パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

レインツリーの国 ★★.5

2015年12月08日 | ら行の映画
「図書館戦争」シリーズなどの人気作家・有川浩によるヒット小説を実写化したラブストーリー。あるブログの管理人をする女性とメールをやりとりするようになった男性が、会うことをかたくなに拒む彼女の思わぬ秘密を知る。監督は『阪急電車 片道15分の奇跡』『県庁おもてなし課』と有川の小説映画化作を手掛けている三宅喜重。主演はテレビドラマ「信長のシェフ」シリーズなどの玉森裕太が務め、テレビドラマ「山田くんと7人の魔女」などの西内まりやがヒロインを演じる。恋のもどかしさと素晴らしさを深く見つめた物語にときめく。
あらすじ:食品会社に勤める伸行(玉森裕太)は、ある日のこと大阪の実家で自分の部屋を片付けている時、高校時代に夢中になって読んでいた本「フェアリーゲーム」の下巻がないことに気づく。物語の結末を思い出せずに、何となくインターネットで検索をしてみた伸行(玉森裕太)。「レインツリーの国」というブログに書かれた「フェアリーゲーム」の感想に興味を持った彼は、その管理人を務めるひとみ(西内まりや)にメールを送付する。それを機に、メールをやりとりするようになる二人。実際に会って話がしたいと考える伸行だったが、ひとみはその申し出を拒否し……。

<感想>主人公が青年の伸行(玉森裕太)の方なのか、それとも聴覚障害者の恋人ひとみ(西内まりや)の方なのか、この二人がメインなので二人ともが主演なのでしょう。それにしても、このカップルの行動が余りにも幼いのだ。
自己主張は大切だが、善意とモラルを互いに押し付け合っている印象を受けた。男性の伸行の思いやりに見えるけれども、実は自己中心な気がした。

それでも、主人公たちはネットで知り合って、デートをすることになるのだが、彼女が自分が聴覚障害者だということを、彼氏に言ってないから、彼も「少しは気が付けよ」と言いたいが、若いと言うこともあり、エレベーターに乗ろうとして、定員オーバーのブザーが鳴っていることに気づかないひとみ。男は、「何だこの女、ブザー鳴っているのに」と怒っているのだ。それに、映画を観に行こうと言われて、彼女が洋画の字幕でいいと言っているのに、「邦画は嫌いかとか、洋画なら吹き替え版の方がいいよ」なんてバカなことをいう男。

まぁ、耳に補聴器を付けているも、髪の毛が長くて隠しているからね。それに、彼女も自分が障害者ということに引け目を感じているのだろう。ひとみは、高校生の時に事故に遭い感音性難聴を患ってしまう。別に筆談でもいいと思うのだが、若いということもあり、彼氏が健常者だということで、かなり無理をしているのだろう。女の子だから、帰りが遅いと家族も結構神経使っているしね。

青年の伸行に扮した玉森裕太くん、関西弁で頑張ってましたね。彼女の方の西内まりやは、美人なので、髪の毛をカットしたら見違えました。
でも、男ってこんなに恋人を自分色に染めたいもんなのかしらね、身障者に対しての同情心はありありなのですが、彼女に髪を切れ、洋服はこれを着ろ、俺について来いって、完全に亭主関白になりそうな男になっていた。
男の会社の女子社員にモテモテの伸行だけに、自分の好きになった相手には綺麗でいて欲しいみたい。一度は、もう2人の関係はダメかと思われたのですが、彼の方がメールで「もう1回、君との糸が繋がりますように」とひとみにメールを送り、返事が来るのを待っている伸行。その辺は純情そのものでした。

入院している父親が認知症で、自分のことを忘れてしまっているのを気にしている伸行。病気のことをよく理解してあげて、父親を許してあげようよ。
最大の問題は職場での彼女、ひとみをひたすらイビリ続ける極悪OL軍団。会社にこんな女子社員ばかりだと、いくら耳が聞こえないとはいえ悪口言っているのは態度で分かるからね。
それに、彼女たちを管理できない無能な上司。中年の委託社員のオジサンが、ひとみが口が不自由だと思い込んで、お尻を触ったり、残業している彼女をレイプしようとするスケベの爺さん。彼女が大声をあげたからいいものを、何かあったらどうするのよ、もう少し会社側も神経使ってくれるといいのに。

最後は、2人ともいい関係になって、ひとみも髪の毛を伸行の母親に切ってもらってすっきりしたのでしょう、帰りの電車では耳を出して補聴器を見せてましたね。若いって素晴らしいですね、引っ込み思案のひとみをぐいぐいと引っ張って行ってくれる伸行に圧倒されました。
2015年劇場鑑賞作品・・・251映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング
トラックバック (6)

リトル・フォレスト 冬・春★★★

2015年02月27日 | ら行の映画
『重力ピエロ』などの森淳一監督が、「海獣の子供」などで知られる五十嵐大介の人気コミックを実写映画化。都会で生活することに挫折して故郷の山村に戻ってきたヒロインが、四季折々の恵みをもたらす一方厳しさも見せる大自然の中で自給自足の生活を送りながら、再生していく姿を描く。主演は『アナザー Another』『桐島、部活やめるってよ』などの橋本愛。収穫した旬の食材を使って作る素朴な料理の数々も見どころ。
あらすじ:都会から東北の小さな山村・小森に帰郷したいち子(橋本愛)は、自ら農作業に励み収穫した作物や、山菜、木の実など四季折々の恵みを使って日々の食事を作る生活を送っていた。冬は雪に覆われるなど自然の厳しさに改めて直面するも、生きるために食べ、食べるために自分で作るシンプルな暮らしを通じ、自分の生き方を見つめ直していく。
<感想>漫画家・五十嵐大介の同名コミックを、「春」「夏」「秋」「冬」の4部作として実写化し、「夏・秋」(前編)、「冬・春」(後編)の2編にわけて劇場公開する「リトル・フォレスト」の四季四部作の終幕である。

テレビもないし、コンビニだってない。誰もケータイ手にしてないし、娯楽と言えば本を読むことと、自家製のお菓子作りです。それを『アナザー Another』の橋本愛が、農村で手作り生活をするのが、今回は、何やら楽しくなって心地よくなってきたりして。
冬からスタートしたので、一面銀世界の田舎の風景ですが、雪かきをしないと家の前が雪で埋もれてしまう。ですが、屋根の雪下ろしをするまででもないみたい。薪ストーブの上で、焼き芋やいたり、お湯をかけてコーヒー飲んだり、炬燵もあるけど、隙間風がはいるようなボロ屋の民家では、風が強いと隙間風が入り込んで寒そうですね。

それでも、クリスマスには自家製のケーキを焼いてくれたことを思いだし、見よう見まねで自分も焼いてみる。甘酒を入れた小豆の赤と、ほうれん草の緑色の長方形のケーキが結構よく出来ているのだ。それに、黒米を入れた生地にかぼちゃの黄色い生地のパンケーキも美味しそう。
幼い頃の思い出では、お正月に、村の人たちが御餅を搗いていろんな味付けをする。いち子は納豆餅が大好きだという。自分でも家で餅つき機で、餅をつき砂糖をたくさん入れた納豆餅に、餡子もちと雑煮を作って食べる。でも、誰か一緒に食べてくれる人がいたら楽しいのに、殆どがいち子一人の食事です。
春になり、愛ちゃんが畑に立ち土を耕して苗を植えて、草取りをする。それに、春の山を歩き、芽吹いたタラの芽やわらびに、ふきのとう、しどけ、こしあぶらなどを取り、それを仕込んで山菜の天ぷら料理を作る。出来上がった天ぷらを美味しそうに食べる愛ちゃんのほころんだ顔がいいですよね。

そういったシンプルな行動に、その意味や目的を加えたりせずに、ただ彼女の日常として淡々と撮っているからだろう。しかし、若い女性が畑仕事だなんて、良く体を動かして働くのに感心した。キャベツの紋白蝶の話には、害虫だから殺してと言った母親の教えが良く分かる。キャベツの葉にツブツブの緑毛虫の卵がいっぱい付いて、それを必死になって取る愛ちゃんの仕草に感心したり。ちなみに、キャベツのパンはまずそうで、かきあげの天ぷらはいいかも。

母親が家を出て、娘のいち子が都会から逃れて実家の田舎に移り住んで、娘に早くから根本的なサバイバル・スキルを仕込んだうえで、一家解散したのだ。小出しにされていた人物の関係の決着に驚くことは特にはない。生命に直結した健やかさがエロチックでもあり美しくて強い。
ですが、主人公の愛ちゃんの旺盛な食欲の描写が前作よりも減退した分、映画としての魅力も下降ぎみになっているようだ。冬越えをするための薪割りや、凍み大根、干し柿作り、お汁粉やパンの中へ入れるための小豆を畑で作る手間のかかる作業、雪の下への貯蔵野菜、冬は外が雪が積もって買い物に行けないので、自家製の野菜の塩漬けや、すいとん汁を作ったりして過ごす。

