パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

おかあさんの木 ★★★★

2015年06月14日 | あ行の映画
小学校の国語教科書に長期にわたり掲載された大川悦生の児童文学を基に、7人の子供を戦地に送り出した母の愛を描いたヒューマンドラマ。貧しいながらも子供たちを育て、戦地へ行った彼らを待つ母親を、『血と骨』などの鈴木京香が演じる。メガホンを取るのは、『解夏』『がんばっていきまっしょい』などの磯村一路。共演には、三浦貴大、志田未来、田辺誠一、奈良岡朋子らが名を連ねる。母と子供の関係性や周囲の人々との交流、どんなつらい時代にも強く生きる登場人物たちの姿が感動を呼ぶ。
あらすじ:昭和初期、長野県の田舎の村。7人の息子を生んだミツ(鈴木京香)だったが、若くして夫・謙次郎(平岳大)が心臓発作により他界。息子たちは立派に成長するも次々と出征し、ミツはそのたびに畑に桐の木を植えていた。謙次郎の同僚だった昌平(田辺誠一)やその娘・サユリ(志田未来)らに気遣われながら、ミツは木に語り掛け、息子の帰りを待っていた。
<感想>「おかあさんの木」の原作は、1977年から27年間に渡って小学5年生の国語の教科書に掲載されたもので、今回映画化されたのは、小学校時代に授業で原作と出会い、感銘を受けたという東映の須藤泰司企画部長。監督をオファーされた磯村監督は、最初戸惑いもあったそうです。

原作は読んでいませんが、映画を見ているうちに、息子を戦地へと出征していくたびに、お母さんが庭に桐の木を植えて、その樹に息子の無事を祈って語りかける部分が主軸であります。
始めは、お母さんと郵便配達の夫である夫婦のなれ初めから物語を初めて、さらには、夫が若くして心臓発作で亡くなり、女手一つで彼女が産んだ7人の息子を育てあげるという気丈さ。それに、五男の五郎と幼馴染のサユリとの初恋なども絡めて、女性の一代記な要素を持たせている。
現代の感覚からすれば、7人の息子がいる母親という設定は、子供が多すぎるということに疑念ももったらしいいのだが、しかし、そのころの家庭では、子だくさん大家族が当たり前だった時代で、この物語は息子7人を戦地で失ったというのもあながち嘘ではない話だと思います。

冒頭では、桐の木7本を地元の役場の人が、伐採して宅地にしようと考えて、土地の所有者である老人ホームに入っているサユリさんを訪ねるところから始まります。現代のサユリを演じた奈良岡朋子さんの語り部によって、戦争当時の日本の家庭というものが映し出されます。
7人もの子宝に恵まれながら、一人は姉夫婦に養子に出して、マコトと名付けた息子は、病院を経営する金持ちの姉夫婦の家で贅沢にくらして、それでも出征の時には、実母のミツのところへ挨拶に来て、本当は抱きしめてやりたかったに違いありません。こらえて見送るミツの姿が健気で、涙で画面が雲ってみえましたね。

戦争によって息子たちと引き裂かれた一人の母親、ミツの生涯を描いています。26歳から49歳までの長いスパンで、この美しく逞しい母親を演じ切るのは、鈴木京香さん。それはとても演技が上手くて、まるで物語の7人の息子の母親に憑依しているかのようでした。
一人ずつ出征していく我が子を見送る度に、1本ずつ桐の木の苗を植えては名前を付けて話かけて、「必ず生きて帰って来るんだぞ」と苗木に水をやりながら、まるで我が子のように慈しむ姿に感動します。

長男の一郎が出征する時には、村のみんながお国のためになると言って彼女を褒めそやす。しかし、一郎が戦地で亡くなり、木箱の中には遺骨が入ってなく紙切れ一枚が、その後も、二郎、三郎、と、何も入ってない木箱だけが帰って来る。二郎の思い出には、少年のころ鶏の卵を2つ盗んで母に叱られる。「それは、売り物だ」と、父親を亡くしてから、一家を支えて農作業をして、卵を売りに行ったりして、それこそ7人の子供の食べ物だってままならない時に。そのことを母は忘れてはいなかった。二郎の出征の時に、白米のおにぎりと卵焼きを持たせてやる母の心づかいに二郎も泣いたが、観客も泣きました。
最後の五郎の出征の時には、母は「見送りに行かない」と、畑仕事をしていたが、はっと思ったのか、駆け足をして駅まで辿り着き、間に合った五郎にすがりついて「行かないでくれ」と懇願するミツ。憲兵に非国民と背中を足蹴にされようが、我が子を戦争で死なせることが、どんなに辛いことかと、この時も涙があふれ出てしょうがありませんでした。
戦時中のため、母親のミツは、大っぴらに自分の想いを他人には話せず、息子たちに見立てた桐の木に切ない母の心情を語りかけるのだ。ですから、この息子の人数と同じ7本の樹が、この映画の中ではもう一人の主人公とも言えるのです。
その度に実感していく母親の哀しさ、「何処かで生きている、きっと」と桐の木、一本一本に望みを託して話かける。映像の中でも戦地の厳しい様子が映し出されて、機関銃の弾に当たって倒れ込む兵士たち、空にはアメリカのB29の戦闘機が飛び交い、母親が住んでいる田舎にも空からの銃撃がありましたね。

母親が、7本の桐の木を守るように、まるで我が子を守るかのように。終戦後も、年老いた母親が、絶対に息子たちは生きて帰ってくると、五郎の死亡通知が来てないので、必ず生きて帰ってくることを願って桐の木の下で息を引き取る最後が映し出され、そこへ五郎が戦地から疲れ果てて足を引きずりながら帰って来る姿が映し出される。「おかあさん」と、叫んで家の中へ入るもいない。外を見て桐の木の下で冷たくなっている母の姿を抱きしめる五郎。
泣かせどころ満載の映画でしたが、これからの世界、絶対に戦争をやってはいけません。何も得することもなく、ただ人間が死んでいくだけ。何の為にこの世に生まれたのか、戦争をするためにですか?・・・国の力を誇示したいだけの戦争なんてバカバカしいだけ。もう二度と戦争はゴメンです。
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あん  ★★★★

2015年06月04日 | あ行の映画
『殯(もがり)の森』などの河瀬直美が樹木希林を主演に迎え、元ハンセン病患者の老女が尊厳を失わず生きようとする姿を丁寧に紡ぐ人間ドラマ。樹木が演じるおいしい粒あんを作る謎多き女性と、どら焼き店の店主や店を訪れる女子中学生の人間模様が描かれる。原作は、詩人や作家、ミュージシャンとして活動するドリアン助川。映像作品で常に観客を魅了する樹木の円熟した演技に期待が高まる。

<感想>ハンディがありながらも、どら焼き屋で“あん”を作ることに生きがいを感じる老女と、そこで暮らす人々の日常を描いているのだが、河瀬直美監督にとっては初めての原作のある作品なのだ。
河瀬監督の映画の象徴とも言うべき映像美の中に、ごく普通の日常生活にある“生と死”というテーマを、これまでの作品よりもストレートに台詞や会話で言葉にして伝えていると思います。

中でも徳江を演じた72歳の樹木希林さんの存在感が際立っていて、彼女が演じてなかったらきっと私は観に行かなかったかもしれない。それほどに、樹木希林さんの生き方や感情、つまりその人そのものに成りきっての演技が上手いのには感心して、自らも全身癌と闘っているベテランの女優さんであります。

それを優しく包み込むように映し出す河瀬直美監督の演出が、深い感動を生みだしているのだと思われます。桜は死をイメージする花だと語る河瀬監督は、冒頭で桜が大好きな徳江が、満開の桜の木に話かける姿がとても印象的に映っており、私には河瀬監督と違って、桜の花は、寒い冬の東北では春の訪れを知らせ、北国の人たちに暖かい気持ちにさせる季節の花だと思っています。

人それぞれの捉え方があるように、桜の花にも哀しい思い出がある人がいるのかもしれません。この映画は、どら焼き屋の主人の千太郎の生き方も描いている。飲み屋で人を殺めて刑務所に入り、その後出所して知人の紹介でどら焼きやを営業することになる。だからなのか、本人は甘党ではなく酒好きな男で、売り物のどら焼きには愛着はない。

そうなると、客もこない寂びれた店ということに。売り物のどら焼きも心を込めて作っているわけではなく、中身のあんは他で作った缶の中に入ったもの。表の皮の生地は自分で作って焼いているも、失敗したものは、近所の女子中学生がその「できそこないの皮」を、食事代わりに貰っていくのだ。その女子中学生が、樹木希林の孫娘である内田伽羅が演じている。

そして、店を貸している大家には浅田美代子が扮して、あんを作る徳江を雇ったことに文句を言う。つまりあの人は“ライ病”ではないかと。手指が腫れあがり、そこから膿が出て臭いし、鼻が取れてしまう人もいるし、伝染するかもしれない。だから、そういう人を見せに雇っては、衛生上良くないというのだ。客に知れ渡ったら、店じまいということにもなるからと。徳江を辞めさせて、自分の甥っ子が無職なので、この店で、お好み焼きを隣で売るようにしたいと。私利私欲の強いおばさんの考え方に、観ていて腹が立ったが、確かに店側としたら“らい患者”を働かせているのはまずいのだろう。

