半透明記録

もやもや日記

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『ちくま日本文学全集 尾崎翠』

2005年06月16日 | 読書日記ー日本
(筑摩書房)


《収録作品》

こおろぎ嬢/地下室アントンの一夜/歩行/第七官界彷徨/山村氏の鼻/詩人の靴/新嫉妬価値/途上にて/アップルパイの午後/花束/初恋/無風帯から/杖と帽子の偏執者/匂い/捧ぐる言葉/神々に捧ぐる詩


《この一文》


”「みろ、僕の部屋は蘚(こけ)の花粉でむせっぽいほどだ。これは蘚が健康な恋愛をしているしるしで、分裂心理なんか持っていないしるしなんだ」
 「二助は蘚の分裂心理を培養してみてくれないだろうか。熱いこやしとつめたいこやしをちゃんぼんにやったら、僕の治療の参考になる蘚ができないだろうか」
 「なんということを考えつくんだ。僕がそんな異常心理をもった蘚を地上に発生させるとは、もってのほかだ。ひとたび発生さしてみろ、その子孫は、彼等の変態心理のため永久に苦しむんだぞ。僕は一助氏一人の恋愛のために植物の悲劇の創始者になることを好まない。まるでおそろしいことだ。僕は睡ることにする」    ーーーー「第七官界彷徨」より ”



私は日本文学というのを全く侮っていたと、いま深く反省しています。尾崎翠を知らずにこれまでやりすごしてきたというのは、一体どういうつもりだったんでしょう。こんなに面白い人がいたとは、予想もしていませんでした。
特に引用したこの「第七官界彷徨」は最高です。小野一助(分裂心理病院に勤める)、小野二助(農学生で肥料と植物の恋愛を研究中)、小野町子(主人公で、一助と二助の妹。人間の第七官に響く詩を書くのが夢)、佐田三五郎(町子達の従兄弟。音楽学校入学を目指す受験生になって2年目)の秋から冬にかけての短い間の共同生活の物語です。登場人物の言動やら何やら、とにかく何もかもが面白く、電車の中では読めない種類の小説と言えるでしょう。特に、二助の論文は、最高に抒情詩的で感動します。なんて浪漫的なんでしょう、うくく。
このお話のテーマは「失恋」ということでありまして、皆がそれぞれに失恋する様が描かれています。そのせいか、ユーモラスな中にも悲しいような寂しいような雰囲気も漂わせているのでした。この雰囲気はこの人特有のものなのだろうと、他の作家を知らぬくせに根拠も無く思ったのですが、笑いも悲しみも爆発的なものでは決してなく、常に静かでひっそりとしています。妙な間があるというか。私の拙い表現が当たっているかどうかはわかりませんが、まるで秋の空気のような印象です。透明で淡々と、どこまでも静かに。単に秋の物語だったせいなのかもしれませんが、他の作品も同様の静けさに満ちています。個人的な感触で近いと思うのは、岩館真理子さんの漫画でしょうか。いずれにせよ、私の好みです、とても。

ようやく読書の成長期にはいり、無意味な読まず嫌いを克服しようとしている最近の私に、幸先の良い1冊となりました。