食と生活を丁寧に描くことに徹すればいいものを、母親からの手紙で失踪の理由が明かされるかと引っ張っていき、それが何も描かれてないので肩すかしをくらってしまう。
それに、母親と同じように、田舎の暮らしに嫌気がさしたのか、いち子も田んぼも畑も放り出して、家を出ていき都会で暮らすのだ。
街のスーパーで働くいち子が、米や畑で野菜を作っていたのを持っていき、そこへ手弁当を持ってお昼を食べていると、男の友達ができて、次の日にその男の弁当も作り持って行ったのに、その男が陰で手作りのマフラーとか弁当とかいらないと、言っているのを聞きガッカリして落ち込むいち子。

田舎では、幼馴染の男がいち子の家に始終顔を出して、いくらか気をもたしているようにも取れたのだが、その彼に素っ気ないいち子の終盤の展開も、だからと言うことでもないが、その男は自分の親友と結婚してしまった。ラストで、いち子の夫となる男を見せないで、結果だけを提示だけでは、何だか寂しくもありましたね。

それでも季節は動き、彼女自身もいまの自分に飽き足りなくなっているのが垣間見れ、畑や山の風景も、作られる食べ物も、都会人が憧れる農村ライフのいいとこ取りだが、ラストが田舎に落ち着くようで、村祭りのお神楽の踊りが良かったですよね。
季節をまたぐ度に、少女から大人へと変貌する女優たちを、美しい自然を背景に眺めるスケッチとして見れば申し分ないと思います。
2015年劇場鑑賞作品・・・38映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング

トラックバック (8)

リトル・フォレスト 夏・秋 ★★

2014年10月01日 | ら行の映画
「海獣の子供」「魔女」などで知られる漫画家・五十嵐大介が、東北の小さな村を舞台に、旬の食材をいかした食事と自給自足の生活を通じて自分と向き合う若い女性の姿を描いた「リトル・フォレスト」を、橋本愛の主演で実写映画化。四季を通じて描かれる全4部を「夏編・秋編」「冬編・春編」の2部にわけて劇場公開する。一度は都会に出たものの、自分の居場所を見つけることができず、東北の山間の小さな村・小森に戻ってきたいち子。スーパーやコンビニもない小森での暮らしは自給自足で、畑仕事をしたり、野や山で採れた季節のものを材料にして食事を作り、日々を過ごしている。大自然はさまざまな恵みを与えてくれる一方、時には厳しさもみせるが、そんな自然に囲まれた生活の中で、いち子は一歩を踏み出す勇気を蓄えていく。監督は「重力ピエロ」「Laundry ランドリー」の森淳一。

<感想>大自然のなかで自給自足の生活をする女性を主人公にした、五十嵐大介のコミックを4部構成で実写化したもの。簡単にレビューです。
意地悪なことを言えばこの作品は、エコやオーガニックに関心が高い女性誌の、お洒落で美味しい農村ライフ特集のレベルと大差ないと思った。

つまりは、農村ライフのうわずみの、綺麗ごとを語っているような。主演がいまにも村を飛び出しそうなNHKドラマ「あまちゃん」で人気をえた橋本愛だけに、なんだかよりその印象が強く感じた。
いや、彼女が畑で作業をしている場面もたくさんあるのだが、どこかフワフワとしているような感じ。私にはそう見えたのだ。

季節ごとの食材を使った料理も、手間ヒマかけた趣味的な料理(パンを焼いたり、ジャムを煮たり)で、生活感が希薄。でもまぁ、画面てきには酸素がいっぱいの田舎暮らし。橋本愛ちゃんのよく働きそうな立派な手と身体。歯が白くて立派でよく食べる。もぎたてのトマトをかじって食べる姿は、本当に美味しそうでした。

力仕事するときの足腰のふんばりなんかも、力感があるし、チェーンソーまでもが一瞬稼働状態で、愛ちゃんがしっかり持っているのもいい。逞しさがなければ成立せぬことを、一人で受け持っている。
この映画の志向するのは、生活のアクションで、調理も、魚のワタを抜き、鶏を絞めることまでさせられる。”働かぬ者喰うべからず”とはよく言ったもので、都会でニートをしている若者たちよ、田舎へ行って人間が生きるということを学んでほしい。

週末にBSでやるような田舎のエコ暮らし番組とたいして変わらない作りに、間違って劇場公開したのかと思ってしまった。1シーズン毎にエンドロールが流れる中編形式なのも、何だかテレビ的。
娘を置いて出て行った母親の挿話が語られはじめたかと思えば、続きは来年公開の「冬・春」篇ということらしい。
2014年劇場鑑賞作品・・・303 映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング
トラックバック (8)

六月燈の三姉妹 ★★★

2014年06月06日 | ら行の映画
鹿児島で和菓子店を営む一家を舞台に、経営不振の店を再建すべく3姉妹が奮起する姿を描いたホームコメディー。大型ショッピング店の台頭に悩む商店街で、3姉妹が店の立て直しに奮闘しながら、家族のあり方を見つめ直す姿をつづる。3姉妹には、次女に吹石一恵、長女に吉田羊、三女に徳永えりがふんし、津田寛治や市毛良枝が共演。監督は、『半落ち』『ツレがうつになりまして。』などの佐々部清。現代の世相を織り込みながら描かれる、互いに協力し合う家族の姿や人々の温かさ、地域の祭りの様子など今も昔も変わらない人間模様に感動する。
あらすじ:鹿児島のとあるシャッター商店街。家族で営む和菓子店のとら屋は、次女の奈美江(吹石一恵)は離婚調停中、長女の静江(吉田羊)は離婚、三女の栄(徳永えり)は婚約破棄をし不倫中で、3姉妹全員が実家に戻ってきていた。一家は店の再建を懸け、地域の祭りである六月燈の夜に新作の和菓子を出そうと考えるも……。

<感想>旧暦の6月から鹿児島で行われるお祭り、六月燈に向けて、再生に奮闘する老舗和菓子屋の姿を描いたドラマ。地方ではいずれも同じように昔と違って不景気のせいなのか、何処もシャッター商店街になっているようで、小さな商店は経営不振で火の車である。
そのように不景気なお話なのに、観終わると幸せになる。地方の実情を踏まえた良質のドラマが、「ご当地映画」から続々と生まれてきている現状についてはもっと注目されていいと思う。
和菓子屋のわけあり三姉妹を的確に描き分けておりいい感じになってます。鹿児島市内を走るチンチン電車に、フェリー乗り場、桜島の白い煙に驚く次女の旦那さん。表面上は静かなドラマだが、秘めたる思いの火花に薩摩を想いました。地元の六月燈の祭りは、初めて知りました。夜に燈籠に灯が燈るとそれは綺麗で、浴衣姿の美人姉妹も綺麗でしたね。

それぞれ、ワケありな美人三姉妹のキャスティングが絶妙です。中でも実際に九州出身である長女の静江を演じた吉田羊の、美しく落ち着いた鹿児島弁の響きに惹かれるものがあります。
それに、彼女たちを束ねる母親役の市毛良枝と、その元旦那役の、西田聖志郎が人間臭くて、駄目なところがまたグットきます。
何ていっても、母親が2度も離婚経験者で、長女がバツイチで、次女が出戻って来たのを嬉しそうに見守り、わざわざ東京から連れ戻しに来た婿さんに、娘はもう離婚したのだから、とっとと帰ってくれと、元旦那と口を揃えて言うのだ。

普通なら、わざわざ東京から寄りを戻しに話合いに来たのに、また元どうりになるように娘を説得するのが親というものだろうに。この家の人たちは、鹿児島気質というのか、あっさりとしており、嫌なものはしょうがないといった調子なのだ。
実家の母親の元旦那も、離婚したのに同居をして店の和菓子職人として働いているし、長女と次女は前の夫との間に生まれた娘で、母親は離婚をした時に長女を引き取り、次女は父親に引き取られたのだ。それが2年前にその父親が亡くなり、次女は母親のいる実家へと度々帰って来るのだ。

三女は、2度目の亭主との間の娘で、どちらかというと上の二人より器量が悪い。それに、父親と喧嘩をして家を出て別に暮らしていて、現在は妻のある男と不倫中なのだ。そのことも、元旦那と母親は気に入らなくて、本当は婿取りをして家を継がせたいのに、思うようににはいかない。
予定調和の家庭劇と言えば、それだけで悪口になりそうだが、元々家庭劇という代物は、おおかた子供たちの成長や結婚、離婚、家出とかで終わるものだった。今までの「東京物語」や「東京家族」もそう、話がうまい具合で終わったからといって、必ずしも面白くないわけではないのだ。

中でも侍女の吹石は、結構ワガママな出戻りで、これが抜群の出来なんですね。姑と上手くいかなくて離婚すると実家へ帰って来た次女の奈美江。
一方では、まだ妻を愛しており連れ戻しに来た旦那さんの津田寛治は、珍しく生真面目な性格で、振り回されっぱなしという展開。つまり、丁度六月燈の祭りのために、新和菓子を作って売り出すという忙しさ、それに店を手伝わされる始末。

六月燈の祭りに出す和菓子の名前に「カルキャン」という、“かるかん”と三姉妹の“キャンディーズ”を引っかけてネーミングした次女の旦那さん。祭りでは完売という売れ売れで、キャンディーズの「暑中お見舞い申し上げます」を歌う三姉妹の艶やかさについ見とれてしまった。