店をクビになった徳江を探して、 “ハンセン病患者”だけ住んでいる住宅へと行く千太郎と女子中学生。風邪をひいているらしく、顔色も悪いし、挙句に肺炎になり亡くなってしまう。徳江の運命とともに、移り変わる四季折々の風景や木々たちは美しいのだが、それが時には残酷に映し出されて見えるのだ。

ハンセン病患者が強いられた人生に、ハンディを受け入れ、希望を失わずに懸命に生きる老女の徳江の姿は、「誰にでも生きる意味がある」というこの映画のメッセージが込められている感じがしました。主演の樹木希林さんも、きっと病と闘いながらも、こうして映画に出演していることに拍手を送りたい。
これまでにも器用ではない人間や、厳しい現実に対峙する“生きづらい”役柄を数多く演じてきたほか、本人も大きな病を抱える樹木希林さんの姿と重なり、徳江の想いや生き方にドキュメンタリーのようなリアリティーを感じずにはいられませんでした。
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おみおくりの作法 ★★★★

2015年03月25日 | あ行の映画
『ベラミ 愛を弄ぶ男』などのプロデューサー、ウベルト・パゾリーニが監督を務め、身寄りのない人の葬儀を行う地方公務員の姿にスポットを当てた人間ドラマ。『戦火の馬』などのイギリスの実力派俳優エディ・マーサンを主演に迎え、心を込めて死者を弔う孤独な男の生きざまを描く。主人公が淡い思いを抱く女性を、テレビドラマ「ダウントン・アビー ~貴族とメイドと相続人~」などのジョアンヌ・フロガットが好演。人生の最期にまつわる、ほろ苦くて切なく優しい物語に魅了される。出演/エディ・マーサン ジョアンヌ・フロガット カレン・ドルーリー
脚本・監督/ウベルト・パゾリーニ
あらすじ:公務員のジョン・メイ(エディ・マーサン)は、ロンドン南部ケニントン地区で亡くなった身寄りのない人々の葬儀を執り行う仕事をしている。いくらでも事務的に処理できる仕事だが、律儀な彼は常に死者に敬意を持って接し、亡くなった人々の身内を捜すなど力を尽くしていた。糸口が全て途切れたときに初めて葬儀を手配し、礼を尽くして彼らを見送ってきたが……、解雇通告を受けてしまう。彼の最後の案件は、言葉を交わした事のない近所の住人ビリーの弔いだった。

<感想>日本でも現在、1日あたり12人が一人静かに人生の幕を閉じている。そして、主人公ジョン・メイの静かな人生。そして彼が見送る孤独に亡くなった人々の人生。生をまっとうし、死に至ればそこですべてが終わるわけだから、その意味では文字どおり動かない人生なのかもしれない。
孤独死をあつかった映画であるが、悲しみや悲惨さを声高に訴えることはなく、ドライなヒューモアを交えて静かに淡々と描かれてゆく。昔のイギリス映画の品位と格調がありますね。喜怒哀楽を表してはいけないという難役を、エディ・マーサンは見事に演じている。表情はあくまでクソ真面目な顔だが、時々見せる優しさ真摯さがいい。
心を込めて亡き人を悼み、たった一人で身寄りのない故人を見送るジョン・メイの日常は、実に質素で日々淡々と過ぎてゆく。それにしても、英国の下級官史はこんなに簡単に解雇されるのかと驚いてしまった。ジョンが腹いせに、上司の車に立ちションをするところが滑稽である。
死者の回想場面ぬきで、孤独死した人の葬儀を執り行う公務員が、最後の死者の身元調査をする様子を淡々と描くだけ。孤独死した故人の遺族にそれを伝える伝令役というものは、招かざる客だろうから。
静かな物腰と佇まいは威圧感を与え、目の前に立たれたら遺族は責められた気分になるだろう。善意のはずなのに、死神のような存在感が物悲しさを誘います。その過程で、故人との娘と出会うのだが、場所が野犬の檻の前で、その内と外で人物が切り離される。
つまり向かい合う人物の距離は縮まらず、相手の境域には入らないのだ。それが破られる予感がした瞬間に、不意打ちが襲うのだ。
ジョンの生活は、淡々とした毎日で食事はツナ缶にトースト1枚とコーヒーの夕食。お酒は飲まない。この主人公のジョンもまた孤独な人生を送っている一人なのである。それが、最後の案件でどうしても遺族を探してあげようということになり、写真のネガをみつけて現像してアルバムに張り付ける。

その写真の綺麗な娘、一目惚れでもしてしまったかのようなジョンの様子が、まるで青年のようだ。その娘に会うために青いセーターを着てウキウキと出かけるのだが、向かい側に美しい愛する娘がいるのを見つけて走る。するとそこへバスが来てジョンが跳ねられるのだ。彼女にプレゼントするマグカップまで買ったのに~可哀相に。

なんとした哀しい結末なのか、これでは彼の葬儀も、神父だけの寂しい孤独死と一緒ではないか。彼の墓地は、最後の案件のビリー・スタークに譲って、今まで孤独死を見送ってきたジョンは、奥の共同墓地で独りぼっちの葬儀で、なのに、ビリーはジョンが必死になって説得した親戚や娘に元妻、フォークランド紛争でともに戦った空軍の戦友など、たくさんの人に見送られての葬儀である。
こんなはずではなかったのに、すると、棺が埋められ皆が帰ると、今までジョンが一人で葬儀をすませて見送った人たちが、幽霊となってジョンのお墓の周りに集まってくるではないか。何とも言えないラストの余韻に、人知れず涙がこぼれてきてしょうがなかった。
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あと1センチの恋 ★★★

2015年03月18日 | あ行の映画
『P.S.アイラヴユー』の原作者としても知られるセシリア・アハーンの「愛は虹の向こうに」を基に、友達以上恋人未満の男女の擦れ違いを描くラブストーリー。6歳のころから全てを共有してきた男女が思いを伝えられず、それぞれの人生を歩むことになりながらも、思いも寄らぬ運命へと導かれていくプロセスを映す。主演は、『白雪姫と鏡の女王』などのリリー・コリンズと『スノーホワイト』などのサム・クラフリン。運命のいたずらに翻弄(ほんろう)され、12年間も擦れ違い続けた二人のもどかしく切ない関係に胸が詰まる。
あらすじ:ロージー(リリー・コリンズ)とアレックス(サム・クラフリン)は6歳のころからの友達同士。自分たちの住むイギリスの田舎町を出て、アメリカのボストンの大学へ進学しようと約束し、二人とも合格。ところがロージーは、クラスの人気者クレッグと軽い気持ちで関係を持ち、身ごもってしまう。アレックスはボストンへ移り、ロージーは一人で子育てに奮闘するが……。

<感想>すれ違い続ける男女の切ない恋を描いた王道のラブコメ。最初っから意図していたのか、それとも撮っているうちに現場の人間がみんな、彼女に魅了されて虜になってしまってこうなったのか、とにかくも、ヒロインのリリー・コリンズの見事なアイドル映画であります。眉毛が黒く凛々しくくて可愛いのが特徴。男は誰だってメロメロになるよね。

どのショットも彼女のとびきり綺麗で、可愛いいくて、共演者たちも中々いいし、相手のアレックスのサム・クラフリンのイケメン青年といい、彼女の魅力をいっそう引き立てているのに奉仕しているかのようだ。
だから、物語はご都合主義なところもありながら、可愛らしいラブストーリーだけど、その中に生きのいいコメディ要素もぶち込まれていて、てきぱきとした演出で結構笑わせてくれます。
「あれ何処なの?、何、あれよ」とコンドームを探すベッドシーンから始まるこの映画は、幼馴染の男女のドタバタと慌ただしい年月を描きながら、全体にどこか緩やかな感覚が支配しているのが楽しい。

ヒロインの夢は、小さなホテルの経営。それを序盤で知らされた途端に、どんなにすれ違っても最後はそこで落ち合って、アイ・ラブ・ユーになるだろうと思ってました。だから、その通りに進んでいくわけだが、それでも一向に構わないし、そこを楽しみながらって、高校卒業のプロムで、大好きな幼馴染の彼とダンスをするどころか、大切な処女を遊び人の男に上げてしまい、挙句にその1回で妊娠をしてしまうなんて。どこまでドジ娘なの、初めっから頭が変じゃないの、好きな彼氏がいるのに大事なバージンをどうでもいい男にあげちゃうなんてね。そして妊娠とは。

どうしようか悩んで、両親がカトリックなので中絶は出来ないし、友人が「生まれたら里子にだせばいい」という提案に同意して、結局産むことに。その時に、大好きな彼氏アレックスは、ボストンのハーバード大学への入学合格ときたもんだ。ロージーも一緒にボストンへ行くには、ハーバード大学を目指し見事合格したのに、妊娠発覚とは。結局は、父親のクレッグに子供が出来たと言うと、驚いて逃げてしまう。もう最悪な結果になってしまった。

