野獣と化す息子15歳のスティーヴ。そして、奇抜なファッションと言動だが、自由を求める誇り高き母親ダイアン。自らの病(吃音)を持つが、たちまちこの母子の心を掴んでしまう隣人のカイラ。母親には「マイ・マザー」などのアンヌ・ドルヴァルが、カイラには「私はロランス」のスザンヌ・クレマン。

グザヴィエ・ドランの作りだした三人の主人公たちは、真に独創的で、まさにそんな個性の持ち主なのだ。
三人の信じがたい名演と、優れた映像感覚が相まって、衝撃的かつ陶酔の時間でありました。
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鏡の中の笑顔たち ★

2015年06月18日 | か行の映画
カリスマ美容師として技術だけを追い求めてきた青年が都会から地元に戻り、人々との触れ合いを通して自身と向き合い成長していく人間ドラマ。メガホンを取るのは、『シェアハウス』などの喜多一郎。訪問美容の仕事を通じて人の心を豊かにする素晴らしさを見いだしていく主人公を、『仮面ライダーウィザード』シリーズなどの白石隼也が熱演。ヒロインには『GANTZ』シリーズなどの夏菜がふんするほか、中尾明慶、松下由樹らが脇を固める。
あらすじ:東京の有名な美容室に勤務する井上遼(白石隼也)は数々のコンクールで結果を出し、技術の向上だけを追い求めてきた。しかし理不尽な理由で解雇された上、自宅を火事で失った彼は帰郷し、地元の美容室で1週間だけ働くことになる。ある日、訪問美容の話を持ち掛けられ、同僚の高橋まり(夏菜)と病院を訪れとある少女の髪を切るが、切り終わった少女の笑顔が遼に変化をもたらしていく。

<感想>ナルシストの美容師が、客の有名モデルからの交際を断ると、店から不当解雇をされてしまう。そして、アパートへ帰ると火事になっていたという何だか爆笑不運な映画かと思ってしまった。ですが、やたらと深刻な作りと、演技と思えない主人公の覇気のなさに驚いた。

実家に戻って高齢者の訪問美容をやるのはいいが、雪が降り積もる中で、温度の下がる日没直前に、施設の松原智恵子をむりやり連れ出したことが、彼女の急死の原因としか見えないのはどうかと思う。

近年は、こぎれいな老女役が多い松原智恵子さんが、ウィッグ(カツラ)を取っかえ引っ替えして登場しているように、もしかしてカツラでなくて、ご自分の髪かもしれませんね。

不和だった母親、松下由樹との関係修復に、髪の毛を切ってあげる場面が、話だけなのが不満です。
どんな仕事にも通じる自分の居場所さがしの、元カリスマ美容師版で、そういう意味では普遍的ですが、ただ、話がいかにもの段取り通りで、始まってすぐに先が読めたりするのは、ちょっとどうかと思う。

そういえば、施設で暮らすミッキー・カーチスが「若いっていいよね。気が付いて直せば、それで済むんだもの」と主人公に言っていたが、本当にこの主人公は、訪問美容師への転身が早いようですね。
ですが、若さってそういうもんでしょ、何度でもやり直して力を作っていくって、大事なことだもの。くじけないで、上を目指して頑張る姿に応援したくなります。
そういえば27日公開の「ストレイヤーズ・クロニクル」で、亘役で出演しています。
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海街diary ★★★★.5

2015年06月17日 | アクション映画ーア行
ベストセラーを誇る吉田秋生のコミックを実写化したドラマ。鎌倉に暮らす3姉妹と父親がほかの女性ともうけた異母妹が共同生活を送る中、さまざまな出来事を経て家族の絆を深めていく姿を追う。メガホンを取るのは、『そして父になる』などの是枝裕和。テレビドラマ「八重の桜」などの綾瀬はるか、『潔く柔く きよくやわく』などの長澤まさみのほか、夏帆や広瀬すずらが共演。実力派女優たちが繰り出す妙演はもちろん、舞台となる鎌倉の美しい四季の風景も見どころ。

