パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞のレビューを中心に、DVD、WOWOWの映画の感想などネタバレ有りで記録しています。

ターナー、光に愛を求めて★★★

2015年08月17日 | た行の映画
18世紀末から19世紀にかけて活躍したイギリスの風景画家ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーの謎に満ちた人生に迫る伝記ドラマ。『秘密と嘘』『ヴェラ・ドレイク』などの巨匠マイク・リー監督が構想に10年を費やし、愛と光を求め旅を愛した天才画家の創作への情熱や人物像を描く。主演は、リー監督の『人生は、時々晴れ』にも出演したティモシー・スポールが務め、第67回カンヌ国際映画祭男優賞などを受賞した。
あらすじ:18世紀末イギリス、若かりしころからロイヤル・アカデミーで評判だった自由な芸術家のターナー(ティモシー・スポール)は、インスピレーションを得るために旅に出ることが多かった。また異色の作風から、画壇や観る者に理解されないこともあった。そんなある日、助手を務めていた父親が突然他界してしまい衝撃を受ける。

<感想>ターナーの風景画は日本でもかなりのファンがいると聞くが、それにしても、ターナー本人のことについては殆ど知られていないのが実情ではないだろうか。実際、脚本を書いたリー監督も相当に調査を重ねたらしく、ここでは60余年の画業のうち最後の25年間に焦点を絞り、彼の旺盛な創作活動と影に日向にそれを支えた2人の女性との交情を描いている。

ここはパトロンの一人であるエグルモント卿の屋敷にて。
その2人の女性とは長年にわたりターナー一家を切り盛りした家政婦と、ターナーがスケッチ旅行で訪れた港町の宿屋の女将。彼女らとの親密な関係を中心に謎に満ちた私生活が次第に明らかになるのだが、精神病院で死んだ母親の面影が、常に彼の孤独な内面を覆っていたという事実は、人間の運命をとらえた彼の画家としてを知る上でも見逃せないことでしょう。

しかしながら、堅苦しい芸術映画というわけでもなく、事実、逆にターナーを演じるティモシー・スポールの圧倒的な演技力で、観客を画面に釘付けにしてしまうのだ。彼は「ハリー・ポッター」シリーズのピーター・ペティグリューとか「英国王のスピーチ」のウィンストン・チャーチル役などで知られている実力派俳優。決して美男子で渋い中年オヤジではないけれど、見せる演技が申し分ないのだ。

常にモグモグ、ブツブツと喋り、時にはキャンバスに向かって粉を吹き付けたり、ペっと吐いたツバで絵の具を延ばしたり、もうやりたい放題なのだ。それでも周囲から慕われ、ユーモアたっぷりに毒舌を吐いたりする反骨の人というのだから。ひよっとするとターナーって、こんな人だったのではと思わせるだけの、リアリティーはあるのです。

これはもちろん、マイク・リーと言う傑出した監督の眼を通して見た、英国の風景画家、ターナー像に違いありませんね。例え細部は事実と異なっていても、マイク・リーならではの人間主義はここでも健在でした。圧倒されるシーンは、ターナーの描いた絵の世界で、その光と影の織りなす綾が目の前のスクリーンで鮮やかに映しだされていくのが素晴らしい。
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種まく旅人 くにうみの郷 ★★★

2015年06月06日 | た行の映画
淡路島を舞台に、第1次産業の調査にやって来た女性を中心に展開するヒューマンドラマ。島を訪れた農林水産省職員の女性が、タマネギの栽培とノリの養殖に打ち込む兄弟と出会ったのを機に自然がもたらす恵みについて深く考えるようになる姿を描く。監督は『小川の辺』などの篠原哲雄。『ATARU』シリーズなどの栗山千明を筆頭に、桐谷健太、三浦貴大、豊原功補らが出演。温かな物語に加え、舞台となる淡路島の美しい風景にも心癒やされる。
あらすじ:現在の日本の第1次産業の実態を調査するために淡路島を訪れた、農林水産省の神野恵子(栗山千明)。市役所の農林水産部職員・津守(豊原功補)の案内で聞き取りを始めるが、凝り固まった考えや言動からノリ養殖場の従業員・豊島渉(三浦貴大)の機嫌を損ねてしまう。その夜、彼女は居酒屋でタマネギ農家の4代目で渉と兄弟である豊島岳志(桐谷健太)と出会う。彼が実現を目指すブランド野菜の販売ルート構築などを聞き、畑や養殖場に足しげく通うようになるが、岳志と渉の間に大きな確執があることを知る。

<感想>今は亡き塩屋俊監督が、2012年に公開された「種まく旅人 みのりの茶」に続き、構想していた淡路島が舞台の第2弾。前作は、DVDで見たので後程投稿します。
こちらは、農林水産省の官僚が、淡路島の農業と漁業の現地調査をやると乗り込んできたら、現地の生産者たちはどう反応するのか?・・・霞が関のお役人が、こちらの事情も知らずに、調査と称して覗きまわるだけ迷惑な限りだと、反発するのは見やすい構図ですよね。

この映画もまさに、その通りから始まり、以後、調査官の予想外の熱心さに、島の人々の気持ちも次第に和らぎ、彼女の漁業や農業に対する真摯な思いに応えていくのだ。
と、いう典型的なこの手の物語のパターンで展開していくのですが、それでも最後まで見せているのは、編集の技にもあるようです。淡路島について学習できる社会科的意義のある作品にもなっているようです。

すが、ただ頭でっかちで合理主義、神頼みを全面否定する鼻持ちならないエリート官僚の主人公が、瞬く間に島の農水産業再興のために、情熱を注ぎ、兄弟の確執に胸を痛めて、「かいぼり」実現に向けて奮闘する姿に感心しました。

こんなお役人ばかりならいいのにね、本作の冒頭での、栗山千明演じる農林水産省の調査員は、実に憎たらしいような無神経さと傲慢さなのだが、淡路島の農業、そこに生きる人々を知るようになって様々な尽力をつくすのですが。海苔の養殖場へ舟で行くのですが、網に小さな種づけをしてそれを海の中の棒に網を張り付ける。収穫の時は、海苔がまるでカーテンのように垂れ下がって見事です。その後の作業も大仕事で、海苔として出来上がるまでの行程が見られます。
しかし、現実はきっと生涯を通して、冒頭の栗山のような姿勢の偉そうに威張っている役人ばかりではないだろうか。だから、役場の人たちも初めは、適当に案内をして、1週間くらいで帰るのだろうと思っていたに違いない。

たまねぎの出荷先が倒産してしまい、たくさんのたまねぎをどう処理してしまおうかと悩む青年の桐谷健太。自暴自棄になり廃業を決意して、故郷の淡路島を去ろうとするたまねぎ農家の青年、桐谷健太がフェリー乗り場で、母親が持たせてくれた「玉ねぎの種」を見て考えを変えて「かいぼり」の場所へと。自分も島の人間だもの、彼は何かある事に、東京へ行くという安易な考えを止める。

そして、人形浄瑠璃に打ち込む谷村美月の、地道に自分の好きなものに夢中になる姿が光って見えるのが良かった。

ライマックスの、「かいぼり」という海に恵をもたらす陸地のため池を作る作業を最後に見せつけるわけですが、淡路島の海の幸、海苔の養殖にたいしてもとてもいいもので、この映画の中での兄弟が、弟が海の海苔の養殖を、兄は畑でたまねぎ栽培をと、ですが、この兄弟は喧嘩をしていて険悪な状態。この兄弟の仲を取り持つのもお役人である栗山千明なのだ。
どうみても、アメリカ帰りの農林水産省官僚が、仕事とはいえ淡路島で奮闘するとは思えなかった。その彼女自身の、心変わりの動機が希薄なので、観ていて納得できないまま想定内の着地点になっていったようです。
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妻への家路 ★★★★