というか、このロージーって、とんでもなくおバカさんで、大事なバージンは好きな男に捧げるものよ。断られたら、そん時は諦めるのね。そういうもんよ。
だから、うじうじとこの二人は、好きなのにはっきりと意思表示しないから、お互いに別の相手と付き合い結婚をすることにって、バッカじゃないの。
波乱万丈なのに予定調和のロマンス。従って彼女がことごとく頭の悪いチョイスをしても、安心して観ていられますから。
彼氏のアレックスも、どこか憎めないお人よしで、彼女が他の男と寝たと聞くと、自分も女を作って寝てしまうし。勝手にしてくれと言いたくなる。

双方の家族や友人たちが入り乱れて、結婚式の場面もあるが、ロージーの妊娠した男、クレッグが謝ってきて丸く収まり、娘のためにもクレッグと結婚をしてしまうロージー。それに、アレックスもそれを聞いて、サリーという美人でスタイル抜群な女と結婚をしてしまう。
「人生とは、いつも取り込み中なのだ」と実感させられる。お互いが、相手は違えど結婚生活をエンジョイし始め、ですが、お互いの心にはまだモヤモヤ感というか、火だねがくすぶっており、そうこうしているうちに、ロージーの夫のクレッグが浮気をして、アレックスの妻サリーも浮気をしてと、お互いに夫婦生活は破綻してしまう。でも、アレックスってモテモテだから、高校時代の童貞をあげた女性とも恋仲になって、結婚するというのだ。

映画の最後に姿を見せるアイルランドの田舎の、崖の上のホテルの佇まいが素晴らしくて、ここで二人が仲良くならなかったら帰ろうと思ったわ。ハッピーエンドで良かったね。
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悼む人 ★★

2015年02月25日 | あ行の映画
人気作家・天童荒太の直木賞受賞作を基に、何の関わりもない死者を悼むため全国放浪の旅をする男性と、彼をめぐる人々が織り成す人間模様を描いたドラマ。2012年に上演された舞台版に携った堤幸彦がメガホンを取り、脚本も舞台版に引き続き大森寿美男が担当。主演は『横道世之介』『武士の献立』などの高良健吾、夫を殺した罪を背負いながら主人公と行動を共にするヒロインを、原作のファンだという石田ゆり子が演じる。
あらすじ:不慮の死を遂げた死者の追悼を目的に、全国の旅を続けている坂築静人(高良健吾)。そんな彼の行動を疑問に感じる雑誌記者の蒔野は、その真意を暴くべく静人の周囲を調査する。一方、過去に殺した夫の亡霊につきまとわれる奈義倖世(石田ゆり子)は、出所後に訪れた殺害現場で静人と出会い、彼の旅に同行する。

<感想>原作は未読だが、「深い哀しみが広がる世界に、いてほしい人」と作家・天童荒太は言うのだが、・・・その願望が強いゆえにリアリティを持ったのかもしれない。ですが、映画でリアルに見えたのは、椎名桔平演じる雑誌記者のトップ屋である。彼は自分の父親が愛人のことろへ走り、母親は一人アパートで亡くなり、自分たちを捨てた父親が死にぎわに息子に逢いたいというのだ。反撥する息子の椎名桔平。恨み辛みもあるが、最後の際に一目息子に詫びたいと思ってのことだろう。
そして、未成年の売春婦の女を取材するも、その中学生に人生のうんぬんを説いても無駄というもの。反対にその中学生のバックの男たちに、殴打され穴に埋められてしまう椎名桔平。だが、その少女が警察に電話をしてくれたおかげで、命が助かるというエピソードも何だか白々しく感じた。

そんなのは、主人公である高良健吾演じる“悼む人”を引き立てる存在に過ぎないのだが。役者たちは確かに熱演している。中でも「悼む人」に扮する高良健吾は、彼がこれまでに演じてきた罪深き人の贖罪を背負っているような重みがあり、心に沁みわたる感じがする。
それでも、悼む人が、それでリアリティを持ち得たかといえばそうではないと思う。疑問なのは、悼むという行為ではなく、不特定多数の死者を、彼が言うように憶え続けられるか、ということなのだ。

んなことは、自分の親兄弟や、親戚の叔父伯母、そして友達とかいうなら何かにつけて思いだし墓参りをしたりするのだが、他人の死を悼むということは、とうてい永遠に憶え続けることは不可能である。
しかし、感動ものとして呼びかけているのなら、この映画はどうにもそのような類ではないと感じるからだ。息子が普通ではなく学校で虐められ、そして死に至った子供の母親の痛切な願いや、心に深い闇を持った人たちがたくさん登場するが、その一つ一つを掘り下げていくには、繊細さが欠けるようだ。彼らや彼らの周囲には何でもない日常があったのではないか。少し内容が空極すぎるかもしれない。

死者達を悼んで歩く青年は、実のところ無力で、彼らを成仏させる能力を持っていないばかりか、その無念の声を聴き取るわけでもない。そういうヒーリングパワーと無縁な彼が煩悩だらけのワケありカップル、夫の亡霊につきまとわれる奈義倖世(石田ゆり子)と旅をするシーン。3人の緊張関係の行き着く先がスリリングで、見事なオチを形成しているのだ。まさか、死にたいという夫を殺して、静人に纏わりつく女と、最後には情でも感じたのか肉体関係を結ぶとは、所詮男と女、これいかに。
若い静人が、煩悩だらけでは肝心の「悼む人」として、不慮の死を遂げた死者の追悼を目的に、全国の旅を続けるには、先に仏門の世界へ入り坊さんにでもなり行脚するのが理想ではないかと思った。

姉の貴地谷しほりが、妊娠をして相手が子供の父親ではないと言い張り、自分一人で産み育てることを決心するあたりは、現在の女性らしく頼もしいと思ってしまう。母親が死に、新しい命が誕生する自然の仕組み。

静人の母親の大竹しのぶの演技は実に見事であった。こういう末期癌患者の演技は難しいのに、息子の静人が仕事を辞めて死者達の冥福を祈る旅に出たのも、このような両親がいればこそで、自分の親の死に別れに立ち会うことが本当ではないかとも。

静人のしていることには反対はしないが、亡くなった見知らぬ人たちを「悼む」という行為は、自分の傲り高ぶり自己満足に過ぎないのではないかと。亡き生前に、誰に愛され、愛されていたかを記憶し、その人の“生”を尊ぶ。彼なりの儀式をする仕草は、どこかの宗教の祈りのような感じがしてならない。
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ANNIE/アニー ★★★.5

2015年01月26日 | あ行の映画
ミュージカル「アニー」を、『ハッシュパピー ~バスタブ島の少女~』でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたクヮヴェンジャネ・ウォレス主演で映画化。舞台を現代のニューヨークに移し、いつか両親に再会できる日を信じてけなげに生きる少女の姿を追う。共演は、ジェイミー・フォックスとキャメロン・ディアスら。『ステイ・フレンズ』などのウィル・グラックがメガホンを取る。製作を務めるウィル・スミスとJAY Zがプロデュースした「トゥモロー」のほか映画オリジナルの楽曲も加わり、魅力的なキャストによるパフォーマンスに期待が持てる。
あらすじ:現代のニューヨーク。アニー(クヮヴェンジャネ・ウォレス)は4歳のときに、レストランの前に置き去りにされ姿を消した両親に、いつの日か会えるときが来ることを夢見て、両親と別れたレストランに足しげく通っていた。ある日、アニーは路上に飛び出して車に轢かれそうになるところを、IT長者でニューヨーク市長の有力候補とされるスタックス(ジェイミー・フォックス)に助けられる。彼女の身の上を知った彼は、選挙スタッフに提案されて苦戦を強いられているスタックスのため、選挙にアニーを利用しようと考える。

アニーを引き取ったスタックスだが、アニーも彼の知名度や権力を利用して両親を探すため、ペントハウスで同居を開始。アニーのおかげでスタックスの支持率は急上昇し始める。
始めは潔癖症のスタックスが、アニーの事を疎ましく思っていたが、共同生活をするうちに実の娘のように感じ始める。そんな矢先、アニーの両親と名乗る夫妻が現れる。

<感想>1977年にNYブロードウェイにて初登場して以降、日本でも長年舞台化されているミュージカル「アニー」。そんな名作が今回は舞台や登場人物の設定を現代に合わせてアップデート。アニーを引き取る大富豪スタックスが携帯会社のCEOだったり、二人が住むペントハウスも最新技術が持ちだくさんのスマートハウスになっている。劇中でツイッターが出てきたり今っぽい演出が光っています。
始めはウィル・スミスの娘を主演に撮られるはずが、脚本完成に時間がかかり過ぎて白紙に。それで、アカデミー賞ノミネート経験のあるクヮヴェンジャネ・ウォレスが主役に抜擢された。

そんな彼女の演技と歌に、ダンスの才能には圧巻でした。グッゲンハイム美術館のパーティで、真っ赤なドレスを着て歌を歌い好感度をアップしたと思ったら、そこで明かされる秘密とは?・・・、アニーがまさか字が読めないとは、学校へ行っているのに、学校でも授業して勉強しているのにそれはちょっとね。
それに、大金持ちのスタックスを演じるのがジェイミー・フォックス。彼は「レイ」でアカデミー主演男優賞に輝いていることもあり、彼の歌には満足でした。それに踊りもね。笑えるのが、アニーが彼のペントハウスに住むことになり、洗面所でカツラを置いて、スキンヘットのジェイミーを見てしまう場面があり、これには驚きました。