あらすじ:鎌倉で暮らす、幸(綾瀬はるか)、佳乃(長澤まさみ)、千佳(夏帆)。そんな彼女たちのもとに、15年前に姿を消した父親が亡くなったという知らせが届く。葬儀が執り行われる山形へと向かった三人は、そこで父とほかの女性の間に生まれた異母妹すず(広瀬すず)と対面する。身寄りがいなくなった今後の生活を前にしながらも、気丈かつ毅然と振る舞おうとするすず。その姿を見た幸は、彼女に鎌倉で自分たちと一緒に暮らさないかと持ち掛ける。こうして鎌倉での生活がスタートするが……。

<感想>鎌倉を舞台に、3姉妹と腹違いの妹が家族の絆を紡いでいく姿を描いた、吉田秋生の人気コミックを実写化したもの。「そして父になる」の是枝裕和が、鎌倉の美しい四季の移ろいを交えて、心の機微を丹念に映し出しています。
まるで、現代版の「細雪」の4姉妹のような、外国版では「若草物語」のような、長女の役から順に、幸の綾瀬はるか、二女の長澤まさみ、三女の夏帆に四女のすずには広瀬すずが、みずみずしい演技が光って期待の新人ですよね。

長女の幸はしっかりもので妹たちにとっては母親のような存在。看護師として働き、同じ病院の医師と不倫関係を続けている。腹違いの妹すずを引き取ることに決めたのは、自分も奥さんのいる男と不倫をしていて、結婚という未来が見えてこない毎日に不安を覚えている。不倫相手の医師には堤真一が。

街の行きつけの食堂のおばさんに風吹ジュンが、その風吹ジュンに恋心を抱いている喫茶店の主人には、リリー・フランキーが、是枝裕和監督の作品に出演していた常連さんたちが色をそえている。

二女の佳乃は、自由奔放な性格で恋多き女だが、男を見る目がなくて今作では年下の男を養っているような。フラレては酒に走り対照的な性格の長女とよく喧嘩をする。地元の銀行に勤めている。上司には加瀬亮が。

三女の千佳は、マイペースののんびりさんで、ファッションも個性的で、スポーツ店で働いている。そこの店長と恋仲のようでもある。
これは四姉妹ものの変形で、父と母に捨てられた三姉妹と、父の遺した母違いの妹の物語になっている。つまりは、父親の不倫をきっかけに、四姉妹の人間関係が炙り出されてゆく向田邦子の「阿修羅のごとく」のようにも思えた。ハードさは控えめだが、そもそも原作の漫画からして向田テイストが濃厚なのだ。

本作では、テレビドラマ版で四女役だった風吹ジュンがキーパーソンとして登場して、森田芳光監督の映画版「阿修羅のごとく」(03)で長女役だった大竹しのぶが母親役を演じている。

父親が家を出て仙台で女と一緒に暮らし、すずが生まれる。その後、すずの母親は病気で亡くなり、山形の旅館で働きながらすずを連れて、女と暮らし、その後病死するわけ。鎌倉の三姉妹の母親は、その後、北海道へと行き再婚して、札幌で暮らしている。残された三姉妹は、鎌倉の祖母の家で育てられ暮らしてきたのだ。
それでも、是枝裕和監督の歩いても歩いても」(08)の四姉妹編って趣きで中々よくできた作品となっている。特に食事のシーンが印象的に残っていて、美味しそうな生しらす丼ぶりに、竹輪の入ったカレーライス、蕎麦に野菜の天ぷら、それぞれの品物に人物のキャラが乗っかっているのが良かったです。だから食事シーンが効率的に、物語を動かしていっているように見えました。

注目すべきは、この姉妹たちは、4人でいる時は何処か自分を押し殺しているように見えて、誰かと二人っきりになると思わず本音がこぼれるという、姉妹でも気づかいがあるんですね。
すずが鎌倉に越してきて、学校でもサッカー部に入り友達も出来て、どう見ても学校では虐められているようには見えない。
だが、父親の49日の法要の席で、大叔母の樹木希林から、「あんたたちの家庭を壊した人の娘なんだから」と忠告されるし、祖母の七回忌に姉妹を捨てた母親の大竹しのぶが現れ、亡き夫の浮気を非難する。そこで、長女として、三姉妹を祖母に押し付けて出て行った母親に向かってキツイ言葉を投げ返す。