2015年04月23日 | た行の映画
『紅いコーリャン』『秋菊(しゅうぎく)の物語』などのチャン・イーモウ監督とコン・リーが再びタッグを組み、文化大革命後の中国を舞台に夫婦の切ない愛を描くドラマ。20年ぶりに解放された夫が、夫を待ちすぎて記憶障害となった妻に自分を思い出してもらおうと奮闘する様子を映す。ひたすら夫を待つ妻をコン・リーが、妻に寄り添う夫を『HERO』『インファナル・アフェアIII 終極無間』などのチェン・ダオミンが演じる。いちずな夫婦の姿が感動的。
あらすじ:1977年の中国。文化大革命が終結し、20年ぶりに自由の身となったルー・イエンシー(チェン・ダオミン)。ところが自宅に戻ると、妻のフォン・ワンイー(コン・リー)は夫を長年待ち続けた疲れが原因で記憶障害となり、イエンシーを他人だと認識してしまう。イエンシーは向かいの家で生活を始め、収容所で書き続けてきたワンイーへの膨大な量の手紙を読み、駅に夫を迎えに行くワンイーにも付き添い……。

<感想>長い時を超えて出会った男女の愛の行方。文化大革命によって引き裂かれた夫婦の深かまる愛の物語り。1950年代の中国で共産党に逆らう右派分子として捕られていた知識階級の夫(大学教授)が、文化大革命が終結した1977年に解放されるのだが、妻にとっては20年間も待ち続けた最愛の夫。

感動の再会であるはずなのだが、長年の緊張と苦労が強いられた妻は、心因性記憶障害を発症していて、夫の顔を認識できなくなってしまっていた。

誰がどう説明しても、目の前に現れた男を夫だとは認めない。夫婦の一人娘も、3歳の時に別れ記憶にもない父親のせいで、所属していた舞踊学校の舞台の主役を降ろされてしまった恨みもあり、一度、強制労働所から脱走までして帰ってきた父親を密告したことで、駅の陸橋で妻は、夫が捕まり労働所へ戻されるのを見つける。

のことで、母親との関係にしこりを残したまま、娘は舞踊学校を辞めて紡績工場の寮に住み込んでいる。
何の罪もない一人の男が、時代に翻弄された悲劇なのだが、その傷跡はあまりにも深く家族に影を落としている。病院と老人ホームで実際に生活をして研究したという、コン・リー演じる妻の演技にはとにかく圧倒されます。

上手に年齢を重ねた演技派の女優になってましたね。毎月の5日には、手製のプラカードを持って、何年も駅に夫を迎えに行く規則正しい切実さ。鏡の前で身支度をする姿には白髪が見え始めても、可愛らしい乙女のままである。

しかし、永遠に夫と再会することはないのだ。何故なら夫は、ずっと迎えの家で彼女を見守り続けているのだから。知人の「方さん」夫がいない間に共産党員の男が、妻にいいよって悪さをしたらしいのだ。その「方さん」と間違えたり、夫の手紙を読む親切な近所の人、荷物を運んでくれる隣人として存在しているのです。
その夫を演じるチェン・ダオミンの深い愛の演技には胸を打たれました。妻の記憶を取り戻そうと、アルバムの写真を見ても、自分の写真は全部切り取られている。それは、娘の丹丹が自分がバレエで主役になれないのは、全部父親のせいだと思い込み、アルバムから父親の写真を抹消してしまう。自分には父親はいないと、そのことで母親と喧嘩をしてしまい、気まずくなって疎遠になる。

それに、思いでの古いピアノを調律して、弾くシーンではもしかしてこのピアノの旋律で妻は思い出してくれるに違いないと。そして、手紙を通してのみ、思いが妻に届くと気づいてからは、夫は手紙を書きはじめ木箱に入れて、さも今届いたように妻に運んで来る。
その手紙の多いことといったら、中でも夫の解放通知を読むと涙を流して喜び、翌朝には駅へ夫を迎えに行くのだ。夫婦の長かった別離の期間が走馬灯のように過ぎり、二人は再び出会うことが出来たのだと思わせる確かな感動がありました。
これは以前観た、「君に読む物語」(05)の中の、老人ホームで老人デュークが、アルツハイマーの老女アリーに本を読み聞かせている。それは、40年代にさかのぼる令嬢アリーと貧しい青年ノアの身分違いの恋の物語。ライアン・ゴスリング&レイチェル・マッカダムズのフレッシュな演技は必見ですから。
その他にもありましたね、妻がアルツハイマーになり、そんな妻に夫が恋人としてまたプロポーズする物語も。
それにしても、病気の妻を甲斐甲斐しく見守り続ける究極の愛に、本当に感動しました。永遠の愛はあるんだなと、思わせてくれる素敵な映画でした。
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唐山大地震 ★★★

2015年04月13日 | た行の映画
40万人以上の死傷者を出した1976年の中国・唐山大地震を舞台に、心に傷を負った少女と罪悪感を背負い生きる母親の32年間を描く感動ドラマ。『女帝[エンペラー]』『戦場のレクイエム』などの中国のヒットメーカー、フォン・シャオガン監督が、迫力のディザスター描写と涙を誘うストーリーを紡いでゆく。出演は、チャン・ツィイーの後継者ともいわれる『雲南の花嫁』のチャン・チンチューと、ほかのフォン・シャオガン監督作品にも出演しているシュイ・ファン。母と娘それぞれの思いが切なく、家族のつながりに感動が押し寄せる。
あらすじ:1976年7月28日の深夜、マグニチュード7.8の大地震が中国の唐山市を襲う。翌朝、幼い双子の姉弟が瓦礫の下で発見される。だが、状況の悪さからどちらか一人しか救えない状況で、母親(シュイ・ファン)は断腸の思いで息子ダー(チェン)を選ぶ。しかし奇跡的に娘ドン(チャン・チンチュー)は命を取り留めており、彼女は軍人夫婦の養女として立派に成長し育っていた。そんな中、彼女の養母が病死し、さらには自身の妊娠が発覚する。

<感想>中国で起こった20世紀最大の地震を題材に、被災した家族の32年間の軌跡をたどる物語。これは、唐山市の要請で始まったという1976年の未曾有の大地震被害を記録する為の映画です。
それを2008年までの32年間を「ソフィーの選択」で始まるある家族の物語りに託し、台湾、中国、香港の映画人が協力して、中国映画史上最大のヒットを記録した大エンタテインメントになっている。
実は2011年3月26日公開予定だったのだが、東北地方大地震に、大津波と福島の原発事故と、過去に例がないほどの未曾有の大災害に遭い、この映画の内容が同じ中国の大震災の物語りでかなりショッキングな場面があり、公開が延期されていたものです。

冒頭でのぶきみなトンボの群れが舞い、特撮ファンをうならせるような大地震が、画面いっぱいに展開するのだ。大災害後の人間の変転を描くのには、我が国の「赤い運命」と同じく大河ドラマの常套だけれども、建物の下敷きになった姉と弟の、いずれの生命を救うべきか、母親に選択を迫るところはあざとすぎて、むしろ、片腕切断の弟が中国でいかにして金持ち成り得たかを知りたいと思った。
しかし、復興はときに物語を必要とし、そして物語はときに災厄を必要とする。大仰な演劇に用いたふれこみとおりの“泣かせる”演出にヘキエキしてしまうのは、地元東北に住んでいる被災者だからだろうか。
皮肉を言っているのではないが、震災によって離散した家族の、30年余りにおよぶ大河ドラマを2時間に収めるにはどうにも無理があるというもの。端々に粗雑さが目立ってしまう。
当時海外支援を拒否した文革末期共産党の政府対応の是非には、少しでもいいからふれて欲しかったところだが、中国メジャーの作品ゆえ望むべくもないことなのかと。
それよりも、2004年のスマトラ島沖地震による大津波で被災したあるヨーロッパ人家族を巡る奇跡の物語インポッシブル」(2012)の、ナオミ・ワッツの母親の有り方、母性愛の素晴らしさ、自分の命まで投げ出して我が子を救うという感激の映画をもう一度見たいと思いました。
映画は歴史の記録としての役割をどう果たすか?・・・原発事故の加わった日本は、30年後の震災記録映画をどう描くのだろうか?・・・大きな課題を改めて認識しました。
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繕い裁つ人 ★★★