意地悪なハニガン役にはキャメロン・ディアスが、彼女の歌声も中々のもんでしたよ。でも、彼女顔の皺が酷いのよね、それにお腹もたるんでいて踊るたびにブルルンって、女優さんなんだから体を鍛えなければね。

その点、スタックスの秘書役のグレースを演じたローズ・バーン。綺麗だし歌も踊りも難なくこなして、最後にアニーの言葉でスタックスのことを愛していると言えて良かったですよね。
本作の見所は、やはり劇中で歌われる「トゥモロー」を始めとするお馴染みの曲は、新たにアレンジされている他、本作オリジナルの楽曲も披露。
ラストのアニーが両親に引き取られて、空港へ車で連れて行くところ。ですが、本当は選挙参謀のガイが仕組んだデッチあげで、本当の両親ではなかった。そのことを知り、スタックスがヘリコプターで追いかけるシーン。アニーも本当の両親でないことに気付いて、町中でアニーを見かける動画に顔がアップされて、「助けて」と言っているのに。
それでも、最後はヘリが車の前につけてアニーを助けるスタックス。今度こそ、アニーの里親となって、グレースにもプロポーズをして、3人で暮らせるようにと、最後の街中でのパレードで、大勢の群衆と歌うシーンも感動ものです。

そういえば、原作では世界恐慌直後の時代を舞台にしているのだが、その時代を良く知らない私たちには現代という設定の方が解りやすかった。
オリジナルでは、アニーは赤毛のチリチリパーマで、ソバカス顔の白人の子供だった。それが、今回は黒人の大富豪が、黒人の孤児を幸せにしてくれるという設定。しかし、そのことは白人の赤毛のアニーという同じ名前の女の子が出ているので、きっとそのオリジナルへのオマージュなのでしょう。そして、名前がサンディというワンコですよね。これまでは、モップのようなオールドシップドッグだったり、今回は何とチャウチャウとレトリバーのハーフだそうで、とにかく可愛いしお利口さんでした。
とにかく、毎週同じレストランの前で、きっと両親が帰って来ると信じて待っている芯の強い子供。どんなに辛くてもへこたれない、逆境に強くNYでサバイブしていく術を知っている、彼女の生命力溢れる生き方に感動しますから。
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アオハライド ★★★

2014年12月15日 | あ行の映画
「別冊マーガレット」連載の咲坂伊緒のベストセラーコミックを実写化した青春ラブロマンス。中学生のときに同じ学校だった高校生の男女が、思いも寄らなかった再会を機に改めて惹(ひ)かれ合っていく姿を追い掛ける。メガホンを取るのは、『ソラニン』『陽だまりの彼女』などの三木孝浩。テレビドラマ「ショムニ2013」などの本田翼、『クローズEXPLODE』などの東出昌大が、主人公のカップルを快演する。ロマンチックな物語に加え、オールロケを敢行して捉えられた富山と長崎の風景も見もの。

あらすじ:中学時代、お互いに特別な思いを抱きながらも何も進展させることができないまま、離れ離れになった双葉(本田翼)と洸(東出昌大)。それをどこかで引きずりながら高校1年生になった双葉だったが、洸とまさかの再会を果たす。しかし、以前の彼からは想像もつかないそっけない態度や言動に戸惑いを覚えてしまう。それでも洸と向き合ううちに、ふと見せる昔のままの優しさに安堵する双葉。やがて彼女は、自分の気持ちが再び洸に向き始めていることに気が付き……。
<感想>若い男女の恋模様を描く王道の少女マンガが、多く実写化されている中で、これは傑作の青春ラブスト-リーだと思います。本作の主人公である双葉は、自分に正直に生きる素直な女の子。そのまっすぐさゆえに、恋と友情につまづき転んでしまう。
一方でヒロインの初恋の相手・洸は、母親を亡くしたのが自分にあると責任を感じ、一歩前に進むことを拒んでいる男の子。双葉は彼にまっすぐに気持ちを伝えるが、彼女の想いは彼には伝わらないのだ。

このじれったいストーリーの細部に、孤独を抱えた人間の葛藤やこじれが描かれている。単なるラブストーリーではないからこそ、双葉と洸に共感して応援したくなります。
ヒロインの双葉役の本田翼ちゃん、泣いたり笑ったりと、ころころと変わる豊かな表情が可愛いですよね。

そして最近高校生役が多い東出昌大くんの思い詰めたような切ない表情などは、今まで観たことない。優柔不断なところは嫌いだけれど、本当は二人の女子を傷つけたくないからのよね。でも、ハッキリとしないところは、女子に対して失礼だから。

でも、洸が双葉を振った後の一コマで、二人の恋が成就しないのをガラス越しに、一枚のガラスで表現する切ないシーンでは、これは上手くいくかもと思った。だが、その二人を見つめる菊池冬間が、嫉妬して双葉にキスを迫るシーンもある。心が揺らぐ双葉ですが、すでに前から好きだった「洸」、一筋なんですよね双葉には。

役者さんたちのキラキラ輝くような表情が印象的でした。「アオハライド」は、アオハル=青春+ライド=乗るの造語なんだそうで、登場人物たちが青春に乗って行くというラブストリーでもある。
東出昌大くんが演じる洸は、ツンデレな感じだけど、中身は結構真面目で、何より不器用な男なんですね。だからって、双葉と長崎にいる成海の両股かけているようで、とても不快に感じました。

双葉の気持になってみると、好きだと告白しているのに曖昧な返事で、夕焼けを見てキスしたりするのに、結局はデートを放り出して長崎の成海の方を優先する。これはまずいですよね。はっきりしない優柔不断な性格なんです、彼は、優しい性格とかじゃなくて、だから、成海にいいように利用されている感じがした。

成海の家が自分の家と同じ境遇で、両親が離婚して子供が不幸になるという。それをお互いに意識して、寄り添いながら慰め合うというか。彼女も積極的に長崎から家出までしてきて、洸に逢いに来る。双葉に取られまいと。独占欲の強い女なんですよ。
長崎へ引っ越しして、転校先の学校で机に、約束した場所とフタバの名前を彫り刻むのを見た成海が、洸に近づいたというわけ。

中でも、小湊を演じた吉沢亮くんが素敵でした。クラスのムードメーカー的存在で、自分のことよりも友情を優先してしまう、いわゆる“いい人”で、洸や双葉の恋愛を誰よりも応援している熱い一面を持った男子。本当は、クールビューティーの村尾修子が大好きなのに、振り向いてもくれない哀しさを心に秘めている。彼が「人生は楽しまないと損をするよ」っていうことを皆に教えてくれる。吉沢亮くんのような男の子が、実際にいたら絶対に友達になりたいと思える愛すべきキャラクターを演じています。

それでも、ドキドキするような胸キュンなエピソードを楽しみながら、失敗しても前に進み続ける双葉に、背中を押してもらったような気持ちになれます。なんだか、苦い思い出のほうが強烈に残っているのは青春の特徴なんですが、青春は気持ち次第で、幾つになっても訪れるものだということを教えてくれます。
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イヴ・サンローラン ★★★

2014年12月02日 | あ行の映画
フランスが世界に誇るファッションデザイナーで、「モードの帝王」と呼ばれたイブ・サン=ローランのキャリアや人生の光と影を描いた伝記ドラマ。サン=ローランの元恋人で、ビジネスパートナーでもあった実業家のピエール・ベルジェの協力や、イヴ・サン=ローラン財団所有のアーカイブ衣装の貸し出し許可なども得て製作された。
1953年、パリ。21歳の新進デザイナー、イブ・サン=ローランは、クリスチャン・ディオールの亡きあとの後継者に指名され、一躍脚光を浴びる。その才能にほれ込んだ26歳の実業家ピエール・ベルジェとサン=ローランは、出会ってすぐに恋に落ち、ベルジェの支援を受けて「イヴ・サンローラン(YSL)」を設立、独立を果たす。2人の関係は世界のファッション史を変えるものとなったが、一方で表現者としてのプレッシャーや孤独に悩むサン=ローランは、薬物やアルコールに依存するようになっていく。

<感想>世界的にも有名なファッションデザイナーの伝記映画である。いかにも感受性の強そうなイヴ・サンローランを若手俳優のピエール・ニネがうまく演じているのがいい。また同性愛の相手で、仕事の重要なパートナーになるピエール・ベルジェを演じているギヨーム・ガリエンヌが、作品を渋く支えているのもいい。
伝記映画としては良く出来ていると思います。アルジェリアから始まる時代背景、当時のモードに対して、どれほど革新的であったか、よく見えます。

そして、天才と彼を支える実務家との関係。この物語の特異な点は、彼が愛人でもあったことだろう。セーヌ河畔で、お互いをむさぼり合う男二人。風景に緊張が走ります。
若干21歳でディオールのデザイナーに就任した天才の非凡さを、89年生まれのピエール・ニネが、硬質な美しさで体現している。若い頃の才気走った様は。この人物の得体のしれなさが醸し出す緊張感とともに際立っています。

