mugifumi日誌

海外旅行の体験のほか園芸、料理などの生活雑感を思いつくままに綴っています。

国際会計基準

2009年08月27日 | 社会・経済

 新聞記事を読んでいて、気になる記事がありました。

 テレビも新聞も最近の記事が覚醒剤の酒井容疑者と選挙ばかりですが、国際面と経済面にもっとスポットを当てて欲しいものです。

 特に、またぞろ、世界の投機資金が動き出したようで、食料や石油などの実体経済に悪影響を及ぼすようなことがないよう警戒していく必要があると思います。

 新聞の記事で、気になったのは、そうした悪い意味での投資家ではありませんが、銀行や証券会社が最も関係する国債の計上基準です。

 記事の内容は、「国債、時価対象外に」というタイトルが付いていて、副題に「会計基準 見直しめぐり観測」というものですが、内容としては、国際会計基準審議会(IASB)の会計基準の見直しで、金融機関が保有する国債は時価評価の対象外なるとの見方が広がっている、というものです。

 さらに、時価評価の対象になれば、業績の波乱要因として金融機関が国債を敬遠しかねない、巨額の国債発行を続ける財務省には安堵感も広がっている、と続いています。

 ここで、疑問なのは「国際会計基準審議会(IASB)」なる組織の正体です。

 この審議会は、日本の組織ではないのでしょうか?YESだとすれば、日本が勝手に会計基準を制定できない、ということでしょうか?

 小生は、国際会計基準などという言葉に惑わされて、無原則にその制定したものを日本の会計基準に取り入れようとする考え方に反対です。

 そもそも、欧米の基本思想は「弱肉強食」で、世界を暴れ回る投機資金の動きの原則は、そこにあるのではないでしょうか?

 そして、投機資金は、「誰かが得をして、誰かが損をする」ゼロ・サムゲームのはずです。

 だから、人のものを力ずくで奪うという弱肉強食の民族に向いている取引だと思うのです。

 そして、その評価がどうなっているかを表す会計基準も投機資金の場合には、投資家保護のために時価で表示する必要があるのだと思います。

 もちろん、国債取引そのものは、投機ではありませんが、投機資金と同様に金融取引ですから、基本的には同じ会計基準が適用されるはずです。

 しかし、投機と投資は明らかに違うのですから、会計基準を一緒にして表示しようとする動きには賛同できないのです。

 結果としては、そういう方向になるということですから、誠に結構だと思うのですが、先ほど申し上げたように「国際」という言葉がつくだけで、その通りにしようとする考え方に疑問が湧くのです。

 これほど極端ではないかも知れませんが、企業の将来負債を明らかにしようとしてリースした機器を資産に計上するという考え方や、将来、債務が発生するかも?という偶発債務に対する会計基準なども疑問です。

  これなども欧米の会計基準を無原則に真似た悪例そのものではないでしょうか?

 小生が言いたいのは、会計基準にも日本独自の考え方を取り入れて欲しいということです。

 また、「人は善であり、共に生きる」という和の精神の日本基準が国際基準になるよう努力して欲しいものです。