今週の法話

法華宗北海寺住職-二王院観成による仏教用語と法話集です。毎週水曜日に更新いたします。

リ-マン破綻は貨幣経済崩壊の序章か?

2008-09-18 02:20:10 | 経済
 米証券4位のリーマン・ブラザーズ社が9月15日
破綻した。負債総額は約64兆円(6130億ドル)
である。米国史上最大の倒産である。勿論、低所得者
向け住宅融資「サブプライムローン」の失敗である。
 約1週間前の7日には、連邦住宅抵当公庫(ファニ
ーメイ)と連邦住宅貸付公社(フレデリック)が発行
した住宅ローン関連の債権と証券は約530兆円(5
兆ドル)にのぼる。両社の経営難から、米政府が2社
を政府管理下に置いて救済することを決定したばかり
である。この2社とリーマン社の証券との関連内容が
報じられていないので断定できないが、三社の負債総
額は594兆円となる。
 また、米証券3位の「メリルリンチ」社は4兆25
00億円の負債を出して、米銀2位のバンク・オブ・
アメリカ社に吸収合併された。さらに米証券5位のベ
ア・スターンズ社は今年の3月、米銀モルガン・チェ
ースに吸収合併された。米5大証券のうち、3社が吸
収合併されたことになる。考えられなかったことが起
きたのである。さらには米シティグループ6兆300
0億円、スイスのUBSが4兆5000億円の損失を
出している。さらに中小の金融機関の損失を総合計す
ると天文学的な数字になるだろう。また、「サブプラ
イムローン」の勝ち組といわれた米証券最大手のゴ-ル
ドマン・サックス社は、70%の減益(6~8月期)となり
強く影響を受けたようである。    
 不思議なのは、各社ともマネーゲームのプロが揃っ
ているはずなのに、なぜこんなに損失をだしたのか、
という理由がわからない。恐らく、米大統領のお墨付
きの「サブプライムローン」で大量の金が世界中から
米国に押し寄せたので、そのムードに酔いしれ、舞い
上がり、冷静な分析をしなかったからであろう。
 日本の金融機関もリーマン社だけでも約4400億
円の債権をかかえ、そのうちの約2000億円は回収
不可能だろうと報じられている。
 これらの損失を聞いただけでも、マネーゲームという
錬金術は通用しなくなったということであろう。言葉を
変えれば、貨幣経済は行き詰まったということであろう。
 一方、日本国内を見れば、賞味期限の切れた食品の販
売、産地の偽装、食べ残しのたらい回しなどが発覚して
いる。そればかりか残留農薬やカビなどに汚染された事
故米を食品用として販売して巨利を得た企業まで現れた。
恐ろしいことである。貨幣経済は利益追求を目的として
いる以上、このような輩が出ても不思議ではない。しか
し、それらは貨幣経済の末期症状の一つとも見える現象
なのかも知れない。
 それでなくとも、自然災害は年々巨大化しつつある。
すでに現在でも世界各国は自然災害の復旧費用だけでも
国家財政を圧迫するようになってきた。約10年くらい前
であろうか当時の日本の建設大臣は「これ以上自然災害
の復旧費用が大きくなれば、国家予算は大変なことにな
る」と災害地視察の際、テレビで云ったことがある。今
後自然災害が巨大化するのは間違いのないことである。
復旧費用が莫大すぎて、最終的には国家予算を組めなく
なる時がくるのは時間の問題といっても過言ではないと
思われる。また民間も一つの台風で多大な人的損害が゛
出れば生命保険会社は倒産することになる。また、物的
損害も多大なものとなり、農業共済などは運営困難な時
がくるのは間違いないことである。自然界を甘く見てマ
ネーゲームに没頭している間にも自然環境は悪化してい
る。自分の希望的願望にもとずく判断ではなく、科学的
に地球環境を洞察すべきである。特に、マスコミの判断
は甘すぎる。NHKを除いて。
 終身雇用の時代は終わり、派遣社員の時代となった。
しかし、夫婦で派遣社員をしている家庭は、経済的自立
が出来ない時代に入ったのではなかろうか。また、どん
な一流企業に就職しても、いつ倒産するかわからない、
いつリストラされるかわからない、という「不安の時代」
でもある。その不安によるストレスは、毎年3万人以上の
自殺者の大きな原因の一つとなっている。これらの現象
は貨幣経済の崩壊の序章のように見えて仕方がない。
 現在の弱肉強食の世界は闘争の世界である。そうでは
なくて安心して人間らしく暮らせる共存の社会を目指す
べきではなかろうか。しかし、その社会を作る時間はも
う少ししかない。今の地球上からやがて人類がいなくな
るのは確かなことである。しかし、大宇宙のどこかでこ
の地球のような星ができ、人類(宇宙人)が再生するのは
間違いのないことである。その時、ワンランク上の人間
社会ができ、人類が進化するのも間違いのないことであ
る。ブッダの教えに従って希望をもって生きるべきであ
る。