今週の法話

法華宗北海寺住職-二王院観成による仏教用語と法話集です。毎週水曜日に更新いたします。

「人類ゼロの未来」の欠落点

2010-06-30 10:57:26 | 環境
 6月28日、日本テレビ系列で「人類ゼロの未来」が放映された。
相変わらず、コミック調にゲストが受け止めていたのは残念である。
ことの重大さを何ら認識していないからである。
 「人類ゼロの未来」は、人類消滅後の1億年先までを映像化したも
ので、世界中の権威ある科学者が検証したものだと謳っている。しか
し、重大な何点かが欠落している。
(1)人類が滅びる「原因」がアイマイである。環境破壊か原水爆の
戦争と指摘されているが、あまりにも漠然として説得力がない。現在
のところ、確実なのは環境破壊が人類滅亡の最大原因である。
 (2)環境破壊によって滅亡するのは人類だけではない。哺乳類、
鳥類、魚類、爬虫類など、ほぼすべての動物が滅亡する。生化学では
大気中の二酸化炭素の濃度が3%になれば、人類は生きていかれない
という。現在、その濃度は0.036%であるが、約50年で10倍
になっているという。その計算からすれば、3%になるのは約100
年後となる。世界の科学者がそれを知らないはずがない。しかし、そ
れを公表すれば、世界中にパニックを引き起こすことになる。したが
って故意に公表を避けていると思われる。もしそうだとすれば、不告
知という重大な罪を科学界は犯していることになる。真実を知らせて
対策をすべく啓蒙するのが科学界の使命ではなかろうか。また、オゾ
ン層の破壊による強烈な紫外線や、酸性雨によってプランクトンが死
滅し、連鎖的に魚類も死滅することになる。絶滅危惧種は人類だけで
はない。
 (3)人類絶滅後、25年で世界の都市は水没すると云っているが、
温暖化が進んで南極の氷や各地の氷河などが溶ければ、海面が膨張し
て上昇率が高くなる。恐らく100年以内に海岸近くに存在する都市
の大部分は水没すると思われる。
 (4)5年後にトラ、ライオン、ゾウ、チンパンジーなどが都市を
徘徊する、といっているが説得力がない。それらも人類と一緒に滅亡
するからである。それらの動物は、動物園から逃げ出したものだ、と
いっているが、檻の錠をどうして壊すことができるのであろうか。
 以上であるが、今回の放映の意義を読み解くべきである。「人類ゼ
ロ」という言葉自体が、人類滅亡の時期はマジカに迫っている、とい
う科学者のメッセージだと知るべきだと考える。コミカルに取り扱う
こと自体クレージーである。
 人類は「神」に救いを求めても何の効果もない。また、人類が「神
」の意志に反しているから滅亡するのでもない。自然の法則、摂理に
人類は反しているから滅亡の危機に立たされているのである。そのこ
とを人類が理解するのは、まだまだ先のことであろう。人類はエゴと
いう選択肢を持ち続ける限り、滅亡から逃れる術はない。

世界全体が幸せにならなければ、個人の幸せはあり得ない。

2010-06-24 17:36:55 | 幸福の追求
 いよいよ参議院選挙が始まった。どの政党も日本の将来を
良い方向に向かうことを祈念して選挙に臨んでいるはずであ
る。どの政党も頑張ってもらいたい。
 宮沢賢治は「世界中が幸せにならなければ、個人の幸せは
あり得ない」、と説いています。
 世界中の政治家が心しなければならないことだと信じます。
この高邁な理想も忘れないでほしい。

民主党はダマシのテクニックを止めよ!

2010-06-18 05:58:17 | 政治
 この15日の参議院の本会議での菅首相の答弁を聞いて驚いた。
「靖国神社参拝」について聞かれた首相は「個人的には何度も参拝
したことがある。しかしA級戦犯が合祀されているといった問題な
どから、首相や閣僚が公式参拝することは問題があると考えており、
首相在任中に参拝するつもりはない」(読売新聞、16日朝刊参照)、
と答弁している。
 昨年8月の衆議院議員選挙では、民主党の公約の一つに「国立追
悼施設」が明記されていた。靖国神社に替わる施設を設置するとい
う公約である。菅首相の答弁は明らかに公約違反である。靖国神社
容認と受け止めざるを得ない答弁だからである。国立追悼施設の設
置構想はどうなったのであろうか。
 次の日の午後のテレビのワイドショーで、あるコメンテーターは
こんなことを云っていた。「民主党は昨年の選挙の時、票に結びつ
くような事項は全部マニフェストに書いた」ということである。そ
の真偽はともかくとして、1年もたたないうちに平然と公約違反を
公言する心理が理解できない。政治家には白いシッポがついている、
といわれる所以でもある。
 野僧は、公約を見て民主党に投票したのである。沖縄の普天間問
題にしても然りである。辺野古移転という米国との合意は、自民党
とまったく同じである。「沖縄の負担を軽減する」といっても、リ
ップサービスだけで、具体策は何もない。練習地を各地に分散する
と云っても、軽減策にはほど遠い。沖縄ばかりでなく、すべての日
本人に夢や理想を与えるような哲学も理念も説かないのでは、政権
担当能力が疑われても仕方ないであろう。
 政権を取るまでは立派なことを云っても、権力が手に入ったとた
んに豹変する。民主党は本当に日本のことを考えているのだろうか。
今回の選挙が終われば、またぞろ政界再編が持ち上がるのであろう
か。
 民主党は公約違反しているのであるから、できうるかぎり早く衆
議院を解散して民意を問うべきである。