新商品開発という物語が隠し味的に出て来るのだが、残念ながら最後に長女が、自分が作った和菓子と偽り両親に差出し、その陰に本当は三女が、試行錯誤して作った新商品だったということ。晴れて実家に戻って店を継ぐことになる目出度しの展開なのだが、そこに三女の徳永えりを一枚かませるためには、もっと伏線が必要だったはず。
それでも、最後には納まるところに丸く納まっており、和やかな雰囲気で上々の仕上がりになってます。
2014年劇場鑑賞作品・・・207  映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング
トラックバック (6)

L・DK  ★★

2014年05月07日 | ら行の映画
渡辺あゆの人気コミックを実写化した青春恋愛コメディー。ひょんなことから校内きってのモテ男子と一緒に住むことになった女子高生が、ツンデレな彼に翻弄(ほんろう)されながらも心惹(ひ)かれる姿を描く。主人公カップルを、テレビドラマ「ビブリア古書堂の事件手帖」などの剛力彩芽と『リアル鬼ごっこ』シリーズの山崎賢人が快演。そのほか『ROOKIES』シリーズの中尾明慶をはじめ、岡本玲、石橋杏奈など、バラエティーに富んだ顔ぶれが脇を固める。にぎやかな作風に加え、トレードマークのショートヘアとは打って変わったロングヘアの剛力にも注目。
あらすじ:直情型な性格で、ことあるごとに暴走してしまう女子高生の西森葵(剛力彩芽)。そんな中、ある騒動を引き起こしてしまったのがきっかけで、学校で一番のツンデレにしてモテ男である久我山柊聖(山崎賢人)と生活を共にすることに。彼と同居していることが知られれば、校内の女子たちから敵視され、退学させられる可能性もあるとして、その秘密を懸命に守ろうとする葵。だが、柊聖は右往左往する彼女の姿を楽しみ、何かとちょっかいを出す。そんな柊聖に振り回されながら、葵は彼に魅力を感じるようになり……。

<感想>漫画原作のラブコメに文句をつけるのは野暮だと思うが、高校生男女の同棲を成立させるための強引な展開に、これは許されるものなのかが問われます。
韓流華流なみのベタベタな「イケメン」ラブコメとして始まり、正直どうしたもんかと頭を抱えてしまった。
それでも剛力彩芽の“ウザ女”対、“性悪女”石橋の対決の構図が明らかになる展開に、急に面白くなってきた。やっぱり恋はめそめそしたり、ドロドロしたりしないとね。
ちょっと「翔んだカップル」を連想したのだが、こちらはキラキラネーム世代向けのキラキラ・ラブ。何やら全身がムズ痒くなってきて、さっさと何処かへ飛んで行けって叫びたくなる。けれどもこちらがムズ痒くなったということは、映画としてはそれなりに恋する女の子の、恋の上澄みを描きだしているということで、いかにも少女漫画的なきれいごと世界はちょいと恥ずかしいが、その辺は達者である。

同棲がバレると退学といいながら、親、教師など干渉してくる大人を、最初から登場させない無菌室のような、メルヘンタッチのお伽噺ぶりについていけなかった。しかし、山崎に付きまとう謎の女、剛力彩芽に想いを寄せる大学生が、重要な役を担いながら、終盤で何のフォローもなく姿を消すなんて、とんでもない刺身のツマですよ。

主人公がラブラブならそれでもいいのか、剛力が堤防で泣くシーンは、悪い冗談にしか見えなかった。一部屋に同居する羽目になった2人の「おままごと生活」に、生臭さが一切ないのもいいんじゃないのこれで。
そして、何と言っても七夕花火大会の盛り上がりが上首尾ですから。クライマックスのヴィジュアルにこだわる監督だが、これまで空振りが多かっただけに、今回の大仕掛けの数々は嬉しかったです。
傲慢なイケメン野郎も最後は意外に純情でほっとしました。
2014年劇場鑑賞作品・・・103  映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング
トラックバック (8)

ラヴレース ★★★

2014年05月03日 | ら行の映画
1970年―― 21才のリンダ・ボアマン(アマンダ・セイフライド)は、フロリダの小さな町で、厳格なカトリック教徒の両親(ロバート・パトリック&シャロン・ストーン)と暮らしていた。ある夜、リンダは女友達と遊びに行った帰りに、地元でバーの経営をしているチャック・トレイナー(ピーター・サースガード)と知り合う。厳しい両親との生活にうんざりしていたリンダは、チャックの優しい言葉に惹かれ、彼とつきあい、すぐに結婚する。性的にうぶだったリンダに対して、チャックは、セックスの快楽を一から教え込んでいった。
その半年後―― チャックのダークで陰湿な一面が、しだいに明らかになってきた。妻のリンダをポルノ映画へ出演させるという、とんでもないアイディアを思いつく。
たった7日間で撮影されたリンダの主演映画『ディープ・スロート』(タイトルはリンダがチャックから伝授された「秘技」を指して付けられた)は、1972年に全米公開され、記録的な大ヒット作となった。「リンダ・ラヴレース」というポルノ女優としての芸名を授かった彼女は、一躍スーパースターに――パーティ会場でも「プレイボーイ」編集長のヒュー・ヘフナー(ジェームズ・フランコ)やサミー・デイヴィス・Jr.といった有名人から賞賛されるほどの人気者となり、70年代の解放的な「セックス革命のシンボル」として祭り上げられていく。
しかし、その6年後―― ニューヨークで新生活を始めたリンダは、自伝本を書くために、出版社を訪れる。これから書こうとする内容の真偽を証明するため、彼女はポリグラフ(ウソ発見器)のテストを受ける。そこで語られるのは、長年メディアによって捏造されてきた「リンダ・ラヴレース伝説」の裏で起こっていた「衝撃の真実」だった…。

<感想>アメリカ人男子で知らないものはいないと言われるほど、語り継がれている伝説のポルノ映画。物語性のある初の一般劇場用ポルノ映画として、72年に全米公開された「デープ・スロート」。社会現象にもなり大ヒットした作品の主演を務めたリンダ・ラヴレースの生涯を描いている。
ロバート・エプスタインとジェフリー・フリードマンの共同監督作と言う、強靭な社会派映画を想像したら、この映画は、そんな彼女の知られざる陰の部分を描いたシリアスな、端正な男尊女卑をえぐる映画だった。
ハリウッド・セレブのパーティでもてはやされ一方で、プライベートでは自分を業界に売り込んだ夫のDVに耐え忍び、救いのない状況に追い込まれていた彼女の苦悩を描いている。
まさに体当たりで伝説の「ディープ・スロート」、コゼット役からの何というふり幅だろう。というよりも、コゼットがファンティーヌにさせられるお話と言うべきか。イメチェン的な迫真の演技を見せる、主演女優を演じたアマンダ・セイフライドの華奢な裸体に胸を突かれます。

70年代、1本のポルノ映画で世界を湧かせたラヴレースが、当時の自分を振り返り「夫に従う」という教えに疑いを覚え、その勇気を知る正しく作られた映画です。エロさを期待して観ると、後半にこれでもかと返り討ちに遭うはず。つまり、夫は借金を抱えており、その資金繰りに妻であるリンダに売春をさせる。普通では考えられないのに、こんな仕打ちをされたら絶対に離婚するはずなのに。実家へ逃げ帰るも、母親には自分が選んだ結婚なのだから、どんな虐待があろうと夫の言うことを聞きなさいと、戻らされる。
リンダ・ラヴレースは自身の過酷な経験から、ポルノグラフィによる女性搾取と、男性のDVに後半では立ち向かった女性なのであり、だからこの映画も一種の啓蒙性を帯びているようですね。後に女性運動家となるラヴレースの内面の変化に重きを置いています。

中間地点で語りが「折り返す」構成になっているのも面白いです。母親役のシャローン・ストーンがしばらく誰だか判らずビックリしました。それに、卑劣さの滲み出るピーター・サースガードなど、ヒュー・ヘナフー役のジェームズ・フランコには、もう少し見せ場があっても良かった気がします。

この映画の主人公であるリンダ・ラヴレースや彼女が主演した「ディープ・スロート」が世界的な話題になった1970年代は、まだビデオが普及していなかった。ポルノ映画は、そういう映画を専門に上映する映画館で見る物だった。そんな時代状況が、今の若者に判るといいのだが、普通の女の子が男たちの食い物にされて不幸になる。という話はいかにも古臭い。これはもっと生かせる面白い題材だった、と思う。
私には、始めから年上の男が若い彼女に目を付けて、彼女に売春をさせ、ヒモとなって食い物にしようと企んでいたとしか思えないのですが、この時代ではこんふうに騙されたのを知らないで、幸せになろうと男と結婚するのだろう。一つの家庭からもう一つの家庭に至るまでに、彼女が体験したすべての事実を人々に知ってもらうための自伝になっています。
2014年劇場鑑賞作品・・・99 映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング

トラックバック (6)