それを聞いたすずは、自分の母の不倫を悔やみ「奥さんのいる人を好きになって、母親が悪いと」長女に謝るのだが、自分も不倫中の幸は夜惑いを隠せない。
さらには、母親が鎌倉の家を売ろうと言い出したことで、長女の怒りは頂点に達して、母親を追い出してしまう。

姉妹の間に不穏な空気が流れ始めるが、それでも、しっかりものの長女がこの家を守っていけば、四姉妹も血の繋がりなのか次第に馴染んでいき、夏の浴衣姿での花火をするシーンや、縁側から入る爽やかな風を浴びながらの御昼寝など、桜咲く美しい坂道、海辺に散歩に出る四姉妹、四季折々の情景がとても美しくスクリーンに映えて、これからも四姉妹が家族として、仲良く暮らしていくのを見守っていきたいです。
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ザ・レジェンド ★★★.5

2015年06月16日 | アクション映画ーサ行
欧州から中国に渡った十字軍の伝説の騎士をニコラス・ケイジとヘイデン・クリステンセンが演じ、用心棒として王族を守るべく戦いに挑む姿を描いたアクション。異国からやって来た2人の騎士が、中国皇帝の後継者争いで命を狙われる王族を守り、一国の危機を救うために活躍を繰り広げる。監督は、『ラスト サムライ』などのスタントコーディネートを担当し、本作が初監督作品となったニック・パウエル。中国の険しい大自然の中で展開する、パワフルなアクションに目を奪われる。
あらすじ:舞台は12世紀。屈強な騎士ガレイン(ニコラス・ケイジ)とその弟子ジェイコブ(ヘイデン・クリステンセン)は、十字軍での縦横無尽な活躍で“最強”の名を欲しいままにしていたが、“聖戦”の名の下に行われる虐殺と略奪の無益な日々に疲れ果て、極東の地・中国に旅立つ。

そして数年後、アヘンで身を持ち崩していたジェイコブは、中国王朝の継承権争いで命を狙われる王子とその姉に出会い、彼らの用心棒として、再び戦いに身を投じることになる。最強の騎士“ザ・レジェンド”として恐れられたもうひとり、ガレインは、強盗団のリーダーとして君臨していたが、ジェイコブとともに追っ手の脅威に立ち向かう覚悟を決める。果たして最強の用心棒たちは、王子を守り抜くことができるのか!?

<感想>ニコちゃんが主演かと思って観に行ったら、ヘイデン・クリステンセンが主人公でした。まぁ、年だから仕方がないかと思いつつも、中々どうして“オヤジ”パワーでロン毛のかつらで、まるで「スター・ウォーズ」の師匠として最強の剣を振るう “ジェダイ・マスター”のオビワン・ケノビのように渋い演技でした。

ヘイデン・クリステンセンと言えば、「スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」(02)のアナキン・スカイウォーカー役で有名になった男。その後の映画では「ジャンパー」(08)に「アウェイク」(11)ではジェシカ・アルバと共演。「テイカーズ」(11)ポール・ウォーカーと共演しているが、影が薄い存在でした。
で、本作ではそれなりに活躍していると思います。十字軍の服装も似合ってましたし、その後がアヘン中毒になってダメダメな男になり、別々の道を進むことに。それからが、極東の地・中国に旅立ち、中国王朝の継承権争いで命を狙われる王子とその姉に出会い、彼らの用心棒となるわけ。

ですが、実は兄がいて本当は、後継ぎは兄がなるはずなのに、父親が弟に後を継がせると決め、姉にも弟を守って国を存続して欲しいと。ところが、遠征から帰った兄が、そのことを知り怒り父親を殺してしまい、弟も殺して自分が皇帝の座に座ろうと戦いが始まるのです。

弟と姉の用心棒になったヘイデンは、兄の兵隊に追い詰められ負傷して、助けられたのが、今は極東に渡って盗賊となったいたという。ニコちゃん演じる盗賊ガレインは、岩盤の洞窟に住み女房もいる身のイカツイ男になっていました。

それで、父親からジェイコブのことを頼まれているガレインは、元弟子のために全てを投げ打つという役どころなんですね。

もちろん、そこへ兄の軍勢が押し寄せて戦いになるのですが、洞窟の中には火薬で爆弾を作って兵器にし、そこで弟の王子に弓の稽古をさせるニコちゃん。

軍勢に立ち向かう元十字軍の最強の騎士、ガレインが軍勢を前に立ちはだかる姿は、まるで「三国志」の武将、関羽のような、長い槍でバッタバッタと敵を倒し、自分は矢で射られ、挙句に刀のチャンバラ対決で腹を刺され負けてしまう。この負け具合もお見事と言うべきか。