むせかえるほどの美術品で埋め尽くされた部屋の息を、スクリーン越しに嗅ぎながら思った。美意識は高級品ではないことを。一部の人間だけに許された、優雅で、豪華で、浮世離れしたものではない。人間の誰しもにそなわるものだから。
公私にわたるパートナーであったピエール・ベルジェが述懐する言葉の中で、「彼が幸福そうに見えたのは、年に二回だけだった」コレクションが発表される春と秋の2回だけということ。
蒼白で、線が細くいたたましいほどに内向的な、ピエール・ニネ演じるイヴ・サンローランの姿は、常に瀕死の状態のように見える。可憐で壊れやすい美意識の権化にいるのだと、本作を見ながら溜め息をついた。

しかしというか、ゆえにというか、時間が進むにつれて、人生の物語りも停滞してくる。それが描写の問題なのか、上手く年を取ることができなかった被写体の、事実の再現なのかは、判断しかねるが、老年まで生きていただけに惜しい気もする。ブランドのカラーより効果的に見えれば尚のこと良かったのにね。
実務家が当時を振り返って、話す者として構成を統括もするのだ。違和感を覚えるのは、そこですよね。画面と話す者の視点がそぐわないのだ。安定した語り手が、画面の反乱抑え込む。それが不満といえばそうでもある。

イヴ・サンローラン財団が初めて公認した映画だそうで、そのせいか無難にまとまっているので、波乱に乏しいという印象も受けました。もう少しファッション史的な観点からの叙述も欲しかったような気がしました。
我々庶民には高額で、とても手の届きそうにない洋服やバック、靴など。しかし、化粧品は口紅やアイシャドウ、香水などは手頃で買えるので、私も持っています。でも、匂いも色彩もどぎついのが難点。確か、昔、セールでピンクのワンピースを購入したが、着ていく場所がなくてクロ-ゼットに閉まったきり。
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アルゲリッチ 私こそ、音楽! ★★★.5

2014年11月12日 | あ行の映画
世界的ピアニスト、マルタ・アルゲリッチの実の娘ステファニー・アルゲリッチが監督を務め、生身の母親の姿を捉えたドキュメンタリー。メディアの取材を受けないアルゲリッチの、家族だからこそ撮れた名ピアニストの素のままの姿を映し出す。元夫のロバート・チェン、シャルル・デュトワ、スティーヴン・コヴァセヴィッチらも登場。彼らとの間の3人の娘たちとの関係を軸に描かれる、一人の女性の生きざまに魅了される。
あらすじ:1941年、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに生まれたマルタ・アルゲリッチは、幼いころからすでに音楽家としての頭角を現す。ペロン大統領のはからいにより奨学金をもらい、12歳でウィーン留学した彼女は16歳で二つのコンクールで優勝する。その後、24歳でワルシャワのショパン国際ピアノコンクールで優勝し、世界各地で人々を魅了し続けている。

<感想>実は私はこの映画に出会うまで、マルタ・アルゲリッチの演奏を聴いたことがなかった。この作品で初めて知り天才とは彼女のこと、今世紀最高のピアニストの一人と言って良いだろう。
彼女は気難しくてエキセントリックらしいのだが、老いて大病を患ったせいか現在の彼女は、好々婆あにしか見えず、若日のそうしたエピソードが紹介されるも、なんだかサラリとした繰り出し方なのだ。結局は、娘の一人が映像で綴った家族アルバムといった域だし、その側面も確かにあるのだろうが、やっぱり他所の家の事情は、みんな覗きたい性分なので見入ってしまう。

3人の男性との結婚や未婚を経て3人の娘を授かる。長女でヴィオラ奏者のリダ・チェン。次女でアリゾナ州立大学教授のアニー・デュトワ。三女でこの映画監督であるステファニー・アルゲリッチ。天才の名をほしいままにしながらも、ピアニストとしての自己の生き方に忠実であるが故に、余儀なくされたやや錯綜した私生活や家族関係。

この中でアルゲリッチが公園に行くシーンがある。着いた途端に彼女はこう言い放った。「公園に来たのだから木を感じてよ」と、やたら話しながら素足の裏や足指のペディキュアを塗る娘たちのされるがままで、幸せそうに見えた。
芸術家は人生のあらゆるものに感じて生きている。たくさんの物、場所、人と出会い感じる。そして己の感性に一番あったものを職業として、技術を身に付ける。だが、アルゲリッチほどの天才になると、家庭に対しても感じたままに行動するのだ。であるからにして、家庭は崩壊してしまう。

しかし、血を分けた家族というものは、論で結びつくべきものではなく、やはり感じて結びつくものだから、家庭は崩壊しても親子の絆は決して崩れない。なんと、天才ピアニストを追い掛けながら、見事な家族物語を描いて見せてくれる。
自分よりも34歳年長の母親である世界的ピアニストの、姿をとらえた娘による記録映画である。いつもながらこの種の女性は、男性の場合とはちょっと違った子供のような愛らしさを持ち、同時に自我を宇宙規模に拡大しようとして、次の瞬間には落ち込んだりする。
男も登場するが、基本的には女性たちの映画で、父親の違う娘たちの芝生にくつろいでアイスクリームを嬉しそうに食べている場面は観ていて気持ちがいい。

わがままぶりを才能に結びつけているこの母親はのふり幅の大きさを、もっと見せて欲しかった気がする。演奏中も私生活でも、表情豊かなマルタ・アルゲリッチに魅了されます。奔放な恋多き女というよりも、何かにつかまってしまうことを怖れているかのようであり、だから誰のことをも束縛しようとはしないのだけれど、その彼女に娘たちは逆説的に縛られてしまう。
それが良かった。感じたままだから、アルゲリッチの想い、そしてショパンのピアノ協奏曲の演奏がすんなりと入って来た。

やはり映画とは、それが芸術家の作品であるならば、感じたままに観るのが正しいのである。
偉大過ぎる規格外の女性に、実の娘が迫るという大きな枠組みが素晴らしくて魅力的で、監督が少女時代から撮りためたホームビデオ映像の使用が、また大変な効果を上げているのだ。クラシックファンならもちろん必見だが、そうでなくとも驚きの面白さに納得の出来栄えです。
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小野寺の弟・小野寺の姉 ★★★.5

2014年10月28日 | あ行の映画
テレビドラマ「実験刑事トトリ」シリーズや『アフロ田中』などに携った脚本家・西田征史が、初監督に挑んで放つコメディードラマ。一軒家に暮らす恋愛に消極的な弟とパワフルな姉が、誤って配達された手紙をめぐってそれぞれの恋と人生が懸かった騒動を巻き起こしていく。2013年に上演された舞台版でも主演を務めた、数々の出演作を誇る片桐はいりとテレビドラマ「S -最後の警官-」などの向井理が主人公の姉弟を快演。彼らの息の合った姉弟ぶりもさることながら、涙と笑いが絶妙に配分された人情味満点の物語も見どころ。
あらすじ:両親を早くに亡くしてから、離れることなく2人で一つ屋根の下で暮らしている、40歳のより子(片桐はいり)と33歳の進(向井理)の小野寺姉弟。過去の失恋がトラウマとなって恋愛に臆病になってしまった進、こだわりが人一倍ある上に生命力が異常に強いより子と、クセのある姉弟だったがほどよい距離を保ちながら共同生活を送っていた。そんな中、彼らのもとに一通の郵便が誤配達されてくる。その手紙をきっかけに、姉弟の恋と人生が思わぬ方向へと転がりだしていく。

<感想>実写版「怪物くん」の脚本家である西田征史が、監督に初挑戦したコメディドラマ。不器用な姉弟の暮らしを温かな視点でつづり、舞台化もされた自身の小説を映画化したもの。舞台版に続いての姉弟となる向井理と片桐はいりが、息の合った演技を見せています。
幼い頃に両親を亡くし、姉のより子が弟の面倒を見ながら、姉弟が仲良く暮らしている微笑ましいコメディふうの物語。とにかく姉の片桐はいりさんのインパクトが強すぎて、数十年オカッパ頭を貫き、風水にこだわり気の強いより子さん。四角い顔だけじゃなくて、仕草とか笑える部分が多すぎて、始終ニコニコしながら画面を見ていました。

姉も結婚を諦めたわけではないのですが、弟を自転車の後ろへ乗せていたところ、弟がふざけて姉の目をふさいだところ、自転車が激突して姉の前歯が折れてしまった。どうみてもブサイクな顔の姉、引け目を感じているのだと思っていたら、天真爛漫の陽気な性格だった。
いつでもどこからみても仲がよさそうだが、“姉と弟”という互いのポジションを意識して、気を使っている印象もそこはかとなく漂っているのだ。安定しているようで、実はちょっとタイトロープのような距離感。二人の関係は、郵便受けに入っていた1通の誤配達の手紙をキッカケにゆっくりと変化していくのです。

でも、二人は姉弟であると同時に、どこか母と息子のような関係でもあって。そんなことからも、より互いを気遣い思いやりつつ、時に不器用な行動を取ってしまうのが、この二人なのです。