2015年03月10日 | た行の映画
『嫌われ松子の一生』などの演技派女優中谷美紀を主演に迎え、池辺葵のコミックを映画化した心に染みる人間ドラマ。クラシカルなミシンで洋服を作る職人肌の主人公と、彼女を取り巻く人々が織り成す物語を紡ぐ。『永遠の0』などの三浦貴大や『小さいおうち』で第64回ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した黒木華ら実力派俳優たちが共演。『しあわせのパン』などの三島有紀子監督による、服を通して結び付く人々を描く心温まる物語に魅了される。
あらすじ:市江(中谷美紀)は祖母が始めた洋裁店を継ぎ、町の仕立て屋の2代目店主として日々年季の入ったミシンの前に座っている。彼女が職人技を駆使して丁寧に仕立てる洋服は、依頼人たちを喜ばせていた。職人気質の市江はブランド化の依頼にも目もくれず、その服に袖を通すたった一人のためだけのオーダーメイド服を縫うだけで幸せだったが……。

<感想>「しあわせのパン」は良かったが、「ぶどうのなみだ」はいただけなかった。この作品は、まだいい方でしょう。祖母の顧客を受け継いだ、小さな洋裁店主の、祖母の仕事への敬意、そしてそれと裏腹な、主人公・市江自身のささやかな野心と、それらが丹念な細部描写と共に描かれている。
主人公市江のつんと澄ました一分の隙もない洋裁と、だらけたパジャマ姿のコントラストも楽しい。母親の余貴美子の、娘の世話をやく甲斐甲斐しさとか、毎日のおやつに三色団子を出すシーンも、見守っているようで母親らしいです。

ですが、この映画の中では、良質の仕立物を大事に長く着るということで、確かに正しい教えには違いないが、安物を着ている人たちにとっては、どうすればいいのだろう。
高価なブランドものを買っても、着ていくところと言えば結婚式くらいで、それもたまにしかありゃしない。これでは箪笥のこやしというもの。
むろん、それが消費社会への一定の批判にはなるのだが、金持ちの道楽と、揶揄したくもなる。確かに、その人にあった型紙で仕立てる一点ものの洋服は、魅力があるのだが、年々身体の体型が変わり、幅出しも出来なくなる。
それで仕立て直しをして、まだまだ着れるという、大事に着て、昔はそういった物を大事にする習慣もあり、お金持ちはたくさんの衣装持ちだけれど、貧乏人は1枚の洋服をツギハギだらけで着ているという時代もあったのだ。

生き方は器用じゃないけれど、プロフェッショナルに自分のスタイルの仕事を続けるヒロインが素敵に映っている。彼女の頑固さと優しさと、ほんの少しの滑稽さを見事に体現してみせる中谷美紀は、まさにハマリ役といっていい。仕立て屋の祖母の仕事を継いだ二代目は、変わらないことを信念としながら、毎日足踏みの古いミシンを器用に使いこなして、まるでリズムを持続的に弾いているかのようにも取れる。仕事が終われば、近所の喫茶店でチーズケーキに舌づつみをうちながら、にんまりとした笑顔で1日を終える。もちろん、徹夜で仕立物を縫い上げることもあるのだ。

それに、1年に1度だけある、祖母が縫い上げたドレスや背広を着た、老夫婦たちの夜会の素敵なことといったら、夜空には満天の星が、天井から吊るした草花の素晴らしさ、ワルツやブルースのレコードに合わせて踊る人々。それは、昔の舞踏会のようでもあり、素敵な想いでの一夜に違いありません。
それを覗いていた、小学生か中学生の女の子たち3人が、自分たちも混ざりたいと申し出るが、これは大人だけの夜会で子供はダメだと断る。ですが、市江や片桐はいりは、黒服で主催者側の人となり給仕をするだけ。折角の1年に1回の夜会だもの、最後の方にでもドレスを着た市江さんを見たかった。

大手デパートの服飾担当に見込まれブランド化をもちかけられるのだが。一点ものとして、誰ももってない自分だけのデザインの洋服がモットーであり、量産化すれば、確かに儲かるのだが、お金を稼ぐ気などさらさらない。
ですが、彼女にもデッサンした自分のオリジナルがあり、いつかは自分のデザインのドレスを仕立ててみたいという希望もある。それが手始めとして、三浦青年の、車いすの妹の結婚式に着る、ウェディングドレスの仕立てを引き受けるのです。
三浦が、諦めて東京へ転勤して家具売り場へ、妹の結婚式に出るために帰って来て、妹のウェディングドレス姿を見て、それが市江が仕立てたものと分かり感激してしまうシーンも感動です。
そんな彼女の腕に惚れこんだ大丸百貨店の、三浦青年の強引な「営業マン」スピリットが、主人公の市江を結果的には次のステップへと進ませる。というコンセプトで、ほのかなラブストーリー的展開もないのですが、市江の心を動かしたことには違いありませんね。
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高倉健さん永眠

2014年11月19日 | た行の映画
先日の夕方のテレビで、高倉健さんが亡くなられたというニュースが報じられ、まだ信じられないおもいでいっぱいです。彼の出演映画が殆どといってくらい観ておりますが、あの朴とつな話方とか、口をぎゅっと噛みしめての顔、笑顔も素敵でした。

あれこれと映画の中の健さんを走馬灯のように思い浮かべながら、家にあるDVDの「ブラック・レイン」と「幸福の黄色いハンカチ」、「駅 STATION」を今日は健さんを偲びながら、彼の大好きだった、私も大好きなコーヒーをブラックで飲みながら観賞したいと思っています。ご冥福をお祈りいたします。
ブラック・レイン」」(89/リドリー・スコット監督)
あなたへ」2012年8月25日公開


1931年2月16日生まれ。福岡出身。明治大学卒業後、東映にニューフェイス第2期生として入社。56年に「電光空手打ち」の主演でデビューする。その後「日本侠客伝」シリーズ(64~71・全11作)、「網走番外地」シリーズ(65~72・全18作)、「昭和残侠伝」シリーズ(65~72・全9作)など仁侠映画のスターとして活躍する。76年に東映を退社して独立、「君よ憤怒の河を渉れ」で新境地を切り開く。翌年の「八甲田山」「幸福の黄色いハンカチ」で第1回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した。「駅 STATION」(81)、「夜叉」(85)、「あ・うん」(89)、「鉄道員(ぽっぽや)」(99)、「あなたへ」(12年公開予定)など降旗康男監督作品に数多く出演。「ザ・ヤクザ」(74/シドニー・ポラック監督)や「ブラック・レイン」(89/リドリー・スコット監督)といったハリウッド映画、チャン・イーモウ監督作「単騎、千里を走る。」(06)と海外の作品にも出演。84年に出演したCMのセリフ「不器用ですから」は、高倉のもつ無骨な男のイメージを表す一言として有名。98年、紫綬褒章を受章。
2014年11月10日永眠  映画.comより
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トワイライト ささらさや★★★★