その間に、姉と弟王子が逃げて、用心棒のヘイデンの傷も癒えて頑張るのですが、なにせ多勢に無勢なので勝利が、用心棒のヘイデンにかかっているんですね。最後に、兄との一騎打ちの剣術シーンが見どころの一つですね。もろ、ソード・アクションになってました。ヘイデンくん、負傷はしたものの勝利を治め、兄の軍隊も弟を後継者と認めて国を統治することになります。

十字軍が籠城戦に挑む冒頭でのシーンでは、目を見張りましたが、その後がグダグダ感になり、つまらない内容なので、どうして中国王朝の継承権争に巻き込まれて、用心棒になるのかが不満ですよね。ヘイデンくんの情けない姿を見てしまったという感じですかね。
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ハイネケン誘拐の代償 ★★★

2015年06月15日 | アクション映画ーハ行
1983年にオランダで起きた世界的ビール会社「ハイネケン」の経営者誘拐事件を映画化した実録サスペンス。『ミレニアム』シリーズなどのダニエル・アルフレッドソン監督が、エミー賞を受賞したジャーナリスト、ピーター・R・デ・ヴリーズのベストセラー本を基に、身代金の行方など謎多き事件の真相に迫る。素人誘拐犯一味を翻弄(ほんろう)する人質ハイネケンに、名優アンソニー・ホプキンス。犯行グループのメンバーには、ジム・スタージェス、サム・ワーシントンらがそろう。

<感想>メル・ギブソン主演の「身代金」と言う映画など、数々の誘拐サスペンスというジャンルに於いて、本作の特色は警察の捜査を全く描かず、実行犯の行動に焦点を絞ったことだ。
だが、身代金目的の“誘拐”は、俗に割の合わない犯罪と言われており、標的が有名人ならなおさら成功率は低くなる。そんな常識を無視するかのように、世界屈指のビールメーカー、ハイネケン社の社長誘拐を企てた男たちがいた。

本作は1983年にオランダで実際に起こった誘拐事件を映画化したもので、クライム・サスペンスになっている。
仕事に行き詰まり、生活苦にあえぐオランダ人の若者5人が、大富豪フレディ・ハイネケン会長と、そのお抱え運転手の誘拐を実行する。しかし、身代金の受け渡しはなかなか実現せず、犯人の若者たちは次第に焦りを募らせていく。犯人たちは犯罪に手を染めたこともない幼なじみ5人組だった。というのも、身代金を請求する手紙をタイプで打ち、それをみんなが素手で触り指紋がべたべた付く。仕方がないので友達の会社のコピー機を借りて手紙をコピーして郵送する。それに、そのコピー機に現物の手紙を残したことが分かり、次の日にその事務所へ取りにいくという愚かさ。

3週間経っても、ハイネケンの会社から返事がなく、みんなはイライラが募り誘拐した会長にどうしたもんかと聞く有様。会長が言うには、「大金を得たら友達を失う」と、これが最後に言った通りになるとは。計画は順調に進んでいたはずだったが、次第に人質であるハイネケンの威圧的な言動に振り回され、誘拐犯たちの計画に狂いが生じ始める。
会長は、防音装置の壁が付いた隠れ部屋に閉じ込められ監禁。流れてくる音楽に文句をつけてクラシックかオペラを掛けてくれと注文、それに食事も中華料理のバンバンジーが食べたいとか、いろいろと注文を付けるのだ。「ハイネケン」のフレディ・ハイネケン会長には、大ベテランのオスカー俳優であるアンソニー・ホプキンスが、人質になりながらも格の違いを見せつける存在感を発揮している。
運転手は、インド人のような普通の人で、まさか殺されないだろうとビクビクしている。会社の前で帰りを待ち伏せしていた5人の犯人たち、どうして運転手まで誘拐したのかが判らない。