りんごのうかの少女 ★

2014年03月06日 | ら行の映画
『ウルトラミラクルラブストーリー』などで知られる青森県出身の横浜聡子が監督と脚本を務め、反抗期の少女を取り巻く家族を描く中編。弘前のりんご農家を舞台に、反目する母娘の姿を通して思春期の焦燥感を全編津軽弁で描写する。『ミステリー・トレイン』で共演した永瀬正敏と工藤夕貴が夫婦を演じ、青森のご当地アイドル「りんご娘」のときが娘を好演。ユーモアを交えながら展開する鮮烈な物語に引き込まれる。
あらすじ:青森県弘前市の岩木山麓でりんご農園を経営する三上家の14歳の娘りん子(とき(りんご娘))は、中学にも通わず家出ばかりしている。母の真弓(工藤夕貴)は口うるさい祖母に文句を言われながらも、ぐうたらな夫の玉男(永瀬正敏)の代わりに必死で働いていた。りん子の誕生日を控えたある晩、玉男が娘のプレゼントにとリボンを飾った馬を引いて帰る。
<感想>青森県弘前市が中心となって制作したご当地映画は昔からあるが、地方発の映画がそのことを超えてゆくあり方は、面白い映画の場合、話はどうでもよくなることと無関係ではないだろう。

白人男性がこちらを見すえて、津軽三味線をベンベンと弾きまくるオープニングにハッとさせられ、観ている側が???マークになろうが、お構いなしで繰り出される津軽弁に驚いた。ですが、家族や田舎な地元から遠くへ離れたい少女のウダウダという、ありがちな物語でもある。少女が手にするポリタンク、着ている赤い服、履いているヒールなど、やたらと赤を強調しているようだが、彼女の頬っぺたの赤だけで十分だと思いました。
弘前のりんご園を舞台に反抗期の少女と家族の関係を描いているが、そんなこと以上に画面の突拍子もなさに驚かされる。母親の工藤夕貴が、夜に建てつけの悪い戸をガタピシと開けると、馬がぬっと顔を出す。

亭主の永瀬正敏がその馬に乗ってリンゴ畑を進んで、リンゴをもぎ取りお前も食うかと馬に差し出すやいなや、落馬してしまい斜面を転げて、次の瞬間というか場面が葬式のロングショットになる。
その父親を娘がリンゴ畑で想うシーンでは、主演のリンゴ娘ときが歩き回る姿と、よちよち歩きの幼子が、永瀬正敏から歩行を教わる姿とが、同一画面の中に同時に描かれるのである。
何だか意表をつく描写が続く。しかも台詞は津軽弁で、意味不明のところも多く、だから観客はただ唖然として見守って、突飛な画面を楽しむしかなく、実際、次々と出て来るイメージは奔放さに溢れているのだ。

青森出身の横浜聡子監督が、青森の風土や津軽弁にこだわるのは当然だし、それが個性だと思うのだが、出身者でなければ分からない表現には戸惑いがある。
その勢いの前では、反抗期の娘を中心とした話など、どうでもよくなり映画はイメージの連続体として展開していく。
しかし、映画を引っ張っていく主人公りん子の感情や屈折した心理描写が不十分なので、大切なりんごの樹に火を放つ行為が唐突な印象は拭えない。42分という尺の中で、2時間もの作品と同じように論じることはできないが、未完成作品のラッシュを見たような中途半端な気分が残りました。

前に観た「奇跡のリンゴ」では、無農薬でりんごを育てるという。何度も害虫に食べられ失敗しては、諦めないで無農薬のりんごを育てる夫婦と娘の立派さと、リンゴの花の満開に努力が実ったことに感動した思いがあるので、この映画は別ものだと、比較してはならないと自分に言い聞かせました。
2014年劇場鑑賞作品・・・54 映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング


利休にたずねよ ★★★

2013年12月09日 | ら行の映画
茶人・千利休の人生を描き、第140回直木賞を受賞した山本兼一の同名小説を、歌舞伎俳優・市川海老蔵の主演で映画化。豊臣秀吉のもと「天下一の宗匠」として名をはせるも、やがて秀吉に疎まれ、武士でないにもかかわらず切腹しなければならなかった利休。
その謎を、ある女性との秘められた恋とともに描き出していく。若かりし頃、色街に入り浸っていた利休は、高麗からさらわれてきた女と出会う。その気高いたたずまいと美しさに心を奪われた利休だったが、やがて別れの時が迫る。かなわぬ恋に対する利休の情熱は、ある事件を引き起こす。
中谷美紀が利休の妻・宗恩、伊勢谷友介が信長、大森南朋が秀吉にそれぞれ扮する。監督は「化粧師 KEWAISHI」「火天の城」の田中光敏。

<感想>さすがに歌舞伎界きっての美形、市川海老蔵が茶人・千利休を演じると、実にさまになっていて美しく、茶道とはいかにもこういう所作で行うものかと、つくづく見入ってしまいました。
原作者の山本兼一に主演を熱望されたという海老さま、本物へのこだわり希望により、小道具や料理の多くは本物を使用したとのこと。特に利休が愛したという黒樂茶碗は時価数億円の「万代屋黒」。撮影では窯元の樂屋当代ですらお湯を通していない茶碗に湯をいれたそうです。京都にある裏千家の歴史的な茶室「今日庵」にもクレーンを持ち込んで撮影を行ったようですね。

茶道の名門・三千家の協力によって茶道の奥深さが描かれる本作なのだが、茶の世界に惹かれる出演者も多く、宗恩役の中谷美紀は撮影現場で皆のために茶をたてたという。
そして、2013年2月に死去した市川團十郎が利休の師匠役で出演して、海老蔵と映画での父子初出演を果たしました。かなり具合が悪そうな感じで、しかし、市川團十郎としての威厳はありました。

信長の伊勢谷くんは、威勢があってさすがに信長という役に適っている。そして秀吉の大森南朋さんは、私にしては役不足というか、香川照之さんに演じてもらいたかったです。
物語が、雷鳴とどろく中、豊富秀吉の命により3000もの兵が千利休の屋敷を取り囲むところから始まります。間もなく切腹で自らの命を絶とうとしていた利休は、妻宗恩の「ずっと想い人がいらっしゃたのでは、・・・?」という言葉で、過去に想いを馳せる利休の若き日が描かれる。
戦国の覇者である織田信長。利休の美に関する才能に惚れこんで重用し、茶の湯を自らの権力を演出するために巧みに利用した。

その後、秀吉の庇護のもとで名声を得た利休だが、利休は秀吉に素朴な味の粥を食べさせる。もともと秀吉は農民の出で、やがて秀吉の「むさぼる心」に火がつき、その立場を失っていく。これによって秀吉は心を掴まれてしまう。

秀吉は利休が隠す、利休に美を教えた“何か”を奪おうとするのだが、その“何か”の秘密は、利休の青年時代の記憶に隠されていた。
秀吉が才知にたけた利休を疎ましく思うようになり、理不尽な罪で秀吉に切腹を命じられる。それから、利休の美意識の根底には、若き日の情熱的な恋があるという大胆な発想で物語は進んでいきます。

その愛した女性、高麗の女(クララ)との出会いに思いを馳せるシーンが、一番の見せ所とも言えるのでは。そのラブロマンスの描写が、師匠である市川團十郎の屋敷に匿われた高麗の女に一目惚れし、その姫が食べ物を受け付けない事を知り、高麗の食べ物を知っている男に聞いて食材を集めて自分で作る。それを女に食べさせ、彼女も心を許すようになり、故郷へ帰りたいと二人で駆け落ちみたいに浜辺を歩く。
しかし、追ってが近づき、高麗の女は浜辺の網小屋で命を絶ってしまうという悲しい出来事があり、利休の心の奥にはいつまでも忘れられない思い出がある。
その高麗女が、いつも肌身離さずに持っていた緑色のお香の入れ物。中にはその高麗女の小指の爪が入っていた。その悲しい思い出の形見の品物。
そのことを、妻の宗恩に見抜かれるが、人間だれしもがそういった忘れられない思い人があってもいいのではないかと思う。

そもそも千利休ってどんな人なの?・・・安土桃山時代の茶人で、魚問屋を営む田中与兵衛の息子として、1522年に堺に生まれる。10代で武野紹に弟子入りし、23歳で茶会を開くほどの才を見せる。
織田信長に取り立てられ、信長の死後は秀吉に仕える。秀吉の下で「天下一の宗匠」の名を不動のものとしたが、1591年に秀吉から切腹を命じられ、その生涯を終えたという。切腹を命じられた理由は諸説あり、明らかになってない。
本作では、最晩年の利休、信長・秀吉に仕えていたころの利休、放蕩の限りを尽くしていた若き日の利休が描かれている。我々が、イメージする利休像にはない、奔放な青年時代が市川海老蔵によって、わびさびを体現した晩年までを演じ分け、息を呑むほど美しい画の数々がスクリーンに映し出されて、日本の美の原点はここにあると、思い知らされます。
2013年劇場鑑賞作品・・・339 映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング

トラックバック (22)

ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮 ★★★

2013年07月19日 | ら行の映画
18世紀のデンマーク王室で起きたスキャンダラスな史実を基に、国王と王妃、そして侍医の三角関係を描いた壮大なラブ・ストーリー。国王を意のままに操り、王妃と禁断の恋に落ちたドイツ人医師を、『007/カジノ・ロワイヤル』などのマッツ・ミケルセンが熱演。『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』の共同脚本を手掛けたニコライ・アーセルがメガホンを取り、デンマークの鬼才ラース・フォン・トリアーが製作総指揮として名を連ねる。華麗な世界の裏でうごめくドラマチックな駆け引きから目が離せない。
あらすじ:18世紀後半のデンマーク。ドイツ人医師のストルーエンセ(マッツ・ミケルセン)は、精神的な病を患っている国王クリスチャン7世(ミケル・ボー・フォルスガード)の侍医となる。国王の信頼を得たストルーエンセは、一方で王妃カロリーネ(アリシア・ヴィキャンデル)と惹(ひ)かれ合うように。しかし事実上の摂政として手腕を振るうようになったストルーエンセを、保守派貴族たちは快く思わず……。

<感想>デンマーク王室で実際に起こった一大スキャンダル、初めて知りました。どこの国でも王室の事情は内々に極秘にして、外部には漏れないようにしているようですね。それが、まさかデンマークでもと思うと、その時代の計り知れない国の改革や、欲望渦巻く宮廷の権力争いの行方、そして、侍医と王妃の許されざる愛の結末とは、デンマークでは誰もが知る実話をもとに、王と王妃、そして侍医の運命的な三角関係を描く壮大なるラブストーリーであります。
カリスマ性のあるマッツ・ミケルセンが存在していることによって、成立した映画であるように思われる。ミステリアスな目、ひっきりなしに優しく微笑んでいる神経質な口元。逆三角形で筋肉質の体型。この世の誰も信用してないような雰囲気など。
しかし、彼は「偽りなき者」の方がはるかによかった。この映画で演じた侍医、ストルーエンセは、何だか演出がしっかり描き切れていないように感じた。この医師が、王妃との密通をどう思っていたのか?・・・といったあたりも不明瞭で、物語映画として脚本の描き込みが不足していたと思われる。

しかし、デンマーク王を演じる新人ミケル・ボー・フォルスガードの演技が凄い。単なるバカかと思ってたら、実はいろいろわかっていた。でも、やっぱり結構分かっていないところもある。どっちなんだこれは。こんな演技は見たことがない。王妃を迎えに出た最初の出会いの奇声から、馬車の中での奇妙な距離感といい、まったく読めない。閣議での唐突な言動の何という爽快さ、演出ではないのだ。その証拠に、王妃と医者の不倫に至る描写は凡庸な気がする。
デンマーク王は、もうちょっとですごく面白くなるキャラクターだったと思うのだが、これも描写にもどかしさを感じる。だからなのか、マッツ・ミケルセンの怪物性が出てこない。この物語の侍医の役回りでは仕方がないのだろう。それでも圧政に苦しんでいる農民たちを救うべく運動をするのですが、貴族院たちの反対で自分の立場も危うくなる。

だが、ストルーエンセが国王のお気に入りともなれば、ドイツの友人が金の無心に来るし、宮廷の仕事も世話しろと言ってくる。しかし、いいこともある。当時天然痘が流行して子供たちが死に至る。そこでストルーエンセは、無料で国内の子供たちに天然痘のワクチンを注射しようと案を推進するのだが、保守派の貴族たちの猛反対でダメになる。

王妃との燃えるような恋愛事情も、隠れてするからこそであり、結果として王妃はストルーエンセの子供を宿して、王室の娘として認知される。
そうそう、王室には皇太后の息子がいて、皇太后は次の政権をその息子に継がせるべく取り計らうシーンもありましたね。でも、精神病を患っていたとはいえ、結婚してすぐにできた皇太子がその後、皇太后の息子を城から追い出して政権を取り、立派に国を治めるところで終わります。

王妃と侍医のストルーエンセのスキャンダルも見どころの一つですが、やはりデンマークの宮廷ファッションや、舞踏会の華やかなシーンも豪華で素敵でした。
2013年劇場鑑賞作品・・・230   映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング
トラックバック (6)

リアル 完全なる首長竜の日 ★★★

2013年06月10日 | ら行の映画
第9回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した乾緑郎の小説「完全なる首長竜の日」を、佐藤健&綾瀬はるか主演、黒沢清監督で映画化。浩市と淳美は幼なじみで恋人同士だったが、淳美は1年前に自殺未遂で昏睡状態に陥り、いまも眠り続けていた。
浩市は淳美を目覚めさせるため、「センシング」という最新医療技術を使って淳美の意識の中へ入り込み、彼女がなぜ自殺を図ったのかを探る。センシング中に出会った淳美は、浩市に「首長竜の絵を探してきてほしい」と頼み、浩市はその絵を探しながら淳美との対話を続ける。しかし、センシングを繰り返すうちに、浩市は見覚えのない少年の幻覚を見るようになり……。

<感想>なにか「トータル・リコール」とか「マトリックス」や「ザ・セル」などと同じような虚構と現実の区別がつかない物語のようにも感じた。最近の映画では「インセプション」で、虚構世界での自殺が繰り返されるところもよく似ているようだ。だが、当然のことながら本作が書かれたのは「インセプション」の公開以前。
藤田浩市と淳美は幼馴染で恋人同士。彼女の淳美はサイコサスペンス系の猟奇的な連載コミック「ルーミィ」でカルト的な人気を誇る漫画家という設定。冒頭で二人の関係を示す短い回想シーンがあった後、映画は作中の現在に移る。1年ほど前に淳美がなんらかの理由で自殺未遂事件を起こし、昏睡状態に陥ったことが示される。浩市は意識のない患者と神経を接続して意思疎通を行う「センシング」という先端医療技術を使い、一種の仮想現実世界で淳美と対面し、自殺未遂の理由を探り始める。

原作では姉と弟の関係だったのが、映画では恋人同士(小学生からの幼馴染)に設定が置き換えられている。しかも原作とは逆に、昏睡しているのは淳美の方で、この改変は映画の企画段階でラブストーリーにすることが映画化の前提だったということだ。
しかしながら、その思い込みは予想外の形で裏切られた。本作の「リアル~」では“胡蝶の夢”という原作のコンセプトと、SF的なガジェット、つまり昏睡状態の患者との対話を可能にするセンシング技術を、生かしながらも、キャラクター配置やストーリー展開を緊張感に満ちた人工現実感とホラーテイストを加えて、映像を作り上げていく。書割めいた舞台と顔のない人間たち、「回路」や「ミスト」を思わせる終末感が、・・・。

映画の中で編集者の染谷将太が演じていた、淳美のアシスタントは、原作では“真希ちゃん”という有能な女性。もう一人の編集者にオダギリジョーも、ほんの少しの出番で勿体ない気がします。それと、もう一人、浩市の母親の小泉今日子なんて別に他の女優さんでも良かったのに、あまり強烈な印象もなかった。
映画での淳美が漫画を描いているシーンは、最初からあえてリアリティ希薄に演出されていて、それに入院している病院もSF的なセットと、センシングを担当する医師、相原を演じる中谷美紀の独特な演技、とくにセリフ回しというか奇妙で人工的な空気をまとっているのも微妙。
「インセプション」のように夢から醒めたと思ったらやっぱりまだ夢の中だった、と分かる瞬間のサプライズをつないで映画を引っ張っていく変わりに、常に緊張と不安をはらんだ画面の中で、「何がリアルなのか?」を問い続けていく。夢から醒めるためのキー・アイテムとして映画が着目するのが、子供時代に淳美が描いて浩市にプレゼントしたという首長竜の絵。

その首長竜が映画の後半、大きな役割を果たすことになるのだが、子供のころ育った飛古根島の物語も、赤い旗の竹竿が海の中心に立っており、それもキー・アイテムのひとつだが、浩市の父親がかかわった飛古根島のリゾート開発に関するエピソードも、島の破滅を傍観した罪悪感へと転換され、過去のかつて暮らした島が現在の東京の生活に復讐をしているような気もする。
「センシング」によって島へ行く二人の目の前に、首長竜が現れ大暴れするシーンも、子供のころの浩市の友達、モリオを見殺しにした報復で現れたのか、これは現実ではないにしろCG映像で驚くばかり。これは主人公の心の闇の部分であり、ある過去の記憶として出てきていると思う。
それに、「センシング」をしている途中で現れる“ゾンビたち“、編集者たちオダギリジョー、染谷くんに淳美の父親松重さんとか亡霊的なゾンビのように、皮膚が金属光沢しているところも斬新でよかった。黒沢ホラー監督ならではの映像なりき。

そして淳美が走って船を追い掛ける場面では、有刺鉄線の柵を乗り越えて転げ落ちるという大きな転換点になるシーン。恋人を必死で救う、観客への拍手喝采を受け狙うような微笑ましい場面もある。
最後では昏睡状態で寝ているのは淳美ではなく、浩市だったという落ちまで。それは、漫画家だったのが淳美ではなく、浩市だったというのは、途中から薄々と分かってしまっていた。
ここまでくると黒沢監督らしい映像化だと言えなくもないが、仰天したのはタイトロールの「首長竜」が登場してからのラスト30分間。原作どころか黒沢監督らしささえも大きく裏切って、驚愕のスペクタルが連続する「アカルイミライ」のクラゲが巨大化して帰ってきたかのようにも見えた。そして、この映画は感動のラブストーリーとして決着してしまう。ほとんど理解に苦しむ難解な展開だったのが、最後に、浩市を献身的に看病する淳美の姿が映し出され、二人の愛の絆が映し出されると、これはもう、原作読まなきゃダメでしょうと思った。
2013年劇場鑑賞作品・・・203  映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング


トラックバック (11)

ローマでアモーレ ★★★★

2013年06月09日 | ら行の映画
巨匠ウディ・アレン監督が、古都ローマを舞台にさまざまな男女が繰り広げる人間模様を軽妙なタッチで描くロマンチック・コメディー。『タロットカード殺人事件』以来となるウディが自身の監督作に登場するほか、ベテランのアレック・ボールドウィン、『それでも恋するバルセロナ』のペネロペ・クルス、若手実力派ジェシー・アイゼンバーグ、エレン・ペイジら豪華キャストが勢ぞろい。コロッセオやスペイン階段などの名所をはじめ、普通の観光では訪れることがあまりない路地裏の光景など、次々と映し出される街の魅力に酔いしれる。

あらすじ:娘がイタリア人と婚約した音楽プロデューサーのジェリー(ウディ・アレン)は、ローマを訪れる。婚約者の家に招待されたジェリーは、浴室で歌う婚約者の父がオペラ歌手のような美声であることに驚く。一方、恋人と同居中の建築学生ジャック(ジェシー・アイゼンバーグ)の家に、恋人の親友モニカ(エレン・ペイジ)が身を寄せてくる。かわいらしい外見とは裏腹に恋愛に対しては積極的な彼女を、ジャックは少しずつ気になり始めていて……。

<感想>役者ウディ・アレンの復帰作であり、もちろん脚本、監督も。アレンが描いたローマへの、そしてイタリア映画とイタリア音楽へのラブレターの如き、愛すべき作品に仕上がっている。アレンが演じているのは、引退した音楽プロデューサー。愛娘の婚約者と両親に会いに、妻と共にローマにやってくる。飛行機が怖いのか、揺れる度に妻の腕にしがみつく。相変わらずの口達者で、観ていて痛快である。
婚約者の父親ジャンカルロは、現役のオペラ歌手ファビオ・アルミリアートが演じているのだが、シャワーの中で歌う声があまりにも見事なので、彼を売出して自分もカムバックを果たそうと画策するが、問題が一つあった。それは、ジャンカルロはシャワーを浴びながらでないと見事には歌えないのだ。ここから奇想天外な物語が展開する。
アレンはさすがに老けたが、身体の細かい動きよりも、微妙な表情はまったく衰え知らずで、細かい台詞のボケで大いに笑わせてくれる。「あなたは引退と死を同じもだと考えているのね」という妻のセリフには、手掛ける作品の多くに、死への恐怖が徹底して流れているアレンが、ひたすら映画を作り続けている理由が伺えて興味深い。

そして、ロベルト・ベニーニ演じる平凡な中年男レオポルドが、ある日突然全く何の理由もなくセレブに祭り上げられる。メディアが彼の日常をあれこれと報道し、街を歩けばパパラッチが群がり、美女はよりどりみどりとなるのだが、・・・映画の試写会に妻を同伴で行くも、奥さんの来ているワンピースやバック、靴下が伝線していることなど平気でレポートするパパラッチには腹が立つも、奥さんも夫が有名になったことで嬉しいらしく気にしてない。あまりにもちやほやされてる自分に酔いしれ、相手にされなくなって普通の自分に戻った時のギャップたるや。

有名建築家のアレック・ボールドウィンは休暇の最後に、かつて留学生活を送っていたローマを訪れ、若き日のジャック=自分、ジェシー・アイゼンバーグに出会う。エレン・ペイジは友人を頼ってアメリカからローマにやってきた女優志望の若い女性モニカ役を、ジェシー・アイゼンバーグは恋人の親友と知りつつも彼女に心惹かれて翻弄されてしまうジャック役を演じています。
ペイジは小悪魔的な女優さんと言う役柄。セクシーでありながらもありきたりのセクシーとは違う色気を表現できる女優さん。つまりマリリン・モンロー的にセクシーな女優ではダメなんですね。いわゆる静粛なるセクシーが演じられる女優さんで、空港のシーンで最初にモニカを観たとき、彼女はセクシーでもなければ美しくもないと思う。けれども彼女を知れば知るほど、興味がどんどん湧いてくる。だから、ジャックは彼女に夢中になってしまったわけ。
アレック・ボールドウィン扮するジョンは、ローマ市街で偶然出会ったジャックの前に幾度も現れ、モニカに誘惑されるなと警告します。ジョンが記憶の回廊を歩いて心の中で若き日の自分自身と出会い、その時何が起きて、どのように感じ、どんな過ちを犯してどれほど必死だったかを思い出している。昔の自分が、魔性の女に翻弄されているのを観て、苛正しさをおぼえ介入しようとするが、過去に起こってしまったことは取り返しがつかないのだ。
つまり、若き日の自分=ジャックとは違う、別の形で登場する若かりしのジャックの姿なんですね。この恋は、モニカと結婚まで決意したジャックなのに、彼女がNYで女優としての仕事が入り結局ダメになりフラレてしまう。サリーという同棲相手の恋人がいたのに、男って魔性の女に目移りするのはいけませんね。

ペネロペ・クルスは、ひょんなことから、田舎からローマに出てきた新婚カップルの妻ミリーとして行動する羽目になるコールガールで、アンナを演じている。今回はイタリア人と言う設定で、とびっきりの美女でもてもてのコールガールの役どころ。彼女のスマイルで、新婚の夫もあれよあれよと言う間に彼女の手練手管に参ってしまう。
新妻の方は、美容院へ行こうとホテルの外へ出て、迷子になり往年のイタリア人俳優、デブのハゲのサルタのファンだったこともあり誘惑されて、そのままホテルへと付いて行ってしまう。そのホテルで、強盗に出会い、中年俳優の妻まで現れてドタバタ騒ぎを起こし、最後はその強盗とベットインする新妻ってなんなの、乱れてるわよね。ペネロペとお寝んねする旦那も旦那だけどね。
展開される4つの物語に共通しているのは、どれも“セレブ”がなんらかの形でテーマとなっているということだ。アレン監督はすばり「セレブリティ」(98)という作品でおなじテーマを扱っているが、この作品はイタリアの巨匠フェリーニの「甘い生活」(パパラッチという言葉を生んだ映画)を強く意識した作品です。「セレブリティ」がダークな形のセレブ論だとしたら「ローマでアモーレ」は明るく楽しい、でもほろ苦さもあり、少しだけ毒も入っているセレブ論である。
最近はもっぱらヨーロッパ主要都市で映画を撮っているようだが、やはり絶賛するべきところは脚本でしょうか。映画ならではの手法を駆使せずに、言葉と描写と語りをメインにおく。でも、その街の表情や季節の移ろいとともに、その時の、その場所でしか起き得ない人間模様に、素晴らしい音楽のアンサンブルを着せて描いているのが好きなんです。
2013年劇場鑑賞作品・・・202  映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング



トラックバック (15)

リンカーン ★★★★★

2013年04月23日 | ら行の映画
スティーブン・スピルバーグ監督が、名優ダニエル・デイ=ルイスを主演に迎え、アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンの人生を描いた伝記ドラマ。

貧しい家に生まれ育ち、ほとんど学校にも通えない少年時代を送ったリンカーンだが、努力と独学で身を立て大統領の座にまでのぼりつめる。しかし権力の座に安住することなく奴隷解放運動を推し進めたリンカーンは、一方でその運動が引き起こた南北戦争で国が2つに割れるという未曾有の危機にも直面していく。奴隷制度廃止を訴えた共和党議員タデウス・スティーブンスにトミー・リー・ジョーンズ、リンカーンの妻メアリー・トッドにサリー・フィールド、息子のロバート・トッドにジョセフ・ゴードン=レビット。脚本はスピルバーグ監督作「ミュンヘン」のトニー・クシュナー。第85回アカデミー賞では同年度最多12部門にノミネートされ、デイ=ルイスが史上初となる3度目の主演男優賞受賞となった。(作品資料より)

<感想>本年度のアカデミー賞で最多12部門にノミネートされながら、受賞は2部門のみ(主演男優賞と美術賞)という結果に終わったのは、このストイックな作風が原因だったのではないか?・・・だが、普通の伝記ものとは異なり、リンカーンの最晩年の4か月間に話を絞ったのが巧いと感じた。それを奴隷制廃止法案通過のための、議会工作に強い照明を当てていたのが心憎い。

これは奴隷制廃止のためにあらゆる策略を用い、自己犠牲を払った人物の脅威に迫る。大半の人は、第一印象でリンカーンの目に深い悲しみが浮かんでいることに気付いたはず。そこで十年は老け込み、その身を削り切ったリンカーン、ゆったりと描いていく余裕の演出で、夫として父としての人間性にも触れ、戦争の愚劣をうたう。
第16代大統領エイブラハム・リンカーンという、アメリカ合衆国最大のネタの一つに取り組みつつも、「たたき上げの達人」的な定型の伝記映画にすることを避けて、例の「人民が」が3回連呼される有名な演説すら出てこない。もったいない、・・・という声が聞こえてきそうだ。