2014年11月08日 | た行の映画
夫の死後、幼い子供を一人で育てることになったヒロインと、他人の体を借りて彼女を助ける亡き夫を、新垣結衣と大泉洋が初共演で演じる感動ドラマ。加納朋子の小説「ささら さや」を基に、メガホンを取るのは『神様のカルテ』『くじけないで』などの深川栄洋。中村蒼や福島リラ、石橋凌、富司純子など若手からベテランまでが脇を固める。前向きでかわいらしいヒロインとユーモラスで優しい亡き夫の奮闘に、爽やかな感動が心を突き抜ける。
あらすじ:サヤ(新垣結衣)は夫のユウタロウ(大泉洋)を突然の事故で亡くしてしまう。人に対して疑いを抱かないサヤが、一人で息子を抱えることを心配するユウタロウ。成仏できずに、いろいろな人の体に乗り移って、サヤのために手助けをすることに。のどかでどこか不思議な町ささらの人々に助けられながら、サヤは母親として成長する。

<感想>ファンタジーとミステリーが融合した、加納朋子のベストセラー小説を映画化。突然の事故で夫のユウタロウを亡くし、生後間もない息子を抱えて途方に暮れるサヤが、移り住んだ不思議な町“ささら”で、他人の身体を借りて何度も現れるユウタロウに励まされながら、たくましく生きていく姿を描き出しています。
元気いっぱいで可愛らしい等身大の女の子役が多かった新垣結衣ちゃんが、初の母親役に挑戦しています。劇中の赤ちゃんを抱き方もさまになっているが、普段ではあまり母親のイメージがないのでどうなのかと思って観てましたが、若くて可愛いママという感じが意外にハマっていましたね。

夫の大泉洋とは初共演だが、本作ではかなり変わった夫婦を演じることになっている。何しろ、落語家の彼は映画が始まってすぐに車に跳ねられて急死してしまうのだから。サヤのことが心配で、心配で成仏できない彼が、落語の師匠や富士純子演じる少しボケた老婆とか、思いがけない人物の肉体を借りて何度も甦るところが面白いですね。みんな大泉洋の口真似が上手い。

さまざまな人に乗り移って彼女の前に現れるという展開なのだが、ナレーションも大泉洋のユウタロウが、落語を話しているような語り口で進んでいくのだ。
姿形が違う他人にユウタロウが乗り移った途端、結衣ちゃんのサヤもユウタロウが傍にいて、自分のことを見守っていることが分かり、素直に認める仕草に切り替わるのが素晴らしいですよね。

それでも、言葉を話すことが出来なくなった男の子に乗り移ったユウタロウが、今まで言葉を発しなかったその男の子が、まるでユウタロウのような口のききかたをするのには驚いた。その男の子の演技も上手いのだが。母親もびっくりして、腰が抜けたような状態になる。

ユウタロウが最後に乗り移った駅員の男、その男はサヤを好きになっていてちょっとヤバイ感じだが、部屋が急に暗くなり声だけでなく本当にユウタロウの姿に戻ってサヤを抱いてくれる。みな乗り移るとその後身体から出て来る時には、何故だか全員の体が痒くなり、そのままユウタロウが離脱するという展開。

そして、ユウタロウの父親が出て来て、昔、父親は炭鉱で働きあまり家に帰らなかった。だから幼い頃のユウタロウには、あまり父親の思い出が無いのだ。一度だけ寄席に落語を聞きに連れって行ってもらい、その時父親の笑う顔を見て大きくなったら落語家になろうと決めたようだ。母親が病気で亡くなった時にも顔も見せない父親に、怒りを覚えその時から父親と絶縁状態だったのだ。だが、ユウタロウの葬式にも来ていたし、落語だって寄席に来ていたのだ。
ラストの方で、その父親が現れてサヤに自分が子供を育てるからと言って、ユウスケを抱いて連れて行ってしまう。驚いたサヤが後を追い掛けたが、赤ん坊が途中で高熱を出して病院へ連れて行く父親。急いで駆け付けるサヤが、「私の大事なユウスケを奪わないで下さい」と涙ながらに訴えるのだ。父親には、まるでヤクザの親分のような感じがした石橋凌が演じていた。

クライマックスでは、ユウタロウが乗り移る人が無くなり最後に乗り移ったのが、なんと赤ん坊のユウスケなのである。本当は、赤ん坊のユウスケに乗り移りサヤに抱いて貰いたかったのだろう。それに、父親にも抱いて欲しかったのだと思いますね。二人の絶妙な掛け合いが笑いと涙を誘います。
俊英、深川栄洋監督のミニチュアの模型をところどころに使った、現実からちょっぴり隔絶した世界観が新鮮です。富司純子、小松政夫、中村蒼らがユウタロウに乗り移られた人々を軽妙に演じている。その他波乃久里子、藤田弓子、つるの剛士など脇役の方たちも良かったです。
さらには、ユウタロウが蘇った本当の理由が明かされるラストでは、もう涙が止まらなくて、笑い涙で終わる感動のフィナーレになっております。
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ドストエフスキーと愛に生きる★★★

2014年08月01日 | た行の映画
ロシア文学の巨匠ドストエフスキーのドイツ語翻訳家、スヴェトラーナ・ガイヤーの波乱に満ちた半生に迫るドキュメンタリー。幼少期にスターリン時代を体験し、ナチス・ドイツ占領下でドイツ軍通訳として戦火をくぐり抜けた一人の女性の激動の生きざまをスクリーンに刻み付ける。監督と脚本を務めるのは、プロデューサーとしても活躍するヴァディム・イェンドレイコ。自身の戦争体験を胸に刻んだ翻訳家のりんとしたたたずまいと、文学の世界に魅了される。

あらすじ:1923年、ウクライナのキエフで生まれたスヴェトラーナ・ガイヤーは、何十年もかけてロシアの文豪ドストエフスキーのドイツ語翻訳に取り組んできた。彼女は80歳を超えてからも自宅でコツコツと翻訳の作業に励みながら穏やかで充実した日々を送っていた。だが、ある日、工場の教官をしていた息子が重傷を負い、半身不随の体になってしまう。

<感想>「罪と罰」などドストエフスキー文学をドイツ語に翻訳した、優れたウクライナ出身の女性翻訳家スヴェトラーナ・ガイヤー。84歳の時の記録で、今はもう亡き人です。この映画が残ることの歓びを噛みしめる。
内容は地味だが、味わいは深い。いろいろなことを考えさせられます。第二次世界大戦でドイツがウクライナに侵攻したことが、一人の女性の運命を大きく変えた、・・・ということなのか。

ユダヤ系でもなく、ドイツ系でもないこの女性について、もっと知りたいと言う思いに駆られました。1992年からわずか10年間で「罪と罰」などドストエフスキーの長編5作をロシア語からドイツ語に翻訳したガイヤーさんは、父親がスターリン政権の粛清に遭い、その後ナチの占領下となったウクライナで育つ。激動の時代を生き残る術として、ドイツ語を身につけたガイヤーさんは、第2次世界大戦初期にドイツへ移住した。映画はガイヤーさんの仕事風景と日常生活、そしてドイツ移住後に初めて訪問した故郷への旅の中で、ウクライナの激動の歴史と向き合う姿を追う。ガイヤーさんは2010年、87歳で死去した。

スターリンとヒットラーの狭間に生まれ合わせた聡明なる女性は、やがて母国語を異国の言葉へ翻訳する人生へと、異国の地で歩み出します。その時、彼女が向き合うのは、おそらく、民族や国家から切り離された、純粋に意味と音との体系としてある言語なのだ。
テキストと織物(テキスタイル)がそうであると同様、ただ一つの語、ただ一つのステッチ次第で、人生は劇的に相貌を変える。挿入される「罪と罰」の映像が、ソ連版(70)ではなく、ロベルト・ヴィーネ監督によるドイツ映画(23)であるのも興味深かった。

言葉という道具を使って、スターリンとヒットラー、二つの独裁政権を生き延び、言葉という道具の素晴らしさを追求し続けた、厳しく美しい人生。
何一つおろそかにしない彼女の暮らしぶりを、丁寧に映すヴァディム・イェンドレイコ監督。何かを伝える仕事について、改めて発見の多い傑作だと思います。挟まれる古い映像も貴重ですよね。
2014年劇場鑑賞作品・・・256 映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング


フィンランドの名匠、アキ・カウリスマキ監督の「罪と罰」DVDをレンタルして鑑賞したいと思います。
フィンランドの鬼才アキ・カウリスマキの監督デビュー作。19世紀のロシア・ペテルブルグの重く暗い街並み。そこには貧困に喘ぐ人と裕福に暮らす人が暮らしている。
そんな混沌とした社会の中で、自分を正当化して老婆を殺害した若者ラスコーリニコフの物語ははじまる――。
50分×8エピソードでじっくりたっぷり語るその物語は、「白痴」「カラマーゾフの兄弟」ドラマ版同様に、ロシアならではの時間と費用を十分にかけた大河ドラマ。
「罪と罰」を読んだ後も、読む前でも、ドストエフスキーの世界に誰もが没入できるハイクオリティな完成度。
老婆殺害シーンと、追いつめられ憔悴しきってゆくラスコーリニコフの姿が衝撃的である。
ロシアのペテルブルグ。「人間は凡人と非凡人に分けられる。歴史に残るような天才が正しいことを行うためなら、すべてが許されるのではないだろうか。英雄が大量殺りくを行うことすらも――」このような英雄思想を持つ貧乏学生ラスコーリニコフは「高利貸しの老婆を殺害し金を奪っても、それは正しいことである ―」と考え、斧で老婆を殺害し、その現場を目撃したリザヴェータをも殺害する・・・。



チョコレートドーナツ ★★★★★

2014年06月16日 | た行の映画
1970年代アメリカの実話を基に、母親に見捨てられたダウン症の少年と一緒に暮らすため、司法や周囲の偏見と闘うゲイカップルの姿を描いた人間ドラマ。ゲイであるがゆえに法の壁に阻まれる苦悩を、テレビドラマ「グッド・ワイフ」シリーズなどアラン・カミングと、『LOOPER/ルーパー』などのギャレット・ディラハントが熱演する。メガホンを取るのは、『17歳のカルテ』などのトラヴィス・ファイン。血のつながりはなくとも、少年を守るため奔走する主人公たちの無償の愛が胸を打つ。
あらすじ:1979年カリフォルニア、歌手を目指しているショーダンサーのルディ(アラン・カミング)と弁護士のポール(ギャレット・ディラハント)はゲイカップル。 母親に見捨てられたダウン症の少年マルコ(アイザック・レイヴァ)と出会った二人は彼を保護し、一緒に暮らすうちに家族のような愛情が芽生えていく。 しかし、ルディとポールがゲイカップルだということで法律と世間の偏見に阻まれ、マルコと引き離されてしまう。

<感想>ゲイのカップルと、ダウン症の少年による疑似家族の深い愛情を、実話を基に描いているドラマである。これは前から絶対に観たいと思っていました。やっと東北にも上映できて嬉しいです。
泣ける映画だとは聞いてましたが、本当にダウン症のマルコ少年が可愛そうで、あんなふうにマルコが亡くなるなんて思ってもいなかったので、可愛そうで涙が止まらなかった。1970年代末のアメリカで実際にあったお話を下敷きにしているそうだが、なかなか感動的なドラマになってました。

この物語を成立させるためには、1979年まで遡らねばならなかったのですね。偏見に満ちた時代で、ゲイのカップルがダウン症の子供を引き取り育てるという、特殊な話を普遍的な愛として描こうとしているようなのだが、・・・。
そこへの違和感を語るのは難しいのだが、ホームムーヴィーの絵に描いたような幸せの情景の、裏側にあったかもしれない日常の生活。少なくとも、1年間は三人の同居生活が続いたわけだから、マルコの誕生日のケーキのローソク消しに、きっと初めての海だったろうと想像する海辺でのフィルム、自分のためのおもちゃが並んだ棚を前に、物も言えず立ち尽くすマルコ。自分の部屋をもらって本当に嬉しそうで、寝るときにはおやすみの物語を聞きながら、それはマルコ少年が魔法使いだというお話でした。

薬物所持で捕まった母親の元から、ルディとポールのゲイカップルの部屋に引き取られた彼は、生まれて初めて自分の居場所を与えられた歓びに涙することしかできなかった。その肩を優しく抱き寄せ、ポールに目配せをするルディとの背中のツーショットの何という温かさ。
控えめに揺れながら見守る手持ちカメラは、いつ失われるかも分からない三人の生活の危ういさを捉えている。

この時代のゲイに対する偏見と誤解に、強く抗議した作品に違いないと思います。しかし、その奥には、子供を育てることとはどういうことなのか、人を愛するとはどういうことなのかということを、時代を超越した普遍的なテーマがひっそりと横たわっているようです。

俳優でもあるトラヴィス・ファインの脚本、演出は見事だし、歌うショーダンサーのアラン・カミングがまた素晴らしいし、ダウン症のマルコを演じたアイザック・レイヴァも良かった。
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東京難民 ★★★

2014年04月30日 | た行の映画
学費未払いを理由に大学から除籍された青年が、ネットカフェ難民からホスト、さらにホームレスへと転落していく青春群像劇。『ツレがうつになりまして。』の監督、脚本コンビの佐々部清と青島武が福澤徹三の小説を原作に、現代社会が抱える闇をリアルに描く。格差社会の底辺でもがく主人公を、『行け!男子高校演劇部』などの中村蒼が熱演。共演には『パートナーズ』などの大塚千弘、劇団EXILEの青柳翔、『桐島、部活やめるってよ』などの山本美月ら多彩な顔ぶれがそろう。
あらすじ:堕落した大学生活を送ってきた時枝修(中村蒼)は、生活費を工面してくれた父親が借金を抱えて行方をくらまし、授業料未納によって大学を除籍される。家賃も払えずアパートを追い出された彼は、ネットカフェで宿泊しながら日払いのアルバイトで過ごしていた。さらにはホストクラブで働くはめになり、ついにはホームレスになってしまう。
<感想>この映画を観て思ったのは、過酷な生活をしている人たちはたくさんいるが、そこから努力して成功した人だっているのだ。境遇を恨んで犯行に及んだ加害者は腐っているとしか言えないのだが、しかし、そんなことはとても口にできるものでもない。自分がもし、そういう状況に陥ったら本当にそれでも明るく前向きに努力を続けることなど、とてもできないと知っているからだと思う。

この手の映画でも現実の事件でも同じだと思うが、判で押したように言われることだ。主人公は何処にでもいる普通の大学生。その父親が借金を抱え失踪。あっという間に大学は授業料滞納で除籍、住んでいるアパートも出なくてはならなくなる。
それでも最初のうちは、ネットカフェに身を寄せながら、新薬の実験台になる高額アルバイトなどに、半ばゲーム感覚でトライする余裕さえある。「自分が本気を出せば就職くらい何とかできるさ」、と思って居たのかも知れない。

だが、後戻りできなくなるのは、うかつにも足を踏み入れたホストクラブで料金を払えずに、結局は自分もホストとして働き始めたころからか。金のためには女性客を騙したり、仲間を裏切ったり、時には違法ビジネスにまで手を染めるのは当たり前と言う、ホストの世界に「昨日までは普通の大学生だったのに」と主人公はショックを受ける。
しかしだ、世間では評価される彼の誠実さや人間性も、裏の社会で生き延びる上では、邪魔以外の何物でもないのだ。その世界に染まることができなかった彼は、逃げるようにそこを離れて日雇い労働の現場に飛び込むのだが、そこで待っていたのは劣悪な環境と搾取である。
弱い立場の人間は、何処まで行っても“食い物”にされるだけなのだ。結局は、彼を受け入れてくれたのは、段ボールとビニールシートで作った住まいで暮らすホームレスだったというわけ。