どういうわけか、町内の眼鏡屋さんへ勤めているより子さんにも春が訪れたと思っていたら、ななんと、業者のイケメン浅野(及川光博)さんがより子さんに近づいてくる。ひょうきんなところが二人とも息が合っていて、とても仲が好さそうだったのにね。まさか、お向かいの洋品店の若い女性にお熱だったとは、より子さんが勘違いをしてしまって、可愛そうにまた失恋してしまった。

弟はと、以前に恋をした彼女(麻生久美子)とは、姉のことで問題になり「私を取るの、お姉さんが大事なの」なんて言われて、別れてしまった苦い経験がある。ところが、調香師をしている進くん、上司の大森南朋のむちゃぶりで、「ありがとうの香り」を依頼されて困っている。公園の生垣をくんくん匂いを嗅いでいると、美人の山本美月が犬を連れて散歩に来ていて、なんかいい感じになっていく二人。山本美月演じる女性は、あの郵便ぶつ誤配達で届けにいった人で、絵本の押し絵を描いている。弟の恋も、相手に伝えるタイミングが遅れてしまい、彼女は外国へ押し絵の勉強に行くことを決意する。

この二人の姉弟の空気とはどんなものを指すのだろう。互いに恋人の気配もない、三十路を過ぎた中年の姉弟が、生まれ育った実家を出ないまま二人で暮らしている。
端からみれば少々気の毒なようにもうつるこの関係はしかし、本人たちからすれば子供のころからの延長線上であり、互いにいて当然の存在なのだ。だが、そんな中にもそこはかと漂う“近しい間柄だこその微妙なあれこれ”。
きょうだいの空気とは、そういう言葉にしがたき繊細なものの混在を指すのであり、それを漂わせているのがこの映画だと思うのですね。

姉は姉の、弟は弟の人生を歩んではいるのですが、心の底では「相手よりも先に幸せを掴んではいけない」という負い目を感じており、優しさが空回りしてついつい事態がややこしくしてしまうのです。
その関係性と、微妙な押し引きによる距離感のドラマが、本作の魅力なんですね。そう、“ありがとうの香り“とは、有難い匂い、朝ご飯の炊きたての匂いとか、テーブルに飾ってある薔薇や百合の花の香りとか、玄関を入った時の我が家の匂いとか、人によっては違うんと思うんですね。だから、その香りを作るというのは難しいのかもしれませんね。ちなみに、私の”ありがとうの香り”は、娘がお風呂掃除をしてくれ、必ず毎日違うバスクリーンを入れてくれるので、お風呂に入ると本当に素直に”ありがとう”といいたくなる匂いです。
弟の進くんが、家のタタミの下に1000札を並べて貯金している。そのお札を姉の誕生日プレゼントにと、好きな物でも買ってと、タタミの匂いがする1000札の匂いも、姉にしてみれば“ありがとうの匂い”なのかもしれませんね。
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イーダ ★★★★

2014年10月15日 | あ行の映画
1960年代のポーランドを舞台に若い修道女が出生の秘密をたどる旅を描き、トロント国際映画祭など各映画祭で好評を博したヒューマンドラマ。自分がユダヤ人であることを告げられたヒロインが、両親の死の真相を知るべく過去をひもといてゆくさまをつづる。監督は『マイ・サマー・オブ・ラブ』『イリュージョン』などでメガホンを取り、本作で初めて母国で作品を手掛けたパヴェウ・パヴリコフスキ。モノクロで表現される美しい映像もさることながら、ヒロインの過去を通して触れられるユダヤ人やホロコーストの歴史にも胸を打たれる。

<感想>前から気になって観たいと思っていました。ミニシアターにて観賞。この映画は白黒であり、台詞も説明も極力排除した作り方は、この上なくストイックな感じでした。ポーランド人のユダヤ人に対する罪責感を主題にしている。以前見た、ロマン・ポランスキー監督の「戦場のピアニスト」で描かれたように、ポーランド人はワルシャワにいたユダヤ人の、対独蜂起を支援せず見殺しにした。ポーランド各地で同じようなことが起きて、戦後それがポーランド人の汚点となり、罪の意識になっている。

見習いの尼僧アンナ=イーダを演じるアガタ・チュシェブホフスカの初々しさがいつまでも脳裏に残る。彼女が実はユダヤ人だったということが、物語の大きなポイントになっているようだが、それがどれほどのことなのか。戦争孤児として育ち、修道女である立場を含めて、感情をあらわにしない、できないイーダというキャラクターの演出にもこの美学は貫かれていると思う。
その対極に生きる者のように登場する彼女の叔母は、検察官でアルコール中毒で、正義や感情に振り回され、強さも弱さも兼ね備えたとても人間的な人物だが、イーダと二人で共有する過去の秘密を知るためのロードムービーと見る事も出来る。二人が最後にどのような運命を辿るかというところに、この映画の意志が現れているようだ。
どこか不安感が漂う、そしてリアルなモノクロームの雪の中のシーンから始まるこの映画は、この二人の心象が解けかかったり、少しずつ凍結し始めたり、画面自体が呼吸しているように見えた。

やがて、イーダは戦時中に父母が住んでいた家へと、さらなるルーツ探しの旅へと。途中で叔母の言う「美人ね、えくぼがいい、ほら笑うとできる」そのこと言葉でイーダの口元がほころぶ。しかし、イーダは赴いた先で出生にまつわる歴史の現実に向かい合うことになる。
イーダを連れて、両親が殺されたという寒村に旅する。自分たちは、ユダヤ人でありそして、ポーランド人に迫害されたと、辛い過去を話して聞かせる。ポーランド人の村人から、イーダの両親が、さらには叔母の小さな男の子までもが、どのように殺されたかを知ることになる。
どんなにおぞましいこと、恐ろしいことを知ろうとも、イーダはじっと口を結んで受け止める。そして祈りを捧げる。五十年以上も前の過去が、いまもポーランド人にとって深い傷になって残っているのだ。

しかし無表情で受け止めきれるものだろうか。口を結んだ修道女たちが居並ぶ中で、イーダの口元が遂に崩れる。笑いが噴出す。イーダがサックス吹きの青年とベランダで横に並び、そのままの位置で微笑みを交わしたシーンの後で、僧服の帽子を取り上着を脱ぐ画面になる。これは青年とのセックスの続く暗示あるいは象徴なのだろうか。自分の部屋に戻ってリラックスして自分を見つめるシーンなのか、どう理解していいのか分からなかった。
この映画の中で繰り返しかけられる「ジュピター」交響曲の居心地の悪さは何に起因するのか。決定的な場面で「ジュピター」が流れる。叔母のヴァンダが、少し引いた画面の中でレコードに針を落とし、画面から居なくなってレコードの終わるころに登場して、また針を落とし直して開いた窓から外へと、飛び降りて自殺してしまう。自分の子供が無惨に殺されたと知り、その衝撃に耐えられずに。

最後、イーダは叔母の葬儀を終え、旅の途中で知り合った青年と夜を共にしたあと、修道院へと帰る。自らの手で人生を選び直し、歩き出すイーダの姿が神々しくさえ感じた。
何よりもモノクロで、スタンダードという画面に釘付けになりました。それと、白い雪の中の修道院、聖像、納屋に取り付けられた手作りのステンドガラス、さびれた村など、映像の美しさが一番の見所と言っていいのではないか。
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大いなる沈黙へ ★★★.5

2014年10月04日 | あ行の映画
カトリック教会の中でもとりわけ厳格な戒律で有名なグランド・シャルトルーズ修道院で、日々の務めに励む男子修道士たちの姿を追ったドキュメンタリー。人里離れた場所で自給自足の生活を送りながら毎日祈りをささげ、質素な生活の中で生涯を過ごす修道士たちの日常をカメラが捉える。メガホンを取るのは、ドイツ出身のフィリップ・グルーニング。構想から実に21年を経て実現した、中世から変わらぬ修道院のありのままの映像が心を揺さぶる。

あらすじ:1984年、ドイツのフィリップ・グルーニング監督は、フランスアルプス山脈にあるグランド・シャルトルーズ修道院に撮影を申し込む。その16年後ついに許可が下り、監督はおよそ半年の間修道院の一員としてほかの修道士同様に独房での生活を送る。りんとした沈黙の中、彼らはほとんど会話することもなく、礼拝、瞑想、祈りなどの日課を粛々と行う。

<感想>グランド・シャルトルーズ修道院は、フランスアルプス山脈にある。シャルトルーズの名前は、もしかしたらハーブリキュールで知られているかもしれない。中世に端を発する三十以上の房を持つ巨大なカルトジオ修道院であり、カトリック教会の中でもひときわ厳しい戒律を守る男子修道院である。
深山の雨の波紋が白い水面に黒く広がり重なって光る。服のボタンを縫う僧侶と各種のボタンの大写し。

時間を告げる鐘の音、神にささげられる聖歌の調べ、厚い布を裁ち、木材を加工する暗しの響き、・・・。彼らの「大いなる沈黙」は、すでにそこにある音と調和し、身をあずけることで守り通されている。
礼拝し鐘を慣らし、薪を割り猫に餌をやり、床屋に髪を刈ってもらい、雪の日にはそりで滑り、ころんで笑う僧たち。修道院の日々を照明なしで長期間撮影したこの3時間近い記録映画を、息をのむように観るのだが。