菅内閣への期待と不安

2010-06-08 12:58:48 | 幸福の追求
 菅内閣は今日発足する。その期待は大きい。特に福祉政策等に
はかってないほどの期待感を国民はもっていると思われる。子供
手当、高校の学費無料化、給食費の無料化などである。
 また、宗教界にとっては、神道形式の靖国神社の存在は民主主
義に反するもので重大関心事の一つである。何によらず一つの宗
教宗派に関係せず、というのが現在日本の憲法でもある。米国の
ア-リントン墓地などのように、すべての宗教と無関係の戦没者
の追悼施設を考えるべきである。端的に云えば、千鳥が淵墓苑を
改変施設とすれば事足りる話である。自民党政権時代は好戦主義
者の集団のような感がしていた。戦争したい、という思惑を感じ
ざるを得なかった。戦死者が出た場合のことを考えて、靖国神社
は必要なのだ、と云わんばかりの政治姿勢に思われた。すでにパ
ワ-ポリテックスの時代ではなくなったからである。何としても、
真の民主国家にしてほしい。
 また、沖縄の基地問題も深刻である。菅内閣も苦しむだろう。
米国の都合で動かされる国策では、自民党政権と同じことになっ
てしまう。もっと理想を掲げた外交をすべきである。現在すでに、
国連決議にもとづかなければ、いかなる国も海外派兵できないよ
うになってきている。一つの国が単独で、隣国と戦争できないだ
けの国際世論は熟しつつある。菅内閣は、国連重視、国連中心主
義の理想を世界に発信すべきである。その具体論として国連軍の
創設を提案すべきではなかろうか。菅首相が、国連演説する機会
は近い将来、必ずあるはずである。最初から国連中心主義にもと
ずく国連軍の創設を提唱すべきである。日本は偉大な国、世界の
オピニオンリ-ダ-と呼ばれるかも知れない。それはともかく、
真の正義を世界に発する勇気を出していただきたい。正しいこと
を云って、たとえ避難されても、その避難が間違っているだけの
ことである。「万人反対すれども我行かん」の気概を持っていた
だきたい。そうすれば、沖縄の基地問題もおのずから解決の道に
つながるだろう。
 さらに、内需拡大策であるが、首都機能を栃木県の那須、また
は北海道に移転すべきである。地球温暖化は更に進行するだろう。
先見の明なき為政者は駄目である。日本経済の発展は首都機能の
移転策が一番効果的だと考える。
 次に政治家と金の問題であるが、そんなに簡単なものとは思え
ない。たとえ清廉な政治家であっても、その政治家を利用しようと
する人達が黙っていないからである。あの手、この手で攻めてく
るだろう。完全な人は誰もいない。普段から注意していても、ど
こかに見落としや気の抜けるような時があるものである。貨幣経
済の世の中である限りは、政治家と金の問題は、宿命的なものと
いえよう。
 一方、菅内閣と民主党の不安要件としては、小沢一郎前幹事長
との関連問題がある。今後の展開次第では、どう変わるかわから
ない。第一に、検察審査会の二回目の結論が八月に出る。第二に、
参議院選挙の結果次第の問題がある。第三に、小沢氏が民主党を
飛び出して政界再再編になるのかどうか、という問題がある。い
ずれにしても小沢氏の力を無視することはできない。小沢氏が飛
び出せば民主党政権も終わりを迎えることにもなりかねない。
 菅氏が最初に厚生大臣になったとき、薬害エイズ問題で、かっ
てない対応をしたのは今でも覚えている。この人は大政治家にな
るのではないかと、常に注視していたものである。今や首相とな
ったのである。十分に善政をしていただきたい。しかし、理想と
現実のギャップを思い知らされることになるかも知れない。後悔
しない政治をできれば、評価は歴史家が与えてくれるだろう。た
だし、マスコミの批判は大してきにする必要はない。ブッダは云
っている。
 「他人の過失は見やすいけれども、自分の過失は身難い。人は
他人の過失をモミガラのように吹き散らす。しかし、この人も、
自分の過失は隠してしまう。狡猾なギャンブラ-が不利なサイの
目を隠してしまうように」。
 「ただ誹られるだけの人、またただ褒められるだけの人は、過
去にもいなかったし、未来にもいないであろう。現在にもいない」。