この元学生は、親のスネをかじりヌクヌクと育った甘ちゃんだ。だから普通だったら、親の親戚に相談に行くとか、大学だって働きながら奨学金の申請を出すとか、役所の福祉課や弁護士の無料相談に行けば何とかなっただろうに。ですが、ここでは主人公はそういった社会的資源を使う情報も手段も持ち合わせていなかったのだろう。
これまで街の風景としか見てなかったネットカフェやティッシュ配りや、ホストクラブに対する見方が少し変わり、途中から主人公、時枝修の大学を除籍されてから路上へと放り出されるまでの描写は、シャープでかつ冷酷非情極まりなく、もはやスリラーの域である。

さらには、修がその時の感情に流されて、事態をどんどん悪化させていく過程を丁寧かつリアルに描き、身分証や住居がなければ普通に働くことさえできない格差社会の厳しい現実を浮き彫りに見せているのも良かった。ですが、一つ一つのエピソードのネタとなっている格差や貧困の実態はすでに知られている物ばかりで、インパクトがあるわけではない。
お金がすべての世の中に絶望的な気分になったが、井上順が演じているホームレスの優しさに救われた感じもする。主人公が対峙する連中が意外と悪いやつじゃない連中ばかりで、結局のところ、いい話で締めているところが物足りなかった。
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チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像★★★

2014年04月06日 | た行の映画
海堂尊原作の小説を映像化したシリーズの最終章となる医療ミステリー。死因究明システムの一大改革に取り組む主人公たちのもとに舞い込む脅迫状に、死亡事件を絡め、医学界を揺さぶる衝撃が描かれる。伊藤淳史や仲村トオル、松坂桃李、西島秀俊ら歴代キャストのほか、桐谷美玲や生瀬勝久などが共演。監督は、本シリーズやテレビドラマ「都市伝説の女」などに携ってきた星野和成。映画版ならではのオリジナルストーリーが盛り込まれていることにも注目。
あらすじ:国、自治体、東城医大が死因究明システムの改革として取り組む、日本初のAi(死亡時画像診断)センターが発足する。東城医大の田口(伊藤淳史)と厚生労働省の白鳥(仲村トオル)もこのプロジェクトに参加していたが、こけら落としとなるシンポジウムを前に、東城医大に脅迫状が届く。一方、死因が判別できない医学関係者の集団不審死事件が発生。そしてAiセンターが始動する当日、医学界を揺るがす出来事が起きようとしていた。

<感想>海堂尊の医療ミステリーを原作にしたTVドラマの劇場版にして最終章である。今回は厚労省の白鳥に仲村トオルと、心療内科の田口に伊藤淳史というコンビが、新薬の副作用による薬害問題と、画期的な医療システムの導入を巡り、厚労省を巻き込んだ事件に挑む。それに西島秀俊ら過去のTVシリーズの出演者も登場。

まるで喧嘩友達のような凸凹コンビの白鳥と田口のお二人さん。テレビシリーズの延長なので、さすがに息が合っている。ですが、集団不審死事件の謎解きよりも、国際“Ai”センター開設を巡るドタバタにパニック映画のような緊迫感がある。
テレビシリーズを見てないのだが、劇場版の前作「ジェネラル・ルージュの凱旋」を見て面白かったので今回も期待してしまった。それでも練り上げられたキャラクターの適材適所で、そのままこの世界へ入っていけた。脚本は「神様のカルテ2」と同じく後藤法子。飛び交う医学用語も、無理なくドラマに溶け込んでおり、アベレージが高いです。

それにしても、テレビ版を見ていないので、何故に唐突に西島秀俊や栗山千明が登場するのか、これが理解できないのだ。歴代キャストの総出演で顔ぶれは賑やかなのだが、無関係の同窓会に参加したような疎外感が付きまとうような感じがした。

東城医大の救命救急センターの“チーム・ジェネラル”こと速水の西島秀俊&滝沢の松坂桃李の師弟コンビが復活。この西島秀俊演じている救命医の医師が、ほぼ全篇を通して、チュッパチャプスを口に突っ込んだままでいるのは、前作の堺雅人をイメージしてなのか。
そして、アメリカ帰りの医師ということで、テンガロンハットと被ったままでいる生瀬勝久など、ベタなキャラ立てにはここまでしなくてもという感じもある。そういうのが気になってしまい、物語に夢中になれないノリと空気感にはウンザリ気味でした。

それに、取材を通じて田口と知り合った医療ジャーナリスト、別宮の桐谷美玲は積極的に真相究明に乗り出します。しかしですよ、、海辺の別荘の地下室で会議するのも変ですから。みんなが飲んだ水が重水だということも、東城医大ならすぐにでも検査をすれば分かるはず。

犯人の目的は、白鳥がMRI診断の権威である東堂(生瀬勝久)を招いて進めている死因究明システム“Ai”導入の阻止だったわけ。それが、ラスト近くで東堂が発表する寸でで、コンピュータウィルスでハッキングだって、今の時代は何でもPCに頼っているからね。
でも、最後まで犯人が女性だということは分かっていても、まさか彼女が犯人だとは気付かなかった。犯人の家族も薬害の被害者ですでに亡くなっていたという。その犯人の想いが、私的、公的という二つの線から描かれることで、何だかやりきれないような映画の印象としては薄い感じがして惜しいですね。だから、その分テーマも弱く感じられてしまった。

重水を飲んで人間を殺すことができるのか、調べてみました。
注:ウォーターサーバー大全集より抜粋
重水とは?  重水と軽水の大きな違いは、物質の溶解度や電気伝導度そして電離度といった物理的な性質や反応速度です。
軽水は飲料水としての利用が可能なのに対して、重水は飲料水には適しておらず、大量摂取においては死を招く可能性があります。
重水は生体内反応に悪質な異常を来たします。生命を持つものは重水の中では生命を維持することが出来ません。 植物も一切発芽出来ません。
重水が主に使われるのは原子炉や放射線治療の減速材としてです。また放射線治療の減速材としても使われています。
毎日必ず飲んでいる水、・・・これは大変勉強になりました。

チーム・バチスタの栄光(2008年2月12日観賞)

ジェネラル・ルージュの凱旋 (2009年3月11日観賞)
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旅人は夢を奏でる ★★★

2014年03月21日 | た行の映画
『GO!GO!L.A.』などのフィンランド人監督ミカ・カウリスマキが、著名なピアニストである息子と数十年振りに再会した父親とが旅をしながら交流する姿をつづるロードムービー。人気はあるが私生活はパッとしないピアニストの前に幼くして別れた父親が突然現われ、かつての知人を訪ねる旅をする中、音楽によって心の距離が近づいていくプロセスを描く。息子役は、『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』にも出演しているサムリ・エーデルマン。さえない父と息子が旅をする様子に引き込まれると同時に、二人の心の変化も見逃せない。
<感想>南北に長いフィンランドのほぼ真ん中を、ヘルシンキから出発して北の果てと言ってもいいケミヤルヴィまで、父親とその息子が昔のアメリカの自動車で旅をするお話なのだが、この赤いキャデラックだと思うが、近所の駐車場で父親が慣れた手つきで車を盗む。

北へと車を走らせるに従って、他人と言っていい父親の背景が少しずつはっきりとしていく。これは息子にとっては自分の出発点のことでもあるのだ。弟のアキと同様に何ともすっとぼけた語り口が持ち味である、ミカ・カウリスマキ監督。それがえもいわれぬ底ぬけに享楽的なおおらかさがあるのだ。