ですが、なにか特別なことが起きるわけではない。むしろ、彼らの生活はすべてが正確な反復で成り立っているのだから。そのリズムを決して乱すことのないカメラは、その反復の正確さそのものを、あたかも恩寵のように受け取っているのだ。
ともすれば眠気をもようするような映画でもあるのだが、静かな映像にしばしの間、スクリーンに釘付けになってしまう。
いくらでも観ていたくなるようでもある。映画に時間が自分の中に浸み込んでいくような感覚を味わうのは久しぶりのような気がする。まさに、これこそが映画なのである。
観客の想像力に映像と音響をゆだねることで、眼と耳をそばだたせ、フレームに思考の空間をひらこうとする。ナレーションや説明字幕によって補われることのない言葉を、映画作家は、そして観客は、みずからの感覚のうちに育んでいくのである。

「主よ、あなたは私を誘惑された。私はそれに身をゆだねた。」作中に何度も引かれる預言者エレミヤの言葉は、まるでこの修道院に導かれた映画作家自身のようにも聞こえてくるのだ。
冬ともなれば雪に閉ざされ、世間から隔絶された自給自足の場なれど、さすがにバナナやパソコンや、プラスチック製品が修道院内で作られているとは思えず、外部の経済と何等かのかたちで繋がっているはずで、個人的にはそのあり方をむしろ知りたいと思うのだけれど、修道院内の空気と時間を写し取ったという面においては、大変に優れた映画だと思います。
自然光だけによる撮影も見応えがあり、何よりも、本来取材を受け入れないはずの修道士たちに、これだけ肉薄したというだけでも素晴らしい。
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インサイド・ルーウィン・デイヴィス ★★★

2014年07月24日 | あ行の映画
第66回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したジョエル、イーサン・コーエン監督によるドラマ。フォークソングで有名な1960年代のニューヨークはグリニッジビレッジを舞台に、音楽活動に奔走しながらも苦闘するシンガー・ソングライターが過ごす1週間を見つめる。『ボーン・レガシー』などのオスカー・アイザック、『17歳の肖像』などのキャリー・マリガンなど、実力派俳優が結集する。コーエン兄弟ならではのユーモラスな語り口に加え、詳細に再現された1960年代フォークシーンの描写も見もの。
あらすじ:1960年代のニューヨーク、冬。若い世代のアートやカルチャーが花開いていたエリア、グリニッジビレッジのライブハウスでフォークソングを歌い続けるシンガー・ソングライターのルーウィン・デイヴィス(オスカー・アイザック)。熱心に音楽に取り組む彼だったが、なかなかレコードは売れない。それゆえに音楽で食べていくのを諦めようとする彼だが、何かと友人たちに手を差し伸べられ……。

<感想>アカデミー受賞監督であるコーエン兄弟の最新作。2013年、第66回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した本作は、ボブ・ディランが憧れた伝説のフォーク・シンガー、デイヴ・ヴァン・ロンクの回想録をベースに、名もなきフォーク・シンガーの1週間をユーモラスに綴った作品である。
移り行く時代の中で、懸命に生きる主人公をとおして、人生に悪戦苦闘する人々にさりげなくエールを送るストーリー性はもちろん、舞台である1961年、NYのグリニッジビレッジをリアルに映し出すべく、全てフィルムで撮影されているところにも注目したい。
それと、本作のライブシーンをすべて生の録音で挑んだオスカー・アイザックは、ジュリアード学院卒ならではの見事なギター演奏と歌声を披露しています。

また、名プロデューサー、T・ボーン・バーネットほか、人気のフォーク・ロック・バンドが参加した音楽性の高いサウンドラックも一緒に堪能して欲しいですね。
冬の柔かい光で全編が統一されているのが魅力的です。NYのライブでの埃が見えるような陰影から、シカゴのひたすら暗く沈む闇の間で、灰色の物語が語られる。
金ナシ、家ナシ、浮気相手は妊娠するとは。最近何をやっても裏目に出てばかりのルーウィン。一文無しで知り合いの家を泊まり歩く日々の中、女友達のジーンから妊娠を告げられる。
このジーンを演じているのが、キャリー・マリガンで、彼女の本当の恋人はジム・バーキー(ジャスティン・ティンバーレイク)。近年、話題作に続々と出演し俳優としても目覚ましい活躍の世界的ポップシンガー、ジャスティン・ティンバーレイクの歌声にも注目したい。
ここでは、キャリー・マリガンとジャスティン・ティンバーレイクが、ジム&ジーンとしてステージに立っている。中でも、オスカー・アイザックとキャリー・マリガンとジャスティン・ティンバーレイクの3人が歌う場面はとても素晴らしい。

そんなトラブルから逃げ出すように、ギターと猫を抱えてジャズ・ミュージシャンのローランドと悪夢のようなドライブでカナダまで旅に出るのだが、・・・。ジョン・グッドマンの使われ方が面白い。彼が演じる高慢で口汚いジャズマン、ガソリンスタンドで止まる度トイレに行く。自分もトイレをしに行くと、ローランドが覚醒剤を打って倒れていた。一緒に車に乗っていた、ビート詩人の(「オン・ザ・ロード」でディーン役を演じた)ギャレット・ヘドランド。

彼らと乗った車から見るアメリカ、冬枯れのインディアナも曇り空のイリノイも、素晴らしく陰鬱であった。挫折の帰り道、夜のオハイオで、昔別れた女の住む町をやり過ごすと、暗い夜道に猫が飛び出してきて轢いてしまったようだ。可哀相なことをしたと思っていたら、どうやら彼には猫に好かれるようないいところがあるらしい。だが、車に乗り合わせた印象的な二人の男の、その後をまったく描かないこととか。一方では、1匹の猫、その名もユリシーズの気まぐれな動きが、曇ったNYに空気を掻き回す。懐いているのか、地下鉄にも一緒に抱いて乗るのだ。
NYに戻りあらゆることに打ち拉がれ、父親と同じ船員に戻ろうと決意するも、いい加減な男なために船員免許証が姉によって捨てられてしまう。また再発行届を出すのに、お金がかかる。無一文の彼は、父親の家を売りに出し、そのお金を充てにするも、姉はその金は父親を老人ホームへ入れるお金にするというのだ。認知症の父親の世話をする姉は、そんな弟に呆れている。

ともかく、売れないシンガー・ソングライターなんて負け犬よ。キャリー・マリガンが言っていたが、人間のクズよ、クソよと虐げられても仕方がないのだ。結局は、またNYのライブハウスで歌うしかない。ラストでライブハウスで演奏している男が、ボブ・ディランのように映っている。
1961年にNYにやってきたボブ・ディランが、ヴァン・ロンクの多大な影響を受け、その服装からギター演奏スタイルまで真似し「朝日のあたる家」のアレンジまでも引用したほど。残酷な言い方をすれば、ディランが神様になろうが、ヴァン・ロンクがその陰に潜もうが、フォークソングの潮流は一つの現象でしかない。
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思い出のマーニー ★★★★

2014年07月22日 | あ行の映画
借りぐらしのアリエッティ』などの米林宏昌が監督を務め、ジョーン・G・ロビンソンの児童文学を映画化したファンタジーアニメ。北海道を舞台に、苦悩を抱えて生きる12歳の少女杏奈と彼女同様深い悲しみを心に宿すミステリアスな少女マーニーとの出会いを描写する。『ジョーカーゲーム』などの高月彩良と『リトル・マエストラ』などの有村架純が声優を担当。主人公たちの目線で捉えた物語に心打たれる。
<感想>スタジオジブリの映画だと聞けば、期待しない分けにはいきません。原作は読んでいませんが、イギリスの児童文学を題材に、運命的に出会った少女二人の触れ合いを描くファンタジーであるということ。テレビや予告編での宣伝効果もあり、劇場は夏休みということもあり、子供連れで満員御礼でした。

独特なジブリの絵コンテの美しさに見惚れてしまいました。主人公の杏奈はもちろん、なんて言ってもマーニーの金髪のふわふわ感とか、二人とも青い瞳で、まるで姉妹のように見えました。冒頭での杏奈は、親がおらず愛情を信じられない彼女と、親から自分の存在を見放されているマーニーが、お互いを秘密の友とすることから始まります。12歳の少女の杏奈は、思春期で自意識が強く、学校でも引っ込み思案で、友達もいなく変わり者として扱われているようだ。

杏奈の独り言では、この世界には輪の内側と外側があって、自分は外側の人間だけれどもそれでいいと思っている。でも本当は誰かに助けてもらいたいと感じているのだ。そのもやもやとしたこの年代特有の、痛々しい気持ちみたいなものが杏奈から感じ取られます。
どうしても、自分の生い立ちや喘息の持病があると、学校も休みがちで心を閉ざし友達も出来ないようだ。それで、養母の親戚が暮らす海辺の村へ療養にやって来た。ところが、杏奈は、養母がこんな娘を厄介払いしたと勝手に思い込んでいる。それに、擁護団体から杏奈を育てるための、お金を受け取っているようなのだ。