誘拐犯の若者たちは、友人同士で自分たちの事業が失敗して、持ちアパートの住人たちが家賃を払わず居座っているのだ。業を煮やした若者たちは、アパートから住人たちの追い出しにかかるも失敗に終わってしまう。だからというわけか、犯人たちは、この誘拐の前に銀行強盗をやってのける。それが簡単に成功したものだから、味をしめて大金を請求できる世界屈指のビールメーカー、「ハイネケン社」の会長の誘拐を企てたのだ。

御世辞にも、凄腕の犯罪プロフェッショナルとは言い難い血気盛んな実行犯には、「アバター」で一躍有名になったサム・ワーシントンが、誘拐犯のリーダー的存在のコルに「鑑定士と顔のない依頼人」のジム・スタージェスが、その他、妻子持ちのカットに、コルの弟のブレイクスには、トーマス・コックレル、そして、グループ内のトラブルメイカーでもあるスパイクスの5人。

この犯人たちは、想定外の誤算や意見の対立から、仲間割れの危機に陥っていくのだが、つまりは、痴話げんかというか、中々思うように身代金を払ってもらえないというのが、仲間たちの誤算だったようです。
巨額の身代金を要求して計画倒れになるように、儚い夢を見た若者たちの焦りや対立を泥臭いタッチで映し出しています。ですので、途中はダラダラと前に進まない様子に苛立つ犯人たちの仲間割れ状態。観ている側もつまらない。

それでも、かなり日数が経って連絡があり、身代金を用意してそれを車で取りにいき、まんまと巨額の身代金強奪に成功と喜んでいたのだが、そこからが、この犯人たちのとった行動が面白いんです。本当は真面目なんですね、だから、巨額のお金を持って逃げるのに、バラバラになって逃げるようにと。これが直ぐに捕まってしまう男に、自分から自首をする男。そして、ラストにはリーダーのコルとヴィレム(サム・ワーシントン)が捕まってしまう。誰か全部計画をバラした奴がいるってことなのね。

もし、身代金を支払ってもらえない時には、人質を殺すのかに、人殺しは嫌だと揉める犯人たち。だから、人質は隠し部屋に置き去りにされ、後に警察により探し出される。題名になっている犯罪の「代償」が苦い後味を残す1作ですね。犯人たちの余りにも大胆不敵かつ、無謀な犯罪の知られざる裏側を、手に汗を握りしめながら覗き込んで欲しいですね。
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おかあさんの木 ★★★★

2015年06月14日 | あ行の映画
小学校の国語教科書に長期にわたり掲載された大川悦生の児童文学を基に、7人の子供を戦地に送り出した母の愛を描いたヒューマンドラマ。貧しいながらも子供たちを育て、戦地へ行った彼らを待つ母親を、『血と骨』などの鈴木京香が演じる。メガホンを取るのは、『解夏』『がんばっていきまっしょい』などの磯村一路。共演には、三浦貴大、志田未来、田辺誠一、奈良岡朋子らが名を連ねる。母と子供の関係性や周囲の人々との交流、どんなつらい時代にも強く生きる登場人物たちの姿が感動を呼ぶ。
あらすじ:昭和初期、長野県の田舎の村。7人の息子を生んだミツ(鈴木京香)だったが、若くして夫・謙次郎(平岳大)が心臓発作により他界。息子たちは立派に成長するも次々と出征し、ミツはそのたびに畑に桐の木を植えていた。謙次郎の同僚だった昌平(田辺誠一)やその娘・サユリ(志田未来)らに気遣われながら、ミツは木に語り掛け、息子の帰りを待っていた。
<感想>「おかあさんの木」の原作は、1977年から27年間に渡って小学5年生の国語の教科書に掲載されたもので、今回映画化されたのは、小学校時代に授業で原作と出会い、感銘を受けたという東映の須藤泰司企画部長。監督をオファーされた磯村監督は、最初戸惑いもあったそうです。

原作は読んでいませんが、映画を見ているうちに、息子を戦地へと出征していくたびに、お母さんが庭に桐の木を植えて、その樹に息子の無事を祈って語りかける部分が主軸であります。
始めは、お母さんと郵便配達の夫である夫婦のなれ初めから物語を初めて、さらには、夫が若くして心臓発作で亡くなり、女手一つで彼女が産んだ7人の息子を育てあげるという気丈さ。それに、五男の五郎と幼馴染のサユリとの初恋なども絡めて、女性の一代記な要素を持たせている。
現代の感覚からすれば、7人の息子がいる母親という設定は、子供が多すぎるということに疑念ももったらしいいのだが、しかし、そのころの家庭では、子だくさん大家族が当たり前だった時代で、この物語は息子7人を戦地で失ったというのもあながち嘘ではない話だと思います。