映画が始まって間もなく、ダニエル・デイ=ルイス扮する大統領は、自分が猛烈な速さで進む小舟に乗っている夢を見る。いったいこれは何なのか、彼は妻に判断を仰ぐ。サリー・フィールド扮する妻のメアリーは、あなたが乗っている船は憲法修正第13条なのだといい、早くもこの作品の争点を明らかにするのである。
私は未見ですが、かのジョン・フォード監督の「若き日のリンカーン」(38年)が青年期のリンカーン、主に弁護士時代を描いている。それとは逆に、スピルバーグ版は、南北戦争が大詰めを迎えた1865年、晩年の最期の数か月で、メインとなるのは、憲法第13条の修正案を議会で可決させるための、パワーゲームである。ここでのリンカーンは、目的のためなら手段を選ばない、現実のグレーゾーンに生きる“戦略の達人”の顔が強調されている。

そして、雨夜の中駐留地で兵士たちを迎えるリンカーンが描かれるが、彼に向かって一人の白人兵士がやはりこの演説を暗唱する。だが、名高い最後の一節を思い出す前に、彼は出立を余儀なくされる。彼の言葉を引き継ぐのは黒人の兵士である。彼はそれを述べた当人を前にして、これが自分の演説であるかのように自信に満ちた口調で口ずさむと静かに闇の中へと消えていく。
ダニエル・デイ=ルイスの甲高い声は、この大統領が人前で話をする資格を欠いていると言っているかのようでもある。むしろ彼自身は、他者の言葉を口にする時にこそ溌剌として見えるのだ。会議室で弁護士時代の挿話を述べ、聖書からシェイクスピアまで自在に引用し、電信技師の若者に向かって、ユークリッド幾何学の原理を講釈する。これは徹底して言葉と声をめぐる映画なのだと思った。

奴隷解放を実現するためにの憲法改正を成立させるには、あと20票足りない。そこでリンカーンは国務長官らに「敵対する民主党議員を必要な人数分、こちらに寝返らせよう」と提示し、強引な議会工作を開始する。そもそも共和党から初の大統領となったリンカーン、つまり当時は民主党が保守だった。だが、再選の際には、党派を超えて支持をまとめるため、「全国統一党」として出馬していたのだ。
確かに投票前夜には、独裁者といわれても仕方のないような癇癪を爆発させもするのだが、ここで重要なのは彼が自らのエゴのためではなく、修正第13条という言葉のために逆上しているということだ。
有能な政治家は、理想主義者かつ現実主義者であれ、・・・というテーマは、クリント・イーストウッド監督が、ネルソン・マンデラを描いた「インビクタス/負けざる者たち」(09)と重なるが、本作のリンカーンを見つめる目はさらに冷静である。おそらくスピルバーグ監督は、実際には綺麗ごとばかりではないリンカーン、(ネイティブ・アメリカンへの徹底的な弾圧は有名)ゆえに美化することは避けたかったのだろう。
まずその風貌が異様だ。オールバックの広い額から、髭が突き出した顎までのライン、シルクハットをかぶるとさらに面長な顔が際立。正面よりも横顔をとらえたショットが目につく。リンカーンは歴代大統領の中でも、最も背が高く、デイ=ルイスも190㎝近い長身で、そのいでたちはもはや恐怖に近いものがある。成りきり演技というよりも、リンカーンの実物を知らない私には、ダニエル・デイ=ルイスが演じるリンカーンにその人物像を見たようで、彼のオスカー受賞にも納得がいった。

そして息子役のジョセフ・ゴードン=レビット、出番が少ないがいい勉強になったのでは。それにも増して、惜しくも助演男優賞を逃したトミ・リー・ジョーンズの鬘を取ったスキンへットもまたカツラのようで、それも渋いぐっとくる泣きの演技で素晴らしかった。
2013年劇場鑑賞作品・・・83 映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキングへ

トラックバック (30)

ルビー・スパークス ★★★

2013年04月03日 | ら行の映画
「リトル・ミス・サンシャイン」のジョナサン・デイトン&バレリー・ファリスが同作以来6年ぶりに手がけた監督作。

スランプ中の若手作家と現実世界に出現した小説のヒロインが繰り広げる恋を描いたラブストーリー。脚本を執筆し、タイトルロールを演じたのは、映画監督エリア・カザンの孫娘ゾーイ・カザン。19歳で天才作家として華々しくデビューしたものの、その後10年間にわたりスランプに陥っているカルヴィンは、夢で見た理想の女の子ルビー・スパークスを主人公に小説を書き始める。するとある日、目の前にルビーが現れ、カルヴィンと一緒に生活を始める。しかし、ルビーが自分の想像の産物であることを隠そうと、カルヴィンは周囲と距離を置き、そのことに寂しさを覚えたルビーは、新しい仲間たちと交流を広げていく。そうして次第に関係がぎこちなっていく2人だったが……。
2012年(アメリカ)原題:Ruby Sparks 監督:ジョナサン・デイトン/バレリー・ファリス
出演:ポール・ダノ、ゾーイ・カザン、クリス・メッシーナ、アントニオ・バンデラス、アネット・ベニング、スティーブ・クーガン 、エリオット・グールド (映画comより)

<感想>物語の、実際の着想は、まさに「理想の恋人を自ら製造する」話の祖形である、ギリシャ神話のピュグマリオンとのことだが、いずれにせよ自分が夢に見た女子をヒロインにして小説を書いていくと、彼女が実体化して出現する、・・・という少し不思議なSF的な、妄想を設定し、やがて自己中心的な欲望が暴走するという内容です。
そして、しっぺい返しに転じるという教訓劇の構造が、私たちには昔から親しんでいる藤子F的なものに思えるのだが。おまけに主人公の青年カルヴィンを演じるポール・ダノのルックスが、いかにものび太っぽいメガネ君であることも大きな要因の一つに思えた。

しかしだ、そうカルヴィン青年は29歳でいい歳なのである。今時こだわりという面倒くさい自我を示すアイテム、その年代物のタイプライターを使い、「オハイオ州出身、初恋の相手はハンフリー・ボガードとジョン・レノン」と、二次元の嫁的な“俺の萌えキャラ”を鼻息荒く創造するのだから。例えて言うなら今どきの草食系男子みたいな。まぁ、カス扱いされても仕方がないのだ。ボロクソに言ってすみません。
日本の「モテキ」がアラサー男子への、共感を軸に恋愛ものを描いたものだとしたら、ヒロインのルビー役のゾーイ・カザンが脚本も務めているこの映画は、同種男子のコミュニケーション不全に向けた、女子目線からの直截的な説教なので、カルヴィンには欠点が濃厚に凝縮されていると思う。それゆえに甘酸っぱいのではなく、奥まで噛んだら苦いのである。
ちなみに私生活でもカップルのポールとゾーイは、撮影中も超熱愛ぶりを見せつけていたそうですよ。ただし、「のび太」「カス」と散々な言われようのカルヴィン君だが、この作品の前置きとして彼が“天才作家”ということなのだ。それは、劇中でも引き合いに出されるJ・D・サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」のようなティーン文学を書いて、19歳で華々しくデビュー。そこから10年間の長いスランプに陥っているという設定なのだが、それは彼が思春期性から抜け出せないことと、作家的脱却が果たせないことを示しているようだ。
このように知能は高いけど社会的に不器用なキャラウターが、「リトル・ミス・サンシャイン」の監督、ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス夫妻の好みなのだろう。「リトル・ミス~」では、ハミ出し者ばかりの“負け組一家”を描くロードムービーだが、実は全員個性的な規格外のインテリぞろいで、天才ファミリーの物語でもあった。
本作でも、ヒッピー的な生活を送っているカルヴィンの両親が紹介されるシーンは、解放感あふれる魅力的な描写が映されており、ここだけ「リトル・ミス~」の再演のように感じた。両親にはアネット・ベニングとアントニオ・バンデラスが演じており、ベテラン同士の絶妙な演技で面白おかしく熱演しているのもすこぶるいい。ここだけ前作の再演のような、ポール・ダノが自閉的な長男役を演じた「リトル・ミス~」は日本でも人気が高い。
しかし、本作に関してはあくまでも、ゾーイ・カザンの脚本がクリエイションの柱であり、83年生まれというゾーイの世代感覚に支配されていると思う。中でもカルヴィンがルビーの出現に驚いて口にする「ハーヴェイ」、映画版では巨大ウサギの幻覚上の友人を持つ無垢な中年男をジェームズ・スチュワートが演じている。

その現代版とも評された「ドニー・ダーコ」の中の、情緒不安定な男子高校生のもとに、世界の終りを告げる銀色の巨大ウサギが姿を現すあの異色作。そして「ドニー・ダーコ」に感動した子供たちは、思春期の幼さを残したまま、大人と呼ばれる年齢になってしまったに違いない。妄想が現実となるというファンタジーなロマコメと思いきや、カルヴィンがタイプライターで書き上げる、ルビーを自分の思い通りにコントロールしようとするあたりから、かなり支離滅裂な展開になるんですね。
自分の思い浮かべた理想の恋人に、強要されては女もたまったもんじゃないし、それは彼女の目線からも男性に言えることで、お互いに分かりあい思いやる優しさがあれば関係は維持できると思う。理想のガールフレンドの夢を見るより、目の前の彼女を認めることが次のステージ、“大人の階段の入り口になるのよ”と、作者は同世代に論じているのだろう。
2013年劇場鑑賞作品・・・63 映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキングへ
トラックバック (8)