途中ガス欠にあうも金を売春婦に盗られて無いのに、満タンにして逃げる。この父親は元銀行強盗をしたとんでもない男なのだ。北へと旅する父親の目的は、息子の産みの母親に逢わせるべく、自分も逢いたかったのだろう。その道中にお婆ちゃんの老人ホームへ寄ったり、もう一人の腹違いの娘のところなど寄っていく珍道中なのだ。
原題は「北への道」というのだが、この邦題の付け方が憎いではないか。
冒頭でコンサート・ピアニストとして成功している息子の所へ、35年間音信不通だった父親が突然現れる。この破天荒なる父親と、これまた尋常ならざる堅物の息子と好対照をなしているのも愉快だ。役者がまたいい、そっくりハマっているではないか。

父親を演じるヴェサ・マッティ・ロイリの愛嬌に満ちた芝居によって、二人ともミュージシャンだそうで、「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」(枯れ葉)を、ホテルのバーで歌うところなど、聞かせるし、かつ痺れさせる。いつしか観客をほんわかとした気分にさせてしまうあたり、この監督のしたたかな手腕といっていいだろう。
北の果てで息子は実の母親に引きあわされる。自分がまだ2歳だったころ、両親は仲間と共謀して銀行強盗を働いた。父親は逃亡し、母親は刑務所に入った。出所した母親をかつての仲間が迎えにきて、二人は結婚したというのだ。現在は馬を飼育する厩舎を営んでいる。

2歳だった息子は養護施設に引き取られそこで育ち、養子にもらわれていった。そのピアニストの息子も妻と娘に愛想を尽かされ逃げられたのだ。妻の実家まで行き、娘の顔を見て、そこにはなにやら男がいるではないか。父親にしては初孫である女の子を抱き上げ、寝物語に話をしてやる。そして、奥さんに「謝りたい」と息子が言っていたと二人の間を取り持つ。

しかし、それからの父親がとった行動は、息子の母親に逢いにいくこと。それと母親の相手の男が銀行強盗の仲間だったこと。何しに今頃来たとばかりにライフルを持ち出し撃ってくる。腹部に流れ弾にあたる父親。重い糖尿病だというのに、インシュリンを打ちながら酒、たばこを吸う。父親が最後に行き着いたのは、かつて愛して息子を授かった廃墟となった家。
ラストの締めくくりが、息子はコンサート・ピアニストとしてステージに上がり、観客席には妻と幼い娘の姿が、その後ろの席には彼の母親が座っていた。
よく出来ている物語で退屈はしない。
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ダラス・バイヤーズクラブ ★★★★★

2014年03月13日 | た行の映画
1980年代当時無認可だったHIV代替治療薬を密輸販売し、アメリカのHIV患者が特効薬を手にできるよう奔走した実在のカウボーイの半生を映画化した人間ドラマ。HIV陽性と診断されたカウボーイを『マジック・マイク』などのマシュー・マコノヒーが演じ、21キロも減量しエイズ患者という難役に挑んだ。『チャプター27』などのジャレッド・レトー、『JUNO/ジュノ』などのジェニファー・ガーナーが共演。監督を『ヴィクトリア女王 世紀の愛』のジャン=マルク・ヴァレが務める。
<感想>実話を基にした今作の舞台は、1985年のテキサス。酒、タバコ、コカインにギャンブル、そして女に溺れる自堕落な生活を送っていたロン・ウッドルーフが、ある日突然倒れ、HIV陽性で30日の余命を宣告される。

この当時は、まだエイズは同性愛者だけの病気と誤解されている時期。特効薬AZTはまだ試験中で、それに毒性も副作用も強かった。このまま死ぬしかないと、生き延びるために彼は、未承認だった治療薬を求めてメキシコへ行くが、すぐに多くのエイズ患者たちに需要があることを発見する。
その薬は効果も高く副作用も弱いが、まだアメリカでは認可されてないこれらの薬物を大量に仕入れて、“ダラス・バイヤーズクラブ”という会員制システムを作り、月400ドルの会費を取って薬をサバクことで、法の網をくぐり抜けようとする。

ゲイ・コミュニストに人脈を持つ、やはりHIV陽性のトランスセクシャルのレイヨンを仲間に引き込み、モーテルの部屋を事務所に仕立てて、顧客は増える一方だった。その内に役所に目をつけられて、薬の供給を断たれそうになれば、世界中を飛びまわって、なんとか商売の薬を確保しようとする。
ロンが、その後7年間生きるが、彼と政府、製薬会社との闘いは、弱者が大きな権力に一人で立ち向かうという昔ながらのハリウッド映画の伝統を引き継いでいる。
何よりも脚本が素晴らしい。テンポのいい展開で観客をぐいぐいとドラマの中へ引き込んで行く。これまでにもエイズ患者を描いた映画はいくつかあったが、脆弱な身体になった主人公をこんなにも力強く描いた作品はなかったと思う。だからなおさら、感動的なのだろう。

もちろんストーリーのその部分も面白いのだが、一番の見どころは、下品で、偏見に満ちたテキサス育ちの男に扮したマシューの迫真の演技といっていいだろう。
死相、それが演技と分かっていても、俳優の顔にそれが漂うのを目撃してしまった瞬間、心がざわつくただならぬ不穏さ。本作は実話に基づくが、マッチョで堕落した男がHIVに感染したことから、生きることへの異様な執着を見せる活力の物語でもある。

死相と同時に旺盛な生命への熱量を見せるマコノヒーの、一筋縄ではいかない男の歪んだ魅力。病気の末期を具現化して逆痩せしたマコノヒーの熱演が強く心に残った。俳優もここまでやれば金メダル級のアスリートだろう。
そしてレイヨン役のジャレッド・レトーの可愛く、破滅的でありつつ死を恐怖する儚い美しさの対比。変貌した身体と顔つきには、まさに明日をもしれぬ男の戦いを描き、この人たちの壮絶な死にざまを思わせるような演技が凄すぎる。
ラストカットのストップモーションなど、編集も素晴らしい。
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鉄くず拾いの物語 ★★★.5

2014年03月07日 | た行の映画
『ノー・マンズ・ランド』などで知られるダニス・タノヴィッチ監督が、ロマ族の一家の実話を基に描く感動作。ボスニア・ヘルツェゴビナを舞台に、緊急掻爬(そうは)手術が必要にもかかわらず、保険証がなく高額の治療費が払えないために手術を拒否される家族の苦難をドキュメンタリータッチで描き出す。出演者は実際その当事者であるナジフ・ムジチとセナダ・アリマノヴィッチ。第63回ベルリン国際映画祭で3冠に輝いた、真実の物語に心揺さぶられる。
あらすじ:ロマ族のナジフ(ナジフ・ムジチ)とセナダ(セナダ・アリマノヴィッチ)夫妻は、2人の幼い娘と共にボスニア・ヘルツェゴビナの小さな村で生活している。ナジフは拾った鉄くずを売る仕事で生活費を稼いでおり、彼らは家族4人で貧しいながらも幸せな日々を送っていた。ある日、彼が仕事から戻ると妊娠中のセナダが激しい腹痛でうずくまっていて……。
<感想>ドキュメンタリー・ドラマのもつ説得力、メッセージの力強さ、人物の存在感を証明した傑作です。狭い室内で幼い姉妹が戯れている。母親らしき女が台所でお湯を沸かし、帰宅した男とテーブルにすわって一服し、その男に、「薪がない」と言う。男は無言のまま、雪がうっすらと降り積もった外へ出て、のこぎりと斧を手に近くの林の中ごろで、手ごろな木を切りに出かける。

事実を本人たちに再現させ手持ちカメラで撮影した作品である。その良い所は、意外性に満ち、説得力に溢れる細部。奥さんのでぶっと太った肉付き、二の腕の入れ墨。夫の仕事帰りのウォッカ一杯、薪割りの手つき、くたびれた赤い乗用車の手入れ。
ボスニアに住むロマ族の家族。本人たちによる実話再現で、映画的スケールの話ではないけれど、当事者にとってまさに命に関わる、保険にも入れないゆえの医療問題を描いている。
集落に住む夫婦ナジフとセナダ。つましいながらも穏やかな彼らの日常は、セナダが流産し、手術が必要となりながらも、保険証がないゆえに高額な費用を請求されるという事態に直面し、暗転する。