冒頭では、桐の木7本を地元の役場の人が、伐採して宅地にしようと考えて、土地の所有者である老人ホームに入っているサユリさんを訪ねるところから始まります。現代のサユリを演じた奈良岡朋子さんの語り部によって、戦争当時の日本の家庭というものが映し出されます。
7人もの子宝に恵まれながら、一人は姉夫婦に養子に出して、マコトと名付けた息子は、病院を経営する金持ちの姉夫婦の家で贅沢にくらして、それでも出征の時には、実母のミツのところへ挨拶に来て、本当は抱きしめてやりたかったに違いありません。こらえて見送るミツの姿が健気で、涙で画面が雲ってみえましたね。

戦争によって息子たちと引き裂かれた一人の母親、ミツの生涯を描いています。26歳から49歳までの長いスパンで、この美しく逞しい母親を演じ切るのは、鈴木京香さん。それはとても演技が上手くて、まるで物語の7人の息子の母親に憑依しているかのようでした。
一人ずつ出征していく我が子を見送る度に、1本ずつ桐の木の苗を植えては名前を付けて話かけて、「必ず生きて帰って来るんだぞ」と苗木に水をやりながら、まるで我が子のように慈しむ姿に感動します。

長男の一郎が出征する時には、村のみんながお国のためになると言って彼女を褒めそやす。しかし、一郎が戦地で亡くなり、木箱の中には遺骨が入ってなく紙切れ一枚が、その後も、二郎、三郎、と、何も入ってない木箱だけが帰って来る。二郎の思い出には、少年のころ鶏の卵を2つ盗んで母に叱られる。「それは、売り物だ」と、父親を亡くしてから、一家を支えて農作業をして、卵を売りに行ったりして、それこそ7人の子供の食べ物だってままならない時に。そのことを母は忘れてはいなかった。二郎の出征の時に、白米のおにぎりと卵焼きを持たせてやる母の心づかいに二郎も泣いたが、観客も泣きました。
最後の五郎の出征の時には、母は「見送りに行かない」と、畑仕事をしていたが、はっと思ったのか、駆け足をして駅まで辿り着き、間に合った五郎にすがりついて「行かないでくれ」と懇願するミツ。憲兵に非国民と背中を足蹴にされようが、我が子を戦争で死なせることが、どんなに辛いことかと、この時も涙があふれ出てしょうがありませんでした。
戦時中のため、母親のミツは、大っぴらに自分の想いを他人には話せず、息子たちに見立てた桐の木に切ない母の心情を語りかけるのだ。ですから、この息子の人数と同じ7本の樹が、この映画の中ではもう一人の主人公とも言えるのです。
その度に実感していく母親の哀しさ、「何処かで生きている、きっと」と桐の木、一本一本に望みを託して話かける。映像の中でも戦地の厳しい様子が映し出されて、機関銃の弾に当たって倒れ込む兵士たち、空にはアメリカのB29の戦闘機が飛び交い、母親が住んでいる田舎にも空からの銃撃がありましたね。

母親が、7本の桐の木を守るように、まるで我が子を守るかのように。終戦後も、年老いた母親が、絶対に息子たちは生きて帰ってくると、五郎の死亡通知が来てないので、必ず生きて帰ってくることを願って桐の木の下で息を引き取る最後が映し出され、そこへ五郎が戦地から疲れ果てて足を引きずりながら帰って来る姿が映し出される。「おかあさん」と、叫んで家の中へ入るもいない。外を見て桐の木の下で冷たくなっている母の姿を抱きしめる五郎。
泣かせどころ満載の映画でしたが、これからの世界、絶対に戦争をやってはいけません。何も得することもなく、ただ人間が死んでいくだけ。何の為にこの世に生まれたのか、戦争をするためにですか?・・・国の力を誇示したいだけの戦争なんてバカバカしいだけ。もう二度と戦争はゴメンです。
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