れでも、絵を描くのが好きな杏奈は、スケッチブックを持参で海辺へとやってきて、引き潮の時に歩いていける洋館を見つける。そこは入江に佇む“湿っ地屋敷”と呼ばれ、今は誰も住んでいない。北海道の東にある湿地帯と言うと、釧路、根室、厚岸、サロマ湖でしょうか。
ところが、その屋敷の2階に灯りが燈る。気になって、気になって、杏奈は次に日、引き潮の時に歩いてその屋敷を覗いて見る。

すると、金髪の少女が出迎えてくれ、屋敷の中へと誘い込む。杏奈が覗いた時には、何も家具がなかったのに、まるで外国の映画の中に出て来るような素敵な調度品が揃っており、シャンデリアが豪華でした。
今までのジブリの作品は、「生きろ」とか「生きねば」というようなジブリ的な人生のテーマがあったのだが、この作品にはないのだ。あるのは、少女漫画ともいえる爽やかで友情劇であり、幻想的な気分も漂う謎解き物語。始めは、マーニーは幽霊では?、「いや杏奈の想像による夢の中の存在、自分の心の中が読んだ友達なのでは」彼女が孤独で空想を描くのが好きなようなので、きっとマーニーに自分を重ねた偶像なのだろう、なんて思ったりした。でも違ったのですね。

ですが、ここの場面では、杏奈が見たいと思っている風景が描かれており、夜の海に船を浮かべて二人がいる時には、月が魅力的に輝いて、背景の場所には町の灯りがない。ですが、その後、杏奈が一人で帰る時には電柱の灯りや、現実が見えてくる。帰り道で郵便局の前を通るのですが、そこの色彩は寂しい感じがして、二人の時とは違うんですね。そういう意味では、背景が杏奈の気持ちを反映させていると思いました。

それでも、現実の世界では、地元の子供が七夕祭りに誘ってくれ、一緒に夏祭りに行くのですが、女の友達に「ふとっちょぶた」なんて意地悪く言ってしまう。そうすると、やり返してくるのが「あんたはあんたの通りに見えてるよ」と指摘されてシヨックを受けてしまう杏奈。
全てが明かされるラストでは、マーニーは、杏奈にとっては幼い時に両親を交通事故で亡くし、その後、祖母のマーニーに育てられ、祖母のマーニーも亡くなり、里親に育てられ今の自分がいることを。祖母であるマーニーが、孫の杏奈のことが気掛かりで、丁度マーニーが少女時代に過ごしていた“湿っ地屋敷”に、杏奈が訪ねて来たことから、亡霊というか祖母の孫に対する思いが通じて現れたのでしょう。

祖母のマーニーも少女時代は、両親が留守がちで、ねえや、乳母に育てられ、それも虐められて、暗いオンボロのサイロに閉じ込められたりもした。その孤独が、孫の杏奈も実の両親が亡くなり、性格もひねくれた少女に育ってしまったのだ。だから、幽霊でも、杏奈の孤独な少女の心を、祖母の少女の頃のマーニーが解きほぐしてくれ、いつのまにか解放されて皮肉れた心の杏奈が、明るい少女になっていった。

その“湿っ地屋敷”に新しい住人が引っ越してきて、その中にさやかという娘がいて自分の部屋から古い日記を見つけたというのだ。それを杏奈に渡す。日記に書いてあったことが、今まで夢の中で幻想としてマーニーと出会って来たことが、全て作り話ではなく本当のことだったという。杏奈にとっては、マーニーの存在が自分にとって一番大切な肉親だったということ。
それは、自ら心を閉ざしている少女が、幽閉状態にある少女と共鳴しあっているようにも見えます。ここでは杏奈を抑圧してくるものを、社会の目に見える外敵ではありません。外の世界と戦って、より複雑な意味で孤独になっている状況が描かれています。そんな杏奈を励ましてくれるのが、自分と同じような孤独を知っている過去からのメッセンジャーとして、マーニーがその存在なのでしょう。
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借りぐらしのアリエッティ
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美しい絵の崩壊 ★★★

2014年07月18日 | あ行の映画
ナオミ・ワッツとロビン・ライトという演技派女優を主演に迎え、ドリス・レッシング原作の「グランド・マザーズ」を映画化した禁断の愛の物語。親友同士がお互いの息子と恋に落ち、一線を越えてしまったことから思いがけない運命を招くさまを映し出す。監督は、『ココ・アヴァン・シャネル』などのアンヌ・フォンテーヌ。女性の隠れた渇望を浮き彫りにする、背徳的で甘美なラブストーリーに酔いしれる。
あらすじ:オーストラリア東部の海辺の町で、ロズ(ロビン・ライト)とリル(ナオミ・ワッツ)は幼いころから姉妹のように育ってきた。現在は二人とも結婚して家庭を持ち、お互いの息子トム(ジェームズ・フレッシュヴィル)とイアン(ゼイヴィア・サミュエル)も母親たち同様親友同士だった。早くに父親を亡くしたイアンは、ロズを2人目の母親として慕っていたが……。

<感想>原作がノーベル賞作家のドリス・レッシングで、監督も女性のアンヌ・フォンテーヌだというので、期待して観に行ったのだが、一言でいうと、お洒落な女性雑誌のカラー・グラビアを見ているような映画だった。つまり綺麗だが、底が浅いのだ。物語は基本的に都合のいい展開なのだから。

舞台がオーストラリアの入り江、いやでも眼に焼き付ける壮麗な景観の美をスクリーンに映し出す。ビーチへと続く細い坂道を、手に手を取って駆け下りた金髪の少女たち。降り注ぐ陽の光、打ち寄せる波、せせこましい現実の時の刻みを寄せ付けない自然の美と一体化するように。

双子のように育った美しい親友は、かけがえのないパートナーであった。つやつやと滑らかな肌と金髪と、贅肉のない肢体を眩しく誇らしげに自らの「作品」として完璧な息子たちの肉体に見惚れる二人の母親。「レズビアンではない」とことあるごとに茶化しながら、そうすることで案外、恋に近そうな真の想いに自意識過剰の知らんぷりを決めている女たち。そう、ここでは母親であるよりも女として見えるから。

でも、性的に彼女とは結ばれない時、彼女の美しい息子ならば論理的には問題なく、親友と恋人の両方を手に入れることができる。「一線を越えた」と真顔で、事の重大さの深刻さに狼狽えた母親たちが、でも「いい気持ち」と、あっけらかんと女の顔を輝かせ欲望をきわめつくす。
確かにそうした成り行きに失笑を禁じ得ない人も少なくはないだろう。けれども、女たちのこの迷いのなさ、葛藤のなさには、どこか見過ごしにできない奇妙な心の奥にひっかりが残るのだ。
しかし、「それがタブーではあっても、観客がヒロインたちの行いにある種の羨ましさを感じる」と言う、意外な事実を逆手に取るように“絵空事“めいた設定のリアルのありかを。アンヌ・フォンテーヌが撮ってきたいくつかの”危ない映画“の核心をも射抜いてはいないだろうか。

かたや全ての男性は根本的にマザコンと聞くが、実の母親と関係するのは、これまたタブーだけれど、母親のような女性が相手ならば許される。この四角関係は、崩壊どころか、パズルを完成させる究極のワンピースなのだろう。
母親世代がロビン・ライトとナオミ・ワッツだからこそ、絵的に成立するのは大前提として。ファッショナブルな風俗映画の域を出ていないのだ。そういう作りをするなら、せめて二人の女性、ロビン・ライトとナオミ・ワッツを、ともにブロンドにしない方がよかったのではないかとも思った。
ロビン・ライトの夫はシドニーへ転勤することになり、妻と息子と一緒に行くことを望んだが、妻はこの地を離れることを拒み、結局は離婚することになり、夫はシドニーで若い女と結婚をする。となりのハゲ男は、事故で夫を亡くしたナオミ・ワッツにしつこくつけ纏い、その間に入ったロビンが、きっぱりと二人はレズだと言わんばかりに追い返す様が笑える。

美しい母親と成長した息子二組。図式的な展開を少しも外れずに進んでいきます。背徳の欠けらもない健康的なショットで、特にナオミ・ワッツの艶めかしい熟女の姿態たるや、年上の魅力に抵抗できそうもない。久々にお目見えしたロビン・ライトも、その辺の美魔女どころではない美しさ。これなら息子たちが欲情するのも無理はないか。

よって、やがては若い男は離れていくという苦悩に説得力がないのだ。確かに息子たちは、若い女性に恋をして、関係を持ち妊娠して結婚する。そして、お互いに女の子が誕生して、故郷の入り江のある家に遊びに来る。その夜、トムがイアンの母親の部屋へ行き、ナオミ・ワッツとまたよりを戻すという構図。そのことが、二人の花嫁たちにバレてしまい、呆気なく離婚となる。
問題は息子二人の繊細さに欠いた演技である。父親への憎しみや、母親への思慕が屈折して、というような日本的なシチュエーションで陰影を見せてくれればと思ったのだが、そういう映画ではなかった。

それでも変わりなく自分たちだけの入り江の楽園を守り通す。楽園への幸せが続いてしまうことへの不幸、沖に浮かぶ飛び込み台に横たわり、目を閉じて柔らかな波に抱かれて漂うまま平穏を装う4人。“美しい絵”は、壊れも崩れもしないまま、より完璧な虚しさを完遂するように終幕する。
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