セナダを助けてくれと懇願するナジフを、医者や看護師は杓子定規にしか取り合わない。車でわざわざ町中の病院を訪れたにもかかかわらず、二人はそのまま自分たちの集落へ戻るしかなく、翌日は、痛みを訴えるセナダを連れて再び病院を訪れても、結果は変わらない。

むろんロマ族の人々は、社会的には底辺の暮らしを強いられている。セナダが手術をしてもらえないのも、ロマ族だからというより貧しいからなのだ。映画の後半でも、彼らが料金を払えずにいたために電気を止められる。しかし、その事実に直面したナジフは、タバコを吹かしながらしばし座り込んだ後、意を決したように立ち上がり、弟や仲間を呼び、街の中心部から離れたところに住んでいる彼らにとっては、必需品に違いない自分の車を解体して鉄くずにして売り払い、電気代とセナダの薬代を捻出すると宣言するのだ。

そして、黙々と車の解体をおこなった結果、電気代の支払いも済み、電力会社の職員たちが電気の復旧工事に訪れるという。恨み言を言うでもなく、彼らと握手をかわす男たち。雪の降りしきる中、電柱に上り工事をする職員の姿も監督は丁寧にカメラに収める。
この場面での、車の解体と電気の復旧工事という二つの出来事が映画の中で結びつき、人々の行為がひたすらキャメラに収めるという。それゆえに見る者の胸に迫ってくるに違いない。
あの土地で暮らすロマの集落ばかりでなく、煙突が立ち並ぶ町中の景色も荒廃して見える。その風景の中でナジフたちが鉄くずとともに拾い上げる物は、疎外された生に秘められたかすかな輝きなのかもしれない。
前半に斧が執拗に映されるのは、医者の脳天をかち割るための布石と期待する、観客の心理が報われることもないのに。何故か引っかかるのだ。
ボスニアのあの内戦のときの方が、まだ良かったと漏らす夫の本音から、この土地で生活することの厳しさがうかがい知れる。それにしても、まったく素人の本人たちを使って、こんな作品が9日間で作られるなんて、映画の不思議さを改めて知らされた。
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抱きしめたい −真実の物語−★★★.5

2014年02月07日 | た行の映画
壮絶な交通事故に遭い、左半身と記憶能力に後遺症が残りながらも明るく生きるヒロインと彼女を愛する青年とのはかない運命を、実話を基に描く感動のラブストーリー。多くの障壁を乗り越えて結ばれた二人が幸せをつかみながらも、過酷な運命を背負っていく様子を映し出す。主演は、『パラダイス・キス』などの北川景子と『県庁おもてなし課』などの錦戸亮。上地雄輔や斎藤工、國村隼、風吹ジュンなどが脇を固める。監督は、『黄泉がえり』『どろろ』などの塩田明彦。真冬の北海道・網走の白銀の世界で繰り広げられる純愛に心が締め付けられる。
あらすじ:交通事故で奇跡的に助かったものの、左半身と記憶能力に後遺症が残ったつかさ(北川景子)。そんな過酷な状況でも明るく前向きなつかさに、タクシードライバーの雅己(錦戸亮)は一生愛すると誓う。多くの障壁を乗り越えて結ばれ、小さな命を授かり、幸せの絶頂というそのとき。二人にとってつら過ぎる運命が待ち受けていた。

<感想>テレビのドキュメンタリーを見ました。高校生の時、交通事故で意識不明の重体となり、植物状態と告げられた。その後奇跡的に意識を取り戻すも足の後遺症と、頭を強く打った事による記憶障害もあり、身体障害者として一生涯暮らすことになる。その後大学を卒業して、カウンセラーとして施設で働く事になる。
こういう難病ものとか、身体障害者との恋愛物語は、どうにかして泣かせようとしている脚本に、素直に泣けないもどかしさを良く感じてしまいます。それが、この作品のヒロインのつかささん、とにかく彼女の生き方に感動しました。普通だったら、家の中でくすぶって一生そのまま生涯を終わる人だっているのにと。

でも違うんですね。負けず嫌いというか、障害者なのに一人暮らしをして明るく毎日を暮している。それには、ヘルパーさんや、お母さんの手助けが必要なのだが、それでも自分一人で背一杯出来るだけのことは自分でやり通すこと。
ボッチャというスポーツも、パラリンピック公式種目になっているらしく、身障者たちで体を動かしてボールを投げて、真ん中の白いボールに当てる。ルールは、何か良く判りませんがカーリングに似ているような気がしました。
二人が知り合った場所も、屋内のコートをバスケットと、ボッチャの練習場所が申込みをしたのに、ダブルブッキングしたみたいで、言い争いもあるが、それでも半分ずつ使おうという提案でほっとしました。その後、彼女のことを雅巳が気になって家まで送り届けることに。
もう、きっと雅巳はこの時、つかさに一目惚れしてしまったのでしょう。そうに違いありませんね。

それからは、何度か食事に行ったり、お茶を飲んだり、遊園地の回転木馬に乗りたいというつかさを連れて行くのですが、障害者は乗せられないと断られる。雅巳という付き添いがいても、何かあったら困るので規則で乗せられないというのだ。
ちょっとがっかりしたつかさを元気づけようと、「矢切の渡し」を歌う雅巳。“つれて逃げてよ、ついておいでよ”と錦戸亮さんの恥ずかしそうな歌声が、真に迫っていてよかったです。それでも、遊園地の優しい友達が、夜に終わった遊園地で、内緒で乗せて上げるというサプライズもありました。その時にファースト・キスかなぁ、二人が上がったり下がったりする回転木馬でキスをするシーンは、微笑ましくって見ていて応援したくなりました。
それに夫となる雅巳さんのなんて優しい、思いやりのある人なんだということ。いつも嫌がりもせずに、移動するときにひょいとつかさを抱き上げて、愛情に満ちた姿に観ているこちらにも幸せが伝わってきます。

結婚することになり、雅巳の両親のところへつかさを連れて行くと、父親の國村隼さんが何も言わずに立ち上がり外へと出ていく。反対なのは見て取れるのだが、「孫の顔も見れないじゃないか」と身障者の嫁さんに不満を言う。しかし、二人が愛し合っている事を知り、一緒に住むことになり、まもなくつかさが妊娠をして、突然二人の部屋へやって来て、子供の名前選びの本を置いていく。それからというものは結婚式のこと、籍を入れ婚姻届を出すことなど忙しい毎日が過ぎていくのです。

両親にとっては、孫の顔が見れると大喜び。でも、それには彼女の体に負担がかかり、子供を産むということは普通の女性でも大変なことなので、心配しながら見守るしかありませんでした。
結婚式の北川景子さんの晴れ姿は本当に綺麗で、つかささん本人とそっくりのウェディングドレス姿で、バージンロードを母親の風吹ジュンさんと車いすで歩き、皆が祝福してくれる。

お腹の子供が男の子でも女の子でもどちらでもいいようにと、和実(なごみ)とつけたこと。男の子が産まれ、やはり体に無理がかかって、その後に急に亡くなってしまうとは。泣き崩れる錦戸くんの背中を、なでて慰めてあげたかった。そのくらい、悲しみが辛く子供が授かってすごく嬉しかったのに、あまりのショックに立ち直れないのじゃないかと心配してしまった。
本当のつかささんと、演じた北川景子さん、つかさが鼻をくしゅとさせるしぐさが良く似ているので驚きました。最後にその結婚式のビデオを映してくれるので、最後までご覧ください。
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