ロンドンゾンビ紀行 ★★

2013年03月22日 | ら行の映画
原題:Cockneys vs Zombies 2012/イギリス 上映時間88分
監督:マティアス・ハーネー製作:ジェームズ・ハリス、マーク・レーン
脚本:ジェームズ・モラン出演:アラン・フォード、ハリー・トレッダウェイ、アラン・フォード、オナー・ブラックマン、ミシェル・ライアン、ラスモス・ハーディカー

あらすじ:不況のため祖父が入居する「ボウ・ベル老人ホーム」が、閉鎖されることになったテリー(ラスモス・ハーディカー)とアンディ(ハリー・トレッダウェイ)は、事態を打開するため銀行強盗を企てる。しかし、強盗を決行し、なんとか金を手に入れたその時、なぜか町中にゾンビがあふれだす。老人ホームにもゾンビの群れが迫り、兄弟は祖父を助けるためゾンビ退治に繰り出すが……。
<感想>東京では1月に公開された映画。地方ではやっと3月16日から上映。何だかこうも世知辛い時代になると、ゾンビにしてしまえば老若男女殺してもOKなゾンビ映画。老人たちの大量殺戮映画である本作は、ゾンビ化したフリーガンたちの乱闘や二階建てバスでのゾンビ網突破など、同じロンドンが舞台の「ショーン・オブ・ザ・デッド」の影響を強く感じさせるものの、コメディとホラーのさじ加減はちょうどいい感じ。

ダッシュするゾンビが当たり前になっている昨今、動きの鈍いロメロ・ゾンビを使って、スリリングな場面を作り上げるのは少々難しいのかもしれない。でも、もし襲われる側の人間が老人だったら?・・・。
冒頭で建築現場で偶然発見される、古代遺跡。工事作業員が恐る恐る入ると、なにやら後ろでうごめく影が。映画は銀行を襲撃した兄弟一行と、ホームに籠城した老人たちのドタバタを並行して描いている。
どうしてもこうも西欧人に限らずハリウッド映画ではゾンビが好きなのか。動きが鈍くうすのろゾンビと、武器といえば丈夫な歯ぐらいで、どうみてもおマヌケのかたまり。人間が重火器を総動員しているのに、何度やられても反省することなく、石すら持たない無防備状態。跳ぶどころか走ることさえ出来ないまるで西洋キョンシーみたいだ。でも、赤ん坊ゾンビには驚いた。
それよりさらに歩みの遅い歩行器老人の追いかけっこなど、笑わせると同時に、ハラハラさせる場面が用意されている。老い先短い自分たちが犠牲になるのではなく、寿命をまっとうするために容赦なく親しかった介護士や、若者を機関銃で射殺する生命力が素晴らしい。お上なんぞに頼らず自分たちの手で、街や仲間、命を守ろうとする老若男女どもの気骨も痛快である。
個人的な好みから言えば、ありふれたボンクラ兄弟のサバイバルよりも、老人ホームの籠城劇にもっと時間を割って欲しかったところだが、老人よりもティーンにスポットを当てた方が観客には喜ばれたのに。
監督のマティアス・ハーネーは、カンヌ国際広告祭金獅子賞を受賞した経歴を持つコマーシャル出身の新鋭。ホラー映画の魅力はエンタテイメントのなかに、社会的メッセージを盛り込むことができることだと語っており、本作におけるゾンビ襲来は、ロンドン・イーストエンドの伝統が再開発によって失われている現状を象徴しているんだとか。
ただ、それに抵抗するのが短絡的すぎる銀行強盗兄弟や、頭に金属プレートを埋め込んだ銃密売屋ってどうなんだろう?・・・。まぁ、この手の映画は、ゾンビの動きの遅さと、老人の緩い動きを競わせてサスペンスあふれる爆笑シーンを作ったのだろうが、老人ホームの爺さん婆さんのガンマンも、かっこいいというほどにはならず、全てが不燃焼気味で残念な結果になっている。
2013年劇場鑑賞作品・・・52 映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキングへ

トラックバック (6)

レッド・ライト ★★★

2013年02月19日 | ら行の映画
30年間の沈黙を破り突如姿を現した伝説の超能力者と、超常現象を暴こうとする科学者たちの息詰まる攻防戦を描く「〔リミット〕」のロドリゴ・コルテス監督作。出演は「レイジング・ブル」、「キラー・エリート」のロバート・デ・ニーロ、「プルートで朝食を」「インセプション」のキリアン・マーフィ、「愛は霧のかなたに」のシガーニー・ウィーバー、「裏切りのサーカス」のトビー・ジョーンズ。

あらすじ:科学者のマーガレット・マシスン(シガーニー・ウィーバー)とトム・バックリー(キリアン・マーフィ)は、超常現象を科学の力で解き明かすため、研究を重ねる日々を送っていた。そんなある日、30年前に引退した伝説の超能力者サイモン・シルバー(ロバート・デ・ニーロ)が復帰するというニュースが世間を騒がせる。実は以前、マーガレットはシルバーに挑んだが、心の弱みを突かれて完敗を喫し癒えることのない傷を負っていた。それを知ったトムは、全てを解き明かすため、単独でシルバーのショーに乗り込むことを決意する。果たして、サイモン・シルバー復活の裏に隠された、真っ赤な嘘と真実とは……。 (作品資料より)

<感想>超能力は実在するのか、をテーマにしたサスペンス・ミステリー。超常現象の真相に迫るマーガレットらの前に、伝説の超能力者が現れるという、知的好奇心をくすぐる物語。デ・ニーロー、ウィーバーという大スターの迫真の共演も見ものだが、要所のドッキリ演出とともに導かれる、どんでん返しに唖然としてしまうこと間違いなし。
デ・ニーロと言えば伝説のボクサー、伝説のギャングの親分、伝説の怪物を過去に演じてきたデ・ニーロが本作で演じるのが、70年代に活躍したユリ・ゲラーを彷彿とさせる伝説の超能力者。あのデ・ニーロが超能力者役にどうアプローチするのか。かつてのデ・ニーロの神懸り的演技に心酔した人ほど、胡散臭く感じてしまう今回の超能力者役。

オープニングエピソードで、家具が揺れ、テーブルが浮遊する。“ポルターガイストの家”が登場する。超常現象バスターズである物理学者のシガーニー・ウィーバーと助手のキリアン・マーフィは、いとも簡単にポルターガイストの正体を解き明かすのである。「超常現象を信じる人がいるから超常現象は起きるのだ」と言うのが、バスターズの持論。
「トリック」の山田奈緒子と上田次郎コンビを、ゴージャスにしたようなバスターズがの前に立ち塞がるのが“伝説の超能力者”サイモン・シルバーことロバート・デ・ニーロ。目が見えないシルバーはいつもサングラスをかけ、怪しさ満点。スプーン曲げに心霊手術までやって見せるシルバーは、70年代に大人気を博したが、ぷっつりとマスコミの前から姿を消していた。
そのシルバーが30年ぶりに復活して、超能力ショーを開くだけでなく、超能力は実在するかどうか正式な大学の研究にも協力するというのだ。「シルバーにだけは近づかないほうがいい」というシガーニーの忠告に背き、キリアンはシルバーの化けの皮を剥ごうとする。しかし、突然シガーニー博士が亡くなり、一人でシガニーの隠れ屋を突き止めるのだが、ところがキリアンの周りで異常現象が頻発し、彼は精神的に追い詰められていく。果たしてシルバーの超能力は本物なのだろうか?

後半部分のシルバーのショータイムのシーン、彼の子分がキリアンをトイレで殺そうと殴りかかり、負けじとキリアンも格闘して相手を殺してしまう。そして、キリアンがシルバーが超能力者としての現象を始めようとすると、電球が破裂して暗闇に、それこそ超常現象が起きる。本当は、キリアンが超能力者であり、自分の力をまだ知らなくて、怒りと興奮でエネルギーが爆発したと思われる。これは、途中でシガーニー博士が感づいていたことと、見ている観客もこのことに気付いていて予想していたので、どんでん返しというよりやっぱりそうだったのか、という結末で安心した。
前半は博士と調査に奔走し、騙しのテクニックを暴く博士と助手のトム。霊媒や透視術、心霊治療師たちのハイテク機器を使った組織的トリックまで、イカサマを次々という間に科学的解明していく。その後のカリスマ超能力者シルバーの、予測不能の未知の超能力。復活のサイキックショーを開いたところ、思わぬ現象が起きる。シルバーの驚きの表情が絶妙でした。
近年は微妙な作品に出ることが多く、デ・ニーロ神話が揺らいでいる今だからこそ、逆にぴったりな役だなと言える。これからも、元気なうちにヘンテコな役とか、奇妙な作品に出て欲しいと思う。
2013年劇場鑑賞作品・・・30  映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキングへ


トラックバック (13)